ハートオブクラウン・エキシビションマッチ 1/4
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それは、皇位継承権争いも始まったばかりのある日。太陽がその姿を完全に現して少しした頃のこと。

 

広大な帝国の中央に位置する首都、帝都カリクマ。

その中央に座する帝宮の一室で、それは始まろうとしていた。

 

「皆様こんにちは。さて、本日はここカリクマ帝宮へ次期皇帝候補の皆様をお招き致しましての、ハートオブクラウン・エキシビションマッチを開催させて頂きます」

白いテーブルの後ろに座する、髪を二つに結わえた茶髪の少女は、姿勢を正すとうやうやしく礼をした。

「さて、まずはご閲覧の皆様方へ念を押させて頂きますが、今回の催しは皇位継承権争いとは直接的な関係のないただの余興です。次期皇帝候補の皆様方がこの場で戦わせるものは、その主義主張ではなく己のデッキとなります」

正面を見据えた少女は、粛々と、そして朗々と言葉を紡ぎ出していく。

「しかしながら、ゲームを進めていくその手順や一挙一動には、普段は見えることのない次期皇帝候補の皆様方の隠れた一面が現れてくるものであると考えます。つきましては、ご閲覧の皆様におかれましては、本大会の内容を次期皇帝候補の皆様方の思想及び能力を推し量る判断材料の一つとして頂ければ幸いです」

少女の張りがありよく通る声は、静かな会場になおも響き続ける。

「申し遅れましたが、私、本日の司会進行および試合の実況を担当させて頂きますクラムクラムと申します。本日はよろしくお願い致します」

「ベルガモットです。主に試合における状況解説を担当致します。よろしくお願い致します」

髪を二つに結わえた茶髪の少女──クラムクラムの一礼に、彼女の隣で座するベルガモットと名乗ったメガネを掛けた聡明そうな少女が続いた。

「ベルガモットさんもよろしくお願い致します。なお、本大会の模様は、本大会の特別協賛法人である財団法人帝国技術開発により貸与されております試作型映像変換器を使用し、各試合の節目にその内容を随時配布する形式でお送り致しております」

「映像変換器……記録した映像や音声を文章に変換して出力する機器、ですか。噂には聞いたことがありますが、こうして実物を見るのは私も初めてですね」

ベルガモットは、実況席の卓上に鎮座した黒い箱を物珍しそうにしげしげと眺め回す。

「しかし、映像や音声を記録する技術があるならばそれをいかに高精細に再生するかを追求すればよいものを、どうして文章化という余計な過程へ向かおうとするのでしょう。これを制作なされた方は、百聞は一見にしかずという言葉をご存じないのでしょうかね」

「大会出資者様を公然とこき下ろすことはご遠慮願います、ベルガモットさん」

「いえ、技術自体は素晴らしいと思うのですよ。ただ、学徒の端くれとしてはその活用方法がどうにも解せないだけでして」

クラムクラムの注意を意に介した様子もなく、ベルガモットは好奇心に満ち満ちた瞳で映像変換器を眺め続ける。

「倫理から逸脱しない範囲で用途のいかんに関わらず先進的・革新的な技術を追求する、というのが帝国技術開発様の方針のようですから。まあ、帝立魔法図書館の皆様の研究とは違い国費を使用しての研究という訳でもないようですので、どのような研究内容であろうとも特に問題ないのではないでしょうか」

「あなたも、帝立魔法図書館がまるで無駄飯食らいの集いの場であるかのような言い草はやめて頂けませんかね……」

嫌みたらしいクラムクラムの物言いに、ベルガモットはふてくされる。

「常日頃に商取引という成果の見えやすい行為を繰り返していると、具体的成果が見えにくいものにはどうしても評価が辛くなってしまいますからねー。それが我々の収めた税を使用してのものなら、尚更でしょう」

「まったく、これだから商人というのは……。物事には深謀遠慮をもって──」

「あー、はいはいそうですね。では、話を戻します」

クラムクラムは、険を含んだベルガモットの説教を馬耳東風に正面へと向き直った。

「さて、ここで大会の開幕前にご閲覧の皆様へ確認致します。まず、これからの試合には、ご出場なされる選手の皆様方もその知略を尽くされるであろうことが予想されます」

「……あくまでも模範試合であるとはいえ、試合である以上、最終的に目指すべきものは勝利。まして、これは次期皇帝候補の皆様方による試合ですからね。勝利を目指そうとなされるのであれば、選手の皆様方も手を抜かれる余裕などないでしょう」

僅かに頬を膨らませながら、ベルガモットもまた正面へと向き直る。

「ですので、これからこのゲームを始めようとなされている方々、あるいは始められて日が浅い方々には不適な内容となるであろうことはご了承の上でのご閲覧をお願い致します」

「実況や解説も、原則として基本的なゲームルールや各種のカード効果等々については全て承知のものという前提の元で行います。悪しからずご了承下さい」

そして、二人は揃って頭を下げた。

「次に、今回のエキシビジョンマッチの構成についてご説明致します。本日の試合では、まず予選として二対二のタッグマッチ形式による試合を二試合行い、その後、それぞれの試合の勝者により行われる決勝戦を通じて最終的な勝者を決定するいう構成となります」

「予選各試合の選手発表及びタッグの組み合わせ発表は、各試合直前に行われる予定となっております。多少変則的な構成なためご閲覧の皆様方にはご不便をおかけ致しますが、進行および演出の都合によるものです。ご了承下さい」

補足の後、再び頭を下げてからベルガモットは続ける。

「また、決勝戦は個人戦形式となります。皇帝の座を手中にするためには、時に争い合う相手と手を結ぶことも重要ということですね。たとえ、その先で手を結んだ相手と皇位継承権争いの決着をつけなければならないことが避けられないとしても」

「嫌なことを仰いますね」

「耳触りのいい言葉を並べ立てたところで、皇帝の座はただ一つという事実はごまかしようがありませんからね。なお、これらの試合はいずれもサポートカード・後見人ルールを共に使用するアリアリルールで行います」

話が一段落したことを見計らい、ベルガモットは隣席を振り向く。

「そういえば、最近、星天前路という新しい拡張セットが出たらしいとのことですが、それについては本大会ではどのような扱いになっていたのでしたかね?」

「それについては、予選では六都市同盟までのセットを、決勝では新しい拡張セットである星天前路も含めたフルセットを使用するということになりました。それに合わせ、星天前路で改定された各種サポートカードの効果についても、予選では改定前、決勝では改定後のものそれぞれ適用致します」

ベルガモットの確認内容を予測していたかのごとく、クラムクラムは淀みなく回答を行った。

「なるほど。では、もう一点質問を」

クラムクラムからの回答を受けて、ベルガモットは再び質問を行う。

「星天前路のカードを使用する環境下では四人対戦時の後見人ルールは推奨されないとのことですが、決勝戦は四人対戦かつ星天前路のカードを使用するという環境になりますよね。その点についてはどのような扱いとなるのですか?」

「決勝戦はご指摘の通りの環境下ではありますが、後見人ルールを使用致します」

「どうしてまた、そんなややこしいことを……」

クラムクラムからの再度の回答内容に、ベルガモットは怪訝そうに眉をひそめる。

「えー、実行委員会からのコメントによりますと『サポートカードの改定前後における効果の差異についてより深く実感して頂くため。そして、非推奨ルールでのプレイがどういうものであるかの実例を示すため』とのことです」

しかし、そんな彼女に向け、クラムクラムは止まることなく答えを返し続けていく。

「まあ、一応納得はできますね。とはいえ、個人的にはそれはあくまでも建前であり、実際は大会運営の都合上、そういう環境にしないと色々都合が悪くなるからという可能性の方が高いと思──」

その回答内容に物申そうとするベルガモットであったが、瞬間、死角からベルガモットの首筋へ向け隣席から手刀が飛ぶ。

「うっ……」

そして、煌めく凶刃により、彼女は全てを語り終える前に言葉を失った。

「……どうやら、ベルガモットさんは少々お疲れのようですね。では、ここで変則ルールであるタッグマッチについての解説を行います」

机に突っ伏したベルガモットの姿に眉一つ動かすことなく、クラムクラムは続ける。

「本大会におけるタッグマッチは、タッグマッチという名称ではあるものの、基本的なルールについては個人戦と同様です。本大会のタッグマッチにおいて追加されるルールはただ二つ。一つめは、タッグを組んだ二名のうちどちらかが勝利した時点でタッグパートナーも同様に勝利となるということ。二つめは、タッグを組んだ二名の手札は常にお互いの間で公開状態となるということ。これだけです」

「……単純な追加ルールですが、これだけでも個人戦とは一味違った試合展開になりやすいですよ」

クラムクラムの解説が続く中、ベルガモットは首筋をさすりながらゆっくりと上体を起こした。

「あ、起きられたのですかベルガモットさん」

「まったく、藪から棒に何をするのですかあなたは……」

「世の中には、言わないほうがいいこともあるということですよ」

クラムクラムは、自分へ非難めいた視線を向けるベルガモットを一瞥すると、何事もなかったかのように正面へと顔を戻した。

「それはともかく、確かにベルガモットさんの仰る通りではあります。ハートオブクラウンというゲームは基本的には個人戦仕様となってはおりますが、その反面、発想次第で他者への援護に使用できるタッグマッチ向きな効果のカードも意外に種類豊富ですからね」

「このあたりは、百聞は一見にしかずということで。おそらく、選手の皆様方に試合の中で実例を示して頂けますことでしょう」

「そうですね。さて、本大会の注意事項は以上となります」

二人は、表情を引き締めると姿勢を正す。

「ということで、早速ですが予選第一試合を開始致しましょう。では、選手の皆様方、ご入場をどうぞ!」

そして、続くクラムクラムの高らかな入場コールと共に、舞台袖から四人の人影が順に姿を現し、対決の場である円卓へと足を進めていった。

「さあ、いよいよ始まりますか。楽しみですね」

最初に姿を現したのは、純白のドレスと黄金色の長い髪が眩しい、いかにも皇族然とした高貴な佇まいの女性。

「うーん。タッグマッチなんて初めてだから、ちょっと心配だね」

次に姿を現したのは、先程の女性と同じ髪の色をした、可愛らしいピンクのドレスに身を包むまだあどけなさの残る少女。

「だが、真の王者であろうとするならば、どのような状況にも対応できねばならぬというのは道理ではあるな」

その後姿を現したのは、青がかった緑の長髪を揺らしながら毅然とした歩みを見せる、歴戦の風格を持った女性。

「まあでも、タッグマッチなら私たちに勝てる相手なんていないよね!」

「別に、私たちが直接タッグを組むわけじゃないけどね」

そして、最後に姿を現したのは、お揃いの帽子を被った、いかにも快活そうな濃青の髪の少女とそれとは対照的な物静かで利発そうな薄桃色の髪の少女の二人組であった。

「にしても、やっと出番かぁ。ふー、待った待った」

円卓に用意された椅子に腰掛けながら、濃青の髪の少女は息をつく。

「その程度の感想で済むなら運がよかったな。この手の催しにおける前置きというものは普通はもっと長いものだぞ、レイン」

「それは分かるんだけどさー、やっぱり、ただ待ってるだけってのは私の性に合わないんだよねー。フラマリアはこういうのは慣れっこかもしれないけどさ」

「確かに慣れはしているが、だからと言って好きだという訳でもないさ。私も、お前と同じでただ待つだけというのはあまり性に合わんしな」

フラマリアと呼ばれた青ががかった緑の長髪をたなびかせる女性は、自らがレインと呼んだ少女の左隣へと座する。

「マリアちゃんもそうなんだね。リリもこういうのはあんまり好きじゃないかな。途中で眠くなっちゃうし」

そして、フラマリアに同意しながら、自らをリリと称したあどけなさの残る少女はレインの右隣へと着席した。

「だよねー。ラオリリだってそう思うよねー」

「だからって、嫌だ嫌だと言うばかりってのも違うと思うけどね。リリたちの立場を考えたら」

リリ──ラオリリに更なる賛同を求めるレインであるが、当のラオリリからは厳しい一言が返ってくる。

「う゛っ……」

そんな現実に、自分に賛同を得られるものと考えていたレインは思わず言葉を詰まらせた。

「これはまた、ぐうの音も出ないくらい完璧にたしなめられたね」

空いていた椅子をレインのすぐそばに運んだ淡桃の髪の少女は、その光景を目に呆れ顔で腰掛ける。

「うっさいなーシオン。人に得意不得意があるのは仕方ないでしょ」

「もし私たちが皇帝になったらって考えると、そうも言ってられないけどね。国家規模がうちの国とは段違いだし」

自らがシオンと呼んだ淡桃の髪の少女へ向けて唇を尖らすレインであったが、シオンからもラオリリに負けじ劣らじの厳しい指摘が飛ぶ。

「……」

そんなシオンの追撃に、レインは今度こそ完全に返す言葉を失ってしまった。

「……さて、皆様。雑談もよろしいのですが、そろそろ試合を始めませんか? 進行のお二方もお待ちかねのようですし」

黄金色の髪の女性に促され一同が実況席の方を振り向くと、実況席の二人はわずかながらもやきもきとした雰囲気を漂わせていた。

「ルルナサイカさん、ありがとうございます。さすがは帝国の誇る第一皇女、気配りも抜かりないですね」

ルルナサイカと呼ばれた黄金色の髪の女性による気の利いた一言に、ベルガモットは表情を緩める。

「だよね。さすがはリリの自慢のお姉ちゃんだよ!」

「この程度のことでそこまで誇られても、何だか困まってしまうのですがね……」

ベルガモットの賞賛へ自分のことのように鼻を高くするラオリリを目に、ルルナサイカは軽く苦笑した。

「さて、話も落ち着いたところで、まずは試合開始前にタッグの組み合わせ発表を行いましょう」

選手たちの会話が落ち着いたところで、クラムクラムは再び試合を進行させていく。

「本試合のタッグは、ルルナサイカ・ラオリリ組とフラマリア・レイン&シオン組となります!」

続けて、彼女の口から予選第一試合の組み合わせが発表されるが、会場からの反応は彼女の存外に鈍いものであった。

「あれ、意外と盛り上がらないですね……」

「仕方ないんじゃない? 意外性のある組み合わせとは言いにくいしね」

会場の光景に首をかしげるクラムクラムへ、シオンから淡々とした解説がなされる。

「まあ、それは言えてるな」

「フラマリア選手まで……」

クラムクラムは、フラマリアがシオンに入れた合いの手に肩を落とした。

「ただ、タッグ戦という試合形式は私も含めた皆が未体験のようだからな。実際の試合結果に基づいた組み合わせの良し悪しが分からない以上、事前情報から判断される妥当な組み合わせになるのは致し方ないところだろう」

しかし、そんなクラムクラムを援護するようにフラマリアは言葉を続けていく。

「そう言って頂けると、ありがたい限りです……」

クラムクラムは、フラマリアの言葉を聞くと顔を上げ、彼女へと謝辞を述べた。

「でも、せっかくの余興なんだから、個人的には奇をてらった組み合わせでも良かったと思うけどねー」

「えー、リリはお姉ちゃんと一緒がいいよー!」

そうした光景に横から挟まれるレインの所感を耳にして、ラオリリは頬を膨らませる。

「ま、まあ、面白みがあろうとなかろうと、もう決まったことなのですから。それに対して今更どうこうと言っても仕方がないではないですか。ね?」

「そうだよレインちゃん、お姉ちゃんの言うとおりだよ!」

「うーん、それもそうだね……」

そして、彼女たちが織り成す混沌とした状況を取り成すのは、クラムクラムではなくルルナサイカであった。

「本当に、ルルナサイカさんの調整能力には特筆すべきものがありますね。司会進行という立場としては、見習うべきところがあるのではないですか?」

「それは仰る通りなのですが、なぜだか嫌みたらしく聞こえるのは気のせいですかね……」

「あなたが気のせいだと思うのならば気のせいなのでしょう。では、せっかくこうして状況が落ち着いたことですので、進行を続けて下さい」

ベルガモットは、自分の露骨な当て付けに顔をしかめるクラムクラムを目にしても、相変わらずのすまし顔で淡々と進行を促していく。

「……そうですね。このままですと、またぐだぐだになりそうですし」

そんな見慣れたベルガモットの態度に、クラムクラムはほんの少しだけ頬を膨らませながらも従った。

「えー。では次に、各選手の順番決定を行います」

そして、気を取り直したクラムクラムの進行と共に、裏返された二枚のカードを手にした宮廷侍女が姫たちの囲む円卓へと歩み寄ってきた。

「タッグマッチにおける順番決定は、タッグの代表者が宮廷侍女の手の中に用意された二枚のカードのどちらかを引くことで行われます。引いたカードのコストが1であればその代表者は一番手、引いたカードのコストが2であればその代表者は二番手となります。また、タッグパートナーの順番については、一番手となった代表者のパートナーは四番手、二番手となったパートナーの代表者は三番手となります」

「ハートオブクラウンというゲームは基本的に先手であるほど有利となるゲーム性でありますので、公平のため順番決定にはこのように平均化を施した、ということです。まあ、タッグパートナーどうしの順番が連続で来るような順番構成のほうがタッグ間の連携が取りやすいなど、その他の付帯的な理由もあるにはあるのですが」

「なお、この順番決定はハンドエリミネーションの結果に優先します。つまり、決定した順番が四番手であれば仮に自分だけ初期農村枚数が二枚であっても順番が四番手であることには変わりない、ということです」

ひとしきりの説明を行った後、実況席の二人は一旦息を整える。

「それでは各組、代表者の決定をお願い致します!」

そして、選手たちへ向けて代表者決定の進行を促していった。

「だ、そうだが」

フラマリアが右隣へと顔を向けると、双子はどうぞとばかりに手を下に差し出す。

「お前たちはそれでいいのか?」

「別にいいよ。私たちがやったからって、なにかが変わるようなものでもないしね」

「同意」

「それもそうだな。では、こちらは私がカードを引くとしよう」

双子の返答を確認すると、フラマリアはルルナサイカとラオリリへと視線を送った。

「リリたちのほうは、お姉ちゃんが引くんだよね?」

「いえ、リリが引いても構わないのですよ? 何事も経験と言いますし」

ルルナサイカは、彼女がカードを引くことが当然であるかのように口にする妹に対し、確認の意味を込めて提案を行う。

「でもさ、カードを引くのは曲がりなりにもタッグの代表者って立場なんだから、やっぱりお姉ちゃんが引くべきだよ!」

「……まあ、リリがそう言うならそうさせて頂きましょうか」

だが、提案に反対する妹の勢いに押し切られると、ルルナサイカは自分が代表者となることを受け入れた。

「うーん……。ルルナサイカってば、相変わらずラオリリに甘いよねー」

「別にいいではないですか、リリは私のかわいい妹なのですから。貴女がたも私たちと同じ姉妹なのですから、身に覚えがある部分もおありなのではないですか?」

そんなルルナサイカを冷やかすレインへ、ルルナサイカは唇を尖らせた。

「いや、私はそんな覚えは別にないけど」

「うわっ、ひどっ!」

ルルナサイカの質問を真顔で即座に否定するシオンに対し、レインは思わず体をのけぞらせる。

「まあ、冗談だけどね」

「……いつも思うんだけど、シオンの冗談って、冗談だって分かりにくいよね」

そして、先程の発言をやはり真顔で否定するシオンへ、レインはどこか不安そうな表情ながらもひとまず胸を撫で下ろす。

「まあ、姉妹の形は色々ということですね」

「ベルガモットさんは、本当に物事に動じない方ですね……」

そのような姉妹たちのやり取りを簡潔にまとめるベルガモットへ向けて、クラムクラムは脱力気味に口にした。

「……ともかく、各組の代表者も決定致しましたので、早速カードを引いて頂くことにしましょうか」

その後、再び気を取り直したクラムクラムに促され、フラマリアとルルナサイカは宮廷侍女を挟んで互いに顔を見合わせる。

「……私は後でも先でも構わないぞ。どうせカードは二枚。レインの受け売りではないが、後先の違いで何かが変わるということもあるまい」

にらみ合いの中、先に口火を切ったのはフラマリアであった。

「そうですか。では、このままではらちも明かないことですし、お言葉に甘えて私からカードを引かせて頂きましょうか」

フラマリアへの返事と共に、ルルナサイカは宮廷侍女の手から裏返しとなったカードを引き抜く。

「さあ、ルルナサイカ選手がカードを引いた! そのコストは果たして1なのでしょうか、それとも2なのでしょうか!?」

クラムクラムの実況が響く中、おもむろに表に返したそれに描かれていたのは──。

「……見慣れた顔ですね」

鮮やかな髪のピンクとしっとりとした緑のドレスの対比が印象的なコスト2代表カード、見習い侍女であった。

「おっと、ルルナサイカ選手の引いたカード見習い侍女です! これにより、ルルナサイカ選手は二番手、ラオリリ選手は三番手となります!」

「とすると、もう一枚は……」

フラマリアは、宮廷侍女から残ったカードを受け取ると無造作に表へ返す。

「農村か」

「と言いますか、そもそもの話として、現状ではコスト1のカードなんてこれしかありませんしね」

「ベルガモットさん、そんな身も蓋もない言い方はやめて下さい」

混沌とした展開が続いたせいか、余計な一言を入れるベルガモットを捌くクラムクラムの姿には、もはやそういった環境にすっかり慣れてしまっている感さえあった。

「とにかく、これで本試合の順番は、一番手がフラマリア選手、二番手がルルナサイカ選手、三番手がラオリリ選手、四番手がレイン選手とシオン選手に決定致しました!」

各選手の順番が決定されると、クラムクラムは改めてそれを声高に告げる。

「ここで、本試合のサプライ構成を発表致します。本試合のサプライは、早馬、交易船、都市開発、錬金術師、冒険者、焼き畑農業、召集令状、御用商人、シノビ、図書館という内容となっております」

「シンプルな構成のサプライですね。攻撃カードもありませんので、コイン出力がものを言う手早い展開が見込まれるのはないでしょうか」

それから、声の調子を落としたクラムクラムが予選第一試合のサプライ構成を発表すると、ベルガモットは解説の仕事を果たすべく、サプライ構成に対する自分の見解を述べていく。

「なるほど、ベルガモットさんの見解はそのようなものですか。では、この試合は一番手であるフラマリア選手に有利に運びそうだということですね?」

「おおまかな展開としては。もちろん、全ては手札の内容次第ではありますが」

「運が絡むのはカードゲームの常ではありますからね。そのあたりがこの先手有利が見込まれる展開にどのような影響を与えるか、楽しみですね」

ここでサプライ構成の解説は終わり、クラムクラムとベルガモットは共に表情を引き締めて正面を見据えた。

「では、皆様、長らくお待たせ致しました。これより予選第一試合、ルルナサイカ・ラオリリ組対フラマリア・レイン&シオン組の試合を開始致します」

静まり返る会場の中、クラムクラムはゆっくりと平手を高く掲げる。

「いよいよ、この大会も真の幕開けを迎えます。そして、そんな幕開けに集いしは華々しき王者の皆様方。この絶好の組み合わせ、期待をせずにいられますでしょうか。この試合に参加なされた皆様が通られた花道が、後の試合を行う皆様の路標となる。そんな試合であることを、このクラムクラムも僭越ながら期待させて頂きます」

そして、深く息を吸い込み──。

「それでは、いざ、皇帝の座へ。ソード・オブ・ブレイブ!」

勢い良く振り下ろされた手と共に、勝負の幕は切って落とされた。

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予選第一試合:1ターン目開始時

 

場に出ているコモンマーケットカード:

早馬*3 錬金術師*4 冒険者*3 都市開発*3 交易船*3 シノビ*3 御用商人*2 皇帝の冠

 

デッキ構成:

フラマリア   農村*7 見習い侍女*3

ルルナサイカ  農村*7 見習い侍女*3

ラオリリ    農村*7 見習い侍女*3

レイン&シオン 農村*7 見習い侍女*3

 

擁立した姫(後見人):

フラマリア   none

ルルナサイカ  none

ラオリリ    none

レイン&シオン none

 

サポートカード:

フラマリア   none

ルルナサイカ  none

ラオリリ    none

レイン&シオン none

 

継承点:

フラマリア   none

ルルナサイカ  none

ラオリリ    none

レイン&シオン none

 

 

「では、私からだな。私は、農村二枚で早馬を買うとしよう」

まず、フラマリアは農村二枚を並べ、早馬を購入する。

「それでは、私も同じく、農村二枚で早馬を」

続いて、ルルナサイカも農村二枚を並べ、マーケットの早馬を手に取る。

「じゃあ、リリも農村二枚で早馬ね」

その後、ラオリリも、農村二枚を並べたその小さな手で、マーケットに残る最後の早馬を自分の捨て札置き場へと移動させた。

「……最初の手札は、私を含めて全員が農村二枚か。これはちょっと予想外だったかな」

マーケットから失われた早馬の空きスペースを召集令状が埋めると、シオンは冴えない表情で手札を全て捨て札置き場へと送る。

「おっと、シオン選手、早馬の購入はなりませんでした! これは、ともすれば、シオン選手は早くも戦術の変更を迫られることになるのでしょうか!?」

それを目にしたクラムクラムは、早速、実況としての第一声を放った。

「まあ、シオンさんがお考えの戦術がどのようなものであったとしても、予定のカードが購入できなかったという事実は、シオンさんの今後へよい影響を与えることないでしょうね」

「それはそうかもだけどさ、まだ試合は始まったばかりなんだから、この程度のことなんてどうとでもなるでしょ。ね、シオン?」

クラムクラムの横で、ベルガモットがシオンの置かれた状況にコメントを行うと、レインはそれに異論を挟みつつ姉へと視線を送る。

「そうだね。予想外は予想外だけど、予想を現実が上回るなんてことは別に珍しくもないし。レインも言ってるけど、まだ試合は始まったばかりだし、この程度なら特に慌てるほどのことでもないかな」

妹の視線を受けたシオンは、いつも通りの無表情のまま、ゆったりとした口調で彼女らしいマイペースな状況判断を述べた。

「ところで、シオンさんがカードをお持ちになられておられることから考えますと、レインさんとシオンさんは、シオンさんの方が試合を担当なされるということなのでしょうか?」

双子と実況席との会話が一区切りされると、ベルガモットは、シオンの様子を目にして生じた疑問を双子へと発する。

「うん。レインって、こういうゲームに向いてないと思うからね。わりと単純だから、考えてることがすぐ顔に出るし」

「ちょっとシオン、私が単純ってどういうことよ!?」

シオンがその疑問に理由を補足しつつ返答すると、レインは青筋を立てながらシオンへと顔を近づける。

「どういうこともなにも、今レインがやってることを見れば、レインがいかに単純なのかは一目瞭然だと思うけどね」

「いやいや、まったくですね。論より証拠とはよく言ったものです」

妹のしかめっ面を眼前にしても眉一つ動かさないシオンの冷静な指摘に、ベルガモットはすかさず同意を示した。

「……どうしてみんな、私のことを単純単純って言うのかなー」

「先程の事に限らず、あなたの単純性を示す判断材料は常日頃から豊富に用意されていますので、そこは仕方のないことですよ。あ、フラマリアさんはご自分のターンを進めて頂いても結構です」

ベルガモットは、気落ちするレインへ追い打ちを浴びせつつ、フラマリアへターン開始を促す。

「……ならば、そうさせてもらおうか。このままお前たちを見ていても、試合は進まないことだしな」

ベルガモットに促されたフラマリアは、しばしの逡巡の後、視線を見慣れた光景から手札へと移し、農村五枚を並べて錬金術師を購入した。

「では、私も農村五枚で錬金術師を……」

続いて、ルルナサイカもまた、農村五枚を並べ錬金術師を購入する。

「リリも、農村五枚で錬金術師だよ」

その後、農村五枚を並べたラオリリは、姉と同様にマーケットの錬金術師を手に取った。

「……ちょっといいかな、フラマリア」

選手たちが次々と錬金術師を購入していく流れの中、シオンは自分のターンの開始前、フラマリアへと体を寄せる。

「ん、どうした?」

「いや、フラマリアの手札を見せてもらえないかなと思って。大丈夫?」

シオンは、頭に疑問符を浮かべながら自分の方に顔を向けるフラマリアへ簡潔に依頼を伝える。

「構わないぞ。『タッグを組んだ二名の手札は、常にお互いの間で公開状態となる』というのが、このタッグマッチのルールだしな」

「ありがと。じゃ、遠慮なく」

フラマリアがシオンの依頼を承諾すると、シオンはすぐさまフラマリアの手札を覗き込んだ。

「……ふむふむ。なら、ここはフラマリアに、このタッグマッチのもう一つのルールを活用してもらう方向で行こうかな」

それから程なくして、シオンはフラマリアから体を離すと、農村五枚を並べて冒険者を購入する。

「なるほど、それがシオンの選択か……。ならば、次に私がやるべきことは一つだな」

それを目にしたフラマリアは、同時に聞こえてきたシオンの言葉と合わせて、彼女の意図を瞬間的に察知した。

「……このタッグマッチのもう一つのルールを活用するため、シオンさんは錬金術師をお残しになられた。となれば、狙いは明確ですか」

フラマリアの様子を傍から見つめるベルガモットもまた、シオンの意図を察知する。

「ということは、フラマリア選手とシオン選手のタッグは、フラマリア選手の方を主軸に据えた戦術展開をとなさられるおつもりなのでしょうかね」

「そうでしょうね。それより、その様子ですと、あなたもシオンさんの狙いについては見当が付いているということですか」

ベルガモットに続いてクラムクラムが自身の推測を口にすると、ベルガモットはクラムクラムに発言の示すところを確認する。

「大体のところは。この状況およびこのサプライ構成で、『タッグマッチのもう一つのルールを活用』するための手段はそう多いものではないと思いますから」

「確かに、それは仰る通りですね」

クラムクラムがベルガモットの確認内容を肯定すると、ベルガモットは相槌を打つ。

「とはいえ、見当はあくまでも見当ですからね。実際の意図がどのようなものであるかは、これからフラマリア選手に示して頂けることでしょう」

「そうですね。それでは、引き続き試合の推移に注目していくことと致しましょうか」

そして、クラムクラムとベルガモットは、会話に区切りをつけると再び視線を円卓へと戻した。

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予選第一試合:3ターン目開始時

 

場に出ているコモンマーケットカード:

召集令状*1 錬金術師*1 冒険者*2 都市開発*4 交易船*3 シノビ*3 御用商人*2 皇帝の冠

 

デッキ構成:

フラマリア   農村*7 見習い侍女*3 早馬*1 錬金術師*1

ルルナサイカ  農村*7 見習い侍女*3 早馬*1 錬金術師*1

ラオリリ    農村*7 見習い侍女*3 早馬*1 錬金術師*1

レイン&シオン 農村*7 見習い侍女*3 冒険者*1

 

擁立した姫(後見人):

フラマリア   none

ルルナサイカ  none

ラオリリ    none

レイン&シオン none

 

サポートカード:

フラマリア   none

ルルナサイカ  none

ラオリリ    none

レイン&シオン none

 

継承点:

フラマリア   none

ルルナサイカ  none

ラオリリ    none

レイン&シオン none

 

 

「……フラマリア、私が錬金術師を残した意味は分かってるよね?」

フラマリアのターンが開始されると、シオンはフラマリアに最終確認を行う。

「ああ。お前がわざわざ私の手札を確認して、その上で錬金術師を買わなかったのは、私にこうして欲しかったからだろう?」

すると、農村五枚を並べたフラマリアは、シオンの問いに答えるように錬金術師をマーケットから自分の捨て札置き場に移動させた。

「うん、そういうこと」

それを目に、シオンは満足そうに頷く。

「……なるほど。シオンさんが錬金術師の購入をお見送りになられたのは、貴女が錬金術師を購入できる状態であることを確認したからですか」

「そう。タッグのどちらか一方が勝てばもう片方も勝ちっていうこの勝負環境においては、タッグの片方に有力なカードを集めるのも合理的な戦術だからね」

フラマリアの示した答えに表情難く納得するルルナサイカへ、シオンは補足を入れた。

「なるほど、そんな考え方もあるんだね……。慣れない特殊ルールなのにすぐそんな発想が出てくるなんて、さすがはシオンちゃんだね」

「本大会には、ただの余興という面だけではなく、そういった発想力の面から次期皇帝候補の皆様方を試させて頂くといった一面もあるのですよ。継承権争いの場においても、発想力はしばしば求められるものですからね」

クラムクラムは、シオンの戦術に感心しきりのラオリリへ声をかける。

「物は言いようとはよく言いますが、ただの余興も、あなたにかかればそのような大仰なものに早変わりですか。ある意味、流石ですね」

「……それは、褒めているのですか?」

そこへ冷や水を浴びせてくるベルガモットに、クラムクラムは無言で唇を尖らせる。

「ご想像にお任せします」

「……」

そんなクラムクラムにベルガモットが涼しい顔で一言放つと、クラムクラムは頬を膨らませて無言の抗議を示した。

「……ところで、シオンさん。私としてはその仕掛けよりも気になることがあるのですが、その点について質問させて頂いてもよろしいでしょうか?」

ベルガモットは、頬を膨らませたクラムクラムを尻目に、シオンへ自分の疑問への回答を要求する。

「いいよ」

「では遠慮なく。シオンさんが、錬金術師の代替カードとして冒険者を選択なされたのはなぜなのでしょう? 一般論で言うならば、序盤においては冒険者よりも都市開発の方が効果的に機能すると思うのですが」

シオンの承諾が得られると、ベルガモットは早速胸に抱いていた疑問をシオンにぶつける。

「それは、占星術の結果。私が早馬を買いそこねたこの状況と、この後に想定される展開を合わせて占星術で判断すると、ここから有利に持っていくためには都市開発よりも冒険者の方がいいって出たからね」

ベルガモットの疑問を理解すると、シオンはそれに淡々と回答した。

「なるほど、占星術ですか。実際に占星術で様々な奇跡を起こされてきたシオンさんが仰るのであれば、相応の説得力は感じますね」

「とはいえ、道具も時間もろくにないこの環境で本格的な占星術ができるわけもないから、結果の精度はそれなりだけどね」

シオンの回答内容に納得するベルガモットを前に、シオンは回答内容を補足する。

「それを承知で占星術の結果に運命を託されるというのは、なかなかに豪胆な判断ですね。正直に申し上げますと、私には少々理解致しかねるところもありますが……」

「私にとっては、占星術っていうのはそれだけの価値があるものだからね。私の過去も、今現在も、全てはそれに基づくものだし」

クラムクラムがシオンの判断に今一つ納得しかねていると、シオンは静かにクラムクラムへ言葉を返す。

「それになにより、占星術は、大事な大事なレインとの絆だからね。そんな占星術を自分で否定するなんてことは、私は絶対にしない。たとえ、どれだけ他人に否定されてもね」

そして、シオンは続けて、彼女としては珍しい力のこもった抑揚のある声で、、一切の迷いを見せることなく自分の心情をクラムクラムへと告げた。

「……そうですか。であれば、先程の発言は少々軽率でしたね。配慮が足りず、申し訳ありませんでした」

「別に気にしなくてもいいよ。さっきのは、あくまで私が個人的にこう考えてるってだけの話だから。クラムにまでそれを押し付ける気はないよ」

シオンの心情を理解したクラムクラムが自分の失言をシオンへと詫びると、彼女は小さく首を横に振る。

「まあ、あなたは物質文明の権化たる商人ですからね。占星術に未来を託すといったような、夢のある考え方が理解できずとも仕方ありませんよね」

「私個人としては、そういったものより、旧帝の埋蔵金や隠し金山といったような話の方がよほど夢があると思っておりますがね」

それを見ていたベルガモットがクラムクラムに嫌みを飛ばすと、クラムクラムは慣れた様子でベルガモットの嫌みを聞き流した。

「……まあ、それはともかくとして。錬金術師の後に帝都カリクマが出たのは、フラマリアさんの立場からすれば大きいですね。これで、残り一枚の錬金術師は当分マーケットに出ないと考えてもよいでしょうから」

「とはいえ、錬金術師一枚程度の差であれば決して大差とは言えませんね。レイン選手のお言葉を一部お借りしますと、ルルナサイカ選手とラオリリ選手にとっては、まだどうとでもなる状況といったところではありますか」

話が一区切りされたところで、実況席の二人は現状に対する考察を述べつつ円卓へ視線を戻す。

「さて。この状況の突破口は、早めの擁立に見出したいところではありますね……」

実況席の二人の確認したルルナサイカは、錬金術師を使用し山札からカードを二枚ドローする。

「おや、これは幸先がいいですね。渡りに船とは、まさにこの事ですか」

ドローしたカードの内容を目にした彼女は、口元に笑みを浮かべながら農村六枚を卓上へと並べた。

「ルルナサイカ選手、早くも六枚のコインを確保しました! 彼女がこの六コインで選ぶ選択は、果たしてどのようなものなのでしょうか!?」

卓上に並ぶ六枚の農村を目に、クラムクラムは声を張り上げる。

「それでは、私はこのコイン六枚で擁立を行います!」

クラムクラムの声が響く中、擁立宣言と共ににルルナサイカが手に取ったプリンセスカードは、実況席に座する司会進行者の姿を描いたものであった。

「選んだプリンセスカードはクラムか。サプライ構成と擁立のタイミングを考えれば、妥当な選択だな」

「後見人がベルってのも、サプライ構成を考えると妥当の部類。ルルナサイカらしい堅実さだね」

次いで、ルルナサイカが裏向けにしたベルガモットのカードを手に取ると、フラマリアとシオンは一連のルルナサイカらしいカードの選択内容に納得する。

「だが、堅実さを重視した戦術は、明確な優位を確保できる見込みがあってこそ強力なもの。さしたる差のないこの状況ならば、付け込める隙は数多い」

「そのとおり。ここからが、私たちの腕の見せどころだね」

そして、二人は互いに顔を見合わせると気勢を上げた。

「お姉ちゃんが仕掛けたか。じゃあ、リリはどういう方向で攻めようかな……」

ラオリリは、農村三枚を卓上に並べて交易船を購入する。

「さて。とりあえず、ルルナサイカに付け込めるような仕掛けを早く考えないとね……」

次に、シオンは農村を出し、その後出した冒険者で手札の見習い侍女を追放すると代わりに都市開発を獲得し、自分のターンを終えた。

「しかし、まだ試合序盤ながら、なかなか緊張感のある展開になってきましたね」

選手たちを取り巻く空気が徐々に張り詰めていくのを感じながら、クラムクラムはベルガモットへ話題を振る。

「本来はこれが普通で、今まで気が抜けすぎていただけという気もしますがね」

「……正直なところ、多少ながら私もそう感じていたところはありますね」

彼女から返ってきたのは相変わらずの斜に構えた物言いであったが、今回のクラムクラムはそれを否定しない。

「まあ、私には、そんな空気の醸成にあなたも少なからず関わっていたように思えましたが」

「どういう意味ですか、それは……」

そこへ畳み掛けるように告げられるベルガモットの考えに、クラムクラムは唇を尖らす。

「あくまでも、個人的にそう思っただけのことですよ。細かいことを気になされると、あなたのその広いおでこがさらに広くなりかねませんからやめたほうがいいですよ」

「人のことをまるでハゲであるかのごとく仰るのは、本当にご遠慮頂けませんかね……」

それから、程なく展開される、クラムクラムのじっとりとした視線をベルガモットが受け流すというお馴染みの光景。

「私には、ベルガモットもその片棒を担いでいるようにしか見えないするのだがな……。まあいい、私は錬金術師と農村三枚で交易船を買うぞ」

フラマリアは、気の抜けた空気の醸成に自覚なく一役買っている実況席の二人の様子にため息を一つ、宣言通りに交易船を購入した。

「では、私は手札の見習い侍女を三枚全て直轄地へセットします」

「ほほー、このへんも手堅いね。序盤でクラムを使うなら、見習いをどれだけ早く処分できるかがその後の鍵になるしねー」

続いて展開されたルルナサイカの戦術に対し、レインは自分の見解を口にする。

「おや、レイン選手も解説を行われたいのですか?」

「試合終了までなにもしないでただ座ってるだけってのは、やっぱり暇だしねー」

レインの様子を目に入れたクラムクラムがレインに意思確認を行うと、レインはぶらぶらと足を揺らしながらクラムクラムに向けて頷いた。

「私としては、レインさんの解説参加に賛成ですね。解説の人数が増えれば状況をより多角的に分析しやすいですし、私も楽になりますし、いいことづくめですよ」

そんなレインの意思を、実況席に座する帝国随一の秀才が後押しする。

「えーと、ベルガモットさん。もしや、後者のほうが主目的ということはないですよね?」

「さて、どうでしょうね……」

ベルガモットは、すまし顔でクラムクラムの疑問をはぐらかす。

「それはともかく、レインさんが解説に参加なされることに何か問題があるという訳ではないのでしょう?」

「確かに問題はありませんが……」

「ならば、解説参加を承認して差し上げればよいではないですか」

「……そうですね。彼女を無任所のまま放置しておくことについては、私としても少々心苦しいところがありますし」

クラムクラムは、その後さらに説得を続けたベルガモットに押し切られるような形で、レインの解説参加を承認した。

「ということで、レイン選手。これから、解説へのご参加をよろしくお願い致します」

「こっちこそ、許可ありがと。じゃ、これからよろしく!」

そして、レインの方へと向き直ったクラムクラムが姿勢を正してレインへと一礼すると、彼女はクラムクラムへ礼を返した後、速やかに実況席へと移動した。

「話は終わったみたいだね。じゃあ、今からリリのターンを始めるよ」

そうした実況席のやり取りが終わったことを確認すると、ラオリリは農村四枚を並べて都市開発を手に取る。

「なるほど、ラオリリは圧縮を混ぜてくる方向か……」

それを確認したシオンは、まず農村を出し、次に都市開発を使って手札から追放した農村の代わりに都市を手札に入れると、最後にその都市と手札に残った農村一枚で都市を購入した。

「さて、解説の皆様。そろそろ序盤戦も終了となりますが、ここまでの情勢をどうご覧になりますか?」

「ルルナサイカさんは言わずもがなですが、それ以外で気になるのはシオンさんの動向ですかね。冒険者と都市開発という二種の圧縮用カードを両方保持なされているのは、現状では彼女のみですから」

「解説をするって言ってからは詳しいことは教えてもらえなくなったけど、シオンがデッキ圧縮戦術を軸にしてくるってことは間違いないだろうね」

クラムクラムの質問に沿い、ベルガモットとシオンは各々の見解を述べていく。

「個人的には、デッキ圧縮戦術は成功と失敗がはっきりと分かれやすい戦術だと思います。そういった意味では、シオンさんもルルナサイカさんと同様、序盤から勝負に出たとも言えますかね」

「フラマリアに錬金術師を渡すことを優先した関係もあると思うけど、シオンから見れば正攻法じゃみんなに追いつきにくい状況になってきてるからね。なら、裏目に出る可能性があっても、みんなと違う方向性に進むのは妥当っちゃ妥当かな」

「なるほどなるほど。解説の皆様、ご見解をありがとうございました」

ベルガモットとレインへ一礼し、クラムクラムは正面へと顔を向ける。

「では、解説の皆様のご見解も踏まえつつ、今後の展開を改めて注視していくことと致しましょう」

そんなクラムクラムの挨拶と共に、序盤戦の幕は閉じていった。

-4ページ-

予選第一試合:5ターン目開始時

 

場に出ているコモンマーケットカード:

召集令状*1 帝都カリクマ 冒険者*2 都市開発*2 交易船*1 シノビ*3 御用商人*2 皇帝の冠

 

デッキ構成:

フラマリア   農村*7 見習い侍女*3 早馬*1 交易船*1 錬金術師*2

ルルナサイカ  農村*4 早馬*1 錬金術師*1

ラオリリ    農村*7 見習い侍女*3 早馬*1 交易船*1 錬金術師*1 都市開発*1

レイン&シオン 農村*6 都市*2 見習い侍女*2 冒険者*1 都市開発*1

 

擁立した姫(後見人):

フラマリア   none

ルルナサイカ  クラムクラム(ベルガモット)

ラオリリ    none

レイン&シオン none

 

サポートカード:

フラマリア   none

ルルナサイカ  なし

ラオリリ    none

レイン&シオン none

 

継承点:

フラマリア   none

ルルナサイカ  -12

ラオリリ    none

レイン&シオン none

 

 

「私の番だな。私は、早馬と錬金術師、そして農村六枚で大都市を買おう」

「フラマリア選手、ここで大都市を購入だ! 同じ六コインで擁立を選択したルルナサイカ選手とは判断が分かれました!」

大都市をマーケットから捨て札置き場へと移動させるフラマリアの姿を目に、クラムクラムは声を上げる。

「フラマリアのデッキ内容を考えると、ベルとクラムのカードを押さえられたら、残りのプリンセスカードはどれを使っても大差ない感じだしね。なら、そこまで擁立を急ぐこともないって判断かな」

「ふむ、どなたのカードを使用なさるかは今後の展開を踏まえて判断する、ということですか。ルルナサイカさんとは別の意味で、手堅い判断ですね」

「ならば、こちらは彼女が悠長に構えていられなくなるよう、速やかに手を進めるまでです」

解説陣がフラマリアの判断内容を分析する中、ルルナサイカは農村四枚を並べ、都市を二枚購入した。

「よし、リリもお姉ちゃんの速度に追いつけるようにしないとね」

それに続いて、ラオリリは早馬と農村三枚、交易船を並べて冒険者を購入した。

「ラオリリも圧縮方向に動いてきたか。狙いはなんだろ、ルルナサイカの支援かな?」

「いえ、その準備にしては少々動きが遅いのではないかと思います。単純に、自身の戴冠式を目指した一手ではないですかね」

ラオリリの選択に、解説陣は思い思いの推測を述べる。

「……ラオリリとは錬金術師一枚分の差があることだし、ラオリリが圧縮をするなら、私も圧縮を急がないとね」

その中で、シオンは正面に座するにこやかな少女を一瞥すると、農村を出した後に冒険者で見習いを追放し、都市を獲得して自分のターンを終えた。

「私は農村と交易船を使用し、二枚目の交易船を買うぞ」

「では、私は都市二枚と農村三枚で大都市を購入しましょう」

状況が少しずつ変化を見せ始める中、二人の姫は着々と自分の手を進めていく。

「じゃあ、リリは農村と都市開発を使って、手札に入れた都市と残りの農村でもう一枚都市を購入するよ」

そんな年長組に並び立つべく、可憐なる第二皇女もまたマイペースに自分の手を進めていく。

「うーん、このターンは特にこれといった動きはないね……」

そして、目立った動きもなくこのまま順番は一巡していく。

「……さて、私もそろそろ仕掛けるかな」

多くの人間がそう思ったまさにその時、桃色に輝く双子星の片割れは静かに波紋を投じた。

「シオン選手、ここで仕掛けを宣言! その内容とは、果たしてどのようなものなのでしょうか!?」

シオンの起こした波紋へ呼応するように、会場に熱のこもった実況の声が響き渡る。

「私のターン。私はまず、都市二枚の後に都市開発を使って手札の農村一枚を都市に。そして、手札に入れた都市と残ったもう一枚の農村を使って私たちを擁立する。以上」

そうした中、シオンは凛とした表情を見せると、遅疑なくプリンセスカード置き場から自分自身のカードを手に取った。

「ほう。相手の出方を伺いやすい圧縮優先のデッキで、あえて擁立を急ぐか……」

「そう来ますか。場合によっては、こちらも少々手を急がなくてはならなくなりますね」

「軸の戦術が都市開発と冒険者でのデッキ圧縮なのに、ベルちゃんを使えない、直轄地に大都市も置けないってこの状況で擁立かあ。勝負に出たね、シオンちゃん」

シオンの選択に、選手たちは三者三様の所感を漏らす。

「さて。解説の皆様は、シオン選手の選択をどうご覧になられますか?」

裏向きにしたラオリリのカードを自分の直轄地へと運ぶシオンの指の動きを目で追いつつ、クラムクラムは解説陣へと問いかけた。

「ざっくり考えてみた感じだと、私たちのカード効果で手数を増やして圧縮を促進したいってことなんじゃないかな」

「だいたい正解。そのあたりのことは、ちゃんとレインも考えついてるんだね」

レインがクラムクラムへ自分の推察内容を述べると、シオンは妹へ正解のお墨付きを与える。

「そりゃあね。付け加えるなら、擁立を急いだのは、後見人ルールの関係上、三番目以降の擁立だと私たちのカードはまず使えないからって理由だと思うけど」

「そこまで分かってるなら、私から補足するようなことは特にないかな。普段も、それくらいしっかりしてくれてると嬉しいんだけどね」

お墨付きに少々鼻を高くしながらさらに推察を述べ続けていくレインに、シオンは当て付けを交えながらさらなるお墨付きを与える。

「シオンって、どこかの誰かと同じくらい一言多いよね……」

お墨付きについて来た余計な一言を耳に、レインは思わず顔をしかめた。

「……その『どこかの誰か』というのがどなたのことであるのかは少々気になるところではありますが、それはひとまず置いておきます」

レインに含むような視線を送りつつ、ベルガモットは続ける。

「しかし、冒険者と都市開発が共に都市へのキープが不可能なコスト値のカードであることを考慮しますと、可能であれば直轄地への大都市の配置を行いたかったところではありますかね」

「大都市は、ないならないでどうとでもなると思うから。それより、擁立が遅れてルルナサイカに追いつけなくなることのほうが怖いからね。ルルナサイカの手の進みも、今のところはそこそこ順調みたいだし」

「なるほど。擁立を遅らせたフラマリアさんとはタッグながらも判断が分かれた形になりますが、それはそれで道理ですか。こうなると、ルルナサイカさんとしては早期に帝都カリクマと皇帝の冠の両方を確保したいところですね」

迷いのないシオンからのコメントに対し、ベルガモットは納得したように頷いた。

「解説の皆様とシオン選手、ありがとうございました。以上を踏まえますと、今後のシオン選手とルルナサイカ選手の動向には要注目ですね。それでは、試合の方に戻りましょうか」

解説陣とシオンの会話が一区切りされたところを見計らい、クラムクラムは進行を再開していく、

「……私は、錬金術師を出し、その後に農村三枚で都市を買う。以上だ」

そうして試合に視線を戻した実況と解説を出迎えたのは、フラマリアの硬い表情であった。

「フラマリア、ぱっとしない顔だね。さっき擁立をしなかったのはまずかったんじゃないかって思ってるのかな?」

「どうでしょうね。ただ、先程大都市を選択したこと自体は悪手ではないと思いますが」

それを確認したレインの所感に対し、ベルガモットは自らの見解を述べていく。

「さて、次は今現在の展開の鍵を握っておられるルルナサイカさんの番ですね」

それから彼女は、自分の手札に視線を落としているルルナサイカへゆっくりと顔を向けた。

「私の番ですね。私はまず、錬金術師を使用します」

ターンの開始後、手始めに錬金術師の効果で山札からカードを二枚引くルルナサイカであったが、その内容を確認した途端、彼女は眉間にしわを寄せる。

「……次に、大都市、都市、農村四枚を使用し、大都市を購入します。以上です」

その後にカードを並べていくルルナサイカの姿には、隠し切れない無念の色があふれていた。

「ふむ、コイン一枚差で目的のカリクマに届かず、ですか。このゲームでは比較的よくあることとはいえ、やはり残念なことには変わりありませんね」

「でも、ここで公爵じゃなくて大都市を買ったってことは、ルルナサイカはまだカリクマの購入を諦めてないってことなんじゃないの?」

「それは間違いないでしょう。彼女の戦術を考えれば、高継承点かつ高コイン出力のカリクマは非常に重要なカードとなりますからね」

肩を落とすルルナサイカの姿を見つめるベルガモットへ、レインが自分の推測したルルナサイカの意図を述べていくと、ベルガモットはそれを肯定する。

「さて、あくまでもレアカードを優先するその判断がどう出るか。それは、引き続き試合を追っていくことで確認することと致しましょう」

「そうだね」

ひとしきりの会話の後、レインとベルガモットは試合の続く円卓へと顔を戻した。

「リリはまず、錬金術師を使うよ。次に、早馬と交易船で二枚ドローね。それから、農村二枚と都市と都市開発を出して、手札の農村を都市にして手札に入れるよ。そして、元農村の都市と冒険者を使って手札の見習い侍女を都市にするね。あとは、残りのお金で都市を一つ購入して終わりだよ!」

カリクマを購入しそこねた姉の無念を晴らそうとするかのごとく、ラオリリは気勢を上げて手を進めていく。

「ラオリリも本格的な圧縮作業に入ってきたか。もたもたしてるとドローカードの分こっちが不利になるし、さっさとやることはやっちゃわないとね……」

そんなラオリリの姿を確認し、シオンは双子カウンターの使用を宣言した。

「まず、最初のターンは農村と冒険者でデッキ最後の見習いを都市にして終わり。次の追加ターンは、まず農村を出して、次に都市開発で手札の農村を都市にして手札に加える。そして、その都市と冒険者を使用して、手札にあるもう一つの農村を追放して都市を獲得する。これで追加ターンも終わり」

「これでシオンは大体のデッキ整理が終わった感じかな。さっきルルナサイカがカリクマを買えなかったってことを考えると、シオンもルルナサイカにだいぶ追いついてきてるんじゃない?」

滞ることなく着実に実行される姉の戦術を目に、レインは少々声を弾ませながらベルガモットへ姉の現状を確認する。

「それはそうかもしれませんが、逆に申し上げるならば、次にルルナサイカさんがカリクマや皇帝の冠を購入できれば再びそれなりの差がつきます。シオンさんの手札が上手く回るかどうかも踏まえて考えると、まだまだ予断は許さない状況でではないのでしょうか」

「……確かに、それは一理あるか」

レインに問われたベルガモットがあくまでも冷静に現状判断を伝えると、レインはややがっかりしながらもその内容を肯定した。

「シオン、大丈夫かな……」

実況の二人も大勢を測りかねる中、中盤戦は佳境を迎えていく──。

-5ページ-

予選第一試合:7ターン目開始時

 

場に出ているコモンマーケットカード:

召集令状*1 帝都カリクマ 冒険者*1 都市開発*2 図書館*1 シノビ*3 御用商人*2 皇帝の冠

 

デッキ構成:

フラマリア   農村*7 都市*1 大都市*1 見習い侍女*3 早馬*1 交易船*2 錬金術師*2

ルルナサイカ  農村*4 都市*2 大都市*2 早馬*1 錬金術師*1

ラオリリ    農村*5 都市*4 見習い侍女*2 早馬*1 交易船*1 錬金術師*1 冒険者*1 都市開発*1

レイン&シオン 農村*3 都市*3 冒険者*1 都市開発*1

 

擁立した姫(後見人):

フラマリア   none

ルルナサイカ  クラムクラム(ベルガモット)

ラオリリ    none

レイン&シオン レイン&シオン(ラオリリ)

 

サポートカード:

フラマリア   none

ルルナサイカ  なし

ラオリリ    none

レイン&シオン なし

 

継承点:

フラマリア   none

ルルナサイカ  -12

ラオリリ    none

レイン&シオン  0

 

 

「……さて、私の番か。では、まずは錬金術師を使用するぞ」

前のターンに引き続き、表情を硬くしたままフラマリアは自分のターンを開始する。

「次に、早馬を二枚出し、続いて交易船の効果で二枚ドローだ」

しかし、山札からカードを引いていくにつれて、硬さを見せていた彼女の表情は徐々にほぐれていき、やがて笑みへと変化する。

「その次に、ドローしてきた錬金術師を使用し、さらに二枚ドロー」

それは、彼女の手札の内容が、その表情を見せるに足るだけのものであるということ。

「最後に、農村五枚、都市、大都市、交易船を使用して帝都カリクマを購入。以上だ」

そんな会場の一同の推測を証明するように、彼女は自らの求めるカードをマーケットから手に取った。

「おーっと! フラマリア選手、ここで帝都カリクマを購入! ルルナサイカ選手を出し抜いての購入という、まさかの展開ですっ!」

思わぬ結果を目の前に、クラムクラムはここ一番に声を張り上げる。

「……これは、私としても予想外の展開ですね」

その横で、ベルガモットはフラマリアがカリクマを購入したという事実に思わず目を丸くする。

「うーん、カリクマを狙ってたルルナサイカには厳しい展開だね……」

そんな中、レインは意気消沈しているであろうルルナサイカの様子を確認するべく、表情を曇らせながらも彼女の方へと顔を向けた。

「……やりますね、フラマリアさん。しかし、その程度のことでは勝負の大勢は決しませんよ」

だが、レインの予想とは裏腹にルルナサイカに気落ちした様子はなく、青い瞳の奥底に宿された闘志も揺らぎを見せてはいなかった。

「ほう。そう信じるに至るだけの判断材料を、お前は持っているということか」

「その通りです」

フラマリアの疑念への答えを示すように並べられたルルナサイカの手札は、早馬と錬金術師、そして農村、都市、大都市が各二枚づつ。

「……なるほど、そういうことか」

その手札から彼女が購入するであろうものの内容を想像し、フラマリアは再び表情を硬くする。

「では、私は皇帝の冠を購入します!」

「ルルナサイカ選手、フラマリア選手に負けじと皇帝の冠を購入だ! これで、ルルナサイカ選手は再び優位を奪った格好となりました!」

にわかに大きく動きを見せる情勢に、クラムクラムの舌も回り続ける。

「ですが、ルルナサイカさんの戦術は、カリクマと皇帝の冠を共に入手できて初めてその危険性を上回る成果が得られるもの。皇帝の冠だけの入手では、盤石の優位を確保できたとは言いがたいですね……」

しかし、ルルナサイカの姿を冴えない表情で見つめるベルガモットは、ひとり静かにルルナサイカが置かれた状況をおもんばかった。

「そろそろリリも仕掛けないといけないんだろうけど、ベルちゃんもレインちゃんとシオンちゃんも残ってないこの状況だと、今のデッキ内容で擁立するのは時期尚早だよね……」

ベルガモットと同じようにルルナサイカの姿を見つめていたラオリリは、視線を手札へと戻すと、少々焦りを見せながら農村四枚と都市一枚を使用し、大都市を購入した。

「ラオリリ、ちょっと手が遅いね。手札が思うように回ってないのかな?」

焦燥が浮かぶラオリリの横顔を目に、レインはラオリリの進行状況を懸念する。

「でも、勝負である以上、手心は加えられない。ラオリリには悪いけど、この間に一気に差を付けさせてもらうよ」

一方、ラオリリの状況を好機と見たシオンは、手を緩める様子を見せずに自分のターンを開始していった。

「私はまず、最後の双子カウンターを取り除く。最初のターンは、まず都市三枚を使用。次に、都市開発で手札の農村の代わりに都市を手札に入れて都市を出し、最後に大都市を購入する」

「大都市か……。シオンちゃん、そろそろ公爵を狙っていく気だね」

呟くラオリリの向かいで、シオンは追加のターンを開始する。

「追加ターンは、まず都市二枚と農村を出す。次に、冒険者で手札の農村を追放して宮廷侍女を獲得。最後に、余ったお金でもう一枚宮廷侍女を買って終わり」

「ふむ、シオンは追い込みに入ったか。この調子ならば私より早く戴冠式に至るとは思うが、念のため、私も擁立を急ぎたいところだな……」

迫り来る決着の気配を感じつつ、フラマリアは自分の手札を全て捨て札置き場へと送り、そのままターンを終了した。

「シオンさんが継承権カードを購入なされるタイミングが、思ったよりも早いですね……」

シオンの動向に注意しつつ、ルルナサイカは錬金術師、早馬、大都市二枚、農村四枚を並べ、宮廷侍女と公爵を購入しデッキをリシャッフルする。

「うーん……」

続いて、思案顔のラオリリは言葉少なに都市を出し、次に都市開発で手札の農村を都市にして手札に入れると、その後その都市と冒険者で手札の見習い侍女を追放し、宮廷侍女を獲得してターンを終える。

「私は、まず都市と農村を出す。次に、冒険者で追放した都市開発の代わりに議員を獲得して、最後は宮廷侍女を一枚直轄地にセットする。これで終わり」

「ここで都市開発を追放されますか。これは、フラマリアさんが仰られていた通りの状況で間違いはなさそうですね」

そして、その後のシオンの戦術を目に、ベルガモットはシオンが詰めの段階に入ったということへの確信を持つに至った。

「よしよし。この調子なら、今度こそ間違いなくシオンはルルナサイカに追いつけるんじゃない?」

「そうですね。先程はとは違い、今の状況においてはそれは疑いないでしょう」

そこへ挟まれる、先程のものよりも活気を帯びたレインの確認を、ベルガモットは肯定した。

「だよねー。デッキの質の差を考えればターンが進めば進むほどシオンが有利になっていくだろうし、これはもうシオンが勝ったも同然でしょ」

「これから先はシオンさんが有利になっていくという傾向には間違いはないのでしょうが、少なくとも現状では勝ったも同然と言えるほどの差はないでしょう。必要以上に驕った考え方は感心しませんね」

期待通りのベルガモットの返答を聞いたレインは得意げに言葉を並べていくが、ベルガモットはそんなレインをたしなめる。

「でもさー、それが覆るような要素ってなにかあるの? ルルナサイカはさっきベルが言った通りの状況で、フラマリアは味方で、ラオリリはシオンと似たような戦術なのにシオンより手が遅いって状況なのに」

「……シオンさんの有利が覆る可能性があるとすれば、それは未だに擁立を残されておられるラオリリさんの出方次第でしょうね。それがどういうものであるかということまでは、残念ながらまだ思い至ることはできておりませんが」

ベルガモットは、自分の主張に対するレインの懐疑に推量を返しつつラオリリへと顔を向けるが、彼女は未だ思案顔のまま、手札に視線を落としていた。

「む……」

そんな中、フラマリアは渋い表情でまたしても手札を全て捨て札置き場へと送ると、そのままターンを終了する。

「リシャッフル直後に、さっきのターンと同じ見習い三枚と農村二枚っていう最悪の手札構成が来るか。上手くカリクマを買えた分のツケを今払わされてるんじゃないかってくらいの運の悪さだね……」

「有り体に言えば、運も実力のうちということなのでしょう」

ベルガモットに続いて円卓へと視線を戻したレインへ、ルルナサイカは泰然として語る。

「……それはそれで道理ではあるが、ルルナサイカにしてはなかなか手厳しい物言いだな」

「あくまでも一般論ですよ。この手のゲームの性質上、その展開と運の要素はどうしても切り離せませんからね」

思いがけない彼女の意見に面食らうフラマリアへと返事を一つ、ルルナサイカは手札の皇帝の冠を直轄地へセットしてターンを終了する。

「……よし」

そして、その後に訪れる自分のターンを前に顔を上げたラオリリの表情は、思案ではなく決意に満ちたものとなっていた。

「お姉ちゃん。相談したいことがあるんだけど、いいかな?」

「ええ、構いませんが……」

ルルナサイカは、妹の真意を測りかねつつも、普段はあまり見せることのない硬い表情で顔を近づけてくる彼女の要望に応じる。

「ルルナサイカ選手とラオリリ選手は相談に入られるようですね。解説のお二方と致しましては、その内容はどのようなものであるとお考えでしょうか?」

「相談中にルルナサイカの手札を確認してたのが見えたから、これからサポートカード付きの擁立をしようとしてて、それにアウローラを使って問題ないかの確認っていう可能性は高いと思うけど。あとはなんとも言えないかなー」

「私も、概ねレインさんと同意見です。強いて付け加えるなら、その後の戦術についての相談を合わせて行われておられるのではないでしょうか。手札の確認を行うだけであるならば、わざわざ相談に入る必要はありませんからね」

ルルナサイカ・ラオリリ姉妹が声を潜めて話し合う光景を眺めながら、ベルガモットとレインはクラムクラムに請われて各々自分の見解を述べていく。

「なるほど。アウローラさんのカード効果であれば、現状で先行の気配を見せつつあるシオン選手の妨害を行いつつ、ラオリリ選手自身の手を進めていけますからね」

「ですが、懸念はあります」

見解の内容に納得するクラムクラムへ向けて、ベルガモットは言葉を続ける。

「これまでのシオンさんの捨て札および彼女のデッキ内容を考えると、このターン、シオンさんの手札にはほぼ間違いなく大都市が存在します。ですので、この直後にアウローラさんが使用された場合、彼女のデッキから追放されるカードは議員あるいは冒険者となる可能性が高いです」

「つまり、ベルガモットさんはそれらのカードがシオン選手のデッキから失われても、大都市が失われることに比べればシオン選手に与える影響は小さいものであるとお考えなのですか?」

「そうです。個人的な見解としては、シオンさんにそれらを追放させたところで、シオンさんの有利に向けて傾きつつあるこの現状を覆せるだけの効果があるとは考えにくいのですよね」

途中にクラムクラムから挟まれた疑問に対し、ベルガモットは頷きを返した。

「まあ、仮に追放対象が大都市だったとしてもそこまで変わらないと思うけどね。この場面でラオリリが一番欲しいのは公爵なんだろうけど、それは味方のルルナサイカしか持ってないし──」

「おっと。解説のお二方、どうやらルルナサイカ選手とラオリリ選手の相談が終了したようですよ」

ベルガモットの見解を受けてレインはさらに話を膨らませていこうとするが、ルルナサイカとラオリリの顔が離れていくことを横目で確認したクラムクラムにそれを遮られる。

「では、速やかに試合観戦へと戻りましょう。我々の推論が妥当であったどうかは、結果でのみ証明されるものですから」

「……そうだね。論より証拠なんだろうしね」

話の腰を折られたレインは、やや残念そうな表情でベルガモットに続いて円卓へと視線を戻す。

「それでは、談話はここで終了と致しまして、再び試合を追ってまいりましょうか」

そして、クラムクラムもまた、二人の後を追うようにして円卓へと視線を戻した。

「じゃあ、改めて。リリのターンを始めるよ……」

実況席の様子を確認し終えると、ラオリリは小さく深呼吸をした後、ターンの開始を告げる。

「まず、早馬を出して山札から一枚ドロー。次に、交易船を出して山札から二枚ドローするね」

会場の視線が注がれる中、少女はその小さな手をせわしなく動かしていく。

「あとは、大都市、都市二枚、農村二枚を出して擁立だよ!」

次いで、高らかな擁立宣言と共にラオリリがプリンセスカード置き場から手に取ったカードには、勇猛果敢な豪傑の姿が描かれていた。

「直轄地に農村が入るわけでもないのに、ルルナサイカじゃなくフラマリア……?」

「むむ、これはどういうことでしょうか……」

解説の二人がラオリリの選択したプリンセスカードに首をひねる中、ラオリリはフラマリアの効果を使用しマーケットから議員を二枚獲得すると、続けてプリンセスカード置き場から裏返しにした姉のカードを自分の直轄地へと移動させる。

「最後に、リリの使うサポートカードはこれだよ!」

そして、彼女が選択したサポートカードは、解説の二人がフラマリアの姿に予感した通りアウローラではなく──。

「ラオリリ選手、ここで擁立です! そして、そのサポートカードは、なんとっ、解説のお二方による予想の裏を行く帝国議事堂だあぁぁぁっ!」

息を弾ませるクラムクラムの実況内容が物語る通りの、帝国議事堂であった。

「ここでアウローラじゃなくて帝国議事堂ってことは、今、ルルナサイカの手札に公爵はないってことかな?」

「それは我々には知る由もないことですがね。さておき、帝国議事堂自体は強力で手堅い効果を持つとはいえ、この状況でラオリリさんをシオンさんに追いつかせるほどの爆発力を持った効果とは思えないのですがね……」

ラオリリの判断に、レインとベルガモットは顔を見合わながら先程に続いて首をひねる。

「まあ、アウローラが来ないならそれはそれで好都合。こっちは、この勢いのまま一気に攻めていくだけ……」

そうした実況席の二人を尻目に、シオンは都市を出し、次に冒険者で手札から追放した大都市の代わりに公爵を獲得すると、最後に手札の議員と宮廷侍女を直轄地へ配置して自分のターンを終えた。

-6ページ-

予選第一試合:10ターン目開始時

 

場に出ているコモンマーケットカード:

召集令状*1 錬金術師*1 冒険者*1 都市開発*2 図書館*1 シノビ*3 御用商人*2 焼き畑農業*2

 

デッキ構成:

フラマリア   農村*7 都市*1 大都市*1 帝都カリクマ 見習い侍女*3 早馬*1 交易船*2 錬金術師*2

ルルナサイカ  農村*4 都市*2 大都市*2 早馬*1 錬金術師*1 宮廷侍女*1 公爵*1

ラオリリ    農村*4 都市*3 見習い侍女*1 早馬*1 交易船*1 錬金術師*1 冒険者*1 都市開発*1 宮廷侍女*1 議員*2

レイン&シオン 農村*1 都市*4 冒険者*1 公爵*1

 

擁立した姫(後見人):

フラマリア   none

ルルナサイカ  クラムクラム(ベルガモット)

ラオリリ    フラマリア(ルルナサイカ)

レイン&シオン レイン&シオン(ラオリリ)

 

サポートカード:

フラマリア   none

ルルナサイカ  なし

ラオリリ    帝国議事堂

レイン&シオン なし

 

継承点:

フラマリア   none

ルルナサイカ   2

ラオリリ     4

レイン&シオン  7

 

 

「よし、私の番だな。シオン、お前の手札を確認させてもらえるか?」

自分のターンが回ってくるなり、フラマリアは意気込みながらシオンの方へと顔を向ける。

「別にいいけど。アウローラでも使うの?」

「そういうことだ」

フラマリアは、隠す素振りも見せずにシオンの質問へ即答する。

「……聞いといてなんだけど、こんなにあっさり答えられるとは思わなかった。もう少しもったいぶってもよかったんじゃないかと思うけど」

「すぐに結果が出るようなことをわざわざもったいぶったところで、さして意味はあるまい」

呆気にとられるシオンへ、フラマリアはあくまでも合理的に語る。

「……まあいいか。じゃ、これが今の私の手札だから」

フラマリアの堂々とした態度を前に言うべき言葉を失ったシオンは、フラマリアへと体を近づけ、自分の手札を彼女へと見せた。

「……ふむ、なるほどな」

それを確認すると、フラマリアは視線をシオンの手札から彼女の顔へと移す。

「では、ここでシオンに簡単な質問をさせてもらおうか」

「なに?」

切り出されるフラマリアからの質問に、シオンも自分の手札からフラマリアへと視線を移す。

「今後、お前にとって冒険者は必要か?」

「うーん……別にいらないかな。ラオリリが帝国議事堂を使ってきたから、議員は獲得しにくくなったしね」

特に悩む様子もなく、シオンはフラマリアからの質問に即答する。

「そうか。では、私の取るべき手は決まったな」

フラマリアは、シオンの答えを耳にすると、彼女から体を離して迷いなく自分のターンを開始した。

「では、私はまず早馬と交易船を使い、山札から三枚ドロー。次に、先程ドローしてきた錬金術師二枚で、山札からさらに二枚ドロー。それから、カリクマ、大都市、都市、農村、交易船を使い擁立を行う。擁立する姫はオウカ、後見人はアナスタシア、付与するサポートカードはアウローラだ」

「フラマリア選手、ここで満を持しての擁立です! 彼女の選択は、果たして遅れを取り戻すための一手となり得るのでしょうか!?」

クラムクラムの実況と共に、フラマリアは手早く所要のカードを回収していく。

「ふむ。いずれのカードの選択も、残された選択肢の中では最善に近い内容ですね」

ベルガモットは、その姿を眺めつつ、フラマリアが選んだカードについての所感を漏らした。

「フラマリアが擁立前にシオンの手札を確認したのは、アウローラを使った時にシオンの公爵を巻き込まないかを確認するためってことかな」

「そうでしょうね。シオンさんの公爵が追放されてしまっては、せっかくのシオンさんの優位が大きく揺らいでしまいますから」

それから、レインとベルガモットはフラマリアの意図について推測を交わす。

「そして、フラマリアさんがアウローラさんを使用なされた意図は、ルルナサイカさんが所持なされている公爵を奪取するためでしょうね」

「それは間違いないでしょ。フラマリアにしてみれば、ルルナサイカの持ってる公爵は追い上げのために是が非でも欲しいカードだろうし」

そうして、二人はどちらともなく、公爵が置かれているであろうルルナサイカの捨て札置き場へと目を向ける。

「……ないね、公爵」

「ええ、そうですね……」

しかし、二人の予想とは裏腹に、そこに公爵の姿は影も形もなかった。

「フラマリアさんには悪いですが、結果としてはそういうことです」

ルルナサイカは、解説の二人に改めて事実を告げる。

「つまり、先程、お前の手札に公爵があることを承知で、ラオリリはアウローラではなく帝国議事堂の使用を優先したということか……」

「そうだよ、マリアちゃん。狙いの公爵が手に入らなくて残念だったね」

ルルナサイカとラオリリの方へと顔を向けたフラマリアの目に、ラオリリの得意げな顔が映った。

「……そうか、返答に感謝するぞ。おかげで、私がアウローラを使用したことが全くの無駄にならずに済みそうだという確信が持てた」

だが、そんなラオリリを前にしても、フラマリアには特に落胆した様子はない。

「どういうこと、マリアちゃん?」

「私がアウローラを使った目的は、単にルルナサイカの公爵が欲しかったからというだけではない。もう一つの目的は、ラオリリへの妨害だよ」

フラマリアは、その理由をラオリリへと示すように、彼女の捨て札置き場からアウローラの効果による追放対象となった議員を手に取り、自身の捨て札置き場へと移動させた。

「ルルナサイカがシオンに遅れを取り始めているという現状を考えると、ルルナサイカの勝ち目を残すためには、先程のラオリリの擁立タイミングでアウローラを使ってシオンの妨害を行わなければならなかったはずだ。ルルナサイカの手札に公爵があったという状況を考えると、なおさらアウローラの使用をためらうような状況ではなかったしな」

「……」

続いて展開されるフラマリアの推論に、ルルナサイカとラオリリは黙して耳を傾ける。

「にも関わらず、ラオリリは帝国議事堂を使用した。それは、お前たちがラオリリの今後にのみ勝機を見たという証拠に他ならない。違うか?」

「……その通りだよ、マリアちゃん。さすがの推察だね」

そして、フラマリアが推論を語り終えると、ラオリリは硬い表情でその内容を肯定した。

「リリ、よいのですか?」

「どうせ、この後リリたちがやることを見られたら遠くないうちにバレちゃうことだしね。なら、ここでいつまでも隠してたってしょうがないよ」

表情を戻したラオリリは、心配そうに自分を見つめる姉へ普段通りの前向きな笑顔を返す。

「やはりか。ならば、ラオリリへの妨害で多少なりともお前たちに痛手を与えるという、最低限の仕事だけはこなせたことになるな」

フラマリアは、ルルナサイカとラオリリから視線を外し、シオンの方へと顔を向ける。

「ということで、シオン」

「なに?」

「公爵が手に入らなかった以上、私が早期に戴冠式を行うことは難しいし、かと言って、サプライの構成を考えるとお前をこれ以上援護することも難しい状況だ。すまないが、後は自力でなんとかしてくれ」

「自力でなんとかしろって、フラマリアらしからぬいいかげんさだね……。まあ、やるだけはやってみるけど」

事も無げなフラマリアの依頼に、シオンはいつもと同じ調子で淡々と了解を返した。

「……では、私の番ですね。今後の方針も早々に露呈してしまったことですし、ここからは私も隠し立てなく成すべきことを成すと致しましょう」

ルルナサイカは、手札へ視線を落とすと、迷いなく手札の大都市二枚と農村二枚を卓上へと並べていく。

「公爵を買えるだけのコインが出たか。さっきの話だとルルナサイカはもう勝ちを捨ててる感じだったけど、それでも公爵を買うのかな?」

「いえ、公爵は購入しません。私が購入するカードはこれですよ、レインさん」

それから、彼女は小首をかしげるレインへと見せつけるように議員二枚をマーケットから手に取り、自分の捨て札置き場へと移動させた。

「……なるほど。ラオリリが普通に継承権カードを手に入れていく間に、ルルナサイカは帝国議事堂の効果を利用してラオリリの援護を担当するって作戦か」

ルルナサイカの戦術に、レインは思わず唸る。

「議員の入手毎に一つずつ継承点カウンターが置かれるという帝国議事堂の効果を、自分のためではなく他者のために使用しますか。タッグのどちらかの勝利のみが求められる、タッグマッチならではの発想ですね……」

また、ベルガモットも同様に、通常の個人戦ではまず見ることのできないその奇抜な戦術にため息を漏らした。

「そう。これがシオンちゃんに追いつくための、お姉ちゃんとリリの合同作戦」

ラオリリは、目を丸くする解説の二人を前に、静かに言葉を紡いでいく。

「リリとお姉ちゃんが力を合わせれば、できないことなんてないんだから!」

そして、気勢を上げると、まず錬金術師を使用し、次に都市三枚と農村二枚を並べて公爵を購入した。

「でも、フラマリアのおかげでラオリリの手は多少遅くなってるし、私もいらない冒険者を処分できた。なら、追いつかれる前に勝負を決めれば問題ない!」

シオンは、ラオリリの気迫に飲み込まれないよう気を張りつつ、都市四枚と農村一枚を並べて公爵を購入し、ターンを終了する。

「よし、これでシオンの保持継承点は十九点。これなら早ければ二ターン後、遅くとも三ターン後には戴冠式だな」

続けて、シオンの勝利を期待しつつ、フラマリアは農村五枚を並べて都市開発を購入する。

「たとえシオンさんの手の進みが順調であるとしても、当然ながら、こちらとしてはそう簡単に諦める訳にはまいりませんがね。そのための、リリとの合同作戦なのですし」

その後、ルルナサイカは農村二枚と都市二枚で議員を購入し、着々とラオリリのサポートを進めていった。

「ところで、さっきの諦める諦めないって話で思ったんだけど、マリアちゃんがさっきコスト4のカードを買ったよね。ということは、マリアちゃんも戴冠式を完全に諦めたってわけじゃないんだね」

先程フラマリアが購入した都市開発のことを思い起こしながら、ラオリリはまず農村を出し、次に冒険者で手札の都市開発を追放して議員を獲得すると、最後に手札の宮廷侍女と議員を直轄地へとセットする。

「フラマリアの性格を考えれば、当然のことだと思うけどね」

シオンは、ラオリリへ所感を一つ、都市三枚を並べて宮廷侍女を二枚購入した。

「勝ち目が非常に薄いということは、逆に言えば勝利の可能性が完全に潰えた訳ではないということだ。ならば、足掻けるだけは足掻かせてもらうさ。そのような状況で簡単に諦めるのは、私の性には合わんしな」

ラオリリとシオンが語った内容を肯定しつつ、フラマリアはオウカの効果で手札の錬金術師と都市開発を追放し公爵を手札に入れると、それと手札の議員を直轄地へとセットしてターンを終了する。

「……リリ、私はここで一旦手を止めなければなりません。この大事な局面で、申し訳ありません」

続いて、ルルナサイカは早馬を使った後に手札の宮廷侍女、公爵、議員二枚を直轄地へとセットし、その後妹へと頭を下げる。

「大丈夫だよ、お姉ちゃん。さあ、顔を上げてこれからのリリを見ててよ!」

ラオリリは、そんな姉へ向けて微笑みかけると、再び気勢を上げて自分のターンを開始した。

「リリはまず、手札の早馬でドロー! 続いて、交易船の効果で二枚ドロー!」

希望に目を輝かせ手を進めていくその姿には、姫たちが見慣れた、可憐ではあるがどこか子供っぽい少女の面影は見られない。

「次に、農村を並べて、それから冒険者で手札の都市を議員に!」

そこに存在するのは、自分の選択を迷わず、自分の意志で道を切り開く、品格ある一人の人間の姿。

「最後に、手札の公爵を直轄地にセット! これで継承点二十点だよ!」

それは、偉大なる姉に勝るとも劣らない、確かな英姿を誇る帝国第二皇女の紛うことなき本質であった。

「さあ! ラオリリ選手、ここで戴冠式だ! シオン選手とフラマリア選手は、これに続くことはできるのか!?」

差し迫る終末の時を前に、クラムクラムは声を張り上げる。

「いけるか、シオン?」

フラマリアは、自分たちの窮地を知らせる実況の声が響く中、焦燥感と期待がないまぜになった表情でシオンへと顔を向ける。

「いける……って言いたいとこだけど、残念ながらこれが限界」

フラマリアが見守る中、唇を噛みながら公爵を二枚直轄地へとセットしたシオンは、そのまま最後のターンを終えた。

「そうか……。なら、仕方がないな」

そんなシオンの姿を目に、フラマリアは苦笑いを浮かべる。

「この試合、どうやら私たちの負けのようだ」

そして、手札を全て捨て札置き場へと送り、シオンと同じく最後のターン終了を宣言した。

「シオン選手、フラマリア選手、共に戴冠式へ届かず! よって、本試合の結果はルルナサイカ・ラオリリ組の勝利と決定致しましたあぁぁぁっ!」

その瞬間、場内に響き渡った試合終了を告げるクラムクラムの声と共に、一つの勝負は幕を降ろした。

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予選第一試合:試合終了時

 

場に出ているコモンマーケットカード:

召集令状*1 錬金術師*1 冒険者*1 都市開発*1 図書館*1 シノビ*3 御用商人*2 焼き畑農業*2

 

デッキ構成:

フラマリア   農村*7 見習い侍女*3 早馬*1 交易船*2 錬金術師*1

ルルナサイカ  農村*4 都市*2 大都市*2 早馬*1 議員*1

ラオリリ    農村*4 都市*2 見習い侍女*1 早馬*1 交易船*1 錬金術師*1 冒険者*1 議員*1

レイン&シオン 農村*1 都市*4 宮廷侍女*2

 

擁立した姫(後見人):

フラマリア   オウカ(アナスタシア)

ルルナサイカ  クラムクラム(ベルガモット)

ラオリリ    フラマリア(ルルナサイカ)

レイン&シオン レイン&シオン(ラオリリ)

 

サポートカード:

フラマリア   大魔女アウローラ

ルルナサイカ  なし

ラオリリ    帝国議事堂

レイン&シオン なし

 

継承点:

フラマリア   17

ルルナサイカ  16

ラオリリ    20

レイン&シオン 19

-8ページ-

「さて、第一試合を終わって早速ではありますが、ここで熱闘を繰り広げられた選手の皆様方にお話を伺っていこうかと思います。まずはフラマリア選手から、お願い致します」

「ふむ、私からか。そうだな……」

クラムクラムに促され、フラマリアは語るべき言葉を思案する。

「では、とりあえず、勝利したルルナサイカとラオリリへ祝辞を送るとしよう。二人とも、おめでとう」

その後程なくして、彼女はルルナサイカとラオリリに向けて祝辞と共に拍手を送った。

「ありがとう、マリアちゃん。マリアちゃんたちも強かったよ」

「ありがとうございます。少し展開が違えば、フラマリアさんたちが勝利なされていてもおかしくない内容の試合であったと思います」

フラマリアからの祝辞に、ルルナサイカとラオリリは頭を下げて返礼した。

「少し展開が違えば、か……」

ルルナサイカの言葉を聞き、フラマリアは試合内容を思い返しながら視線を遠くへ飛ばす。

「どうされました、フラマリア選手?」

「いや、大したことではない。自分の取った手が本当にその時々の最善手であったのか、つい考えてしまっただけのことだ。我ながら未練だな」

その姿を目にしたクラムクラムの呼びかけに、フラマリアは視線をクラムクラムへと向けつつ苦笑を浮かべた。

「まったくだね」

そうしたフラマリアの自嘲に横から同意を示すのは、彼女のタッグパートナーであったシオン。

「その時々の最善手を取ったという自負があるのなら、結果がどうであれそのことを疑うのはよくない。それが、自分でなにかを決めるってことだと思うし」

「……いやいや、まったくもってその通りだな」

シオンからの指摘に、フラマリアは大きく頷いた。

「全てはたられば。過程をいくら悔いても結果が変わりはしないのなら、その過程に自信を持っていた方が、過去の自分も報われるというものか」

「そういうこと」

フラマリアが語るその言葉を、シオンは肯定する。

「まったく同じ時間には、私たちの星廻しの大呪文でも辿りつけない。だから、その過去にどうしようもなく未練があるとかならまだしも、そうでないならできるだけ前を向くべきだと思う」

「そうだな。お前の言葉、胸に刻んでおくとしよう」

続けて、シオンが自分の考えをフラマリアへと述べると、彼女はシオンへ向けて柔らかく微笑んだ。

「しかし、ほんとに接戦だったね。傍目から見てた感じだと、シオンもフラマリアも最後のターンで戴冠式に行けてた可能性はそこまで低くなかったと思うけど」

フラマリアとシオンの会話が一区切りされた頃を見計らい、レインは彼女たちへと声をかける。

「でも、仮にあの時私たちのどっちか、あるいは両方が延長戦に入れてたとしても私たちの勝ち目は薄めだったと思うよ。延長戦突入前に、ルルナサイカからの援護がもう二点分くらいラオリリに入ってたと思うから」

レインの意見に、シオンは冷静な状況分析を交えて言葉を返した。

「ところで、ルルナサイカさんとラオリリさんが取られた作戦はどちらが考案なされたものなのですか? タッグマッチの特性を活かしつつも相手の意表を突く、なかなかによい作戦だと思いましたが」

「リリです。私はただ、それに便乗させて頂いただけですよ」

双子のやり取りを耳にしたベルガモットがルルナサイカへと問いかけると、ルルナサイカは返答の後、妹の方へと顔を向ける。

「リリが考えたって言っても、それはあくまでも作戦の大枠だけなんだけどね。細かいところは、お姉ちゃんと意見のすり合わせをして完成させたし」

「しかし、リリから作戦の概要を聞いた時には、解説の皆様方と同様に私も驚いたものです。私の知らない間に、リリも立派に成長していたのですね」

謙遜気味に補足を行う妹を、ルルナサイカは感慨深く見つめた。

「えへへ……。お姉ちゃんに比べたら、まだまだだよ」

姉の視線に、ラオリリははにかんで頬を赤らめる。

「しかし、そんなリリとも決勝戦では敵どうし。油断のならない相手となりますが、遅れを取るつもりはありませんよ」

「それはこっちも同じだよ、お姉ちゃん。リリの成長したところ、決勝戦ではもっといっぱいお姉ちゃんに見せてあげるね!」

そして、姉妹は不敵に微笑み合いながら、来るべき決戦の時に向けて静かに火花を散らし始める。

「おっと! 両選手、決勝戦に向けて早くも気合は十分です! これは、後ほど行われる決勝戦が楽しみですね!」

クラムクラムは、そんな姉妹の様子を微笑ましい気持ちで見守りつつ、彼女たちの様子を決勝戦に絡めて実況していった。

「……では、話の流れの中で選手の皆様方から簡単ながらもコメントを頂けたことですし、ここで一旦次の試合の準備と休憩のための時間を取らせて頂きたく思います」

「再開は三十分後を予定しております。申し訳ありませんが、それまでしばらくお待ち頂けますようよろしくお願い致します」

それから、選手たちの会話が一区切りされたことを感じたクラムクラムとベルガモットは、正面へと向き直り姿勢を正す。

「それでは皆様、また後ほど」

その後、深々とした一礼と共に声を合わせて放たれた二人の締めの挨拶と、同時に流れてくるスポンサーの宣伝らしき内容の音声と共に、予選第一試合はここにおいて完全な終了を迎えた。

-9ページ-

『皆様にとって、企業とはどのような存在でしょうか?

様々なお考えがあることでしょうが、私たちは、様々なお考えの中にも共通する、普遍の真実があると考えております。

それは、“企業は社会的責任を有する”ということ。

私たちクラムス商会グループは、その真実の意味するところを果たすべく、日々を邁進しております。

もしかしたら、皆様が日頃歩かれているその道も、皆様が体を休めるその家も、皆様が食べられるその食材も──。

私たちクラムス商会グループが、ちょっとだけお手伝いをさせて頂いた結果、生まれたものなのかもしれませんね。

皆様の明日を支え続ける複合企業、クラムス商会グループ』

説明
*投稿可能な文字数制限の都合上、四分割しております。続きはhttp://www.tinami.com/view/835595です。

まず、文書内でも軽く触れておりますが、この文書は、ハートオブクラウンというゲームの基本的なルールや各カードの効果について
完全に把握なされておられる方を対象とした内容となっております。
本文書をお読みになられる際は、その旨をご理解頂けますようよろしくお願い致します。

次に、文書内に登場する各キャラクターの性格等について。
文書内に登場する各キャラクターの性格等については、基本的にPC版に準拠しておりますが
PC版に登場しないキャラクターについては、都合上、勝手ながら私が性格等を設定させて頂いております。
また、PC版に登場するキャラクターについても、細部の面では性格等が異なっております。
その点につきましても、前述の件と合わせてご理解頂けますようよろしくお願い致します。
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