7話「本質」 |
ガイ、レイナ、ジェリーダの3人はマルクを出て東に位置すると言われているマルケス山へ向かっていた。自然王エドはその山に住むガルーダという魔物から卵を取ってくるという条件で力を貸すと約束した。
「でも…引っかかるのよね」
レイナが手を顎に添えながら眉間に皺を寄せる。
「何がだ?」
不思議そうに問うガイ。
「エド様の仰ってた事よ」
「へ?」
今度はジェリーダも一緒になって不思議そうな顔をした。
「『貴方達次第』ってどういう意味かしらね?」
「確かに変な言い方だな…」
ガイはレイナの疑問の意味をようやく理解できたがジェリーダは全くわからずただ首を傾げる。
「って、そのまんまの意味だろ。ガルーダの卵を持ってこれるか来れないか、それ以外に何があるってんだよ」
「それがわからないから引っかかっているのよ」
もう、とため息をつくレイナ。しかし考えてもわからないため一刻も早く先へ進むべきという結論に達した。山の麓は森になっている。先日国境の大橋にたどり着く前の森よりは見通しがいい事と目印である山見える事が幸いして道に迷うような事はなさそうだった。
「お〜い、へばってねぇかジェリーダ〜?」
先頭を歩くガイが後を振り返り、意地悪そうな笑みを見せる。
「誰がへばるか!!」
「もう…男って子供ねぇ…」
最後尾を歩くレイナはそんな男子2人のやりとりに軽くため息をついていた。この隊列には意味があった。3人の中で唯一前衛であるガイが先導して正面の敵から、周囲の気配に敏感なレイナが後ろを警戒しながら不意打ちを狙って来る敵から中央を歩くジェリーダを守るための隊列なのだ。当然レイナの提案だが。
「…上」
突如、レイナが目を伏せながらぼそりと呟く。その刹那、ガイの頭上の木から青いスライム状の魔物がぬるっと落ちて来た。
「了解!!」
ガイは剣に雷を宿し落ちてくる魔物を切り落とした。魔物は黒焦げになりしゅううとその場に煙をふいた。
「なぁガイ…今の魔物、雷が弱点だったって事だよな?」
ジェリーダは黒焦げになりながら蒸発している魔物だったものを指差しガイの方に目を向け。
「ああ、そうだけど」
「何で知ってたんだ?」
「これはブルースライムと言って森に生息する魔物よ」
代わって答えるのはレイナだった。
「今みたいに木の上に潜んで獲物を見つけたら頭にひっついて相手を溺死させるの」
「溺死!?窒息じゃなくてか?」
「水の塊のようなものだからね。頭を覆われてしまうと頭だけで水に突っ込んでいるのと同じ状態になってしまうのよ。だから溺死ってわけ」
「つまり水と同じ性質だから雷にも弱いのさ」
魔物に詳しいガイとレイナに対し、ジェリーダは無意識に感心を寄せていた。やがて森は坂道となっていく。もうマルケス山に入ったのだろう。ここまでは平地だったがこの先は山という事もあり歩くだけで平地以上に体力を要する。山道があるわけではないので足場も決してよくはなかった。
「悪い足場にガルーダという大物…こりゃ幸先悪いなんてモンじゃねぇなぁ」
急な坂道に体力を奪われながら苦笑するガイ。困っているというよりは諦めていると言った方が正しいような表情だ。
「なぁ、少し休もうぜ…?」
その後を歩くジェリーダはかなり息を切らしていた。平地の強行軍ですら慣れていない彼にとって登山は過酷なものだった。
「その方がいいわね。こんな疲れきった状態じゃガルーダから卵を奪うなんて無謀だわ」
というか万全な状態でも無謀かもしれない、レイナはそう考えていた。全員一致でしばしこの場で休憩を取る事にした。
「さぁ、行くのよ2人共!!」
3人が登ってきた下方から元気な少女の声と息を切らす男の声。下を振り返ると小柄な情けない顔をした男とふくよかな大男、そして大男におぶさる少女の姿があった。この3人の中で明らかに浮いている少女は薄紫の紙をサイドテールに束ねていて黒と赤のゴシックな洋服に身を包んでいた。
「姫様ぁ〜少し休ませて下せぇ〜」
今にも泣きそうな声を上げるのは小柄な方の男だった。
「うるっさいわね!いいから口より足を動かしなさい!!ほら、アタシ達の他にも人がいるじゃない!ガルーダの卵を横取りされたらどうすんのよ!?」
姫と呼ばれた少女は大男におぶさったままガイ達を指差した。
「ひぃい〜!!」
が、特に何もせずそのまま上を目指して走り続けた。
「なぁ…今の奴ら…卵がどうとか…」
ジェリーダが段々小さくなる3人組を指差す。
「ほっときなさい。あんなお笑いトリオがガルーダに勝てるとは思えないわ」
「はぁ…」
暫く休憩して体力を回復させた3人は再度頂上を目指した。途中何度か長い羽を持つ鳥型の魔物に襲われたがレイナの魔法で撃ち落としてガイの剣でとどめを刺すという戦法で凌いだ。だがそれは決して無傷で済む戦闘ばかりではないがジェリーダの治癒魔法のおかげでほぼ無傷と同じ状態で進む事ができている。
頂上が遠くに見えた時か…
「あっはっは!!作戦は成功ねぇ!!!さあ一網打尽よ!!!」
先程の少女の高笑いが聞こえて来た。
「えっ!?まさかさっきの3人組…マジでガルーダを…?」
ガイが信じられないものを見るような表情で頂上の方を見上げる。頂上にたどり着いた時3人は本当に信じられないものを目の当たりにした。
「あらあら、遅かったわねぇアンタ達!卵はアタシ達が頂いたわ。これ、高く売れるのよねぇww」
人間の赤ん坊くらいのサイズの卵に頬ずりをする少女と完全に息を切らしている2人の男、そして巨大な網にかかっている宝石のような美しい羽を持つ巨大な鳥―ガルーダだった。
「これを…アンタらが?」
ガイがこの3人組と網にかかって負傷しているガルーダを交互に見回す。
「そういう事よ。まぁ楽じゃなかったけどね。何日も前からガルーダがいない隙をついて巣の周りに丹念に罠をしかけていたんですもの!ま、このセレブ盗賊ミシュレ=キリレンコ様にかかれば何の事はない相手だけどさww」
更なる高笑いを見せる少女―ミシュレ。
「これは逆にチャンスかもね。今の私達じゃこんな大物に勝てる筈はなかった。ところが何か弱そうな盗賊が奪っちゃった…それを奪い取るなら造作もないと思うわよ」
レイナが不敵な笑みをミシュレに向ける。
「あはは!いい性格してるわねぇ!」
負けずミシュレも不敵な笑みを返す。
女って怖ぇ〜…ガイが顔を引きつらせながら2人の女性のにらみ合いを見ている。ミシュレの連れの2人の男も怯えながらそれを見ていたが、ジェリーダだけは負傷しているガルーダの苦しんでいる姿しか見えていなかった。ここで盗賊達から卵を奪えば親鳥が苦しんでいる前で子供を奪うのと何の違いがあるというのか?
「そんな事……できない」
ジェリーダは震えた手でガイの腕をそっと掴んだ。
「どうした?やっぱお前もアレ、怖いか?」
「ガイ…頼みがあるんだ…」
そしてガイに耳打ちし始める。
「おい、そんな事して…」
「わかってる。でも俺は……」
「OK、プリンス♪」
話を終えるとガイは言い争っている女性2人の間に割って入った。
「まぁまぁ、ちょっとだけ話を聞いてくれるかい?」
「何よタレ目」
ミシュレが頬を膨れさせながらガイを睨みつける。
「ま、否定はしねぇけどな。俺達さぁ、この卵をガルーダに返してやりたいと思ってるんだ」
「はぁ!?」
「ガイ!?貴方な、何を言ってるのよ!!」
驚いたのはミシュレだけではなくレイナもだった。そして後に控えている2人の男も。
「そっちの2人は戦意消失状態、うちらはこいつだけが戦えねぇ。つまりやり合えば2対1でお嬢ちゃんに勝目はねぇ。って事はだ、アンタらにその卵を持ち帰る事ができない」
「うっ…」
悔しそうに言葉を失うミシュレ。確かに相手が2人じゃ戦えば当然不利だ。
「俺らは全力でアンタから卵を奪う。つまり、アンタらは怪我をしないで帰るか、怪我をしてから帰るかの選択しかねぇわけだ、どうする?」
ガイが不敵に笑って見せるとミシュレはしぶしぶ卵を手渡してくれた。
「物分りがよくて助かるよ。俺も女相手に剣は抜きたくねぇからな」
「うっさい!!覚えてなさいよ!?アンタ達絶対許さないわ!!!」
ミシュレは負け惜しみを言うと2人の男と共にその場を逃げ去って行った。
「ちょっと、どういう事か説明してちょうだい」
1人納得のいかない様子のレイナ。
「ごめん…だって…」
ジェリーダは悲しげな表情と共に俯いた。
「俺はさ…我儘なクソガキで泣き虫だし弱虫だけど……僧侶だ。こんな殺生みたいな事できない」
「悪ぃな。俺達だけで勝手に話進めちまって…」
続いてガイが苦笑してみせると、レイナもすっかり毒気を抜かれた。
「ジェリーダがそう言うなら仕方ないわね。でも本当にいいの?それは卵を持ち帰れないって事よ?」
「ああ。魔物でも親子が引き離されるのを見るのは辛い…」
「まぁ王様にしっかり事情を話して別の試練でもねだってみようぜ?」
ガイは嬉々とした表情でジェリーダの頭をくしゃくしゃと撫で回した。
「いってぇ!力入れすぎだ!!」
結局、卵はそのままガルーダの巣に戻しガイがかかっていた網を切ってガルーダを解放しジェリーダがその傷を魔法で癒した。その誠意が伝わったのか、ガルーダは天に向かって美しい雄叫びを上げ、巣に落ちていた美しい羽を加えてジェリーダの手に乗せた。
「これ……」
「ま、いいんじゃない?一応マルケス山のガルーダの所までは行ったという証明にはなるわ」
「そう…だな」
結局、ガルーダの卵を持ち帰る事はできなかった。3人がマルクに戻る頃既に日は沈みすっかり暗くなってしまっていた。
3人は城内三階の謁見の間で待つエドにガルーダの羽だけを渡し事情を話した。
「そうですか…卵は持ち帰れませんでしたか…」
誰も何も言葉を返せなかった。これ以上の言い訳もできなかったからだ。
「どうやら貴方達には資質がるようですな」
エドの意外な言葉に3人は驚きを隠せなかった。
「本当に私の言うように卵を持ち帰ってきていればそれは親鳥を殺して卵を奪ったという略奪の証。協力を拒んでいた事でしょう」
「え?って事は……」
未だに事情を飲み込めないガイ。どうやらジェリーダもそれは同じだったようで未だ困惑していた。
「申し訳ありません。私は貴方達を試していました」
「な…何だよっ…レイナに騙され王にまで騙され…何かムカつくーっ!!!」
駄々っ子のごとく地団駄を踏むジェリーダ。確かに今日だけで二度も欺かれていた事になる。
「ですが王子、貴方は私の言う事を鵜呑みにせず自分の意志を貫いたという証拠にほかなりません。ドゥルのクルティス皇子のように闇に飲まれるような事はなかった」
途端にガイ達の表情が真剣なものに変わる。
「それは一体……」
意を決してエドにガイは言葉の意味を問う。
「ドゥルがいくら世界一の軍事大国だからといって、リーラがいくら戦いを好まない僧侶国家だからといって…あんな一瞬で一国を落とせるものなのでしょうか…?」
「確かに…あの皇子の強さは異常だったな。正直化け物かコイツって思ったぜ」
「それは…彼と一戦交えたという事ですか?」
エドの視線が一瞬鋭くなる。
「まぁ…。経緯は話せば長くなるんですけどレイナが魔法であいつの注意を逸らしてくれてなかったら俺、今頃あの世だったと思いますよ」
ガイはあのクルティスとの一戦の事を思い出しながら身震いした。彼の持つ槍の長さとその在るべき重量を考えれば攻撃の後に一瞬の隙ができる筈だがあの時そんなものはなかった。そしてそれほどの槍を手にあれだけ素早い刺突攻撃はどこかで一息つかなければ体力が持たない筈なのにやはりあの時クルティスは一息つくどころか疲れさえも見せなかったという事を思い出していた。
「力、体力、スピードの全てにおいて一切の隙がねぇんだからな」
「確かに。私も彼が一軍隊…およそ200人の軍勢を1人で全滅させたと聞いた事があります」
ガイとエドの話にジェリーダはそれを想像して青ざめた。
「まぁ、何はともあれ我々マルクは貴方達の提案する三国同盟に参加します」
「ありがとう存じますわ」
レイナが一礼するとガイとジェリーダもそれに習った。
「今日はもう遅いので客室でお休み下され。明日、船を用意致しますのでそれでルピアに渡ると良いでしょう」
砂漠の女王国ルピアはこのこの大陸とは別の大陸に位置している。船で西に渡れば距離はさほど遠くはないのだ。
「それじゃあお言葉に甘えますかね。おいジェリーダ寝小便すんなよ♪」
「誤解されるような事言うんじゃねー!!んなもんした事ねーよ!!!」
もうこのガイとジェリーダのやり取りはパーティーの名物と化してきている。レイナはそう確信していた。
翌朝のマルク港。天気は快晴、まさに船出日和だ。
「それじゃあエド様、これからもよろしく頼みます」
「ええ、皆さんもお気を付け下さい」
ガイとエドが握手し、3人は中型のマルクの帆船に乗り込んだ。船は港を離れ大陸を後にするのだった。
その頃―ドゥル城。皇帝の玉座に本来座るべきはこの国の皇帝なのだが今ここに腰を下ろしているのは皇子クルティスだった。
「クローチェ」
「は」
クルティスの傍らに立つクローチェが軽く敬礼をする。
「クローナの方はどうだ?やはり…」
「お察しの通り、『守護神』に阻まれ侵攻は現在困難を極めております」
「そうか…」
目を伏せ、ため息をつくクルティス。
「ここはひとまずクローナは捨て置きルピアを攻略する方がよろしいかと存じますが…」
「あんな小国、いつでも落とせると思い放置していたが…確かに陸路から攻め入る事ができるルピアを先に落とす方が賢明か…して、例の娘はどうしている?まさか手荒な真似はしていないだろうな?」
クルティスは先日クローチェが任務に失敗した部下を自分の目の前で殺害した事を思い出し先日連れてきたユーリスに危害を加えていないか危惧していた。
「あの娘はもう我々が必要としている情報は持っていないでしょう。クルティス様、貴方が気にかけているあの男に関しては一切知らぬようですし」
クローチェの挑発的な笑みがクルティスに不快感を与えていた。
「貴様の言い方はいちいち癪に触る…まぁいい、何かあればすぐに呼べ。私はあの娘の様子を見て来る」
とだけ言い残しクルティスは玉座から立ち上がり謁見の間を出て行った。
ユーリスが幽閉されているのは城の中央に立つ2つの幽閉塔のうちの西側の塔。この幽閉塔は魔封じの空間となっておりやはり魔法が使えない。人間を幽閉しておく場所ではあるが高価なベッドやロッカー、テーブルに椅子、挙句本棚まであり部屋を使う分には十分快適な環境である。
「ジェリーダ様…」
しかしユーリスは囚われの身であるためそんな快適さなどに目を向ける余裕などなかった。窓辺に立ち淀んだ空を見上げる。今頃ジェリーダはどこで何をしているのか、怪我などはしていないか、ただただ心配するばかりだった。
ガチャリ。ドアから鍵を開ける音が聞こえ、ドアが開く。
「入るぞ」
ユーリスが警戒しながら振り向くとそこに入って来たのはクルティスだった。
「な…何の用…?」
「そう構えるな。様子を見に来ただけだ」
「そう。別に変わりありませんわ。ですから出て行って下さる?貴方の顔なんか見たくありませんもの」
ジェリーダ同様、ユーリスにとってもクルティスは親の仇同然だった。肩書き上は側近という立場だったが実際彼女はモーリスやリアーヌに実の娘のように可愛がってもらっていたのだ。
「だろうな。だが私が消したいのはあくまでリーラ王家の人間のみ。貴様には王子が再度現れた時のための人質となって貰う。奴を消す事さえできれば解放してやるさ」
「ジェリーダ様は…貴方なんかに殺されたりしない!!あのお方の本当の強さがわからない貴方になんか…殺せる筈はありませんわ…」
「言っている意味がわからんな…」
クルティスはユーリスに背を向け部屋を出た。鍵をかける音のするドアをユーリスはただずっと睨みつけていた。
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