初心者マークの恋だから
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<前編>

 

 

放課後の執行部会議が終わると、2学期の定期考査のときと同様、生徒会室で深行と勉強をするようになった。

 

東大ではないとはいえ、深行と同じ大学を目指すのだ。深行は不安を抱える泉水子に、今から基礎を叩き込んでおけば確実に結果はついてくると言う。

 

深行と一緒にいたい。海外でも大学でも、その場所がどこになっても一緒にいたい。深行が導いてくれる未来への道筋こそ、泉水子にとってかけがえのない贈り物だと思うから。

 

・・・それなのに。

 

(私・・・これまでどうやって、深行くんと一緒に勉強していたのだろう)

 

泉水子が数学の教科書をじっと凝視していると、深行は分からないと思ったのか「どこ?」と聞いてきた。

 

お互いの肩が触れ合う。顔がとても近い距離にあり、泉水子の心臓がドキンと大きく音を立てた。

 

 

 

冬休みに玉倉山で過ごした時間は夢のようだった。

 

あまりにも自分に都合のいい展開で実際夢だったのではと思っていたら、深行はあらためて示してくれ、デートまで誘ってくれた。

 

そして、二度目のキスをした。

 

 

思い出して、泉水子は目をぎゅっと閉じた。

 

無理だ。こんな状況で勉強なんてできるわけがない。胸がドキドキして心拍数が上がって血液も頭に上っている状態で、一体どうやって勉強をしろというのか。

 

「鈴原?」

 

一度意識してしまうともうダメだった。誰もいない場所で近い距離。深行の匂い。

 

自意識過剰かもしれないけれど、好きなひとと密室に二人きりなんて、そんなのどうしたって意識してしまう。昨年の自分はどうして平気だったのか、ぜひとも教えてほしい。

 

「あ、あのね、ここなのだけど・・・」

 

問題を指差すと、深行が懇切丁寧に解説してくれる。意識しているのはやはり泉水子だけのようで、さらに自己嫌悪に陥った。

 

 

泉水子の悩みはそれだけではなかった。

 

深行は泉水子との交際を隠すつもりはないようなので、だからこそ、それ相応の努力が必要だと思う。

 

深行と今まで噂になっていたのは、あの真響なのだ。彼女ほど優秀になれないのは当然としても、こんなふうに雑念に振り回されているようではいけないのに。

 

いつも周囲は当然のように深行と真響をお似合いだと見なしていた。泉水子が深行といくらふたりきりで話そうとも、噂など立たなかった。

 

いったい今、どういうふうに見られているのだろう。

 

可愛くなりたい。

 

けれどもそんな願いは一朝一夕で叶うはずもなく。長いおさげが垢抜けず、子供の頃から男子にからかわれてばかりだった自分。

 

考えると暗くなっていく一方だ。泉水子は頭を振って深行の解説に耳を傾けた。

 

 

 

* * * * *

 

 

(・・・やってしまった)

 

英語の辞書がロッカーにない。

 

昨日予習をするために持ち帰ったことを思い出し、泉水子はガックリと肩を落とした。そのまま忘れてきてしまったのだ。最近本当にぼんやりしている。

 

英語の授業は必修科目なのでクラスごと。泉水子は真響に貸してもらおうとA組へ向かった。

 

 

入り口できょろきょろして真響を探していると、

 

「あ、鈴原さん。彼氏? 呼ぼうか?」

 

いきなり女子ふたり組ににこやかに話しかけられて、泉水子は意味が分からず立ち尽くした。

 

しかし遅れてその意味を理解した途端、一気に顔に熱が集中した。

 

「え・・・、鈴原さん?」

 

間違いない。今、泉水子の顔は、二人が困惑するくらい真っ赤になっている。

 

「可愛いー」

 

くすっと笑われた瞬間、泣きそうになった。必死で目を泳がせ、泉水子は真響を見つけると彼女に突進する勢いで抱きついた。

 

「わっ 泉水子ちゃん!? どうしたの?」

 

突然のことに真響がびっくりしていると分かっているのに顔を上げられなかった。どう思われているのか、気になって仕方がないのに怖くて。そして、とにかく恥ずかしい。

 

 

「鈴原。なにかあったのか」

 

ハッと顔を上げると深行だった。ものすごく真剣な表情をしている。真響もだった。泉水子が逃げるようにして入ってきたのだ。心配されてしまっても無理はないと思う。だけど、なんと言っていいのか分からず、泉水子はうつむいた。

 

「入り口で相楽くんを探して困ってたんだよね? 彼氏呼ぼうかって言ったら、真っ赤になっちゃったの」

 

「そうそう。それで、可愛いって言ってたんだよ」

 

微笑みあうA組女子の説明に、深行は固まり、真響はホッと肩の力を抜いた。泉水子の背中をぽんぽんと叩く。

 

「もう。奥ゆかしい泉水子ちゃんを、からかっちゃダメじゃない」

 

「えー、からかってないよねえ?」

 

「いやいや、宗田さんに助けを求めるあたり、浮かれすぎてる相楽が愛想つかされたんじゃないか?」

 

「浮か・・・っ 前林、お前な」

 

 

男子まで加わってきて、泉水子はますます顔を上げられなくなった。

 

笑われている、と思う。注目されていることを感じる。

 

何人もの生徒が集まって談笑するときは、泉水子はそばで微笑むのが精一杯だ。それなのに、話の中心になっているなんて。

 

これが生徒会室で、世界遺産候補に関することならまだ頑張れる。だけどこれは、

 

「やっぱり・・・無理、かも」

 

「え・・・」

 

泉水子の小さな声に反応したのは深行だった。

 

以前高柳と噂されたときも居心地の悪さを感じたが、まったくその比じゃない。だって、深行のことが好きなのだから。

 

同じ条件でも深行と噂にならなかったのは似合わないからだと拗ねたときもあった。けれども、実際つきあうことになってこうして冷やかされると、いたたまれなくなる。

 

(深行くんは、平気なのかな・・・)

 

 

空気が一瞬止まり・・・周りが一斉に吹き出した。

 

「相楽くんがフラれたー」

 

「やっと牽制できる立場になってがんがんオープンにしたい気持ちも分かるけど、この泉水子ちゃんがついて行けるわけないでしょう」

 

「恋する男とは悲しい生き物なんだよ・・・! みんな、相楽をいじめないでやってくれ!」

 

どうしてまた笑われてしまったのか分からない。泉水子が戸惑っていると、みるみる顔を険しくした深行は泉水子の腕を掴んで真響から引っぺがした。

 

「鈴原。ちょっと、こっち」

 

そのまま教室を出て行こうとする。反発しても、強い力で引っ張られてしまう。

 

「相楽くんっ あの、もうすぐ予鈴が」

 

「すぐ終わる」

 

時間を気にする風でもない深行のらしからぬ様子に気おされながらついていくと、ひと気のない階段の踊り場にたどり着いた。

 

深行は素早く周囲をうかがい、ひとがいないことを確認してから、泉水子の手を握りなおした。

 

向かい合うのも恥ずかしくてうつむいてしまう。手を離してほしい。顔を隠せない。

 

「俺に用事だったって?」

 

「・・・真響さんに、英語の辞書を借りたかったの・・・」

 

泉水子は本来の目的を思い出し、弱々しくふるふる首を振った。深行が沈黙してしまったので顔をあげると、思いのほか真剣な瞳にぶつかった。

 

「さっきの、無理ってなんだよ」

 

「だって笑われた・・・」

 

「それは・・・っ 鈴原がかわ・・・」

 

深行はいったん言葉を区切り、小さく咳払いをした。

 

「・・・あれは悪意のあるものじゃない。うそだと思うのなら、あとで宗田に聞いてみろ」

 

「・・・・・・」

 

深行が違うと言うのなら、きっとそのとおりなのだろう。深行は泉水子にはうそをつかない。

 

先ほどの痴態を思い出して血液が沸騰した。思わず足元を見つめてしまう。

 

「鈴原が注目されることが苦手なことは承知している。だけど、俺は隠すつもりはないから」

 

意識を引き戻すように、握られた手に力がこめられた。重なる熱。鼓動がうるさいくらいに激しくなる。

 

深行だってこういうことは嫌がると思っていたのに。

 

泉水子が黙ったままでいると、深行は顔をそむけて小声で言った。

 

「虎視眈々と狙ってるやつらがいるし」

 

「狙ってるって、私を?」

 

学園内においてはもう安全だと思い込んでいた。驚いて見つめると、深行は顔をしかめた。

 

「いきなり、つっこむなよ。・・・鈴原が思っているような意味じゃない」

 

その意味を図りかねていると、深行は腕時計を確認した。

 

「そろそろ予鈴が鳴るな。英語の辞書なら俺が貸してやるよ」

 

泉水子は少し迷ったが、時間がないのでその言葉に甘えることにした。

 

「うん。ありがとう」

 

 

深行のやわらかい表情に心臓が大きく飛び跳ねた。

 

自分の鼓動が、静かな階段の踊り場にやけに響いて聞こえる。

 

 

その数秒後、唇にぬくもりが触れて、すぐに離れた。

 

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<後編>

 

 

まるで、ものすごく深い深い闇に捕らわれているみたいに。

 

どこまで走り続けてもモノクロの世界。あたりのすべてが暗闇で、そこかしこにうごめいているものたちが追ってくる。夢の中の泉水子は、この闇の広がりには永遠にも近い時が流れていることを知っている。

 

もう幾度となく繰り返し見ている夢。終わりのないようなそれに、一点の光が射すようになったのはいつからだっただろうか。

 

伸ばしたこの手が、届くようになったのは。

 

 

 

 

真っ白だったノートが文字で埋まっていく。

 

数学はとにかく問題をこなして慣れることが大事とのことで、深行がしるしをつけた問題を泉水子はひたすら解いていた。

 

ちらりと目線を上げると、正面に座っている深行も黙々と自分の問題集を解いている。

 

放課後の生徒会室は眼鏡コンビが残ることもあるけれど、基本的に二人きりのことが多い。どうしても意識してしまっていたが、空気が触れ合うような距離ではなく、正面に座ることで泉水子は平静を保てることに気づいた。

 

はじめて深行から教わることになったときはどんなスパルタが待ち受けているかとドキドキしたが、存外教え方が丁寧で、泉水子のペースに合わせてくれていたと思う。

 

今だって自分の時間を割いて、つきっきりで教えてくれているのだ。

 

ドキドキしてふわふわして。こんな浮ついた気持ちでいることが知られたら、きっとあきれられてしまうだろう。

 

 

下校時間を告げるチャイムが鳴り、深行は軽く伸びをした。

 

「帰るか」

 

やわらかいまなざしに、心の中にある丸いものがころんと音を立てる。

 

見つめられると胸がきゅうっとしめつけられるように苦しい。不整脈になって、その瞳を直視できずに思わずそっとうつむいてしまう。

 

お互いの気持ちが通じ合いこうして一緒にいると、いつのころからか泉水子の中にガラス玉のようなものが転がるようになった。

 

綺麗に透きとおった透明なものや淡いピンクのもの。黄色やブルー。虹色のような心の中。

 

彼への想いと与えられる気持ちで、溢れるように埋め尽くされる。

 

人の目が気になってしまって、まだまだぎこちないけれど。大切にしたい。この胸の中にある、小さな小さなガラス玉を。

 

 

 

校舎を出ると今日も真っ暗だった。暖房の効いていた室内と違い、冷たい風が通り抜ける。泉水子はコートの前ボタンをしっかり留めた。

 

吐く息は白くて、指先は冷たくて。手袋を取り出していると、深行もかばんから出してはめているところだった。

 

泉水子がプレゼントした手袋。見るたびに自然と頬がゆるんでしまう。

 

いつものように深行は泉水子の手を取った。最初はびっくりしたけれど、この時間まで残っている生徒はほとんどおらず、恥ずかしいけれど嬉しかった。ふわっとしたその感覚に、胸の内側がくすぐったかった。

 

空を見上げると、透明感に欠ける夜空が広がっていた。月も出ていない。

 

どんよりと湿った空気も感じる。明日は雨模様かもしれないと思うと泉水子はがっかりした。傘をさすと手をつなげないし、深行の横顔もあまり見れないからだ。

 

そんなことを考えていると、深行が唐突に言った。

 

「お前さ、図書館のほうが勉強しやすいか?」

 

「えっ どうして」

 

騒がしかった胸がしんと静まる。隣を見上げると、深行は前を向いたままだった。その横顔からは、やっぱり表情は読み取れない。

 

「深行くんは・・・そうしたいの?」

 

「いや。鈴原がそうかと思っただけだ」

 

「私は、生徒会室のほうがいいのだけど」

 

あれ? と思ったときには胸の中がころんと音を立てた。ガラス玉が不安によどむ。

 

けれども深行の大きな手が頭の上にぽんと乗せられると、途端にほんわかした気持ちになった。

 

ちょっとしたことで喜んだり沈んだり。恋心とは忙しない。苦しいけれど、でも、悪いことではなくて。

 

(深行くんは、きっとこんなふうにドキドキしたりはしないのだろうな)

 

泉水子が知る限り、彼はいつだって女子に囲まれていた。異性に免疫のない泉水子とは違う。そんな彼にとって泉水子はつまらないのではないかと不安になったこともあったけど、よくよく考えて今さらなのであった。

 

人見知りでうじうじしている泉水子をみそっかすとまで言った。否応なく山伏の事情に巻き込まれ、それでも一緒にいることを選択してくれた。もうこれ以上の幻滅される要素が思いつかない。あるとしたら、泉水子がくじけて全てをあきらめた時くらいだろうか。

 

どうして選んでくれたのかはいまだに分からない。だけど、深行が泉水子のそばにいてくれることを決めたのは、相当の覚悟だと思うから。

 

 

つらつら考えているうちに、寮の分岐に来てしまった。

 

照明が明々と道を照らす。見つめられて、急速に胸が高鳴った。

 

「・・・じゃあな」

 

深行はつないだ手を離した。男子寮へ足を向け、肩越しに振り返って軽く片手を上げる。同時に、つながれていた指先がひとりぼっちになる冷たさを主張するように冷えていった。

 

「うん」

 

キスをされるのでは。そう思ってしまった自分の恥ずかしさを隠すように早口で答えた。そして、ぎゅっと鞄をにぎりなおした。手袋の感触、参考書がつまったかばんの重みをあえて胸に刻むようにして。

 

やっぱり、ドキドキしているのは泉水子だけなのだ。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

数日もたてば、今さらながらのふたりの勉強会にも慣れてきた。

 

 

ここのところ天候が思わしくなく、今日も朝から冷たい雨が降っていた。

 

執行部では来年度の予算案を考える時期にきており、予算配分を会議するために各々手分けして各クラブの決算書を打ち込んでいた。必要なものは決裁、不必要なものは却下と稟議にかける。

 

仄香は「人情を持っていてはできない。嫌われる覚悟でやれ」と言う。やはり泉水子は生徒会長には絶対にむいていないと思う。そうは言っても表向きの次期生徒会長は高柳なのだから、仄香たちの卒業後は彼が仕切ることになるのだけど。

 

そこまで考えて笑みがこぼれた。深行と真響の苦労が見えたからだ。泉水子も精一杯貢献しよう。

 

そんなことを考えているときのことだった。

 

輝く白い光を目視することなく、大きな音が響き渡った。瞬間、照明が落ち、すべての電気機器がストップした。

 

雷だ。そうとう近くに落ちたらしい。

 

「きゃあああああっ」

 

しかし停電したのは少しの間で、すぐに復旧して明かりがついた。泉水子がホッと胸をなでおろすと、みんなの視線がある一点に集中している。泉水子もそちらをみてみれば、仄香が玲奈に抱きついていた。

 

仄香はその視線に気がつくと、大きく咳払いをして、生徒会長らしく被害状況を確認した。

 

「みんな、平気? けっこう近くに落ちたみたいだけど」

 

「っていうか、げー! データ吹っ飛んだんじゃないか?」

 

にやにやしていた大河内が我に返ったように急いでパソコンを立ち上げると、深行が平然と言った。

 

「サーバーのデータなら、毎日バックアップしてるので大丈夫ですよ」

 

「おおっ さすが相楽だな。・・・って、なに。いつからそんな面倒なことやってくれてたんだ?」

 

星野のつっこみに深行は沈黙した。眼鏡コンビは顔を見合わせて笑うと、深行のことをなんだかんだと意味の分からないことを言ってつつきだした。

 

首をかしげていると、真響がこっそり泉水子に耳打ちをする。

 

「相楽のあれ、きっと戦国学園祭からだよ。万が一にも何かが起こって泉水子ちゃんが電子系統を吹っ飛ばしちゃっても大丈夫なようにじゃない?」

 

まあ守れるのは生徒会室のデータくらいだけど、それは大きいよね、と言う真響の言葉に、泉水子はスカートの上でこぶしをぎゅっと握った。

 

目元が潤みそうになったことを、必死に隠して。

 

 

 

執行部の会議が終わる頃には雷も落ち着き、雨も止みそうなほど小雨になっていた。

 

泉水子と深行の他には誰もいなくなり、泉水子は深行の隣に移動した。だいぶ慣れてそろそろ邪念に惑わされずに済むような気がしたし、なにより深行の気持ちが嬉しくて、もっと近くにいたいと自然に思えた。

 

見える形でも、見えない形でも、支えてくれていた彼のそばに。

 

 

ちらりと横目を向けてくる深行と目が合った。微笑みかけると、深行はかばんから問題集をとり出し、やはり表情の読めない顔で泉水子に向き直った。

 

「・・・俺には鈴原の考えていることが、よく分からないんだが」

 

深行の声は、どこかよそよそしく泉水子の耳に響いた。急に目の前でドアを閉められたような気持ちになり、泉水子は黙って彼を見つめた。

 

どうしてそんなことを言われてしまうのか、こちらのほうが分からなかった。考えるほどにじわじわと心に痛みをもたらして、先ほどの嬉しさを奪った。

 

「俺に察しろなんて期待するなよ。俺だって・・・こういうのは、はじめてなんだ。思っていることをちゃんと話せよ。俺の近くにはいたくないんじゃないのか」

 

「そんな・・・そんなことないよ。あるわけがないよ」

 

思ってもみないことを言われて泉水子は素早く息を吸い込んだ。誤解を解きたくて深行の手をきゅっと握ると、深行は少しの間じっと泉水子を見つめ、軽く息を吐いた。

 

夕暮れ時。雨が上がった窓の外は、どんどん日が傾いていく。青からオレンジへ、冬独特の寒々しいグラデーション。

 

 

泉水子は、深行の手を握った自分の手を見つめて、ぽつりとつぶやいた。

 

「・・・恥ずかしかったの」

 

泉水子の手の中で、大きな手がぴくんと動く。とても顔を上げられなかった。だけど、心のうちでどんどん溢れる極彩色のガラス玉。

 

「深行くんと噂になるのはいつだって真響さんだったし、私が周りにどう思われているのか怖かった。せっかく勉強を教えてくれているのに、そばにいたらドキドキして手につかなかったの。深行くんは、なんとも思っていないのに・・・恥ずかしかったの」

 

沈黙が重い。手が震える。ふぅふぅと小さく深呼吸をした。自分の言葉で自分の気持ちを伝えることが、こんなにも緊張することだなんて。

 

「・・・あきれた?」

 

そろりと顔を上げると、深行が無表情で泉水子を見つめていた。けれども目が合うと、深行はほんのり頬を染めて気まずげにそらした。口元を手で覆い隠してしまう。

 

「深行く、・・・あっ」

 

いきなり引き寄せられて、腕の中に飛び込んだ。ぎゅっと抱きしめられて、うるさいくらいに心臓が暴れる。こんなに密着したら絶対に伝わっているはずで、泉水子は真っ赤になって身じろいだ。

 

「いや?」

 

深行のかすれた声が耳元に響く。

 

動揺してしまったけれど、いやなわけがなかった。こうした態度が誤解させてしまったのだなと思い、泉水子はそろそろと深行の背中に手を回した。

 

 

あたたかい。

 

いつも何を考えているのか分からず、辛らつな物言いをしながらも泉水子を護ってくれる深行は、こんなにもあたたかいひとだった。

 

伸ばしたこの手を引っ張ってくれる、泉水子の救命ブイ。

 

 

ゆっくり見上げるとすぐ近くに顔があって、小さく息を飲んだタイミングで唇をふさがれた。

 

「言っておくが、俺は去年から苦労してたんだからな」

 

勝ち誇るように深行は小さく笑った。言われた意味は分からないけれど、泉水子の好きな笑顔だった。言葉とは裏腹になんだか嬉しそうなのはどうしてだろう。

 

そんなことを考えているうち、また唇が重なって、抱きしめられた。

 

 

胸がドキドキして落ち着かないのに、離れてしまうのは名残惜しくて。

 

矛盾したことを思いつつ、色とりどりのやっかいな恋心が、ころんと音を立てて胸に落ちていく。

 

 

 

 

 

 

終わり

 

 

 

 

 

 

 

泉水子ちゃんって心の中ではめまぐるしくいろんなことを考えているのに、深行くんにはまったく伝わってないですよね(笑)

だからこその、「ふだん思ってることもっとしゃべれよ」なのでしょうが、お互いさまなのが本当に可愛いです。

つきあってもきっとすれ違いばっかりだろうなーと思うと楽しいですね! みゆみこの真髄☆

 

冒頭の夢はちょっとアニメのOPをイメージしてみました(ちゅーはカット(笑))。考えるな感じろの心持ちでお願いします。

 

書きたいものを詰め込んだら、やけにとっちらかったお話になってしまいました。

たぶん書いてる本人しか分からないような自己完結になってしまったと思います。読みにくくて申し訳ないです・・・。

説明
高1の3学期。『恋ゴコロの育てかた(http://www.tinami.com/view/766533)』の後くらいで妄想しました。
付き合いはじめ、泉水子ちゃんがぐるぐる考えてしまうお話です。
勝手な妄想捏造が本当に激しいので、原作のイメージを大切にされたい方は閲覧にご注意ください。
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タグ
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