コントラスト |
コントラスト
「フェイトちゃん、あーん・・・」
満面の笑顔で差し出されるケーキ。
「あ、あーん・・・」
口の中にふんわりと広がるチョコレートの香り。ガトーショコラと呼ばれるそれは甘過ぎず苦過ぎず、ちょっと甘い不思議な味する。喫茶翠屋の2代目と目されていただけあって、なのはの作るケーキは絶品。
「はい、フェイトちゃん、あーんして」
恋人になったらやってみたかったのと、そうなのはは告げた。
食べさせてあげたり、食べさせてもらったりすれば2人共幸せを感じられるはずだよと。
「・・・あーん」
おそらく、なのはの主張は正しいのだろう。
先程から、その・・・あーんてして食べさせてもらっていると、胸が温かくなるように感じる。これがきっと、なのはの言っていた幸せなのだろう。
ただ1つだけ問題は、この行為はとっても恥ずかしい。幸せだし、嬉しさでいっぱいになれるけど、外では出来ないね。
「まだまだあるからね。はい、フェイトちゃんあーんして・・・」
「あーん」
パクリ、と私が食べるたびになのはがとっても嬉しそうな顔をする。
いつもの笑顔とは少し違って、何だか優しい笑顔を見せてくれる。私達は恋人になったけど、まだまだお互いに知らない部分がある。今日のなのはの笑顔だって、昨日までは知らなかった。きっと、明日にはまた違った笑顔を見せてくれる。
そして私は、新しいなのはを見つけるたびに恋をする。なのはの事をもっともっと好きになる。もう、離れる事が出来ないぐらいに・・・。
ところで、私もなのはに食べさせてもらうのは嬉しいし、とっても幸せを感じている。
でもね、手作りケーキと、なのはにあーんして食べさせてもらうのと、なのはの笑顔が目の前にある。こんなにも素敵な三拍子が揃ってしまうと、すぐにお腹がいっぱいになっちゃうから、1ホールも食べられないからね。
◇
―――事の始まりは1週間前だったと思う。ちょうど私がなのはへの想いを書いた次の朝だったはず。
我が家の中でも料理上手なエイミィに先生役をお願いして、私はチョコレート作りの特訓に励んでいました。母さんも上手なんだけど、味付けがちょっとね・・・。
でもお菓子を作るのは想像以上に難しく、湯銭やテンパリングなど、聞いた事も無い手順が待っていた。頑張れば美味しくできるよとエイミィは応援してくれたけど、中々上達しない。なのはの為にと意気込んでいた私だけど、落ち込みそうになる。
そんな私の元に、タイミング良くなのはからの電話がかかってきた。
内容を要約すると、2月14日の学校帰りに翠屋に来て欲しいって事らしい。
勿論、なのはのお誘いならいつでも予定を空けてみせるけど、その日は私もなのはに大切な用事があったから、2つ返事でOKした。
楽しい会話が終わり、外を見てみるともう暗くなり始めていた。でも、元気を分けて貰ったし、元気を取り戻した私は再び難題に立ち向かう。
・・・途中お菓子作りを放り出して3時間程話し込んでしまい、エイミィを呆れさせてしまったのは別の話。
◇
そして2月14日、学校でアリサやすずか、はやて達にチョコレートを渡しているなのはを見ながら内心ドキドキしていた。用事って何かな?
「フェイトちゃんの分は、今日遊びに来てもらった時に渡すね」
なんて笑顔で言うから、緊張するなというのは無理な話だろう。
それに、はやてが語るところによると、バレンタインは女の子が勇気を貰う日であり、恋人達の日。
だから、女の子同士で恋人である、なのはと私は何があっても許されるんや、と力説されてしまった。
その後は真っ赤になっている私の前で、いつも通りアリサが突っ込み、すずかが微笑んでいた。こうなる事が分かっていても、主張する事を止めないはやては大物なのかもしれない。
ただ、いつもなら私と一緒に赤くなっているはずのなのはが、今回は私を見て微笑んでいたのが印象に残った・・・。
そして学校からの帰り道、翠屋に到着してなのはのチョコレートを見た後では、怖くなって渡せなくなると判断した私はチョコレートを渡す事にした。
「にゃはは、ありがとうフェイトちゃん」
渡す時にちょっとだけ勇気が必要だったけど、赤くなりながらお礼を言ってくれるなのはを見ると、頑張って良かったなと思える。
◇
やっとケーキを食べ終わり、紅茶を飲みながら私はほっとしていた。幸せ過ぎる時間が長続きするのは危険。
昔とは違って、随分と我侭になってしまった私・・・なのはとキスをして以来、いつ次のステップへ進むのかとドキドキしている。
「フェイトちゃん、貰ったチョコレート開けても良いかな?」
だから、なのはに御呼ばれして、何か起きてしまうのではないかと、頭の中が大変な事になっている。
「う、うん。どうぞ」
静まるように願っても、心拍数が急上昇していくのを感じる私。その目の前で、嬉しそうに封を解いていくなのは。あぁ、もうおかしくなっちゃう。
リボンや包装紙を綺麗に取り外し、蓋が開けられる。それに合わせるかのように、膨れ上がり暴れだす心臓の音。き、聞こえたりしないよね?
なのはみたいに料理が上手くない私は1ヶ月程特訓をした。しかし結局は、美味しいかどうか分からないチョコレートになってしまった。
でもね、なのはが大好きだって気持ちはいっぱいで、溢れる程に込めた。だからそれを感じてもらえると嬉しいんだけどな。
「わ〜、可愛いね」
そう言ってなのはが取り出したのは、小さなチョコレート。ハートの形に固めて、ビターとホワイトを入れたけど・・・ちょっとゆがんでしまって、可愛いかどうかは微妙なところ。
「ごめんね、なのは。頑張って作ったんだけど・・・その・・・こんなのじゃなのはのとは釣り合わないよね・・・」
情けない事に最後の方はボソボソと言ってしまい、殆ど言葉にならなかった。うぅ、さっきとは別の意味で恥ずかしいよ・・・。
「そんなことないよ、フェイトちゃんが私の為に作ってくれたんだもん」
だけど、彼女は否定してくれた。弱気になってしまっている私の心を、否定してくれた。
「それに私を想う気持ちがいっぱい詰まってて、嬉しいよ」
そう言って、ふわりと抱きしめてくれるなのは。
もぅ、どうしてそんなに優しいのかな・・・。離れたくなくなっちゃうよ・・・。
「え?」
そのままずっと抱き合っていたかったけど、急になのはが離れてしまった。
思わず目の前の温もりを求めた私。
でも、それを制したのは、なのはの手。
どうしてと尋ねようとしたら、彼女は真っ赤になってうつむいていた。
「あのね、フェイトちゃん。なのはね、今でも十分に幸せなんだけど―――我侭を言っても良いかな。もっと幸せになりたいんだ・・・」
消え入りそうな声でつぶやいている。
いつもは元気いっぱい、全力全開で飛び込んでくるなのはだから、こういった表情は珍しい。
それに・・・
「大丈夫だよ。我侭だなんて言わないで、私になのはのお願い聞かせて欲しいな。出来る事なら何でもするよ・・・」
私は誓ったんだ。なのはを・・・私がなのはを幸せにしてみせると。だから、なのはのお願いを聞かないなんて、そんな事はありえない。
「で、でも、もしフェイトちゃんが嫌なら我慢するけど・・・」
「あはは・・・、まだお願いも聞いてないよ?」
我慢する必要なんてないし、どんな時でも前向きななのはらしくない態度だ。体調でも悪いのかな?
「あ、あのね。その・・・チョコレートをね・・・」
「うん、チョコレートをどうするの?」
「フェイトちゃんにチョコレートをね・・・。食べさせて欲しいの・・・」
ちょっと、拍子抜けした。私より大胆ななのはの事だから、もっと・・・その大変な事をお願いすると思っていたのに。
それに、さっきなのはが食べさせてくれた時私も嬉しかったし、何よりも幸せを感じる事が出来た。だから、私がなのはに食べさせてあげても幸せになれるはず。
「それぐらいなら良いよ?さぁ、なのは口を開けて・・・」
◇
私の我侭を快く聞いてくれたフェイトちゃんは、チョコレートを差し出してくれた。思っていたのとはちょっと違ったけど、嬉しいな。
「はい、なのは、あーんして」
「あーん」
つい嬉しくなってパクンと口を閉じた時、勢いあまってフェイトちゃんの指まで食べちゃった。折角だからペロペロと舐めてみる。
頭から湯気が出てきそうなぐらい真っ赤になっているフェイトちゃんには悪いけど、とっても美味しかったよ。
私よりも恥ずかしがり屋さんなフェイトちゃん。人前ではキスなんてさせてくれないし、抱きつける事だって少ない。フェイトちゃんは満足しているみたいだけど、はっきり言って物足りない。私はもっと近くに居たいし、もっと近くで感じていたい。だから、今日はもう少し・・・後、少しだけ我侭でいよう。
決心を固めた私は、次のチョコレートを摘んで差し出そうとしたフェイトちゃんを遮って口を開く。
焦っちゃだめ、手順を間違えないように、タイミングがずれないように注意しないと。
「フェイトちゃん」
ちゃんと相手の目を見て―――
「なのはね、もう1個お願いがあるんだ」
自分の想いを口に出して―――
「あのね、チョコレートを」
きちんと伝えるんだ―――
「口移しで食べさせて欲しいな」
ボンッて音が聞こえたような気がする。私の我侭にフェイトちゃんは再び真っ赤になり俯いてしまった。
そのまま沈黙は続いてしまったけど、私は答えを促そうとは思わない。ここでもう一押しするのは簡単だけど、それは意味が無いんだ。これは2人の意思で進まないといけない道。
私だけが先に行っても、フェイトちゃんだけが後ろに居てもだめ。2人で前を向いて、一緒に歩いていかないといけない。
「いいよ・・・」
「え?」
沈黙を破ったのは、フェイトちゃん声。でも、私は何を言われたのか分からなかった。いいよ?
「なのはのお願いなら聞いてあげたいから、その・・・私がなのはを幸せにしたいから」
真っ赤でどこか落ち着きの無い顔。きっと今でも恥ずかしさと戦っているのだろう。
「わ、私が口移しで、なのはに食べさせてあげるよ」
それでもちゃんと前を向いて、笑顔で私の目を見つめながら言ってくれた。
「フェイトちゃんっ」
そこで私の我慢に限界が来てしまった。もうダメだ、可愛すぎる・・・。
実は、昨日まで今日の為に、計画を立てていたけど―――やっぱり、なのはもまだまだ子供です。大好きな人の可愛らしい姿を前にしたら、そんな計画はどこかに飛んで行っちゃいました。
「ちょ、ちょっとなのは。抱きついたら食べさせて上げられないよ?」
「ん〜、フェイトちゃんが可愛すぎるのでチョコレートは後にします」
手をつなぐのも、キスをするの好きだけど・・・私はこうやって抱きついているのが1番好き。全身でフェイトちゃんを感じて、全身で大好きだよって伝えられるから。
「うぅ・・・私が必死に頑張ったのはどうなるの?」
「うん、だから頑張ってくれたフェイトちゃんにご褒美だよ」
だけど、キスだって止めるつもりは無い。
「え?ご褒美ってな・・・んむ」
開きかけた唇を、私の唇で塞ぐ。それから、さっきまで口の中にあったチョコレートを流し込み―――
「・・・ん・・・・ちゅ」
逃がさないようにしっかりと抱きしめて、そのまま口の中を嘗めまわす。歯や舌、ほっぺたの内側など触れた場所がビクッと反応して可愛いくて、愛おしくて、もっと求めてしまう。そして、何よりもこうしている事が幸せ。頭の中だってぼうっとしてきて気持ち良い―――
◇
あの後フェイトちゃんは気絶してしまって、翌朝帰宅するの事になっちゃいました。でも、一晩中恋人の温もりを感じられていたので、なのは的にはOKとします。
それと、フェイトちゃんは美味しくないって言ってたけど、貰ったチョコレートはとても美味しかったです。
・・・だけど、来年からはチョコレートが無くても良いかもしれないね。
だって、私には幸せをくれる恋人がいるもん―――
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