英雄伝説〜焔の軌跡〜 リメイク 改訂版 |
〜グランセル城・空中庭園〜
ハーモニカの音を頼りにヨシュアを探していたエステルは空中庭園の一角で、ハーモニカでいつもの曲――『星の在り処』を吹いているヨシュアを見つけた。
「……やあ、エステル。いい夜だね。」
自分に近づいてきたエステルに気付いたヨシュアはハーモニカを吹くのをやめ、憑き物が落ちたような笑顔で話しかけた。
「うん……。また、その曲なんだ。『星の在り処』」
「色々なものを失くしたけど……。この曲と、このハーモニカはいつも僕のそばにいてくれた……。だから、『吹き収め』にと思ってね。」
「え……」
エステルはヨシュアの意味ありげな言葉に驚いた。
「約束、果たさせてくれるかな。君に会うまでに僕が何をしてきたのか……。それを、今から話したいんだ。」
「ヨシュア……。うん、わかった」
ついに今まで話さなかったヨシュアの過去の話を聞くことに、エステルは決意の表情で頷いた。
「少し長い話になるけど、それでも……構わないかな?」
「もちろん……。キッチリ最後まで聞かせてもらうわ。」
エステルはヨシュアが話すどんな過去でも受け止めることがわかるように笑顔で深く頷いた。
「ありがとう……。………………………………」
いつもの太陽のような笑顔のエステルを見てヨシュアは笑顔になった後、エステルに背を向け手すりにもたれかかるようにして自分の過去を話始めた。
「昔々、あるところに……。あるところに1人の男の子がいました。甘えん坊で気が弱くて何の取り柄もない男の子……。でも、大切な人たちと一緒にいて男の子の毎日はとても幸せでした。」
―――それは大切な人と共に笑いあい、幸せを分かち合った幸福の時―――
「しかし、ある事がきっかけで男の子の心は壊れてしまいました。言葉と感情を失い、食事もとらずにハーモニカを吹き続ける毎日……。面倒を見てくれた人の努力も空しく、男の子は日に日に痩せ衰えていきました。」
―――ずっと続くと思われた幸福が突如壊れ、男の子は現実から目を背けるように、誰の言葉にも耳を貸さず痩せ劣る中ひたすらハーモニカを吹き続けた―――
「そんな男の子の前に1人の魔法使いが現れました。『私がその子の心を治してあげよう。ただし、代償は払ってもらうよ』」
―――『魔法使い』に預けられた男の子は壊れた心を繋ぎ合せるかのように徐々に心が戻って来たかのように見えた。しかし、それは『魔法使い』によるまやかしであった―――
「魔法使いは、男の子の存在を好きなように作り変えていきました。そして、新たな心を手に入れた時―――男の子は人殺しになっていました。」
―――『魔法使い』によって生きた殺人兵器へと造り上げられた男の子は毎日のように人を殺し続けた―――
「何十人もの部隊を、闇に紛れて全滅させたこともあります。屈強な護衛に守られていたとある国の大臣の屋敷に潜入して、その喉をかき切ったこともあります。時には爆発物を使い、罪もない人々を巻き添えにしました。いつしか男の子は、ただの人殺しから優秀な化物に成長し……『漆黒の牙』と呼ばれ恐れられるようになっていました。」
―――そんなある日、男の子はいつものように『魔法使い』からある人物の暗殺を命じられる。それは―――
「かつて女王様が治める国を北の大きな国から守った英雄。大陸で4人しかいないという特別な称号を持っている遊撃士を。」
―――『英雄』を確実に殺すために、男の子は無邪気な子供のふりをして近づいて不意をついて殺そうとしたが―――
「でも、その標的は強すぎました。子猫が虎にいなされるように男の子は撃退されてしまいました。失敗した男の子の前に魔法使いの手下たちが現れました。標的に顔を知られてしまった男の子を始末しようとしたのです。」
―――『英雄』に撃退された男の子は抵抗もできなかったので、自分を殺す凶刃を見つめることしかできなかった。しかし―――
「しかし、その手下を追い払って男の子を救ってくれた人がいました。それは、男の子が暗殺に失敗した当の標的である遊撃士だったのです。」
―――男の子の命を守るために手下を撃退した『英雄』は気絶した男の子をどうするべきか考え、ある妙案が頭に浮かんだ。それは―――
「そして、男の子は……その人の家に連れてこられてひとりの女の子に出会いました……。その家で、男の子は5年もの間、素敵な夢を見せてもらいました。本当なら、その男の子には許されるはずもなかった夢を……。」
―――それはかつて男の子が夢見ていた幸福の時間。尊敬できる父、優しい母、目標となる兄、自分を兄といい甘えるおしゃまな可愛い妹、そして………太陽のような眩しい笑顔をいつも自分に向けてくれる愛しい少女。ようやく手に入れた幸福の時は続くかと思われたが―――
「だけど、夢はいつか醒めるものです。現実に戻る時が迫っていました。」
「これで……この話はおしまいだ。ありがとう……最後まで耳を塞がずに聞いてくれて。」
「………………………………。……えっと……あは…………。それって……どこまで本当なの?」
ヨシュアの壮絶な過去を聞いたエステルは呆けた表情で尋ねた。
「全部―――本当のことだよ。僕の心が壊れているのも。僕の手が血塗られているのも。君の父さんを暗殺しようとして失敗したのも。そして……今までずっと君たちを裏切り続けていたことも。」
「!?」
「男の子は本当の意味で救いようがない存在だった。そこにいるだけで不幸と災厄をもたらすような……。そんな、穢(けが)れた存在だったんだ。」
「………………………………」
ヨシュアの話をエステルは呆然とした様子で聞き続け
「だから……男の子は旅立つことにした。幸せな夢を見せてくれた人たちをこれ以上、巻き込まないために。自分という存在を造った悪い魔法使いを止めるために。」
「え……?」
ヨシュアはエステルに近づき、自分がいつも大切にしていた黄金色のハーモニカをエステルの手に握らせた。
「それは、僕が人間らしい心を最後に持っていた時のものだ。もう必要ないものだから……。だから……君に受け取ってほしい。この5年間のお礼にはとてもならないだろうけど……。何も無いよりはマシだと思うんだ。」
「………………………………。…………かげんにしなさいよ」
エステルはヨシュアを睨みつけた後、顔を下に向け小さな声で呟き始めた。
「え……?」
「いい加減にしなさいっての!」
エステルは下に向けた顔をあげると、ヨシュアに近付き怒鳴った。
「夢なんて言わないでよ……っ!まるで……今までのことが本当じゃなかったみたいじゃない!過去がなんだっていうの!?心が壊れてる!?それがどーしたっていうのよ!?」
「エステル……」
悲しみを抑えて必死に笑顔で自分を止めようとするエステルを見てヨシュアは目を伏せた。
「あたしを見て!あたしの目を見てよ!ずっと……その男の子を見てきたわ!良い所も悪い所も知ってる!男の子が、何かに苦しみながら必死に頑張ってたってことも知ってる!そんなヨシュアのことをあたしは好きになったんだから!」
「!!!」
そしてエステルの口から出たずっと自分が望んでいた言葉を聞いたヨシュアは目を見開いた。
「一人で行くなんてダメだからね!あたしを、あたしの気持ちを置き去りにして消えちゃうなんて!そんなの、絶対に許さないんだからあっ!………うっ………うう………」
「……エステル……。………………………………」
涙を流し始めたエステルにヨシュアは何を思ったか、エステルの肩に手を乗せた。
「え……?」
そしてヨシュアはエステルに口づけをした。
「……あ………………。(……ヨシュア……)」
待ち望んでいた初恋の少年との口づけにエステルはされるがままになっていたが、口に違和感を感じヨシュアから離れた。
「なに今の……!口の中に流れて……」
「……即効性のある睡眠誘導剤だよ。副作用はないから安心して。」
「あ……」
眠気が突如エステルを襲い、眠気に耐えられなくなったエステルは地面に崩れ落ちるように膝をついた。
「ど……どうして……?……何でそんなものを……!」
「僕のエステル……お日様みたいに眩しかった君。君と一緒にいて幸せだったけど、同時に、とても苦しかった……。明るい光が濃い影を作るように……。君と一緒にいればいるほど僕は、自分の忌まわしい本性を思い知らされるようになったから……。だから、出会わなければよかったと思ったこともあった。」
「……そんな……」
ヨシュアの言葉に強力な眠気で虚ろな瞳になりつつあるエステルは悲痛な声をあげた。
「でも、今は違う。君に出会えたことに感謝している。こんな風に、大切な女の子から逃げ出す事しかできないけど僕だけど……。誰よりも君のことを想っている。」
「……ヨシュア……ヨシュア……」
エステルは眠気が襲ってくる中、ヨシュアを引き留めるために何度もヨシュアを呼び続けたが。
「今まで、本当にありがとう。出会った時から……君のことが大好きだったよ。―――さよなら、エステル。」
ヨシュアの決別の言葉を聞くと同時にエステルは眠りに落ちてしまい、その後眠りに落ちたエステルをヨシュアは抱き上げてエステル達が泊まっている客室へと運び始めると廊下でルークと出会った。
「…………兄さん………」
「ん?ヨシュアか。そう言えばエステルがお前を探していたぞ…………って!おいおい、エステル、一体どうしちまったんだ!?」
「うん。昼にはしゃぎすぎて疲れたのかな?いっしょにお茶を飲んでいたらいつの間にか眠っていたんだ。」
「ったく、念願の正遊撃士になったっていうのにしょうがねえな………」
ヨシュアから事情を聞いたルークは呆れた様子で溜息を吐いた。
「あはは……まあ、今日限りはいいんじゃないかな?………兄さん、エステルを部屋まで連れて行ってもらってもいいかな?」
「ん?ああ。」
そしてルークはヨシュアからエステルを受け取り、背中に背負った。
「じゃあ、後は頼むね。」
「お前はどうするんだ?」
「ちょっと、王都を見回ってくるよ。何かあったら大変だしね。」
ルークの疑問にヨシュアは自分の決意を決して見せないかのようにいつもの様子で答えた。
「相変わらずだな、その性格は………見回りをするのは良い事だが、明日からまた忙しくなるんだ。ほどほどにして明日に備えて休んでおけよ?」
「うん………肝に銘じておくよ………」
「ヨシュア……?お前、なんか雰囲気が変わってないか?」
するとその時ヨシュアの様子に弱冠違和感を感じたルークは真剣な表情で聞いた。
「正遊撃士になって、ちょっと緊張しているせいかな……?気が引き締まった気分なんだ。」
「なんだ、そう言うことか。ま、その気持ち、わからなくはないぜ。じゃあ、エステルを部屋に届けてくるぜ。」
ヨシュアの説明に納得した様子で頷いたルークはヨシュアに背を向けて歩き出したが
「兄さん。」
「うん?どうした?」
ヨシュアに呼び止められ、振り向いた。
「これからも、エステルのことを守ってね。」
「ハハ……何を言い出すかと思えば……『家族』なんだから当たり前だろ?」
「そうだね………」
「じゃあ、シェラザードのところに届けてくる。」
「うん。…………ありがとう、兄さん。あなたやレンがいればエステルのことを安心して任せられるよ……」
エステルを背負ったルークを見届けたヨシュアは小さな声で呟いた後、城から人知れず姿を消した。
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