AEGIS 第五話『死闘』(3) |
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AD三二七五年六月二四日午後一〇時一分
ブラスカは目の前の相手に見覚えがあった。
いや、正確に言えば相手の構えに、だ。
鋼糸を使える人物はこの世界でもごく少数。しかも目の前の人物は鋼糸を放つ際一度手を挙げる癖がある。
こんな構えをする人物など、知っている限りエミリオ・ハッセスただ一人だ。
その当時エミリオは陸軍の一小隊の小隊長だった。そして、ブラスカもまた、その小隊のメンバーだった。一時的ではあるが、共に戦場を練り歩いた仲だった。
ブラスカはかつて本隊との連絡が付かなくなり(後に本隊が壊滅していたことが判明)隊の全員で三日三晩彷徨った時、エミリオがまだ新兵だった彼に食料を分けてくれたのを未だに覚えている。
更にかつて戦場でベクトーアの敵機と遭遇したときに乗っている兵士が少年だったと知ったエミリオがコクピットへの攻撃を避け彼を逃がしたことも知っている。
そんな優しかったエミリオの今している所行はまるで別人のようにブラスカは感じた。
今いる彼は、復讐に駆られた鬼、そう思えた。
三年という時の流れが、ここまで人を変えるのか、ブラスカの抱いた感想はそれだった。
ブラスカは目の前の狭霧へと通信を入れる。
「エミリオ・ハッセスか……?!」
『懐かしいな。その声、ブラスカ・ライズリーか? 生きていたとはな』
エミリオの声は昔と変わらないように聞こえた。
だが、直後彼の表情が怒りに変わった。
『しかし、貴様がベクトーアに与しているとはな……! 裏切り者が! 我々の同志が粛正で受けた報いを忘れたとは言わさぬ!』
「それでこれか?! 未だに訳分からへん力なんて幻想取り憑かれてんのかい! 他人と死人いつまでも追いかけてどないすんねん!」
華狼はアイオーンの持つ力を利用しようとしていると聞いたことがあった。
だが、それはブラスカの理念に反した。何かの持つ力を信じるより、まずは自分を信じる。そうでもしなければ強くなれないからだ。
『俺達の国には力が必要だ! そう、何者にも勝る力がな!』
彼の口調が熱くなった。それこそ彼が本気を出したときの証だ。
「自分も信じられへんような奴が国家を語るんやないで!」
不知火は『BHG-012-H』三〇ミリ大型ガトリングガンを構える。
自分がどれだけ相手に通用するか、ブラスカはそれを計ることにした。
そして、迷うことなくターゲットを合わせ、トリガーを引く。
だが、狭霧は先程と同様に鋼糸で壁を作る。それも小さいのを何枚もだ。
銃弾は直線上でしか動かない。それもこういった重火器ならばなおさらだ。
しかし、一枚当たりの防御力は弱くなる。何枚もの壁を突き破った直後、不知火は片方の手を離し、オートでBHG-012Hを撃ち続けたまま、その手で腰に付けてあったハンドグレネードを放った。
巨大な弾がまっすぐ狭霧へと向かう。
そして、数秒後に起こる周囲を巻き込んだ爆発。
『やったか?!』
ブラッドは一瞬歓喜の声を上げた。ブラスカも一瞬だけ安堵した。
だが、その直後、警報がコクピットに鳴り響いた。糸だ。さすがにブラスカもこれには虚をつかれた。まさか爆炎の中から糸が飛んでくるとは思いもしなかった。
だが、かろうじてブースターをフルに吹かして回避する。
そして、爆炎の中から浮かび上がってくる巨大な腕を抱えた機体。
まごうことなく、狭霧だ。
ブラスカは額に嫌な汗を感じた。
確かにこれならファフニール隊が一一機も破壊されたのも頷ける。
『俺をこの程度で殺せると思うな』
エミリオの静かな声が不知火のコクピットの中で不気味に反響する。
狭霧は信じがたいことにワイヤーのリーチを用いてハンドグレネードを着弾より遙か前に破壊していたのだ。要するに爆発したのは狭霧の目の前であるため狭霧は無傷。相対するには多少こちらの戦力では分が悪い。
ブラッドがファフニールの隊長機を退却させた。だが、エミリオはそれを追わなかった。
目の前の裏切り者を処刑することの方がよほど重要なのだろう。
『そのハルバードを抜け』
「せぇいう勝負は後に取っとくもんやさかい。しばらくはこれで行かしてもらいます。これで終わり思うたら間違いでっせ」
ブラスカはにやりと口に笑みを浮かべる。
たとえ自分の体が首だけになろうが、目の前の相手を括り殺す。
ブラスカはそう誓った。
それに答えるかのようにエミリオも同様に口元に不敵な笑みを作った気がした。
そして、再びブラスカは不知火のフットペダルを踏んで狭霧へと突進していった。
全ては勝つために。
「邪魔をするな! そこをどけ!」
アリスの言葉と共にレイディバイダーが加速する。
その先に見えるのは先程から相手にしているゴブリン。
だが、このゴブリン達、今まで相手にしてきた連中とは桁違いに強い。
三機とも共通にグレーで塗られているそれらの装備、一機は二挺の六四式機関砲、一機は二本のヒートアックス、もう一機は無反動砲だ。
無反動砲で遠距離から砲撃してサポート、二挺の六四式機関砲持ちが牽制しつつ、ヒートアックス持ちがトドメに入る。基本的な戦術パターンはそんなところだ。
隊長機は六四式機関砲を二つ持っている機体だ。隊長機用のモノアイがより高密度になった強化版ヘッドを取り付けてある。
しかし、この隊長が実によく対処する。戦局に応じて柔軟に対応している。これほどよくできた奴が副官でいるから、この部隊は強いのだ。
現に今までで何回も危うく死ぬところだった。それくらいに腕がいい。
ロックウォール……意外に質悪いわね。こんな強いの三機もし向けるとは……!
アリスはギュッと唇を噛みつつ、目の前にいるヒートアックス持ちのゴブリンへとオーラナイフの刃を立てようとする。
『甘いな!』
相手の声がした。
なんと先制された。ヒートアックスの刃先がレイディバイダーの頭部に迫る。
レイディバイダーはラインダンスを踊るようにすぅとその攻撃を回避し、ナイフを突き刺そうとするが横から六四式機関砲の邪魔が入った。一発だけ左肩の厚い装甲に当たり弾痕が出来る。
さっきから本当にこいつが嫌らしい。いい位置で攻めてくるわ避けるわ当てるわでイライラが募ってくるが、それでもそのイライラした自分を見つめる異様に冷めた冷静な自分も忘れない。
レイディバイダーはブースターを吹かして目の前の敵機へと切り込んでいく。
しかし、アリスには一つ自信があった。絶対にしばらくの間砲撃はしてこないということだ。この距離で撃てば自分もやられるが、同時に敵もタダでは済まない。
そう思いながら戦い続けること三分。
さすがに辛くなってきた。額から汗がしたたり落ちる。オーラを展開させすぎた。機体にもレッドランプが点灯し始めている。
その直後、突然轟音が響き渡った。ルナ達だ。
アリスはまさかと思った。しかし一瞬目の前の戦場から目を背けたタイムラグ、それを目の前の相手が逃すはずがない。
自分の機体にも突然警報が鳴り響く。横だ。
アリスは急いで後方へ下がったが遅かった。
レイディバイダーの左上腕を持って行かれた。その腕は斬られた瞬間、轟音を立てて地面に落ちる。
アリスは舌打ちをした後、腕を切った相手のコクピットにオーラナイフを突き刺した。
その後すぐさまナイフを抜き機体を反転させた。それと同時にゴブリンの倒れる轟音が後方に響く。
そしてそれと同時に機を測ったかのように放たれる無反動砲。見事に先程出来た弾痕の箇所-即ち左肩に直撃した。損壊率が四〇%を突破したという警告が現れる。
アリスの息が次第に荒くなっていく。
レイディバイダーは腕に握られた一本のみのオーラナイフを構える。
レーダーに映る敵機の残数、その数二。あれだけの敵に残った腕一本だけでどこまでやれるか。
アリスはこの時、死を覚悟した。
ルナは一度呼吸を整えた。
相手のリーチが凄まじく長い。そして威力も半端ではない。
先程大地に突き刺さった一撃に至っては周囲のアスファルトが完全に砕け散り、地面が百メートル以上の長さに渡って抉れているくらいだ。
対してこちらと言えば射程はほぼ零距離。
ルナは勝てる気がしなくなってきた。相手の覇気にも少し押され気味だ。
それだけスパーテインの存在は巨大である。壁を叩ききらなければならない、だが、その方法が分からない。
そんな状況に足掻いている自分がいることにルナは気付かされる。
だが、その迷いは気を鈍らせ、そして隙を作る。
その隙をスパーテインは見逃さない。メガオーラブレードが一気に空破へと向けて振られる。
ルナは空破を横に避けると同時に一気にブースターを吹かして夜叉の背後へと回る。機動性だけは夜叉よりも上だ。後ろへ回り込めば勝てる。
だが、背後からの一撃を加えようとしたまさにその瞬間、メガオーラブレードの射程とスパーテイン本人の力が邪魔をする。夜叉は一気に刃を返して横方向に剣を振るったのだ。
空破は後ずさりをして回避するが、それが悪かった。バランサーの調子が一瞬狂い、体勢を崩したのだ。
「しまっ……!」
ルナはハッとしたが遅かった。
『トドメだ! 覚悟!』
方向を瞬時に転換した夜叉がメガオーラブレードを空破へと振りかぶらんとしたまさにその時。
『落ちやがれええええええええ!』
大声と共に夜叉へ向けて巨大なオーラを浴びたブーメランのようなものが飛んで来た。
『何だ?』
夜叉はブースターを吹かして辛うじてそれを回避する。
だが、隙が見えた。
少しバランスの崩している夜叉に対して、一撃。その一撃を組み込んだ場所はオーラリフレクトバインダー本体だ。
防御が固いのならば、その防御を成し遂げている壁を一枚ずつはがしていけばいい。
まずは一つめを破壊した。明らかに夜叉の周囲を巡っている気のフィールドが低下しているのが分かった。
夜叉はすぐさま破損したオーラリフレクトバインダーをパージし、少し引いた。
互いに再び構える。
『なるほど……そう来たか……』
スパーテインは相変わらずの冷静な口調だ。ピンチをピンチとも感じていないのだろう。
それに、通信してきた彼の画像を見ると、耐Gスーツも着ていない。まったくもってこの男は豪傑だ。
一瞬だけ気を送ることが出来なかったのだろう。瞬間的につけ込むには空破は十分な機動力を持っている。ルナはそこを狙ったのだ。
空破の横にスクエアブレードを回収した紅神が付いた。
『貴様ら二人がかりで掛かってきても構わないのだぞ?』
プロトタイプエイジス二機を前にしても清々しい顔を見せる。だからこの男は絶対的な信頼を勝ち取れるのだろう。
戦に対する自信、自ら前線に立ち味方を奮い立たせ、敵には恐怖を叩き込む。
ルナにとって彼は、敵ながら尊敬に値する存在だった。
そんな相手とは、やはりサシで戦ってみたいものだ。
「あたしのことはいいから、アリスの援護に行って」
『あいよ』
紅神は方向転換しアリスの方へと向かっていく。
一対一になって、静寂が心を支配した。
一度深呼吸をし、体内の気を巡らせる。
『その気構えだな、フレーズヴェルグ。お前はなかなかに見込みがあっていい。その気の巡り方、私は嫌いではないぞ』
「そう言っていただけると非常に嬉しいのですが」
ルナは空破のオーラブラストナックルを双方とも展開し、構えた。
「ここで首を頂戴いたします!」
まったく、先人はなんちゅう兵器作ったんや。
ブラスカは狭霧を睨みながらそう感じざるを得なかった。
同時に、対アイオーンに極めて有効な効果を持つこの機体が、今多くの人の血を吸っていることもまた、どう思うのだろうと感じた。
縦横無尽に糸が舞い、当てようと思っても機動力で回避されるか、ないしは糸でシールドを作られる。
これ程の糸を使うまでに、どれ程の鍛練を積んだのか、ブラスカには分からない。
だが、この糸の張り詰め方は憎しみだけではなく、その奥に深い悲しみを持っていると思えた。
狭霧は手を一回挙げ、一気に振りかざす。
糸が五本とも不知火へ向かってきた。
余程自分を始末したいらしい。だが、この機体には狭霧ほどの機動性はない。
「奥の手、使わせてもらうで」
ブラスカは周囲にスモークを炊いた。
ブラスカは何を考えている。ブラッドは額に冷や汗をかいていた。
スモークを炊いたところで、奴の糸の狙いは正確だ。どうやら知り合いらしいが、互いに手加減する気はないのだろう。
特に相手は余程ブラスカのことが気にくわないらしい。
ケツの穴の小せぇ野郎だ。ブラッドは心の中で吐き捨てる。
そしてオーラワイヤードシステムの糸が先程不知火の炊いたスモークの中心部へと瞬時に向かっていき、響き渡る金属の裂かれていく鋭い音。
まさかと思った。
「ブラスカ!」
ブラッドは、いつの間にか自分が彼の名を叫んでいることに気付かなかった。
確かな手応えがあった。糸でスモークの中心に辿り着いた時、確かに感触があった。
多少なりとも機体に流した気から、感触は伝わる。それで金属を切り裂いたのは分かった。
だが、何か腑に落ちない。
狭霧が糸を巻くと同時に、スモークが解け、視界が鮮明になる。
その時、エミリオは目を見開いた。
そこに不知火はいない。あるのはバラバラに切り裂かれたガトリングガンだけだ。
その直後、狭霧のコクピットに警報。
敵機、上空にあり。
「何?!」
そう唸らずにはいられなかった。
後先は考えなかった。
BHG-012Hガトリングガン最大の難点は重量だ。あれだけで不知火の機動力がとんでもなく落ちる。
だが、逆に言えばあれといくつかの余分な装甲をそぎ落とし、戦闘で自然に減っていく燃料があるならば、機動力は格段に上がる。
それに、あのワイヤーで銃弾が全て防がれるなら、接近戦で決めるより他なし。
あのワイヤーの嵐で近づけなかったが、エミリオにはワイヤーを振り下ろすクセがある。しかも油断して一度しまった。そこから振り下ろすまでは時間が掛かるし、ワイヤーは気が通るだけで実体として存在している。一度巻き戻したら再度出すまでにも時間を食うし、気と違って桁外れの質量があり、また糸というその性質故に空中へ出すのは極めて難しい。
ならば、空中より一気に攻める。
不知火の手には『一八.二五メートルオーラハルバード』が握られている。刃先の近くにある加速器が回転し刃先へとオーラを送った。
刃先が蒼く燃えさかる。
「ワイにこいつを抜かせよった事、後悔しぃや!」
空中から不知火がたたみかけるかの如くオーラハルバードを振りかぶった。
その間、咆吼を挙げ続けていた。何に対しての咆吼かは、自分でもよく分からない。怒りか、哀しみか、それとも、信じたいと思う自分の心に向けてか。
確かに不知火と狭霧とどちらにパワーが優れているかと言えば不知火だ。
狭霧は左腕部のシールドを上面に押しだし、それを防御する。
鋭い金属音が基地全土にこだまする。
「甘いで!」
ブラスカがそう言った瞬間、オーラハルバードの刃先が振動した。刃先を振動させることでダメージを増加させるという手法は導入時から出来るようになっていたが、使う機会はこれが初めてだった。
しかし、その破壊力はブラスカの想像を超えていた。あの狭霧の左腕に付いた天然レヴィナス製のシールドを一刀両断したのだ。
そしてほぼ同時期に後方から狭霧へ向けられる銃弾の雨。
ブラッドのファントムエッジだ。
デッドエンド・レイに仕掛けられたMG-65の一斉射撃。
狭霧は反応が遅れたため、回避したときには既に右腕が穴だらけになっていた。
『くっ……ここまでやるとはな……』
その瞬間、三機が狭霧を囲む。
「大人しく投降しよったらどないです? もう終わりにしましょうや」
『まだだ! まだ俺は終わりではない! 貴様らベクトーアの者共全てを屠るまで、俺は死なん!』
ブラスカには、エミリオが何故これ程せっぱ詰まっているのか、分からなかった。
おどれは、何に追われて何に怯えとんのや。
言いかけた言葉を、ブラスカは飲んだ。
静寂が周囲を支配している。
レムは五感を研ぎ澄まし、いつ相手が動くかを見ていた。
空中にいて援護射撃を何度も行ったが、結局地面に当たるばかりで、牽制の役割も成すことが出来なかった。
相手を追い詰めたのはブラッドとブラスカだ。
あの二人に守られてばかりだ。自分は、彼らに何をしてあげられるんだろう。
時々、レムはそういう感情に駆られる。
額からしたたり落ちる汗で、一瞬にして戦場の空気を取り戻す。ホーリーマザーをホバリングさせて空中に待機しているが、未だに互いに動く様子を見せない。
何か、声が聞こえた。
『来る』
確かにその声は、そう聞こえた。
相手が動くのか。そう思ったが、何かが違った。
怖気がした。人間の放つ気ではない。狭霧から発せられているものでもない。
戦場のそこかしこから、まるで地から這い出るような気が通っている。
直後に、頭を抱えるほどの頭痛が襲った。
頭を何かがのたうち回っている。先程の気が、一気に駆けめぐっている。
それと同時に左半身に刻まれていく刻印。昨日の物と全く同じだった。
心拍数の急激上昇、脳波の乱れ、全てに置いて体の代謝機能が落ちていることをAIは警報で知らせている。
そして一つ、心臓が唸ったとき、叫んだ。
「奴らが……来る!」
その瞬間、突然周囲に光が放たれた。
『照明弾か?!』
『違う、これは……!』
レーダーが反応した。
それと同時にモニター内に大量に現れる『Alart』の文字。
そして、AIは淡々と告げた。
「識別反応確認。アイオーン出現」
その言葉にまるで呼応したかのように基地の中心地に光の柱が乱立し、その柱が真っ二つに割れた瞬間、確かにその存在は現れたのだ。
その名は、人外の存在、アイオーン。
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