剣の魔王=Aの物語= |
先代までの魔王について
吸血種という種族の発展について
眷族について
アルヴァーンは書庫で本を探す。
「あなたの探しているものは、見付かったとしても多分無駄になるだけよ」
そうして、リヴェリアが言っていた意味を今ようやく理解している。
30年以上前の書物、それらを彼は一切読むことが出来ない。
「なんで…」
「そういうふうに出来ているのよ。この世界は」
「理屈になっていない」
アルヴァーンは本が好きだ。自慢ではないが識字はそれなりな筈だ。
「そもそもね。この世界には統一言語がひとつしかないのよ」
それは、アルヴァーンも知っている。
だからどの国の本でも、看板でも、誰もが読むことが出来る。
教会が教え、広める言語が一種類だから。
「そうか…よく考え無くても、おかしな話だな…」
世界は広い。国交が殆ど無い国などはもっと独自に発展させた言語をもっていて然るべきだ。
そういうものだと思って便利に使ってきたが、なかなか気味が悪い話だ。
「いつか…あなたその資格があるようなら、教えてあげるわ」
リヴェリアは書庫に来た目的の薬学書を小脇に抱え先に書庫を後にする。
「…今は、資格がない、か」
アルヴァーンが城に来てから数ヶ月が経過していた。
メイメルが取りなしてくれたおかげで仕事として幾つか雑事や問題事を片付け、気の良い友人も何人か出来た。
驚くことに城や城下町で働く人間も結構いるらしく、アルヴァーンを露骨に煙たがる魔族はそこまでいないようだった。
加えてエルナードを倒したと噂が広まり好意的な派閥さえあるらしい。なんとまあ
魔王を討伐して勇者になろうとか言っていた事がばれたら袋だたきにされそうだなぁと思う。
無論今はそんなつもりはない。
魔王に情けをかけられたまま闘っても意味が無い。
かといってこの半眷族な状態をどうにか出来る方法も分からない
せめて調べてみようと思いきや、何故か30年以上前の本は読めない。と言った具合だ。
「30年前…リヴェリアの即位…?」
にわかには信じがたいことだが、きっとなにか関係あるのだろう。
「魔王が代替わりすると本が読めなくなる…?教会が魔王即位で文字を変える…?」
なんだろうか。イマイチ核心に欠ける気がする。そうだ。それだと親と子で文字の違いが…
「あーあ、工事でも手伝ってくるか…」
考えるのは嫌いでは無いが、学者肌というわけでもないのだ。
体を動かして頭をスッキリさせた方が案外良い案が浮かぶかも知れない。
伸びをして書庫を出る。今の時間は明け方近くな筈なので西門近くで作業が始まるころか。
いくつか手伝えそうな作業をメモしてある紙を取り出すと、眼の前に誰かが飛び出してきた。
「うわ」
とっさに避けるが逆に相手がそのせいで体勢を崩してしまう。
「きゃあっ」
「ごめっ」
転びそうになるその人を支えてアルヴァーンは目を見張った。
「アリ…ア…?」
ブルネットの豊かなウエーブヘアと黒く鋭い頭の双角、白磁の肌、つり目がちな瞳は紅玉の…
ではない。目は蜜柑のように黄色い。服装もアリアなら絶対着ない明るい色合いだ。
見知った残念美人に愛嬌を足した感じだ。
「お願いです!助けて!」
ましてやアリアがこんな事言う訳がない。この人は絶対に別人だ!
「君は、アリアの親類かなにか?それに助けてって」
「そう、お願い助けて勇者様!!」
ここは魔王の城なんだし君はその姿を見るに魔族なんじゃとか
そういう疑問は一撃で吹き飛んだ。
勇者様。
その言葉にアルヴァーンという男はめっぽう弱いのだ。
彼女を追ってきた存在がなんだか分からないがご婦人を追い回すのは良い趣味とは思えない。
背に彼女を庇って追跡者に立ち向かう。
「カァ…イィ…ネェ…ラァ…」
眼前からは聞き覚えのある声。
しかしアルヴァーンは気付くべきだったのだ。こんなにアリアに似ているのだから、この女性はアリアの姉妹か親戚で、追跡者はアリアかも知れないという可能性に。
「よおアリア」
そしてアルヴァーンは地雷原を裸足で行く男であった。
「邪魔だどけ虫けら」
「オー今日は一段と機嫌が悪いなぁ。どうs」
首の皮一枚で正確に刃が止められる。
「あの子はどこ」
「えーと」
視線だけで後ろを振り返る。いない。早い。
「…どこだろ」
こうしてアルヴァーンは工事の手伝いではなく、逃げ続けるアリアの”姪”ヒルカシスカイネラ嬢を探すことになった。
「で、彼女はなんで逃げ続けているんだ?」
アリアの後ろを付いて歩きながらアルヴァーンは尋ねた。
「アレを見て、おまえはどう思った」
「え」
喋りながらも歩みは止めない。
「正直に言え」
「…あんたにそっくりだなぁ、と」
「…アレは、わたくしの姪だが、わたくしの娘の可能性がある」
「????」
「あとは見つけたら教えてやる。早く、早くしないと」
アリアが本気で焦っているようなのでアルヴァーンは別れて探すことを提案。一刻後に噴水前で落ち合う約束をしてその場を離れる。
思えばアリアのことは余りよく知らない。ウォーロックと一緒に現四天王の一角だというのは聞いたが、それと風の魔法を得意としていることくらいか。
ん…アリアに似ている…?
「まさか…な」
アルヴァーンは今出てきたばかりの城を見上げる。
「おやおや、いかがなさいましたかな。勇者殿」
丁度上を通りかかったのか、人影が降りてくる。
「あ、天使のおっさん」
「そのあだ名は…どうにかならないかね…」
ほほをかきながらはにかむのは国家騎士団長のホークアイ殿だ。
褐色の肌に真っ白い髪。
何となくこの男相手には緊張してしまう。
猛禽の目のせいか、それとも背中に背負った白い翼で教会に飾られていた天使の像を思い出してしまうからか…
彼は魔族の中でも稀少な存在で、もう彼以外個体の存在しない殻翼種という種族らしい。
独り身で子もなく、また儲けるつもりもないと本人が言っているらしいので彼の家系は彼で終わりだ。
なんとなく寂しくなる話である。
「あーえーとすみません。アリア…殿に似た女性を見掛けませんでしたか?背格好が似た感じなんですけど、服装は明るいドレスで…」
城の外に出ていればあの服装は目立つだろう。
「いや、見ていないね。小鳥たちに探させるかい?」
「うー…。急ぎみたいなんで、お願い出来ますか?」
彼は部下の他に鳥と共信という方法で会話出来るらしく、彼の家はさながら鳥籠と言った外観でそこに大量の小鳥と住んでいるらしい。
「では見付かったらロビンに連絡させるから」
そういうと彼は翼を広げ飛んで行く。
「さて、俺も戻るか」
まだ刻限には遠い、なるべく頑張らねば、さっきの話の真意を聴けないじゃないか。
と言いつつ、カイネラお嬢さんは存外簡単に見付かった。地下、木の扉の簡素な部屋。
「やっぱりここか…」
「あ、アルヴァーン?ねぇ、この子はどなたかしら」
リヴェリアを人形のように膝に乗せ、その頭をよしよしと撫でながら、彼女はご満悦といった様子だった。
「あー…アリアの…親戚らしいです。」
「親戚…?」
「カイネラさん。アリアさんがあなたをお捜しですよ。俺もついていくので」
逃げられないように、ドアを背にしたまま俺は話す。
「勇者様?」
カイネラは首をかしげ不思議そうな表情を浮かべる。
「絶対酷い事はさせませんから、一緒に行きましょう」
「アリアって、だぁれ?」
どういうことだ
「ねぇ、アルヴァーン?本当にアリアが親戚だと言ったの?」
リヴェリアが不安そうに口を開く。
「ああ…しかし…俺もなにがなんだか…」
「アル…アリアは…」
「上で待ち合わせている。でも…どうなってるんだ…」
「ヒルカシスカイネラはねぇ…」
突然カイネラの顔から表情が消えた。傍に居た動物たちが毛を膨らませて距離をとる。
「魔王様になるために生まれた個体なのよ?」
アルヴァーンは間髪入れず腰の後ろに付けていたナイフを抜き放っていた。
カイネラの細い指が、リヴェリアの首に伸びる。
「それは、わたくしの模造品だ…」
瞬間、木製の扉は破砕され、”言葉”が部屋に侵入してくる。
言葉は力を紡ぎ、事象を歪ませる。
カイネラとリヴェリアの間に空気の障壁が形成され、カイネラだけが乱暴に、まるで虫の標本のように壁に叩きつけられる。
「あ…あ……」
「ご無事でしたか姫様」
壊れた扉の前に、アリアが泣きそうな顔で立っていた。
「ええ、ありがとう。アリア」
「申し訳ございません…申し訳…ございません…」
涙をこぼすアリアをなだめ、地下の別な部屋(一応別に客間があったらしい)に移り、アルヴァーン達はアリアから話を聞くことにした。
「別に隠す事でもないから話しにくそうなことは私から先に言っておくわ、アルヴァーン。当代の四天王は全員元魔王候補者よ」
候補
「ウォーロックもか」
あの温和な巨人が覇を争うというのはイマイチピンと来ないが。
「ウォーロックだけじゃない、全員が私に魔王の座を譲ってくれたのよ」
「どういうことだ?」
「私の瞳は時々色が変わるの、分かるかしら」
確かに、金色の炎を使っているときは綺麗なすみれ色になっていた気がする。
「あれは紫煌印って呼ばれていてね。あれが綺麗にでたのが私だけだったのよ。だから4人は自分から四天王に下がってくれた」
「魔王は目の色だけで決まるのか…?…それは…」
「気持ちはわからないでもないわ。でも、そういうものだったから、そうなったのよ」
アリアの目も紫だったのだろうか、黒髪に似合いそうだとリヴェリアの瞳を思い出しながらアルヴァーンは明後日の想像をしていた。
「そして、私の瞳が紫煌印を維持していられないから、私は半端者の魔王なのよ」
「そんなことは!」
アリアが身を乗り出す。
「全て…わたくしの身内の不始末…なんとお詫びをすればいいか…」
「いいえ、違うわ。思えばお兄様が私の傍からひとを遠ざけるようになったのも造反者が後を絶たなかったせいだから…あれも身から出た錆ね…」
「何だ。赤はダメなのか?綺麗なのに心が狭いな」
………
「あなた、ばかよね」
否定するほど賢人である自負もなかったのでアルヴァーンは黙ることにした。
「この国では力もつ種族ほど目が赤いの。だから平均能力の高い吸血種は大抵赤眼。そしてこの国で魔王に求められる条件は”目が紫”それだけ。そして5人のうち一時的にでも紫煌印を後天的に手にしていたのは私だけだった。私が魔王に選ばれた理由はそれだけ」
「そんなに目が大事なのか?」
「そうみたいね。結果私はなんとか魔王をやっているのですもの。ただし4人の身内は心穏やかじゃなかった。そういうことよ」
なるほど
エルナードの錯乱に対する対応を見ても分かったが王の身内はそれなりに優遇されるらしい。
「人間でも魔族でもお家騒動は同じか…」
「そうね、そういうところは大体同レベルだと思うわ。」
しかしアリアの”姪”が”娘”かも知れないというのはどういうことなのか。
「カイネラは…おそらくわたくしの細胞から複製されたコピーだ…」
アリアが絶望的な声音で呟く。
「弟君ね」
リヴェリアも思い当たるのだろう。アリアは押し黙る。
「しかしコピーと言っても全然戦えないただの女の子にしか見えないんだが」
カイネラはアリアのように強い術も使えない。足は速いが暗術に長けている様子もなかった。
「おそらく…失敗作…」
苦虫をかみ潰すようにアリアは拳をテーブルに打ち付けた。
「申し訳…ございません…この咎は必ず…」
「いいのよ。私が王としてちゃんとしていれば造反は防げた筈よ。ごめんね。アリア」
「へいかぁぁぁ」
アルヴァーンは大分自分は蚊帳の外なのではと気付き初めた。
「それよりリヴェリア。お前、体調悪いのか?」
「?いいえ、どうして?」
「…いや…」
なら問題は無いだろう。アルヴァーンは縛り上げてあるカイネラを見遣る。
「こいつはなんでここに来たんだ?」
「弟のところから逃げ出してきたのでしょう。余り頭が良くないようですから玉座を目指してきたものと…」
ああ、だからアリアは城の上の方を探していたのか。
「…ちょっとまて…今までにも似たような事があったのか?」
「…」
リヴェリアも押し黙る。
「教えてくれ、アリア。カイネラは、そいつの名前なのか?」
「…」
嫌な予感がした。
「お前も自分の細胞と弟の細胞で勝手に自分くらいの大きさの子供を作られてみると良い。人生観が変わるぞ」
「それは…遠慮願いたいな…」
答えは、”つまりそういうこと”なのだろう。
今までもアリアは自分の複製を始末している。
それもおそらく一度ではない。
「わたくしがやらずとも、コレは長くは生きられない」
そんなこと、関係無いだろう。
「工事の手伝いどころじゃないじゃない…すぐ止めないと」
「…」
「無理よ」
「リヴェリア…」
「言葉の話し合いは、もう何度もしたわ。装置は見つける度破壊している。それでも彼はやめてくれなかった…」
「だが、このままじゃこいつらは…」
「ええ、そう。殺されるために生まれてくるわ…自分が誰かも知らず。ただヒルカシス工房シリーズカイネラとして」
「投獄は…」
「彼、アリア・エンデの弟、ヒルカシス・エンデ公はもう大分前に肉体を棄てているの」
「は?」
「幽霊なのよ」
「はぁああああ???」
幽霊
魂だけの存在
「いや、幽霊なんているわけがない」
アルヴァーンはキッパリと切って捨てた。
「そ、そこは随分強気なのね」
ドラゴンも妖精も魔獣も跋扈する世の中で、アルヴァーンは魂だけの存在は全否定する。
「そもそも自分の複製を作っているんだろう?肉体を棄てているというのがまず眉唾だ」
「あいつは…肉体を増殖させる魔法研究に成功していた…」
アリアは死にそうな顔色で呟くように話した。
「増殖…」
「指一本、あいつの増殖炉に放り込んでおけば数日で肉の寝台が出来上がる」
悪夢だ。
「医療研究とか、そっちには喜ばれそうだな…」
「そして、あれはわたくしの髪から精製した肉で複製体を作り続けている」
吐き気がした。
「複製するにも元がいるだろ?やっぱり生きてましたってオチじゃ」
「葬式はわたくしがだした」
アリアは唇を噛みしめた。
「死体を弔ったのだ。わたくしが」
「じゃあ、弟の意思を継いだ他人の仕業だろう?」
「アル…」
「誰が」
「?」
「誰が継いでくれるというのだ。寝たきりで生まれてから屋敷どころか部屋を一歩も出られなかった我が弟の意思を」
アリアは泣いている。
「誰が継いでくれるというのだ。両親一族をを人間共に殺され身よりもなかったが故にわたくしが看取った我が弟の志を」
「…」
「わたくしは陛下を敬愛している。元人間だろうがなんだろうが、全ての同胞に想いを寄せ、苦痛に耐え忍び、苦境にもめげず優しいお言葉を下さる陛下を愛している!」
確かにここ20年ほどは魔族と人間の戦争はほぼ停戦状態にある。
だからアルヴァーンは知らない。人と魔族の間に何があったのか。
「陛下が即位してすぐ、あの子は死んでしまった」
寝台の上で、人間への憎しみを抱いて。
もし、継ぐものがあるとすれば
「わたくしとあの子以外の誰が…知りもしないあの子を、わたくしに殺される危険性を無視して増殖させ続けるのです?教えなさい。アルヴァーン」
初めて名前を呼ばれた。
アルヴァーンは答えることが出来なかった。
+++
アリアは話せる状態ではなくなってしまったのでアルヴァーンとリヴェリアは日の落ちた魔王の執務室に移動していた。
「悪い…」
「私じゃなくアリアに言って頂戴」
リヴェリアは机からメガネを取り出して書類を眺める。
「やっぱり視力、落ちてるんだな」
リヴェリアはおそらく他人を魔力や声、雰囲気などで識別しているのだろう。
そうでなければアリアとカイネラの相似に気付かないのはいくら何でもおかしい。
「他の人には、言わないで…」
「いつからだ」
「あなたに会う前からよ。それにいつもって訳じゃ無いわ。今日も、たまたま」
ペンを走らせる手元に迷いはない。
「血を採ったら良くなるんじゃないか?」
「…はぁ…」
リヴェリアはペンをペン立てに置いた。
そして、私服の黒いドレスの裾を翻してアルヴァーンに歩み寄ると、その頬を張り倒した。
「いい加減にして」
「……悪い」
「あなたがどう思って、何を信じているかは勝手よ。でもね、それをひとに押し付けないで」
「…」
「ヒルカシス公は確かに死んだわ。そして、私達は交渉して、決裂した。これが全て」
「魂なんて存在しない」
「それはあなたの願望でしょう」
「…」
アルヴァーンはリヴェリアの腕を掴むと膝に乗せるように抱きしめた。
「…吸え」
「嫌よ」
「…もう何も言わないから」
「…」
「帰るから…」
「…」
「…」
「………仕方ない人…」
リヴェリアは溜息をついて、そっとアルヴァーンの首筋に牙を立てた。
+++
「アル」
ああ、師匠。
「何て所で寝ている。粗忽者が」
俺は…
そうだ、訓練中に木から落ちて、岩肌に頭をぶつけて気絶していたのか。
運良く服が引っ掛かって、彼の身体は崖の縁にぶら下がっていた。
ヴァーンが彼の身体を片手で引き上げる。海風で冷えきった足の感覚はとうに失われていた。
「仲間が居る時は緊急時の連絡手段を用意しておけ、不味いと思ったら2秒以内に展開出来るものだぞ」
「あい」
襟首を掴まれ、そのまま片腕で小屋に引きずっていかれる。40半ばの彼女の細い身体はどんな風に筋肉が詰まっていたのだろう。
「わたしがずっと見ていられると思うな。わたしはお前の親ではなく飽くまで師匠なのだからな」
「うす」
ガチガチと歯がなる。逆に言えば寒さを感じる程感覚が戻ってきていた。
「風呂に入って来い。すぐ湯船に入るんじゃないぞ」
これは、いつの事だったか
風呂の湯を被りながら、アルはぼんやりと考える。
そうだ。これは夢なんだ。
ヴァーンはもう死んでしまったんだから。
場面が転換する。なんだ。まだ湯船に入ってないのに。
夢だと気づいた瞬間から、世界は早回しになる。
まるで走馬灯だ。ああ、折角ヴァーンが生きているのに、勿体ない。
ヴァーンは勇者だった。
聖人指定など受けなくても、誰よりも勇気ある人だった。
+++
「あ…」
声を出して、意識が完全に覚醒した。
下宿の寝台でアルヴァーンは目を覚ます。
首筋を触る。吸い跡は完全に塞がっていた。
「何て所で寝ている…か」
窓の外を魔物の子供達が駆けていく。牧歌的光景。
これはリヴェリアが30年かけて作り上げたものだ。
きっと、彼には想像もつかない様な沢山の苦労があったのだろう。
力の均衡を失う様ななにかが、きっとあったのだ。
「メイメルに連絡して休ませてもらうか」
どんな顔をしてアリアとリヴェリアに会えば良いか分からなかった。
ただ、アリアには謝らねばならない。彼女を愚弄したのと変わらないのだから。
それにこのままでいいともやはり思えない。
アリアがこっそり自分と同じ顔の人間を殺し続ける事が良い事だとは絶対に思えないし、殺される側もたまったものではない筈だ。
『助けて』
そうだ。あのこは、カイネラはアルヴァーンに助けてと言ったのだ。
複製だろうがなんだろうが恐怖を感じる心がある。
リヴェリアを撫でて喜んでいた。あいつなりの意思がある。
少し元気が出てきた。アルヴァーンは軽く伸びをして懸垂をはじめる。
+++
「…」
はじめてアレを見つけたのは25年前だった。
定期的に手入れに帰っていた自宅の庭で、自分と鏡写しの容姿がふらふらとあたりを見回していたのだ。
「貴様は…誰…わたくし…?」
容姿は確かに自分に良く似ていたが、白いドレスを着て裸足て歩き回る仕草はアリアの目にもとても幼く映った。
「わたし、ヒルカシスカイネラ」
ヒルカシス
「ひ、ヒルカシスを…知っているの?」
思わず肩を掴んだアリアは愕然とした。
それだけで彼女の肩の骨が折れ、片腕が垂れ下がる。
「す、すまん」
回復術をかけ、話をしようと試みたが、カイネラは泣くばかりで話にならない。
病弱、虚弱という言葉で片付けるには行くらなんでも脆すぎる。
それに生物の細胞活性に働きかける治癒術も異常に効きが悪い。
それでも、おかしいところだらけでも、アリアは賢明にこの大きな子供に問いかけ続けた。
ようやく傷を直したら、カイネラは今度は腹が減ったと泣き始め、アリアは仕方なく家の中にカイネラを入れた。
同じテーブルで食事をしながらカイネラはヒルカシスは自分の父親だと口にした。
「そんな訳がない」
線の細い弟が更に窶れ動かなくなるまで看取ったのだ。アリアが納得できるはずがなかった。
「お姉ちゃんがなんて言ってもお父様はカイネラのお父様なの!!」
機嫌を損ねるとカイネラはそれ以上は何も教えてくれないのだった。
始終そんな調子なのでアリアは城にも戻れず、連絡も出来ず、カイネラと二人で屋敷で過ごすことになってしまった。
生命を作り出す研究は、昔は盛んに行われていたそうだが現在は禁呪、外法の類に分類され、原則禁止されている。カイネラのことが表沙汰になればアリアも責は免れないだろう。
会話にならないことが殆どではあったが、カイネラの断片的な話をつなぎ合わせると、お父様はカイネラを作った存在で、実際直接会ったことはないらしい。
彼女は自分が作られた者だという自覚はあるらしいが、そもそもそれがどのような意味かは理解していないようで、細かい質問には答えられないようだった。
ヒルカシスが実の親かはさておいて、自分に酷似した容姿と頭の双角は自分に連なる血筋を元に作られているのは間違いない。アリアは一族の生き残りの可能性も含め、彼女について徹底的に調べることに決めつつ、彼女と家族としてやっていこうと心に決めた。
しかし、穏やかな生活は永遠には続かない。
城に休職の手紙を出して半月後、夜中の来訪者にアリアは心臓が止まる思いだった。
開いた扉の前にいたのは魔王。リヴェリア陛下。
数年前に王座を競った仲ではあったが、アリアは眼の前で紫煌印を見せられて異論を唱えるつもりはなかった。
それどころか戴冠式に参列せず体調が不安定になっていた弟に付き添うことを快諾してくれ、あまつさえ亡くなった際には日の出ていた時間にもかかわらず外套を着込んで葬儀に参列したことでアリアは少なからずこの少女に恩義と親しみを感じていた。
普段は卑屈で暗く暗鬱とした表情で仕事をしているが、書類を見る限り丁寧で真面目な少女である。
まぁ、年上なのだが。
「よく事情は分かりませんが、少し心配になってしまって…お身体を崩されたのではないかと…」
そしてドアの隙間から覗き込んだリヴェリアは、後ろから顔を擦りながら寄ってきたカイネラとアリアを見比べて、怪訝そうな表情を浮かべた。
「ところでアリアさん…いつの間に双子のご兄弟が…?」
仕方なく、アリアはリヴェリアに事のあらましを説明した。
「裁きは受けます。なので…陛下この子は助けて頂けませんでしょうか?」
「……わかったわ。私の方でも調べられる事が無いか…」
茶を振る舞い、話を終えたアリアはリヴェリアの様子をみて初めてカイネラの異変に気付いた。
「へーか?」
「カイネラ…さん?」
カイネラの顔からあどけない表情が消えていた。
カイネラはリヴェリアの首にそっと手をやると、無言でその首をへし折った。
陶器の皿を腕力だけで割るとこんな音がするかも知れない。
「陛下!!!!!」
「おねえちゃん、カイネラは次の魔王になるんだよ」
「おまえ…!なにを…」
カイネラは笑顔を浮かべていた。
床に転がったリヴェリアの肉体は直ぐに再生を始める。
吸血種はそのくらいでは死なない。
アリアは焦った。魔王に反旗を翻すつもりなど彼女には一切無かった。
「あり…あ…」
そして、アリアはカイネラを押さえつけた。脆い腕が外れるのも厭わず。
カイネラは暴れ回ったが魔法をかけ強制的に眠らせる。
間髪入れずリヴェリアに治療魔法をかけると彼女は軽く咳き込みながら頭を起こした。本当に丈夫な種族でよかったとアリアは胸をなで下ろす。
「ありが…とう」
リヴェリアは小さく咳き込んで首の調子を確かめていた。
「申し訳ありません。普段はもっと大人しかったのに…どうして…」
「ただ保護するというのも、難しそうね。これは」
最初のカイネラは、完全な失敗作だった。
魔法の解けたカイネラは、もう動くことはなかった。
「本当に、いいの?」
「お願いします」
リヴェリアの炎でカイネラの死体を焼いた。骨も残らないように。
金の炎は花のように爆ぜて、消えた。
カイネラが消えて、次の日二人は昼は屋敷の中、夜は外を捜索した。
そしてヒルカシスの遺室で増幅器を発見する。
装置はほぼ完璧な出来だった。魔力を通し、髪の毛を入れるとみるみるそれを核として肉が膨らんでいった。見ていてあまり気持ちの良い物ではない。
「こんなものを…弟君は本当に天才だったのね…」
「ええ、でも……病気は治せなかったので…意味はありません」
おそらく、代替の臓器を作るつもりだったのだろうが、そこまで繊細な増殖は出来なかったのだろう。
他にも、外法の資料は沢山みつかった。
しかし、肝心の生命創造関連の研究資料は幾ら探しても見付からない。
リヴェリアはエルナードが心配するからとその晩一度城に引き返した。
一人で室内を片付け、アリアは目を閉じた。
「姉さん」
確かに、それはヒルカシスの声だった。
「……」
アリアは黙って暗がりに目を懲らすが、人影はない。
「姉さんは、なんで魔王にならなかったの」
「ひ、ヒューイ…?あなたなの…?」
ヒューイはヒルカシスの愛称だ。
とうとうわたくしも頭がいかれたのかしらとアリアは自嘲しながら声に耳を澄ます。
「姉さん…アリア」
説明 | ||
年単位で更新しないマンが帰って来ました。剣はサイトに加筆版もあります(BGMつけるのたのっしい) http://dokodare.suichu-ka.com/gal/sos/0.html すまないがTINAMI版1−2は投稿したのが大分前なのでタグで移動して貰った方が分かりやすいよ(ただし加筆無し)正規ルートを裏側から合算してみようと思います。きっとできる!いける!(2/20:ちょっとかきためてくるわ) | ||
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