ミラーズウィザーズ第三章「二人の記憶、二人の願い」06 |
「何よ〜。勿体つけないでよ〜」
〔確かに我の推量が正しければ、我の助言で何か変わるかもしれぬ。じゃが、魔法というのは一人一人違う。魔法に限らん。人というのはそれぞれ自己世界が異なる。どれだけ話を聞いても人は人を真に理解するとこは出来ん。自己世界の認識は己以外には出来んのじゃ。つまり、どうすればいいか、自分自身が自ら気付かなくてはならん〕
「何それ、結局自分でなんとかしろって? 言ってること、教師と変わらないじゃない。じゃなくて、もっとこう、ないの、手っ取り早い上達法とか?」
エディは子供のように頬を膨らます。そんなことなら耳にタコが出来るほど学園で聞いた。『全ては自身が乗り越えるべき試練である』。それが魔法学園の基本方針だ。だから、魔法学園の生徒達は自らの魔道を高めようと、各々努力を重ねているのだ。
〔特に主は特別じゃからの、己の特殊性を理解しておらねば、己を扱うことなど出来はせん〕
「特殊性? あっ、もしかして、私の潜在魔力が大きいから扱いが難しいって、そんなオチ?」
〔馬鹿者が。そんな都合のいい話があるか。お主の魔力は人並みじゃ〕
心底呆れた様子で、幽体の魔女は嘲笑すら漏らさなかった。
「いやぁ、そうだったらいいな〜 って」
〔願望でものを言うな〕
「その『願い』を叶えるのが魔法じゃなかったっけ?」
〔くくく、口だけは達者じゃのぅ〕
「魔法が下手なんだもん。口ぐらい出さなきゃね」
〔ほぅ。おかしいの学園での口など出さずに、主はもっと引っ込み思案に見えるがのぅ。我だけにそんな態度を取るとは、相当な内弁慶じゃ。くくくく〕
「な、何よ。そ、そんなことないわよ。たぶん……」
多少自覚はあるのかエディはどぎまぎして否定した。
ユーシーズはまた夜空を見上げる。幾多に輝く星が迫り来る空は綺麗というより、どこか寂しげに輝いていた。月夜に映る魔女の銀髪の煌めきに引き込まれそうだった。
月と魔女。古来より伝わる伝統的取り合わせだ。今更ながらに、ユーシーズが魔女らしく見えてくる。それ以上に、美しいと思った。自分と同じ顔という見飽きた造形なのに、ユーシーズの姿はとても美しくエディの目に映る。
〔主はの、魔法の才がないわけではない〕
ユーシーズがぽつりと言った。
「……嘘、本当?」
〔なぜ、そこで聞き返す?〕
「いや、だって私に才能なんて……」
才能があったら、ここまで魔法制御には苦労しないというのがエディの実感なのだろう。
〔主は魔法が使えておらん。それは事実じゃ。じゃが魔法を使う才がないわけではない。むしろ、その辺にいる奴より、よっぽどましじゃよ〕
「私が? でも魔法使えないないんだよ?」
〔そう。主は扱おうとしている呪言(スペル)魔術の才がないのじゃ。いや、そもそもなぜ主は呪言(スペル)魔術など使おうとしている? その方が我は腑(ふ)に落ちん〕
「なぜって、一番簡単で基本的な呪言(スペル)魔術が使えなきゃ、他の魔術なんて使えるわけないじゃない」
〔それは誰が決めたのじゃ?〕
首を傾げるようにユーシーズは言う。その仕草は本当にエディにそっくりだ。顔形も背格好も同じ二人が夜の試合場で二人っきりでいるという様子は本当に不思議な光景だった。
「誰って、そんなの当たり前じゃない。基本が出来なきゃ応用なんて」
〔魔道の者が『当たり前』なぞ語るか、これは傑作じゃ。魔法とは、世界の法、世界の当たり前を打ち破る手段ではなかったのかえ?〕
「昔はそうだったかもしれないけど、今の魔法は魔学に乗っ取って体系だった技能なんだから、魔法には魔法の基本が」
〔だからその基本を誰が決めたんじゃ?〕
再度、魔女が聞く。いや、何どれも彼女は問うだろう。数百年という時を生きた魔女だからこそ知っている。
「そんなの知らないよ! 現代魔学は魔女戦争の時の魔法使いが……」
何かに気付き、エディの口調は弱まり聞こえなくなってしまう。
〔何、黙る必要はない、続きを申せ〕
既にユーシーズにも、エディが何を言うおうとしたのか、なぜ言い淀んだのかがわかっている。だからこそ、エディに明言させようというのだ。
「……魔女戦争を戦った魔法使い達が『魔女の秘術(ウィッチ・クラフト)』を真似て、基礎学論をまとめたものが今の魔法だって講義で……」
〔くくくく、かっかっかかかかっ。その魔女戦争とやらで『魔女』と謳われたのはどこの誰じゃ?〕
高笑いがよく似合う。それでこそ魔女だ。魔女戦争を越えてなお、存在し続ける魔女。
「魔術の祖といわれる不死の魔女ファルキン……」
絞り出すような声でエディが答える。それがユーシーズ・ファルキンという存在を表す言霊(ことば)。
〔くくくく、その我が言っておるのじゃ。お主の呪言(スペル)魔術は間違っておると〕
「間違い?」
〔うむ、それでは誤解を呼ぶのぅ。正しく言い直そう。主の言う現代魔法とやらは、確かに体系だってわかりやすく、多くの者に使いやすいものじゃろう。じゃが、そもそもの『魔法』とはズレておる。我にしてみれば、どちらを向いても同じ構成の魔術を使う輩が蔓延っている現代とやらは、不思議でならん。そもそも魔法とはな、使う人間が異なれば構成も、因代も因果も縁も違うものなのじゃ。それを雁首揃えて同じとは気持ち悪いっ!〕
珍しくユーシーズが感情を露わにする。もし彼女が実体を持っていたのなら、その怒声に、エディの腹の底が揺さぶられたであろう。それほどまでにユーシーズはこの世界に違和感を覚えているのだ。
「使う者が異なれば魔法も異なる……。でもそれじゃあ、人が人に魔法を教えることが出来ない……」
〔そう。言ったじゃろ、人は一人一人違うと。『当たり前』がないのが魔法の『当たり前』。おかしいとは思わんか? 魔学とは世界の秘密を解き明かすものだったはずなのに、皆が知っていれば秘密になるまい。己だけが知ってこその真秘。皆が知ればそれは『常識』じゃぞ。魔法使いは元来、秘密主義者じゃ。己が魔術の秘が漏れれば、それすなわち己が魔法の死を意味する。いつから魔法使いは己が存在意義を溝に捨てる自殺志願者になったのじゃ?〕
「それって、魔法学園の存在がおかしいってこと? 学園があるべきでない、ってユーシーズはそう言いたいの?」
エディの質問はバストロ魔法学園の学徒を代表としているようだった。魔法使いを否定されてば、魔法使い候補生は、何を目指せばいいのだろうか。
〔そこまでは言っておらん。ただ魔学に臨む者の心構えが、我の知る世とは随分変わってしもうたと思うての。じゃがこれだけは言える。主には呪言(スペル)魔術の才はない。誰に誑(たぶら)かされたかは知らんが、そんなお古の魔術、主には合っておらん。主は使えない魔術を使おうとするから使えんのじゃ。ここまで言えばそのない頭でもようわかろう。つまり、主は主に合った魔法を使うべきなのじゃ〕
「私の魔法……。それってどんな?」
〔くくく、これ以上は教える気はないわ。我もどうやら地下で寝るうちに丸くなりすぎたわ。どうもお喋りでいかん。これでは我が怒られてしまうわい〕
「誰に怒られるってのよ。そんなわけないじゃん。単に面倒臭いとか思ってるんじゃないの? このケチんぼ、嘘つきユーシーズ」
〔くくく、かっかっかっ。そうじゃ、我は魔女じゃからな。嘘でもなんでも吐き出すからのぅ。気を付けぃ〕
しわがれた笑い声を高らかに上げたユーシーズ。一体何がそこまで可笑しいのか。エディには呆れて肩をすくめた。
言いたいことはそれで全て言ってしまったからだろうか、乾いた笑いだけを残してユーシーズはふらふらと、またどこか宙に消えていった。
幽体の身というのはこういうとき都合がいい、とエディは歯噛みした。
「ほんと、色々教えてくれるのはありがたいんだけど。肝心なことは何も教えてくれないんだから……。えと、何だっけ。私の、私の魔法か……」
学園に吹く夜風は、幽星気(エーテル)をまとって生暖かく流れていく。
一人試合場に取り残されたエディは、ユーシーズを真似て夜空を見上げる。風にざわめく木々の枝葉が合奏を打ち鳴らしていた。今は静寂よりも、そんな騒がしさの方が心に落ち着きを与えてくれる。
エディが仰ぐ天上では、真円から欠けた月に雲霞(うんか)がかかっていた。一人で眺める月は、幽体の魔女が見上げていた月とは別物のようにくすんでいた。
説明 | ||
魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。 その第三章の06 |
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