【プロローグ】 |
【プロローグ】
想像力でいっぱいなんですよ。
狂人と、詩人と
恋をしている者は。
■■■■■
この世界には4つの大陸がある。各大陸には特色があり、気候も文化も全く異なっていた。
とはいえ住民同士の仲が悪いわけではなく、好きに行き来出来るし交流もある。まあ基本的に己にとって居心地の良い場所、愛着のある場所から離れる者はそう多くないのだが。
今この世界は、脅威になるような敵も、危険な相手も存在しない、とても平和で穏やかな世界。ささやかな喧嘩や諍い程度ならあるが、騒ぎになるのはそれくらいだ。
そんな世界にある南大陸のバビロア王国の一室で、小さな戦士が声を上げた。
「おつかい?」
白い鎧の小さな戦士、タンタはくりんと首を傾げながら言われた言葉を問い返す。
タンタにこのおつかいの任務を与えた上官、見習い育成係を務めているバルトは「北の大陸にあるアシリア地方の国にこれを届けてほしい」と1通の手紙を手渡した。
重要な書類ならば偉い人が直接行くのだが、今回はどうやら違うらしい。なんせタンタのような小さな見習いが使いにだされるのだから。
それでも、他国への手紙なんて見習いに任せるものではないとタンタは首を傾げた。
行きたくないわけではないし、任務ならば喜んで行くのだが、不自然といえば不自然なこの命令にタンタは戸惑ったような表情を浮かべる。
そんな王国の騎士として戦士として、やや相応しくない態度のタンタを見てたバルトは、怒るわけでもなく、むしろ微笑みながら理由を話した。
「先方にはお前と同じくらいの王子がいるらしくてな、会ってみたいと」
「はあ…?」
「ついでに"うちの戦士はひとりで他大陸へ旅出来る立派な戦士だ"ってのをアピールしようと」
そう言ってバルトは己の顎に手を当てる。平和ボケした王国だの見習いなんか大したことないだのと言いくさりやがったその口黙らせてやる、と全く笑っていない目で笑顔を浮かべた。
そんなバルトを見て、何か言われたのかなとタンタは少し眉を下げる。会いたいと望んだ先方の王子が強くて怖い人で、そう言ったのだろうか。
まあ確かに自分たち見習いは、実戦経験はほとんどないし、失敗は多いし、頼りないとは思うと己の手をじっと眺めた。
つまりタンタがおつかいに出される理由は、恐らく実地訓練だろう。ひとりで他国まで任務遂行出来るかどうかの。
タンタが若干不安げな目付きになったのに気付いてかバルトは咳払いし、
「お前はそろそろ王国以外の大陸に出ていい時期だ。きちんとやり遂げられると信頼しているからな、頑張ってくるといい」
と、そう言いながらタンタの頭を撫でた。
撫でられタンタは一瞬驚いた表情を晒し、「子ども扱いしないでほしい。おつかいくらい簡単にできる」とぷりぷり怒ったような口調とともにぷいとそっぽを向く。
まあ怒っているようで口元は隠しきれないくらい笑みの形を作っていたが。バルトもそれに気付いているのか不遜な態度を叱りはせず、もう一度笑ってから姿勢をピシリと正した。
「戦士タンタに命ずる。この手紙をきちんと先方に届けること。…いいな?」
「はい!」
元気な返事をして、タンタは北の大陸へ出掛けていった。「いってきまーす!」とはりきって。
タンタのはじめてのおつかいが始まった。
■■■
はじめてのおつかいであるならば何かしらアクシデントや軽いハプニングでもあれば面白くなったのだろうが、そうそうそんなことは起こりえず、平和な道のりで北の大地にまで辿り着いた。
タンタとしてははじめて来る北の大陸だが、どうやらこの地は水の気質が高いらしい。己の肌に合うのか過ごしやすい場所だと感じた。ほうと穏やかな息を吐く。
が、気を抜くわけにもいかない。自分は任務でこの地に来ているのだから。はじめての、遠出の、他大陸への、任務。
しかもこれは大事な手紙を届ける仕事。キッと表情を引き締めて、タンタは目的の城に向けて歩を進めた。
特に迷うことなく、任務を任されたことに対する責任感から道草することもなく、タンタは目的の城に到着。ここに怖い王子がいるのかと少し躊躇したが、今は任務中。
気持ちを振り払い門番に声をかけ、タンタはバビロア王国の印を見せる。
事前に話が通っていたのか、すんなりと入ることが出来た。自分のような子供相手でもきちんと賓客の扱いをしてくれたこの国の門番に少し驚き、ちょっと偉くなった気持ちになる。
そのまま先導され、タンタは謁見の間まで連れて行って貰った。「どうぞ、王がお待ちです」とタンタの目の前で、ゆっくりと扉が開いていく。
執務室ではなく広間のような場所、玉座の前に通されたタンタはとても緊張し、たった1通の手紙を渡すだけなのに玉座で座り待つこの国の王はどんな人なのか、王も威圧してくるような怖い人なのかと不安が増した。が、ぷるぷる首を振り、タンタは己が「王国の代表」として他国にきた使者なのだと頭を切り替える。
しっかりしなくては、威圧されても怯えないようにしなくては。
キッと前を向き王と対面したタンタは、道中何度も何度も練習した口上を述べた。
すると、玉座に座った王は微笑ましそうな表情を浮かべ、柔らかい声で礼を返す。
緊張しながらバルトから託された手紙を渡せば、王はタンタのような小さな戦士にも労いの言葉を与えてくれた。ただその言葉は、王、というよりも父親のようではあったが。
怖いひとではさそうだと、これで任務は完了したと、そうふたつの意味で安堵したタンタはつい表情を崩す。と、優しく微笑まれた。
手紙を渡し終えたからと帰ろうとしたタンタを呼び止め、王はこの大陸についての印象を問う。タンタは素直に「とても穏やかで良いところだと思います」と答えた。
その答えを聞いて王は嬉しそうな声色で、今後もそちらとは仲良くしていきたいと、交流を深めていきたいと言葉を紡ぐ。タンタも笑顔で頷き、城に帰ったらそう伝えることを約束した。
王との対面が終わり、タンタは謁見の間から廊下に出る。こちらの王も優しくていいひとだったなと少し微笑みながら。
じゃあ隊長がなんか物騒なこと言ってたのはなんだったんだろうと首を傾けた。王があんな感じなら、話に聞いた王子とやらも怖い人、能力を張り合うような人ではなさそうなのに。
タンタは広い廊下を見渡してみたが、噂の王子らしい人影は見当たらない。少し残念そうな表情を浮かべつつ、タンタは王子に会うことを諦め外へと向かった。
すれ違う人々に挨拶しながら広い廊下を歩く。すると柱の影からタンタを覗き見る小さな影が目に入った。
なんだろう、と立ち止まり首を傾げる。この国には王国からの使者が良く来るはずだからタンタが珍しいということはないだろう。現に、すれ違った幾人の騎士や使用人は珍獣を見るような態度ではなく、普通の客人に対するような対応だった。
声を掛けてみるべきだろうかとタンタが悩んでいると、むこうもタンタの様子に気付いたのか、少しばかり慌てたような気配を漏らす。
するとすぐに、小さな人影、といってもタンタと同じくらいかちょっと小さい程度の人影、は意を決したようにおずおずと姿を現した。
「あの、バビロア王国の方ですか…?」
そう言いながら現れたのは流水のような青い髪を頭の上の方でひとつに結い上げた、大人しそうな子。なんとなく気品溢れる、キラキラした子。
何故か少し怯えたようにしているけど、どうかしたのだろうか。
問われたことに頷き返し何か用かなとタンタが小首を傾けると、その子は慌てて自分の名を告げた。
「僕はこの国の王子で、フロウといいます」
髪長いから女の子かなと思っていたタンタはフロウの言葉に多少驚き、取り繕うように手をパタパタ動かす。王子ってことは男の子か。というかこの子が王子なのか。
…王子?
目の前にいる子がこの国の最高権力者だと気付いたタンタが慌てて丁寧に名乗ると、フロウもほっとしたような表情を見せる。
「いろいろ言われたから怖かったけど、この人は良い人みたい」と小さく漏らし、優しくはにかんだ。
その小さな呟きにタンタは怪訝そうな表情を浮かべた。なんか似たようなことをついさっき自分も思ったような、と。
少し考えすぐに思い出す。妙に張り合ったような言動をしていたバルトのことを。そして気付いた。
恐らく、バルトとこの国の誰かが「うちの見習いの方が」「うちの王子の方が」「「凄い」」と個人的に諍いを起こしたのだろうと。
バルトたちはそれを当人たちにほんのりと漏らし、そのせいでタンタとフロウはお互い「その相手は張り合ってくるような怖い人なのではないか」と不安がったのだろうと。
その上でタンタが使者として派遣されたため、お互いに「今日怖い人に会うかもしれない」とハラハラしていたのだろうと。
そして今、それは全くの杞憂であったと判明した。
「隊長め…」とタンタはささやかにバルトに怒りの念を飛ばした。
個人的な諍いに巻き込まないで欲しい。無駄に不安になっちゃったじゃないか。
お互い不安の種が誤解だったとわかり、少し話をしようと廊下の柱に寄り掛かる。歳も近く気質も似ているからかすぐ気が合った。
タンタは剣が扱えるんですね、とフロウはタンタの手元を見やり言う。フロウは槍かな?とタンタが問えば、フロウは困った表情でぽんと水球を生み出した。
「父上は僕に槍を極めて貰いたいみたなんですけど…、僕は魔法のほうが得意なんです」
槍よりも水の魔法を扱うほうが肌に合うらしく、フロウは槍の訓練が最近辛いと顔を伏せる。父親が槍の名手だからか、息子も才能があるだろうと張り切って教えているようだが状況は芳しくないらしい。
剣や杖よりはまだ才があるが、名手というほどにはたどり着けない。扱えないわけではない、得意ではある。しかし名手となるまでは果てしなく遠い。それに己で気付いてしまった。
辛いならばそう言ったらどうかとタンタが言えば、父上の期待を裏切りたくないとフロウは首を振った。
「でも魔法もやりたいですし、けど槍の訓練ばかりですし、なのに槍は全然上手くならないし…」
もじもじ手を組みながらフロウが愚痴る。そんなフロウを見てタンタは思う。「"王子"ってのも大変なんだな」と。
王の期待に沿わなくてはならない、なりたいと思っても、向き不向きは誰にでもある。それを言い出すのは自分たちとは違って、難しいことなのだろう。
得意なことを伸ばす方向の王国騎士団の指針は恵まれていたのだなとタンタは思案し、ならばとぽつり言葉を漏らす。
「…うちの王国に来てみるかい?」
「?」
来るといっても短期留学みたいな感じで、とタンタが笑う。流石に王子を騎士として勧誘するわけにはいかないが、客人として迎えるくらいなら大丈夫だろう。
王国には魔術団があるし、多少勉強出来ると思う。
「魔術団には氷と火を扱える魔法使いがいるし…、あ、でもそいつは火と氷だからフロウの勉強になるかはわからないけど…」
「異色で多色の魔法使いですか?」
タンタが軽く説明しようと口を開けば、フロウは予想外の勢いで食い付いてきた。
フロウの勢いに驚きタンタが目を見開いていると、はっと我に返ったフロウが顔を赤くしながら「すいません…」と謝罪を紡ぐ。
「異色で多色の魔法を扱える方は珍しいので、つい…」
「いや、えっと、…俺は魔法に詳しくなくて…、どういう意味?」
タンタがそう問えば、フロウはこの世界の属性について説明してくれた。
この世界には14個の属性があり、各々を色で表現することがあるらしい。例えば、火は赤色。フロウのような水は青色、といった具合に。
また火や水といった資質と同じ魔法を表属性と言い、これが4種類。熱や氷のように資質とは違うが表面化しやすい魔法を裏属性といい、これも4種類あるのだが、この8属性は基本魔法属性とされ、魔術の才があるものは基本的にその内1種を得意としている。
こういった「魔術属性を1種類だけ扱える」魔法使いはかなり多く、また「火と熱」「水と氷」など似たような色の魔法を扱えるものもそこそこいるらしい。
しかし「火と氷」など系統の違う色の魔法を同時に扱える人間はかなり少ないのだと言う。
「闇や光といった特殊属性の魔法、召喚とかもそうですね。そういう魔法はその限りではないんですが、基本8色をバラバラに扱える方はよほどの力がある方なんです」
巻物とか媒介を使うならば多色魔法を扱える人間もいるのだが、複数の属性魔法を己の力のみで発動させられるのは大昔に存在したといわれる「賢者」や「魔女」と呼ばれる者のみ。今ではほとんど見かけないらしい。
つまり、2色とはいえ「火」と「氷」を扱える魔法使いはレアというか珍しいというか凄い才能があるのだと、フロウは目をキラキラさせてタンタの手を取った。
あいつそんなに凄かったのかと、タンタは王国にいる犬獣人の魔法使いを思い浮かべる。そんな雰囲気は全くなく、割と気さくで真面目で明るいやつなのだが。
「そういえば、あいつ土塊に仮初の魂入れる勉強もしてたな」と呟けばフロウは驚いたように目を丸くした。
「土属性も…?いや、たしか依代を使って召喚する手もあったはず…。どっちでしょうか、どっちにせよ凄い方だ…。っ僕がそちらにお伺い出来るように、父上に頼みます!ですので、もし行けたら…」
「う、うん。案内するし紹介する」
勢いに押されつつもタンタが約束すると、フロウはとても嬉しそうに笑顔を浮かべた。そして、ソワソワとチラチラと王のいた場所に視線を飛ばす。
早く父親に報告したくてたまらないようだ。タンタはしっかりしているはずのフロウが年相応の子供っぽい反応を見せていることに苦笑し、引き止めるわけにはいかないとそろそろ帰ることを告げた。
フロウは「あ、長話で引き止めてしまい申し訳ありません」とタンタの手を離し頭を下げる。王族がそんな簡単に頭を下げてはいけないと思うがまあいいか、とタンタはフロウに別れを告げた。
それに返すように笑顔のままフロウも別れの言葉を並べ、優雅な仕草でヒラヒラと手を振る。タンタも手を振り返しフロウの背を向け門に向かって歩き出すと、背後からとてとてと王のいた場所へ向かうフロウの足音が聞こえてきた。
早速国王におねだりをしに行ったようだ。
フロウの足音を聞き届けながら、面白い子だったなとタンタも笑い元気よく門から外へと飛び出した。
これにておつかい完了!
■■■
タンタはせっかく海に来たのだからと浜辺をのんびりと歩く。少しくらい寄り道しても良いだろう。船の出航にはまだ少しあるし。
サクサクと砂浜を歩く感触を楽しむ。王国も海に近いため何度か行ったことはあるのだが、だいたいそれは騎士団での訓練の一環。泳ぎの練習のためだった。
こんな風に広い浜辺をゆっくり歩くのは久しぶりだなと、新鮮な気持ちで波の音を聞く。訓練だと鎧つけて泳げだとか、砂浜走れだとか、のんびりする暇がなかった。
タンタがサクサクと砂浜を進んでいると、視界に赤いナニカが入り込む。白い砂浜に青い海ばかりのこの場所で、赤い色は非常に目立つ。思わずタンタは足を止めた。
先程フロウが魔法の話をする前に国のことを話してくれたのだが、ここいらの野生の蟹は少しばかり獰猛で稀に人を襲うらしい。視界に入った赤色はそれかと思い、タンタは警戒しながら剣を持つ手に力を込めた。
警戒しながらタンタがその赤色をしっかりと確認すれば、それは蟹とは似ても似つかない姿。全身真っ赤な鎧を身に付けた、体格的に同い年くらいの男の子、だろうか。
安堵しながらタンタは警戒を緩める。
地元の子かなと気を抜いたタンタに、赤色の彼はこう言った。
「オマエの旅は、ここで終わりだ…」
「…は?」
突然もたらされた不思議な言葉にタンタは虚をつかれ、口をぽかんと開く。タンタが疑問の言葉を漏らす前に、赤い彼はヒュンと刃を振り下ろした。
呆気にとられていたとはいえ、タンタは王国で教育された戦士。勢いよく降ってきた一撃を反射的にタンタは盾で受け止める。
ガキンと大きな音が、静かな砂浜に響き渡った。防いだ盾の影から見た赤色の彼はニヤリと笑みを浮かべている。
このまま鍔迫り合ってもラチがあかない。キンと音を響かせ両者が離れ、タンタが大声で威嚇する。
「いきなり何だ!?君は誰だ!」
タンタがそう怒鳴りつけると、赤い彼は低い音を鳴らしゆっくりと名乗った。
柄の両端にギザギザした刃を付けた、両剣とでもいうのか、不思議な武器をひゅんと風切り鳴らしながら。
「俺は、ダンテだ。…全てを紅く、染める…」
言うや否や、ダンテは両剣を二つに分離させ、二刀持ちのままタンタに襲いかかる。なんだその武器変形するのか、ズルいな。
とはいえ、先ほどの不意打ちとは違い動きが見えていたからか、タンタはダンテの攻撃をするりと躱し、こちらからも反撃しようと足に力を込めた。
「いっ!」
しかし、足場が悪い。細かな砂は足を取り、力を込めたが故ズルリと滑った。慣れぬ砂浜、見たことのない武器、突然の攻撃。それら全てがタンタの体幹を崩し、バランスを保てなくなった身体は尻餅をつく。
トスンと砂にまみれたタンタはパニックに陥った。王国での訓練で、こんな失態は犯さなかったと。戦闘中にバランスを崩して転ぶなんてことしなかった、と。
戦う場所は、王国の訓練場のような整えられた場所だけじゃない。足を取られる砂地や、ゴツゴツした岩場、遮蔽物の多い森、そんな場所で戦う必要があるのだと身をもって知った。
「だからといって、いきなりこれは、キツすぎる!」
転んだタンタの隙を逃さず、容赦無く横一線に斬りかかってきたダンテの一撃を目視し、慌てて体勢を直しながらタンタは必死に上へ跳んだ。身軽さには自信がある。
砂地でなければもっと跳べたがギリギリだ、マントの端っこくらいは取られたかもしれない。とはいえなんとか無傷、だが、跳んだ拍子に武器を落としたやらかした。
紙一重で避けたタンタに、割と露骨な舌打ちが聞こえる。嫌なやつだなお前。
ザッと砂地に降り立ち、タンタは距離を取りつつ拳を構えた。剣を拾う暇はあるか?いや無いな、こいつ本気で殺しにきてる。
なにこの通り魔
ふう、とタンタは己を落ち着かせるために息を吐き出した。視線は赤色の子、確かダンテとか名乗った彼から動かさない。
俺は任務を終えてのんびりしてただけなのに。
綺麗な海だなーとか観光気分で歩いてただけなのに。
通り魔とエンカウントとか運が悪すぎる。
寄り道した己が悪いのだろうか、いや襲ってくるやつが悪いだろう。
ああ、理不尽にもほどがある。
体勢を立て直し、冷静に周りを見て、タンタはダンテを睨み付けた。スッと空気が冷たくなる。
その気配を察したのか、ダンテがピクリと身体を強張らせた。強張ったためかダンテの構えが、少しばかり、崩れた。
ひゅん、と風を切る音が走る。崩れた構えでは対処出来ないだろうと、直される前に動かなくてはならないと、騎士団での教育が身体を前へ飛び出させた。
狙いはそう、上から下まで鎧で固めたダンテが唯一露出させている場所。
彼の顎を目掛けて、怒りの拳を叩き込んだ。
■■■■
力の限りぶち込んだ一撃はダンテを潰すのに十分だったらしく、ドサリとダンテは砂浜に倒れこむ。思い切り入れたつもりだが、やはり見習いの身の上では威力が弱い。
基本的に剣での戦い方しか習ってなかったのも痛い。やはり基礎体術は大事だな、とタンタは無言のまま手をパンパンと払った。
顎に入れたつもりだったが、ダンテは意識を保っているらしく口を開く。
「…オマ、エ、強い、な…」
「…」
ダンテが息も絶え絶えに賞賛しても、タンタは無言を貫く。こんなヤバい人間がいるなんて聞いていない。怖いなこの国。
これはフロウのところに突き出すべきなのだろうか。この国の人間ではないため、判断しにくいと、タンタはじっと横たわるダンテを見下ろした。
簡単な話、彼が「余所者は入ってくるな!」という気質の持ち主であるならば、テリトリーにノコノコ入り込んだこちらに非がある。
各大陸は開けているとはいえ、テリトリー内に篭って暮らしている人種も一定数いるのだから。
基本的に世情としてはその気質は尊重され、そういった人種を無理に外に引っ張り出すことも、また彼らのテリトリー内に無理矢理入り込むことも良しとはされていない。
「…君のテリトリー内に勝手に入ったのは謝罪する。でも説明せずいきなり襲いかかるのはどうかと思う」
「…?」
タンタが苦言を付けつつ謝罪すれば、ダンテは身を起こし首を傾げた。なんでそんな顔してんだこいつは。自分の土地に無断で入ってきた余所者を追い払おうとしたわけじゃないのか。
きょとんとしながらダンテは言う。
強そうなヤツを倒せば俺の方が強いってことになるから、襲っただけだと。
己の強さを証明したいから、斬りかかっただけだと。
つまり、
「オマエが強そうだったから斬りかかっただけだ」
と、さも当然だとばかりに言い放った。
これもう一発くらいいっちゃっていいよな?
なんだこのバーサーカー。思考が完全におかしい。常識がトんでいる。殺す気が皆無なところと、ここら一帯のみで活動しているから被害者が野生の生き物だけなのが救いだ。
そう考えて、タンタはもう一度ダンテの顔面に思い切り拳を振るった。ぐえと不思議な音が真下から響く。
通り魔だろ完全に。
2度ぶっ飛ばされたことにより、どうやらダンテの中でタンタは「すごくつよい俺のライバル」となったらしい。懐かれたようななんか違うような。
ダンテは実力自体は高いため、誰かしらと闘ってもだいたい勝てたらしい。彼に敵う生き物がほとんどおらず、手強い相手が出来たことが嬉しいようだ。
なんで無闇矢鱈と戦おうとするんだ、なんで誰これ構わず倒そうとするんだ。なんか洗脳でもされているのか。
もう一度勝負、と言い始めたダンテを「任務中だから嫌だ」とタンタはばっさり叩っ斬る。そろそろ船が出るし、とっとと離れたい。
「任務?」
「俺はこの辺りの住人じゃないんだよ。南の大陸に住んでる」
ここには王国の任務で来ただけ、とタンタはぷいとそっぽを向いた。
タンタの心情を知ってか知らずか、ダンテは「海の向こうの南の大陸…」とぽつりと呟いた。
王国の任務で来たのだから、そんな頻繁にここには来ない。だからライバル視されようと目を付けられようと、そんな気にしなくても大丈夫。
そう考えたタンタはダンテの次のひとことに固まる羽目になった。
「…オマエ名前は?」
「…」
名前教えたら王国まで追いかけてくるかもしれないとタンタの脳内で警報が鳴る。
だからだんまりを決め込んだのだが。
「へえ。王国の人間というのは、名前を聞かれても答えない失礼なヤツらなのか」
「なっ!」
不敵な笑みでそんなことを言われたら、王国戦士として黙ってはいられない。
自分の態度のせいで、王国の名を落とすわけにもいかない。
だから、
「っ!タンタだよ!戦士タンタ!」
「ん」
顔を真っ赤にして己の名前を怒鳴ったタンタを笑いたければ笑えばいい。
タンタの名を聞いて嬉しそうに笑ったダンテは、満足げに剣を振り払った。
「またな」と不穏な言葉を残して、ダンテは砂浜を駆けていく。どうやら彼はこう考えたようだ。次会うときは負けないように、もっと剣の腕を磨こうと。
海で繋がっているなら大丈夫とぼんやりとした声が小さく聞こえた。
後に残されたタンタは、頭を抱えてその場に崩れ落ちた。
自爆した。
ていうか糞面倒臭いやつに、目を付けられた予感がする。
誰か助けて。
■■■■■
足取り重くタンタは王国に帰ってきた。
テンション低く「ただいま戻りました…」とバルトに言えば、「おかえり。…何かあったのか?」と驚かれる。
「ちょっと蟹に絡まれ、」と口に出してみたが、阿呆らしすぎて報告する気にならずタンタはぷるぷると首を振る。
不思議な態度のタンタを見て小首を傾げながらも、バルトは温かな紅茶を入れてくれた。
「…うむ、御苦労だったな」
「…いえ」
タンタは渡された紅茶に数回息を吹きかけ冷ました後、くぴりと喉を通す。甘くしてくれたのか、疲れた身体に温かい紅茶が染み渡る。
タンタがようやくほっとした表情を浮かべたのにバルトも安堵したのか、優しく笑いながら「向こうはどうだった?」と問い掛けた。
「綺麗なところでした。…あ。砂浜で戦ったんですけど体幹と踏ん張りは大事だなあって」
「そうか。…ん?戦った?」
穏やかにタンタの話を聞いていたバルトが首を傾げる。タンタな慌てて言い繕った。
蟹に、と。
蟹?とバルトは少し考え、ああ確かに青色の蟹がいるな、と頷く。あそこにいる蟹青いのか。
砂浜だと蟹は素早いだろう?大変だったなと、バルトは柔らかく労ってくれた。微妙に嘘をついているわけだしどうにも労われても居心地が悪い。どうしたものか。
微妙に目を逸らしながらタンタは話題を変えようと頭を回し、ああそうだと思い出す。
「あー…、あ…っと、王子のフロウに会いました。面白い子でした」
タンタが言うと、バルトも「ああ」と思い出したように己の机へ手を伸ばした。
一枚の紙を手にとってタンタに見せる。
「向こうから連絡が来てな。後学のため王子に王国を見学させてほしいと」
「早い…」
急ぎの時とか緊急時なら魔法で連絡取れるからな、とバルトは笑った。魔法で済むならなんで俺は手紙を持ってったんだとタンタが少し虚しい気分になると、バルトは「重要なものは直接届けなくては機密性が損なわれるだろう」と厳しい口調で返す。
そういうものらしい。
納得したようなしていないような顔でタンタは手渡された紙を読む。どうやらフロウはおねだりが上手くいったらしい。良かったとタンタは笑みを浮かべた。
面識があるならば、向こうの王子が来た際はお前に付いてもらうか、とバルトがタンタに言う。約束したし、とタンタが大きく頷くとバルトは満足げに笑って新しい紙に何事かを書き込んだ。
とはいえ一応フロウは他国の人間。王国内を好き勝手見せるわけにはいかない。
何処を見せるべきかとバルトが悩めば、タンタは「魔法について知りたいみたいです」とフロウとの会話をバルトに伝えた。
「属性について教わりました。物知りで博学な子でした」
タンタがそう報告すると、バルトはピタッと固まる。怖い顔で。
あれ、なんか変なこと言ったかな。
首を傾げるタンタを尻目にバルトはすっとタンタの背後に回り、タンタの肩をぐっと押さえつけた。
「???」
「タンタ。 先日の座学で何を教えたか覚えているか?」
掴まれた肩にじわじわ力が掛かり、非常に痛い。
座学、ざがく。机に向かっての勉強。
だいたい朝から昼まで、眠いなと思いながら話を聞く時間。
習うのは、この国の成り立ちや、周辺大陸の話や、歴史の話、あとは。
痛みに負けつつもタンタは必死に思い出そうと頭を回したが、それはバルトのひとことで無に帰した。
「私は、先日、属性について、みっっっちり教えたはずなのだがな?」
「…あ」
世界の基盤だからきちんと頭に叩き込め、生死に関わるから絶対に忘れるな。
そう言われたことも同時に思い出す。
お前は水の気質だから、火と毒の属性には気をつけろよと心配されたことも。
この大陸は火の属性が得意なやつが多いから、変なところや危ないところには行くなよと注意されたことも。
大事なことだからなと念を押されたことも。
それを完全に忘れていたのだから、
その上、それを少し年下の子に教わったと報告したのだから、
バルトが非常に怒っているであろうことは簡単に予想でき、
怒ったバルトは鬼のようであることも知っている。
つまるところタンタは
怖くて
後ろを
振り返れない。
「タンタ?」
「っひ」
バルトにとてもとても優しい声で名前を呼ばれたが、タンタはびくんと身体が跳ね引きつった声が漏れるばかり。
タンタが返事をしないのを気にもとめず、バルトは甘い声で素敵な選択肢を提示した。
「またみっっっちり補習するのと、身体に覚えさせるため特別武術訓練するのと、両方と、どれがいい?」
これ選択肢ないでしょおおぉぉおぉ!?
涙目で口をぱくぱくさせるタンタを無視して、バルトはタンタをひょいと抱え上げた。
荷物のように小脇に抱えられ、タンタは諦めたようにくたりとバルトに身を任せる。
お前は基本的にはしっかりしてるんだが、所々甘いところがあるんだよな、と呆れたように言われそれにもショックを受けた。泣きたい。
お手柔らかにお願いします…。
がんばるのでお願いします…。
next
■■■
悪魔が来りて笛を吹く。
望むのならば騙りましょう、
過去と未来の物語。
隠された宝物の物語。
偽物と本物?
いえ違います
勝ったほうが"ホンモノ"なんです
語らないからいけない
隠すからいけない
もう遅い
偽書ですら、それにはその人の信念が込められる
ニセモノもホンモノも有りはしない
そんな騙り部の、ささやかな話
どうぞよろしくお願いします
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はじまるまえ。【】タイトルは世界観共通の続きもののようななにか。独自解釈、独自世界観。捏造耐性ある人向け。【シリーズ完結】【改稿済み】 |
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