紫閃の軌跡 |
〜マーテル公園〜
リィン達A班は手配魔獣の課題のために地下水道に行き、何とか依頼は達成したものの……やはり、フィーとラウラの戦術リンクが途切れる結果となり……リィンとセリカのフォローの甲斐あってなんとか切り抜けることが出来た。
互いに足を引っ張っては不本意……だが、後方に回ると言い出したのはある意味順当というか、リィンであった。
「この前の実技テスト、二人が戦術リンクをつかえていれば、三人に食い下がることはできただろう。」
「……た、確かに」
その実力を知るからこそ、互角とまではいかないが食い下がることは出来た……そうリィンは評した。パワーのみならず卓越した技巧を持つラウラ、相手の死角を察知させることなく近付いて一撃離脱を得意とするフィー。解りやすい例で言えば、エステルとヨシュアの二人がそれに近い。もっとも、エステル以上のパワーと技巧、それでいて圧倒的速力を持つアスベルと尋常ならざるトップスピードを持つルドガーが組んだ場合は敵う人間がほぼいなくなってしまう現実もあるのだが。
二人が切っ掛けを掴むためにも、後方に回ったリィンにラウラとフィーの二人は礼を述べた。ともかく戻ろうとした際にふと聞こえた楽器の音……それに導かれるままにリィン達が隠し通路を見つけ、辿り着いた先は……綺麗に整備された帝都内の公園―――マーテル公園であった。
「ここは……」
「マーテル公園だね。」
「しっかし、ホテルの地下水路がここまでつながっていたとは、僕も知らなかったぞ。」
「私もこれには驚きですよ。」
「暗黒時代の遺構というものなのだろうな。」
「仕掛けからしても、バリアハートの地下よりも大きいだろうね。」
各々言葉を述べた後、先程の調べの音の正体をエリオットはすぐに気付いたようだ。丁度対角線上の場所で演奏してる三人の学生の姿。特訓してたとはいえ、それをすぐに把握できるのは流石というべきか……リィン達もそれに気づいたようだ。
「どうやら、僕の友達が演奏してるみたいだ。その、挨拶してもいいかな?」
「それぐらいは別にいいと思うぞ?」
「だな。」
「ええ。」
演奏している三人の邪魔をしないよう近付き、演奏が終わった所でエリオットが拍手をした。すると三人―――モーリス、ロン、カリンカもエリオットの姿に気づいた
「え……」
「ひょっとして……」
「エ、エリオット君!?」
「あはは、久しぶりモーリス、ロン、それにカリンカも。」
エリオットとその友達……それにつられ、名前は名乗らなかったもののリィンがクラスメイトであると簡潔に説明をした。まぁ、名前なんか出そうものなら一騒動にしか成り得ないことは目に見えているからだ。何せ、
リィン →“五大名門”テオ・シュバルツァーの御曹司
マキアス→帝都庁長官 カール・レーグニッツの息子
ラウラ →“光の剣匠”ヴィクター・S・アルゼイドの娘
セリカ →“神速” リューノレンス・ヴァンダールの娘
……とまぁ、フィー以外はこんな有り様である。
「それにしても、みんな上達したよね。」
「まぁ、毎日練習漬けだからなぁ……」
「エリオットのお母さん……いや、マリア先生は笑顔で『頑張りましょう』って言う始末だし。」
「でも、上達してるって実感はあるから、苦ではないけどね……多分。」
「あはは、その、ごめん。」
どうやら、エリオットの母親は彼の姉の印象からしても想像できないようなスパルタぶりを発揮してるようで、これには身内の側として思わず謝罪の言葉が出たエリオットにリィン達は冷や汗が流れた。まぁ、何かを極めるというのは何かしら一筋縄でいかないのは理解しているのだが。彼等と別れた後、リィン達もホテルに戻って課題達成の報告をし、クレイグ家で夕食をご馳走になった上でエリオットの部屋を見せてもらうこととなったのだ。
「これは、凄いな。」
「ちょっとした店が開けるレベルだね、これ。」
「棚の上にあるのは、どうやら楽譜のようだな。」
「久々に入りましたけど、ちょっと前よりすごくなってません?」
「いや、流石にこれは“趣味”という範囲を超えてるだろう!?」
「あはは、流石にちょっとひいたよね?」
マキアスの言い分も否定はしない、と言いたげにエリオットは苦笑していた。エリオットの部屋、そして彼が吹奏楽部を選んだ理由。この部屋を見れば納得できなくもない。だが、フィーは疑問を口にした。
「でも、どうしてさっきの人達と一緒の学校へ行かなかったの?」
「フィー………」
「いいんだ。さっき友達と話してた会話の中に僕の母さん―――マリア・クレイグは有名なピアニストでね。今は音楽院で常任講師をしているんだ。当然、姉さんと僕は母さんの影響を受けてるってワケ。」
母親の影響を色濃く受けてきたエリオット……進学は当初、音楽院を考えていたのだが……ここで父親であるオーラフ・クレイグが反発したのだ。
『帝国男子たるもの、音楽で生計を立てられるわけがない』
その一点張りだった。尤も、エリオットは本来の光景をぼかして話しているのを少し後ろめたく思っているのは、幸いにもそこにいる面々には気づかれなかったようだ。そこに手を差し伸べたのは、母親であるマリアであった。
『それなら、トールズ士官学院はどうです?二人の希望をちゃんと叶えられますよね?』
音楽の道に詳しいマリアは音楽が出来る環境が整っているトールズ士官学院をエリオットに勧めた。知り合いの講師にトールズ出身の人がいて、音楽をするには十分。なおかつ軍人気質のオーラフの希望も叶えられる。これにはオーラフも反対も出来ず、エリオットは勧められるがまま士官学院に入ることとなる。
「正直父さんを恨んだこともあったけど……けど、今は後悔してないって自信を持って言える。」
「どうして?」
「漠然とした気持ちで音楽院に入ってたことを考えたら、忙しいけど充実した毎日を送れてるし、それに君達―――“Z組”の皆と出会えたからね。」
「エリオット……」
「い、いくらなんでも、恥ずかしいだろ!?」
「流石に赤面ものですよ。」
「はは、エリオットならギリギリセーフかもしれないな。」
「うーん、流石にリィンにだけは言われたくもない気がする。」
エリオットからすれば、最初は父親の反対が気に入らなかったことも事実だった。でも、父親はそんな漠然とした考えで音楽院を目指そうとしていたエリオットを見抜き、あえて心を鬼したのでは……軍人の息子たるもの、軍人となってほしいという気持ちもあったのかもしれない。今となってはそれが理解できる。………ただ、まぁ、それを当の本人に伝えるには少々勇気がいるのだとエリオットは思いつつ、
「あ、でも一個だけ心残りはあるかな。」
夏至祭で開かれるコンサート、それには身内である母親:マリアと姉:フィオナが参加しているのだ。士官学院に進学した身としてはそれに参加できないのは少しばかり悔しいけど、それを引き替えにして得たものはエリオットにとって大きいものであると。
〜アルト通り〜
結局クレイグ家に泊まることとなったエリオットと別れ、五人は元ギルド支部前へと戻ってきた。
「さて、明日の課題はどうなってるんだ?」
「朝一で届けてくれることになっている。とはいえ、父さんの事だ。僕らの処理能力を絶妙に超えてくるような課題を用意してきそうなんだよな……」
「今までの課題がそんな感じですから……ラウラにフィー?」
「え?」
明日のことについて話していた時に、ふと考え事をしているラウラとフィーに気付くセリカ。これにはリィンにマキアスも気付いて視線をそちらに向けた。そして、ラウラはフィーと正面を向き合う。
「フィー、勝負してほしい。」
「……ん。いいよ。」
「って、正気か!?」
「マキアス、うっさい。」
「流石に騒ぐのは感心しないぞ。」
「ぐっ…」
「はぁ……こうなるとは思いましたが。」
ラウラとフィー……戦えば激戦必須で騒動になるのは明白。それを見て、セリカはため息を吐いた。こういった所の気質は兄の事を強く言えないと思いつつ、セリカはARCUSで連絡を取った。これにはリィンも気付いてそちらを向く。
「セリカ?」
「では……連絡が取れました。物騒にならないところでの勝負でしたら、場所提供できそうです。」
「成程。そう言えば、セリカは実家があるのだったな。」
「ヴァンダール家の練武場……そこならば十分スペースはありますし、問題は無いかと。」
「セリカ、GJ」
「まぁ、確かに迷惑にはならない……って、今からやる気か君らは!?」
言って止まるような人ではない……ラウラにしてもフィーにしてもだ。なら、お互いの気持ちをぶつけ合った方が早い。とりわけ、ラウラの気質からすればそうなるのは目に見えていたからだ。………まぁ、結論から言うとラウラとフィーの一騎打ちは実質引き分け。だが、フィー自身が負けを認めたのでこの勝負はラウラの勝ちということとなった。そして、フィーは自分の過去―――いや、過去と現在でもある“猟兵”としての自分のことを話し始める。
〜ゼムリア大陸辺境地帯〜
「………」
自分の名前もよく知らず、周りは敵ばかり……欲望が欲望を生み、幾つもの猟兵団がしのぎを削っていた。いつ死んでもおかしくはない。だから、自分の生はここまでなのかと、そう思っていた。そんな時に、彼と―――“猟兵王”と出会った。
「お前、生きたいか?」
「……」
唐突に投げかけられた言葉。でも、その言葉に強い意志を感じた。私はその言葉に頷き、気が付くと強引にその人物に連れていかれた。気が付くと、色んな人たちに囲まれていた。
「また拾いもんしたかいな、ウチの団長は……ま、よろしゅうな。」
「……困ったことがあれば、遠慮なく言うといい。」
「でも、そういうところが団長らしいわね。」
聞けば、私を連れてきた人物の“拾い癖”は一度や二度ではないようだ…変わり者ばっかりだったけど、みんな私に対して優しく接してくれた…結局のところ、それ以外の選択肢などなく、私は猟兵団“西風の旅団”の一員となっていた。その内に雑用をこなしつつ、色々な戦闘技術を身に着けていった。そして……あの人とも出会った。
「また拾いものしたんだね。」
「拾ったっつーか、落ちて来たんだ。」
「なにそれ」
「俺が知りたい。」
アルティエス・クラウゼル……団長が拾ってきた人。私にとっては姉のような人でもあり、母親のような人。その人から色々な素養を学んだ。色々な偶然が重なり、10歳で戦場を経験するまでになっていた。最初の時には団長も反対はしていたのだが、周りのみんなが説得したお蔭で団長が折れる形となった。
「………ああ、もう。解った。てめえら、ちゃんとフィーを帰さねえと承知しねえぞ?」
それから数年……気が付けば、私は“((西風の妖精|シルフィード))”なんて呼ばれるようになっていた。実戦を経験していく過程で色んな人たちとも出会った。その中には元猟兵……“((朱の戦乙女|ヴァルキュリア・ルージュ))”レイア・オルランドもその一人だった。人の域すら超えた尋常ならざる膂力を持つ彼女……いつしか、私の目標になっていた。と、話が逸れた。
苦しいこと、つらいこと…たくさんあったけど生き延びてこれた。でも、昨年……もう一つの強大な猟兵団“赤い星座”……その団長と私の団長が一騎打ちをした。きっかけは私もよく知らされなかった。それがきっかけで、大半のメンバーと散り散りになってしまった。そんな時、団長が私に一つの命令をした。
『お前の知らない世界を見てこい』
訳も分からず……気が付けば、私はスコールとサラに連れられて士官学院に入ることとなった。でも、私は後悔してないとハッキリ言いたい。団長の言葉の真意はよく解っていない……簡単ではあるけど、これが私の過去…そして現在に至るフィー・クラウゼルとしての私。
〜ギルド支部前〜
その後はというと……ラウラとフィーは戦術リンクを試すためにリィンとマキアスを対戦相手に選んだ。セリカを選ばなかった理由としては、彼女の実力所以だろう。その全てを曝け出していないとはいえ、大剣を振るうに余りある膂力……同じ武器相手では分が悪いというのもあったし、なによりラウラ自身が『セリカとは一対一で勝負したい』ということからだ。これにはセリカも苦笑を浮かべた。実技テストでは成功しなかった戦術リンクも機能し、あっさりと圧倒してしまった。
気が付けば導力トラムの終電を過ぎた時間となってしまい、リューノレンスの計らいでA班の面々を送り届けることとなった。
「すみません、こんな夜分遅くに。」
「気にしなくていいよ。下手に公園とかでドンパチやって長時間絞られるよりはマシだろうからね。君たちはあと二日実習があるんだし。」
「た、確かに……というか、ご存じだったんですか?」
「カール知事とは色々面識があってね。君たちの“特別実習”も聞いているよ。B班の課題にも協力したわけだし。」
「成程。」
「道理で詳しいわけです。」
申し訳なさそうに言うA班の面々に対し、リューノレンスは『さしたる苦労ではない』と述べつつもA班の面々を労うような感じの言葉をかけた。B班の課題に協力していたとなれば、特別実習に関して聞いていたとしてもおかしくはない話だ。
「セリカも精進するといい。偶然にもルドガー君の戦いを見せてもらったが、実力はさらに上だ。」
「……ええ、解っています。」
ルドガーの実力……それと対等に渡り合えるとすれば、セリカと同じような“転生者”の中でもアスベルぐらいであろう。そのことだけは“例の件”で知っているだけにセリカはより気を引き締めるように答えた。軽く挨拶を交わすと、リューノレンスは導力リムジンに乗り、リムジンはその場を去っていった。
「リューノレンス・ヴァンダール……ヴァンダール流師範にして、帝国最強の剣士。」
「うむ。父上にも僅差で勝ち越しているそうだ。見た目は青年というのには色々複雑だが……」
「身内としては、一緒に買い物に行ったときなんか“兄妹”にみられますからね。」
歳からすれば中年だというのに、外見は青年そのもの。これにはセリカとて苦笑を浮かべざるを得なかった。
「とはいえ、これからレポートを纏めないとな。」
「めんどい。」
「ったく、君という奴は……」
「はいはい、夜も遅いですから早くまとめましょう。」
「そうだな。」
その後、なんとか大急ぎでレポートを纏め、日付が変わるギリギリのところでようやくA班の一日目が終了したのであった。
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第76話 過去と今とこれからと | ||
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