24話「聖なる神の試練・前編」 |
リーラ神殿内は怖いくらいの静寂に包まれていた。通路の脇にはいくつもの白い石像が立っている。それらは皆それぞれ違う武器を持って騎士のような鎧を纏った格好をしていた。
「不気味なくらい静かね。それにこの石像達…」
レイナがアーチのように立ち並ぶ石像達を警戒しながら見回す。まるで今にも動き出して自分達を襲って来そうに見えたのだ。
「いや…流石に襲って来たりはしねぇだろ。ジェリーダが一緒なら…」
ガイは多分…と心の中で付け足した。
「うぴゃああ!!何なのこれえええ!?」
ガイ達の後を追って神殿に入ってきたミシュレ達を襲うのは入口付近に立っていた石像だった。
「姫様あああ!!!」
「きっとお宝は奥よ!!ここは逃げ切る!!!」
3人は石像の攻撃を回避しながらも先へ進もうとしていた。
「…?」
最奥を目指すガイ達だが、またもクルティスが自分達以外の気配を感じ取り振り返る。やはり周囲には自分達以外には誰も見えなかった。
「どうしたの?」
「いや…」
今度はレイナが不思議そうに問う。かつてクローチェに与えられた力により他者の気配を読む力も人外れたものを持っていたクルティスだがそれを返還されてから本来の自分の力を把握しきれていないため無意識に自信を持てず気のせいかと考えてしまったのだ。
やがて5人は大きな扉の前に着いた。ジェリーダが触れると扉はゆっくりと開いた。
大聖堂のような部屋があり、その壁には様々な武器のレリーフが並んでいる。それぞれのレリーフの下に見た事のない文字が書かれているがガイ達にはそれを読む事ができなかった。が1人だけそれを解読できる者がいた。
「聖剣…デュランダル…」
ジェリーダは剣のレリーフの前に達その下に彫られている文字を読み上げた。
「読めるの?」
レイナが顔を覗き込むとジェリーダは自信なさげだが頷いた。
「見た事ねぇけど何でか読めるんだ…変な話だけどさ」
『訪れましたか…導く者よ…』
男性とも女性ともつかぬ声が部屋中に響き渡る。
5人が周囲を見回しても彼ら以外の姿はなかったが、部屋の最奥にかけられている巨大十字架が眩い光を発した。
やがて十字架は人の形をとり始めた。両腕を広げた神々しい男性の姿に。
「リーラ…神…様…?」
ジェリーダがぽかんと口を開けながら現れた男性を指差す。
『私はリーラの聖なる力を司る者…導く者よ、汝が訪れる事を私は知っていました』
「じゃあここには『聖なる力』が!?」
『はい。レリーフをご覧なさい。ここには聖なる力を秘めた武器『神器』が眠っています。しかしそれらを使いこなすには神器に認められなければなりません。そこに居る4人が神器を?』
男性―リーラ神がガイ達の顔を交互に見つめる。
『いいでしょう。神器よ、彼のものが手にするに相応しいか見定めたまえ…』
リーラ神が目を閉じるとレリーフのうちの4つが光りだし、それはレリーフではなく実際の武器へと姿を変えた。
「!?」
ガイの前には剣が、レイナの前には杖が、クルティスの前には槍が、ケインの前には爪がそれぞれ現れ各々を自ら輝く光に巻き込むと4人は同時にその場から姿を消した。
「…!!!」
1人取り残されたジェリーダが驚きながら周囲を見回すがガイ達の姿はやはり見えなかった。
『彼らは神器が課した試練に挑んでいます。無事に帰る事ができればそれは神器に認められた証ですが…もし1人でも帰って来る事ができなかった場合は導く者よ、汝にも導く力がなかったとみなし、神罰が下る事でしょう』
淡々と喋るリーラ神にジェリーダは若干の恐怖を覚えたが
「お…俺はガイ達を信じてるんだ…あいつらなら…きっとやれる」
仲間を信じているんだ、怖い事なんかないと自分に言い聞かせた。
「う…ん……?」
ケインが目を覚ましたのは見慣れない豪華な一室だった。確かに部屋事態は見た事はなかったがこの雰囲気は、ここがクローナ城内だと気付くのに時間はかからなかった。
「あれ…?」
自分の身体が小さく、声も幼い事に気づいたケインはすぐさまベッドから起き上がり姿見の鏡で自分の姿を確認する。鏡に映るのはまだ10歳位の自分の姿だった。
「え〜と…」
ケインは状況を整理しようとこれまでの記憶を振り返ろうとしたが一切思い出せなかった。時計は朝の9時を指している。
「やっと起きたわね!」
バタン!という大きな音と共にドアが開くとそこにはケインと同じ焦げ茶の髪を持つ元気一杯の女性がいた。
「えッ……姉さん!?」
「どうしたのよ?そんなに驚く事ないでしょー?」
この女性は確かにケインの姉―レイン・クレイスだったのだ。
「だって姉さんは5年前に…あれ?5年前?」
「何ブツブツ言ってるの?もー、今日からお城暮らしなんだからしっかりしてもらわないと困るわよ?」
「お城暮らし…?」
ケインが首を傾げると、とある事に気づいた。レインは煌びやかなドレスに身を包んでいたのだ。まるで王妃のような。
「あれ…姉さんってドレスとか嫌いだったような…?」
「やだぁ、ケインったら何言ってるの?ランスロットが私のためにあてがってくれたドレスが気に入らないわけないでしょー?」
ケインの頭には無数の疑問符が浮かんでいた。姉レインはドレスを着たり綺麗なアクセサリーを飾る事を嫌っていて普段もスカートは殆ど穿かず稽古用の道着ばかり来ていた。そんな姉がいくら愛するランスロットからの贈り物とはいえドレスや宝石をあしらったアクセサリーを身につけて喜んでいる姿はケインには考えもつかない。
「さぁ着替えて着替えて!あなたも今日からここで一緒に暮らすんだからちゃんとした格好しないとでしょー?」
「あ…うん、そうだね。ランスロット様は優しい人だけど王様と王妃様はちょっと怖いもんね…」
「え?何言ってるのよ?王様と王妃様はもう随分前に亡くなられたでしょ?」
姉の口からとんでもない言葉を耳にし、ケインは一瞬頭の中が真っ白になった。確かクローナ王と王妃はランスロットとレインの交際を快くは思っていなくて…と、そう考えるケインを遮るように姉が顔を覗き込んできた。
「あー、わかった!ケインったらお城暮らしが始まるものだから緊張してるんでしょー!だーからありもしない事が口に出ちゃうのね〜仕方ないなぁ♪」
レインは元気一杯な笑顔でケインを優しく抱きしめた。
「姉…さん……」
姉の優しさと暖かさが心地よい。こんなに安心したのはいつぶりだろう。ケインにはそれまで疑問に思っていた事が全てどうでもよくなっていた。大好きな姉が傍にいてその姉が今幸せを掴んでいるのだ、これ以上何かを考える必要なんてないじゃないか。
謁見の間では玉座に座るランスロットがレインとケインを待っていた。
「おはよう。昨夜はよく眠れたかい?」
「もー、聞いてよランスロット。この子ったら緊張してたんだって〜♪」
レインが楽しそうにケインの頭を小突く。
「慣れるまで大変かな?困った事があったらすぐに相談してくれ」
「あ…はい」
「それでは少し遅くなったが食事にしようか」
王族の食堂へ向かうと本日はバイキング形式となっていて自分の食べたいものを食べたい分だけ取る事ができる。
「あれ…姉さんってナイフとかフォークとか使うのそんなに上手かったっけ?」
ふと、ケインがレインのカトラリーの扱いを見て感心する。彼の記憶には姉はテーブルマナーが激しく苦手でナイフやフォークをよく床に落として慌てる姿が思い浮かぶ。
「もー!まだ寝ぼけてる!」
そんな弟をレインは可笑しそうに笑っていた。ケインは若干腑に落ちない点もあったが姉が楽しそうだったので深く気にしないようにした。
そんな平和な日々が数日続いた頃か、ケインは明らかに疑問を抱いていた。
「何か…俺の知ってる姉さんと何かが違う…」
確かに姉レインはいつでも元気で時折無駄にテンションが高くなる。しかしお城で暮らせるような教養は何一つなく女性らしいとは言い難い面を持っている筈だった。
「それに俺、何か大切な事を忘れてるような気がする…」
今の幸せに浸るだけでそれまで心の奥底にしまっていた事が引き出されかけている。しかしケインがそれを全て思い出すのを邪魔するかのようにランスロットとレインがその前に姿を現した。
「こんな所にいたのね」
ここは宮廷の書斎だった。
「君に知らせたい事があってね…」
ランスロットが微笑みかけるとレインは自分のお腹を優しく撫でながら頬を若干赤く染めた。
「ここに私達の子がいるの…」
「!!!」
思わず目を丸くするケイン。驚きと高揚が混じっている、そんな表情を見せた。
「この子はいずれ国を背負う事となる。ケインくん、君には将来この子を守る近衛隊長になってほしいんだ」
「この子は…」
いや、この子はこの世には生まれて来ない。確かに姉さんはランスロット様の子を身ごもった。でもそれを聞いて怒り狂った王様にこの子は殺されてしまうんだ!!今俺が見ているものが夢なのか幻なのかはわからないけど一つだけ言える事がある……これは現実じゃない!!!!
全てを思い出した時、ケインは現在の、17歳である自分の姿に戻った。
「多分これは俺が望んでいた理想の世界なんだろうね。姉さんが生きていてランスロット様と幸せになって…それを邪魔する王様と王妃様がいなくて…でも世界中が悪魔だらけになったらそんな理想を考える事もできない…だから、俺は行くよ」
ケインの視界から自らの理想の世界が消えていく。最後に残った姉が優しく微笑みと共に姿を消すと辺りは真っ白な空間に変わっていった。
「これは…!!」
気がつくとケインの両腕には緑の宝石をあしらった白銀の爪が装着されていた。
黒。辺り一面の黒。どこまで歩いても辺り一面は何も見えない暗闇の世界。ただ聞こえるのは自分の足音だけ―
「!!!」
次にクルティスの視界に入ったものは見慣れたドゥル城の裏庭だった。気がつけば自分は城の陰に蹲っていた。
「…?」
そして何故か目が異様なほどに濡れている。袖でそれを拭うと目元が少し痛む。まるでずっと泣いていたかのように。
「これは一体どういう……!?」
クルティスは自分の声が幼い事に思わず自分の口を押さえた。よく見れば黒い甲冑ではなく厚手の黒衣と紫のマントを身につけている。そして恐る恐る近くの窓ガラスを覗き込むとそこには当時8歳だった自分の姿が映っていた。
ああそうか―俺はいつもここで人知れず泣いていた。泣き顔など誰にも見られたくなかったから…ここならば誰にも見つからなかったから…だが何故?何故泣いていたんだ?
「…思い出せん。泣かなければならないような事などあったか?」
「こんな所にいたのね。随分探しましたよ?」
優しい声と共にクルティスの前に現れた青い髪の美しい女性は―
「母上…」
母エルザだった。優しい眼差しで息子を見つめている。
「今日はあなたの8歳の誕生日でしょう?お父様も待っていますよ」
エルザは優しく微笑みクルティスの手を引いて一緒に城へ戻った。
帝都もまた皇子の聖誕祭という事で町を上げてのお祭り騒ぎだった。人々は皆心から幸せそうにしている。そして城内の者達もそれは同じだった。
謎だ。クルティスは未だに自分があの場で泣いていた理由が思い出せなかった。民も城の者達も、そして家族がこんなに自分を愛してくれている。悲しい事など何一つない筈なのに―。
「戻ったか!」
謁見の間では父ラインホルトが2人の帰りを待っていた。いや、寧ろ待ちわびていたと言った方がいいか。
「そういえばあいつは…?」
クルティスが周囲をキョロキョロと見回し、もう1人いる筈の自分の家族を確認する。
「あいつって?」
「な…何を言ってるんですか母上…弟の………弟?」
「何を言ってるんだクルティス。私達の子はお前だけだ」
「そうですよ。私達の愛しい子……」
エルザは再び優しく微笑むとクルティスに目線を合わせてしゃがみぎゅっと抱きしめた。
「母上……」
「私達はいつでもあなたを愛しています。生まれてきてくれてありがとう」
父上に、母上に愛されて幸せな筈だがこの違和感は何だろう。そして何故弟などと言ってしまったんだろう。自分には弟なんかいない筈なのに。クルティスにまとわりつく疑問が消える事はなかった。
「父上、母上…」
「どうした?」
「本当に貴方達の子は私だけですか?」
しかしラインホルトもエルザも全く動揺する様子は見せなかった。
「言っている事がわからないわ。クルティス…さっき弟がどうとか言っていましたね?もしあなた以外に子供がいたら…あなた1人を愛する事ができなくなってしまいます…」
「そうだぞ。私達はお前1人だけを愛していたいのだ……」
優しい眼差しを向けてくる両親だったが、クルティスの方からこの2人に優しい眼差しを向ける事はなかった。
「三文芝居はその辺にしろ、リーラ神」
その冷たい言葉と共にクルティスは元の20歳の姿に戻った。そしてこの世界がやがて消えていき辺り一面に白だけが残った。
「悔しいが…確かにクローチェの言う通りだ。俺は無駄にプライドが高いらしいな…」
クルティスの手には銀色に輝く、紫色の宝石をあしらった槍が握られていた。
『何故破られた?汝は闇にその身を捧げた…この理想のために…』
どこからともなく聞こえてくるのは先程のリーラ神の声だった。
「言ったろう。俺は無駄にプライドが高いと。確かに『アレ』は俺の理想の世界だったかもしれん。ガイラルディアの存在がなく両親を独り占めして国中からも愛される存在…。だがまやかし程度でこの俺が満足する筈がないだろう。それにあの世界には俺の理想に足りないものが1つあった…それだけだ」
『そうか…だがそれが叶ってはいけないと…汝は…思っ…て…………』
やがてリーラ神の声が聞こえなくなる。クルティスは右手に握られている槍を見つめながら
「そうかもな。伝える事すら許されないのだからな……」
レイナにはガイしか見えていない事を、そしてそれが彼女の幸せであるという事を再認識していた。
字数余り恒例、台本形式番外短編でございます。
<動物に例えたら?>
レイナ「ジェリーダって動物に例えると犬ね」
ジェリーダ「何でだ?」
レイナ「嫌いな人にはトコトン噛み付くけど仲良くなったら懐くじゃない?」
ジェリーダ「否定はしねぇけど…じゃあレイナは狐だな。何か作戦のために色んな奴欺いたりしてさぁ…」
レイナ「あらあら、褒め言葉としてとっておくわね」
ケイン「皆さん、面白そうなお話をしていますね」
レイナ「ケインは…隼かしら?」
ケイン「えッ…俺なんかがそんなかっこいいの…いいんですか!?」
ジェリーダ「言えてる!魔物と遭遇したら先手必勝で攻撃しかけるトコとか、獲物を見つけたらバシッと蹴り落として捕まえる隼って感じかもな!」
クルティス「……下らん」
レイナ「クルティスは…やっぱり狼かしら?」
ケイン「そのまま、何か一匹狼って感じしますよね」
ジェリーダ「俺が犬って例えられてるからあんま納得したくないんだけど…」
ガイ「なぁなぁ、俺は?俺は?」
ケイン「ガイさんはそうですねぇ……う〜ん……」
レイナ・クルティス・ジェリーダ「…馬鹿貝」
ガイ「何だよそれ!!名前しか共通点ねぇじゃん!!!(泣)」
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