第一話「港での別れと約束」

ザザーン、ザザーン

波の音が風と共に潮の香りを運んで来る中、一人の少年が目を覚ました。

「…ん、うぅ〜〜ん。ふあ〜〜あ、良く寝た。けど、さっきの夢は何だったんやろな？」

大きな欠伸をし、目を擦りながら少年はベッドから降りる。

寝癖の付いた髪を軽く梳かすと赤いスカーフで纏め、扉を開いて部屋の外へと歩き出す。

ザザーン、ザザーン

クエーェ、クエーェ

部屋の外、船の甲板に出ると波の音と海鳥の鳴き声が出迎え、潮風を浴びた少年に微かに残っていた眠気を消していく。

「今日も良い天気やなぁ『ドンッ』って、どわぁっ！」

潮の香りを吸い込みながら背伸びをしていると行き成り背中を蹴飛ばされ、前のめりに倒れた。

「な、何や！痛いやないけ、エミ！」

「寝ぼすけなアンタが悪いワケ、タダオ」

「姉さんったら…。大丈夫ですか、タダオさま」

「まったく、アンタはタダオに甘いわね、ネリネ」

転んだままの少年、タダオを見下ろしているのは二人の少女。

黒髪で少々？威圧的なのが姉のエミ、青い髪で気弱そうなのが妹のネリネ。

今、乗っている大海原を行く船の持ち主、大商人フォーベシィの娘達である。

「ほら、いつまでも寝転んでないでさっさと起きなさい。ネリネが心配するワケ」

「自分が転ばしたんやないか」

「男が細かい事を気にしないの！」

「これエミ、いい加減にしなさい」

其処に二人の男がやって来た。

長髪でスラリとした体格の男、エミとネリネの父親フォーベシィ。

まるで鎧の様な引き締まった体の持ち主、タダオの父親パパス。

タダオは父親のパパスと共に長い旅をしていた。

パパスは何かを探している様だが、とりあずは一段落したらしく故郷であるサンタローズに帰る事になった。

しかし、サンタローズがある大陸には海を渡らねばならず、一足遅く定期便も出たばかりで次の船まで数ヶ月は待たなければならなかった。

どうしたものかと悩んでいる所に剣士パパスの噂を聞き付けた商人フォーベシィがビスタ港まで乗せる代わりに道中の護衛を依頼して来た。

まさに、渡りに船だったのでパパスは快くその依頼を受けて航海の間に襲って来る海のモンスターを相手に闘って来たのである。

それも今日までで、もうすぐ彼等の目的地であるビスタ港へと到着する。

「今日はまた随分と寝坊をしたものだな、タダオ」

「何やヘンな夢を見たのが悪いんかな」

「変な夢？」

「うん。ワイがどっかのお城で生まれる夢やったんや。そして父ちゃんは王様やったで」

「…何？」

タダオの言葉にパパスは一瞬驚いた表情を浮かべるが…

「あっはっはっはっは！ないないない、それはない！」

突然エミが大きな声で笑い出し、パパスのその顔は誰にも見られる事は無かった。

「な、何や、何がおかしいんやエミ？」

「だってそれじゃタダオは王子様って事になるじゃない。パパスおじさんが王様って事なら解るけどタダオが王子様？……ぷっ、あはははははははははっ！ありえないワケ」

「これ、エミ」

「姉さんってば。わ、私はちっとも可笑しくないと思いますよ、タダオさまが王子様でも」

照れながらそう言うネリネ、そして其処にこの船の船長のゼブルがやって来た。

「はっはっはっ、賑やかですね、フォーベシィ様」

「おや、ゼブル。どうかしたかのかい？」

「はい。今日は良い風が吹いていますので、昼頃にはビスタ港に到着出来そうです」

「そうか、ではパパス殿達とももうお別れですね」

「……え？」

フォーベシィのその言葉にさっきまでの笑顔が一転し、ネリネは表情を曇らせ、エミもまたそんなネリネを心配そうに見つめている。

「そうですな、長い様で短い船旅でした。タダオ、そろそろ荷物をまとめておきなさい」

「お、おう…」

そう言われ、ネリネ達を横目で見ながらもは自分達の部屋へと戻っていった。

呆然とその姿を見つめていたネリネだが、視界からタダオが消えるとその瞳からぽろぽろと涙が零れて来た。