歌仙兼定は片付けられない |
「これはこの間、京都で拾ったもみじだよ。赤色がとても鮮やかで気に入っている。これはその前に函館で拾ったイチョウ。ふちだけ色づいているのがなかなか風流でね。こっちのは少し枯れかけているが、それがまた美しくて……」
最近、歌仙は遠征先での落ち葉拾いに熱中している。美しく秋の色に染まった葉っぱたちを持ち帰っては、風流だ、雅だと愛でているのだ。
「うん、たしかにきれいだね」
黙って歌仙の話を聞いていた小夜がそっと歌仙の話をさえぎって言った。
「でも之定。その葉っぱ、どこに置いておくつもりなの?」
歌仙は少しの間黙って、自分の部屋を見回した。
歌仙の部屋は、歌仙が約一年かけて集めてきた雅なもので満ち満ちている。
美しい花器や食器、書や絵画にはじまり、主がくれた猫の形のマグネットやメモ帳、お菓子の空き箱などのガラクタまで、ありとあらゆるものが限界まで詰め込まれていた。遠征先で拾ってきた「季節を感じるもの」を入れた箱は高く積み上がり、そろそろ小夜の背丈を超えそうである。
歌仙兼定は、お気に入りのモノを捨てられない性質なのだ。
「この箱はもういっぱいになってしまったからね。こっちの箱に入れてここに積んでおこう」
そう言って、歌仙がさらにもう一段箱を載せようとした瞬間、乗せた場所が悪かったのか、バランスを崩した箱の山が雪崩を起こした。
「ああ!」
箱の中のものが散乱し、歌仙は絶望の声を上げた。床に広がるモノ、モノ、モノ。
小夜は小さくため息をついて、散乱したモノを拾い集めはじめた。
「すまないね。小夜」
「かまわないよ。でも、之定の部屋はモノが多すぎると思う」
桜の花びらを閉じ込めて作ったしおりや、ひまわりの種、どんぐりなどが際限なく溢れでてくるのを目の当たりにして、小夜は決心した。このままではいけない。
「之定。ものを捨てよう」
どんぐりを握り締めながら、小夜は言った。積み上げられた本とか謎の箱とかで、歌仙の部屋はなかなかヤバイ状況だ。なんとかせねばならない。
「ものを減らさないと、この部屋は片付かないよ」
「ダメだよ! どれも大切なものなんだ。減らすことなんてできない!」
崩れた箱の山を庇うように抱きしめて、歌仙は叫んだ。
「足の踏み場もない部屋は、雅じゃないと思うよ」
小夜にそう言われては、歌仙も返すことばがなかった。本当は、歌仙だってちょっぴり思っている。この部屋の惨状は雅じゃないなって。
「この季節を感じるものの箱は全部捨ててもいいんじゃないかな」
歌仙が行く先々で拾ってくる「季節を感じるもの」を長期保存しないといけない理由が、小夜にはよく分からなかった。しかし、歌仙は悲愴な顔で反論した。
「小夜。あんまり思い切ったことを言わないでくれ。世の中には出来ることと出来ないことがあるんだよ」
歌仙の言うことが、小夜には全く理解できなかった。
「部屋の体積は決まっているんだよ。それ以上のものを入れることはできないんだ。それは『出来ないこと』だよ」
「小夜……」
完全に正論だったので、歌仙は言葉もなくうなだれるしかなかった。
「手伝ってあげるから、一緒に片付けよう?」
そう言って、小夜がどんぐりをゴミ箱に入れようとしたので、歌仙は必死に止めた。
「ま、待ってくれ! 分かった。片付けよう。だが、一日待ってくれ!」
大切なものたちと別れを惜しむのに一日かかる。そう言い出した歌仙に小夜は少しあきれた顔をしたが、それでも了解してくれた。なんだかんだ言って、歌仙には甘い小夜なのである。
その夜、歌仙は燭台切光忠の部屋に来ていた。二人は内番が同じになることが多く、本丸の中でも気安い仲だ。頼み事もしやすい。
「君の部屋の一画を間借りしたい」
神妙な顔をして、歌仙は切り出した。
「……まさかとは思うけど、そのダンボールの山を僕の部屋に置いていくつもりじゃないだろうね?」
歌仙が持って来た山積みのダンボールを指差しながら、おそるおそる燭台切は尋ねた。
「さすがは長船派の祖、光忠が一振。察しがいいね。その通りだ」
「だが断る!」
かっこよさにこだわる燭台切が大声で叫んだので、歌仙は驚いた。
「どうしたんだい、雅じゃないね」
「僕は部屋のインテリアにはこだわっているんだよ。極力物を置かないようにしているんだ。それなのに山積みのダンボールがあったら、かっこ良くないじゃないか!」
「そこをなんとか頼むよ。小夜の言うとおり、確かに僕の部屋には物が多すぎる。でも、捨てられないんだ」
そう言ってゆるゆると首を振る歌仙は、矛盾に満ちた世界に悩む哲学者のようだった。
「知らないよ! 物だらけの部屋で生活したらいいじゃないか!」
「そうもいかないのさ。小夜が遊びに来てくれるのに、足の踏み場もないんじゃさすがに忍びないからね」
「歌仙くん」
燭台切は優しくぽん、と歌仙の肩を叩いた。
「そこまで分かってるなら、諦めて捨てなよ。そのガラクタ」
「ガラクタじゃない!!」
歌仙は激怒した。
「僕の大切なコレクションをガラクタ扱いしないでくれたまえ!」
燭台切は心の底から面倒くさいなこの男、と思った。
「なんだっていいよ。ともかく預からないから!」
「なんだっていいとはなんだい!」
双方譲らず、大喧嘩に発展しそうになったその時、凛とした第三の声が響いた。
「お話は聞かせていただきました」
すっと障子を開いて横顔をのぞかせたのは、一期一振である。
「一期くん?」
「君、いつからそこに?」
「通りがかったら燭台切殿の大きな声が聞こえたのでつい」
「それは申し訳なかったね。かっこ悪いな」
反省する燭台切にどうかお気になさらず、と鷹揚にこたえる一期はかっこいいが、やっていたことは盗み聞きである。
「歌仙殿。心中お察しします。私も消しゴムのカスを集めて練り上げた真っ黒な練りケシを薬研に捨てられたことがありますから」
「それは練りケシじゃないよ。ゴミだよ」
「そんなものと僕のコレクションをいっしょにしないでくれたまえ」
二人にけちょんけちょんに貶されても、一期はまるで気にしていないようだった。
「歌仙殿のコレクション、私の部屋で引き受けましょう」
「え? ……本当かい?」
「はい。困ったときはお互い様です。幸い、私の部屋は物が少ないのでスペースはありますし、燭台切殿のようにインテリアに凝ってもおりません。ですから、私の部屋に置いてくださればよいですよ」
「君は、素晴らしい人だね!」
歌仙は感動した。一期とは全然本当に一ミリも趣味が合わないが、こういう太っ腹なところは尊敬に値する。
「せっかくの歌仙殿のコレクション、ただ箱の中に入れておくのはもったいないですな。私の部屋に飾ってもよろしいですか?」
「ああ、いいとも。是非そうしてくれたまえ。その方が雅だからね!」
歌仙の持って来たダンボールを半分持ってあげて、一期が立ち上がる。
「私の部屋もこれで少しは華やぎますな」
楽しげに話しながら出て行く二人をみて、燭台切はホッと息をついた。これで燭台切のかっこいい部屋は守られた。あとで一期くんにお礼を言いにいかないとな。そんなことを思いながら燭台切は寝る準備をはじめた。
一晩のうちに、歌仙の荷物のほとんどが一期の部屋に運び込まれた。次の日の朝、歌仙の部屋を訪れた小夜は、あまりにも変わった部屋の様子に驚いた。
「どうだい? 小夜。見てくれたまえ!」
歌仙が自慢げに小夜に見せた部屋には、ほとんどモノがなかった。
本棚から溢れだしていた本も、山積みだった箱も姿を消し、床の間には歌仙の膨大なコレクションから厳選された掛け軸がかけられて、趣味のよいしつらえがされている。昨日までのとっ散らかった部屋の面影はどこにもなかった。
「あの荷物の山はどうしたの?」
「片付けたんだよ」
褒めて! と言わんばかりの歌仙の態度を横目で眺めて、小夜は考えた。歌仙が自分でモノを捨てられるはずがない。つまり、どこかに隠したのだ。隠し場所はどこだ。
小夜は歌仙の隙をついて押入れに突撃し、勢いよく襖を開けた。だが、小夜の予想に反してそこにもモノはほとんど入っていなかった。
「本当にない……」
小夜は歌仙を振り向いて厳しい顔で聞いた。
「どこに隠したの?」
「隠したって……人聞きの悪いことをいわないでくれたまえ」
「だって、之定が自分で捨てられるはずがない」
なんて信用がないんだ! と歌仙は嘆いたが、実際その通りだったので何も言えなかった。
「あの荷物、どこにやったの。早めに白状したほうが身のためだよ……」
小夜にすごまれて歌仙は少しひるんだが、ここで引いては昨日の努力と一期の厚意が無駄になる。
「僕だってやる時はやるのさ」
顔が引きつっていないことを祈りながら、平静を装って歌仙は言った。
「之定。君は短刀の偵察能力を見くびっているね……」
そう言った小夜の迫力に気おされて、ごくり、と歌仙は唾を飲んだ。
「そして短刀ネットワークのことも見くびっている……」
「なんだい? そのものすごく不穏な響きのあるネットワークは」
歌仙がイヤな予感に打ち震えていると、部屋の外から声がした。
「小夜。ここにおると?」
返事も聞かずに障子を開け放ったのは博多藤四郎だった。
「どうしたの? 博多」
おお、おった! とうれしそうに笑う博多は手になにか面妖な物体を持っていた。
「よかったばい。昨日、小夜に言われたから気をつけとったんよ。これ、いち兄の部屋にあったっちゃけど、こげな良か趣味ばしとるもん、いち兄は持っとらんばい。歌仙のやなかね?」
そう言って博多が差し出した物体に、歌仙は見覚えがなかった。……いや、待て。この形といい、色といい、どこかで見たことがある。
「ま、まさか、それは!!!」
それは歌仙が一期に預けた茶器の一つであった。しかし、なんということだろう。器の表面には粟田口の短刀の写ったプリクラがいくつも貼られて、見るも無残な姿をさらしていた。
「なんでこんなことに!!」
変わり果てた茶器を、歌仙は博多から奪い返した。
「なんでって…いち兄がプリクラ貼ったから」
「一期君が!!?」
なぜ一期くんがこんな嫌がらせを? 考えても歌仙に思い当たる節はなかった。
「こら、博多」
そこに顔を出したのは件の一期一振である。
「それは歌仙殿から預かった大切な品なんだよ。気安く持ち出して、壊したらどうするつもりだい?」
「それをいち兄が言う?」
「一期くん。これはいったいどういうことだい?」
「すみません。弟がご迷惑をかけて」
「いや、そうじゃないよ。この茶器の状態のことを聞いているんだ! なんだい、このシールは!」
「ああ、それですか」
一期は無邪気な笑顔で答えた。
「実はその器、小さなヒビがたくさん入っておりましてなあ。目立つのでプリクラで隠すことにしたんですよ」
「君はなにを言ってるんだい! それはヒビじゃない、貫入というんだ」
「ああ、これが貫入ですか!」
一期は器をしげしげと眺めた。
「知識としては知っていたのですが、刀の時代は茶器を見ることなどあまりなかったもので。でも、プリクラ貼ったほうがにぎやかでよいでしょう。この茶器には派手さが足りませんから」
「派手さは必要ないんだよ!」
歌仙は地団太を踏んで叫んだ。
「そうですかなあ。私は気に入ってるのですが。銘はさしずめ『愛弟』といったところでしょうか」
「いち兄、多分そい以上喋らんほうがよかよ」
博多がそっと忠告したが、すでに遅かった。
「勝手な銘をつけないでくれたまえ!」
「歌仙。諦めんしゃい。そげなもんいち兄に預けたけんたい」
鼻息荒く抗議する歌仙を落ち着かせようと博多が告げた。
「そうだよ。之定。大切なものを人に預けたりするから、こんなことになるんだ」
「でも小夜」
歌仙はほとんど泣きながら言った。
「このまま持っていたら全部、小夜に捨てられてしまうから。だから一期くんに預けたんだ」
「全部捨てるなんて言ってないでしょう。大事なものは持ってればいいんだよ。でも、本当にこんなにたくさん落ち葉を集めておく必要があるのかとか、かわいいからって使わずに増えていくボールペンとか、そういうのをなんとかしようって言ってるんだ」
「うぅ、小夜」
小夜のことばに一つも言い返せない歌仙は、唸るしかなかった。
「手伝ってあげるから、一緒に部屋片付けよう?」
「……分かった」
小夜に優しく言われて、歌仙はこくりとうなずいた。今度こそ歌仙も覚悟を決めた。歌仙だって美しい部屋で静かに、小夜とお茶を飲みたい気持ちはある。
一方、一期のほうも歌仙の剣幕を見て、大変なことをしでかしたことはうすうす理解したらしい。
「歌仙殿。良かれと思ってのこととは言え、申し訳なかった。お詫びに私もお掃除のお手伝いをいたしましょう」
そう言う一期はとても優しげで、頼もしげであった。しかし。
「……お気持ちだけで十分だよ」
一期を部屋に入れてはいけない。歌仙は尊い犠牲を払ってそれを学んだのだった。
小夜の厳しい指導のもと、歌仙の部屋はみるみる片付いていった。時にモノを捨てようとする小夜と捨てさせまいとする歌仙との間に衝突が起こったが、それでも日が暮れる頃には、見違えるほど部屋はきれいになっていた。
「やはり、きれいな部屋はとても気持ちがいいね」
喜ぶ歌仙をみて、小夜もうれしくなる。部屋を片付けるのを手伝ってあげて良かったな、と小夜は心から思った。
「ねえ、片付いてここにスペースが出来たから、くまモンの大きなぬいぐるみを置きたいと思うんだが小夜はどう思う?」
歌仙はワクワクとした表情でそう言った。
小夜は唖然とした。一瞬なにを言っているのか分からなかった。せっかくくつろげるスペースを作ったというのに、その場所にぬいぐるみをおくだなんて!
「之定。そういう安易な買い物があの汚部屋を生み出したんだよ。いらないものは買わないで」
「分かってるよ。でもくまモンは安易な買い物じゃない!」
くまモンが熊本にどれほどの経済効果をもたらしたかを力説する歌仙をみながら、どうやら意識改革には相当の時間が必要らしい、と小夜は思った。
歌仙が小夜の手を離れるのはまだまだ先のことらしい。やれやれ、と思いながらも自分を頼りにする歌仙をちょっぴりかわいいとも思ってしまう小夜だった。
一ヵ月後、歌仙の部屋が元の汚部屋に逆戻りしてしまうことを、小夜はまだ知らない。
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全てのコレクターを襲う収納問題。 待って! そのチラシはあなたにとってはゴミかもしれないが、私にとっては丸亀まで青江に会いに行ったときの大切な思い出なの! 捨てられないの! 私の悩みを歌仙さんに代弁してもらいました。 オタクのあなたならきっと涙なしでは読めない感動巨編です! 嘘ですギャグにしたかったけどオチがつかなかったモノです! |
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