ハートオブクラウン・エキシビションマッチ 3/4 |
予選第二試合:14ターン目開始時
場に出ているコモンマーケットカード:
近衛騎士団*5 結盟*4 裁判官*5 転売屋*2 独立都市*2 帝都カリクマ 皇帝の冠
デッキ構成:
エムシエレ 農村*5 見習い侍女*3 都市*1 大都市*2 破城槌*1 オアシス都市ネフェルティリ*1 公爵*2
オウカ 農村*5 都市*4 大都市*1 破城槌*1 転売屋*2 サムライ*1
ルウェリー 農村*5 洗礼*4 破城槌*2 十字軍*1 結盟*1 公爵*1 呪い*3
アナスタシア 農村*6 見習い侍女*3 都市*1 独立都市*2 破城槌*1 転売屋*1 サムライ*3 御料地*3 十字軍*1
擁立した姫(後見人):
エムシエレ エムシエレ(ベルガモット)
オウカ レイン&シオン(クラムクラム)
ルウェリー アナスタシア(フラマリア)
アナスタシア none
サポートカード:
エムシエレ なし
オウカ 大魔女アウローラ
ルウェリー なし
アナスタシア none
継承点:
エムシエレ 8
オウカ 2
ルウェリー 11
アナスタシア none
「さてさて、ウチの番か。ここまで頑張ったオウカとルウェリーちゃんには悪いけど、ウチは詰めの作業にも手は抜かへんで!」
自分のターンの開始と共に威勢のいい掛け声を上げたエムシエレは、禁制品トークンを全て裁判官の上へと移動させると、農村三枚と大都市二枚を並べて五枚目の公爵を購入した。
「エムシエレ、トークンを裁判官の上に置いたか。言葉どおり、そろそろ詰めに入ったって感じだね」
「そうですね。仕上げの段階に入るのならば、彼女にとって最も恐ろしいカードは間違いなく裁判官となるでしょうから」
それを見たレインとベルガモットは、試合の局面がもはや終盤であるということを改めて確信する。
「策が割れた時点から、遅かれ早かれこういった状況になるのは予想できておったことじゃ。ここから先、どれだけの裁判官が買えるかが勝負の分かれ目じゃな……」
エムシエレのターン終了後、オウカは表情硬く転売屋と農村三枚を並べると、手札の農村を追放して五枚目の都市を購入する。
「厳しい状況ですけど、それでも最後の最後まで諦めるわけにはいきません。だって、私は、オウカさんに勝つって約束したんですから!」
それに続いて、自分を奮い立たせたルウェリーは、破城槌を直轄地の都市へキープすると、洗礼二枚と農村一枚を手早く並べて捨て札の十字軍と結盟を追放し、最後に宮廷侍女を購入して自身のターンを終了した。
「おやおや、諦めの悪いことじゃな。では、そんな小娘へ妾が直々に引導を渡してやるとしようかのぉ」
アナスタシアは、そんなルウェリーを薄ら笑うと、御料地二枚と独立都市、サムライを並べて、プリンセスカード置き場から継承点カウンターをさらに二個追加したルルナサイカのカードを手に取った。
「おーっと! アナスタシア選手、この局面で擁立です! 戴冠式を狙うにはあまりにも遅いこの擁立の狙いとは、果たしてどのようなものなのでしょうか!?」
「やれやれ……。先程からずっと思うておったことじゃが、今日のそなたの声は格別に大きいのぉ。聞いておって耳が痛いわ」
次に、彼女はよく通る声で弁舌を振るうクラムクラムへ愚痴をこぼしながら、裏向きにしたラオリリのカードをプリンセスカード置き場から自身の直轄地へと移動させる。
「声は商人の商売道具ですから。アナスタシア選手にそのようなご評価を頂けるほどの声量を確保できているのなら、私としては概ね満足ですね」
「……まあ、そもそもの話として、そなたの声が大きいのは今日に限らず普段からじゃしな。ただの愚痴じゃよ、愚痴」
その後、アナスタシアは、彼女の愚痴を聞いて胸を張るクラムクラムに苦笑いを浮かべると、サポートカード置き場から侍女の頂点に君臨せし者の姿が描かれたカードを手に取って自分のターンを終了させた。
「……クロナさんですか。アナスタシアさんも、なかなかお考えになりましたね」
ベルガモットは、その選択に込められた意味を察すると、静かに感嘆を口にした。
「思えば、ルウェリーはトークンによる妨害の中でも宮廷侍女をたびたび買っていたな。それを見て、今度はクロナの効果による完全な購入禁止を狙ったか」
「公爵を買えるエムシエレにとっては宮廷侍女が購入禁止になったところでなんの問題もないし、宮廷侍女が購入禁止になれば宮廷侍女に置く分の禁制品トークンを他に回せる。エムシエレにとってはいいことづくめのこの戦術、アナスタシアは本当によく考えたね」
ベルガモットと同じく、フラマリアとシオンもアナスタシアの戦術に思わず舌を巻く。
「でもさ、ルウェリーも手持ちの継承点で言えばもう二十点を超えてるわけでしょ? なのに、いまさらそんなことしても大して意味がないと思うんだけどなー……」
そんな中、ただ一人、レインだけはその意味に首をひねった。
「いえ、意味はあります」
レインの意見に真っ向から異を唱えたのは、帝国の歩く図書館。
「確かに、短期的に考えるならば、レインさんが仰る通りにこの戦術の意味はあまりないでしょう。ですが、延長戦になれば大きな意味が生まれてきます」
彼女はアナスタシアの戦術の意味をレインへと述べていくが、その途中、不意に言葉を区切って一呼吸置く。
「では、ここでレインさんに問題です」
そして、ベルガモットは、満を持してレインへとクイズ大会の再開を宣言した。
「えー……」
しかし、それを耳にしたレインはあからさまにげんなりとした表情を浮かべた。
「……そんなに嫌そうな顔をなされないで下さい。少々傷つくではないですか」
「いや、こっちだってこんな顔したくないんだけどさ。でも、こういう時のベルって話が長いし、それを考えるとどうしてもね……」
レインは、自分の表情を目にしょぼくれるベルガモットへ向けて表情の理由を説明する。
「話が長いというそしりは少々心外ではありますが、そのあたりはさておきましょう。今回は一問だけの上に二択問題ですから、長さとしては短いです。安心して下さい」
「うーん……ならいっか。やり方とか言い回しとかはともかくとして、ベルがこっちの知りたいことをちゃんと教えてくれるってことについては疑ってないしね。じゃ、よろしく」
それを聞いたベルガモットからの言葉に、レインは意を決すると表情を戻してベルガモットの出題を待った。
「分かりました、では問題です。延長戦になった場合、試合から脱落したプレイヤーの使用していたサポートカードの効果は、場に残りますか、残りませんか?」
「答えは、残るだよね?」
レインの準備完了を受けて出題されたベルガモットからの問題に、レインは間髪入れず回答する。
「そうです。それとルウェリーさんを取り巻く状況を合わせて考えれば、自ずと答えは見えてくるでしょう」
その回答内容を肯定したベルガモットは、レインへ更なるヒントを与えて彼女の推測を促した。
「えーと……。今のルウェリーとエムシエレは結構競ってるから、延長戦に入る可能性も低くはないよね」
「そうですね」
ベルガモットは、彼女の言葉を足がかりに組み立てられたレインの推測に相槌を打ちつつ、引き続き推測を組み立てていくレインを見守っていく。
「で、その時、どうやっても宮廷侍女が買えないってことになると、デッキのコイン出力が低いルウェリーが勝つのはかなり難しくなる。アナスタシアは、そういう状況を作るためにクロナを使ったってことだね」
「そういうことです。では、それを踏まえて、引き続き試合の方を見ていくことと致しましょう」
そして、レインが推測を終えたことを確認したベルガモットは、レインの方へと顔を向け満足そうに頷いた後、再び円卓へと視線を戻した。
「いやいや、アナスタシアは本当によーやってくれとーわ。ウチも、いつまでもぐずぐずしとらんでさっさとけりを付けられるようにせんとな」
クイズ大会の終了後、エムシエレは禁制品トークンを裁判官の上三個そのままに、破城槌を並べてルウェリーがキープしていた破城槌を捨て札に送った後、手札の公爵を一枚直轄地に移動させて自分のターンを終えた。
「さて、これでエムシエレの継承点は十四点。裁判官を購入するなら、この期をおいて他にないだろうな」
「しかし、もしもこのターンにルウェリーさんが公爵を手札に入れておられる場合、ここであえてオウカさんが裁判官の購入を見送ることでルウェリーさんも戴冠式を迎えられます。オウカさんにとっては、判断の難しい局面ですね」
エムシエレの戴冠式が目前となったことを確認したフラマリアとベルガモットは、オウカを見つめながら次の彼女の行動内容に関して意見を交わしていく。
「……まあ、それ以前の話として、残念ながら今の儂には裁判官を買う買わないを選択する権利はないのじゃがな」
オウカは、そうした二人に自分だけが知る状況を伝えると、都市と農村三枚を並べ六枚目の都市を購入した。
「うーん、そもそも裁判官を買える状況じゃなかったか。オウカのデッキ内容と今回のオウカの手札を合わせて考えれば次は買えると思うけど、それでも、この終盤で買いたい時に買えない可能性が残り続けてるのは結構厳しいね」
「でも、さっきベルも言ってたけど、もしルウェリーがここで公爵を手札に入れてればルウェリーはこのターンで戴冠式。今回に限っては、ここで裁判官を買えなかったことは悪いことばかりでもないと思うよ」
オウカが裁判官を購入できなかったことに対して思い思いの所感を述べた双子は、戴冠式の可能性を残すルウェリーの方へと顔を向ける。
「私のターンですね。私はまず、手札の洗礼で捨て札の破城槌を追放。次に、アナスタシアさんの効果で山札の一番上に呪いを置いて近衛騎士団を手札に入れます。そして、獲得した近衛騎士団を使用して、エムシエレさんとアナスタシアさんの山札に見習いさん、オウカさんの山札に都市を残して他の二枚ずつを捨て札に。最後に、手札の宮廷侍女を直轄地へ移動させて終わりです!」
しかし、ルウェリーは、最後まで公爵を直轄地へセットすることなく自分のターンを終えた。
「……ほー、やってくれよーやんか。ルウェリーちゃんが捨て札にされる可能性を承知でわざわざ破城槌をキープしたんは、誰かにそれを捨て札にさせて、デッキのリシャッフル直後でも洗礼で継承点を稼げるようにするためやったんかい」
エムシエレは、ルウェリーの直轄地に公爵がセットされなかったことを安堵することもなく、逆に破城槌を追放されたことへしてやられたとばかりに歯噛みした。
「それも痛手かもしれないが、エムシエレがここで受けた最も大きな痛手は、先程の近衛騎士団でデッキの公爵を二枚捨て札に送られたことだな。これで、彼女が早期に決着をつけることは厳しくなるか」
「む、それは少しばかりまずいかのぉ……」
悔しそうなエムシエレの姿を見つめながらルウェリーの行動結果に更なる分析を行うフラマリアの言葉に、アナスタシアは顔に僅かな焦燥の色を浮かべる。
「小娘の手札には遠からず公爵が入るじゃろうし、おそらく次こそはオウカも裁判官を買うてくる。場合によっては、エムシエレと小娘の立場が逆転しかねぬな……」
その後、アナスタシアは表情をそのままに、まず手札から御料地を並べ自分の直轄地のルルナサイカの上に継承点カウンターを一つ置くと、次に十字軍を並べ、遠征カウンターを一つ取り除いた後に宮廷侍女をマーケットから自分の捨て札置き場へと移動させ、最後に三コインで宮廷侍女を購入して自分のターンを終えた。
「おやおや、なんちゅー顔しとーねんアナスタシアちゃん。いつものろくなこと考えてなさそーなにやけ顔はどこいったんや?」
アナスタシアがターンを終えて程なく、不意に、軽やかではきはきとした声がアナスタシアの耳に届く。
「……藪から棒に、何を言い出すかと思えば。妾の麗しき微笑みを、そなたが今しておるような小悪党じみた薄ら笑いと混同させるでないわ」
彼女が声の方向へと振り向くと、そこに六都市の小さな支配者の姿があった。
「そりゃご挨拶やな。せっかく、辛気臭いあんたの顔が明るくなるよーな話を持って来たったっちゅーのにさ」
挨拶代わりの嫌みの応酬が終わると、エムシエレはアナスタシアへ本題を切り出す。
「ほう? 少々旗色が悪くなってきたこの状況を覆すような内容の話なら、是非とも聞いてみたいところじゃがな」
「それやったら好都合。ウチがあんたに言いたいんは、まさにそういう話やからな」
アナスタシアがそれに興味を示すと、エムシエレはしたり顔でアナスタシアの言葉に頷いた。
「……しかし、勝負も大詰めじゃというのに、そなたの言動には相変わらず重みが感じられぬのぉ。それでは、そなたの話の内容とやらもいささか不安になるところじゃな」
そうしたエムシエレの雰囲気を目に、アナスタシアは軽い調子で憂慮を口にする。
「……そのへんは心配せんでもえーで、アナスタシア。ウチの信条は、いつ何時だって、どんなことにも手を抜かへんことやからな」
すると、エムシエレの纏う空気がにわかに鋭いものへと変化を見せていく。
「それは、例え、こういうお遊びの場であったとしても変わらへん。ウチが全身全霊をかけてひねり出した失地回復の策、あんたにもご納得頂けるはずやで」
そして、彼女は、普段のおちゃらけた彼女が見せることのない、獲物を狙う肉食獣のような凄みのある眼光をアナスタシアへと飛ばした。
「そ、そうか。ならば、妾もその言葉に期待をさせて貰うとするかのぉ」
アナスタシアは、そんなエムシエレの迫力に多少気圧されながらも、彼女の語る策の内容を知るためにエムシエレの方へと顔を近づけていった。
「……いや、この大会はなかなか面白いね。普段見られないみんなの一面を、こんなにたくさん見ることができるとは思わなかったよ」
「そうですね。正直なところ、私もこの大会にそういう方面のことはあまり期待をしていなかったのですが。これは思わぬ収穫でした」
密談が始まるまでの一部始終を眺め終えたシオンが満足そうに所感を口にすると、ベルガモットもそれに同意する。
「でも、普段見られないみんなの一面にもいろいろあったよね。ルウェリーが張り切ってるのとかはともかく、さっきのエムシエレみたいなのはちょっと怖かったかな……」
そんな中、レインは先程のエムシエレの野獣じみた雰囲気を思い返し、顔へ僅かな怯えを浮かばせる。
「彼女の本拠地である南方は、砂漠という厳しい土地環境だからな。そういう場所で生きていこうとすると、あれくらいの胆力は必要になるということなのだろう」
「……うん、フラマリアの言うとおりかな。いつものエムシエレはただのお調子者って感じだけど、私たちに見えないところでいろいろと苦労してたりするのかもしれないね」
そこへ挟まれるフラマリアの言葉を聞き、レインは納得がいったように頷いた。
「しかし、お調子者のレインにお調子者って評価をされるなんてね。エムシエレも遺憾の極みなんじゃない?」
レインが調子を戻すと、シオンは軽く妹をからかう。
「シオンはどうして、人が真面目に考えてるときにもそういう言い方をするかなー……」
「相手がレインだからね」
レインは姉のからかいに頬を膨らませるが、シオンは気にした様子もなく自分の中の真理を口にした。
「まあ、それは置いておくとして、人の性格にはその人の置かれてきた環境が影響するってところはたしかにあるよね。魔法図書館育ちのベルとかは、知識が多すぎるせいかどうかは知らないけど思いっきりひねくれてるし」
「……」
それから、シオンは言葉を続けていくと、その途中、突然に横から鋭い無言の抗議が飛ぶ。
「あの、なんかベルがすっごく怖いんだけど……」
「気にしない気にしない。とはいえ、これはあくまでも一般論だから、ときには例外も出たりするとは思うけどね」
その威圧感にレインは思わず身をすくませるが、シオンはそれを眉一つ動かさず黙殺すると、意味ありげに卓上へと視線を送る。
「……うん、たしかにね。ルウェリーが住んでるあたりって、調べた限りだと南方都市同盟並みに実力主義的なはずなのにねー」
姉の視線の先を追っていったレインがルウェリーの姿を目に入れると、彼女は姉の言葉に強く同意した。
「……あの、レインさん、シオンさん。どうしてそこで私を見るんですか?」
「分かりやすい例外だと思ったから。それ以上の意味はないから、あんまり気にしないで」
ルウェリーが双子の視線を訝しむと、シオンからは簡潔な答えが返される。
「気にしないでと言われても、やっぱり気になりますよ。うう……」
「そ、それよりも、そろそろエムシエレとアナスタシアの相談が終わるみたいだし、試合に戻ろっか。うんそうしよう!」
シオンの言葉を引きずるルウェリーの気をそらすかのごとく、レインはわざとらしい大声と共にエムシエレとアナスタシアの方へと顔を向けた。
「──ちゅーこっちゃから、ま、そういう段取りでよろしゅー頼むわ」
レインに続いて会場の一同がエムシエレとアナスタシアの方へと顔を向けると、彼女たちの目にはアナスタシアから顔を離していくエムシエレの姿が映った。
「……まったく。優位を確保するためとはいえ、よくそのような危ない橋を渡ろうとするものよ。そなたのその蛮勇にだけは、妾も及ぶ気がせんわ」
「お褒めの言葉、ありがとさん。ほんじゃま、実況席の皆々様もお待ちかねのことやし、こんな状況なんぞどうっちゅーことあらへんってことを存分にお見せしたるで!」
エムシエレは、呆れたようにため息を吐くアナスタシアへ返事を一つ、いつもの調子で手早く手札の大都市とネフェルティリ、そして農村二枚を並べて公爵を購入する。
「……エムシエレは、この場でトークンを移動させてくるか」
そして、フラマリアの言葉通り、エムシエレは裁判官の上に三つ置かれていた禁制品トークンを全てへ議員の上へと移動させ、自分のターンを終えた。
「相談してからすぐの移動ってのは、仕掛けにしては露骨だね。これだと、この後アナスタシアがコイン六枚で裁判官を買いますって言わんばかりだけど」
「それはおそらく、近々ルウェリーさんの手札に入るであろう公爵を警戒してのことでしょう。彼女がこのターンに公爵を直轄地へセットなされるようであれば、アナスタシアさんにそれを捨て札にして頂こうというつもりなのでしょうね」
ベルガモットは、エムシエレの意図を訝しむシオンへと自らの推測を述べる。
「でも、アナスタシアが裁判官を買うのはエムシエレにとってもそれなりに危険なんじゃない? ルウェリーと違って、エムシエレのデッキの継承権カードは継承点の高い公爵だけなんだし」
「そこが、先程アナスタシアさんが申されておられた、危ない橋を渡るということの意味なのではないかと私は考えておりますが」
それを聞いたシオンの疑問に対し、ベルガモットはさらなる推測を展開していく。
「オウカさんが裁判官を購入なされる場合、ルウェリーさんの直轄地から捨て札になされる継承権カードは、可能な限り宮廷侍女をお選びになるでしょう。そのことを踏まえると、ルウェリーさんの直轄地に公爵がセットされた場合、それを捨て札にするにはエムシエレさんかアナスタシアさんが裁判官を購入しなければなりませんからね」
「なるほど……。エムシエレたちの状況を考えると、エムシエレが公爵の確保とセットに専念してる以上、裁判官を買ってルウェリーの妨害をするのはアナスタシアの仕事になる。なら、そのときにエムシエレの公爵が巻き込まれるのは覚悟の上ってことだね」
そうしてベルガモットが推測を述べ終えると、シオンはその内容に納得した。
「……まあ、エムシエレ殿とアナスタシア殿の意図がどうであれ、儂らは儂らの成すべきことを成すだけじゃ。こちらは予定通り、裁判官を買わせてもらうとしようかの」
ベルガモットとシオンを尻目に、オウカはまず転売屋を直轄地の独立都市にキープし、次にルウェリーの手札を確認すると、続けて破城槌、都市三枚、大都市一枚を並べて裁判官を購入して、エムシエレの公爵とルウェリーの宮廷侍女をそれぞれ彼女たちの捨て札置き場へと移動させた。
「私のターンですね。私はまず、手札の洗礼二枚で捨て札の宮廷侍女と近衛騎士団を追放します。次に、アナスタシアさんの効果で山札の一番上に呪いを置いて近衛騎士団を獲得し、それを使用。エムシエレさんとアナスタシアさんの山札には見習いさんを、オウカさんの山札には都市をそれぞれ残して、あとの二枚づつを捨て札にします」
オウカのターン終了後、ルウェリーは手際よく自分の手を進めていく。
「……そして、最後に、私は公爵を直轄地へとセットして戴冠式を宣言します!」
それから、彼女はややもったいをつけながら手札の公爵を直轄地へと移動させ、声高らかに戴冠式を宣言した。
「おーっと! ルウェリー選手、ここでエムシエレ選手に先んじての戴冠式です! ルウェリー選手の序盤を考えれば、よもやの展開と言ってもいいでしょう!」
「ほう、小娘は戴冠式か。相談中にエムシエレが言うておった勘とやらは、どうやら当たりのようじゃな」
クラムクラムの張りのある大声が響く中、ルウェリーの戴冠式宣言を見届けたアナスタシアは、手札の破城槌でオウカのキープした転売屋を捨て札にすると、続けて農村二枚と独立都市、サムライを順に並べていく。
「しかし、本当にこのまま裁判官を買うてもよいのかえ? やはり、妾には少々危険ではないかと思えるのじゃがのぉ……」
だが、アナスタシアはそこで手を止め、顔に僅かな不安の色を浮かべながらエムシエレへと最終確認を行った。
「ま、気持ちは分かるで。ただ、そういう心配はウチの手札を見てからでも遅くはないと思うけどな」
エムシエレは、そんなアナスタシアを安心させるかのごとく、いつもと変わらぬ調子でアナスタシアへ自分の手札を見せる。
「……なるほどのぉ。今日に限った話ではないが、こういう瀬戸際でのそなたの強運にはつくづく驚かされるわ」
その内容を確認したアナスタシアは、エムシエレの言葉の理由を悟ると、再び動かし始めた手で裁判官を手に取り、エムシエレとルウェリーの公爵をそれぞれ彼女たちの捨て札置き場へと送って自分のターンを終えた。
「それにしても、そなたがそういう瀬戸際の強運に頼った振る舞いをするのはいつものことじゃが、傍から見ておると危なっかしいことこの上ないのぉ。これは余興じゃからよいが、それ以外の場でもそういう振る舞いを続けることは、確実にそなたの死期を早めるぞ」
その後、アナスタシアは自ら進んで危険な橋を渡り続けるエムシエレの態度に苦言を呈し始める。
「なんやなんや、急に説教なんぞ始めよってからに。ベルガモットの真似でもしとーなったんか?」
「まあ、そなたがそう思うならそれで構わぬが、それでもこれだけは言わせてもらおうかのぉ」
それを聞いたエムシエレはアナスタシアの言葉をちゃかすが、アナスタシアはそれに取り合うことなく、表情を変えずに言葉を続けていく。
「……くれぐれも、己の強運を過信して生き急ぐような真似をするでないぞ。これは、北限の魔女からの、心ばかりの忠告じゃ」
そして、彼女はいつもは見せることのない真剣な眼差しでエムシエレをまっすぐに見据えると、静かにその訓戒を終えた。
「……そっか。なら、あんたのその気持ちはありがたく受け取らせてもらうわ」
エムシエレは、アナスタシアの言葉に柔らかい微笑みを浮かべると、彼女から視線を外しそれを遠くに飛ばす。
「ただ、たとえあんたの言う通りやろーと、これがウチの生き方なんやわ。いまさらそれを曲げるっちゅーんは、昔のウチに対して筋が通らん話やろ」
「……信念を貫くことと片意地を張ることは、似て非なることじゃぞ」
それに続いてエムシエレの口から紡がれた言葉に、アナスタシアは感情を乱すことなく反論した。
「ウチの生き方があんたの言葉のどっちになるんかは知らんけど、どっちにしろ、ウチは目の前の一瞬一瞬に全力を尽くすだけや。たとえ、その結果が危ない橋を渡るっちゅーことであってもな」
「……」
そんなアナスタシアへ、エムシエレが柔らかくも意志の強さを感じさせる表情で語りかけると、アナスタシアは黙してエムシエレの次の言葉を待つ。
「……まったく同じ時間には、双子の星廻しの大呪文でさえ辿り着けへんっちゅー話やんか。なら、そんな貴重な一瞬一瞬に全力を尽くしたいって思うんは当然やろ?」
「まあ、それは分かるのじゃがな……」
それから程なくして静かに紡がれるエムシエレの言葉を、アナスタシアは口を濁しながらも肯定した。
「やから、ウチはウチの生き方の一つの到達点として、こうして皇帝になろーなんちゅー大博打を打ったわけや。ただ生きてくだけやったら、六都市同盟の盟主っちゅーお山の大将やっとーだけでも十分やしな」
エムシエレは、話を終えるとうつむきながら細く息を吐く。
「……さて、祭りの盛り上がりに水を差す、誰も求めとらへん辛気臭い自分語りはこれで終いや。気を取り直して、こっからはウチの日頃の行いがこれでもかと表れた手札を会場の皆々様にもご開帳やで!」
そして、大きく頭を左右に振った後に再び顔を上げた彼女の顔には、会場の一同が見慣れた自信に満ちあふれた笑みが満面に浮かんでいた。
「じゃ、早速ウチの番や。ウチは議員の上に置いた禁制品トークン三個を全部裁判官の上に移動させてから、手札の公爵三枚を直轄地にセットしてターン終了や!」
エムシエレが気勢よくターンを終えると、その行動内容に会場はどよめく。
「さあ、エムシエレ選手、ここでまさかまさかの公爵三枚のセットです! これでエムシエレ選手は戴冠式、勝負の行方は一気に混沌としてまいりました!」
「ちいっ、これは本当にまさかじゃな……!」
会場の空気を切り裂くようにクラムクラムは鋭く弁舌を冴え渡らせる中、オウカは顔に焦燥を浮かべながら最後の双子カウンターを取り除き、最初のターンで手札を全て捨て札へと送る。
「……オウカの捨て札は、農村と都市三枚か。さっきアナスタシアのサムライが来てなきゃ、サムライも出して裁判官が買えてたね」
「こういう結果を見ると、アナスタシアのサムライってオウカにはかなり効いてたね。ルウェリーにはあんまり効いてなかったけど」
オウカの捨て札を確認した双子は、アナスタシアが使ってきたサムライの効果に関するコメントを交わし合う。
「じゃが、まだじゃ! まだ、儂の番は終わってはおらぬ!」
そうした双子のコメントを聞きながら、追加ターン、オウカは祈るような気持ちで山札からカードを五枚ドローする。
「ぐっ……。まさか、儂のデッキ内容で二度も裁判官が買えぬとは……!」
しかし、その内容を目にすると、唇を噛みながら再び手札のカード全てを捨て札へと送り、自分のターンを終了させた。
「大都市、転売屋、都市二枚、農村……。この大事な局面で手札がこれとは、オウカも運がないやっちゃなー」
「……結果が全てである以上、言い訳はせぬよ。ルルナサイカ殿の言葉を借りるなら、運も実力のうちということじゃ」
オウカの捨て札を見たエムシエレがにやにやとオウカの顔を覗き込むと、彼女は、割りきったその言葉とは裏腹な悔しそうな表情でエムシエレを見つめ返した。
「なら、私がオウカさんの無念を晴らします! 私は、まずは手札の破城槌を直轄地のキープします。そして……捨て札の公爵を手札の洗礼で追放して、ターンを終わります!」
無念さのにじみ出るオウカの姿を目に意気に燃えるルウェリーだが、意気込んで手を進めていくその表情には、僅かに苦渋の色が浮かんでいた。
「……ふむ。やむを得ないとはいえ、ルウェリーにとって一点の継承点が重いこの状況で、あえて継承点二点の損失を承知で公爵を追放するか。表面上は平静を装っていても、苦渋の色はやはり隠し切れないようだな」
フラマリアは、ルウェリーの表情へ僅かに浮かぶ苦渋の色の理由を悟ると、その心情をおもんばかる。
「だけど、ルウェリーはさっき、継承点を一点損するのに宮廷侍女を追放してたよね。今の公爵の追放だって、それとあんまり変わらないんじゃない?」
「いや。あくまでも推測だが、宮廷侍女の追放は、やむを得ず行った今回の公爵追放とは事情が違うのではないかと思うぞ」
そこへ、レインがフラマリアの言葉に横から疑問を発すると、フラマリアは即座にレインの疑問への異議を唱えた。
「どういうこと?」
「宮廷侍女の追放は、延長戦に入る前に決着をつけるため、少しでも早く継承点を確保することを目的とした攻めの追放であった可能性が高いだろう。ベルガモットの解説にもあった通り、延長戦になるとルウェリーは大きく不利になるからな」
「なるほど、それは考えられるね」
その後、フラマリアが首をかしげるレインへ向けて推測を述べていくと、レインはその内容に納得する。
「でもさ、今はこうして延長戦に入りそうだよね。それを考えると、宮廷侍女を追放したのはまずい判断だったんじゃないの?」
「まあ、結果論で言えばそうなるな」
続けて、レインがルウェリーの判断に関する自身の見解を口にすると、フラマリアはそれに同意をしつつ、引き続き自分の推測を述べていく。
「ただ、エムシエレが公爵を三枚も手札に入れてきたことやオウカが二回のターンで一枚も裁判官を買えなかったということは、我々はもとよりルウェリーにも想定外のことだったのだろう。彼女の判断について評価するなら、そういうまれな事例が起こったということは考慮に入れるべきだろうな」
「たしかにそうだね。そんな運の悪いことになるなんて、普通は予想できないか」
レインは、推測を述べ終えたフラマリアへ向けて小さく頷くと、円卓へと視線を戻した。
「じゃが、時に予想の範疇を超えるようなことが起こるのが、世の中の常というものじゃ」
そこへ、しっとりとした艶めかしい声が彼女たちの耳に届く。
「今回、小娘がこうして己の持つ貴重な継承点を自ら削ることとなったのは、そうしたことを頭の片隅にも入れておかなかった、小娘の手抜かりが招いた結果に他ならぬじゃろうな」
フラマリアとレインが声の方向へと振り向くと、そこに禁呪に手を染めし大呪術師の姿があった。
「そうは言うがな、アナスタシア。普通、このような実現可能性の低いことについてはあまり考慮をしないものだろう。そういったところを槍玉に挙げるのは、少々ルウェリーにとって酷なのではないか?」
「まあ、そなたの言う通りじゃな。先程の言葉は、結果論から言うてみただけじゃよ」
フラマリアがアナスタシアの意見に抗議すると、アナスタシアは自分の発言をあっさりと撤回する。
「そもそも、今回の妾たちの策は、ここまでの結果が一つでも違えば全てが破綻しておった。結果として成功したからよいものの、そのような運に任せた策を押し通したあたりに、それを考えた者の程度が窺い知れるというものじゃのぉ」
その後、彼女は、呆れたような視線をエムシエレへと向けると小さくため息を吐き出した。
「それを承知で、ウチの策に乗った奴が言える台詞やあらへんけどな。ま、あんたが乗ってくれたおかげで結果は上々やし、終わり良ければすべて良しってやっちゃ」
しかし、そうしたアナスタシアの視線をその身に受けても、エムシエレは悪びれることなく減らず口をたたく。
「……まったく。そなたの脳天気さは、きっと死ぬまで治ることがないのじゃろうな」
そんなエムシエレを目に、アナスタシアは思わず苦笑する。
「さて、それでは、妾はここでお役御免じゃな。後はせいぜい、エムシエレと小娘の決闘を高みの見物と行こうかのぉ」
そして、彼女は自らの手札を全て捨て札へと送ると、最後のターンを終えた。
予選第二試合:17ターン目開始時
場に出ているコモンマーケットカード:
近衛騎士団*3 結盟*4 裁判官*3 転売屋*2 独立都市*2 帝都カリクマ 皇帝の冠
デッキ構成:
エムシエレ 農村*5 見習い侍女*3 都市*1 大都市*2 破城槌*1 オアシス都市ネフェルティリ*1 公爵*2
オウカ 農村*4 都市*6 大都市*1 破城槌*1 転売屋*2 サムライ*1 裁判官*1
ルウェリー 農村*5 洗礼*4 破城槌*1 近衛騎士団*1 呪い*5
アナスタシア 農村*6 見習い侍女*3 都市*1 独立都市*2 破城槌*1 転売屋*1 サムライ*3 御料地*3 十字軍*1 裁判官*1 宮廷侍女*2
擁立した姫(後見人):
エムシエレ エムシエレ(ベルガモット)
オウカ レイン&シオン(クラムクラム)
ルウェリー アナスタシア(フラマリア)
アナスタシア ルルナサイカ(ラオリリ)
サポートカード:
エムシエレ なし
オウカ 大魔女アウローラ
ルウェリー なし
アナスタシア メイド長クロナ
継承点:
エムシエレ 20
オウカ 2
ルウェリー 21
アナスタシア 11
「……さてさて、ルウェリーちゃん。あんたが頼りにしとったオウカはもうおらへん。こっから先は、あんた自身の真価が問われる戦いや」
延長戦の開始直後、裁判官の上に置かれていた三つの禁制品トークンを議員の上へと二つ移動させながら、エムシエレはルウェリーへと揺さぶりをかける。
「そうですね。でも、私は、オウカさんがいなくても負けるつもりはありません。オウカさんに、勝つって約束したんですから」
しかし、ルウェリーは、エムシエレの言葉にも動揺することなく瞳に闘志をたぎらせ続ける。
「それに、この条件はエムシエレさんも同じことです。アナスタシアさんの援護がなくなった今なら、私だってエムシエレさんに十分勝てます!」
そして、エムシエレを真っ直ぐに見据えると、ルウェリーはエムシエレへと自信に満ちた言葉を返した。
「へー、ルウェリーちゃんもなかなか言うてくれよーやんか。じゃ、こっから始まるウチとあんたのサシ勝負、その開幕をこの仕掛けで景気付けと洒落込もうやないか!」
エムシエレは、オウカという精神的な後ろ盾がなくなってもなお闘志を失わないルウェリーの姿を一瞥すると、農村二枚と都市、大都市を並べて裁判官を購入し、彼女の直轄地にある宮廷侍女を捨て札置き場へと送った。
「ルウェリーのデッキがリシャッフル直後ということを考えて、裁判官を買ったか。さすがというか、このあたりは抜かりがないね」
「そうだな。エムシエレの手札に継承権カードがなかったことを考えれば、妥当な戦術だろう」
シオンがエムシエレの行動内容に所感を述べると、フラマリアもそれに同意する。
「エムシエレの手札といえば、さっきエムシエレが捨て札にした手札の中に、使った痕跡のない破城槌があるよね。どういうことなんだろ?」
そんな二人の横で、レインはひとり、エムシエレの捨て札の中にある未使用の破城槌を前に首をかしげる。
「そりゃ、三ターン前みたいなことを二度もやったるほどウチは親切やないからな」
「えーと……。三ターン前っていうと、確か、エムシエレがルウェリーの破城槌を捨て札にしたのが裏目に出て……」
エムシエレが自らレインの疑問に回答すると、レインは、三ターン前のエムシエレとルウェリーのターンに繰り広げられた光景を思い返す。
「……なるほどね。エムシエレが手札の破城槌をあえて使わなかったのは、ルウェリーに継承点を獲得させにくくするためか」
その後、程なくして、レインは自分が抱いていた疑問の答えにたどり着いた。
「こっから先は、三十点になったら即決着の勝負やからな。そんな状況で、わざわざ自分から相手に継承点をやるような真似はごめんやっちゅーこっちゃ」
エムシエレは、自分の心情をレインへと語った後、ルウェリーの様子を確認するべく彼女の方へと顔を向ける。
「呪い、近衛騎士団、あとは農村が三枚か……」
顔を向けたエムシエレの目に映ったルウェリーは、硬い表情で手札に視線を落としていた。
「おやおや、景気の悪い顔やなルウェリーちゃん。威勢がええんは口だけやったなんて、格好がつかんったらありゃせんのとちゃうか?」
エムシエレはすかさずルウェリーをからかうが、彼女はそれに反応することもなく、ただ手札に視線を落とし続ける。
「……ふーん、あのルウェリーちゃんがウチの言葉を無視とはね。ちゅーことは、ルウェリーちゃんもそんなことができるくらいには本気になっとーってことか」
そんなルウェリーの反応を目にすると、エムシエレは静かに所感を漏らす。
「なら、こっからはウチも、そんなルウェリーちゃんのやる気に万が一にも失礼がないような心構えでお相手させてもらうとしよっかね」
そして、彼女は、その身にまとう空気を少し前に見せたような鋭いものへと変化させていった。
「……エムシエレ、本気になったみたいだね」
エムシエレの様子の変化に気づいたシオンは、思わず表情を硬くする。
「その言い回しには語弊があるでしょう。エムシエレさんの主張によれば、彼女はいつでも本気のようですから」
「じゃあ、ベルはどういう言葉が適切だと思うの?」
シオンの言葉を聞いたベルガモットがその表現をたしなめると、シオンは頭に疑問符を浮かべながらベルガモットの方へと顔を向ける。
「今のエムシエレさんを表現する言葉があるとすれば、それは、この上もなく本気という言葉に他ならないでしょう」
「……」
シオンの視線が注がれる中、ベルガモットが自信満々に彼女の考える適切な表現を口にすると、シオンは思わず呆気にとられたような表情を浮かべた。
「……なんですか、その顔は」
「いや、センスがないなと思って……」
ベルガモットがシオンの表情を訝しむと、彼女は歯に衣着せぬ言葉をベルガモットへと浴びせる。
「……」
すると、ベルガモットは表情を消して動きを止める。
「……いいのですよ、そのようなものはなくても。私はあくまで学究の徒なのですから。詩人や劇作家などではないのですから」
そして程なく、彼女は何かを悟ったかのような晴れやかな顔をシオンへと見せつけた。
「あ、開き直った……」
そんなベルガモットに、シオンは再び呆れ顔を見せる。
「ま、まあ、そのあたりはどうでもいいことだろう。それより試合に戻ろうか。ルウェリーの考えがそろそろまとまったようだしな!」
そうした光景に微妙によからぬ空気を感じ取ったフラマリアは、二人の話を強引に打ち切ると、これまた強引に話題を転換させながらルウェリーの方へと顔を向けた。
「……よし!」
フラマリアが顔を向けるのとほぼ同時に、ルウェリーは自分に気合を入れながら顔を上げる。
「さて、ルウェリーちゃん。結構待たせてくれたやんか。その結果が半端な手やったら、色んな意味で容赦はせんで?」
いつもと同じ表情のまま、いつもとは違ったぎらついた目で、ルウェリーを静かに見つめるエムシエレ。
「大丈夫です、エムシエレさん。私は、あなたのその期待に、きちんと応えられるだけのことはしてみせます」
ルウェリーは、そんなエムシエレから目を逸らすことなく、これからに向けての決意を述べた。
「こんな私に、本気で向かってきてくれているエムシエレさん。私のことを信じて、勝負を託してくれたオウカさん。それから、えーと……アナスタシアさん」
「なんじゃ、その妾だけのけ者であるかのような言い草は……。妾だって、カード効果でそなたを助けておるじゃろうが……」
続くルウェリーの口上の途中、それを聞いていたアナスタシアは、いじけた様子で大きく頬を膨らませる。
「す、すいません。いい言葉が思いつかなくて……」
ルウェリーは、仏頂面のアナスタシアに平謝りをすると、気を取り直して言葉を続けていく。
「と、とにかく、そんな皆さんの気持ちに報いるためにも、私はこの勝負、絶対に負けません。たとえ、それを阻むものが、どれだけ困難な道であったとしても!」
溢れんばかりの気概を示すその振る舞いに、普段のルウェリーが見せていた小動物のような弱々しさは微塵もなく、むしろ王者の風格すら漂わせていた。
「ほー、なかなか格好ええやんかルウェリーちゃん。その調子なら、これからあんたが見せてくれる手の中身もそれなりに期待はできそうやな」
侮るような口調のまま、しかしその目は一切の侮りを見せず、エムシエレはルウェリーを見つめ続ける。
「……見ていて下さい、皆さん。これが、今の私の全力です!」
ルウェリーは、普段の彼女ならばすぐさますくみ上がるようなエムシエレの視線に全身を貫かれながら、精一杯の勇気を振り絞ってその手を動かしていった。
「私はまず、キープしている破城槌をリコールして使用します!」
気を張りながらの力強い宣言と共に、ルウェリーはリコールした破城槌を卓上に並べ、山札の上からカードを一枚手に取る。
「さあ、このドローカードが、私の勝負の行方を分ける……!」
続けて、彼女は表情硬く、自分の運命を託したドローカードを表に返す。
「……よし、農村!」
すると、そこには彼女の待ち望んだ一面の小麦畑が描かれていた。
「次に私は、手札の農村四枚を並べます!」
その後、ルウェリーは手札から手早く農村四枚を並べていく。
「しかし、先程ルウェリーが漏らした言葉通りなら、彼女が使える残りの手札は近衛騎士団だけだ。これを出してもコインは六枚、継承権カードは何も買えないが……」
「そうですね。アナスタシアさんのカード効果では領地である独立都市は獲得できませんし、かと言って、近衛騎士団をもう一枚手札に入れてもリンク数の関係上使用はできませんし」
その光景を目に入れたフラマリアがルウェリーの手の内に対する懸念を口にすると、ベルガモットは自分なりの考察を付け加えつつそれを肯定した。
「となれば、ルウェリーの戦術としては、結盟を獲得して近衛騎士団のサブタイプ利用により継承点を獲得しつつ、後はコイン六枚で洗礼での追放用の行動カードを購入するという可能性が高いか……」
ベルガモットの言葉を受け、フラマリアはルウェリーの戦術を改めて推測していく。
「ここで、私はアナスタシアさんの効果を使用。山札の一番上に呪いを置いてマーケットから転売屋を獲得し、手札に入れます!」
だが、そんな彼女の予想を打ち砕くような一手が、ルウェリーの手から飛び出した。
「転売屋だと……!?」
ルウェリーが手に取ったカードを確認し、フラマリアは思わず目を丸くする。
「その後、転売屋によって手札の近衛騎士団を追放。そのコストの半分の小数点切り上げ分である、コイン三枚を獲得します!」
そんな中、ルウェリーは手を休めることなく更なる仕掛けを進めていく。
「ほう……。この終盤、それも瀬戸際で、そのような奇策を思いつくか……」
彼女の意表をついた転売屋の使い方を目にしたオウカは、それを考えたルウェリーの発想力に思わず感嘆する。
「最後に、私はコイン七枚で裁判官を購入。エムシエレさんの直轄地にある裁判官を捨て札にして、ターンを終了します!」
そして、ルウェリーは、一連の仕掛けにおける最後の仕上げとして、エムシエレの直轄地にセットされた公爵を手に取り彼女の捨て札置き場へと移動させた。
「……やるね、ルウェリー」
「そうだね。まさか、ここでこんな仕掛けを出してくるなんて思ってなかったよ」
ルウェリーが展開した予想外の戦術に、双子は唸る。
「それにしても、ここで裁判官を買えたのはルウェリーにとっては結構大きいね。獲得できる継承点はフラマリアが言ってた戦術と差はないけど、この競ってる状況で、エムシエレの妨害をしながらその妨害手段を弱体化できるんだから」
「ただ、キープしてた破城槌でのドローがなきゃ、ここでルウェリーが裁判官を買える可能性はなかったよね。それを考えると、エムシエレはまた破城槌絡みで裏目を引いた感じかな」
続いて、シオンがルウェリーの行動にコメントを行うと、レインはその内容を掘り下げながら自らの所感を口にする。
「……ふん、ホンマについとらんわ。ウチの運も、オウカをどうこう言えるほどのもんやなかったみたいやな」
そのような双子の会話を耳にして、エムシエレは自嘲気味に笑みを浮かべた。
「ど、どうですか、これが私の……っ!」
エムシエレの方へ顔を向けたルウェリーは彼女へ何かを言おうとするが、その途中、ふいに上体をよろめかせると卓上へ倒れ伏す。
「ちょっ、ちょっと! ルウェリー選手、大丈夫ですか!?」
ただならないルウェリーの様子に会場の空気がにわかに緊迫する中、クラムクラムは実況席を飛び出すと、慌ててルウェリーの元へと駆け寄った。
「な、なんでもありません。ちょっと、ぼーっとしちゃっただけですから……」
ルウェリーは、すぐに体を起こすと何のこともないといった様子でクラムクラムへと無事を主張する。
「いえ、ぼーっとしていたにしても、普通はあんな倒れ方はしませんから! 念のため、一旦試合を中断──」
「……大丈夫です。試合を続けて下さい」
クラムクラムは、ルウェリーの主張に真っ向から反論しつつ試合を中断させようとするが、彼女は静かに、しかし強い口調でそれを拒絶した。
「大丈夫って、いや、そんなこと言われても信じられないわよ……。息も微妙に荒いし、よく見たら、なんかうっすらと脂汗もにじんでるし……」
ルウェリーの拒絶を聞いたクラムクラムは、司会者としての面が剥がれ落ちていくのも構わず、意地を通そうとするルウェリーに気を揉み続ける。
「大丈夫なんです。だって、私は、この試合に勝つってオウカさんに約束したんです。そして、私は今、それを現実にできるところまで来たんです」
そんなクラムクラムの方へと顔を向けたルウェリーは、笑顔を見せながら、クラムクラムへと自分の意志を語っていく。
「なのに、その途中で、私がどうにかなったりすることなんてありません……!」
そして、ルウェリーは、硬い表情で自分を見つめるエムシエレへ向けて、試合を続けろと言わんばかりの力強い視線を送った。
「……ふーん、なんや大変そうなのに随分とやる気やんか、ルウェリーちゃん。なら、ウチも、そんなルウェリーちゃんの心意気に付きおうたるとするかね」
ルウェリーの視線を受けたエムシエレは、程なくして表情を戻すと、手札から出した農村二枚と大都市、ネフェルティリを卓上へと並べていく。
「だからっちゅーても、当然、手心なんぞは一切加えたらんけどな!」
その後、エムシエレはマーケットから公爵を手に取り、自分の捨て札置き場へと移動させた。
「……あんた、ルウェリーの体調がなんかおかしそうだってのに試合を続けようっての? それはちょっと、どうかしてると思うわ」
「そうは言うけどな、クラム。それを当のルウェリーちゃんがご所望なんやろ? なら、ウチやあんたみたいな他人がそれにどうのこうの言える筋合いはあらへんわ」
クラムクラムは試合を続けるエムシエレを強く非難するが、彼女は眉一つ動かすことなく、あくまでも冷静にクラムクラムへと言葉を返す。
「いや、だからってさ。あたしは別に、試合をなかったことにしろなんて言ってるわけじゃないんだし──」
「それじゃだめなんです。私にとっては、今続けることに意味があるんです」
そうしたエムシエレへと食い下がろうとするクラムクラムだが、そこへ、話題の中心人物であるルウェリー本人が横から口を挟んだ。
「私は今、自分の中から、すごく力が湧き出してきているのを感じてるんです。それこそ、エムシエレさんに勝てるかもしれないなんて、普段の私なら絶対に思わないようなことを信じられるくらいに」
彼女は、試合を続ける意思を改めて示すかのごとく、カードを持つ手を動かしながらクラムクラムに自分の心情を述べていく。
「でも、時間が経ったらそれが消えてしまうかもしれない。そんなことになったら、この試合に勝つって目標が、夢の世界の話に逆戻りしてしまう」
まず、手札の洗礼二枚を卓上に並べたルウェリーは、洗礼の効果で捨て札の裁判官と転売屋を追放し、直轄地のアナスタシアの上に五つの継承点カウンターを置く。
「私には、このまま試合を続けて私が倒れてしまうかもしれないってことなんかよりも、そっちの方が怖いんです」
続けて、彼女はアナスタシアの効果を使用し、山札の一番上に呪いを置いてマーケットから獲得した近衛騎士団を手札に入れる。
「だから、私はこのまま試合を続けたいんです。私の中の力が、私の中から消えてしまわないうちに、この試合に決着をつけたいんです」
その後、ルウェリーは手札に入れた近衛騎士団を使用し、エムシエレの山札の公爵と見習い侍女を捨て札に送ると、もう一枚の見習い侍女を山札に残して自分のターンを終えた。
「……あんたにとって、エムシエレとアナスタシアに勝ってオウカとの約束を守るってことは、そんなに重要なことなの?」
ルウェリーの話が終わると、クラムクラムはルウェリーをまっすぐに見据え、硬い表情で静かに問いかける。
「はい。これは、理屈なんかは関係なくて、今の私が本当に心から望んでいることなんです」
ルウェリーは、クラムクラムを見返すと、簡潔に、そして確かな意志を込めて答えを返す。
「だから、私に試合を続けさせて下さい。お願いします!」
そうして、彼女は、自分の身を心から案じてくれている目の前の少女へと、深く深く頭を下げた。
「……分かったわよ、あんたの気が済むようにしなさい。見た感じ、あんたの体調の悪さも急を要するようなものって感じじゃなさそうだしね」
クラムクラムは、頭を下げるルウェリーを目の当たりにすると、大きなため息を吐きながらもルウェリーの意思を尊重した。
「その代わり、次にあたしがまずいと思ったら今度こそ試合は止めさせてもらうわよ。いいわね?」
しかし、彼女は同時に、自分の言葉に顔を輝かせるルウェリーへ釘を刺すべく交換条件を提示する。
「……分かりました」
「よし。じゃ、あたしはとりあえず実況席に戻るけど、だめそうだと思ったらすぐにあたしに言いなさいよ!」
ルウェリーが交換条件を承諾したことを確認したクラムクラムは、ルウェリーへと念を押した後、きびすを返して実況席の方へと戻っていく。
「はい。本当に、色々とありがとうございました!」
ルウェリーは、姿勢を正すと、クラムクラムの背中へ向けて再び深く頭を下げた。
予選第二試合:19ターン目開始時
場に出ているコモンマーケットカード:
近衛騎士団*2 結盟*4 裁判官*1 転売屋*1 独立都市*2 帝都カリクマ 皇帝の冠
デッキ構成:
エムシエレ 農村*5 見習い侍女*3 都市*1 大都市*2 破城槌*1 オアシス都市ネフェルティリ*1 裁判官*1 公爵*4
オウカ 農村*4 都市*6 大都市*1 破城槌*1 転売屋*2 サムライ*1 裁判官*1
ルウェリー 農村*5 洗礼*4 近衛騎士団*1 破城槌*1 呪い*7 宮廷侍女*1
アナスタシア 農村*6 見習い侍女*3 都市*1 独立都市*2 破城槌*1 転売屋*1 サムライ*3 御料地*3 十字軍*1 裁判官*1 宮廷侍女*2
擁立した姫(後見人):
エムシエレ エムシエレ(ベルガモット)
オウカ レイン&シオン(クラムクラム)
ルウェリー アナスタシア(フラマリア)
アナスタシア ルルナサイカ(ラオリリ)
サポートカード:
エムシエレ なし
オウカ 大魔女アウローラ
ルウェリー なし
アナスタシア メイド長クロナ
継承点:
エムシエレ 14
オウカ 2
ルウェリー 24
アナスタシア 11
「……さて、とどめ用の公爵が捨て札にされてもうたか。ま、公爵は山札にもう一枚残っとーし、そこまで問題にするこっちゃあらへんけどな」
ルウェリーとクラムクラムの会話が終わったことを確認すると、エムシエレは、禁制品トークンを移動させずに手札の公爵二枚を直轄地へとセットする。
「なら、私はもう一度、近衛騎士団に全てを賭けます!」
続けて、ルウェリーは手札の洗礼二枚を使用し、捨て札の破城槌と近衛騎士団を追放すると、次にアナスタシアの効果で獲得した近衛騎士団を使用し、山札に農村を残しつつ公爵とネフェルティリを捨て札にして自分のターンを終えた。
「ほー、もう一枚の方も捨て札行きかいな。運も実力のうちっちゅーのはどっかの誰かの弁やったけど、その理屈で言えば、ルウェリーちゃんの実力は相当っちゅーことみたいやな」
ルウェリーのターン終了後、禁制品トークンを全て議員の上へと移動させたエムシエレは、農村と大都市二枚を並べて最後の裁判官を購入すると、ルウェリーの直轄地にセットされている宮廷侍女を彼女の捨て札置き場へと移動させて自分のターンを終えた。
「……み、皆さんに及ぶかもしれないようなものが私にもあるとしたら、それは運のよさくらいのものですから」
嫌みの混じったエムシエレの言葉を素直に肯定するルウェリーだが、彼女はふと、自分の呼吸が先程倒れた時よりも荒くなっていくのを感じていく。
「でも、たとえ運に頼った結果でしかなくたって、私はこの試合に勝ちます。私がここにいるのは、この試合に勝つためなんですから!」
しかし、ルウェリーはそれを会場の一同に悟られないよう努めて平静を装うと、アナスタシアのカード効果で結盟を手札に入れ、その後、手札の洗礼を都市にキープして自分のターンを終えた。
「……ほんま、大した執念やな。あんたのその執念の強さは、十分ウチらにも及んどーと思うで」
エムシエレは、ルウェリーの異変を感覚的に察知するが、彼女の心情をおもんばかってそれに言及することなくルウェリーの勝利への執念を賞賛する。
「ただ、このデッキリシャッフル直後で手札に洗礼三枚、しかもキープした分は捨て札送りっちゅーこの状況は、あんたにとっては最悪やな。近衛騎士団で随分粘ってくれよったけど、そろそろ観念して負けを認めたらどうや?」
その後、エムシエレは、ルウェリーに揺さぶりをかけながら手札から破城槌を出し、ルウェリーがキープしていた洗礼を捨て札置き場に移動させると、次に裁判官を直轄地にセットして自分のターンを終えた。
「……いえ。観念して負けを認めなければいけないのは、私じゃなくてエムシエレさんです」
だが、気勢をそごうとするエムシエレの言葉を聞いても、ルウェリーは瞳に灯る光を揺るがせるない。
「だって、このターンで、私の勝ちが決まるんですから!」
そして、ルウェリーは、額ににじむ脂汗を隠しながら力強く必勝を宣言した。
「へー。なら、その言葉通り、今からウチに負けを認めさせてみいや」
そんな彼女を目に、エムシエレはいつも通りの小憎らしい笑みを浮かべる。
「もちろんです。じゃあ、私のターン!」
ルウェリーは、エムシエレに向けて大きく頷くと、最後の力を振り絞りその手を動かしていった。
「私は、まず、アナスタシアさんのカード効果を使用。山札の一番上に呪いを置いて、マーケットの結盟を手札に入れます」
こうして、この長い試合に幕を引く、終わりの時間は始まっていく。
「次に、手札から洗礼を使用。捨て札の洗礼を追放して、直轄地のアナスタシアさんの上に継承点カウンターを一つ置きます。
会場中の視線がルウェリーへと注がれ、会場の全員がルウェリーの一挙一動を固唾を呑んで見守る中、彼女は粛々と自分の手を進めていく。
「その後、私はさっき獲得した結盟を使用。サブタイプには、侍女を宣言します」
それから、最後の仕掛けを終えたルウェリーは、満を持してこの試合に幕を下ろすための言葉を紡ぎ出していく。
「最後に、私は手札の宮廷侍女を直轄地へとセット。これで、私の継承点は、ここまでの二十七点に宮廷侍女の二点と結盟による継承点カウンター一点分の三点を加えて、三十点です!」
彼女がその言葉を口にした瞬間、会場に静寂が訪れた。
「……三十点ということは、この勝負、ルウェリーの勝ちだね」
会場の静寂が続く中、シオンは、改めて目の前の事実を言葉にしていく。
「そうだよ! この勝負、ルウェリーが勝ったんだ!」
その事実を彼女の隣にいるレインが声高に復唱すると、堰を切ったように会場中から歓声が沸き起こった。
「ま、負けなんて気持ちのえーもんやないけど、それでもウチが負けたっちゅー事実は観念して認めんとな」
会場がどよめく中で、エムシエレは悔しさと穏やかさが入り混じった表情を浮かべる。
「……おめでとさん、ルウェリーちゃん。あんたはよー頑張ったわ」
そして、彼女は、ルウェリーへと心からの拍手を送った。
「……ルウェリー殿。本当に、よくやってくれたの」
困難を成し遂げたルウェリーの姿を目に、オウカは、感無量とばかりに目を潤ませる。
「はあっ、や、やりました……!」
一方のルウェリーは、試合が終わり気を張る必要がなくなったせいか、荒々しく息を吐きながら額に隠し切れないほど大量の脂汗をにじませる。
「私は、エムシエレさんと、はあっ、アナスタシアさんに勝って、オウカさんへの約束を、守れました……!」
しかし、ルウェリーの顔には、そうした彼女のあんまりな有様とは相反する満面の笑みが浮かんでいた。
「ちょっとルウェリー! なんのために、あたしがあんたに無理しないでって念押ししたと思ってんのよ!」
ルウェリーのひどい姿を目の当たりにしたクラムクラムは、必死の形相で再び彼女の元へと駆け寄る。
「はあっ、す、すいません……」
駆け寄ってきたクラムクラムに、ルウェリーは弱々しい声で謝罪する。
「そ、それよりも、クラムクラムさん。し……試合の、終了宣言を──」
それに続けて、彼女はクラムクラムへと試合の終了宣言を促そうとするが──。
「え……?」
全てを語り終える前に、彼女の体は、糸が切れた操り人形のごとく力なく卓上へと崩れ落ちた。
「ちょっと、どうしたってのよ?」
あまりにも唐突なルウェリーの様子の変化に呆気にとられながらも、クラムクラムはルウェリーの頬を軽く叩いて反応を確かめるが、彼女からは何の反応も返らない。
「え、なんなのよ……。なんで、あんたはなんにも言わないのよ……。さっきは、すぐになんか言ってきたじゃない……」
続いて、クラムクラムは血の気が引いた顔でルウェリーの体を軽く揺すってみるが、やはり彼女の反応はない。
「ねえ、なんとか言いなさいよ! ねえ! ねえ! ねえったら!」
その後、クラムクラムは苛立たしげにルウェリーの体を強く揺するが、それでも彼女から反応が返ってくることはなかった。
「……ねえ、みんな。これって、どういうことなの?」
クラムクラムは、顔を上げると、縋るような気持ちで周囲を見回す。
「……ねえ、なんで何も言ってくれないの? 何も言えないようなことが、ルウェリーに起きたってことなの?」
しかし、彼女の視界に入った人物は、誰一人として彼女に答えを返すことはなかった。
「……なんで、こんなことになってんのよ」
程なくして周囲の沈黙の意味を悟ったクラムクラムは、再び卓上に倒れ伏すルウェリーへと視線を落とす。
「あんたが勝ったって、こんなことになったんじゃ、なんにもならないじゃない……」
ルウェリーの姿をじっと見つめるクラムクラムの目からは、次第に大粒の涙がこぼれていく。
「ねえ、なんか言ってよ……。ルウェリー……ルウェリー……ルウェリいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
そして、水を打ったような会場に、ただ、クラムクラムの悲痛な慟哭だけがこだました。
予選第二試合:試合終了時
場に出ているコモンマーケットカード:
近衛騎士団*1 結盟*2 転売屋*1 独立都市*2 帝都カリクマ 皇帝の冠
デッキ構成:
エムシエレ 農村*5 見習い侍女*3 都市*1 大都市*2 破城槌*1 オアシス都市ネフェルティリ*1 裁判官*1 公爵*2
オウカ 農村*4 都市*6 大都市*1 破城槌*1 転売屋*2 サムライ*1 裁判官*1
ルウェリー 農村*5 洗礼*4 近衛騎士団*1 結盟*1 呪い*10 宮廷侍女*1
アナスタシア 農村*6 見習い侍女*3 都市*1 独立都市*2 破城槌*1 転売屋*1 サムライ*3 御料地*3 十字軍*1 裁判官*1 宮廷侍女*2
擁立した姫(後見人):
エムシエレ エムシエレ(ベルガモット)
オウカ レイン&シオン(クラムクラム)
ルウェリー アナスタシア(フラマリア)
アナスタシア ルルナサイカ(ラオリリ)
サポートカード:
エムシエレ なし
オウカ 大魔女アウローラ
ルウェリー なし
アナスタシア メイド長クロナ
継承点:
エムシエレ 29
オウカ 2
ルウェリー 30
アナスタシア 11
「……あのさ、クラム」
しばしの後、嗚咽を漏らすクラムクラムの背中へ、不意に声がかけられる。
「……シオンじゃない」
彼女が声の方向に振り向くと、双子の占星術師の片割れが、いつもと同じ無表情でクラムクラムを見つめていた。
「よくよく考えてみたんだけど、ルウェリーは別に、クラムが思ってるようなことにはなってないんじゃないかと思うよ」
「え゛っ?」
だしぬけにシオンが語った言葉の衝撃に、クラムクラムは目にこんもりと涙を溜めたまま、鼻の詰まった声で思わず驚きを口にする。
「とりあえず、呼吸の確認でもしてみたら? 見てた感じ、さっきはしてなかったみたいだし」
「じゃあ、一応してみるけど……」
シオンに促され、クラムクラムは半信半疑に卓上へ倒れ伏すルウェリーの口元へと耳を寄せる。
「……あ、息はしてんのね」
すると、彼女の耳に、ルウェリーの小さくもしっかりとした息遣いが聞こえてきた。
「ルウェリーが倒れたのは、おそらく、一過性の精神疲労によるものなのだろうな。少々の休息は必要だろうが、それさえすれば体調は戻ってくるのではないかと思うぞ」
シオンに続いてクラムクラムの側へと歩み寄ったフラマリアは、脱力感に満ちた表情のクラムクラムに自分の推測を述べる。
「精神疲労?」
「そうだ。普段のルウェリーがどんな人間であるかということを考えれば、今回の試合で彼女が見せた振る舞いは、彼女にとって精神的負担が大きいものであっただろうことは想像に難くないからな」
それに対してクラムクラムが怪訝そうな顔をすると、フラマリアは自分の推測に内容を付け加えていく。
「それは理解できなくもないんだけどさ、普通、それだけでこんなにひどいことにはならないんじゃない?」
「その疑問はもっともだが、クラム、考えてみろ。ルウェリーという人間は、何がなんでも自分の目的を果たそうとする、とんだ頑固者の一面も持ち合わせていた」
そうしたフラマリアの推測にクラムクラムは首をかしげるが、フラマリアは、これまで自分たちが目にしてきた事実を根拠にクラムクラムを説得していく。
「であれば、目的を果たすために自分の限界を越えるような真似をしていてもおかしくはないだろう。知ってか知らずかはさておいてもな」
そして、彼女は、推測を述べ終えると黙してクラムクラムの言葉を待った。
「うーん……。そう言われればそうかなって気もするけど、なんかすっきりしないところがあるのよね……」
しかし、クラムクラムの口からは、フラマリアにとって色よい言葉は返らない。
「そ、そうか。私はそう思ったのだがな……」
フラマリアは、自分の推測内容に納得しきれていない様子のクラムクラムを目にすると、小さく肩を落とした。
「私は、フラマリアさんの仰ったことに加えて、外的要因が多少関係している可能性があると考えますね。ルウェリーさんの体調に変化が見られたのは、あることが起こってからでしたので」
フラマリアとクラムクラムの会話の後に二人の側へと歩み寄ったベルガモットは、フラマリアに続いて自分の推測を述べた後、エムシエレへ向けて含みのある視線を送る。
「な、なんやねん……。ルウェリーちゃんが倒れたんは、ウチがルウェリーちゃんにプレッシャーかけたからやっちゅーんかい……」
「いえ。そういった意図はなく、私はあくまでも、事実から推測される可能性に言及させて頂いただけです。あなたがそういったことをなされずとも、ルウェリーさんはお倒れになられていたかもしれませんし」
ベルガットの視線にエムシエレが狼狽を見せつつ抗議を行うと、彼女は表情を変えることなく、淡々とエムシエレへ自分の考える推測を述べ続けた。
「ただ、ルウェリーさんがお倒れになられた責任を、あなたに背負わせるような表現での言及であったことは事実ですね。不必要にご不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」
その後、述べるべきことを述べ終えたベルガモットは、姿勢を正してエムシエレへと大きく頭を下げる。
「いや、別に気にはしてへんけどさ。そんなことより、あんたにそうやって素直に謝られるんはなんかしっくりこんなー……」
エムシエレは、ベルガモットからの素直な謝罪という自分にとっての珍事を前に、腕を組みながら腑に落ちない表情を浮かべる。
「あなたは一体、私のことをどれだけのひねくれ者だとお思いなのですか……」
そんなエムシエレの顔を見たベルガモットは、軽く唇を尖らせた。
「とにかくさ、ルウェリーが大丈夫ならもうそれでいいんじゃない? 私たちにとって重要なことは、なにを置いたってそこになるでしょ」
そこへ、最後にクラムクラムの側へと歩み寄ったレインが、彼女にとっての結論を口にしていく。
「……そうだな。それに比べれば、原因がどうだのといったことはささいなことか」
「私としては原因の追及もそれなりに重要たとは思うのですが、確かに、そのことに優先するものではありませんね」
それを聞いたフラマリアとベルガモットは、レインの意見を受け入れ原因の追求を止めた。
「……まったく。これはどうやら、小娘にも、後で妾のありがたい忠告をたっぷりと聞かせてやる必要がありそうじゃのぉ」
一連のやり取りが終わると、それを傍で見ていたアナスタシアは、視線をルウェリーの方へと移し、満足げな表情で安らかに息をする彼女の姿を見下ろしながら軽くため息を吐く。
「もしかしたら、ルウェリーの支援者がルウェリーを支援してるのって、ルウェリーの能力がどうのこうのっていうよりも、危なっかしすぎるルウェリーのことを放っとけないからってだけなのかもね」
「うん、それは十分あり得るわ……」
そうしたアナスタシアの姿を目にしたシオンがルウェリーの支援者に対する考察を行うと、クラムクラムはその内容に思わず納得した。
「……っと、そうだ、こんな話してる場合じゃなかった。救護班!」
それから程なくして、我に返ったクラムクラムが呼び声を上げると、彼女が試合の裏で待機させていた担架を携えた一団が扉を開けて会場へとなだれ込んでくる。
「試合も終わったことだし、ルウェリーを医務室に運んどいて。フラマリアは休めば大丈夫だろうって言ってたけど、一応詳しい体調確認もお願いね」
クラムクラムの指示を受けた救護班は、彼女へと敬礼を一つ、手早くルウェリーの体を担架の上へと横たえると、なるべく振動を立てないようにしながらルウェリーを抱えて足早に会場を去っていく。
「ふー。これで、万一この後ルウェリーになんかあってもすぐに対応はできるわね……」
去りゆく救護班の背中を見送りながら、クラムクラムは、肩の荷が下りたかのように大きく息を吐いた。
「……では、クラム殿、儂はルウェリー殿の付き添いに行かせてもらいたいのじゃがな。そもそもの話として、ルウェリー殿が倒れるに至るまでのきっかけを作ってしもうたのは儂じゃからの」
「その話で言うたら、ウチはそのダメ押しをしたんかもしれへんからな。ウチも行かせてもらえんやろか?」
「妾も、今回の状況づくりには結果として一枚噛んだことじゃし、それに何より小娘には言いたいことがあるでのぉ。妾も行かせて貰いたいのじゃが、構わぬか?」
ルウェリーを取り巻く状況が落ち着いたことを確認すると、オウカとエムシエレとアナスタシアは、揃ってクラムクラムへ退室許可を求める。
「構わないわよ。後のことはこっちでやっとくから、行ってきたら?」
「そうか、ありがたい」
クラムクラムがオウカたちの要求を快諾すると、三人を代表してオウカがクラムクラムへと謝辞を述べる。
「では、お主の言葉に甘えて、儂らは遠慮なく行かせて貰うとするかの」
そして、席から立ち上がったオウカたちは、会場の一同に向けて一礼すると、きびすを返して扉の向こうへと姿を消していった。
「……クラム。今回のこと、私はお前に謝罪せねばならないと思っている」
オウカたちの姿が消えてから程なくして、ふと、クラムクラムの耳に張りのない声が届く。
「ん?」
クラムクラムが声の方向へと振り向くと、そこには、申し訳なさそうな顔で彼女を見つめるフラマリアの姿があった。
「思えば、本来、クラムの役目はこういった事態に最も慣れているであろう私がすべきことだった。それなのに、結果としてお前に押し付けることになってしまい、本当にすまなかった」
「そんなこと、別に謝らなくたっていいわよ。あんたらは、この大会の主役としてここに招かれた、言わば大事なお客様。その大事なお客様に、さっきみたいなことはさせられないしね」
フラマリアがクラムクラムへと深々と頭を下げると、彼女は気にした風もなく、いつも通りの表情でフラマリアに言葉を返す。
「……なら、その言葉、ありがたく受け取っておこう。これ以上言葉を並べるのは、おそらくお前の望むことではないだろうしな」
「分かってるならいいのよ。なら、あんたの話はこれでおしまいってことで」
頭を上げたフラマリアが表情を戻すと、クラムクラムはフラマリアへと軽く微笑みかけた。
「……私にも、クラムに謝罪をしなければければならないことがあります」
フラマリアによるクラムクラムへの謝罪が終わったことを確認したベルガモットは、フラマリアに続き、冴えない表情で話を切り出す。
「私は、ルウェリーさんの症状が急を要するようなものではないであろうという見当を、彼女が二度目にお倒れになられる直前あたりでつけていました」
「……えっ、本当に?」
ベルガモットの告白を聞いたクラムクラムは、目を丸くしながらベルガモットへと確認を行う。
「……はい。よくよく考えれば、ルウェリーさんに命に関わるような何かしらの持病がおありになるといったような情報は、今日まで一度として耳にしたことがありませんでしたので」
クラムクラムの確認に、ベルガモットは顔中に罪悪感を浮かばせながら、小さく頷いた。
「このような重要事項をあなたに伝えることが遅れてしまったのは、どのような事情があれあってはならないことでした。そこに弁解の余地などありません。いかようにでも仰って下さい」
告白を終えたベルガモットは、体を縮こめてクラムクラムによる叱責を待つ。
「いや、あたしが認めるから弁解しなさい。あんたを怒るかどうかは、それを聞いてから決めるから」
そうしたベルガモットを厳しい視線で見つめながら、クラムクラムはベルガモットへと弁解を促した。
「……お恥ずかしい話ではありますが、ルウェリーさんが二度目にお倒れになられた時、しばらく頭の中が真っ白になってしまいまして。ルウェリーさんの症状が急を要するようなものではないであろうということを、あなたに告げることすらままならない有様でした」
クラムクラムに促され、ベルガモットは、当時の自分の状況をありのままにクラムクラムへと語る。
「本来は、このような非常事態にこそ冷静な対応を行わなければなりませんでしたのに、我ながら不甲斐ない限りです。本当に、本当に、申し訳ありませんでした」
「……なるほど、理屈の権化みたいなあんたも、やっぱり人の子だったってことね。そういうことならしょうがないし、許すわよ」
その後、ベルガモットが改めてクラムクラムへ謝罪を行うと、彼女は表情を戻してベルガモットの謝罪を受け入れた。
「ありがとうございます。あなたのその大雑把な性格に、心から感謝をさせて頂きたいです」
「あたしとしては、さっきのことより、そういう余計な一言を入れる癖のほうを反省してほしいんだけどね……」
続けて、ベルガモットなりの謝辞を耳にしたクラムクラムは、いつもと同じすまし顔に戻ったベルガモットの姿を目にして小さくため息を吐いた。
「……さて、レイン、シオン」
それから、クラムクラムはしょぼくれた様子の双子に顔を向ける。
「……なに?」
「もし、あんたらもあたしになんか謝りたいんだとしたら、別に謝らなくてもいいわよ。もう、この件に関することは全部許すって決めたから」
双子が元気なくクラムクラムを見つめ返すと、クラムクラムは、彼女たちの機先を制するようにそんな言葉を口にした。
「えっ?」
「フラマリアやベルと話してるうちにね、だんだん、あたしもあんたと似たようなことを思うようになったのよ。あんたらにもあんたらの事情があったんだろうし、それに何より、ルウェリーが大丈夫だったんだからもうそれでいいんじゃないかってね」
それを聞いたレインが面食らった様子を見せると、クラムクラムは、晴れやかな顔つきで自分の心情を述べていく。
「でも──」
「いや、クラムがそれでいいって言ってるなら、私たちが言えることなんてもうないと思うよ」
レインがそうしたクラムクラムに何かを言おうとすると、クラムクラムの言葉を受け入れたシオンは、表情を戻して妹の言葉を制した。
「そうそう、シオンはよく分かってるじゃない。レインも、人の言葉は素直に受け取っておくもんよ。ベルみたいになりたくないならね」
そんなシオンの行動を見たクラムクラムは、シオンを賞賛しつつ、ベルガモットを引き合いに出しながらレインへと忠告を行う。
「うーん……。そう言われると、さっきのクラムの言葉はそのまま受け取っておいたほうがいいって気になってくるね……」
「でしょ? なら、ここはそうしておきなさい。いいわね?」
それを耳にしたレインが思わずその内容に考え込むと、クラムクラムはすかさずレインに言葉を畳み掛けていく。
「……分かった。なら、私もそうさせてもらうかな」
クラムクラムから再三の説得を受けたレインは、微笑みを浮かべると、姉に続いてクラムクラムの言葉を受け入れた。
「まったく……。どうして、誰も彼も私をひねくれ者の権化であるかのように仰るのでしょうかね……」
クラムクラムとレインのやり取りを傍で聞いていたベルガモットは、ふくれっ面で愚痴をこぼす。
「まあまあ、今回に限っては許してよ。レインの笑顔に免じてね」
クラムクラムは、ベルガモットへ軽く謝罪をすると、シオンと何かを話しているレインの方へと顔を向ける。
「……仕方がありませんね。あなたの言葉通り、今回は彼女の笑顔に免じて大目に見るとしましょう」
クラムクラムを追ってレインの方へと顔を向けたベルガモットは、いつも通りの彼女の笑顔を目にすると、苦笑いを浮かべながら愚痴を止めた。
「……ありがと、クラム。いろいろとね」
「あたしは別に、お礼を言われるようことはしてないわよ」
レインとの会話を終えたシオンがクラムクラムに謝辞を述べると、彼女は少々照れくさそうにシオンへと言葉を返す。
「ま、どうしてもお礼がしたいって言うなら、今後はうちの会社をもっとひいきにしてよね!」
「……考えとく」
その後、ここそとばかりに自分の会社を売り込むクラムクラムのしたたかさに、シオンは思わず苦笑した。
「ところで、クラム」
ベルガモットは、クラムクラムとシオンの会話が一区切りされるとクラムクラムへ声をかける。
「ん? 今度はなんなのよ?」
「状況もひとまずは落ち着いたことですし、このあたりで試合の終了宣言をした方がよいのではないですか? ルウェリーさんも、それをご所望のようでしたので」
クラムクラムがベルガモットの方へと振り向くと、彼女はクラムクラムにこの試合の完全な閉幕を促した。
「そうね。じゃ、えー……ごほんごほん」
ベルガモットからの提言を受けたクラムクラムは、司会者としての面をかぶり直し、咳払いを二つ、姿勢を正す。
「では、改めまして、本試合の終了宣言を。予選第二試合の勝者は、オウカ・ルウェリー組と決定致しましたあぁぁぁぁぁぁぁっ!」
そして、彼女の口から力いっぱいに放たれた終了宣言と、その直後に湧き上がった会場の歓声と共に、長い長い予選第二試合は本当の意味での終了を迎えた。
「えー。では、予選第二試合の選手の皆様にお話……は、伺えないのでしたね」
続いて、クラムクラムは予選第一試合と同様に選手へのインタビューを行おうとするが、その途中で、彼女はその対象である予選第二試合の選手たちが既に退室していたことを思い出す。
「で、これからどうするのだ?」
「ま、まあ、このような状況である以上はやむを得ませんので、本試合における試合後の談話については中止とさせて頂きます。申し訳ありません」
フラマリアが少々の戸惑いを見せるクラムクラムへ今後の予定を確認すると、彼女はフラマリアへの回答を兼ねた告知の後、大きく頭を下げた。
「では、次の試合……と申しますか、本大会が続行可能であるかどうかについてのご連絡は、二時間後と少々お時間を取らせて頂きます。ご閲覧の皆様方をお待たせしてしまいますこと、お詫び申し上げます」
それから、クラムクラムは、今後の予定を連絡すると再び大きく頭を下げる。
「ルウェリーさんの体調確認を行うために、ある程度の時間を確保するということは理解できます。ですが、それにしても長い中断時間ですね。冒頭で、時間に余裕がないと言っておられたはずですが」
「ルウェリー選手の体調確認は何をおいても万全に行わせて頂きたいですし、その結果によって今後の進行予定も大幅に変化しますからね。どのような事態にも対応可能なよう、時間には十分な余裕を持たせておきたいということです」
クラムクラムからの連絡を耳にしたベルガモットからの疑問に、クラムクラムは迷いなく答えを返す。
「なるほど。大幅な進行遅延がどうあっても不可避であるので、いっそのこと開き直った中断時間の設定を行ったという訳ですね」
「人聞きの悪いことを仰らないで下さい、ベルガモットさん。中断時間が長くなることについての説明と謝罪は、先程きちんと行ったではないですか」
それに対しベルガモットが嫌みを飛ばすと、クラムクラムは唇を尖らせた。
「それは分かりますが、中断時間をこれだけ長く設定なされると、進行遅延の度合いは謝罪でどうにかなる程度を超えてしまうのではないでしょうか」
「……まあ、その点につきましては、確かにベルガモットさんの仰る通りではありますね」
そんなクラムクラムにベルガモットが客観的事実を突きつけると、顔に苦渋の色を浮かべたクラムクラムは、口ごもりながらその内容を肯定する。
「しかしながら、ここはやはり、無理を通してでもルウェリー選手の万全な体調確認を優先させて頂きます。その点につきましては、なにとぞ、なにとぞ、ご理解の程をよろしくお願い致します!」
そして、彼女は、姿勢を正すと深く深く頭を下げた。
「……では、彼女と同じ立場の人間として、私からも重ねてお願い申し上げます。ご閲覧の皆様方におかれましては、今回の件をなにとぞご理解頂けますよう、改めてよろしくお願い致します」
その光景を見たベルガモットは、クラムクラムの隣へと並ぶと、自らも深く頭を下げた。
「ベルガモットさん……」
「この場であなただけを矢面に立たせるのは、筋の通らない話だと思いましたからね。ただ、それだけのことですよ」
クラムクラムがベルガモットの姿に思わず感じ入る横で、頭を上げたベルガモットは、いつもと同じ調子でクラムクラムへと言葉を返す。
「まったく、あなたらしい素直でない言い回しですね。ともかく、ありがとうございます」
「……仰りたいことがそれだけであるのならば、このような会話は早々に終了して大会を中断させましょう。遅延が発生することが確定しているとはいえ、それは更なる遅延の発生を許す理由にはなりませんので」
クラムクラムがベルガモットへ謝辞と共に感謝の眼差しを向けると、彼女は、照れをごまかすようにクラムクラムに進行を急き立てる。
「……そうですね。では、ここで一旦大会を中断させて頂きます」
そのようなベルガモットの態度を微笑ましく思いつつ、クラムクラムは大会の中断を宣言した。
「大会続行の可否およびルウェリー選手の体調についてのご連絡は、前言の通り二時間後を予定しております。申し訳ありませんが、それまでしばらくお待ち頂けますよう、よろしくお願い致します」
それから、クラムクラムは今後の予定を再度連絡すると、ベルガモットと共に正面へと向き直る。
「それでは皆様、また後ほど」
そして、二人が声を揃えての締めの挨拶と共に深々と一礼を行うと、予選第一試合と同様にスポンサーの宣伝音声が流れ出し、予選第二試合はここにおいて完全に終了した。
『ご領主の皆様、専属の御用商人をお求めであればぜひとも政商組合へ!
代表のウィリアムを始めとする優秀な御用商人たちが、皆様の迅速な物資調達をお助け致します。
契約のお見積りは無料です。まずはご相談を。
なお、閑散期は一般のお客様からのご用命も承っております。
詳しくは、当組合の業務提携先であるクラムス交易商社へとお問い合わせ下さい』
説明 | ||
*http://www.tinami.com/view/835595の続きとなります。これの続きはhttp://www.tinami.com/view/835602です。 絵のほうについては、一応はちょこちょこと描き続けております。 皆様にお見せできるような気合を入れたものは描いておりませんが。 そんなことはどうでもいいからいいかげんに過去ストックを全部放出しろ、というのはごもっともなのですが 諸事情あってそれはまだできないのです。申し訳ありません。 サムネイルは挿絵機能の仕様が知りたくて描いた落書きです。 この落書きのおかげで大体は仕様が理解できました。 挿絵を後から追加できないという仕様はかなり不便ではあると思いますね。 本文と挿絵を一度に全部用意しろというのは作業負担がかなり大きいので。 |
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