22話「小さな小さな友情の話」 |
ガイ達を乗せたドゥルの軍艦は大陸の西側を迂回し次第にリーラ神殿が近くなっていく。そんな中、船はとある小さい島を見つけた。
「前方に孤島を発見!ん…小屋があります!!」
見張り台から望遠鏡で見張りをしていた兵が声をかける。
「小屋ですって?こんな孤島に人が住んでるとでも言うの?」
誰となくレイナが問うもそれに答えられる者はいなかった。
「わからんぞ。無人の小屋かもしれん」
クルティスが言うと見張り台の兵は望遠鏡を構えたまま首を横に振った。
「いえ、どうやら煙突から煙が出ています!」
「じゃあ…人がいるって事か?」
ガイが見張り台を見上げると兵はおそらく…と頷いた。
「如何致しましょうか!?」
「そうだな…この周辺の情報が何かしら得られるかもしれん、その島に上陸する」
「はっ!!」
クルティスの指示により船は島の沿岸に横付けされた。様子を見に船から降りるのはガイ達5人だけで兵達は船番を任される形となる。
小屋はその島の高台に存在し、その下には森に囲まれた畑があった。
「生活感があるわね…」
畑を眺めながらレイナが呟く。すると高台の小屋のドアが開き、そこから1人の老人が下りてきた。
「何じゃ何じゃ!人が来るとは珍しいのお」
間近で見ると老人の特徴が窺えた。褐色の肌を持ち頭は綺麗に禿げ上がり口元には白い髭が伸びていて少々汚い服装だ。
「!!!!」
その老人の容貌をはっきりと確認した途端、ケインは驚き目を見開いた。
「お…お師匠様!!!?」
「んお……?おおー!!ケインか!!!久しいのう!!!」
老人もまた驚き、ケインの前まで歩み寄った。
「隠居されるとは聞いていましたが…何故こんな孤島を選んだのですか?」
「ほっほっほ!ここは意外と眺めが良いでな、東にはルピア城が見え、西に行けばグルデの町があるのじゃよ。それに…」
「それに?」
「人里離れた場所に住んで仙人気分を味わいたくてのお」
一同(クルティス除く)、その場にずっこける。
「何だよその理由意味わかんね…」
「そんなに仙人になりたきゃウミガメでも飼えばいいんだよ…」
口々に突っ込むジェリーダとガイ。
「そうか!その手があったのう!」
そして何故か納得する老人―ケインの師匠。
「いかんいかん、自己紹介がまだじゃったの。わしはグレゴリオ、何を隠そうこのケインに格闘技を教えたのはこのわしじゃ!」
「ちっとも隠れてなかった気がするんだけど」
ジェリーダが冷静に突っ込みを入れる横でガイはそういえば…とオーガの事件の時にケインが姉と共に格闘術を学んだ師がいるという話をしていた事を思い出していた。この老人―グレゴリオがその師という事か、と。
「時にケインよ。アレは怠っておらんか?」
「アレ…?」
グレゴリオの言葉にガイ、レイナ、クルティス、ジェリーダの4人は同時に疑問符を浮かべる。しかしケインはその意味をしっかりと理解しているようだった。
「ええ、勿論です」
「そうか…ならば早速頼もうかの」
「はい!任せて下さい!」
わけがわからない4人を置き去りにケインとグレゴリオは小屋の前の高台へと向かった。とりあえず残された4人もわからないまま後を追う。
用意されたものは太めの切り株とそこに立てられた薪だった。周囲にもまだ割られていない薪が積まれているがその薪を割る斧はどこにもない。
「斧もなしに薪を割るの?」
レイナが訝しげに切り株に立てられた薪を凝視する。
「何を言う。斧など使ったらアレの意味がないわい、のおケイン?」
「はい!」
ケインは元気よく答えるとそっと手刀を薪に当てて瞳を閉じた。そして次の瞬間―
「はあッ!!!!!!」
物凄い剣幕で目を見開き手刀を振り上げ、薪に向かって振り下ろす。
「!!!!」
パカン!という乾いた音と共に薪は綺麗に真っ二つに割れ、左右に倒れた。
「ふむ、やはり怠ってはいないようじゃの」
グレゴリオは感心しながら真っ二つに割れた薪を拾い上げた。ガイ達4人はその光景に驚きのあまり声が出なかった。
「実は俺、町中の人の薪割りを手伝って回るという日課がありまして…それを全て手刀で割っていたんです」
「わしが提案したんじゃ!ケインは真面目な性格じゃからサボる事はないと思ってはいたが…成長したものじゃ!」
グレゴリオは満足げに腕を組高笑いした。
「さて…残りのも頼んだぞ!」
「はい!」
「これって…いいように使われてるだけじゃ…」
ようやく我に返ったガイがぼそりと呟くと、そこにグレゴリオは食らいついて来た。
「そこの。お主は剣士か?」
「あ…ああ、そうだけど」
「ならばお主は剣で割れい!」
「はぁ!?」
突然のグレゴリオの発言にガイは我が耳を疑う。ルーヴルで暮らしていた頃、確かに薪割りもしていたが普通に斧を使っていたため剣で薪を割った事などなかったのだ。
「こんなん無理だろ…トホホ」
結局ガイは剣で薪割りを手伝わされるはめになった。
「ところでお主達はあの船から来たのじゃろ?この中に艦長はおるか?」
「…俺だが」
クルティスが腕を組んだまま一言で答える。
「少しだけ物々交換をしないか?」
「物々交換だと…?」
「あの船の食料の中には当然肉もあるじゃろうて。こんな孤島に住んでおると中々肉が手に入らんでな。この畑の野菜と少々交換でもできればと思ったのじゃが…どうじゃろうか?」
グレゴリオが頼み込むとクルティスは眉間に皺を寄せながら少々考えた後に口を開いた。
「わかった。だがこちらも人数分食わせなければならんからそれ程分けてやる事はできんぞ」
「それは有難い。まぁ1人分じゃからそんなに困る程貰ったりはせんよ」
ドゥルの船から少々の肉を、そしてグレゴリオの畑からこれまた少々の野菜を交換する事が決まり呼び出された兵達がそれを運び出す。
「ほっほっほ!太っ腹な艦長殿で助かったわい。そういえば…お主達の名前を聞いておらんかったの」
グレゴリオはケイン以外のメンバーの名前すら知らなかった事に気づきはっと手を叩いた。
「あ…」
ガイ達もまたケインの手刀による薪割りに驚くあまりグレゴリオに自己紹介していなかった事に気づいた。彼らが自己紹介を済ませた時グレゴリオはその中にドゥルの皇子やリーラの王子がいた事に思わず腰を抜かしていた。その日の夜はグレゴリオの小屋に泊めてもらう事となった。結局彼はリーラ神殿がこの近くにある事など知る筈もなければ出現する魔物もここに来るまでに戦ったものと変わらないと知り目新しい情報を得る事はできなかった。
小屋の明かりが消され全員が寝静まったと思われた夜―。
明かりの灯っていない小屋を抜け出すのは鎧を外しその下の黒衣だけまとったクルティスだった。その足元はふらつき、近くの茂みまで逃げるように歩く。
「…ゴホッ!!ゲホッゲホッ!!」
激しく咳き込み、口を押さえていた手は自らの血で真っ赤に染まっていた。
「こんな所で…死ねるか…!!」
ここまで来てようやく皇位継承のチャンスを得る事ができた。ドゥルの民の信頼も時間さえかければいずれは取り戻せるだろう。しかし自分の身体にしてきた事だけは取り戻せない。クルティスは自ら吐いた血を見ながらその事を痛感していた。仮に10年かけて民の信頼を取り戻せたとして、その時既に自らがこの世にいない可能性だって否定はできないのだ。
「俺は…あの時どうするべきだった…?」
クルティスは自らの行為を後悔すべきかさえ迷っていた。あの時はこうする以外はなかったと、今でもそう思っているのだ。考えても答えは出ない。苛立ちの混じったため息と同時に遠く、高台の下から僅かな明かりが灯り出す。そして何かがパカリと割る音も。
「…何だ?」
その明かりと音に気づいたクルティスは小屋のある高台をゆっくりと下りて行った。
明かりの正体は焚き火だった。その隣ではケインがまだ手刀による薪割りを続けていた。
「貴様…まだ寝ていなかったのか?」
「お師匠様も何だかんだでお歳ですから少しでもお手伝いできればと思いまして…クルティスさんこそ、眠れないんですか?」
「ああ。あの小屋は狭いからどこにいてもガイの耳障りないびきが聞こえてくるからな…」
本当は悪魔の力の代償による吐血を誰にも見られたくなかったため外に出たなど口が避けても言えなかった。クルティスはそんな本音を隠し積まれた薪のに腰掛けた。
「あの人のいびきは確かにすごいかも…」
思わず苦笑してしまうケインも実は何度かガイのいびきがうるさくて眠れない夜を過ごしていた事があった。
「貴様も奴の被害者か。気が合うかもな」
とは言うものの、クルティスはあまり面白そうではなかった。被害の内容によるものだろうが。
「まぁ…それはさておき、この船旅で何度か一緒に戦ってはいたのにこうしてお話する事ってありませんでしたね」
船上でもこの2人が必要以上の会話をした事はなかった。それは互いに気に入らないとかではなく単純に機会がなかっただけの事だった。寧ろケインはガイ達と違いクルティスに対する因縁のようなものは一切ないのだから嫌う理由もない。
「ケインと言ったか。貴様も俺のした事が許せないクチか?」
「はい、許せませんよ」
「そうか…」
あっさり答えるケインにクルティスは当然の反応だと思うのと同時に少しだけ残念な気持ちもあった。こちらは自業自得故すぐに気持ちはかき消したが。
「あ、でもクルティスさんが憎いわけじゃありません!」
慌てて言葉の意味を訂正するケイン。
「言っている意味がわからん。俺の行動は許せないが俺自身は憎くないだと…?」
「ええ、『罪を憎んで人を憎まず』ですよ。貴方が今までしてきた事は到底許される事ではありません、それは御自身でもよくお分かりだと思いますが」
「そうだな…」
「だからって理由も聞かずに相手を責めるなんて事、俺はしたくないんです。ガイさん達に出会った時、俺は貴方の事を色々聞かされました」
きっとあまりいい話は聞かされていないだろう。クルティスはそう考えていた。
「ですがそれ以前に噂で貴方が自国の民には優しい皇子だとも聞いた事があるんです。それも交えて『そこまで悪い人じゃないのかも』と言ったらジェリーダさんに物凄く怒られましたけどね」
「そうだろうな。奴の両親を殺したのは俺だ、そして奴もその現場をその目ではっきり見ていた」
「後悔…しているんですか?」
ケインが真剣な表情を見せるとクルティスは目を合わせる事なく俯いた。
「わからん。奴に憎しみをぶつけられてもあの光景を脳裏に浮かべても罪悪などという感情は芽生えないんだ。俺は力だけではなく…心までもが悪魔と化したのかもしれんな」
「本当の悪魔はそんな事言わないんじゃないですか?」
「…?」
クルティスが無言で頭を上げ、ケインの顔を見上げる。
「悪魔について何も知らない奴が口出しするなって言われそうなんですけど、クルティスさんがあのクローチェみたいな人だったらドゥルの民の半数以上が貴方を赦すなんて事しないと思いますし…何よりあんな辛そうな顔はしない……」
「俺が…辛そうだと…?」
「ドゥルの帝都で出会った時に思った事です。そして貴方は殆ど笑う事はない…辛い気持ちを怒りや憎しみで覆い隠すのってどんな気分ですか?」
ケインが悲しげな目をクルティスに向ける。
「どんな気分だろうと関係ない…。涙や弱音を見られるくらいなら死んだ方がマシなだけだ。俺は…そんな生き方しかできない…」
クルティスはその言葉と共に立ち上がりケインに背を向けて小屋の方へ戻ろうとした。
「あの…色々話してくれてありがとうございます。クルティスさんはあまりそういうの好きじゃないかもしれませんが俺でよければまた聞かせて下さい。勿論ガイさん達には内緒にしておきますから…」
「…ああ」
ケインの方を振り返る事なくその場を去って行くクルティスだったが心なしか、少しだけ胸が軽くなっていた事に気づいた。今まで自分の内面の話など誰にも振った事がなかったのだ。それが血の繋がった家族であったとしても。そして「友達」という言葉を脳裏に浮かべそんな自分を心の中で嘲笑していた。
だが…あいつになら今まで誰にも打ち明けられなかったような事も……。
久しぶりに字数余ったのでサブキャラ紹介とか色々やります。
<騎士王ランスロット>
27歳。雪国クローナの若き王。槍術と治癒魔法を駆使して戦う聖騎士。思慮深く物静かな性格だが民を想う気持ちは自然王エドや女王イザベラにも負けない。ケインの姉レインと愛し合っていた。
<クローチェ>※ネタバレ解禁のためようやく紹介できました(笑)
年齢不詳(外見は20代半ば位)幼き日のクルティスに取り込み力を与えながらドゥルを奪う機会をひたすら窺っていた悪魔。ハデス・ゲートを召喚し悪魔の軍勢を率いる。
<グレゴリオ>
76歳。ケインとレインの武術の師匠。隠居しているがまだまだ現役並の体力を持つパワフルなおじいちゃん。
でもって国や町紹介です。
<砂漠の町ポンド>
ルピア女王国所属の港町。本編には登場しなかったが世界中のカレーを出すカレー店『クリシュナ』と『歴代女王美術館』が有名。現在美術館は現女王イザベラ関係の美術品が半数以上を占めている。
<ルピア城>
ルピアの女王に任命された者が住む城で城内で働く事ができるのは女性のみで男性は前線基地やポンドの警備に回される。しかし来客の出入りは自由だがこれはイザベラの代になってからの話。
<ルピア前線基地>
かつてはルピアとドゥルの国境の関所だったが10年前にドゥルが不穏な動きを見せてからルピア側が封鎖し前線基地と化した。
<グルデ>
どの国にも所属していない独立都市で漁業が盛んな港町。観光地としても有名で海鮮料理の店『グレメ・イクトゥス』の人気メニューはグルデダイのパエリア(本編未登場)そして酒場に入った女性客でデューマに口説かれなかった人はいない。反ドゥルレジスタンス『グルデ・クルセイド』は今後は自警団的な活躍を見せる事だろう。
<雪の町プント>
自警団によって守られている港町。本編には登場しなかったが焼きたてパンの美味しい店と様々な治癒効果のある銭湯が有名。
<クローナ王都>
騎士王ランスロットが治める治安のいい城下町。町の中心に位置する王立図書館には世界中から集められた様々な本があり大体の情報収集が可能。
<滅びの村シェケル>
ドゥルのやり方に反発しクーデターを起こし10年前に滅ぼされた村。当時10歳だったクルティスはあくまで鎮圧だけを旨としていたがクローチェが悪魔を召喚し村の人間を皆殺しにしてしまった。
<軍事大国ドゥル>
世界一の軍事力を誇る帝国。現皇帝はラインホルトだが12年前皇后エルザと第二皇子ガイラルディアの疾走と共に第一皇子クルティスがクローチェの力を借り皇帝を幽閉し全軍の実権を握った。これといった有名スポットはないが店の1つ1つが大規模なもので宿屋は全て高級ホテルだったりする。
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