AEGIS 第四話『合流』(1) |
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AD三二七五年六月二三日午後九時五七分
無念さに、スパーテインは唇を噛み締めていた。
自分自身の左目は見事に粉砕されており、医者から後もう少し深く入っていたら命がなかったとまで言われた。慢心があったとしか、自分には思えなかった。
左目のあった箇所に義眼を入れることを奨められたが、「親から貰った物は捨てられぬ」と辞退した。
それに、義眼など自分には必要ない。今の戦闘で目を失った、他の兵士にくれてやった方がいいと、スパーテインは考えていた。今は左目のあった箇所に眼帯を付けているが、それでも元々左目のあった箇所に付いた一本の刀傷は目立った。
だが、例え片眼を失おうが、死んではいない。死んでいなければ、まだなんとでもなるし、国のために戦える。
頑固者だと、人は自分に言った。実際そうなのだろうと、スパーテインはなんとなくだが感じていた。
あの後結局破傷風対策のナノマシンだけ左目に打って、医者の静止を振り切りこうして報告を治療する兵士のうめき声の聞こえるデッキでやらせているのだ。
被害が報告されると、眼帯が血ににじんだのが分かった。自分の育てた精鋭三〇は半数のみしか生きておらず、勝手に出撃したドレッド隊は、ものの見事に紅神と空破の二機に全滅させられた。
緒戦はベクトーア側に勝利が上がったと言ってもいい。
だが、想像以上に、この基地の兵士の顔が引き締まったのが分かった。実戦を体験させた故に、変わったのかもしれない。
「少佐、大丈夫ですか?」
報告を終えた後、副官の『廬・史栄(ロ・シエイ)』が述べた。自分の率いている部隊の副官で、結成当時からのメンバーの一人でもある。
「なに、大丈夫だ。だが、これではっきりした。あの『底に眠る奴』は、危険すぎる」
噂だけは耳にしていた。性格の豹変、黒い炎。だが、これ程の物とは思わなかった。
一瞬、刃を交えたとき、底知れない敵意のような物を感じた。まるで、人類そのものを憎んでいるかのような、そんな気配だった。
「しかし少佐、増援を送ってもらった方がいいかもしれません。レヴィナスの奪取には、さすがに他の軍勢も躍起になるでしょうし」
「それに関してはもう既に手を打った。アイゼンウォーゲを既に呼び寄せてある。予定では明日の早朝にも着くはずだ」
アイゼンウォーゲ、華狼の所持する三機のプロトタイプエイジスの一機『XA-071狭霧(さぎり)』のイーグにして、『第二七機械歩兵師団』大隊長『エミリオ・ハッセス』大尉の異名である。
元々から運び出すまでの護衛として配属される予定だったが、予定を二日繰り上げ呼び寄せた。一応、この部隊にはゴブリンと、重装甲型の『七二式人型滑空機動兵器オーガー』をそれぞれ一二機ずつ持っているが、そのうちゴブリンを三機と狭霧のみを呼び寄せた。
それとスパーテインの子飼いである『第十四機械歩兵師団』の第一小隊所属のゴブリンが三機、しかも率いているのは史栄である。
悪くはない戦力だと、スパーテインは考えていた。
緒戦の勢いにベクトーアが乗ってくることは十分考えられたが、あのフレーズヴェルグが勢いだけで戦をするとは思えなかった。
彼女の戦闘ドクトリンは少数精鋭による機動戦だ。少数であるが故に一機たりとも損失は許されない編成をしてくる。つまり、万全の体制を整えてから彼女はやってくると、スパーテインは感じていた。
「早いですな。しかし、この基地の司令が知れば、なんと言うか……」
史栄は頭を抱えている。
『場合によっては斬ってお前が指揮を執れ』とまで会長に言われた旧態依然とした司令官だった。アシュレイという街はここまで腐っているのかと、スパーテインは到着時に憤怒に駆られた。
人事ミスだったとまで、会長は言ったのだ。実際その通りであった。
華狼の幹部会が定める称号にして六番目の位『夜叉』がスパーテインには与えられている。称号を与えられるということは、その国にとって如何にその人物が必要であるかを表している。
それで最初にやろうとしたのが賄賂だった。この場で斬るかとも思ったが、史栄がなんとか静止した。
だが、次にふざけたことを抜かしたら斬ると、史栄には固く言ってあるし、史栄も納得した。
史栄は、自分より五個年下である。若いながらかなり優秀な人間だった。もう既に機械歩兵師団を率いても十分だろうとまでスパーテインは思っているのだが、史栄は頑なに彼の下に付くことを望んだ。
『現代の豪傑の下で働けるのです。その武人気質の姿勢が多くの将兵の心を掴んだ。実際、私もそうなのです』
最初会ったとき、彼はこう言ったのだ。故にスパーテインは史栄を副官として据えている。
そして、史栄の予感は的中した。案の定呼ばれたのである。少し、辟易とした表情を浮かべざるを得なかった。
スパーテインは、よく会長から『鉄面皮』とまで言われるほど表情が常に固い。その分、史栄は結構表情が豊かだった。スパーテインの弟で『乾闥婆(げんだつば)』の称号を持ったカームと似ている。
「大丈夫かね、少佐」
司令室は広めの応接間のような部屋だった。民から金をむしり取ったかと、一度詰め寄ろうかとも考えた。
後ろにいる史栄は辟易とした表情を崩していない。人間的に苦手なのだろう。
というか、自分もこの手の人間は嫌いだった。目を見ればすぐに分かる。自分の保身と金以外、何も考えていない目だ。
「少佐、君はどうするつもりかね? ことごとくやられたそうだが?」
明らかに小馬鹿にした口調だった。
何もしないし出来ないクセに何を言うかと、心の奥底で沸々と怒りがたぎってくるのをスパーテインは感じていた。
「少佐、聞いているのかね?」
そう言われた時、スパーテインはこう言った。
「悪いが、小言だけを言うつもりなら、後にさせていただく。既に増援も差し向けさせたし、我々とて準備がある」
そう言って踵を返す。
「待て、少佐! 貴様のミスのせいで私の立場が!」
その瞬間、スパーテインの殺気が強烈に籠もり、すぐさま振り向いた後、大声で怒鳴り散らす。
「立場を気にするのなら自ら指揮をしろ! 将校だというのなら兵にそのことを見せてみろ!」
「貴様、たかが一兵の分際で!」
そう言った瞬間、突然司令室にあったモニターが一人の顔を映し出した。
ルクス・フォン・ドルーキン。称号『原始』を持つ華狼のナンバー三にして軍部最高顧問である。
だが、そろそろ出てくる頃かと、スパーテインは分かっていた。軍部の称号保持者はルクスに監視されているのだから。基地の一部から感じる異様な気配は、恐らくルクス子飼いの間諜だろう。
「る、ルクス殿?!」
『話は全て聞いていたが、呆れる話だな。仕事もしないクセに立場のみを気にするか。すまぬ、夜叉殿。私の監督不届きだった。このような者がまだ存在していたとは思いもしなかったのだ』
モニター越しにルクスはスパーテインに頭を下げていた。
齢五五、スパーテインより二〇も年上の軍部の最高顧問であるが、何処か優しさと厳しさが見え隠れする、そんな男だった。だからスパーテインも気に入っていた。
「気にするな。してドルーキン殿、如何にする?」
『夜叉殿、その基地の全指揮権、君に預けたいのだが、良いか?』
「別に構いはせぬ」
そう言うと、ルクスは何処か安心した表情を浮かべた。
『そういうことだ。貴様はこれを持って罷免だ。だが、利用価値はあるからそのまま飾りとしてそこに突っ立っていろ』
そう言われた瞬間、司令の体が固まった。
史栄がさり気なく、後ろで「してやったり」と言ったのをスパーテインは見逃さなかったが、無視した。
そして司令をルクスの子飼いの兵士が出てきて一時的に拘束された。何かを喚きながら、司令は部屋を出されていくが、兵士が力を軽く入れ気を失わせた。
史栄とスパーテイン、そしてモニター越しのルクスの三名だけになった部屋で、スパーテインは最初に溜め息を吐いた。
「ドルーキン殿、私はこういった影からやる手法は好かん。なるべく、こういったことは起こさないでくれ。私がケリを付けよう」
スパーテインは、戦における戦術・戦略は好んだが、政における謀略や裏からの手引きと言った物は嫌った。あくまでも全てを表にした上で物事を実行する。それが性に合っていた。
それに、会長とは従兄弟同士であるが、昔は会長もよく手を血に染めた。
もうそれをやる必要はないのだ。全て、自分が血を浴び、そして汚名も着ようと、心に誓った。
『すまぬ、夜叉殿。どうも、私のクセだな』
「まぁいい。後のことは私が何とかしよう」
『恩に着る』
そう言って、ルクスからの通信は切れた。
スパーテインは広場に兵士を集めた。もう夜は深い。だが、覇気が伝わってくる。
いい気だと、スパーテインは感じていた。
「私はこの度、この基地の司令から全権を譲り受けた。しかし、これは断じて権力の強奪に非ず。それだけはわかってもらいたい」
ざわめきが起こるが、すぐにそれは収まった。
「我々は、奴らに大きな借りを作った。同胞の命が、多数失われた大きな借りだ。我々は、その借りを返してやらねばならん。恐らく、奴らが攻め入るのは明日の夜。全軍、気を引き締め明日に備えよ」
集められた隊員が、一斉にスパーテインへ敬礼した。
その心意気に感謝する。スパーテインは、静かにそう締めくくった。
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華狼の再編成が急がれていた | ||
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