戦国†恋姫 三人の天の御遣い    其ノ十四
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戦国†恋姫  三人の天の御遣い

『聖刀・祉狼・昴の探検隊(戦国編)』

 其ノ十四

 

 

房都近郊 山中

 

 ひとりの男が滝に打たれて修行をしている。

 滝の落差は十メートル程、普通の人間ならば立っていられない位の水量を浴びてその男は印を結んでいた。

 

「心を無にするのよっ!邪念を払ってっ!」

 

 厳しい声をかけるのは吉祥こと管輅。

 滝に打たれているのはインテリだ。

 吉祥は一刀たちに頼まれて、昴の飛ばされた外史に行こうとするインテリの奇行を止める為の対策をしている最中である。

 

「吉祥さま………この様な修業をさせて大丈夫でしょうか?」

 

 吉祥の後ろに立っていたインテリの妻で昴の母、太白こと孟達が心配そうな顔をして問い掛けた。

 それは夫の身を案じて………ではなく、修行によって本当に昴の居る外史に行ける様になってしまうのではと心配しているのだ。

 

「大丈夫、大丈夫♪本人は外史を越えられる様になる為の修業だと思ってるけど、こんなのただの気休めよ♪こうしてそれっぽい事をさせてればインテリくんも大人しくなるでしょ♪」

「そうですか…」

 

 カラカラ笑う吉祥に、太白はホッとした顔で胸を撫で下ろした。

 

「素人の私が見てると本格的な修行の様に見えて、あの人があちらに行ってしまうのではと………」

「そんな気苦労は体に毒よ。お腹に赤ちゃんが居るのだから特にね♪」

「は、はい………♪」

 

 太白は現在妊娠していた。

 インテリの気を逸らす為に身を張った結果である。

 

「そんなに心配ならちょっとインテリくんの集中を乱してみようか♪」

「え?」

 

 吉祥は太白の背後に回って両肩に手を置いた。

 

「インテリくーーん!」

 

 呼ばれたインテリは滝に打たれながら視線だけを二人に向ける。

 その目は悟りを開いた僧の様に穏やかであり、慈愛を感じさせた。

 そんなインテリに向かって、吉祥は太白の服を一気にズリ下ろす。

 幼児体型の太白は引っ掛かりも無いのでブラも一緒に下ろされ、ささやかな膨らみの乳房を丸出しにされてしまった。

 

「なっ!!」

「ふぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 インテリは雄叫びを上げ、ケダモノの目になり氣を爆発させ、滝の流れを逆流させた。

 

「太白さぁあああああああああああああんっ!!」

 

 滝の岩場からジャンプしたインテリが太白に向かって飛んでくる。

 

「うわっ!ば、バカっ!」

ゴワァアアアアアアアアア?????ン!

 

 インテリの伸ばした腕が太白に届く寸前、吉祥が盾としてかざした銅鏡に顔面から突っ込んで止められた。

 跳ね返されたインテリは川に落ち、天からは逆流させた滝の水が土砂降りの雨の様に降り注ぎ、その姿を飲み込み押し流して行く。

 

「ほらね♪向こうの外史に行けなかったでしょ♪」

 

「ほらねじゃありませんっ!何なさるんですかっ!」

 

 太白が胸を手で隠して怒鳴るが、吉祥は気にせず目を細めてニヤリと笑った。

 

「いやいや♪太白ちゃん愛されてるねぇ?♪おっぱい見せただけで、十五年連れ添った旦那をその気にさせるんだもんねぇ♪」

「そ、そんなことは………」

 

 夫婦仲を冷やかされる太白だが、ちょっと嬉しくなって照れ笑いをしてしまう。

 

「一刀くんたちなんかおっぱい程度じゃ反応しなくなっちゃてさぁ?って私の事よりも!インテリくん流されて行っちゃうわよ?」

「ええっ!?」

 

 川面に浮かぶインテリの体は流れに任せて下流へと遠ざかって行く。

 

「うわぁあああっ!慇照ぃいいいいいっ!!」

 

 例えそれが紫苑の計略で結婚した相手で、人様に言えない趣味を持つ男であろうとも、太白は夫を追いかけて河原を走った。

 逸その事、このまま海まで流されてしまった方が太白の為だと思うのだが、太白本人がインテリに惚れているのだからしょうがない。

 果たして太白が報われる日は来るのだろうか?

 せめてお腹の子がまともに育ってくれる事を祈るばかりである。

 

 

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 インテリが川で流されている頃、二条館では出陣の準備が大急ぎで進められていた。

 それは久遠に早馬で届けられた眞琴の手紙の為である。

 手紙に書かれていた内容を要約すると、それまでは散発的に現れていた鬼が突然大挙して西から移動して来て、余呉湖南岸から大岩山を拠点に連日攻めて来ているとの事で、その数はおよそ五千。真琴は越前の朝倉義景からも鬼が襲撃してきたと知らせを受けている。しかし知らせは一度きりで、以来連絡も取れなくなり一刻も早い後詰めをと要請してきたのだった。

 これを受けて久遠と一葉は即座に出陣を決めた。

 

「ご報告致します。」

 

 小波が久遠達の居る仮の指揮所に片膝を着いて現れる。

 いつもの様に唐突な現れ方だったが、今はその迅速さがこの場では頼もしく映った。

 

「数日前より出していた斥候の報告では、京の周辺、並びに京から若狭に至る地域の鬼は完全に姿を消しています。更に若狭に在った鬼の巣と思しき山も((蛻|もぬけ))の殻。土地の者達の多くが、鬼が江北へ向かって移動して行くのを目撃していました。」

 

 小波の報告に、久遠、一葉、結菜、双葉、幽、葵、悠季、四鶴、白百合、詩乃、雫が厳しい顔で頷く。

 祉狼、聖刀、貂蝉、卑弥呼は黙って久遠達を見守っていた。

 

「デアルカ…………後手に回ったな………」

 

 久遠の呟きに詩乃が応える。

 

「まさか拠点を簡単に捨てるとは………鬼の数が五千まで増えて、いえ、越前にも攻め込んでいる数を考えれば一万は居ると考えた方が良いでしょう。それだけの数が有れば江北を落とせると踏んだという事でしょうね………しかし………」

「鬼共の布陣した場所が腑に落ちんか。」

「はい。真琴様の知らせを見る限り、五千もの鬼が居るのに一度に小谷城に攻めてこようとはしていない様に受け取れます。観音寺城と二条館に攻めて来た時は数に任せ、その膂力に頼った戦い方をしていました。これは鬼を完全に操り、軍事的な行動を組織立って行わせる将が居ると見るべきでしょう。」

「ザビエルか………」

「総指揮はそうでしょうが、ザビエルが江北に居ると考えるのは早計では?私には一乗谷を攻めている鬼の方が気になります。大岩山の鬼は我らを誘き寄せて足止めする為の囮………殲滅するには我ら連合軍が総数で当たらねばならない数を揃えています。一乗谷を攻めている鬼も五千と仮定すれば、あちらを攻め落とした後に合流するつもりなのだと思えます。」

「見え見えの罠だが浅井朝倉を救うには小谷に向かうしかないのだ。それも一刻も早く!」

 

「久遠!俺達四人が先行して小谷城に向かおう!」

 

 

「祉狼!!その様な事を許せる筈がなかろうっ!!」

 

 

 久遠の怒声はこれまで祉狼が聞いた中で一番大きな物だった。

 しかも怒声で有りながら、苦悩、悲しみ、心配といった感情も含まれている。

 祉狼は久遠の気持ちの全てを受け止め、その上で久遠の目を真っ直ぐに見つめ返した。

 

「久遠。小谷城では市と眞琴が今も鬼と戦いながら援軍の到着を待っている。一乗谷城の朝倉さんだってそうだ。援軍が来るという報せを受け取るだけでも士気は上がる。今、この軍の中で俺達四人が一番早く援軍が来る事を伝えられるんだ。それに俺が行けば負傷者を救う事も出来る。」

 

 久遠にも祉狼の言い分は判る。

 合理的に考えるのならば祉狼に『行け』と言うべきだという事も。

 久遠と祉狼の遣り取りを見守る一葉や結菜達は久遠と同じ気持ちだ。

 

「祉狼………今回は二条の時とは違う………我らが追い着くのに数日掛かるのだ………お前を行かせぬ理屈は幾つでも思い付く…………だが、今はその理屈は無視して言うぞ。祉狼、我はお前と離れたくないから行くな!」

 

「そうか………ならば俺も理屈は言わん!俺は久遠の為にも市と眞琴を助けたいっ!」

 

 祉狼の燃える瞳を見て久遠の決意が揺らぐ。

 行く事も留まる事も久遠の為ならば、祉狼が行く事を選ぶのはこの場の全員が理解していた。

 

「久遠ちゃ?ん、気持ちはよっくわかるけどぉ?、男の子にはセイシをカけてイかないといけない時があるのよぉ?。ここは笑顔で送り出してあげるのがイイ女よ?ん♪」

 

「貂蝉………」

 

「ふっふっふ、久遠よ。わしと貂蝉が何の為に居ると思う。稲葉山城、長久手、観音寺城、そしてこの二条館で祉狼ちゃんを守って来たわしらを信じよ。必ず祉狼ちゃんが小谷で皆を笑顔で迎えると約束しよう♪」

 

「卑弥呼………」

 

 貂蝉と卑弥呼が久遠に微笑み、続いて聖刀も一歩前へ出た。

 

「久遠ちゃん、祉狼には稲葉山城の時みたいな事はさせないと僕が約束するよ。この二条館の時も祉狼には治療しかさせなかったでしょ♪華蝶の仮面が今は眠ってしまって使えないから無茶は出来ないしね♪」

 

 久遠は三人の言葉を噛み締め、一度曝した心に『強がり』と言う鎧を着せる。

 その為に数秒俯き、顔を上げた時には貂蝉に言われた通り笑顔を見せた。

 

「祉狼、市と眞琴を頼むぞ………聖刀、貂蝉、卑弥呼……任せる!」

 

「判った!」

 

 祉狼は笑顔で大きく頷き拳を握って見せる。

 その姿は父の華陀を彷彿とさせた。

 聖刀達も笑顔のまま、無言で頷く。

 

「ご主人さまっ!私も同行させてくださいっ!」

 

 脇に控えていた小波が、顔を伏せて声を上げた。

 

「私ならばご主人さまの速度に付いて行けます!」

「判った。小波は一緒に来てくれ♪」

「はいっ!」

 

 久遠も小波が同行する事で少しは安心出来る。

 それは聖刀の嫁となった葵達も同じだった。

 

「小波、頼みましたよ。」

「はっ!」

 

 小波は葵の役にも立てる事を素直に喜び、力が身体の奥から湧いてくる。

 

「よしっ!小谷城に出発だっ!」

「「「レッツらゴーーーーっ!」」」

 

「え?れ、れっつら………?」

 

 戸惑う小波を従えて祉狼、聖刀、貂蝉、卑弥呼が二条館を飛び出して行く。

 その姿を見送った久遠達は今まで以上に出陣の準備の速度を上げた。

 因みに昴が同行していないのは、幼妻達から離してしまうと役に立たないのが全員判っているからだった。

 

 

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 江北浅井家の本城である小谷城。入口は清水谷に築かれた城壁と堀で守られている大手門。

 その大手門が鬼に攻められていた。

 押し寄せる鬼の数はおおよそ千。

 対する浅井勢は鬼を中に入れまいと鉄砲を中心に抗戦している。

 

「怯むなっ!橋を渡る鬼共を根切りにするんだっ!堀を泳ぐ鬼は良く狙って撃ち殺せっ!」

 

 眞琴自身が鼓舞して全体の士気を上げていた。

 その後ろでは市が長柄組を指揮し、こちらも声を上げて鼓舞している。

 

「みんなあっ!滾ってるうっ!?」

 

『『『滾ってまぁあああああああああああああすっ!!』』』

 

「その意気だよっ♪鬼をこの小谷に一歩だって入れないよう、頑張ろうっ!」

 

『『『うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!』』』

 

 小谷城は若狭の鬼の巣を攻撃する作戦では連合軍の補給基地も務める事になっていたので、美濃の半羽から鉄砲の弾薬、矢、兵糧、薬等が届けられていた。

 その為、物資は東西の尾根に在る曲輪に運ばれず、清水谷の蔵へと仕舞われていたのだった。

 大手門を破られた時は尾根の本丸を含む曲輪に逃げる事は出来るが、物資を奪われる事で士気が著しく低下するのは簡単に予想が出来た。

 それ故に大手門での攻防から既に、眞琴と市は本丸防衛と同じ気持ちで戦いに臨んでいる。

 

「はっはっはっはっはっは。意気軒昂で結構な事ですね。流石、戦国最高の美女と詠われし織田信長の妹君お市の方。」

 

 突然聞こえて来た良く通る男の声にこの場の全員が振り返った。

 大手門の中、馬出の中央に声質とは裏腹にどす黒い凰羅を感じさせる眼鏡を掛けた男がいつの間にか立っている。

 

「褒めてくれるのは嬉しいけど、あんたは何処から………」

 

 言葉の途中で市はこの初対面の男が似ている事に気が付いた。

 

 エーリカの見せたザビエルの姿絵に!

 

「お前は…………ザビエル!」

 

 市の口にした名に眞琴も思い至って驚きの目でザビエルを再び見た。

 

「ご名答。あの姿絵は中々良い出来でしょう?」

 

 薄ら笑いを浮かべるザビエルに市と眞琴だけでは無く、一兵卒に至るまで全員が警戒して、我知らず武器を構えている。

 

「どうやって入り込んだっ!この下郎がっ!」

 

 眞琴の恫喝もザビエルにはそよ風程にしか感じられず、楽しそうに口元を吊り上げるだけだ。

 

「くっくっく。この日の本は既に全てが我が結界の中。何処であろうと我が庭と同じなのですよ。」

 

 眞琴はザビエルの言葉を全て聞く前に、無言で腕を突き出した。

 その合図に浅井衆は一斉に槍をザビエルの全方位から突き入れる。

 

「縛っ!」

 

 ザビエルが印を結び短く((呪|しゅ))を唱えると、まるで空気が一瞬で凝固した様に槍を持った武士の動きが止まった。

 止まったのはザビエルに突撃した武士だけではなく、市と眞琴も、鬼を迎撃している鉄砲隊も動けなくなり、更に鬼までもが揃って動きを止めていた。

 

「広範囲の傀儡を止める呪は鬼まで止まってしまうのが難点ですね。さて、このまま作業を続ける事も出来ますが、折角ですからお声を聞かせて頂きましょう。」

 

 ザビエルが目障りな小虫を払う様な仕草をすると、槍を構えたまま固まっている武士達が見えない手で弾き飛ばされ、市と眞琴までの道が出来上がる。

 身体の動かない市と眞琴だが、目は見え音は聞こえ、意識もハッキリしていた。

 二人は動かない瞳に怒りを込めて、ゆっくりと近付くザビエルを見据えている。

 目の前まで近付いたザビエルが市と眞琴の額に触れると、首から上が自由を取り戻した。

 

「この妖怪めっ!市から離れろっ!」

「この変態眼鏡っ!まこっちゃんから離れなさいよっ!」

 

「はっはっは。仲が良いですね。定められた外史の流れに沿っていて実に心地よい。」

「定められた?………」

「あんたにどう見えようが市がまこっちゃんを好きなのは自分の意思なんだからねっ!」

 

 市は外史の事を正しく理解していた。

 だからと言って今の自分の気持ちが偽りだなどとは思っていない。

 眞琴との出会いが運命だと言うならばそれは市にとって喜ばしいとすら思っている。

 

「別にお二人の仲を裂こうだなどとは思っていませんよ。むしろお二人の仲をより強くしてあげようと思いましてね。」

 

 ザビエルは懐から小瓶を取り出し二人に見せる。

 ガラスの小瓶には黒い丸薬が入っていた。

 

「お市の方にはこの外史を導く姫を産んで頂きたいのですよ。こちらの浅井長政殿のお子をね。」

 

「まこっちゃんとの子供………」

 

 確かに叶うなら眞琴との間に子供が欲しい。

 しかし、女同士では無理な事は百も承知だ。

 それにこの目の前の男がそんな神の様な慈愛を持っているとは到底思えない。

 小瓶に入った丸薬を見て市は唐突にエーリカの語った話を思い出した。

 

『ザビエルは薬を飲ませ、外法によって人を鬼に変えます。』

 

 この丸薬が人を鬼に変える物。

 そしてエーリカはこうも言っていた。

 

『鬼は女性を襲い、鬼の子を孕ませます。』

 

(こいつはまこっちゃんを鬼にする気なの!?でも鬼になったからって女が男になれる筈は………)

 

「ふっふっふ♪貴女が今、何を考えているか解りますよ♪この丸薬は特別製の新薬で、女を牡の鬼にする事が出来るのです♪素晴らしいでしょう♪はぁーーーーっはっはっはっはっは♪」

 

 ザビエルは心底楽しそうに笑っている。

 それは正に地獄の底から響く悪魔の哄笑だった。

 

「やめてっ!やめてっ!やめてぇええええええええええっ!!」

 

 有らん限りの声で叫び、僅かでも身体を動かそうとするが首から下はピクリとも動かない。

 涙を流し半狂乱となった市の姿に真琴は市の愛を感じて涙が溢れ、このまま鬼にされるくらいならと心を決める。

 

「おっと♪舌を噛んで死のうなどと、させませんよ♪」

 

 眞琴が舌を噛むよりも早く、再び眞琴の自由を奪った。

 

「さあ、これを飲めば貴女は念願の子供を手に入れる事が出来るのですよ♪もっと喜んで下さい♪」

 

 口をこじ開け喉の奥に丸薬を一粒放り込んだ。

 眞琴は喉が焼ける様な痛みを覚えるが吐き出す事も叫ぶ事も出来ない。

 

「ふむ、これではあまり面白くありませんね。ちょっと縛を解いてあげましょう♪」

 

「あがあぁあああああああぁぁああああぁぁあぁああああああっ!!!」

「まこっちゃんっ!まこっちゃんっ!まこっちゃぁぁあああああああああああんっ!!」

 

 金縛りを解かれた眞琴が喉を押さえて地面をのたうち回り、市はボロボロと涙を流してひたすら眞琴の名を呼び続ける事しか出来ない。

 その光景を見てザビエルは腹を抱えて笑いだした。

 

「はぁあーーーーーーーっはっはっはっはっはっはっはっ♪いいですねぇえっ♪実に気分のいい人形芝居ですよっ♪」

 

 

「「「「ザビエルーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」」」」

 

 

 天空から聞こえて来た声と共に四人の人影がザビエルに向かって砲弾の様に突っ込んで来る!

 

 ザビエルはニヤリと嗤って身を翻した。

 

ズゴォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!

 

 地面を揺らす衝撃と激しい土煙の中から祉狼、聖刀、貂蝉、卑弥呼が怒りの形相で眞琴と市を庇い現れる。

 

「おいたが過ぎるわよ。ザビエルちゃん。」

「フランシスコ・デ・ザビエル。貴様の悪行、この卑弥呼が裁いてくれるっ!」

 

「おやおや、初対面だというのに挨拶もさせてくれないのですか。」

 

 怒る貂蝉と卑弥呼を前にしてもザビエルは余裕の薄ら笑いを見せていた。

 

「ああ、それよりも浅井長政を治療するのが先ですか♪どうぞどうぞ、私の挨拶はその後でも構いませんのでご自慢のゴットヴェイドーをなさって下さい♪」

 

 祉狼は言われるまでも無く既に氣を練り金鍼を抜いていた。

 その金鍼は長久手で鬼子と対峙した時と同じ様に輝きを放っている。

 

「眞琴っ!直ぐに助けるぞっ!」

 

 苦痛に暴れる眞琴を地面に押さえ付け病魔の姿を捉えた。

 

「こ、こいつはっ!…………鬼子の時よりもっ!」

 

 祉狼は目に映る強大な病魔に怒りの炎が更に激しく燃え盛る。

 金鍼を打つ為に眞琴の服の袂を開くと、鎖骨の下に赤黒い腫瘍が新たな心臓の様に脈打っていた。

 しかも腫瘍はジワジワと眞琴の胸を下へ移動してる。

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!

我が金鍼に全ての力!賦して相成るこの一撃!俺達の全ての勇気!

この一撃に全てを賭けるっ!!

もっと輝けぇぇええっ!!

((賦相成|ファイナル))っ!((五斗米道|ゴットヴェイド))ォォオオオオオオォォォォ!」

 

 右手に翳した光輝く金鍼をおぞましい腫瘍に打ち込む!

 

「がはぁあああっ!」

「げ・ん・き・にっ!」

 

 腫瘍が見る見る内に萎んで行き、眞琴が目を見開き仰け反って四肢を強張らせた。

 

「なれぇええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!!」

 

「げはっ!げほっ!…ぐっげふっ!」

 

 眞琴の口からどす黒くなった血が吐き出される。

 しかし、急激な病魔の浸食により眞琴は体力を奪われ、上手く血を吐き出せなくなっていた。

 気付いた祉狼は躊躇う事無く眞琴の口を己の口で塞ぎ、眞琴が吐き出せない血を吸い上げる。

 

「ずじゅぅっ!ぺっ!ずじゅぅっ!ぺっ!眞琴っ!意識を鬼に渡すなっ!ずじゅぅっ!ぺっ!聖刀にいさん!市の手を眞琴に握らせてくれっ!」

「お市ちゃん!」

「はいっ!お願いしますっ!」

 

 未だ金縛りが解かれない市の身体を聖刀が抱えて眞琴の傍まで連れて行き、力の抜けた眞琴の手を市がしっかり握る様に支える。

 

「まこっちゃんっ!がんばってっ!まこっちゃんっ!!」

 

 市が呼び掛ける間も祉狼は眞琴の口から病魔に冒された血を吸っては吐き捨て続けた。

 

〈卑弥呼様、貂蝉様、お市様の金縛りを解く事は出来ませんか?〉

 

 遊撃の為に隠れている小波が句伝無量で問い掛ける。

 

〈できない事はないんだけどねぇ?〉

〈わしらの解呪では奴が止めている鬼共も一緒に動き出してしまう。今、戦いを再開したら小谷は落とされるぞ。〉

 

 念話の最中も貂蝉と卑弥呼は油断無くザビエルを睨んでいた。

 

「まこっちゃんっ!死んじゃ嫌だよっ!がんばってっ!」

 

 動かせない手に伝わる眞琴の体温が次第に冷たくなって来る。

 

「まこっちゃんっ!」

「眞琴ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 祉狼は心臓マッサージの為に眞琴の胸を押し、同時に氣を送り込んで体内の代謝機能を活性化させる。

 

「かはっ!げほっ!げほっ!」

 

「まこっちゃんっ!」

 

 市の声はそれまでの悲痛な物から希望に満ちた物に変わった。

 

「ふぅ………もう大丈夫だ♪頑張ったな、眞琴♪」

「祉狼…にいさま………………ありがと……………ございます♪」

 

 祉狼も眞琴も口元を血で汚していて二人ともまるで吸血鬼の様だったが、眞琴の祉狼を見る目はこれまでの尊敬とはまた別の色が加わっていた。

 そこにわざとらしい拍手の音が割り込んで来る。

 

「成程、これは見事な治療術ですね♪長久手の時よりも数段手際が良くなっていますよ♪」

 

「ザビエル!貴様、やはり長久手の鬼子とリンクしておったな!」

「ええ、その通り♪おっと、そろそろ自己紹介を致しましょうか。我が名はフランシスコ・デ・ザビエル。既にご存知の通り、この日の本を鬼で埋め尽くそうとしている者ですよ♪華?伯元くん、君はとても素晴らしい♪その強い意思の籠もった光を放つ瞳はまるで左慈を見ている様です♪何よりお尻がとても可愛らしい♪」

 

「ぬわんですってぇえええええっ!祉狼ちゃんのお尻が可愛いのは認めるけど、あんたの狙いは祉狼ちゃんなのねぇええええええっ!」

「やらせはせんっ!やらせはせんぞぉおおおおおおおおおおっ!私が居る限り、祉狼ちゃん守り抜いて見せるわぁあああああああああああっ!!」

 

 漢女は逆鱗に触れられ、理性を失いザビエルに殴り掛かる。

 

「これは拙い♪つい本音が出てしまいました♪」

 

 ザビエルは漢女二人の拳を躱し、それでも嗤い続けていた。

 

「挨拶も済みましたし、今日はこの辺りでお暇しましょう♪華?伯元くん、もっともっと強くお成りなさい♪強くなった君を完膚無きまでに叩きのめし、絶望して打ち拉がれた君が私に真名を預ける日を楽しみにしていますよ♪はぁーーーーーっはっはっはっはっはっ♪」

 

 貂蝉と卑弥呼の攻撃を躱していたザビエルの姿が突如掻き消える。

 

 その瞬間、市の金縛りが解け、眞琴と祉狼に声を上げて泣きながら抱き付いた。

 そして金縛りが解けたのは浅井衆と鬼もであり、馬出で金縛りになりながらも事の顛末を見聞きしていた者達は奮い立って鬼の迎撃に向かった。

 しかし、声の届かない場所に居た者達は何が起こったのか判らず、目の前の鬼達が先に動き出すのではと気が触れる寸前まで精神的に追い詰められていた。

 その様な状況で金縛りが解かれ、城壁を守っていた部隊では恐慌が起こり、その隙に堀を泳いで来た鬼に取り付かれてしまう。

 

「祉狼!眞琴ちゃんは勿論、お市ちゃんもさっき泣き叫んで大声が出せない!お前が小谷のみんなを鼓舞して落ち着かせるんだ!」

「判った!」

 

 聖刀に促され、祉狼はその場で大きく息を吸い込んだ。

 

 

「小谷城の勇者達っ!俺は織田三郎久遠信長の夫!華?伯元祉狼だっ!先程の金縛りは敵の首魁、ザビエルの妖術だ!しかしっ!そのザビエルは貂蝉と卑弥呼によって退けられたっ!現在援軍が小谷に向かって来ている!三日だっ!三日で援軍が到着するっ!それまではこの俺がみんなを死なせはしないっ!全員生き延びて眞琴と市を笑顔にするぞっ!!」

 

 

 祉狼の声は戦う者達全てに届く程よく通った。

 ザビエルの声もよく通る声だったが、祉狼の声は聞くだけで心が燃えて来る希望を湧き上がらせる。

 

『『『うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ』』』

 

 恐慌に陥っていた者達も正気を取り戻し、心に炎を滾らせて迫り来る鬼を迎え撃つ。

 

「わしらも行くぞっ!貂蝉っ!」

「モチロンよ、卑弥呼っ!祉狼ちゃんの可愛いお尻を狙うだなんてっ!わたしの怒りは有頂天よぉおおおおおっ!」

「祉狼ちゃんの可愛いお尻はわしらが護るっ!それと、それを言うなら怒髪天だっ!バカ弟子がっ!」

 

 貂蝉と卑弥呼が大手門を飛び越え、堀に架かった橋で密集する鬼の中に降り立ち力任せに粉砕し始めた。

 大手門を守る鉄砲隊が歓声を上げ、その声に馬出に居る市と眞琴も奮え立つ。

 

「お市ちゃん、僕は右手の支援に入る。左手をお願いしてもいいかな♪」

「はいっ!聖刀お兄ちゃん!祉狼くん!まこっちゃんをよろしくねっ!」

「ああ♪任せろっ♪怪我人が居たらここに連れてくる様に指示も頼むっ!」

「それこそお願いしますだよっ♪さあ!みんなっ!いっくよぉおおおおおおおおおっ!!」

 

『『『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!』』』

 

 この後、戦いは十五分程で鬼が退却を始め終了となった。

 戦いその物は観音寺城戦や二条館戦に比べればかなり小規模と言ってよかったが、ザビエルが初めて姿を見せた戦いであり、その意味はとても大きな物となった。

 何よりザビエルが祉狼のお尻を狙っている話は、瞬く間に全国に知れ渡る事となったのだった。

 

 

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 二日後、祉狼が伝えた日数よりも一日早く連合軍の先頭が到着した。

 怒濤の勢いで琵琶湖東岸を北上して、最初に小谷城に雪崩れ込んだのは久遠を中心にした祉狼の嫁達だ。

 

「祉狼は無事かっ!!?」

 

 久遠は馬に跨がったまま開口一番そう叫んだ。

 秋も深まりかなり涼しくなっているのに、汗を滝の様に流し、砂埃で顔は汚れ、髪もバサバサになっている。

 続く結菜、一葉、壬月、麦穂、雹子、エーリカ、歌夜、不干、松、竹、梅、転子も久遠と同じ様な状態で、肩で息をして目を血走らせていた。

 いや、彼女達はまだマシな方だ。ひよ子、詩乃、双葉、雫はその後ろで馬の背に突っ伏している。

 双葉を支える幽。久遠の守り役として併走した桐琴。この二人が肩で息をする姿など滅多に見られる物ではない。

 付いて来られた兵は極僅かで、本隊の殆どは母衣衆、松平、六角、松永が手分けをして、今も小谷に向かって来ている最中だった。

 

「久遠♪それにみんなも♪一乗谷救援の為にそこまで急いでくれるなんて、凄い…」

「「「ちっがぁああああああああああああうっ!!」」」

 

 久遠、一葉、壬月がハモって怒鳴り、一緒に立ち眩みを起こして馬から落ちそうになった。

 

「祉狼!ザビエルに何もされてないっ?」

 

 馬から飛び降りた結菜が祉狼に駆け寄る。

 それを合図に他の祉狼の嫁達も馬から降りて結菜の後に続いた。

 尤も動ける者だけだが。

 

「は?鬼の毒を飲まされたのは眞琴だぞ?」

「結菜お姉ちゃん、祉狼くんが心配なのは判るけど、少しはまこっちゃんの事も気にかけてよ………」

 

 祉狼の後ろに居た市が口を尖らせて不満そうだ。

 その横で眞琴が苦笑いをしている。

 

「あ!ご、ごめんなさい!眞琴、具合は大丈夫?」

「はい♪祉狼兄さまのお陰ですっかり♪」

 

 ガッツポーズで力瘤を作って見せる程、眞琴は回復していた。

 むしろ以前よりも頼もしく感じられるくらいである。

 

「結菜、挨拶は後じゃ!浅井新九郎、戦況を知らせい!」

「えっ…………あなた様はもしかして……………」

 

 一葉と初対面の眞琴だが、一葉の放つ凰羅と鎧に意匠された五七桐で誰だか察した。

 

「お、お初にお目にかかりますっ!公方様っ!ボ、ボク、いえ!私は浅井家当主の…」

「だから挨拶は後でゆっくりしてやるっ!早う戦況を言えっ!」

「は、はいっ!二日前の襲撃以降、鬼は攻めて来ていませんっ!それ所か大岩山の鬼が越前に向けて移動を始めている様に見受けられ、現在草を放って確認している最中ですっ!」

「鬼が逃げているだとっ!?ならば直ぐさま追い打ちを掛けるぞっ!」

 

「落ち着け、一葉!おい、幽!この猪公方をどうにかしろ!」

 

 久遠に言われて幽がやれやれと一葉の横にやって来る。

 

「公方様、鬼の行動が我らを誘い出す罠の可能性が有るのですぞ。ザビエルが居る以上、警戒は充にするべきでございます。」

「ザビエル!そうじゃ!あやつ、主様のお尻を狙うなど言語道断!主様、余が主様のお尻を守ってみせるぞっ!」

 

 一葉は祉狼を抱き締め、豊満な胸に祉狼の顔を押し付けた。

 

「むぎゅ!か、一葉が背中を守ってくれるのは心強い。でも、一葉は俺だけではなく、日の本の人全てを守る為に戦ってくれ♪」

「何を言うておる!ザビエルは主様の事を狙うと言うたのであろう!?」

「ん?ああ………あいつは俺が実際に眞琴を助けたのを見て、まだまだ修行不足なのを見抜いていた。俺を絶望させると言っていたから、むしろ俺は一葉やみんなが眞琴みたいに鬼の毒を飲まされるのではと心配だよ………」

「んん?…………」

 

 一葉は早馬で届けられた書状に書かれたザビエルの言葉は間違いだったのかと首を捻った。

 そこに小波が一葉に句伝無量で告げる。

 

〈公方様、失礼いたします。ご主人さまは男色をご存知無い様です。故にザビエルの真意に気付かれていらっしゃらないご様子。私の独断でお教えしないでおりました。〉

〈うむ!でかした!主様には不要な知識じゃ♪〉

 

 一葉との句伝無量での会話を終えてから、小波が祉狼達の前に姿を現した。

 

「お待たせ致しました。鬼は大岩山から順次撤退を開始しております。そしてこれは間違い無くこちらを誘い込む策です。何箇所かに鬼を潜ませているのも確認致しました。」

 

 小波の報告に全員が頷く。

 久遠は詩乃と雫に作戦を考えさせ様と目を向ける。

 二人は疲れた身体を引き摺って祉狼達の前に出た。

 

「お、鬼の奇襲は我らが警戒して足を遅くするのが目的。その間に越前を落とそうと言うのでしょう。」

「やっぱりそうなんだな。よし!一乗谷にも俺達が先行して援軍の到着を知らせよう!」

 

「「絶対に駄目だっ!!」」

 

「お、おう………」

 

 久遠と一葉に詰め寄られ祉狼がたじろぐ。

 それくらい二人の迫力は鬼気迫る物が有った。

 そんな祉狼に言い聞かせる様に雫が説明する。

 

「いいですか、祉狼さま。ザビエルの目的には祉狼さまを手に入れる事も含まれているのが判明したんです。奇襲の混乱に乗じて祉狼さまを拐う事だって考えられるのですから、先行なんて以ての外ですよっ!」

「そうか………俺を排除して治療をさせないつもりなんだな!なんて卑怯な奴だっ!」

 

 確かにそれも有るだろうが、それは飽くまでもザビエルが目的を果たした後に付随する副産物的効果に過ぎない。

 祉狼の嫁達は敢えて訂正せず、祉狼にはそう思わせておく事にした。

 

「久遠さま。一乗谷に向かう際の布陣ですが、祉狼さまを中心に十重二十重の防御陣を組もうと思いますが如何でしょう。」

「うむ、それが良いな。」

「何っ!?それじゃあ前線で傷ついた人の治療が遅れるじゃないかっ!」

「怪我人は直ぐに祉狼さまの下に搬送出来る手筈も考えます。その為のゴットヴェイドー隊ですよ。応急処置ならば隊士にも出来る様に訓練もしています。」

「そ、そうか…………判った………」

 

 詩乃からも有無を言わせぬ気迫を感じて大人しく引き下がる祉狼だった。

 

「あの、詳しい報告や一乗谷に向かう為の軍議も有りますから先ずは城に。全軍が揃うまで時間も有りますし、みなさん汚れを落とされては如何でしょう?」

 

 眞琴の提案に久遠達はやっと自分達の姿が凄い事になっているのに気が付いた。

 

「あ!その前にお姉ちゃんにお願いが有るのっ!」

 

 市が久遠に改まって頭を下げる。

 

「お姉ちゃん!市とまこっちゃんも祉狼くんのお嫁さんにさせて下さいっ!」

「うむ、認めよう。」

 

「ええっ!?そんなあっさり!?」

 

 驚いているのは眞琴だ。

 前に祉狼が小谷に来て以降の祉狼の嫁取りを知らないが眞琴は、もっと色々な問答が有る物と思っていた。

 

「市は勿論、眞琴の事も我はよく理解している♪拒む理由は無いな♪」

 

 久遠に面等向かって信頼を口にされ、眞琴は感動で目頭が熱くなる。

 

「あ、ありがとうございます!久遠お姉さまっ♪」

「奥の事は結菜に任せてあるから、後で結菜とよく話し合え♪とにかく先ずは風呂だ♪」

 

 

-5ページ-

 

 

 久遠達が風呂に入ってさっぱりした後、直ぐさま軍議が開かれた。

 一乗谷への進軍で、本隊の中心に祉狼、久遠、一葉、結菜、双葉、幽、詩乃、雫、聖刀、狸狐、卑弥呼、貂蝉。

 その周りを久遠の馬廻り、足利衆、ゴットヴェイドー隊、母衣衆が囲み、先鋒を森一家、その後ろに柴田衆、丹羽衆、浅井衆と続き、本隊の後ろに六角衆、松平衆、殿に松永衆と決まった。

 翌日には京から北上してきた全部隊が到着し、早速再編が行われる。

 特に六角衆は観音寺城を通過する際に増強が図られ連合軍の総数は五万となり、数の上でも不安は無くなった。

 次の日の早朝、遂に一乗谷の救援、及びザビエル討伐の軍が小谷城を出陣した。

 

「お市さまと眞琴さまの初夜はこの戦の後なんですか!?」

 

 ひよ子が市と轡を並べて話をしていた。

 市と眞琴は今のゴットヴェイドー隊と、もっと親睦を深めようと下がって来ている。

 

「そうなんだよねぇ。まあ、戦の最中だしね。それから結菜お姉ちゃんが祉狼くんの氣を消耗しない為って言ってたけど、男の人ってそんなに消耗するの?」

「ええと、それは……………お頭の場合は私達の所為と言いますか…………」

 

 ひよ子が顔を赤くして言葉に詰まるので市が察した。

 

「うわぁ、ひよったら大人しい顔してるくせに、夜は祉狼くんにそんなにせがんじゃうんだあ♪」

「それはそのっ!……………だってぇっ!」

「市、ひよ子ちゃんが恥ずかしがってるじゃないか。意地悪をしちゃ駄目だよ。」

「でも、まこっちゃんだって気になるでしょ?祉狼くんがどんな風に愛してくれるのか♪」

「そ、それはっ!…………公方様からも色々と教えて頂いたけど…………」

「へ?まこっちゃん、公方様と剣術の話をしたんじゃなかったの!?」

「さ、最初は剣術の話だったよ!それがいつの間にか祉狼兄さまの話になって………」

 

 ひよ子は一葉が眞琴に何を話したのか非常に気になったが、それ以上に重要な事を思い出した。

 

「お市さま!眞琴さま!昴ちゃんから教えてもらったんですけど、戦の前に『この戦が終わったら結婚するんだ』みたいな幸せになる事を口にすると命を落とすという言い伝えが有るそうなんです!」

「は?何それ?来年の話をすると鬼が笑うみたいな物かな?」

「これはお頭のお母上と皇帝である伯父上様が元いらっしゃった世界でとても有名で、『死亡ふらぐ』と呼ばれ恐れられているそうです!」

「『ふらぐ』の意味がよく判らないけど、祉狼兄さまのお母上のお言葉ならその通りにした方が良いね、市。」

「そうだね、まこっちゃん。」

 

 眞琴と市は二刃と直接会う事は出来なくても、短い手紙の遣り取りは出来ると祉狼から教えて貰っていたので、少しでも二刃に気に入られようとしていた。

 そんな時に足軽達の騒ぐ声が聞こえて来る。

 

「鬼だぁああああっ!鬼が出たぞっ!!」

 

「市っ!」

「うん!まこっちゃん!さっき少しだけ戦の後の事を話しちゃったからね。鬼を倒して厄払いしようっ!」

 

 二人は騒ぎの起きている方へ馬を走らせた。

 こんな形で散発的に鬼の奇襲を受けながら北へ向かう鬼を追撃して行く。

 昼の間に距離を詰めても夜には離されを繰り返し、三日後には一乗谷の近くまで到着した。

 一乗谷城は南北に伸びる谷を利用した山城である。南北双方に城戸が有り、北は一乗谷川が流れ込む足羽川が天然の堀となって攻め辛く、南は山間なので大軍が攻め込む事が出来ない地形となっていた。

 一乗谷の西に在る城山に本陣を置き、東に北の城戸に向かう道、南南西に南の城戸へ向かう道を視界に入れて軍議がなされた。

 

「このまま鬼を行かせてはいくら一乗谷が天然の要害とは言え、突破されるのは時間の問題です。ここは鬼が攻めあぐねている背後を急襲すべきでしょう。」

 

 詩乃の提案に一葉が問い掛ける。

 

「北と南、どちらにザビエルが居ると見る?ザビエルに逃げられては意味が無いぞ。」

「ザビエルは妖術を使い神出鬼没だと小谷の戦いで判明していますので、どこに居ると考えるのは危険です。それにザビエルは逃げません。必ず祉狼さまのいらっしゃる本隊のいる場所に現れます。たとえ金縛りの術を使っても卑弥呼さまと貂蝉さまが破って下さると保証して下さいました。ならばここは正攻法を取り鬼の数が多い北に本隊を、南に松平、松永、六角の軍で寄せるのがよろしいかと。」

 

 久遠はパンと膝を叩いて立ち上がる。

 

「ザビエルを引き付けるか…………奴が祉狼を狙って現れた所を我らが全力で仕留めてくれる!」

 

 久遠の言葉に本陣の皆が頷いた。

 本陣から全ての将兵に作戦が伝えられ、準備の完了を確認すると遂に陣太鼓が打ち鳴らされる。

 南を松平衆が、北を森衆が先陣を切って鬼の群れに突撃して行く。

 

「行くぞっ!クソッタレ共っ!目の前の獲物は森一家のモンだっ!狩って狩って狩りまくれぇえええええっ!!」

『『『ひゃっはぁあああああああぁぁぁあああああああぁああぁぁあああああああああああああっ♪』』』

 

 桐琴の嬉々とした号令に、森一家の荒くれ者達が鬼の群れに襲い掛かる。

 

「殺るぞっ!クソガキッ!!」

「おうよ!母っ♪」

 

 中でも桐琴と小夜叉の親子が突出して群れへと飛び込んで行った。

 

「森家御家流っ!」

「刎頸二十七宿っ」

 

 蜻蛉止まらずと人間無骨の穂先が光を宿し、長大な光の槍となって目の前の鬼を三百は一気に斬り捨てる。

 

「がっはっはっはっはっはっ♪気兼ねなくこいつをぶっ放せるのは爽快じゃっ♪」

「まったくだなっ♪母っ♪」

「んん?クソガキ、貴様も雹子みたいに旦那の処に居っても構わんのだぞ。」

「こんな面白え((戦場|いくさば))をてめぇに独り占めさせっかよ♪母こそ若い旦那ほっぽいといていいのかあ♪」

「こんなモン只の手慣らしよっ♪祉狼を狙って強いのが現れるに違いないからな♪そうしたらワシは取って返してそいつらを皆殺しじゃっ♪」

「けっ!考える事は一緒かよっ!」

「ほれ、次が来る♪今度もワシの方が多くぶっ殺してしまうぞ♪」

「んだとおっ!さっきもオレの方が多かったに決まってんだろっ!」

 

『『『げぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああああっ』』』

 

「「うるせぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!」」

 

 迫り来る鬼の大軍を、またしても御家流刎頸二十七宿の二重攻撃で切り捨てる。

 

 森一家の戦い振りを第二陣、第三陣の壬月と麦穂が眺め、戦況を見定めていた。

 

「あの母子は相変わらずだな。」

「小夜叉ちゃんもこの戦の後には『鬼武蔵』と呼ばれるかも知れないですね♪」

「織田の家中も鬼で溢れそうだ♪さて、私は右手のを攻める。左手は任せたぞ、鬼五郎左♪」

「はい、ご武運を。鬼柴田さま♪」

 

 麦穂を見送った壬月は柴田衆を右手の鬼に向かって突進する。

 その手には金剛罰斧が握られていた。

 

「先ずは私が一撃を加えるっ!その後、鬼共を蹂躙せよっ!」

 

『『『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ』』』

 

 壬月が馬から飛び降り、金剛罰斧を腰溜に構えて氣を練り始めた。

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ」

 

 金剛罰斧が見る見る内に大きさを増して行き、どう見ても人の持てる大きさには見えないサイズまで巨大化した。

 

「消し飛べっ!!」

 

 それはもう斧の一撃では無い。

 まるで爆撃機から投下された爆弾が爆発した様な衝撃が鬼の群れを襲った。

 

ズゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!

 

 地面も吹き飛び大穴となり、大穴の周囲も吹き飛ばされた石が砲弾となって鬼を襲う。

 鬼が密集していた事もあり、二百は確実に塵となった。

 

「鬼共は怯んでいるぞっ!かかれっ!かかれっ!!かかれいっ!!!」

 

 『かかれ柴田』の本領と言わんばかりに、壬月の号令が鬼の咆哮を凌駕して戦場に響き渡る。

 音に聞こえた柴田衆の猛攻が鬼を駆逐していった。

 左手に向かった麦穂の丹羽衆は派手さが無いものの、確実に鬼の数を減らしていく。

 

 一方、南の松平衆も歌夜と綾那が居ないにも関わらず、猛攻で鬼を次々と塵に返していた。

 

「皆の者っ!この戦で三河武士の強さを日の本全土に知らしめよっ!日の本を汚すザビエルを決して逃すなっ!!」

『『『うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!』』』

 

 松平衆の戦い振りを白百合と四鶴と慶が後方から眺めている。

 

「おうおう♪葵の奴、桐琴に負けじと勇んでおるわ♪」

「葵殿は変わられたのぉ。全身から闘気が溢れておられる。」

「それも聖刀様のお力なのでしょう♪恋する女は強くなるものです♪少し羨ましく思いますね♪」

「聖刀様はやらんぞ。」

「はいはい、ここにも恋に狂った女が居りましたね………」

「おうさ♪我は今、数寄以上に聖刀様に狂っておるぞ♪四鶴殿も慶殿も今一度恋に狂って見るがいい♪祉狼様ならば否とは言うまい♪」

「な、何を言うておる!儂の様な婆に言い寄られては祉狼さまも迷惑に決まっておるわ!しかし、慶ならば………」

「し、四鶴さまこそお戯れをっ!娘達の良人に言い寄るなどはしたない事は出来ません!」

「いやいや、不干殿の母、美濃の佐久間出羽介殿も祉狼様の愛妾のひとり。親子で愛妾となる事を結菜さまが勧められたそうじゃ。慶ならば結菜さまもお許し下さるじゃろう♪」

「四鶴さま、お戯れが過ぎますよ!今は戦に集中して下さいませ!」

 

 その時、鬼の動きに変化が生じた。

 

「鬼が分散し始めた!今こそ鬼共を根切りにする好機ぞっ!!」

 

 白百合、四鶴、慶の号令で松永衆と六角衆が散っていく鬼に追討ちを開始した。

 この鬼の動きは南側だけではなかった。

 北側でも鬼が分散し、北の城戸に麦穂の丹羽衆が一番乗りを果たす。

 その報が本陣に届けられたが、伝えられた内容に全員が驚愕する。

 

 

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「一乗谷に人影が無いだとっ!?」

 

「はっ!我ら丹羽衆が声高に援軍の到着を呼びかけましても、返ってくるのは木霊ばかり!五郎左衛門尉様も警戒して城戸より中に入られておりませんっ!」

 

「まさか…………一乗谷は既に………」

 

 双葉の口から皆の考えを代弁する呟きが漏れた。

 これに反応したのは眞琴だ。

 

「そんなっ!義景姉さまが鬼を相手に遅れを取る筈がないっ!きっと一乗谷を放棄して他の城に逃れたに違いありませんっ!!」

 

 

『いいえ♪皆さんのご想像通り、一乗谷はとっくの昔に落ちていましたよ♪』

 

 

 突然聞こえた声。

 それが誰か、眞琴が聞き間違える筈がない。

 自分に鬼の毒を飲ませた男、ザビエルの声なのだから。

 虚空から聞こえるえその声は句伝無量とは違い、間違い無く耳で聞こえ、戦場にいる全ての人の耳に届いていた。

 

『あなた方の戦っていた鬼が何者かお解りですか?そう、あなた方が助けるつもりの越前の武士と領民ですよっ♪あぁーーーーーーーーーっはっはっはっはっはっは♪』

 

 ザビエルの言葉に祉狼の目が小谷の時以上の怒りに燃えた。

 祉狼だけではない。

 連合軍の全ての将兵がザビエルに対して憤怒を向ける。

 

『そうそう、朝倉義景ですが、まだ生きていますよ♪一乗谷の中程に在る朝倉屋敷で、この私の横でね♪お疑いですか?では声を聞かせて差し上げましょう♪』

 

『うぁああああああああああっ!………あぐぅうううううっ!………ひぎぃいいいいいっ!』

 

「義景姉さまっ!ザビエルっ!貴様あぁあああああああっ!!」

 

 義景と一番親しい眞琴が認めた事で、それが朝倉義景の声に間違いない事が証明された。

 

『おやおや、陣痛が始まって言葉にならない様ですよ♪』

 

「…………陣痛…………だと…………」

 

『間も無く戦国武将朝倉義景を母にした鬼子が誕生するのです♪』

 

「そ、そんな……………馬鹿な………義景姉さまの最後の手紙からまだ半月も経っていないっ!!」

 

『折角ですからもうひとつ種明かしをしましょう♪一乗谷は華?伯元くんが初めて小谷を訪れた頃には、既に私の手中でしたよ♪偽の手紙と幻術に惑わされた草の報告を鵜呑みにしていたのですよ、あなた方は♪はぁーーーーーーーーーーーーっはっはっはっはっはっはっはっはっ♪』

 

 ザビエルの哄笑に祉狼が怒りにぶち切れた!

 

 

「ザビエルっ!!貴様だけは絶対に許せんっ!!朝倉義景を必ず救い出しっ!!鬼子も人の子に戻して貴様の企みを阻んで見せるっ!!!」

 

 

『聞こえましたよ、華?伯元くん♪さあ、私は朝倉屋敷居ますよ♪鬼子が産まれれば朝倉義景の心は完全に壊れてしまいますよ♪早く来ないと手遅れになりますよぉおおおおおおお♪』

 

 もう祉狼の耳にはザビエルの声が聞こえていない。

 久遠が声を掛ける間も無く祉狼は北の城戸に向かって駆け出していた。

 祉狼を追う形で聖刀、貂蝉、卑弥呼が続き、久遠達も馬に飛び乗ってその後を追う。

 疾風となって戦場を走る祉狼達四人と怒涛の勢いで馬を駆る本陣の久遠達。

 その行く手を森衆、柴田衆、丹羽衆が鬼を押し返し、道を作る。

 ゴットヴェイドー隊と母衣衆が久遠達を守り、通過した後から全ての武士が共に一乗谷の城戸へと向かう。

 南側でも松平衆、松永衆、六角衆が城戸を越え、無人の一乗谷を朝倉屋敷目指していた。

 その目は誰もがザビエルに対しての怒りに燃え、朝倉義景の救出を願っている。

 

 祉狼は城戸を越え、一乗谷川に沿った道を駆け抜ける。

 左手に見えた大きな屋敷にザビエルの禍々しい氣と強大な病魔の影を見た。

 

「そこかぁああああああああああああああああああっ!!」

 

 祉狼の手甲に収められた金鍼が輝き、身震いをしている。

 これから対峙する強敵に、武者震いをしているかの様だ。

 祉狼が屋敷に飛び込むと、全ての襖が勢い良く開いた。

 しかし屋敷に居る人影は二人だけで、襖の影に隠れている様な気配は一切無い。

 

 黒い修道服のザビエルと全裸で手足を縄で縛られ梁から吊るされた妊婦。

 

 その光景に祉狼の怒りの凰羅が吹き上がった。

 

「祉狼っ!落ち着いてっ!!ザビエルの相手は僕達がするっ!祉狼の敵は病魔だっ!!」

 

 聖刀の声に無言で頷き、祉狼はザビエルを視界から消し朝倉義景に集中する。

 お腹の大きくなった朝倉義景の足元には羊水が水溜まりを作っていて、破水している事が判った。

 義景の顔を見るとその目は強い意志を宿している。

 

「おね………がい…………おにが…………………うま…れる……まえに…………………わたしと………いっしょに………………………………ころして…………」

 

 

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「見えましたっ!あれが朝倉屋敷ですっ!!」

 

 眞琴の先導で馬を駆る久遠達。

 朝倉屋敷から発せられる禍々しい空気は全員が感じ取っていた。

 

「眞琴さまっ!危ないっ!!」

 

 昴が馬上から双剣を抜いて空中に躍り出る。

 

ギィイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!

「ギャシャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 昴は空中で一匹の鬼の爪を受け止めた。

 

「鬼子じゃっ!!殿を守れっ!!」

 

 桐琴の声に母衣衆が久遠達の前に壁を作る。

 

「あれが鬼子かっ!」

 

 久遠が鬼子の姿を捉えた瞬間、付近の家が次々と爆発した。

 いや、正確には内側から強烈な力で破壊され、中から鬼子が現れ飛びかかって来たのだ。

 

ガキィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインッ!!

 

 鬼子の数は十匹。

 その全ての攻撃を防いだ。

 

「この和奏様が殿には指一本触れさせないぞっ!」

「赤母衣筆頭!槍の又左がお相手するわんっ!」

「昴ちゃんの言う通り、早さも力も相当だねぇ〜。でも、雛は負けないよぉ〜!」

「小百合!もっと踏ん張ってっ!」

「桃子こそもっと力いれてよっ!

「今の鞠は頭にきてるから手加減抜きだよっ!」

「前の鬼子のよりも何だか弱い気がするですね?その程度じゃ綾那は殺れませんよっ♪」

「初陣から鬼子の相手とは、夢はついてるです♪退きの佐久間の娘の力見せてやるですよぉーー♪」

「おチビさん達に負けていられませんわ!この蒲生忠三郎梅賦秀っ!愛するハニーの為にここは守り抜いて見せますっ!!」

 

「てめぇらみたいなのが出てくるのを待ってたぜぇえええええっ♪」

 

 小夜叉が嬉々として人間無骨を構える。

 

「森の鶴紋なびかせて!尾張が一の悪ざむらいっ!森の小夜叉たぁオレのことよっ!!ちったぁ歯ごたえの在るとこみせやがれぇええええっ♪ひゃっはああああああああああああ♪」

 

 小夜叉の槍捌きに鬼子が完全に守りに入っていた。

 鬼子自体は長久手の時よりもザビエルが手を加えて強くなっているのだが、それ以上に小夜叉の腕が上がっているのだ。

 

「おいっ!がもちょろぎ!ここはオレらに任せて、殿を守って祉狼の所に行きやがれっ!」

 

「が、がもちょろぎ!?蒲生家の伝統ある髪型をちょろぎ扱いなさいますのっ!?」

 

 鬼子の攻撃を捌きながら、梅は小夜叉に文句を言い放つ。

 その梅に桐琴が加勢に入った。

 

「今はあのクソガキの言う通り、ここはワシらに任せて祉狼を助けに行け!」

「と、桐琴さん………判りましたわ!こちらはお任せ致します!ご武運をっ!」

 

 梅が久遠達と共に朝倉屋敷に向かったのを視界の端で確認しながら、桐琴は鬼子を見て思う。

 

(出来れば人に戻してやりたい所じゃが、全ては祉狼が朝倉と胎児を救う事が出来るか。出来たとしても、その後で十匹もの鬼子を人に戻せるのか…………その時はワシが三途の川を渡らせてやる。恨むならワシを恨めよ、鬼子共………)

 

 

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「ザビエルちゃん、于吉ちゃんだってそこまで外道じゃなかったわよ!」

「貴様!何故そこまで歪んだっ!」

 

 貂蝉と卑弥呼の拳と蹴りを見切って、舞う様に躱していくザビエル。

 

「私は元々于吉の北郷一刀を憎む心から生まれた影。北郷一刀に連なる者が苦しむ姿を見る事が私の生き甲斐なのですよ♪」

「それならお前の本当の標的は僕って事か!」

 

 聖刀も攻撃に加わるが、それでもザビエルを捉える事が出来なかった。

 

「ええ♪貴方にも勿論苦しんで貰いますよ、北郷聖刀♪そして貴方が惨たらしい死に方をすれば、父親の北郷一刀がどれだけ嘆き悲しむか♪考えただけでゾクゾクしますねぇ♪」

「本当に悪趣味ね、あんた!」

「根っから腐りきっておる!」

「はははははははははは♪私にとってそれは褒め言葉ですよ♪気分が良いのでもっと教えてあげましょう♪」

 

 于吉は屋敷の中から庭に飛んで庭石の上に着地する。

 

「本当はこの一乗谷で貴方達を殺し、女共を全て捕らえて朝倉義景と同じにするつもりでした。しかし、それ以上に華?伯元くんの成長が楽しみになりましてね♪計画をもう少し先に伸ばす事にしました。だって華?伯元くんが絶対の自信を持った時に絶望した方がより楽しいじゃないですか♪」

「舐めるでないぞ、ザビエル!祉狼ちゃんは勿論、久遠達を甘く見るでないわ!」

「恋する女の強さを思い知らせてあげるんだからっ!」

「ええ、見せていただきましょう♪ああ、私の最終目的もお話しておきましょう♪私にとってこの外史は実験場に過ぎません。この外史で育てた鬼を北郷一刀の居る全ての外史にばら撒いてやるのです♪無限に増え続ける鬼に北郷一刀は何度転生しても不幸な結末を迎える♪ん〜〜〜♪実に気分が爽快になる♪」

「こやつ…………管理者から完全に逸脱しておる…………」

「もしかして、于吉ちゃんは自分の中に芽生えた管理者として不要な感情を、分離させたのがこいつなんじゃないかしら?」

「ふっふっふ。もしそうなら私は感謝しますよ♪今の私は何の抑圧も無く!思うがままに行動出来るのですからっ♪」

「管輅め!こやつの存在に気付いてわしらをこの外史に送り込んだなっ!」

「そういう意味では正解だけどぉ〜、事前に説明して欲しかったわねぇ〜………」

 

「華?伯元くんが朝倉義景と鬼子の治療を始めますよ♪加勢しなくて良いのですかぁ♪」

 

 ザビエルの指差した先では、祉狼が金鍼を抜いて義景にゆっくりと近付いて行く所だった。

 祉狼はいつもと違い、静かに呼吸を整え倒すべき病魔を見据えている。

 

「我が金鍼に全ての力。」

 

 義景はこの世に鬼子を解き放たぬ様にこれまで必死に堪えてきた。

 

「賦して相成るこの一撃。」

 

 それももう限界を迎え、胎内の鬼子は産まれ出ようとしている。

 

「俺達の全ての勇気。」

 

 目に映る少年が手に持つ針が、自分と鬼子を葬ってくれると、自分の最後の努力が報われたと安堵の涙を流す。

 

 

「この一撃に全てを賭けるっ!!もっと輝けぇぇええっ!!

((賦相成|ファイナル))っ!!((五斗米道|ゴットヴェイド))ォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォッ!!!」

 

 

 己の腹に差し込まれ貫く金鍼に痛みを感じない。

 それ所かそれまで胎内を襲っていた苦痛までもが消えていく。

 己の胎内から感じていた邪悪な氣も霧散して行くのが判る。

 今まではただ((悍|おぞ))ましいだけだった存在が、急に愛しい我が子と思えて来た。

 

 

「げ・ん・き・に・なれぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!!!」

 

 

 一際強い光と優しく温かい氣に包まれ、義景の心身が癒されていく。

 

 

「祉狼っ!!」

 

 駆け付けた久遠が最初に声を上げた。

 

「おぎゃぁああ!おぎゃああ!おぎゃあああ!」

 

 返事は祉狼が腕に抱いた赤ん坊の泣き声となった。

 

「急いで産湯の用意をしてくれっ!義景さんの縄を解いて横にしてっ!」

 

 祉狼の指示にひよ子達が慌ててお湯を沸かしに行き、眞琴が義景を助けて自分の着物を羽織らせた。

 

 

「いやあ、お見事です、華?伯元くん♪正に『男子三日会わざれば刮目して見よ』と言う通りですね♪」

 

 ザビエルは庭石の上で、又もわざとらしい拍手をして笑っていた。

 

「ザビエルッ!!」

 

 屋敷の中から白い弾丸の様に飛び出した影が光の尾を引いてザビエルに向かって行く。

 

 ザビエルは宙を飛んでその攻撃を躱した。

 

「おやおや、久しぶりの再会だと言うのに物騒ですね。ルイス・エーリカ・フロイス♪」

「黙りなさいっ!この悪魔がっ!!」

 

 問答無用とエーリカは剣を振るい続ける。

 エーリカだけでは無く、聖刀、卑弥呼、貂蝉、そして屋敷から一葉、幽、雹子、歌夜、不干、松、竹、梅、小波も屋敷から走り出て、刀を抜きザビエルを取り囲んだ。

 

「今回はこの辺りが潮時ですか♪」

 

「逃がしはせんぞ!外道っ!!」

 

「そうですか?ならば追って来て下さい♪」

 

 ザビエルの姿が突如地面の下に消えた。

 

「なにっ!」

 

 ザビルが立っていた場所に穴が開いていて、覗き込んだがその深さはどれだけ有るのかまるで解らない。

 

『次は越後でお会いしましょう♪待っていますよ♪はぁーーーーーーーはっはっはっはっはっはっ♪』

 

 地の底から聞こえて来た捨て台詞に全員が地団駄を踏んだ。

 

「くっ!こんな逃げ道を用意しておったとはっ!!」

「流石にこれは追えませんな。公方様、穴に飛び込むなどと言い出さないで下さいませ…………しかし、越後ですか………」

「奴の次の狙いは長尾景虎かっ!!」

 

 一葉と幽の会話でこの場の全員の心は追撃に向けられた。

 

「みんな!屋敷の外の鬼子を人に戻すっ!力を貸してくれっ!!」

 

 祉狼の声に振り向いた一葉達は越後の事を一度心に仕舞い、祉狼と一緒に屋敷の外へと走って行く。

 

 

-9ページ-

 

 

 一時間後、朝倉屋敷の中は十一人の赤ん坊の泣き声で満たされていた。

 

「この度は本当にありがとうございました。この朝倉孫次郎延子義景、心より感謝致します、華?伯元さま。」

 

 生まれたばかりの赤ん坊を抱き、朝倉義景、通称延子は布団に入ったまま頭を下げた。

 

「無理をせず今は身体を休めて。それから俺の通称は祉狼だ。祉狼と呼んでくれ♪」

「はい、祉狼様♪わたしの事も通称の延子とお呼び下さい。」

 

 穏やかに微笑んだ延子は表情を引き締め、一葉と久遠に向き直る。

 

「この度はあの様な輩に不覚を取り、一葉さまから頂いた『義』の名を汚してしまい大変なご迷惑をお掛け致しました。どの様な処罰も受け入れる覚悟は出来ております。」

「こんな目に会ったお主を処罰もなど出来る筈無かろう。余を世間の悪者にしたいのか?」

「そう言うな、一葉。家臣を全て失い当主としての罪を感じておるのだ。何か償いをせねば気がすまんだろう。」

「成程の。ならば似た境遇の者に任せるとするか♪」

「わたしと似た境遇の者?」

「六角承禎じゃ。奴も主様に救われ、国を久遠に譲ったのだ。」

「あの六角承禎が!?…………左様ですか………」

「越前は暫く我が預かってやろう。跡取りと幼い家臣が大きくなるまではな♪」

「幼い家臣…………」

 

 久遠が目を向けたのはひよ子達があやしている十一人の赤ん坊だ。

 

「はい。この子も父親が誰か知る術はございませんが、我が家臣のひとりであった事は間違いありません。鬼にされわたしを襲った彼らを責めるつもりはございませんし、今となっては逆にわたしの心の救いとなっております。この子と共にあの子達を育て上げ、いつの日か朝倉家とこの一乗谷を復活させましょう♪」

 

「うむ♪よくぞ申した♪」

「赤ん坊の未来の為にも越後へ向かい、今度こそザビエルを根切りにするぞ!」

「はいっ!死んでいった者達の無念、何としてもこの手で晴らさねば気が済みませんっ!!」

 

 延子の目に強い意思が宿った事で、延子の心はもう大丈夫だと久遠と一葉は確信した。

 

「久遠さまっ!一大事にございますっ!」

 

 麦穂が慌てた様子で屋敷に飛び込んで来た。

 

「何事だ、麦穂!?」

「え、越後から…」

 

 麦穂が告げようとすると、その背後からひとりの少女が現れる。

 

「自分の口で説明するからいいわよっ!」

 

 空色の外套を羽織り、白い甲冑を身に纏った白髪ツインテールの紅い瞳の少女。

 

「お主は………長尾景虎っ!美空ではないかっ!!何故この様な場所に居るのじゃっ!?」

 

 一葉の問いに一度歯を食いしばり、悔しさを隠さず声を絞り出す。

 

「越後を…………鬼の手から救うのを手伝って!」

 

 

 

-10ページ-

 

 

あとがき

 

 

ホモメガネが好き勝手に暴れ回り、遂に真の目的も明かされました。

祉狼がヒーローとして成長している所もかなり出せたのではないでしょうか。

 

さてさて、『戦国†恋姫X』の公式サイトも公開され、新キャラの紹介もされましたね♪

この外史でも当然出します!早ければ次回にも登場する筈です!

実はこの新キャラ発表の前までは、次は武田と駿府屋形の話に進む予定でした。

北条の新キャラ達が絶対に絡む話になるので、

「このままではお気に入りの愛菜の出番が遅くなりますぞ!どーーーーん!」

と、言う理由で原作通りのルートを辿る事になりました♪

 

朝倉義景の通奏ですが、『延子』は義景と名乗る前の『延景』から決めました。

 

 

《オリジナルキャラ&半オリジナルキャラ一覧》

 

・ 佐久間出羽介右衛門尉信盛 通称:半羽(なかわ)

・ 佐久間甚九郎信栄 通称:不干(ふえ)

・ 佐久間新十郎信実 通称:夢(ゆめ)

・ 各務兵庫介元正 通称:雹子(ひょうこ)

・ 森蘭丸

・ 森坊丸

・ 森力丸

・ 毛利新介 通称:桃子(ももこ)

・ 服部小平太 通称:小百合(さゆり)

・ 斎藤飛騨守 通称:狸狐(りこ)

・ 三宅左馬之助弥平次(明智秀満) 通称:春(はる)

・ 蒲生賢秀 通称:慶(ちか)

・ 蒲生氏春 通称:松(まつ)

・ 蒲生氏信 通称:竹(たけ)

・ 六角四郎承禎 通称:四鶴(しづる)

・ 三好右京大夫義継 通称:熊(くま)

・ 武田信虎

・ 朝比奈泰能

・ 松平康元

・ フランシスコ・デ・ザビエル

・ 白装束の男

・ 朝倉義景 通称:延子(のぶこ)

・ 孟獲(子孫) 真名:美以

・ 宝ャ

 

 

今回はHシーンが有りませんので、tinami、Pixiv共に同じ内容になっております。

 

 

次回から越後編。

今回出番が無かった昴が色んな意味で活躍すると思いますw

 

 

説明
これは【真・恋姫無双 三人の天の御遣い 第二章『三??†無双』】の外伝になります。
戦国†恋姫の主人公新田剣丞は登場せず、聖刀、祉狼、昴の三人がその代わりを務めます。

*ヒロイン達におねショタ補正が入っているキャラがいますのでご注意下さい。
*R-18ですが、今回はHシーンが有りません。

長らくお待たせ致しました。
申し訳ございません。
今回は恋姫†英雄譚3をクリアしていたので遅くなりましたw
多分今回が物語りの折り返し点になると思います。
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コメント
殴って退場さん>太白は子育てで昴の轍を踏まない様にどう対処するでしょうねw(雷起)
神木ヒカリさん>漢女に触れられるのが嫌で、内心必死になって逃げていたのかもw(雷起)
今回はシリアスモードだが、その傍らインテリは相変わらずだし、そして昴の弟か妹が何時の間にできているとは…。太白ちゃんは今度はまともな子を育てて欲しいが…インテリがいるから無理か。(殴って退場)
貂蝉や卑弥呼が一撃も当てられないとか、于吉のくせにやるじゃん。(神木ヒカリ)
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