13話「姉さん」 |
何だこれは……?ガイは頬を引きつらせ、ジェリーダは口を押さえながら青ざめ、ケインはただただ戸惑っていた。この3人の視界にあるのは……。
雪国クローナの西の港町プント。その自警団の隊長であるケイン・クレイスの家にて。そのリビングにてテーブルに並べられている料理…というかいくつもの皿に消し炭のような物体が乗せられている。
「誰だよレイナにメシの支度させたの……!!」
ガイの声がわなわなと震えている。
「させただなんて失礼ね。私達は居候なのよ?食事の支度くらい当然だわ」
「えっ…食事…?」
意外そうな顔をするケイン。これが料理だと聞かされて事態が飲み込めないでいたのだ。
「確かに話はガイから聞いてたけど…これって…」
ジェリーダはまだ鼻と口を押さえ、この消し炭から発せられる煙を吸わないように努めている。
「ほら見ろ!ジェリーダもケインもこれは本当に食いモンなのか?って顔してんじゃねーか!」
というガイの話を全くスルーして、レイナはジェリーダとケインに微笑みかける。
「さぁ、遠慮しないでどうぞ?」
結局、この料理(?)は食べられないものと判断し片付けられる。ケインによって新しいものが用意された。
「おっ!」
「まぁ…」
「ん〜っ♪うんめぇ〜♪」
ケインによって振舞われた料理はどれも納得のいく味のもので、3人の誰もが舌鼓を打っている。
「レイナぁ、お前ケインに料理教わったらどーよ?」
意地悪い笑みを浮かべるガイだが
「そうね、クローナ料理を教えてもらうのもいいかもね」
レイナはそれが皮肉だという事に気づいていないようで暗黙のうちにこの話は打ち切られた。
「あの…本当に…いいんですか…?」
ケインが戸惑った様子でジェリーダの顔を見る。
「ん?何が?」
「何がって…その…ジェリーダさんはリーラの王子様ですので…こ、こんな呼び方してしまって…」
またそれかよ…うんざりした様子でため息をつくジェリーダ。実は今朝出会ってここに来る途中、ケインにも全ての事情を話した上で自分の事は対等に接して欲しいと伝えていたのだが抵抗があるのか、何度もケインは同じ事を不安げに確認していたのだ。
「だからさぁ、言ってんじゃんか!ガイやレイナにもそうしてもらってる。ホントならさん付けも敬語もいらねぇんだぞ?俺年下なんだから!」
「ですが…」
「まー、お前は頭堅そうだし誰にでもそういう喋り方なら仕方ねぇかって諦めてるけど」
ジェリーダがむぅ、と頬を膨らませながら言うとケインも渋々頷いた。
「わ、わかりました…」
「でさ、一つ提案があるんだけど」
突如ガイが挙手する。
「提案…ですか?」
「ああ。そう言ってもそんな大それた事じゃねぇ。ケイン、まずお前の傷の治療はコイツに手伝ってもらう」
ガイはジェリーダの頭をくしゃくしゃとかき回した。
「痛ぇよこの馬鹿力!!」
「で、お前ら自警団はこの後緊急会議始めるって言ってたよな?」
「あ、はい……」
「その会議、俺達も参加させてくれねぇか?」
突然のガイの申し出にケインはぎょっと驚き出す。
「今朝も言ったが俺らも先を急いでるんでね、利害が一致する奴同士力を合わせるって選択もありじゃね?」
「そ…そんな!これは俺達自警団の問題です!来客である皆さんを巻き込む事は…」
ケインは慌てて両手を振った。
「だ〜から、俺らの問題でもあるんだよ、なぁ…頼めねえか?」
「ええ。お願いケイン、私達にも手伝わせて。決して足でまといにはならないと約束するわ」
ガイに続き、レイナも懇願すると観念したケインはようやく首を縦に振った。
「すみません…よろしくお願いします」
そして深々と頭を下げる。どこまでも堅物なんだな…3人の誰もがそう思っていた。
ガイ達と自警団は共闘関係を築く事となるが、その前に1つだけ問題があった。
「う〜む……」
場所は武器屋。ガイはそこに並べられている数本の片手剣とにらめっこしていた。時にはそのうちの1本を選びその重量と握り心地を吟味し相性を確認している。そう、彼はストリームバレーでケインの命を救うためにオーガの攻撃を受け止めた時に剣を折ってしまったのだ。そのため新しいものを新調したいのだがもうかれこれ数時間悩み続けている。
「別にどれも同じじゃね?」
いつまでもどれを購入するか決められないガイにジェリーダはうんざり気味だった。付き合わされるこっちの身にもなってくれ、と心の中で突っ込みながら。
「バカ言うんじゃねぇよ。似た形でも長さも重さも微妙に違うんだ。下手に相性の悪い剣を選べば攻撃力に加えて回避率や瞬発力も落ちる、それが剣士ってモンなんだよ」
ガイは延々と商品を物色しながら説明を続ける。
「レイナぁ…」
縋るような目でレイナの方を向くジェリーダだったが
「仕方ないわ。私達は前衛をガイ1人に任せてきているんだもの。しっかり相性のいいものを選んでもらわないとこの先きついわよ」
レイナにも諭され返す言葉を失った。
「そういやケインはどこ行ったんだ?」
ジェリーダがレイナに向かって尋ねる。剣を選んでいるガイの事は放置する方向で行こうと決めていた。
「寄る所があるって言ってたわね。個人的な事もあるでしょうから詳しくは聞かなかったけどね」
「ふ〜ん……」
町の北方は墓地となっている。雪の降りしきる中、ケインは1つの墓石の前に思い詰めた表情で立っていた。
「ごめん…なさい……姉さん……ごめんなさいっ……!!」
ただただその墓前に謝罪の言葉をかけるだけだった。
「あれから…5年経ったのに…俺はまた…仲間を…!!」
ケインの漆黒の瞳に次第に涙が溢れかえる。
「この墓、お前の姉ちゃんのか?」
「!!!」
突如後ろからかかる声にケインは涙を急いで拭い振り返る。
「皆さん……」
そこには新しい剣を新調して店を出たガイ達がいた。
「情けないところを見られてしまいましたね…」
苦笑しながら誤魔化すケインだが、ガイは気にする様子を一切見せずその墓前まで足を運んだ。
「お前には何か陰があるように見えた。すっげぇ辛そうな顔っていうか…悲しい目っていうか…?そいつを慢性的に抱え込んでるような…そんなふうに見えたんだよ」
「…そうですね。個人的な事情ですが今回の事件に全く無関係な話ではないのでお話します」
そう静かに言うとケインは姉の墓にかぶっている雪をそっと払い落とした。
「この墓で眠っている人の名前はレイン・クレイス。俺の姉です」
両親は俺が物心つく前に他界していたので俺は親の顔を知らないんです。だから姉は俺にとってたった1人の家族でした。それに年が離れていたので姉であり母でもあったんです。
でも今から5年前……
「姉さん、俺も行く!」
「ダメよ。貴方は家で留守番していなさい。これは遊びじゃないのよ?」
「わかってるよ!でも俺だってちゃんと戦えるよ!」
当時自警団の隊長だった姉はオーガ討伐の任に就きました。あの時は夏でオーガの活動時期だったので本来は近寄る事を禁じられていました。でもストリームバレーを通らなければならない旅商人がいたので彼らのためにオーガを倒す必要があったんです。
幼い頃から姉と同じ師から格闘術を習っていた俺は腕には自信がありました。そして何より姉の力になりたいと思っていたんです。当時俺は12歳、実戦にはまだまだ未熟だったため同行を許しては貰えませんでした。だから…こっそり姉の後を尾けて行ったんです。それが全ての過ちでした…。
オーガと交戦中の姉の前に出しゃばったせいで…
「ケイン!!こんな所で何してるの!?家で留守番していなさいと言ったでしょ!?」
「手伝いに来たんだ!!俺、姉さんの力になり………」
「!!!ケイン!!!!!」
オーガは俺に狙いを定めて棍棒を振り下ろしました。姉はそれをかばって背中にその攻撃を受けてしまった…でも俺を抱えてオーガから離れた、最期の力を振り絞って町まで戻りましたが…
「姉…さん……!!」
「ケイ…ン……貴方が……無…事で……よか……た………」
姉はそんな俺を叱る事もなく、静かに息を引き取りました。その直後俺がどうしたのかは全く覚えていません。ショックで動けずにいたのか…ただただ泣いていたのか……。
レインの墓には再び雪が積もっていた。
「あの時俺が勝手について行ったりしなければ姉さんは死なずに済んだのに…オーガを倒す事ができた筈なのに…俺がそれを邪魔してしまったんです」
ケインが抱えていたものは悲しみだけではなかった。姉を死なせてしまった事への自責、罪悪、ずっとそれに苦しんできていて…そう考えるとガイには計り知れないものだった。
「俺はオーガ以上に自分が許せないんです…今更決着をつけた所で姉さんは戻らない事だってわかっているつもりです…」
ふ、と静かに笑いケインの肩にぽんと手を乗せるガイ。
「あんまり自分を責めるんじゃねーよ。姉ちゃんだってお前を恨んでるわけじゃねぇと思うぜ」
「…そうだと思います。だからこそ辛いんです。こんな自分勝手な弟のために…」
今のケインにかけるべき言葉ではなかった。ガイは自分の発言を少し後悔し、レイナやジェリーダもまた今この場で発すべき言葉を思いつかなった。
3人はケインの案内により自警団の本部へ案内された。ルーヴル家の屋敷程度の大きさの建物で夜勤の見張り仕事もあるせいか宿泊施設も充実している。
ガイ達は1階の会議室へと通された。
「おーっwwww大丈夫か隊長ちゃあ〜んwwwww」
「きゃわゆい顔に一生モノの傷がついたらどうしようかと思ったぜぇwwwww」
席についている無骨な隊員の男性達の歓声が一気に飛び交う。
「…はぁ」
ケインはこの隊員達の不真面目さに項垂れながらため息をついた。
「いい加減にして下さい!!これは緊急事態なんですよ!?」
「やっぱ可愛いなぁ…www」
「な…何だこいつら?」
ジェリーダが若干引き気味になる。ガイとレイナはこれがどういう状況か大体理解できた。このむさ苦しい男性の集団の中に1人、彼らに比べれば背が低めで女性的な顔つきと中性的な声を持つケインはこの自警団の隊長でなかったとしても注目の的になる事は免れなかっただろう。
「気にしないで下さい…さぁ始めましょうか」
気を取り直したケインはまずガイ達の事を隊員に紹介した。
「そっちの姉ちゃんも美人じゃねーかwwケインちゃんといい勝負だねえwww」
隊員の1人がレイナの方を見て鼻の下を伸ばす。
「あら、お目が高い」
「男の俺と比べられてもレイナさんだって嬉しくないと思いますよ…!!」
「お前、色々苦労してんだな。まぁ気持ちはわかるけどな」
ガイはケインの肩をポンと叩き苦笑しながらここの隊員達の顔を見回した。ガイもまた悪人面故人々に悪党だと思われる事が多いので、内容は違えど自分の顔に関するコンプレックスである事に変わりはなかった。
「ケインちゃん、本当にその坊主がリーラの王子なのかい?」
隊員の1人は疑わしげにジェリーダを指差す。
「ムカっ」
「本当、とことん王子に見えないのね」
「うっせーほっとけ!」
前にもこんな事が…とルピア前線基地でもジェリーダが王子である事を信じてもらえなかった事を思い出しながら淡々と言い放つレイナ。
「あの〜…そろそろ会議を始めたほうが…」
ケインが申し訳なさそうに2人の間に入り、とりあえず隊員達も自分達の隊長が信じる人物なら、と納得してくれた。
「やはりオーガに真っ向から挑むのは危険…というか無謀の領域でした。大勢でかかって行ってもあの巨体からは考えられない程素早い…それに加えあの力では例え包囲したとしても簡単に破られてしまうでしょう」
先日の事を交え事態を説明するケイン。あまりにも不利な状況に隊員の誰もが絶句した。
「要は動きを封じてしまえば勝機はあるという事ね」
重たい沈黙の中、レイナだけは特に動揺がなかった。
「でもよ、それも難しいんじゃね?」
ガイが腕組し、片目だけ閉じながら言葉を返す。
「ええ、オーガの動きを止めて確実に倒すために必要なのは陽動作戦ね。この中に氷の魔法を使える人はいる?」
レイナが隊員達を見回すと挙手する者が3人いた。
「私も入れれば4人か…不可能な人数じゃないわね」
「それってどういう事ですか?」
「それは後で説明するわ。この4人の他に…決めなければならないグループを2つ作るの」
ガイ、ジェリーダ、ケインの3人が意味がわからない、という顔をし、他の隊員達もどよめき始めた。
作戦開始当日。ケインの傷は完治し、ガイ達と自警団はストリームバレーへ向かった。天気は相変わらずの吹雪。しかし自警団のメンバーはこの地に住み慣れているため吹雪をものとはしなかった。
「もうそろそろ作戦決行地点ね」
レイナが谷の大まかな地図に目を通す。地図の中心部にチェックがついていてそこで作戦を決行する手筈になっていた。
「それでは、皆さんご武運を!」
ケインが一礼するとジェリーダと共にメンバーの半数を連れて更に奥へと進んで行った。
「そして…この作戦で最も重要かつ危険な役割を皆さんにお任せする事になります」
レイナはガイとその後ろに集まる残ったメンバーを振り返った。
「おうよ。ウチの隊長が信頼してる人だ、俺達もアンタらを信じるぜ!」
「自警団の意地、見せてやるぜ!!」
メンバー全員が拳を振り上げ作戦への意気込みを見せる。
「ありがとうございます。では私達魔術師部隊も持ち場へ移動しましょう」
その場を去って行く魔術師部隊とはレイナを筆頭に氷の魔法が使えると挙手した3人の、計4人だった。
「それじゃあ、始めようぜ!!」
前方を見据えるガイと残った自警団の面々。旅が始まって以来の大掛かりな作戦の狼煙が上がるのだった。
なんとなく、戦いのシーンは次回に回した方がキリがいいと思ったのでまたまたサブキャラ紹介させて頂きます。
<女王イザベラ>
32歳。砂漠の小国ルピアの女王。自分の容貌に絶対の自信を持つナルシストだがちゃんと国の事も想っている。ルピアの女王は血筋ではなく先代女王が引退時に時期女王に相応しい女性を選ぶ。
<ブラス>
40歳。ルピア前線基地をまとめる基地長。責任感と愛国心が強く部下思いなため兵からの信頼も厚いようだ。
<デューマ>
26歳。どの国にも属さない港町グルデのボスにして反ドゥルレジスタンス、『グルデ・クルセイド』のリーダー。女性とみればすぐ口説く軟派男。
<リズ>
24歳。『グルデ・クルセイド』の副リーダーでデューマの補佐。彼の軟派っぷりに冷静に突っ込む貴重な存在。物腰柔らかく冷静沈着な性格で嘘を見抜くのが得意。
<ラインホルト>
54歳。軍事大国ドゥルの現皇帝にしてクルティス、ガイラルディアの父。現役時代は自他共に厳しい皇帝だったが今は年老いたせいか大分丸くなっている。
<レイン=クレイス>
享年20歳。ケインの姉で5年前オーガ討伐の際に弟を庇って死亡。明るくバイタリティのある女性だった。かつては弟と共にクローナの王都に住んでいたが…。
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