STAY HEROES! 15話 |
やあ。久しぶりだね。
どこまで教えたかな? ああ、ガタユキが生き返った所までだったね。
もうボクの内蔵電池は切れかけて、起動できる時間も飛び飛びなんだ。許してくれないかな。
それでも、ボクは君たちに教えたい。
ボクが小さなボディで見てきた、全ての事を。
記録に残されていない、 あの英雄たちの話を。
暗黒時代を生き抜いた、あの英雄たちの話を。
And such too is the grandeur of the dooms
We have imagined for the mighty dead;
All lovely tales that we have heard or read:
An endless fountain of immortal drink,
Pouring unto us from the heaven's brink.
我らが遥かな英雄に思い描く 運命の壮大さよ
我らが見聞きした 美しき物語よ
天空の星々から 我らに託された
不死の宝酒の 尽きせぬ泉に
嗚呼 我は美しさを見たり
John Keats(1795-1821)
STAY HEROES!
第四章
誰が為に闘う
冷たい夜の風が、僕の頬をはたき、『新しい』僕は目を覚ました。
頭を持ち上げてみる。夜は落ちて、戸張から夜の風と月明かりが差し込んでいる。
実家とも櫛江家とも違う、病院の無機質な天井が頭の上にある。
生きている。
本当に?
首に当てた指先から、首を伝う拍動が感じられた。
僕はこれまでの出来事を頭の中で再整理しようと務めた。
サイボットの襲撃は、プラネットスターズに甚大な被害をもたらした。
イヅラホシのアビリティデバイスは暴走し、僕の身体を徹底的に破壊した。
そして僕は、死んだはずだ。
……ふいに、恐ろしい想像が頭にもたげ、背筋がぞっとした。
もし、これまでの浜松での暮らしが全て、昏倒していた僕の幻想だったとしたら。
この病院が香川の赤十字病院だったら。全て、夢だったら。
胸が早鐘を鳴らし、苦い焦燥感が口の中に広がる。
なぜか。それが、嫌だったから。
僕は、この浜松で機装を仕事にできて、嬉しかった。
諦めていた進学ができて、嬉しかった。
そして、ヒーローとして闘うことを志したばかりなんだ。
地元でくすぶっていた僕を見出してくれた、一人の恩人を救うために。
ふいに、息を呑む音が聞こえた。
僕は窓からの月明かりが照らす、ドアへ振り向いた。そこに、彼女がいた。
彼女はいつも通りの制服に身を包み、誰の助けも借りずに窓の脇に立っていた。
最期に見た時、青い炎に包まれていたはずの少女。
僕は思わず、呼んだ。
「クシェネ、櫛江さん」
僕のつぶやきかけた名前で、櫛江さんの瞳が動揺に揺れる。
心を探り合う沈黙が二人の間に横たわる。彼女の唇が、静謐を突き崩した。
「知ってしまったのですね、私の父を」
「ああ。イヅラホシ……いや、T30の能力が教えてくれた」
「父が故国から逃れる際に使ったT30を、貴方に託したのは私の失態です。偽装消去されていたアビリティデバイスの本性に、私は気づくことができませんでした」
櫛江さんは深々と頭を下げた。僕は何も言えず、ベットに座りなおす。
あやまることちゃうやろと思うんやけど……あ。
ふと気付いて、僕は眉をひそめた。
そうだ、あの軍人コンビはどうなったんだ。
嫌な汗が滲む。あいつらも守るべき奴らだと思う。守らなくても勝手に生き延びてそうだけど。
「二人は大丈夫か」
その問いかけに、櫛江さんはほんのすこしばかり、微笑んだ。
それは、安心をもたらす知らせだった。
「吉岡さんは軽度の脳震盪、鳴浜さんは不時着の際、左腕に数針縫う裂傷を負いました。幸い、二人ともぴんぴんしてます」
ほっとするより先に僕は、あの二人の頑丈さに呆れた。隕石ぶつけても死なんだろなあいつら。
「そうかい。でも……櫛江さんは……」
僕の質問に顔をそむけ、櫛江さんは事務的に遠州市の現状を語った。
「サイボット軍は民兵隊に押されて北の山岳区へと進路を進め、消息を絶ちました。現在遠州市には戒厳令が敷かれ、民兵隊による検問所が各区に設置されました。機装教育隊の被害は軽傷二重傷一戦死一。目下壊滅状態にあります」
被害の内訳を聞いて、僕は天井を見上げた。
軽傷は鳴浜と由常。重傷は櫛江さんとして、だ。
戦死一。
それって僕かい。
「えーと。じゃあ僕は、本当に死んだのか」
「はい。貴方は午後五時二十分、失血性ショックと急性内臓不全により戦死しました。
瞳孔反応途絶、脳波停止、心肺停止が確認されバイタルサインを喪ったためです。
ですが、貴方は条件を満たし『生き返った』。
イヅラホシがバックアップしていたあなたの神経網記憶と、エリスの保管していたあなたの脳波データ、トイポッズの予備部品を利用した人造臓器で。
それが、エリスの隠された能力です」
櫛江さんは窓の外を眺め、言葉を続ける。
「エリスシステムの生命変成装置は、生命を生成することも破壊することも可能です。それが、人類の超光速飛行、ディフォールトに必須となる技術と考えられていたのです……その研究に、父は従事していました。エリスは、父の形見です。そして、エリスは遠州市のマスドライバーを管理する、マザーコンピュータでもあります」
「つまり櫛江さんの傷の癒え方が速いのも、エリスシステムのおかげかな」
「はい」
あの時、全身火傷を負い瀕死だった少女は、いま目の前で顔を伏せている。
思えば廃港の戦いで傷を負った彼女の左肩は、僕が負った頭の怪我よりずっと早く癒えていた。
櫛江さんは僕へ紙ぺらを差し出した。紙面に踊る文面を見て、僕は眉を潜める。
それは自分自身の戦死報告書だった。
それを受け取り、字面を目で追う。
なんのことはない。村の掲示板に時たま貼られる、戦死報告書だった。
僕がこの紙を見たのは二回だけだ。二人とも、出稼ぎ兵士として死んだ、顔さえ知らない先輩だった。
けれど、村で彼らに対して丁寧な葬式が営まれたのは、覚えている。
葬式の合図であるこの書類に、自分の名前が載るとは思ってもみなかった。
村の掲示板に貼られている今の戦死報告書には、僕の名前が載っているんだろう。
薄っぺらい紙をペラペラひらめかせて、僕は聞いた。
「サイボットの本当の狙いは、エリスの管理するマスドライバーなんだね」
「ええ。マスドライバーを使い、月に眠る資源を奪うことです。かつて旧時代の月の裏側には、賢者の海という巨大軍事プラントがありました。そこで地球連合政府のほぼすべての兵器が量産されていたのです。文明が滅んだ後も賢者の海には、何十億トンもの資源と数千平方キロメートルにわたる軍需生産設備が捨て置きにされたまま残っています」
窓から吹き抜ける遠州市の風が、少女の髪を撫でる。
潮風。
それは、彼女の父をこの地へと呼び寄せた潮風だった。
「賢者の海を手に入れた者は、地球の支配権を握ることも、血みどろの宇宙開発を再開することも思いのままでしょう。サイボットは、賢者の海を手に入れるべく遠州のマスドライバー遺跡を奪取しようとしています。その狙いを知ったサイボットの敵対組織、兄弟たちもまた蠢いています。マスドライバー基地を歴史の影へと葬り去るべく」
全てを言い終えて、櫛江さんは再び俯いた。
「前門の虎、後門の狼だな」
と僕は言った。この隊には虎も狼も居るけれど。
「はい。もう、ダメかもしれませんね? 機装教育隊は、もう解体でしょう。安形さんには申し訳ないことをしました」
櫛江さんが、そう言って虚しく笑った。その笑顔が、僕の意思に火を着ける。
諦めてなるものかよ。不条理な現実へ怒りが湧いた。
やおら立ち上がって、僕は自分自身の戦死公報をちらっと見る。
そして公報をおもいっきし、引き裂いてやった。
意表を突かれたのか、櫛江さんは目を丸くして僕を見上げる。
その瞳に映っていたのは、驚きと、かすかな希望。
「そっか。なら、サイボットが賢者の海を盗むことも、兄弟たちが君を殺すことも僕は止めなきゃな。機装試合に勝つことでさ」
首を傾げて僕は言った。
生き返って理想の生い立ちに生まれ変わるだとか、そんなの馬鹿げている。目の前にはただ一つの現実しかない。
僕の場合は、狂ったサイボーグどもに立ち向かう現実があるだけだ。
「ヒーローとして在り続ける。それが今の僕の使命だ。できれば君のヒーローになってみせる。一回失敗したけど」
と、続けて僕は言い切って見せた。
櫛江さんは、驚いた顔のまま、呟いた。
「なぜ?」
「君は僕の恩人やけん。地元でどくれとった僕に、君は生きる目的をくれたんやが」
それが、僕の戦う理由だ。あのまま地元で腐ってゆくはずだった僕を、引き立てて頼りにしてくれたのは、ほかならぬ櫛江さんだ。
たとえそれが、運命のまやかしだったとしても。
この子が居なければ、僕は居ない。
だから、ヒーローになって、彼女を救ってあげたい。シンプルやろ?
「私のせいで、貴方は一度死んでしまった……それでも、見捨てないんですか」
「どうも思わん。僕に居場所をくれた恩人を、絶対に見捨てるわけない。安心しいよ」
櫛江さんが、僕の胸……というより腹筋あたりに抱き付いてきた。
別にやましいことでもない。櫛江さんは涙を隠したいのさ。
僕は、何も言わず櫛江さんの肩をやさしく叩いてやる。
こういうのは、妹たちをあやすので慣れてる。寂しい子には何も言わず傍にいてあげるのが一番いい。
ところでさっきから、何かが頭の隅に引っかかる。何かを忘れている気がする。
あ。
僕はそれとなく、櫛江さんに聞いた。
「ところで。今は何日の、何時だい」
「今は四月三十日。機装競技まであと7日です」
それだ。
僕はひとつ大きな息を吐いた。ぶっつけ本番に近いやんけ。
これから機装を整備して、自分の機装についても色々と手を加えないと。
やることはたくさんあるわな、こりゃあ。
それから、頭の中で突貫整備の手順をあれこれ考えていたら。
櫛江さんが、僕の病院服をつい、と引っ張って見上げてきた。
「あの」
「あの?」
「何か、言うことありませんか? 私に」
あー。そういえば、櫛江さんを怒らせた謝罪を、まだしていない。
それが、めっちゃ昔のことに思えるのは、なんでだろうか。
「あーその。ごめんなさい」
僕はやっと、謝罪の言葉を告げた。
それでいい、とばかりに櫛江さんはちょっと意地悪い笑顔を見せた。
それが、意味もなく嬉しかった。
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twitterでケツ叩かれたので投稿です ライトノベル賞に挑戦している関係で、作品投稿が遅れに遅れて申し訳ありませんでした 大賞三次落ち原稿とかもそのうち晒します、はい 投稿一覧 http://www.tinami.com/search/list?prof_id=40636 一話→http://www.tinami.com/view/441158 http://www.tinami.com/view/703380 ← 前 |
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