ゼロの使い魔 AOS 第31話 トリステインの花・前編
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 朝日が昇ってから一時間も経たないであろう早朝。

 

 ここは王都トリスタニアの城下町。

 

 常に人で賑わう城下町の通りだが、この時間は朝食用の水汲みに出かける主婦たちしかいない。

 

 顔なじみの奥さまたちが「おはよう」と挨拶を交わす時間だ。

 

 これはこれで活気あふれる、いつもの風景なのだろう。

 

 だが、今日は少し風景が違っているようだ。

  

 いつもの朝の風景に似つかわしくない、煌びやかな服を着た男たちが歩いている。

 

 主婦たちは何事かと遠巻きに彼らを眺めているが、男たちはそんな視線を気にする事無くある場所を目指して歩いていく。

 

 そして主婦たちも気にはなれど、朝食の準備の時間が差し迫っているので何事も無かったかの様に家に戻っていく。

 

 いつもとは少し違った風景の朝の城下町だった。

 

 

 

 才人たちは朝食を取っていた……お互いに一言も喋らずに黙々と。

 

 現在、才人の家には、才人、ミス・ロングヒル、エレオノールの三人がいる。

 

 ―― カチャカチャ

 

 ―― モグモグ

 

 ―― ズッ

 

 食器の音、パンを咀嚼する音、スープをすする音が静かな部屋の中に良く響く。

 

 (気まずい……姉さん、ヘルプ!)

 

 才人はミス・ロングヒルの方に目線を移すが……目を閉じてパンをかじっている。

 

 全身から話しかけるなオーラを感じる……様な気がする。

 

 (ううっ……じゃあ、エレオノール!)

 

 今度はエレオノールの方に顔を向ける。

 

 ビンゴ!目がばっちり合った。おそらく才人の方を見ていたのだろう。

 

 ―― ぷい!

 

 エレオノールの顔が180度回れ右をして、目線がはるか彼方に消えていった。

 

 (気まずい……非常に気まずい)

 

 気まずい原因は分かっている、と言うか一つしかない。

 

 昨晩の「エレオノールと一緒にいっぱいオナニーしちゃった事件」である。

 

 顔見知りの仕事仲間とエロい事をしてエロい事を言ったりしちゃった訳でありまして……こんな時、どういう顔をすればいいか分からない状態なのだ。

 

 平賀才人は残念ながらそういう経験をしたことが無い、いわゆる童貞だっだ。

 

 ここは割り切って「笑えばいいと思うよ」という発想が出てこないのも仕方が無い、童貞だからね。

 

 そして……。

 

 「あっ!そ、そういえば水が切れそうだなぁ〜ちょっと水を汲みに行ってくるから」

 

 平賀才人は外に逃げ出した。

 

 

 

 才人の部屋に残された二人、ミス・ロングヒルとエレオノール。

 

 才人が逃げ出したからといって特に話す事も無く、沈黙はつづ「で……あんたたち、ヤっちゃったの?」かなかった。

 

 「なっ……ヤってなんかいないわよ!あっ、朝っぱらから下品な事言わないでちょうだい!」

 

 エレオノール、絶叫。

 

 「え……あの状況でしなかったの?嘘でしょう!?」

 

 「しないわよ!私はラ・ヴァリエールよ!淑女なのよ!あなたみたいな安い女とは違うのよ!」

 

 エレオノール、ふたたび絶叫。

 

 「分かった、分かったからあんまり大声で叫ばない。淑女だもんね、エレオノール様は」

 

 「はあ……はあ……分かれば良いのよ……」

 

 「ええ、昨日は淑女のエレオノール様のお部屋から声がよ〜く響いてきてねぇ〜何だったっけ?」

 

 「はあ……え?」

 

 「たしか……もっと舌を動かして!だったかしら?もっとやさしくさわっ……」

 

 その瞬間、エレオノールの三度めの大絶叫が早朝の城下町に響き渡った。

 

 

 

 自分の部屋でエレオノールが大絶叫しているとは知らない才人。

 

 いったん外に出たからといって状況が変わるはずもないのだが、すぐに戻るのも何だかな〜という所。

 

 しばらく時間を潰してから戻るつもりで朝の町を散歩している才人だった。

 

 最近は仕事が忙しくてのんびりする暇がなかった。才人にとっては久しぶりに一人きりの自由時間である。

 

 元の世界で言えば五月の中盤に差し掛かる季節なのだが、早朝なのですこし肌寒い。

 

 だけど不快な寒さではない。むしろ眠気と昨晩貯まった煩悩を吹き飛ばしてくれそうな気持ちのいい肌寒さだ。

 

 空から照らす太陽光を浴びて、冷気と暖気のハーモニーを感じながら歩いているといつも使っている井戸がある通りに差し掛かる。

 

 「あっ、おはようございま〜す」

 

 「サイトくん、おはよう。久しぶりにこの時間に会えたわね」

 

 そういえばこの通りをこの時間に歩くのもだいぶ久しぶりだった。大工だけしていた頃は仕事の前に毎朝、水汲みに来ていたっけ。

 

 「ここんとこ忙しくってさ、水を汲みに来る暇もなかったんだよ」

 

 「最近忙しそうだもんね。新しい町を作るんだってね」

 

 なじみの奥様とここで立ち話をするのも、また久しぶりだった。

 

 「あれ?サイトじゃない」

 

 通りにいる他の奥様たちも才人の姿に気がついて集まってくる。

 

 「本当だよ、サイトじゃないかい」

 

 「あの子があのサイトくんかしらね。噂に聞いていたよりずいぶん若いわね〜」

 

 通りにいる他の奥様たちも集まって……才人は年上のお姉さま(重要)たちに完全に囲まれてしまった。

 

 見知った顔もいるのだが、大体が知らない顔の年上のお姉さま(重要)ばかりだった。

 

 「あの子がサイトくん?この国の大貴族を相手に喧嘩して勝ったんだって……」

 

 「神の御使いだって聞いたわよ〜なんでも後光が差すとかで、光を浴びた平民はみんな幸せになれるとか……」

 

 「どこかの国の大貴族の息子だって私は聞いたんだけどね……」

 

 「大工の親方のところの娘さん、たしか、アナちゃんに求婚したって聞いてたんだけど。年下好きとかで……」

 

 「え〜!?年上のケバいのが好きだって聞いていたんだけど、たしかママ(人妻)のおっぱいが好きだとか……」

 

 「そういえば年上の彼女が二人もいるとか聞いた事があるわね、すごく尻に敷かれてるみたいだって……」

 

 「…………」

 

 面識がないお姉さま(重要)たちは才人に直接は話しかけてこないものの、本人の目の前で才人トークを繰り広げている。

 

 (喧嘩……いや、喧嘩と言えば喧嘩なんだけどさ。貴族って言われてもねぇ……いつから貴族になったんだ、父さん(公務員)?)

 

 ロリコン(年下好き)や熟女キラー(ママのおっぱい好き)などの不穏な単語も聞こえてくる。だが才人自身は身に覚えの無い事。

 

 噂に尾ひれが付くのはどこの世界でも同じらしい。特に女性が絡むと更に大きくなるというのも……。

 

 「あの……俺そろそろ家に戻らないといけないからさ」

 

 「ええ!?もう帰っちゃうの〜」

 

 「いや……みんなも朝ごはんの支度をしなくちゃダメだろ」

 

 才人は約七十人ほどのお姉さま方(芸能レポーター)の大軍(人垣)を一騎駆けで突破(逃げた)した。

 

 もともと東地区では知名度が高い「平賀才人」ではあったが、ここ一週間で王都トリスタニアでは知らないものはいないほど「平賀才人」は有名になっていた。

 

 やはり「東地区大災害」の時の才人の行動は目立っていたのである……いい意味でも悪い意味でも。

 

 (なんか変な噂が一人歩きしてるみたいだけど、人の噂も七十五日って言うし……二ヶ月以上か、けっこう長いな)

 

 その日の城下町で朝食の支度が遅れた家庭が続出した、原因が「平賀才人」という噂がまた城下町を駆け巡る。

 

 

 

 家を飛び出してからだいぶ時間が経ってしまったが、自宅兼事務所に戻ってきた才人。

 

 姉さんとエレオノールも機嫌を直しているだろうなと思い(願い)ドアを開けて部屋の中に入る。

 

 「……ただいま」

 

 「遅い!どこまで水汲みにいってたんだい」「お……おかえりなさい///」

 

 玄関を開けたらお姉さま(本物)二人が目の前にいた。ちょうど声が重なってうまく聞き取れなかったのだが。

 

 「ごめん。ちょっと近所の奥様たちに捕まっちゃってさ……」

 

 「奥様ね〜まあ、何があったかは大体想像付くけどね。まあ、そんな事はどうでもいいんだよ。サイト!出かけるよ仕度をしな」

 

 散歩する前の気まずい雰囲気は全く無い、元気いっぱいの姉さんに戻っている。良かった……え、出かけるって?

 

 「姉さん、出かけるってどこへ出かけるの?今日は新都の広報に行く予定が……」

 

 「知っているよ。それはキャンセルだよ」

 

 それぞれの主な活動や予定はお互いに把握している。当然、今日は西地区を中心に広報活動する予定がある事はミス・ロングヒルも知っているはずなのだが。

 

 「え〜とね、サイトは今日は私と一緒に王宮に出向く事になったのよ。急な話なんだけどね」

 

 と、なぜかすごく申し訳なさそうエレオノールが話す。

 

 「……………ん?おうきゅうってあの王様が住む宮殿のいわいる、王宮ってこと!!!?」

 

 「この国は女王陛下が治めてる国なんだけどね。まあ、サイトが言う王宮で間違いないわよ」

 

 「あのさ……俺、なんか悪い事でもしたのかな」

 

 そして、才人は脅えた。

 

 「えっ?新都計画の方でお父様の説明に不備があったらしいのよ。それで補足説明をしに来るようにとの事よ。いったい、なんだと思ったのよ?」

 

 最近、目立っている才人に難癖を付けるために呼び出したとか思っていました。いわいる「てめぇ、最近調子こいてるみたいじゃん。ちょっと屋上まで面貸せ」みたいな感じで。

 

 「あ……その、平民の俺が王宮なんかにお呼ばれするなんて現実感が無いと言うか……場違いと言うかね」

 

 女王陛下が「てめぇ面貸せや!」と脅してくると思ってました、とはさすがに言えずにエレオノールに無難に答える才人だった。

 

 「……そう。何にしても王宮からの召集は最優先事項だから、失礼の無い服装に着替えてすぐに出かけるわよ」

 

 「わかった。すぐに仕度をするから待ってて」

 

 そう言って才人は自分の寝室に入っていった。

 

 「案外、的を得ているんじゃないのかい」

 

 「そうね……残念だけど」

 

 才人の着替えを待つ、ミス・ロングヒルとエレオノールが声のトーンを少し下げて話す。

 

 「まあ、ラ・ヴァリエールの長女が付いているから大丈夫だろ」

 

 「呼び出した人物がアレじゃ無ければそう言えるんでしょうけどね」

 

 「意外だね。あの二人は仲が悪いようには思えないんだけどね」

 

 「アレと仲が良い人は一人もいないんじゃないかしらね。保守的と言うよりも原理主義的な感じかしらね」

 

 「堅物って事かい?」

 

 「私のお父様が可愛く見えるぐらいにね」

 

 「あんたの父親は親バカっぽいもんね」

 

 「最近はルイズ限定みたいだけどね。まあ、今は褒め言葉として受け取っておくわ」

 

 「そいつはどうも」

 

 「そういうあなたのお父様はどういう人なの。娘に甘い感じなのかしら?」

 

 「そうだね……私にも優しかったかな……たぶん」

 

 「え……あっ!?……その…………ごめんなさい」

 

 「別にいいよ、あやまられるほどの事でもないよ」

 

 二人はそんな会話を才人が着替え終わるまでしていた。

 

 

 

 次回 第32話 トリステインの花・後編

 

説明
エレオノールとのエロスにまみれた夜を越えた翌朝の事。
共同生活の中での身近な人間の性を意識して、いつもの三人組が若干気まずい様子。、
そんな中、新都計画を進める三人の元に一報が届くのでした。
それは吉報なのか……それとも凶報となるのでしょうか?
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