紅のオーク 〜エピローグ〜 |
エピローグ 〜姫とオーク〜
その後、駆けつけたイランジュアと騎士団が見つけたのは気を失ったエクセラと父だけだった。
ガルディの姿はどこにもなかった。騎士団は庭園や森の中はもちろん、近隣一帯を草の根分けて探したのだが見つからなかった。国とエクセラを救った英雄は、あの斧とともに姿を消してしまった。
捜索の過程でロイドの身体の一部が見つかった。あの巨大な力の解放の前では、ほとんどが塵と消えてしまったのだろう。彼の死とその行いは細大漏らさず、母国であるクロディウスに非難とともに告げられた。
禁術に手を出し失敗した王子の扱いは酷いものだった。結婚に臨むにあたり、クロディウスの王族からすでに放逐されていると返答がされただけだ。形式上だけでもアーデルランド国内の不祥事と主張したい思惑が見えていた。
もとからロイドに帰る場所はなく、疎まれていたことが分かる処置だった。彼の行いは許せないが、絶対的な力や権力を求めるだけの理由があったのだろうことが伺えた。違う出会い方をしていれば、あるいは彼が心から誠実であったなら、また別の結末もあったのかもしれない。
宰相のマラドはロイドが決闘で不正を行ったことを承知していたが、彼の野望についてまでは知らなかった。これまでの功績や国を思っての行動と認められ、蟄居の処分が下された。
マラドがロイドと手を組む切っ掛けになったデインとの件だが、それもロイドの計略であることが判明した。デインの強硬派と通じ密約を交わしていたのだ。
魔王の斧の力が開放されたことが知れ渡り、情勢は大きく動いた。デインとクロディウスがそれぞれアーデルランドに和平条約を申し込んできた。山脈を砕く強大な力を前にし、様子を窺うためか先手を打つことにしたようだ。交渉を有利に進めるため、斧が行方不明なことは父とエクセラ、イランジュア、それに一部の人間のみで秘匿されることになった。
こうして和平条約が結ばれ、アーデルランドに一時の平和が訪れた。
そして一ヶ月後。
「ふむ、こんなものか」
最後の石を積んだエクセラは、長方形を取り戻した花壇を見渡した。ところどころ石が抜けている部分や、花が無く土がむき出しになっている部分もある。直した人間の不器用さがにじみ出ているようで、エクセラは苦い笑いを浮かべた。
あの事件の諸々が片付いてから、エクセラは足繁く庭園を訪れていた。戦いで荒れてしまった花壇や石畳を直すためだ。
崩れた縁石を詰み、土を運び、踏み躙られた草花を植え直した。ガルディの作業を何度も見ていたので、手順はわかっていた。上手くやれる自信があったのだけれど、結果は彼の仕事に遠く及ばないものだった。石や土を運んだり積んだりはまだしも、草花の扱いが致命的に上手くいかなかった。草を掘り起こしては根を切ってしまい、潰れた茎を伸ばそうとして逆に折ってしまったりと散々だ。
「やはり私に花いじりは無理だ」
エクセラは結論に満足し大きく頷いた。
この庭園を元に戻せるのは一人しかいないのだ。
一ヶ月待っても帰って来ないなら、首輪をつけてでも連れ戻すしかない。
傍らに置かれている背嚢には旅支度と、太い首に丁度いい首輪が入っている。
「お姉さまーーーーー!」
背嚢を持ち上げたエクセラの耳にイランジュアの声が飛び込んできた。慌てて背嚢を下ろすと、それを花壇の影に隠した。
「やっぱりここでしたか」
イランジュアはよほど急いで走ったのか、呼吸が荒かった。運動嫌いの妹にしては珍しいことだ。
「何か用か?」
「用事があるのはお姉さまの方ですよね。どちらへ行くんですか?」
できるだけいつもの調子で言ったつもりだが、イランジュアの視線は隠したはずの背嚢に向いていた。鋭い妹にはすべてお見通しのようだ。
「うむ、私はこれより国の宝を盗んで逃げたオークを捕らえに行く!」
開き直ったエクセラは胸を張って答えた。するとイランジュアは案の定、眉を顰め深々と溜息をついた。
「はぁ〜〜、それは騎士としてですか? 姫としてですか?」
「そうだな……」
エクセラは胸に手を当て考えようとしたが、思いの外すぐに結論が出た。
「私、個人の願いだ。騎士とか姫とか関係なしに、もう一度ガルディに会いたい。ただ、それだけだ」
「そう、ですか……、分かりました」
イランジュアは何かを呑み込むように言うと、手に持っていた書状の束をエクセラに付き出した。
「なんだこれは?」
受け取ってパラパラと捲ってみると日付と場所、証言などと書かれた一覧だった。
「国内と近隣諸国で集められるだけ集めた大柄な不審人物の目撃情報です」
情報一件一件に対してイランジュアの文字で、推論と関連するような話がびっしりと書かれ、重要度の評価までされていた。
「ありがとう、イラ!」
感謝のあまりエクセラは妹をぎゅっと抱きしめた。小柄な妹は少し苦しそうだったけれど、エクセラの気が済むまでされるがままでいてくれた。
「泥棒を追うのは当たり前でしょ、お姉さま?」
ようやく開放され地面に足をおろしたイランジュアは、眼鏡を上げながら小さく笑った。
「ああ、そうだな。泥棒は捕まえて、庭掃除の罰を与えなければならんな」
笑顔で応えるエクセラに、今度はイランジュアの方から目元を隠すように抱きついてきた。
「必ず無事に返ってきて下さい」
「もちろんだ。すまないが留守を頼むぞ」
エクセラもそっと抱き返した。
「はい!」
力強い返事にエクセラは熱くなった目元を拭った。
どちらからともなく離れた二人は、それぞれ別の方向に歩き出す。
エクセラは振り返らない。
晩夏の風が金色の髪をなびかせ、背中を押していた。
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