死ぬ意味を教えて |
暗闇の中に力強く咲く華のように光り輝く様々なライト。
ここは日本。
「はぁ…。」
「どうしたんだよ。ため息なんてついてさ。」
人がまるで米粒位の大きさに見える程高いビルの屋上。
そこに黒い服を着た少女と、同じく黒い服を着た少年が屋上の中心で二人、寄り添って空を見ながら寝そべっている。
「あのねアリュ。私、今まで沢山『死』を見てきた」
「そうだね、マリア。」
少女の名は『マリア』、少年の名は『アリュ』と言うらしい。
「なのに『死』について何一つ分からない。」
「そりゃあ、そうだよ。僕等は死神だよ?死を司る者。僕等が知る意味なんてないんだよ。」
アリュはマリアの横顔を見た。
マリアの肌は雪のように白い肌をしている。
アリュはその肌に触れた。
柔らかく、冷たい…
「だから、死について考え込む必要なんてないんだよ。」
「それでも私は知りたい。」
「マリア…。」
アリュはマリアに背を向け言った。
「僕は知りたいなんて思わないね。だって、そんな事知ったって何も変わる訳でもない。」
「アリュはそう思ってればいいわ。」
マリアは冷たくアリュに言った。
<死を恐れぬ少女>
「……。」
此処は病院。
そこの一つの病室に何かを遠く見つめる一人の少女がいた。
少女の名は『藤野 綾香(ふじの あやか)』。
「私はいつ、この世界から消えるの…?」
綾香は治る事のない病気を患っていた。
綾香自身、その事は知っている。
《貴方は死ぬ事を望むの?》
「えっ?」
ふと病室の入口から女性の声がした。
誰かいるの?
「誰?」
綾香はそう声の主に問いながら入口を見た。
「私は死神。名はマリア。」
「死神…?」
入口には黒い服を着た長髪の女性が立っていた。
「そう。死神。」
そう言うとマリアは綾香の近くに歩み寄った。
「貴方に聞きたい。『死』とはなに。」
マリアは綾香に聞いた。
綾香はまるで不意を突かれたかのように驚いている。
「死について?」
綾香は驚きながらも自分の感じる『死』について話し出した。
「わ、私は死ぬ事はいい事だと思う…。」
「何故?」
「だって、私のせいでお母さん、お父さんが大変だから…。
だから私が死ねばお母さん達が楽に暮らす事が出来るようになるから…。」
マリアは一つ、軽くため息を零した。
「貴方は周りの人の事はどうでもいいの?」
「えっ?」
「私の観察からすれば、人間は人が死ぬとその人に関わる人達はみな涙と言う体液を流す。そして己の無力さを嘆く。」
綾香は俯いた。
「私だってそう思った。絶対お母さん達は泣くだろうなって。でも、治らない病気にお金を注ぎ込む位よりは…。」
「そんな気持ちがあるなら今すぐにでも死ぬ?」
マリアは大きな鎌をどこからか取り出した。
「えっ?」
「聞こえなかった?もう一度言う。今すぐ死ぬ?」
綾香は少し、戸惑い言った。
「今はまだ待って下さい。」
「待つ?」
マリアは胸ポケットから小さな手帳を取り出した。
「私の手帳によると貴方はあと一週間で死ぬ。」
「あと一週間なのか…。」
綾香は驚く事なくゆっくりと顔を上げ、窓の外を見た。
「なに?何も反応なし?」
綾香は外を見ながら言った。
「自分の事は自分がよく分かってるものなの。薄々気付いていたわ。私はそろそろ死ぬってね。」
外には夕日の色をした大小様々な葉っぱが力無く散っていっていた。
「私の命もこの枯れ葉と同じく散っていくのね…。」
マリアは綾香の頭をいきなり掴んだ。
「イタッ…!!なっ、なに!?」
「何故貴方はそんなにも死を恐れない?何故貴方は生きようとしない?」
マリアは鋭い眼で綾香を睨んだ。
「『待って下さい』だって?死を待っているなら私が殺す。待つ必要なんてない。なんの為に待って欲しい?」
「私には…」
綾香はマリアから眼を逸らした。
「私にはまだやらないといけない事があるの…。」
「やらないといけない事?」
マリアは綾香の頭から手を外した。
「やらないといけない事とは何?」
「それは…」
綾香は少し恥ずかしいのか頬を赤色に染め、マリアに言った。
「私の死ぬ一日前に、好きな人とデートをする大切な約束があるの…。」
「デート?」
マリアは不思議そうに聞いた。
「デートとは、好きな者同士の単なる遊びなんでしょ?そんなのが…」
「そんなのなんて言わないで!!」
綾香は大声で激怒した。
その声に驚いた看護師が走って綾香の病室へとやってきた。
「綾香ちゃん!?どうしたの?」
看護師が不思議そうに、しかし動揺しながら綾香に聞く。
「あっ、えっと…。そこに居る人と話をしてて…」
綾香がベットの横を指差した。
「何言ってるの綾香ちゃん?」
「えっ?」
「そこに人なんて居ないじゃない。」
ま、さか…
私にしか見えない…?
マリアは綾香に淡々と言った。
「私は死神。貴方以外の人間には姿が見えない。」
綾香は看護師に「何でもないです…。」と言い、それを聞いた看護師は「そう?何かあったら呼んでね。」と言って帰って行った。
「馬鹿?死神がそう簡単に姿見せると思う?」
マリアはあきれた口調で言った。
「さっきの続きだけど、何故『そんなの』と言う言葉にそんなに反応したの?」
「あの…。それはデートを…。私の最後の大切な約束を馬鹿にされたから…。」
「馬鹿にしたつもりはなかったんだけど。」
「そうよね。ごめんなさい…。」
綾香はマリアに頭を下げた。
「デートってそんなに大切な事なの?」
マリアは不思議そうに聞いた。
「大切な事だよ。マリアさんは女性でしょ?」
「一応。」
「誰かを好きになった事ないの?」
「ない。」
「じゃあ、見ただけで『ドキッ』ってなっちゃう人は?」
「いない。」
マリアは淡々と答えた。
「死神だから、そんなのいらない。」
「死神って結婚しないの?」
「する。でも私はどうでもいい。」
「可愛いのになぁ。勿体ないよ。」
綾香は軽く残念そうな顔をした。
「私は可愛くな…」
「おーい。マリアー。」
綾香とマリアは突如聞こえた声の方向を向いた。
「あっ。アリュ。」
「アリュ?」
「『あっ。アリュ。』じゃないよ。さっさと、この魂を採ろうよ。」
そこにはマリアと仲間であろう死神がいた。
「ねぇ。マリア?聞いてる?」
マリアはアリュの首を掴みアリュを上に片手だけで持ち上げた。
「マッ、マリ、ア?」
「アリュ。少し黙っててくれる?」
「わっ、分かったよ。」
マリアはアリュの返事を聞くと手を首から離した。
「ゲホゲホッ。なっ、何だよマリア!!いきなり!!」
「私、貴方に興味をもったわ。」
マリアは綾香に向けて言った。
「えっ?」
「貴方がデートとやらを終わるまで私は貴方の傍にいる。でも、貴方がデートを終わるまでは決して死なせない。」
アリュと綾香は驚いた。
「なっ、何言ってんのさ!!何でもうすぐ死ぬ奴なんかに…。それだったら、早くコイツを殺…」
アリュの喉元にひやりと冷たい感触がした。
大鎌の切っ先がアリュの喉元に突き付けられている。
「アリュ。黙っててって言ったよね?もしこれ以上何か喋ったら、アリュを殺すよ?」
「……。」
アリュは静かに目線を下に落とした。
「だから、貴方をまだ生かす事にする。」
マリアは綾香を見つめながら言った。
「でも…」
「口答えしたらすぐに殺す。」
手に握ってある大鎌を消滅させ、マリアはアリュに言った。
「と言うわけだから、私まだココに残るわね。」
「…もう何も言わないよ。何を言っても否定されるのは分かっているから…。」
アリュはゆっくりと顔を上げ視線をマリアに合わせた。
「でもこれだけは約束して。」
「何?」
「死ぬ日にちが決まっている人間の命をその日にち以上生かすのだけは絶対にしないでね。」
やはりその事か…
マリアは心の中でそう思いながらアリュに軽く答えた。
「分かってる。死神界の禁止行為だからね。どうなるかも分かってるから。」
人が死ぬ日にち…
様は命日。
その日、その時間に死ぬ人をそれ以上生かす事は死神界では重罪。
かつて、人間に恋をした死神がその罪を犯して死神界から追放され人間になったと言う。
本当かは知らないが私はよく聞かされた。
「…絶対に約束だからね。」
そう言い終わるとアリュマリアを心配そうに見つめた後、窓から空へと飛び立って行った。
………………
…………
……
そしてデートの前日。
綾香は医者の了承を得て家に居た。
「ルンルンルン♪」
綾香は上機嫌で明日着ていく服を選んでいる。
「随分上機嫌ね。」
マリアが横から冷たく言い放った。
「そりゃそうだよ。デートなんだから。」
「……。」
マリアは軽くため息をついた。
夜の闇が段々と濃くなる…。本来なら魂狩りの時間か。
綾香…、だったっけ?は明日は大変な一日になるだろう。
マリアは早くも明日の事を考えていた。
―デート当日―
「おはよ。」
「おはよ。」
綾香が彼氏らしい人に挨拶を交わした。
「今日は久しぶりのデートだから、お前の我が儘に付き合ってやるよ。」
「ありがとう。直樹くん。」
彼氏は『直樹(なおき)』と言うようだ。
「ねぇ。」
マリアが綾香を呼んだ。
「えっ?何?」
「悔いが無いように精一杯楽しんできなさいよ。」
「あっ。うっ、うん…。」
気のせいかな...
マリア、今日様子が変…。
「綾香。どうした?」
「なっ、何でもない…。」
綾香は直樹の手に引かれ、町の中へと入って行った。
その後綾香達は服を買ったり、映画を見たり、遊園地に行ったりし今は食事をしている。
「……。」
そろそろか…。
「でね。そのナースさんが…」
『カラン』といきなり綾香が手に持っていたフォークを落とした。
「どうしたんだ?綾香?」
なっ、何?
体が、動、かな、い?
「やっぱり。」
マリアは大鎌を取り出した。
その後、綾香の近くに歩み寄った。
「消え去れ『死物(しぶつ)』。」
マリアの目には綾香に取り付く黒く気持ちの悪い生き物が写っていた。
マリアは大鎌を振り回し、その死物と言う生物を切り落とした。
「綾香。もう大丈夫。」
マリアは優しく綾香に言った。
「何なの?あれ…。」
「あれは死物。死が近い人の体に取り付いて少しずつ魂を喰っていく害虫みたいなもの。」
マリアは床に散らばる死物の死体を足で踏み潰した。
「続きをどうぞ。」
その後、デートは無事に何事も無く終わり二人は綾香の家に居た。
「今日はその…。ありがと…。」
「どういたしまして。」
マリアは軽く綾香の言葉を返した。
「貴方達を見てのデートの感想だけど…」
「どうだった?」
綾香が興味深々の眼差しでマリアを見つめた。
「ようは、男になんでもしてもらえる日なんでしょ?」
「へっ?」
「それだったら私もしてみたい。」
マリアはさらっと言った。
「違うよ。男女の仲をより一層深める日だよ。」
「そんな風には見えなかったけど?現に買ってもらってばっかだったじゃない。」
マリアはそう言うと視線を買い物袋に移した。
「こっ、これは…。」
綾香は顔を赤らめながら俯いた。
「まぁ、そんな事は置いといて…。未練はもう無い?」
マリアは深刻そうに言った。
「えぇ。」
綾香は笑顔で言った。
本当に未練はないのかな?
あれだけ彼氏と楽しんで
あれだけ遊んでも
人間だ。
未練は有るに決まっている。
強がっている…、の?
「貴方は本当に未練は無い?強がっているだけなんじゃない?」
「……。」
綾香はさっきの笑顔を顔から消し、悲しそうな顔をした。
「本当にな…」
「強がるな!!」
綾香の言葉を遮り、マリアが叫んだ。
綾香は目を丸くして驚いた。
「えっ?」
「貴方はまだ何かに未練が有るはず。」
マリアは綾香の表情を気にせずに言った。
「強がるな。」
「なっ、なによ…」
綾香は体を小さく震わせていた。
その震えを自力で止め、マリアに近づいた。
綾香はマリアを押し倒し上に乗り首をぎゅっと締めた。
「うっ…。」
「私の…、もうすぐ死ぬ人の気持ちなんて分からないくせに!!」
マリアの首を締める力が徐々に強くなる。
「あっ…。うっ、ううっ…。」
「貴方も死んでみればいい!!」
「だ、だったら…、こっ、殺せ、ば、いい。」
「えっ…?」
綾香はマリアの首から手を離した。
「ケホケホッ…。私は死神だ。死ねば天国地獄関係なしに消える。殺したかったら殺せばいい。」
「えっ…。あっ。」
「どうした?」
マリアは長い髪を床に広げ、綾香を見つめながら言った。
なっ、何?コイツ…。
死ぬ事を恐れてないの…?
綾香はマリアの眼を見つめ返しながら言った。
「ごっ、ごめんなさい…。」
「なぜ謝るの?」
マリアは綾香に聞いた。
綾香は手を震わせながら言った。
「いや、だって…」
「悪いのは私でしょ?私が貴方に変な事したから私を殺そうとしたんでしょ?」
「あっ、あの…。ただ私が混乱してて何も考えれなくて…。ごめんなさい...」
綾香はマリアから立ち退き、頭を下げた。
マリアは髪をバサバサさせながら立ち上がった。
「夜はこれからよ。最後くらい彼の所へ行って来れば?」
「……。」
綾香は顔をマリアから背けながら言った。
「もう、別れたの…。」
「えっ?なんで?」
「彼に寂しい想いをさせたくないから…」
「死ぬと貴方の大切な人が寂しくなるの?」
マリアは首を傾げながら聞いた。
「そうよ。涙が止まらなくなるくらい悲しくなるの…。」
「ふーん。じゃあ、貴方は独りで死ぬの?」
「できれば…、ね。」
「貴方矛盾してる。」
「えっ?」
「悲しくさせたくないから独りで死ぬんでしょ?
貴方は最初、『私に注ぎ込むお金が勿体無いから死ぬ』みたいな事言ってたじゃない。」
綾香は涙をポロポロと零しだした。
「貴方の未練。それは『残された両親』の事ね。
貴方は一人で頑張りすぎなの…。もう、一人で苦しむのはやめて…。」
マリアは綾香の近くに歩み寄り、頭を撫でた。
「うっ…、うわぁぁぁぁん!!」
綾香は泣き崩れた。
なんで?
なんで死神なのに
私の魂を狩る者なのに…
こんなにも優しいの?
マリアは顔を下に下げた。
「私は幾つもの『死』を見てきた。けれど、どれも私が無理矢理、まだ生きたいというのに魂を狩った。
その人達の気持ちが貴方と今日、一日一緒にいて分かった。私はもう、後悔をさせたくない…。」
マリアは涙をポタッと零した。
綾香はマリアの顔を見た。
ものすごく悲しい表情をしていた。
「貴方は本当に死神なの…?なぜ、人間ごときに同情するの?」
「先程も言ったが、私は幾つもの魂を狩ってきた。その頃の私は『何故にこの狩られる人間は死ぬ事を拒むの?』と心の中でいつも不思議に思っていた。
でも、今日一日の貴方の行動を見て私はその理由が分かったような気がする。」
マリアの涙はとめどなく流れている。
「まだ死ぬ意味は分からない。でも、私は確かに死ぬ時の気持ちを…。
私が魂を狩る時の狩られる側の気持ちが…、分かった。」
マリアは顔を上げた。
マリアの顔は涙で濡れていた。
綾香はハンカチを取り出し、優しくマリアの顔を拭いた。
「うふふっ…。死神にもおバカさんがいるのね。私にそんな風に同情したら私の魂を狩りにくくなるんじゃない?」
綾香はマリアに聞いた。
「そうね。でも私は狩らねばならない。たとえ貴方が抵抗しようとも…。」
マリアは顔を上げた。
マリアの顔にはもう悲しげな表情は消えていた。
そのかわりにあるのはキリっとした表情だった。
「私、よかった。」
「?」
マリアは首を傾げた。
「なにが?」
「私の魂を狩る人が貴方で。」
綾香は微笑んだ。
それは青空のように透き通った笑顔だった。
………………
…………
……
次の日、綾香はマリアの言った通りに昼頃に家族にみとられながら死んでいった。
「また一つ、人間界から儚く一つの命が散っていった…。」
マリアは片手に大鎌を手にしながら言った。
「しょうがないよ。それが自然の摂理なんだからさ。」
マリアの横に座っているアリュが答えた。
「マリアは悪くないさ。」
「……。」
マリアは何も言わずアリュを連れ死神界へと帰って行った…。
さよなら、綾香。
どうか安らかに…
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違うサイトに載せたものです。 主人公は、死神の『マリア』でこの小説は≪彼女が死神でありながら『死』を理解していく話≫です。 どうぞ、ごゆっくりお楽しみください♪ |
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