あの日の恋をもう一度 ...1
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「――ねーねー、しれぇかん。しれぇかんは睦月ちゃんの事、どうして好きになったの?」

 

 

 

――虫の鳴く声が、鎮守府の外から聞こえ。

すっかり秋めいて……は、土地柄なる事はない、相変わらず暑いばかりの日々。

 

時期的には、本土はもう秋に入り。恐らくは今私が思い浮かべたような状態になっているのだと思う、そんな時期。

……私達は、またもイベントを企画し。一晩、皆で食堂に集まって雑魚寝してみよう、という

なんとも女子力に欠けるイベントの真っ最中だった。

…………いや、私元々女子力とか関係ないからいいんだけど。睦月や如月の方がずっと女の子らしいし。

 

 

普段は、それぞれに充てられた部屋で相部屋の子と一緒に一晩を過ごす。

けれど、この間の……弥生と卯月の時の様に、偶には趣向を変えてみるのもいいかな、

という事で今回のイベントになった。

それで、食堂一杯に布団を敷きつめ、皆でだらだら話しながら寝転がったり……という按配だった訳なんだけど。

 

 

 

……文月がその話題を出した瞬間。さ――と、先程までしていた話し声は聞こえなくなった。

 

 

 

「…………」

「…………」

「…………」

「……あれ?ねえねえ、皆どうしたのー?」

 

その質問をした、文月が――姉である如月のコーディネイトで、幼げな可愛らしさを振りまきつつ、

ちょっとだけ大人っぽさを見せるような色合いの寝間着を纏った――が、首をかしげる。

 

……いや、なにこれ。何でこんなに静かなの。

というか、何だかみんな興味津々な目で見てくるんだけど……。

 

「……そういえば。睦月ちゃん達の事、今まで詳しく聞いた事なかったわよね」

「言われてみれば、そうですね……私、ちょっと聞いてみたいかも」

「弥生、も……司令官からすこし話は聞きましたけど、

 細かいところは聞いてない、です。一目惚れ、っていうのは聞きましたけど」

 

――これは、この文月の質問に乗るしかない。

そう思ったのか、夕張、五月雨、弥生、卯月、由良に……更に他の子達まで。じいっと、こっちを見る。

 

「え、えーっとぉ……」

「そんなにじっと見られると、困るんだけど……」

 

私と睦月は、この状態に対して。とりあえず、そんな反応を返してみる。

……今まで全然聞かれることもなかったから、皆興味ないのかな、って思ってたんだけど。

と、そんな風に考えていたら。私の右横――睦月の、ちょうど反対側――に陣取っていた如月が、

その表情に、少しの微笑みを浮かべながら口を開く。

 

「あら、文月ちゃん。司令官と睦月ちゃんのお話、そんなに聞きたいのかしら?」

「うん。だってぇ、しれぇかんと睦月ちゃん、すっごく仲がいいんだもの。

 どうしてそんなに仲良しになったのかなーって思って」

 

……そう言って。文月は、真っ直ぐに……ものすごい真っ直ぐに、私達の方を見てくる。

う、純粋すぎる瞳が……何だか痛い……!

 

 

 

「……珍しいな、青葉。青葉はこういう話題、好きだと思ったんだが」

 

 

 

……少し悶えていると、不意に長月がそんな事を言い出した。

長月の顔を見れば……興味がなさそうな風を装いつつ、ちらちらとこちらを見ている。

ああ、興味あるのね……。

 

けれど、その長月が指す「こういう話題が好きそうな相手」こと、青葉は。

他の子達に比べて明らかに反応が薄かった。……それもそのはず。だって、

 

「あー、そのー……青葉、もう昔に一回聞いちゃってるんですよねえ。

 神通ちゃんと如月ちゃんもそうですよね?」

「はい。とても、可愛らしい恋物語だったと。初めて聞いたときは、私はそう思いました」

「あら、神通ちゃん?『睦月ちゃんと司令官の出会い』だけじゃなくて、その後も含むなら。

 私達も、その恋物語の登場人物でしょう?」

「……ふふ、そうですね。済みません、如月ちゃん。私とした事が、うっかりしていた様です」

 

そう。その青葉と――それに神通、あと勿論如月は。その『昔あった事』を知っていて。

かつ、その後の事も含めれば当事者でさえある。

興味がないんじゃなくて、知っているからこそ絡みづらい、というところ、かしら。

……いや、それにしても。如月達があの頃の事を和気藹々と話してるのもそれもそれで恥ずかしい。

 

 

……と、

 

「あ、あの……私、聞いた事ないんです、けど……」

「私も、ですね……私達が入るより前、ですか?」

 

そう言いながら、おずおずと……紫色の生地に可愛らしい柄の付いた、やや子供っぽい感じの寝間着を着た、

羽黒が手を挙げる。それに、金剛に似た意匠の和装の寝間着を着た比叡も。そんな2人に青葉は、

 

「あー……羽黒ちゃんは、丁度その後でしたねえ。という事は、この話を知ってるのは青葉と……

 如月ちゃん、神通ちゃん、あとは実際に見てた響ちゃん、電ちゃん、暁ちゃんと――」

 

そう答え、指折り数えながら、青葉は『知っている人』の名前を挙げる。

と、そこに。私達の少し斜め後ろから手が上がり、

 

「一応、ワタシと瑞鳳もちょっとは知ってるネー」

「昔、睦月ちゃんと如月ちゃんに演習で勝った時に教えてもらったんだよね?」

 

金剛と瑞鳳が、少しは知っていると、そう語る。

 

「えぇー、金剛ちゃんも瑞鳳ちゃんもずるーい」

「……なら、少しその頃の話でもするかい、司令官?こんな機会は、早々ない事だし」

 

金剛達まで知っていると聞いて、文月は拗ねてしまった。

自分が知らないのに色々な人が知っているのが、羨ましいと……そう思ったのか。

 

――そんな文月に。私達の近くで、電と暁と、3人揃って固まっていた響が……声を掛ける。

 

「折角の機会だ、偶には司令官の話になるのもいいんじゃないかな。

 ……司令官が話すのが嫌なら、私達から話すけれども」

「いや止めて」

 

即答する。

 

「……やめて。あれを自分以外の人間に話される位なら、私が言うわ。

 今思い出しても自分が逸り過ぎてて恥ずかしいのよ、本当――」

 

……いや、冗談じゃなく。睦月と出会った時の私は何かおかしかったと思う。

まあ、それで一気に睦月と距離を詰めて、今結婚してるわけだから……、有り、なのかもしれないけど。

いやいやいや、やっぱりないわあの時のあれは……。それを直に見てる響達に話させるとか猶更ない。

 

 

 

 

 

 

 

――さて、それじゃあ、と。隣に座る……顔の赤い睦月と、互いに少しだけの目配せをして。

文月を始め、弥生、卯月、五月雨……更にはイムヤや由良、榛名までの熱の籠った視線を感じながら、

話し始める事にする。…………いや、ほんとに恥ずかしいんだけどね、あれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、ある夏の日の事――

 

 

 

 

***

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***

 

「――敵、駆逐級。沿岸部に接近中みたいよー?」

『……すみません皆さん、そちらの対応お願いします!こっち、片付いたらすぐに行きますから!』

 

 

――ざざ、ざ、と。

ややノイズを響かせながら、首に掛けた通信機が音を吐き出す。

そこから発されるのは、やや若い女性の声と――何かが風を切る音、そして爆発音。

 

 

「焦らないでもいいわよ、飛龍。そっちで軽巡級と軽空母級、引き受けてくれてるんでしょう?

 ――なら、こっちの駆逐級位はしばらく私達で何とかしてみせるから!」

 

 

通信機の向こうから聞こえてきた声に、私はそう返す。

あちらもきっと忙しくなっているはずだからと、そう思いながら。

 

――と、

 

 

『……ぶー、飛龍さんは労って、あたしは労ってくれないのー?』

 

 

通信機から、別の声が響く。同じチャンネルに通信機の設定を合わせた、

向こう側で同じように戦っている、もう一人の彼女の声。

……全く、緊張感ないわね、あの子は。

 

 

「はいはい頑張ってね白露。……じゃ、戦闘に集中するから通信切るわ」

『えー、牧ちゃんひどーい!』

 

 

向こうは緊張感を持って臨まなければいけない戦いの場の筈。

なのに、いまいち緊張感が足りないのは……まあ流石というか。

そう思い、溜め息を吐きかけ……そんな私の近くで、通信機を構える影が一つ。

 

 

「大丈夫ですよ、白露さん。彼女はちゃんと、白露さんの事を心配してくれていますから」

『え、ほんとに!?実は牧ちゃん、あたしのこと心配してくれてたんだね!』

「何言ってんのよ、あんたは……。……本当に切るわ、それじゃ。

 あと、そこの優男は余計なこと言うんじゃない。……さて、そろそろ気合入れましょ」

「はい、了解しました」

「はーい、『牧ちゃん』よろしくねー?」

「あんたまで牧ちゃん言わない……」

 

 

そう言い、向こう側とつながっていた通信機のチャンネルを切り替え。

私達の連携用に合わせ……改めて、首に掛け直す。

 

 

「駆逐級、目視確認したわ。……それじゃ、やるわよ!」

 

 

そう言い、私達3人は散開する。これからの戦闘に備える、その為に――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――横須賀。

神奈川の南東、三浦半島に位置する港街。

かつて戦争へと出撃した船、戦艦三笠の鎮座する公園や、日本最初の洋式燈台、観音崎灯台を観光場所として持ち、

近くには鎌倉や箱根もある……そんな土地。

 

              ・・

……その横須賀の陸地に程近い海上を、私達は駆けていた。その脚に、鉄の靴を履きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

――横須賀鎮守府所属、艦娘連携後衛部隊『飛白』。

 

深海棲艦の襲撃に対し、前線に立つ艦娘が深海棲艦との戦闘を行い……

その中で、抑えきれず防衛線を抜けてしまった駆逐級等の掃討を図る部隊。それが、私達の名前。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――深海棲艦が現れたのは、数年前の事。

 

当時、出港した旅客船が帰らないという事件が何件か発生した。複数の国の船が次々と行方不明になった為、

海賊の襲撃か、どこかの国が起こした大規模な誘拐事件か。そんな風な噂が流れた。

各国がそれぞれに調査を行い、原因を探ったけれど。

……結局、行方不明となった船も乗客も、見つける事は出来なかった。

 

そして、それから数か月後――

各国が調査を行っていた海域で、海を泳ぐ巨大な生物の報告が相次いだ。

見た目は黒く、大きさはクジラとイルカの中間程度。イルカかシャチの仲間かと思われたそれは――

しかし、イルカ等とは決定的に違う、と分かるものを持っていた。

 

           ・・・・・・・・・・

……それは、その身体に鉄の兵装を備えていた。海に生きる生物の筈である、それが。

 

                   ・・・・・・・・・

その生物との接触による船の転覆、そして大砲又は魚雷による攻撃での船の沈没。

その様な事件が何度か発生し――それは暫定的に「海獣」と呼ばれるようになった。

怪獣と掛けたネーミングだったのかもしれないけれど……被害としては、実際それに劣らない。

その為各国はそれぞれ保有する軍隊を派遣し、海獣の駆除に当たっていた。

 

 

 

 

 

――そしてある日、その「海獣」に……もっと小型の、人の様な姿を持つものが確認された。

半分人間、あるいは見た目がほぼ人間の女性の様なそれは、先に確認された「海獣」よりも、

もっと異常な火力を持っていた。海獣駆除に派遣された軍隊を、一蹴するほどに。

 

 

……その日から、人類は、そして海に棲む生物からも――平和な海は失われ。

砲火を放ち、海を貪る種々多様な海獣との戦いが始まった。

海獣に対し、現代火器での攻撃は通じる。撃破をする事は可能だった。

けれど、人間程の身の丈で強力な火砲を放つ相手を多数相手にするのは厳しく――

出現を繰り返す海獣との戦いの内、次第に、人は海から陸へと押し返されていった。

 

 

 

……そして、北米大陸沿岸のある町――そこに、海獣が現れ、遂に陸まで蹂躙されるのかと思われた時。

 

 

『――あの、お姉さま?わ、私達、本当に姿を見せちゃっていいんでしょうか?』

『何を言っているのよ、貴女は。私達は国家の――そして、我らが国民の為に戦うモノでしょう?

 国家、国民の危機に立たないなんて、有り得ない。その為にきっと、この新たな生を得たのだと、

 私はそう信じているわ』

 

 

……見た事もない出で立ちの少女が二人。

                     ・・

海獣たちが迫る街の、陸に程近い海の……その水上に立っていた、という。

 

 

『……まあ、かつて敵国で見たような顔立ちの人もいるけれど。

 それはきっと、私達が眠っている間に時代が変わったという事でしょう。

 なら、彼らもまた、守るべき国民。私は、彼らの為に力を振るうわ』

 

……そう、言ったかどうかは定かではない。

けれど、彼女達は確かにそう言ったのだと、その場にいた新聞記者は伝えている。

 

そして、彼女達はその奇妙な出で立ちの装備から攻撃を放ち、海獣を追い払い――

何者かと問われたとき、名乗ったのだという。――かつてその国に所属していた、或る空母の名前を。

 

 

 

 

 

 

 

彼女達は、自分達を……かつての第二次世界大戦で戦った軍艦の魂だと、そう言った。

そして、その後。世界の各地で彼女達と同じ様な存在が多数見つかり、フリートガール――

『艦娘』と呼ばれるようになった彼女達と共に。

連携し、海獣……いつしか『深海棲艦』と、誰かが呼び始めた呼び名で定着したそれとの戦いを今も続けている。

 

 

 

 

――で。

 

「しーらーつーゆー、何であんたは前に出るのよ……二匹目にいきなり突撃し始めて焦ったわよ」

「えー?だって、一番に敵に攻撃したいんだもん。牧ちゃん達に負けたくないし」

「だからって突っ込まない方がいいと思うよー?

 一匹目、私達で倒した後に二匹目が来てたから、不意打ちしてくれて助かったけど……ねえ飛龍さん」

「あはは、そこはほら、白露ちゃんだから仕方ないっていいますか……」

「でも、そう言う勇ましい所は凄く頼りになる。僕はそう思いますよ」

「……まあ、それはそうだけどね」

 

……その艦娘の内の二人が、ここにいる白露と飛龍だったりする。

白露は中学生くらい、飛龍さんは大学生くらいの外見の、見た目は普通の女の子、なんだけど……

その彼女達は、確かに深海棲艦と戦えるだけの力と装備を持っていた。

 

そして、私達も彼女達のその力の恩恵に預かり――

彼女達の協力を得ながら、彼女達が持つ艤装を疑似的に再現し、脚部のみの物を作成。

海上に浮く力、駆ける力を活かし、防衛の為に使用する装備として活用したり、

船舶に搭載し、緊急時の救命具……救命ボートや浮き輪など、と同じ様に活用する様になった。

 

 

――それで。

私達は彼女達と連携し、その力での横須賀の海の防衛を任せられた部隊で。

疑似艤装を履き、複数人で連携しながら。彼女達艦娘の補佐をする役目を持っている。

……まあ、3人で連携しても出来るのが駆逐級の撃破、軽巡級や軽空母級の妨害がいいところだけどね。

艦娘の飛龍や白露と、私達が持てる火器の火力の差は、かなり大きいし。

 

 

……と、そんな風に思い返していたら。

かつ、かつ、と靴の音が響く。

 

 

 

「――ふむ、今回も首尾は上々のようだな?」

「あ、牧田中将」

「……何よ、様子見に来たの、爺?」

 

 

 

……そして、この鎮守府で艦娘と防衛部隊を統括し、この付近の海域を守っているのが。

その靴音の主で、私の祖父である、この爺。

その爺は、私に『爺』と呼ばれた事に顔を顰め――

 

「……相変わらず、お前は私の事を酷い呼び方をするなあ。身内とはいえ一応上官なんだが」

「ふん、爺は爺でしょ?それとも孫に、『牧田中将』って飛龍さんみたいに呼ばれたい?

 ああ、白露みたいな呼び方の方がいいのかしら」

「……いや、お前に今更お爺ちゃん呼ばわりされると変に感じるな。それは遠慮しておく」

 

……うわ、酷い言い草だわ。一応、可愛い孫でしょう?

って、周り見回してみたら白露除いてみんな苦笑してるし……。

ええまあ、そう言う認識だっていうのは重々承知だけど。爺呼ばわりしてるの、私だしね。

 

「ねー、牧田のおじいちゃん。そろそろあたし達行っていい?

 深海棲艦が来なかったら、訓練の後に牧ちゃん達とお買い物に行く予定だったんだけど」

「おお、済まんな……うむ、行ってくるといい」

「わーい!」

 

そして、白露へのこの甘さ。……ええ、どうせ私は可愛げない孫だものね。

ま、いいわ。それじゃ白露連れて……ああ、飛龍も来るかどうか聞かないとね。

 

 

 

 

 

そうして、そんな風に私達は深海棲艦と戦い。

――彼女達、艦娘の二人との日常を過ごしていた。

 

横須賀の海を、彼女達と共に一部隊として――一兵士として守る。

いつか、深海棲艦との戦いが終わるまで。あるいは、深海棲艦との戦いの中で、私が戦えなくなるまで。

 

そんな日々が、ずっと続くと――そう、思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ふむ、あ奴らも大分飛龍君達に馴染んだようだし、そろそろ大丈夫か。

 しかし、爺呼ばわりは本当に何とかしたい……が……」

 

 

 

***

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***

 

 

 

「――っ!」

「……動き、ブレてるよ!牧ちゃん!」

「分かってる、わよ……っ!ていうかそこは『乱れてる』っていう所でしょ!?」

 

……そう言っている間にも、海面を十字の影が駆け抜け。その影の元――艦載機が、上から下から攻撃を仕掛けてくる。

爆弾を高空から落としての爆撃、水面からの雷撃――ああもう、初手の対応間違えた……!

 

「……空母級は、制空権の問題や、空にも警戒をしなければいけなくなるという点から、

 戦艦級共々最も優先して対処すべき相手です。……とはいえ、今回はちょっと状況設定が悪かったかも――」

「いや、これくらい……何とか、凌いでみせる、わよっ!」

 

――ある日の事。私達は飛龍と一緒に、敵空母への対処の訓練を行っていた。

駆逐級の相手は出来るけれど、それ以上となると私達にはまだ荷が重い。

けれど、対処できない……という訳にはいかない。飛龍達が居なくて、私達だけで凌がなければいけない、

という状況も想定しなければいけないんだから。

 

 

……そんな訓練を小一時間行って、

 

 

「……あー、疲れた」

「艦載機が発艦した後からの訓練だと、大変よねー……制空権取られると大変」

「艦娘でもこの状況には手を焼くそうですから、僕達だと猶更厳しいですね」

 

訓練を終え、部隊の詰め所に戻る途中。私達は、さっきの訓練の感想を

話して――どちらかと言えば吐き出していた。……あーもう、対処方法は分かってるのに。

と、そんな風に思っている所に、飛龍が話しかける。

 

「正規空母級――『ヲ級』と呼ばれている人型の物は、私達でも時には手に余るほどの強さです。

 それに準ずる軽空母級も、火力だけなら同等。ただ、艦載機はヲ級よりも数段劣ります。

 その為制空力と実質的な戦闘能力は、大分差がありますね。それに加えて、軽空母級は――」

「明確な弱点がある、でしょう?あの頭の部分」

「ええ。艦載機を発着させるあの部分に損傷を与えれば、軽空母級はその戦闘能力を失います。

 ……あの、先に言われちゃうと私が教官らしくできないんですけど」

「だってそれ、何回も教えてくれてるじゃない……」

 

飛龍の言った、軽空母級の特徴。そしてこれから言おうとしていた弱点。

それらについて、私達は何度か教えられ、訓練を重ねている。

 

……とはいっても、私達がその訓練で『軽空母級を想定した相手』に勝てたのは一度だけ。

それも、相手が艦載機を発艦させる前に頭部を叩き壊す……なんて、

まずありえないシチュエーションでの勝利のみ。……はあ、もっと訓練しなきゃよね。

 

ひとつ、溜め息を吐き。……今回の問題を次までには直しておこうと、そう思い。

 

 

「――あ、そうそう。ねー牧ちゃん、牧田のおじーちゃんが後で執務室来てって言ってたよ?」

「……え、爺が?」

 

白露から、爺から私への言伝の内容を聞き。

それに、少し疑問を覚える。……何の用かしら。

 

 

 

 

 

 

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「――来たわよ、爺」

 

……白露から話を聞いた後。少しの時間を置き、私は執務室へ向かった。

ギ、と。開けた執務室の扉は、少し鈍い音を立てて開く。……油射した方がいいんじゃないかしら、これ。

爺がこの音が好きだから、わざとそのままにしてるのは知ってるけど。

 

開かれた扉の先――執務室は、木製の、やや凝った彫刻の施された執務机と、

レトロなセンスの調度品で構成されている。……そして、爺は執務机の椅子に座り、待っていた。

 

「またお前は爺と……まあいい、今回の本題はそこではないしな。

 ほれ、この5枚のカードから好きなのを選べ」

「カード?……って、なによこれ」

 

そう言う爺の手の指す先――執務机の上には、やや縦長のカードが5枚、並べて置かれていた。

色は白。……何かの裏面かしら。そう思いながら――取り敢えず、右から二枚目を手に取る。

そして、裏返し――

 

「……?」

 

……茶髪の女の子。それも、かなり幼げな顔立ちの。そんな子の写真が、裏側には付いていた。

誰だろう、これ――

 

 

 

 

 

「――ふむ、電君か。という事はリンガだな……面白い所を引いたな、お前」

「……は?」

 

 

 

 

 

いなずま?リンガ?……なによそれ?

説明しなさいよ、と爺に言いかけ――

 

「簡単な話だ。お前には、これから彼女と一緒にリンガ泊地に新設された鎮守府へ行き――

 そこの司令官になってもらう」

「はあ!?いやちょっと待ちなさいよ爺!?何バカなこと言ってるの!?」

 

思わず叫ぶ。

……爺の言葉が理解できない。私が司令官?新設の鎮守府の?

は、何よそのバカバカしい冗談。私はそんな司令官になるような道を選んだ記憶はないし、

教育も受けてない。士官として働くなんて向いている訳がない、ただの兵士でしょう?

それに何より――

 

「17よ、じゅーなな!そんな若い司令官いる訳ないでしょ!?」

「だからこそ、なんだがな」

 

……は?と、もう一度心の中で呟く。……爺が私の言葉に全く堪える様子もないから、言うのは諦めた。

 

「だからこそ、……って」

「何、彼女達――飛龍君や白露君の様な、艦娘に慣れるには若い方がいい……常々そう思っていてな。

 ……最近の若い士官は、どうも彼女達への接し方で腰が引けているように見える。

 恐らくは、彼女達と自分達との違いを強く意識しすぎているからだろうが、

 そんな腰の引けた男が彼女達と心通わせ、共に戦える訳がなかろう」

 

そう言い、一息を吐いて、

 

「まあ、そう言う次第でな。更に若いのの中から男女を問わず三人、彼女達と友人に近い関係になれそうなのを

 探した訳だ。……行く行くは、他の艦娘を率いる司令官にすることを見込んでな」

 

しかし、本当に若い奴らは情けないな……と言いながら、爺の話は続く。

そこへ、私は一つ、疑問に思った事を聞く。それは、

 

「……私達、横須賀を守るために飛龍達と組んでたと思ってたんだけど。

 艦娘だけじゃ戦力が足りないから、私達の部隊を作ったんじゃなかったの?」

「まあ、それも事実だ。……が、だったら飛龍君たちとの混成部隊でなく、

 前線を完全に彼女達に任せ、人間だけで部隊を組めばいいだけの話だろう。

 飛龍君達と部隊を組んでる事を奇妙に思わなかったのか、お前は」

 

 

……返す言葉がない。

それは確かに、まあ、うん……。呉とかは人間だけで部隊組んでるって聞くものね……。

けど……、

 

 

「……そ、それにしたって学もないただの兵士を司令官にしてどうするのよ?」

 

私に、人の上に立つ教育を与えられた覚えはない。そんな人間が司令官になったところで……

 

「何、心配はいらん。戦術は部隊戦闘の中で身についている筈だし、天気の読み方、潮の見方も

 飛龍君に教えてもらっているだろう。それに資材の管理の仕方も、な。それに、もし不足を感じていても――」

 

爺が、両の手を勢いよく叩く。ぱぁん、と音が響き、その音が止む頃。

 

 

「――他の二人も合わせて。3人まとめて、私がみっちり仕込んでやる。だから安心するといい」

 

 

 

 

……そう告げた爺に。

言葉通り、みっちり仕込まれた。

 

 

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「――響だよ。暁型の二番艦。その活躍ぶりから、不死鳥の通り名もある」

「暁よ。暁型の一番艦、一番お姉さんなんだから!一人前のレディとして扱ってよね!」

「はい、という事でこの二人が、私のお姉ちゃんなのです。

 響ちゃんと暁ちゃんも合わせて、宜しくお願いしますね、司令官さん」

「ん、分かった。……それにしても、私てっきり電一人だけの状態から鎮守府を任されるのかと思ったんだけど」

「ああ、そこは牧田中将のお爺ちゃんが手配してくれたのです。初期の戦力は多くて困る事はないだろう、って」

 

 

 

……正式に辞令を受けてから、三日。

私は、任地であるリンガ泊地の鎮守府に到着した。

いや、正しくは『私』だけじゃなく……しばらくの間、秘書官として私に付き添う事になった

電――白露と同じく駆逐艦の子も、リンガへ行くための同じ船に、本土から同乗し。

そして今、リンガの新設鎮守府に先に配属され、私達を待っていた響と暁の二人と合流した。

身長は……電と同じく、かなり小柄な方。ふむ、白露よりちょっと低いわね、背。

 

 

……電達と話をしながら、ふと少し前の事を思い返す。

私と、あの二人。その3人が、本土から遠く離れた土地の司令官になる――

そう告示があった時、横須賀は酷く騒がしくなった。

やれ若すぎる、未熟だ、そんな若造を責任ある立場になどするべきなどではない、等々……

うんまあ、私もそう思うんだけどね。その指摘を爺は……横須賀鎮守府の最高責任者は、一括し黙らせた。

 

 

――お前達に彼女らを……艦娘を指揮させた所で、どうせ不甲斐無い結果しか生まぬだろう。

  彼女らを遠巻きに見ているお前達に何が出来る。茶に誘う位してからそんな寝言を言え!

 

 

……滅茶苦茶な理屈以外の何物でもない。

けれど、なぜかその言葉が効いた人が多いようで。それ以降、ぱったりと静かになってしまった。

そして爺と飛龍達に鍛えられる中、ついに任地へ旅立つ日を迎え――

私達はそれぞれに秘書官を充てられ、それぞれの任地へ向かう事になった。まあ、それがここまでの顛末。

 

 

 

 

 

……と、そんな事を考えていたら、

 

 

「…………」

 

 

視線を感じた。その方向を向いてみれば、

 

「……どうかしたかい、『司令官』」

 

そっちにいたのは、白い髪の少女。暁型の二番艦と名乗った電の姉、響だった。

……まだこの子とは、白露ほどには親しくない。距離を測り、どう返そうかと一瞬考え。

 

「ん、何でもないわよ。ちょっと風の流れを感じただけだから」

「……そう」

 

……取り敢えず最初はこのくらいの距離間でどうか、という感じで答えてみる。

けれど、響の反応はあまり芳しくはなかった。……ふむ。

 

「あの、それで司令官さん。リンガの鎮守府には着いたけど、これからどうするのです?」

「荷物の荷解き、やる?」

「んー、そうねえ……」

 

響と話していると、電と暁からこの後どうするか、と聞かれ。……さて、どうしようか。

少し考え、そして、

 

「……先に海に出たいかな。荷解きはその後。電達はそれでいい?

 いいなら、艤装の準備をお願い。私も疑似艤装履いて来るから」

「司令官さんがそうしたいなら、電はそれで大丈夫、なのです」

「暁も、特に問題ないわよ。司令官も来るの?」

「ええ」

 

これからの方針を話し、電と暁からそれぞれに返答を貰う。響は、

 

「予め貰っていた書類には、確かに私達に着いて来ても問題ないだけの能力は持っていると、

 そんな風には書いてあったけれど……本当に、司令官も来るのかい?」

「ま、ここの環境の偵察がてら、ね。これから戦っていく場所は、自分の目で見ておきたいから。

 ……ただの人間が着いていくのは、心配?」

「……そうだね」

「まあ、少しね……司令官がいいっていうなら、暁は構わないけど。でも、注意してね?」

「了解」

 

……まあ、やっぱりそう言う反応よね、と苦笑しながら。

そんな風にやり取りをしつつ、私と電、暁、響は装備を整えて、海へ出た。

 

***

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***

 

 

――青。

青、青、青。一面の青。空も青く、海も青い。その中を、私達は駆けていた。

 

「このあたりでそろそろ、鎮守府から20kmくらいかしら。

 ……ねえ司令官、さっきから笑顔だけど、なんで嬉しそうなの?」

「っそりゃあ……ねっ!さっきまでずっと、船に乗ってて体動かせなくて退屈だったんだもの!」

「本当に変わってるね、司令官は。……司令官らしくない、というか」

「はわわ、響ちゃんそんなこと言っちゃダメなのです!」

「んー?別にいいわよ?そんなの私自身が重々承知してるしね」

 

電達にそう言いながら、少しだけ速度を落とし、そこから再加速。

動きに緩急を付け、長い船旅でしばらく履いていなかった疑似艤装の感覚を確かめる。

そして、その動きに伴い回る空と海を見ながら思う。……うん、やっぱりこれよね。

船の中でずっと変わらない空と海の景色を見ているよりは、こっちの方がしっくりくる。

爺にはあんな大仰なこと言って送り出されたけど、私はやっぱり兵士なのよね――っと!

 

 

 

……そんな風に、しばらく真っ直ぐに進んで。

不意に、流れてくる風に違和感を感じる。

 

「……ん?」

 

風に紛れて、微かに何かが焼けた様な匂いが流れてくる。

嗅いだ覚えのある、この感じ。これは……、

 

「暁ちゃん、これ……火薬の匂いなのです?」

「そう、みたいね……。じゃあ、この辺りに誰かいるのかしら?急いだ方がいいわね」

「……そうね」

 

電達が立ち止まり、私も足を止め。状況の確認を始める。

微かに匂った火薬の匂いを、頭の中で記憶と結びつける。そして、

……多分、この近くに艦娘がいる。この火薬の匂いは、その子の武器から流れてきているんだろうと、

白露たちと一緒にいた記憶から推測する。

 

 

 

艦娘は――元々は艦の魂だった彼女達は、人間と同じ様には生まれない。

彼女達は、海で目覚める。

 

……けれど、その目覚める場所を彼女達は選べない。

どこかの海で目覚める――だから、この海で目覚める可能性もある。

 

目覚めた後、上手く行けば人間に保護される。

今はその事が周知されているし、だから人間もその子達が保護できるよう積極的に動いている。

 

 

 

――だけど、もしも上手く行かなかった場合は?

もし、誰かが見つける前に深海棲艦に見つかったら――?

 

 

 

「……急ぎましょうか。この感じだと、もう戦闘に入ってるかもしれない」

 

 

 

 

 

 

 

 

***

-7ページ-

***

 

 

「……にゃっ、こ、この程度なら……まだ!」

 

 

 

――海の、うえ。青くて、どこまでもずっと広がってる海。

そんな中で、手に持った単装砲を構えて、それに向かって撃つ。

水柱が立って、飛び散った飛沫が睦月の頬に当たる。……冷たいって事は、やっぱり夢じゃないんだよね?

 

今、睦月が魂のそのままの姿……人間の姿みたいになってるのも。

手足を動かして、動いてるのも。身体に当たる風と水の感触も――

 

「……っ」

 

――そして、今睦月が、何だかよく分からないのに襲われてる事も。

 

 

 

 

 

 

 

……ずっと。ずうっと、長い夢を見ていた様な気がして。

 

目が覚めたら、たった一人で海にいて。自分が、どこにいるのかもわからなくて。

どうして、こんな所にいるんだろう、って。そう思って、記憶を思い出そうとして――

あの日の事を、思い出す。いまの魂の……人みたいな姿じゃなくて、艦だった自分が、沈んだ日の事を。

 

「…………睦月は、あの時」

 

……思い出して、ちょっと怖くなる。でも――その怖さを何とか振り払う。

だって、

 

「だって、睦月はお姉ちゃんなんだし。みんなにかっこ悪いところ見せちゃダメなのです」

 

落ち着いた、如月ちゃん。

おとなしいけど、良く睦月を心配してくれた弥生ちゃん。

元気いっぱいの、卯月ちゃん。

ちょっとけだるげだけど、やる時はしっかり決めちゃう望月ちゃん。

それに、皐月ちゃんや文月ちゃん、三日月ちゃん、夕月ちゃん――

 

睦月は、そんなみんなのお姉ちゃんなんだから。みんなを不安にさせちゃダメだよね。

うん、それで……。

 

「……ここ、どこだろ?」

 

ぐるりと見回してみるけど、見えるのは海ばっかりで……自分がどこにいるのかが、全然わからない。

風の流れは、覚えがあるような、ないような……?

 

……うん、とりあえずどこかへ辿り着けるまで、まっすぐ行ってみよう。

今の睦月の手元には海図も羅針盤も……ないみたいだけど。

それでもずっと立ち止まってるよりはいいはずだもんね。

 

 

 

……そして、そうしてしばらく真っ直ぐ進んでみて。

足元を流れる水の流れに、何だか違和感を感じて。そうしたら――

 

「……な、何このお魚!?睦月見た事ないよ!?」

 

――大砲と、魚雷管を備えてるなんだか良く分からないのが。睦月を襲ってきて。そうして今、戦ってる。

クジラでもイルカでも、シャチとかでもないみたいで……けれどそれは、執拗に睦月を追ってくる。

 

……戦っても、いなくならない。逃げてくれない。ずっと、こっちを攻撃してくる。

どうしよう、睦月このままじゃ――

 

 

 

 

 

「――っのっせえぇぇぇぇぇ!!!」

「……!?」

 

 

 

 

 

――そう思った時。

大きなお魚が、いきなり横から爆発した。

 

 

***

-8ページ-

***

 

 

――何とか間に合った!

海に浮かぶ、茶髪の小柄な女の子と、それを襲う駆逐級を確認しながらそう心の中で安堵し――

右腕を振りかぶり、手の中に握った牽制用の手榴弾を駆逐級に向けて投げつける。……着弾、爆発。

でも、安心はしない。艦娘じゃない私が一人だけで持てる武器なんて、牽制程度にしかならないだろうから。

 

『グ……ォォ……ォォッ!!』

 

駆逐級が、その爆発でこちらの存在を認識する。……ダメージ、やっぱりあんまり通りは良くないか。

駆逐級は外皮は柔いんだけど、図体がでかいから。狭い範囲しか攻撃出来ない手榴弾だと、

巨体に対して大きなダメージにはなり辛い。

 

……けれど、それでいい。まずは駆逐級をこっちに向かせられれば!

 

「全く、無茶な司令官だね。自分が一番に突っ込む事もないじゃないか……。……さて、やりますか」

「……なのですっ!」

「攻撃するからねっ!……やあっ!」

 

……砲を構えていた電達が、駆逐級に一斉に砲撃を仕掛ける。

その巨体にはどんどん傷を増え、そして――

 

 

『ォ……ォォ……ォ……』

 

 

――駆逐級は沈み。その身体は、黒い泥のように海に溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――さて、と。駆逐級を倒し、一息ついて。

私は、駆逐級に襲われていた少女に声を掛ける。先程も攻撃の時に姿をちらりと見たけれど、

改めて、その姿を確認し。

 

その子の正面へと回り、右手を差し出して――

 

「……貴女、大丈夫だった?駆逐級に襲われてたけど」

「あ……うん。大丈夫なのです。えへへ」

 

 

 

 

 

 

――その子が顔を上げて。目があった瞬間。

ざぁ…………と、甘い匂いの風が吹いた、様な気がした。

 

 

 

 

 

やや黒に近い色の、茶髪のショートボブ。

 

 

濃緑のスカートから伸びる足を覆う、黒いストッキング。

 

 

同じく濃緑色の襟に提灯袖の白い服と、その袖から伸びる、白くて、綺麗な、腕。

 

 

 

 

 

 

そして、――すごく眩しい、笑顔、が。

 

 

 

 

 

 

――どくん、と。心臓が跳ねた、様な気が、した。

そして、首から上に急に血が上ったような感覚がして、何だか急にどこからか恥ずかしさが沸いて来て――!

 

 

――どくん、どくん、と。心臓の勢いが、止まらない。

 

 

どうすればいいかわからない、という戸惑いもそうだけれど……、

それ以上に、この子に触れたいって、身体がそうしたがってるって、そんな感じが溢れてきて、

……え、なに!?何なのこれ!?ほ、ほほほほ頬がものすごく熱くてなんか顔も熱くて、

顔から火が出そうってこういう事!?いや違うよね!?じゃ、これは何……!?

 

 

「……??あの、司令官さん?」

「どうかしたのかい、司令官?」

「……およ?『しれいかん』……司令官どのなのです?」

「あ、はい。この人は私達の司令官さんなのです。宜しくなのです、ええと……」

 

そうこうして、思考が止まらなくなって――慌てている内に、気付けば電達が彼女と話をしていた。

 

「ふむむ、なるほど……なのです!そういう事なら、えへへ――」

 

一拍置き、私の目を真っ直ぐ見て、それから響達の方を見てから。

くるりと海上で軽くターンして――、

 

 

 

 

「……睦月です!張り切って参りましょー!」

 

 

 

 

また、彼女――睦月が、眩しい笑顔で笑う。その笑顔が――可愛いって、そう思った。

 

……じゃなくて!

ええと、ええと……答えないと、挨拶してくれたんだから私は答えないと。

そう、簡単。落ち着いてこういえば良いんだから。――ええ、これから宜しくね、って。

だから落ち着いて、口を開いて。思った通りの言葉を言えばいい。

……そう思い、すぅ、と軽く息を吸って、……言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――私と結婚して」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……へ?」

「……は……?」

「……え??」

「……………………え、私、今」

「……………………………………………………にゃ、」

 

私は今、何を言ったのか。――そう、自分の数秒前の言葉を思い出そうと、して。

それを思い出す前に――

 

 

 

 

 

 

 

 

「にゃああああああああああああああああ――――――――――――!!??」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――睦月の驚愕の叫びが、海の遠くまで響き渡っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――リンガ泊地、鎮守府。それが、この場所の名前。

海より来る異形の存在、『深海棲艦』に対抗するべく作られた前線基地。

 

 

……そして、私達が出会った、場所。

説明
睦月結婚もの第10話。
ある日の事、睦月達は文月に、睦月と司令官がどうして互いを好きになったか――そんな事を聞きます。

そして、そこから語られるのは、少しだけ前の、あの日の記憶――
二人が出会った日の事。

***

睦月結婚もの過去話の1。今回はかなり独自設定の部分が強いです。読む際にはご注意を。
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