8話「砂漠の女王」 |
ガイ達を乗せたマルクの帆船はやがてルピア港にたどり着く。この海域に入ってからというものの、砂漠の国だけあって彼らを猛暑が襲いかかる。港に下りた時はもうすでに汗だくになっていた。
「暑い!!!めちゃくちゃ暑い!!!どうしようもなく暑い!!!」
やはりというべきか、最初に『暑い』という言葉を口に出したのはジェリーダだった。
「くっそ暑ぃ…」
次にガイがその言葉を発しながら額に流れる汗を腕で拭う。安定した気候の地に住んでいたガイ達にとっては慣れない程の暑さである。しかし他の人々はあまり暑がっている様子はなかった。この砂漠地帯に住み慣れた者達は常にこの暑さと共にあるためだろう。
活気溢れる港を出た先はポンドという町である。建物の殆どが石造りとなっていて周囲を見渡してもどこもかしこも建物の色は砂に近いベージュ色だった。そして道行く人々はこの厚さだというのに肌を露出している者は殆どいない。
「確かルピア城ってこの町を出て更に西にあるんだよなぁ…」
ガイはもう既にこのポンドの町にいる時点で辟易させられていた。ここから先は日陰もない砂漠を歩いて行かなければならないのだが。
「なぁ、レイナは?」
「ん?」
ジェリーダに尋ねられてガイはたった今レイナがこの場にいない事に気づいた。
「あれ…確かにさっき港を出る前まではいたよな…?」
「まさか…知らない奴に声かけられて誘拐されたんじゃ…!!」
マルクで自分が同じ目に遭った事を思い出すジェリーダだがガイはうんざりした表情で手を横に振った。
「バカ言え、あいつはそう簡単に誘拐なんかされるタマじゃねぇよ。誰かさんと違ってな」
「あぁ!?誰かさんって誰の事だこら!!!」
「あらあら、はっきり言わなきゃわかんないかしらぁ?」
「うっせー!!お前が誘拐犯に間違われろ!!」
「そりゃどういう意味だテメエ!!!」
暑さが手伝ってか、ガイもジェリーダもいつも非常に苛立ちやすくなっている。口論が激化してきた頃
「ただでさえ暑いのに見てて暑苦しい喧嘩は控えてちょうだい」
居なくなっていたレイナが2人の前に戻って来た。
「ったく…どーこ言ってたんだよ?」
ガイが苛立った口調で言葉を返す。
「便所か?」
ガツン!!!刹那、デリカシーの欠片もない発言をしたジェリーダの頭に激しい痛みが走る。レイナに持っている杖で思い切り頭を殴られたのだ。
「何すんだよ!!」
「ジェリーダ?もう少し女心を勉強なさい?…ちょっと調べ物をしていたのよ」
と言ってレイナが指差したのはすぐ近くの建物だった。
「冒険者ギルド……?」
ガイはその建物の前に立っている看板を読上げた。冒険者ギルドとは、都会であれば必ず1つは存在するその周辺の情報を管理したり冒険者同士で交流するための施設である。
「マルクまでの魔物の情報は事前に知ってたけどここから先は私達にとっても未知の領域。魔物や地形について下調べしておかないと危険でしょう?」
「まぁ…そりゃそうだ。で、何がわかったんだ?」
ガイが尋ねるとレイナはこほん、と一度咳払いをして話を始める。
「まずは魔物だけど…マルケス山の途中の森で出会ったブルースライムの事は覚えているかしら?」
水と同じ性質を持ったスライムの事だ。ガイもジェリーダもこくりと頷いた。
「そのブルースライムとは対極の存在のレッドスライムという魔物が存在するわ。砂の中に身を潜めて通りがかった人間をその高熱を纏った体で足元から溶かしてしまう種で弱点は冷気よ」
「ひっえぇ…何もかもブルースライムとは真逆だな。怖い怖い」
というガイだがあまり怖がっている様子はない。寧ろジェリーダの方が怯えていた。その他の種類の魔物や地形についても語るレイナ。とりあえず注意事項を覚えた3人は町で装備を整え、ポンドを後にした。
町はまだいいが、いざ砂漠に出るとその暑さは尋常ではない。肌を露出していると火傷してしまう程なのだ。そのため3人は町の防具屋でフードのついたマントを購入し、かぶる事で直射日光による火傷を免れていた。
「暑いなんてもんじゃねぇ〜…せめて日陰とかねぇのかよ…」
砂漠に入ってからというものの、ジェリーダの愚痴が留まる事を知らなかった。ひたすら西へと進むものの、一向に砂漠しか見えない。そして精神的に限界が近づいて来た頃とある事を閃く。
「そうだ!レイナの魔法で涼めねぇかな!軽く氷でも出してくれりゃちょっとは…」
「戦闘以外で魔力の消費は避けたいわ」
あっさり却下するレイナ。この砂漠に出現する魔物について調べはしたが実際に戦ってみない事にはその力量もわからない。涼むために魔力を消費していざ魔物が出てきた時に魔力不足で仕留める事ができない、などという事態だけは避けたいのだ。
「まぁ、もう結構歩いたし…もうそろそろ城が見えてくんじゃね?」
ガイの発言には半分以上願望が込められていた。しかし城より先に魔物が出現する事になる。3人の足元が急に盛り上がり出す。
「避けて!!」
レイナの合図で3人同時に後に飛んで盛り上がってくる砂を避けた。盛り上がる砂は払い落とされ、その中から2体の赤い粘液上の物体が現れた。
「これがレッドスライムじゃないかしらね…」
「ほぼ正解だろうよ…」
ガイは剣を抜きその刀身に冷気を宿し、レイナは杖に先に冷気を集め、粘液上の魔物―レッドスライムを攻撃する。冷却されたレッドスライム達は煙を立てて蒸発した。
「うっしゃー!!ってうわあああっ!!!」
2人の勝利にガッツポーズをするジェリーダだったが新手か、またしても足元の砂から赤いぬるぬるとした触手が現れその手足に絡みつき拘束する。そして触手の正体が全身を現す。4メートルはあるだろう体長を持ち頭の変わりに大きな目玉を持つ魔物だ。
「なっ…何だこりゃあ!!!」
魔物のサイズに驚きのあまり叫ぶガイ。
「町で説明したでしょ?ゲイザーよ」
レイナはポンドの町で調べていた魔物の大体の種類をガイやジェリーダに説明していた。その中にこの魔物―ゲイザーの説明も含まれていた。サイズに個体差のある魔物でこれもまた砂の中に潜んで上を通った人間を襲ってその生き血を吸う魔物である。
「しっかし…食人花の時といい、何でジェリーダばっか狙われるんでしょーね」
額に汗を流しながら苦笑するガイだが目は決して笑っていなかった。
「そんな事言ってる場合か!!早く助け……っ……」
ゲイザーはジェリーダに喋りきる暇を与える事なく触手の1本をその首元に刺し、血を吸い出す。
「やめろテメエエっ!!!」
ガイが跳び上がりジェリーダの血を吸う触手を叩き切ろうとするが小さな傷すらつけられる事はなく、そのままガイは弾き飛ばされた。
「嘘でしょ…?あんな細い触手なのに…ガイの力でも足りないというの…!?」
想定外の事態にレイナの顔が青ざめる。ゲイザーの弱点は雷だという事も調べはついている。しかし今の彼女の魔力では全力で魔法を撃ってもあの巨体に致命傷を与えるようなダメージは期待できない上に下手をすればジェリーダに当たってしまう危険性もある。レイナの魔力より更に劣るガイの魔術剣では更に望みが薄い事だろう。
「う…うぅっ……」
血を奪われ次第に意識が朦朧とするジェリーダ。全身を拘束する触手の締め付けもさらに強くなり息も苦しくなっていく。
俺…また足引っ張ってんのか…?こいつらはいつも俺を助けてくれる…のに俺はこいつらに何かしてやれた事なんてなかった…そのくせに対等な立場で居たいなんて……そんな事言う資格…
「…なくなってたまるかあああああっ!!!!!」
ジェリーダは無理矢理自分の意識を保とうとし、縛られている右腕に持つ短剣程のサイズの十字架をガイの立つ方向へとかざした。十字架は白く光り、その光が今度はガイの両腕に伝う。
「何だこれ……」
白く光る自分の両腕を驚きながら見つめるガイ。何故か力がみなぎってくるような感覚にとらわれる。
「いや…気のせいなんかじゃねぇなっ!!!」
再度ゲイザーに斬りかかるガイ。今度は刀身に雷を宿し触手ではなく巨大な目玉を突き刺した。ゲイザーはどこから発しているのかは不明だが低い断末魔を上げる。触手の力もゆるくなり、拘束から解放されたジェリーダは砂の上にうつ伏せに叩きつけられた。
完全に動きを止めたゲイザーはその場に倒れ蒸発を始め、ガイはしっかり両足をついて地面に着地した。それと同時に腕から光がふっと消える。
「げほっ、ごほっ!!」
「ジェリーダ、大丈夫!?」
ゲイザーの死と共に我に返ったレイナが咳き込むジェリーダのもとに駆け寄る。
「あ…ああ…痛いし苦しいし暑いけど…生きてるみてぇだ…」
「なぁ…今のは何だったんだ?お前がやったんだろ?」
ガイが剣をしまいながら質問と共に2人の前まで歩み寄る。
「俺が使えるのが治癒魔法だけだと思うなよ…。まぁ補助魔法なんて実戦の機会でもねぇと使わねぇからな…」
「つまり、ガイの腕力を一時的に強化させたのね?」
「へへ、当たり。流石はレイナだなっ…」
ジェリーダは力なく笑うとレイナに向けて親指を立てた。そしてルピア城を目指すべく再び歩き始めた。
ルピア城にたどり着いた時既に夕方、気温も少し下がり空はオレンジ色に染まっていた。岩に囲まれた、あまり大きくはないが白く美しい城だ。
「よかったわね、日が沈む前に着いて。夜は氷点下まで下がるでしょうから…」
レイナの言う事にガイは苦笑した。
「おいおいレイナよぉ、いくら今少し涼しくなったからって夜に氷点下は流石にねぇだろーよ」
「なぁ、ガイって本物なんかな…」
ジェリーダが呆れ顔でレイナに耳打ちする。
「ええ、本物のおバカさんよ。っていうか今頃気づいたの?」
「こら、何こそこそやってんだよ」
ひそひそ話をする2人に少し腹を立てながら突っ込みを入れるガイ。砂漠は昼夜で寒暖差が激しい事は有名な話でガイがそれを知らない事はレイナやジェリーダにとって恥ずかしい事だった。
「世界中の気候についてもう少し勉強した方がいいわよ?」
「だから何なんだよ!?」
ガイが腑に落ちない状態のまま先を急ぐ事になる。城門には女性の門兵が立っているがあっさり中に入れてもらえた。
「あの、何故入城を制限しないのですか?」
それを不思議に思わないレイナではなかった。門兵をつかまえて理由を訊く。
「我が国の女王イザベラ様は美は分かち合うべきだとお考えの寛大なお方です。貴方がたもイザベラ様の美貌を拝みにいらしたのでしょう?それを門前払いなど失礼な事は致しません」
うっわぁ…3人同時に引き始める。
「そういえば…ルピアのイザベラ女王はそれはもう自分の美に絶対的な自信をお持ちだと聞いた事があるわ。ここまでの姿勢は知らなかったけどね」
周囲の兵や使用人達に聞こえない声で話すレイナ。3人は城内にご丁寧に用意されている案内地図を見ながら2階にある謁見の間へ向かった。
部屋の入口には2人の、やはり女性の兵が、入るとこれまた女性の近衛兵が来客を歓迎するかの如くアーチ状に並んでいる。その奥の金で飾られた玉座には美しい金髪にいくつもの花を型どった髪飾りをつけ、妖艶と呼ぶべき美貌を持つ女性―女王イザベラが座っていた。
「来客じゃな?あの厳しい砂漠の中よくぞ参られた。わらわがこの国の第32代目女王イザベラじゃ。そなたらはわらわの美貌を拝みに参られたのだろう?」
確かにこのイザベラという女王は言うだけの美貌の持ち主ではある。しかしここまでそれを前面に押し出されると流石にこちらは言葉が出なかった。
「すんません…俺、ドン引きなんですけど…」
呆れながらガイがレイナに耳打ちする。
「引いてる場合じゃないわ。要件を話さないと」
「何をぶつくさ言っておるのじゃ?」
頭に疑問符浮かべ、首をかしげるイザベラ。
「単刀直入に言いますよ…?」
ガイは気を取り直し、三国同盟の話を持ちかけ、既にマルクが同意してくれている事をイザベラに使えた。
「成程な。リーラの乳臭い小僧が何用かと思えば…」
「ち…!?」
イザベラの口から想像もしなかった言葉が出てきた事にジェリーダは怒る以前に驚く。
「嫌じゃ」
そして即答。
「はい?」
あまりの即答(しかも却下)にガイは事態を飲み込めないでいた。
「嫌じゃと行った。要件はそれだけか?」
「この国がリーラみたくなってもいいのかよ!?ドゥルが色んな国を攻め落としているって話はアンタも知ってるんだろ!?」
ジェリーダが納得できず食い下がる。
「そんな心配は無用じゃ」
イザベラが自信満々に言うと3人は同時に目を点にした。
「今ドゥルはクローナの侵攻を進めておるようじゃな」
「え?それってどういう事ですか…?」
レイナが問うも、イザベラはそんな事もわからぬのか、と言いたげな目で3人を見下した。
「何故近隣のルピアより海の向こうのクローナを優先するのか…考えられる理由は1つしかない。それは…」
「それは…?」
3人が同時に聞き返す。
「わらわが美しいからじゃ」
またしてもイザベラの口から出るのは自分の容姿の事だった。3人の誰もが絶句している。
「わらわが美しいが故、皇子クルティスも手出しができぬのじゃろう。まぁ仕方のない事じゃ」
「なぁレイナ…それは理由として成立と思うするか?」
再度レイナに耳打ちするガイ。
「小国だから後回しになってるんじゃないかしら。早い話、ナメられてるって事ね」
「また何をこそこそしておる?まぁ良い、とにかく協力はできぬ」
頑なに協力を拒むイザベラ。そして再度ジェリーダが食ってかかる。
「そんなのわかんねえだろ!?先にクローナを攻めなきゃならねぇ理由があるのかもしれねーしルピアを後回しにしなきゃならねー理由があるかもしれねーじゃんか!!!」
「そんなもの、わらわが美しいから以外に何があるというのじゃ。申してみよ」
「はぁ!?言っとくけどアンタそんなに綺麗じゃねーぞクソババア!!!!」
ジェリーダの怖いもの知らずとしか思えない発言にガイは全身を雷で撃たれたような感覚に襲われた。
「何じゃとこの無礼者が!!!…そうじゃな、そなたのような小便臭い小僧にわらわの美しさなどわからなかったか!!!」
「んだとゴルア!!!ナルシーも大概にしとけよ気持ち悪ぃんだよっ!!!」
「おい、やめろって!!」
これ以上の激化は避けたいと考えたガイはジェリーダの前に腕を伸ばして喧嘩を制止した。
「すいませんねぇ、コイツ、仰る通りガキなもんですから…」
ガイが苦笑しながら誤魔化すと、そこにレイナも続く。
「ええ。確かに本日の用件はご協力の申請ではありましたが貴女の美貌を拝見できてよかったですわ。同じ女の私から見ても魅力的でございます。嗚呼、その美貌が羨ましい…」
「ほっほっほっ。そうであろうそうであろう!」
レイナに褒めちぎられる事によりイザベラはすっかり機嫌を直した。……が
「しかし同盟の話は別じゃ」
途端に真剣な面持ちとなる。
「ドゥルがこのルピアに未だ攻めて来ない理由がどうあれ、こちらから手を出せばそれこそ皇子クルティスは真っ先にこの国に狙いを定める事であろう。悪戯に民を危険な目に遭わせるわけにはいかないのじゃ…」
これがイザベラの本心だった。戦争を始めれば必ず犠牲が出る。それは戦っている者だけとは限らない。戦う力を持たない民間人の可能性だってある、イザベラはそれを危惧していた。
「そなた達を否定するつもりはない。協力はできぬが今日は我が城で休んで行け」
「はい、ありがとうございます…」
結局、誰も言い返す事はできず3人は同階の客間を案内された。
侍女に案内された部屋は思いのほか広かった。3人で使用するのは十分すぎる広さである。
「申し訳ありません。協力して差し上げたいのはやまやまなのですが…イザベラ様の仰る事も一理ありますので…」
3人に深く頭を下げる侍女。
「いえ…確かに私達のやっている事は戦争の押し付けなのでしょう。そう思うと返す言葉がありませんでした」
「ですがこのままではいけない事も事実。代わりになるかはわかりませんが、ブラス様にご相談されてはいかがでしょうか?」
侍女の言葉に疑問符を浮かべる3人。
「このルピアの北にはドゥルから国を守る前線基地があります。そこで基地長をなさっているのがブラス様です。国の事を真剣に考えていらっしゃる方ですからもしかしたら力になって下さるかもしれません」
「基地長ねぇ…どうする?」
ガイがレイナとジェリーダの方を振り返る。
「どうするって、行ってみるしかないでしょうね。このままここにいてもイザベラ様を説得できる自信はないわ」
「だよなぁ…」
結局、この侍女の提案に従い明日は北の前線基地に行く事で話がまとまった。何かしらの手がかりをつかめる事を信じて。
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