妬かない神様 |
受験生にお正月はない、と言うけれど。
去年のお正月は、ちゃんと初詣に行った。
朝6時に集合。近所の坂の上で初日の出を見てから、近所のお稲荷さんにお参りした。それから駅前に戻って、塾までの時間をハンバーガーショップで過ごすことにした。
お正月の駅前は閑散としていた。なんだか現実離れした雰囲気は、お店に入っても変わらなかった。
「うわ、誰もいないじゃん」
からっぽの店内を見回して、由佳里が感心したみたいにつぶやいた。
「こんなの初めて見た。すごい。今ならなんでもできちゃうじゃん」
「なんでもって、なにするわけ?」
「マッパになるとか」
「やめてよ」
由佳里は本気でやりそうで怖い。
「マッパ?」
「真っ裸のこと」
「由佳里、舞に変なこと教えないでよ」
由佳里がやり始めたら、舞も真似しそうで怖い。
テーブルについて、食べはじめた。由佳里はいつもどおり、自分のハンバーガーをあっという間に平らげて、ストローの袋をくるくる丸めはじめた。
「あ〜あ、あたしも晴れ着着たかったなー」
初詣のお稲荷さんで、由佳里はバスケ部の後輩たちに囲まれていた。前もって約束していたらしく、みんな綺麗に着飾っていた。
「これから塾なんだから、仕方ないよ」
「そーだけどさ。去年の舞の晴れ着とか、超かわいかったじゃん。あれまた見たかったよ」
由佳里はテーブルごしにひょいっと手を伸ばした。
「今日の舞もかわいいけどねー。舞、普段着かわい〜」
「やーめーれー。」
頭をぐりぐり撫でまわされて、舞は悲鳴をあげた。
「そういえば由佳里、後輩の子にお守りもらってたよね」
私がそう言うと、由佳里はジャンパーのポケットから紙の包みを取り出して、開いた。
「えへへ〜、いいでしょ。あたしが買ったのと被っちゃったけど、いいよね。縁起もんだし」
「それ、良くないんじゃない?」
「へっ?」
「お守り2個持ってると良くないって聞いたよ。お守りどうしでヤキモチ妬いちゃうんだって」
「ん〜」
由佳里は、まったく同じ2つのお守りを左右の手にひとつずつ持って、首をかしげた。
「別にいいんじゃん? 同じ神様のお守りなんだし」
「それはそうかもしれないけど」
「それよりさー、藍音は神様になにお願いした?」
思わず舞と顔を見合わせた。
「なにって、受験以外にお願いすることあるわけ?」
由佳里はぽかんと口を開けて、私と舞を交互に見つめた。
「忘れてた」
「忘れてた……って、お守りまで買ったのに? 塾のカバン持ってるのに?」
「マジで忘れてたんだから、しょーがないじゃん。お願いすること、毎年決まってるし」
「そうなの?」
初耳だった。舞もびっくりした顔をしてた。
「毎年なにをお願いしてるわけ?」
「そんなの、決まってんじゃん」
と、なぜか由佳里は誇らしげに胸を張って、答えた。
「『今年も3人で仲良く過ごせますように』って」
「……」
「勉強はさ、自分で努力すりゃどうにかなるじゃん。どうせなら、自分でどうにもできないことお願いしたほうが良くない? ほら、あたしらたまにケンカしちゃうじゃん」
舞がどう思ったかは、わからない。
けど、私は恥ずかしくなった。
由佳里みたいなことをお願いしたことは、一度もなかった。毎年毎年、自分のことしかお願いしてこなかった。
恥ずかしくなって、それからちょっと悔しくなった。
「ねえ。三田州上のほうにも神社あったよね?」
「あ〜、なんかあったね。うん」
「行こう。今から」
「ふぇっ?」
「私もお願いする。由佳里と同じこと」
「藍音、それマジで言ってんの?」
由佳里は呆れるというより、面白がってるみたいだった。
「今から行って帰ってじゃ、塾間に合わないよ。それにほら、お参りのハシゴってまずいんじゃん? それこそ神様がヤキモチ妬いちゃうよ?」
「それは……そうかもしれないけど」
と、それまで黙っていた舞が、いきなりスケッチブックを開いた。私と由佳里が見守る前で、舞は色鉛筆を握って、さささっと絵を描きあげた。
「うひゃーっ、なにそれかわいーっ!」
「舞、それなに?」
「神様」
それは狐の絵だった。
お行儀よくお座りして、なぜか自分のしっぽを口にくわえていた。色は青と緑。その不思議な色のせいで、ただのかわいい狐が妙に神々しく見えた。
「この神様はヤキモチ妬かない。ハシゴしても平気。お参りし放題」
「あははっ、それいいじゃん!」
由佳里はけたけた笑って、舞から受け取ったスケッチブックをお店の壁に立てかけた。
「ここでお参りしちゃおうよ。この舞大明神様なら、きっとご利益あるよ!」
「由佳里は、今度こそ合格祈願してよね」
「なむなむ」
3人で柏手を打って、手を合わせた。紙の神様に向かって。
バカみたいな姿だったと思う。他にお客さんがいなくて本当に良かった。
――結局、思ったようなご利益はなかった。
でも3人の大事な思い出ができたから、紙の神様には感謝してる。
説明 | ||
中3のお正月は、ちょっとさびしい初詣だった。由佳里のお願いごとを聞いた私は、初詣をやり直したくなって――。 女の子どうしの他愛もない会話。長編のスピンオフ的お話です。 |
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