自己増殖性ラビュリントス 01「略奪」 |
01 略奪-Maraud-
オカルトボール。かつて外来の異人、宇佐美菫子によって持ち込まれたそれは((都市伝説|オカルト))を具現化し、皆がそれを都合よく己のものとして使役するようになった。だがそれは制御などとは程遠い、放し飼いにも等しい薄氷上のパワーバランス。崩壊はすぐに訪れた。宇佐美菫子による大結界破壊計画。オカルトボールはそのための布石に過ぎなかった。
否。宇佐美菫子すらも、都市伝説を御する事など最初からできていなかった。彼女のパワーストーンに都市伝説を込めたのは、月の都の賢者。稀神サグメ。幻想郷浄化計画。細かい経緯はよく知らない。というか、結局のところ私にもよくわからんのだ。発端が何なのか。どこでどう歯車がかみ合ったのか。
犯人は、黒幕は誰だったと思う?私は都市伝説そのものだったように思う。人を踊らす都市伝説を人が御するなど、誰が夢想した戯言か。人の口に戸は立てられぬ。人も妖怪も聖人も、言霊に操られるがままに踊り果てた。宿主の芯に蔓延る寄生虫のように、都市伝説はサグメに、菫子に、オカルトボールの所有者たちに寄生した。そうして宿主を踊らせ、自分を育て上げさせた。
カマキリの腹で育ったハリガネムシは、恩を仇にして池に投げる。あわや入水自殺の寸前で、幻想のカマキリは2度命を拾った。結局、誰もかれもが踊らされていたのだと思う。菫子に、サグメに、あるいは都市伝説という((蠱惑|こわく))そのものに。自殺未遂の果てに、幻想のカマキリはどうにか平穏無事な生活を取り戻した。腹にハリガネムシはまだいるが、もう悪さはすまい。
そう、オカルトボールの異変は片付いたのだ――。
「――の、はずなんだが。なーんでここにあるんだろうね、コレが」
夏の日の昼下がり。亡霊、蘇我屠自古は自由気ままな散歩を楽しんでいた。草木の灼ける夏の香り。モテないミンミンゼミ達のやかましいラブコール。くねくねと歪む緑の地平線。まさに毎年恒例、幻想郷の夏そのものだ。異変のイの字も感じられない、ハレの日も遠いケの風景。彼女が右手に持った紫の玉の存在以外は、なにも異質なものはなかった。
「オカルトボール異変は月にまで及んで、結局太子も巫女も物部も月兎も走り回って、どうにかこうにか一件落着したハズ、なーんだけどなァ」
屠自古が右手で弄ぶ紫の玉。それはかの大異変の元凶、都市伝説の源流。即ち、オカルトボールそのものであった。
「偶然にも落ちてたオカルトボールを拾ってしまい、新たな異変が!って、まーためんどくっせえモノ拾っちゃったなー。ま、今回は棄てられるだけマシ、かな?」
『今回の』オカルトボールは棄てられる。どういう仕組みか、これは屠自古がオカルトボールを拾ってまず頭に流れ込んできた『ルール』のひとつだった。ボールを他人に譲渡することもできる。即ち、所有権を制御できるのだ。なる程、以前のオカルトボールよりも遥かに『御し易い』ようにつくられている。都市伝説の制御。これは進化か、それとも退化か。
見た所、今回のそれは外界のパワーストーンだとか、月の都の遺物だとか、そういったたぐいの物質ではないらしい。そうした異物感がない。詳しくはよく知らないが、前回は確かそのあたりが問題だったハズだ。要するにコレは取り急ぎ、たとえば持っているだけで博麗大結界が爆発するだの、女子高生にけんかを売られるだの、蜘蛛型ロボが殺人ガスを撒き散らすだの、そういう致命的な厄介ごとに発展する心配はないらしい。前回の異変も、彼女はそういった厄介ごとの予感をうけて傍観していたのだった。実際予想はそのとおりになり、見事に豊聡耳神子は東奔西走するはめに、屠自古はお気に入りの皿を割られるはめになったのだが。
物部には黙っておこう。せっかく新調した皿をまた割られたのではたまったものではない。あれ結構高かったのだ。あのメガネ野郎め、足元見やがって。アレコレと頭の中で毒づきながら、蘇我屠自古は大岩に腰掛け、何のことはない夏の昼下がりを何となく満喫していた。日差しと木陰がつくる白と黒とのコントラストが、岩をすっぱり真二つに割っている。心地良い陽の温もりと、不愉快な陰の冷たさが、厚さゼロの結界を隔てて共存している。不快で愉快な幻想の夏もいよいよ本番だ。
そのときだった。小うるさいミンミンゼミの合唱にまぎれて、彼女の頭に声が流れ込んできた。
――おまえも、オカルティストか。
ちがいまーす。
――ウソをつけっ!ならお前のその手に持ってるものはなんだ!
ふざけ半分で幻聴もどきをからかいながら、蘇我屠自古は内心、待ってましたといわんばかりの期待に胸を躍らせていた。そしてミンミンゼミの合唱が次のひと呼吸に入るよりも早く、
黒く巨大な腕が蘇我屠自古を掴んで引き摺り込んだ。
楽しげな、だがどこか退廃的で寂しいメロディが遠く聞こえる。ここには夏の日差しもなく、匂いもせず、ミンミンゼミもいない。限りなく円に近い多角錐形の屋根に沿ったきらびやかな照明は、鉄檻を隔てたがらんどうの観客席を虚しく照らし続けている。檻の直径はいくらほどか?屠自古はぐいと首を持ち上げ、向こう側の壁との距離を目で測った。ざっと1町と少し、程度か。中々に広い。円柱形の檻に囲まれた空間――つまり、今屠自古のいる場所だ――には、満艦飾めいて色とりどりの旗を連ねたロープがまばらに数本、妖怪蜘蛛の根城のように斜めに走っている。そして更に上には、縦横に走る空中ブランコ。そしてブランコの袂にかかる桟橋の奥には、入場用らしきゲート。その桟橋のひとつの上に、そいつはいた。
気でも((狂|ちが))えたような原色の着衣は半身が赤の縞模様、半身が青地に白抜きの星模様。タイツも左右の互い違いで同じ模様。襟首のひだがやかましい。タコのようにうねった四叉帽の下から生えた髪は無節操に長く、金というには汚げな色で腰元までを染めている。背には薄翅。手には松明。
要するに頭のおかしい妖精だ。
「さあさあようこそ悪い子おいで!終の住まいのお味はどう?あたいの名前はクラウンピース!強くて可愛い地獄の妖精!」
けたたましく甲高い声が、がらんどうの見世物小屋に反響する。屠自古はオカルトボールをポケットに仕舞い、顎が疲れるほど顔を上に向けた。
「私は屠自古!蘇我屠自古だ!これがお前の((都市伝説|オカルト))か?」
「そのとおり!あたいは見世物小屋の人攫い!都市伝説で遊ぶ悪い子は、見世物小屋がお似合いよ!さあ、オカルトボールを渡しなさいな!」
屠自古は返答のかわり、バチバチと両手に電気を走らせた。どこからともなく、2挺のボウガンが彼女の両手におさまった。それを視認すると同時、クラウンピースはブランコを掴んで大きくスイングした。
「宣戦布告と見ていいのね!いいわ!やっぱりオカルティスト同士はこうでなくっちゃあ!」
ぐいと勢いをつけ、クラウンピースのしなやかな身体が弾丸のように宙へと放たれた。屠自古は零体の足から閃光を放ち、同じく空中に翔んだ。
屠自古の武器はこのボウガンだ。物部の和弓や、太子のなんだかよくわからない空間から出る矢と違い、彼女のそれは直線的な連射にすぐれるかわり、消費霊力でみた面攻撃の効率にはやや劣る。高さの有利をとった妖精相手には少々部が悪い。空間を広く使って動き、鞭のような連射を刺しながら、位置エネルギーを撹乱するのだ。
クラウンピースは松明を腰に挿し、空中で満艦飾ロープを掴み、グルリと3回転したのち妖精的な柔軟さで姿勢を制御。両足で滑りながら左右に傾き、時にロープを飛び移りながら、雷の速度で射抜かれる矢弾を躱し降下していく。屠自古もまたロープの合間を縫うように宙を舞い、クラウンピースの松明から飛ぶレーザー光を紙一重で躱しながら射撃する。クラウンピースが下がり、上がり、そして下がる。好機!クラウンピースの位置エネルギーが一気に解き放たれ速度に転じた瞬間、屠自古は勝負をかけた。広い空間を使って急上昇し、彼女は最初の((切り札|カード))を切らんとした。その直前!
「キャハハ!さあさあ皆様お待ちかね! *第一幕!玉乗り地獄でございます!* 」
ゴウン!クラウンピースのカード宣言と同時に最上段四方の入場ゲートが開き、煌々と光る巨大な赤白ボールが次々檻の中へと飛び出した!ボールひとつの直径は1間ほどもあり、明らかに何らかの霊力を帯びている!
「な、わ、わーっ!?」
屠自古は慌ててカードを仕舞い、上空から降り注ぐ巨大ボールに備えて緊急回避姿勢をとる!強化されたと思しきボールのうち、あるものは不自然に速く、あるものは逆に遅く、一様に変則的な方向へ回転している!その回転方向があまりにちぐはぐなので、壁で跳ね返るたび思いもよらぬ方へ飛び、片時も油断ができない!とうぜん攻撃しているヒマもない!完全に先手をとられた形だ!
「キャハハハハーッ!イッツ、ルナティックターイム!気狂いピエロのショーはどう?刺激的でしょう!さあ踊れ踊れ!もっと楽しんでもいいのよーッ!」
狂ったように笑い、ロープを滑るクラウンピースの方にはなぜかボールが飛ばない!恐らくそういった制御なのだ。乱れ飛ぶボールのプログラムされた安全地帯が三次元的に動き回るので、それが更に軌道を複雑にしている!
屠自古はジグザグに宙を蛇行しクラウンピースを追いながら、一種の心地良さを味わっていた。厄介ごとを避けて傍観していた前の異変。忙しく走り回る物部と太子。平穏だったが、つまらなかった。乱れ飛ぶボールとあの気狂い妖精は、厄介ごとのカタマリだ。なんだ、二人とも。こんなに楽しい事をしていたのか。屠自古はボールの隙を伺い、意を決し、厄介ごとの中心へと飛び込んだ!
「――ところでお前。その脚、今使ってる?」
クラウンピースはぎょっと振り返る。一瞬の隙をつき、屠自古は息のかかるような真後ろにまで接近していた。台風の目!ボール暴風雨の安全地帯だ!ボールに任せ、安心しきっていたクラウンピースの迎撃は――間に合わない!
「そうか。使ってるか。なら…… *力ずくでもその脚、奪え!* ――カシマ、レイコぉ!」
屠自古がカードを宣言した瞬間、クラウンピースの身体がグラリと揺らいだ。直後、クラウンピースの側頭部へ棍棒のようなキックが打ち込まれた!
「うおらああああ!」
「ギャーッ!」
一瞬、頭の中がホワイトアウトする。キック……脚!?どういうことだ!蘇我屠自古の下半身は霊体。キックなど、できよう筈がない!……否、今はそんな場合ではない!バランスを取らねば!ロープから転げ落ちたクラウンピースに、屠自古の追撃が迫っている!クラウンピースは薄翅をばたつかせ、どうにか姿勢を制御し、すぐ真下のロープを掴んだ。両腕でしかと掴んだロープをグルグルと回り、立ち上が……れない!何故!?
「う、うおおおおお!?あ、脚が!あたいの脚があああああああ!」
そこで初めてクラウンピースは、自分の身体の異変に気付いた。右脚が……ない!太股の中心ごろから先が、スッパリと切断されたように、消えてなくなっている!
「うわああああああ!し、死んじゃう!ヤダ!怖い!血がいっぱい出ちゃう!痛いのヤダ!痛……あれ?」
奇妙な感覚だった。はじめ、痛みがないのは何らかの興奮作用であるものと思っていた。だが違う。痛みもなければ血も出ない。切断されたのではない。明確に、単純に、『そこに脚がない』だけだ。では何処へ?――答えは自明!クラウンピースの右脚、星模様のタイツは見紛うはずもなし。それは今や、屠自古のスカートから顔を出していた!
「あ、あたいの脚!返せ!返せお前!返ギャーッ!」
返事代わりのキックで再びロープから気狂い妖精を叩き落とした屠自古は、奪った片脚で器用にロープに立った。その傍らには、彼女の都市伝説が浮いていた。
夏に似合わず暑苦しい、厚手で((国防|カーキ))色の軍服に身を包んだ女性。軍帽を目深に被った顔は包帯でぐるぐるに巻かれ、僅かに覗く素顔もしだれ柳のような前髪で隠れて見えない。長袖長ズボンは途中でひしゃげて風になびき、袖口から四肢を辛うじて模った霊気が漏れている。四肢のない軍服の女。"カシマレイコ"、蘇我屠自古はそう呼んだ。
「それがお前の((都市伝説|オカルト))か!」
「そうさ。いいだろ。これ、脚の感覚まで相手のものを奪えるんだ。このとおり、1400年ばかし歩いてないこの私でも……よっと!」
屠自古は挑発的に片脚でジャンプし、クルリと空中一回転して再びロープに着地してみせた。
「クソッ!バカにしやがってェーッ! *第二幕!火の輪くぐりだこの野郎!* 」
飛び跳ねていたボールが力を失い、いっせいにボトボトと地面に落ちた。同時にクラウンピースは片脚で跳躍、掴んだ松明でグルリと円を描く。その軌跡が炎の輪をつくり、幾重にも連なって放たれる。だがその反動が予期せぬものだったのか、クラウンピースは空中でバランスを崩す。とうぜん炎の輪も不揃いに投射される。
「お、おお!?あわわーっ!?」
「知ってる?人って片腕が欠けると、まっすぐ歩きにくくなるんだってよ。飛行も歩行も、無意識のうちに全身でバランス取ってるんだよね。だから止めた方がいいぞ?片脚で下手に飛ぶのはさ!」
屠自古は的外れに放たれた炎の輪をスルリとすり抜け、稲妻のごとき速度で敵の懐へ突っ込んだ!
「ぐわーっ!あ、あたいがーっ!?」
クラウンピースは半ばパニック状態でもがく!振り回す松明と滅茶苦茶なレーザーを上半身の動きだけで躱し、屠自古は一気に距離を詰める!今や屠自古は松明のリーチより内側、あらゆる攻撃の射程範囲外だ!
「とどめだァーッ!雷矢ァッ!『ガゴウジサイクロン』ッ!」
屠自古が突き出した両腕から、竜巻のような直列雷矢弾がクラウンピースにゼロ距離から殺到した!雷矢弾はクラウンピースを吹き飛ばしながら檻へと激突、そのまま突き破り、観客席やテント布までもを貫通!
「ぐおおおーーーーー!おーーーぼーーーえーーーてーーーーろーーーーーー!」
テントに開いた風穴から、あたかも空気が抜けるように、周囲の情景が虚無へと吸い出されていく。気付けば屠自古は夏の日差しの下にいた。モテないミンミンゼミは相も変わらず愛を謡っている。クラウンピースはあのままどこかへ吹き飛んだようだ。どうやら勝ったらしい。いつの間にかボウガンにかわり、右手に掴んでいたオカルトボールがその証拠だ。右脚も消えている。持ち主に戻ったのだろう。
オカルトボールは全部で7つ。これは今回のオカルトボールも同じらしい。つまり、あと5人。誰かがボールを持っているということだ。ボールを集めるとどうなるか?そんな事はわからないし、わかったところで意味はなかった。前回もそうだった。そうやって皆、踊らされたのだ。屠自古は今しがた手に入れたボールを、空高くに放り上げた。陽光を受けて煌めいたボールが、再び屠自古の右手に収まった。
今年の夏は、どうやら楽しく踊れそうだ。
【02へつづく】
説明 | ||
「もし、深秘録参戦者以外がオカルトボールを手にしたら」というifをもとに描いた、東方深秘録のアフターストーリー的連作二次創作SS(SyouSetu)です。 !注意! このSSは一部の幻想住人にとってアレルゲンとなる捏造設定や二次創作要素がふくまれている可能性があります。 読書中に気分が悪くなったら直ちに摂取を停止し、正しい原作設定できれいに洗い流しましょう。 【あらすじ】 オカルトボールに端を発する大異変もあらかた落ち着いた夏のある日。蘇我屠自古は偶然にも『新たなオカルトボール』を拾う。 それはかの大異変の再現、第二次都市伝説大戦の幕開けでもあった……。 |
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