不思議的乙女少女と現実的乙女少女の日常 『雨の日のコンチェルト7』
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そんなわけで、両親が死んだ事に対して、彼女は悲しまなかった。恨んでいたわけでは無い。虐待の事実は無かったのだから。たまに現れる肉親らしき男女2人が、交通事故で死んでしまっただけ。本当に、ただそれだけだった。

ほとんど親代わりだった医者は、彼女が彼にそう告げた時、同情の視線を寄越した。

ああ。

確かに、哀れだったのだろう。一般的な家庭と彼女のそれを鑑みれば、それは実に哀れな事だっただろう。

だがそれすらも、彼女は自覚していた。

両親に対する愛…………あるいは、両親からの愛が有ったのかすら、彼女は判らなかったのだから。

…………己が哀れな人間だと即座に受け入れることが出来たのは、常の自己批判によるものだった。

彼女は両親が亡くなるずっと以前から、自分がそういう人間である事を自覚していた。

表面上だけの人間関係は、その最たるものだっただろう。病弱だった事も手伝ってか、あるいは己の演技が完璧だったのか、誰もが彼女に親しげだったにも関わらず、彼女の本質に触れる事は無かった。つまり、誰も本当の彼女を知る事が出来なかった。もちろん、親代わりの医者はそれを理解していたのだろうが。とまれ、あまりにも哀れである事を彼女自身理解していた。

だが、仕方が無かった。そうする以外に、他人と接する方法を知らなかったのだから。そうする事が最良の人間関係を気付く術であると、とある段階までは信じていたのだから。誰もがそうしていると、信じていたのだから。

誰もがそうで無いと気付いたのは、自分と同年代の少女に言われた言葉が切っ掛けで、そして全てだった。

ともあれ、彼女は自分の不自然さに気が付いてしまったわけで、自分が哀れな人間であると、人生のかなり早い段階で、そう知ってしまったのだった。

そこからはさらに注意深く演技に務めた。彼女が演技をしているという事を、とある少女に看破された段階で、演技など止めておくべきだったと後悔した事もある。

だが元々、その演技は両親への当て付け紛いに等しい。ほの暗い優越感を知ってしまった幼い少女が、大人の助力無しに軌道修正する事など不可能に近く、また実際不可能だった。

そして、少し前に両親は呆気なく死んでしまった。

確かに悲しさはほとんど無かったが、少し苦しかった。教師は彼女の両親が亡くなった事知っているが、皆には伝えないで欲しいと述べた。表面上の付き合いしか行っていない彼等に、別に言う必要など無いと思ったのだ。

しかし、それが何故か苦しかった。

そして、程なくして彼女を襲った別の不幸は、さらにその苦しみを助長した。

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木々が恐ろしいほどに密集してきた。1本1本は細いために、進む事に支障は無いが、歩きづらい事この上無い。

空は相変わらず見えない。ヤカは、僅かに漏れる光源…………太陽光から、位置を読み取っていた。

もう数十分は歩いているかもしれない。携帯は無いし、時計も無い。頼りになるのは己の時間間隔だけ。これには、ヤカはかなりの自信を持っていた。12時ピッタリにお腹の音が鳴るほどには正確だった。

「ねえ。生きながら死ぬか、死にながら生きるか、どちらが良い?」

「…………はぁ?」

ヤカは怪訝な声を上げた。

「さっきの話よ。ある人にね、そう言われたの」

「あ、あぁ…………」

そう言えば、先ほどそんな事を言っていた気がする。森を安全に歩く事と、華実の体調に気を配る事で一杯で、精神的疲労が大きい。一々、過ぎ去った話題の事など気にかけている余裕が無かった。

しかし、突然そんな事を言い出すものだから、体調不良で幻覚でも視ているのかと、要らぬ心配をしてしまった。

「ある人って?」

 クラスの人間だろうか? 如何にも中学生らしい哲学だと、ヤカは自分も中学生で有りながら、思う。しかし、どうやらクラスの女子の間で流行っている話題では無いらしい。第一、そんな話題が流行っているのなら、自分が知らないとおかしい。

「知らない。病院で出会ったの」

 華実が病弱である事は周知の事実だ。どれくらい悪いのかとか、どんな病気だとか、そんな事は全く知らないのだが。しかし、体が弱く、小学校の頃から学校を休む事が多々あり、中学に入ってからは一層酷くなっているらしい。

「病院で働いてる人…………じゃあ無いよねぃ」

「違うわ。その病院、私のかかりつけだから知ってる人ばかりなの。不思議な雰囲気の、男の人だったわ」

 その時の光景を思い出しているのか、木々で遮られ、視得ないなずの太陽を見上げた。きっと、その人間と出会った時は晴れていたのだろう。…………危ないから、繋いでいた手を少し強く握って想像の世界から脱出してもらった。

「…………変な人なんじゃないのかぃ?」

 少なくとも、女子中学生に声をかける男性は不審な眼で視られてもおかしく無い。

「変な人では、あったわね」

 華実は肯定した。彼女の話す雰囲気からして、その男性に悪い感情を抱いていないようなので、否定されるかとも思ったが。

「でも、変態では無かったのよ」

 ふふ、と笑う華実は、少し咳き込んだ。その彼女を気遣いながら、

「そりゃあ良かったよぅ」

山を抜けるまではまだまだかかる。他愛の無い話でもして、互いを、特に華実の方にきを紛らわせて貰わなければ。

「変態なら、通報しなくちゃいけないところだったよからねぃ」

「警察じゃあ彼を捕まえられないわよ」

 自信満々に華実が言うものなので、ヤカは訝しんだ。

「どうしてだぃ?」

「さあ。…………彼は、私の病状をピッタリと当てたもの。普通の人間じゃ無いわ」

「それが本当なら凄いけど、初めから知ってたんじゃ無いのかぃ」

 病院に居れば、何らかの病気を発症している事は判るだろうが、初対面の人間の病状を視ただけで当てたのなら、それはまさに奇跡だ。しかし、初めから知っていたとしたら奇跡でも何でも無い。もちろん、人並み外れた能力を持つ医者ならば、顔色を視ただけで、ある程度の病状を当ててしまうものかもしれないが。

「あら、信じないの?」

 華実は意外そうに言った。オカルトが好きならば、こう言った類の話に喰い付いて来ると思ったのだろうか。胸の辺りを押さえて、そう言った。

「科学者は自分の視たもの以外信じないらしいよぅ?」

「科学者だったの?」

「いやぁ、違うけども」

 もちろん科学者では無い。そもそも、何を持って科学者と呼ぶのか、また専門とする分野が何種類あるのかすら判らなかった。何となく、薬品を使った実験者のイメージしか浮かばないヤカだった。

だが、これも何となくだが、自分で視たものしか信じない頑固者、というイメージも持ち合わせている。つまり、フィクションでのステレオタイプなキャラクターだった。

ヤカはオカルトが好きなだけに、その信憑性には慎重になりたいのだ。超能力を持っている人間は当然居るのだろうと考えているが、これは未だ想像の域を出ない。それは、ヤカが超能力者と出合った事が無いからで、そういった出会いを心待ちにしているのだ。その存在を信じてはいるが、確定には至っていない。オカルト的な事象はもちろんそうだし、それ故にヤカは無神論者だった。

「割と現実的なのね、ヤカさんって」

 面白そうに華実は言った。

「まあねぃ。それに、人の話を聞いてるだけなんてつまらないって。自分で視て、初めて価値があると思うんだよねぃ。だから、私はリコを連れて積極的に動くのです」

「あ、ああなるほど…………」

 リコさんは大変ね、と思っているに違いない顔をしていたが、敢えて言わなかった。

「でも、親友の言う事なら信じないでもなぃよぅ」

「………………え?」

 驚きに見開いた眼は、信じられない事を聞いた者のそれで、同時に足が止まっていた。仕方なく、ヤカも足を止める。

「なんで?」

「その人に会ってみたいから、かなぁ。初めての実証になるかもしれなぃし。結局さ、手放しには信じられないんだよねぃ」

「いや、そうじゃ無くて…………」

 驚きを呑みこむように、呼吸を整えていた。

「親友?」

「あれ、違うのかぃ? 私が勝手に思ってただけ?」

だとしたら、かなり残念だ。色々と残念だ。自分だけの思い込みという事になる。

だが、華実の言いたい事は別に有るようだった。

「こ、こんな眼にあったのに、いえ、そもそも、お互い話す様になってからそんなに時間も立ってないのに、親友だって言ってくれるの?」

 自分を隠して生きて、周囲の人間を欺いて生きて、そういう人間をヤカは嫌っていたはずだ、と。そんな顔をしていた。

 恐らく、彼女は自信が無いのだろう。彼女に何があったのかは知らないが、確実に以前とは変わった。表面上だけでしか行ってこなかった人間関係は、確実に彼女の中で改善されてきているはずだ。だが、それ故に自信が無い。

「親友なんて、これまでに出来た事が無いって顔してるねぃ」

 だから、ヤカの指摘は的を得ていたに違いない。それは、華実の顔を視ても瞭然だった。

「崖から落ちて、迷惑かけて…………それでも?」

「そんな眼にあったんだから割りに会わないよぅ。だから、なおさら親友で居てくれないとねぃ」

「な、なんで? 普通は怒るんじゃ無いの?」

「ああ…………私はそういうのじゃ無いから」

「そういうのじゃ、無い?」

 そういう性格、という事だった。起こった事に対してグダグダ言うのは、ヤカの性分に合わない。もちろん、長い人生、許せない事も出てくるだろう。しかし、仮にここで華実と遭難死したとしても、ヤカは絶対に彼女を恨まないだろう。

「じゃあ…………親友?」

 恐る恐る、指をもじもじさせて、そう聞いてきた。ピアノを調律する様な、針に糸を通すかの様な、そんな確かな慎重さがそこにあった。

文字通り、恐れているのだろう。何故なら、華実の心情が変化した事で、周囲の人間への壁は取り払われた。それは、相手に本当の自分で接するという事に他ならず、それ故に恐ろしいのだろう。華実がそうした嘘を付いてきた理由は知らないが、他人に本当の自分をさらけ出す事に、多少なりとも恐怖を感じていたからそうなったのでは無いだろうか、とヤカは思った。

だから、ヤカは繋いでいた手を離して、

「うん」

華実の腰に手を回して、抱きしめた。彼女の肩に顎を乗せて、彼女の香りに包まれて、全身で伝わってくる柔らかな触感が心地良かった。彼女を安心させるつもりでやった事だが、なんだかこちらの方が安心させられてしまう様な、そんな心地良さだった。

「…………ありがとう」

 放心した様な声で、彼女はそう言った。直後、また彼女は咳き込んだ。

「私ね、少し前に両親が死んじゃったんだ」

「………………!」

 思わず華実の顔を視ようとしたヤカだったが、彼女はヤカの腰に手を回して離そうとしなかった。

 話をしている間にも、華実は断続的に咳を繰り返している。

「正直、あんまり悲しく無かった。でも、誰にも言えないで、どうしてか苦しかったの」

 何と言うべきか、ヤカは口を開けたり閉じたりして、結局それしか出来なかった。人生経験が不足しているヤカだが、迂闊な事を言える話題では無いことくらい判る。気の利いた言葉を言おうが、それは相手への押し付けに転じる可能性を多分に孕んでいる。

 しかし、

「だからさ、」

華実は、ヤカを抱きしめる手に、さらに力を込めた。

「一方的で悪いけど、でも、言ったら少しすっきりした。ありがと」

「………………どういたしまして」

 結局、気の利いた事は何も言えなかった。しかし、礼を言われたのなら、それに返答するだけで良い。親友と言ったのだから、そこはそれで良い。

道のりは険しいが、もう全工程の半分は歩いたかもしれない。あと少し。きっと、この少しは短い。今の心持ちならば、そう思えた。

咳き込んだ華実が、胸を押さえて吐血するまで、本当にそう思っていたのだ。

抱きしめた格好そのままに、華実はヤカに体重を預けてきた。ヤカは、初めて人の重さを知った。

説明
華実には親友が居なかった。
周囲の人間を欺いて生きてきたせいだ。それ故に、ある種の恐れを抱いていた。


そろそろ脱出させてあげないと駄目ですね。でも、なんも考えずに書いてたら長くなるのです。
ここら辺の話の流れ、後で修正するかもです。
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コメント
>>華詩さん 男の詳細は後々描きたいと思います。 過去話なのでまだ中学生なヤカ。・・・凄いですね、ヤカ。末恐ろしい。(バグ)
華実の前に現れた男は、リコの前に現れた人物と同一なのかな。それにしてもヤカに惚れてしまいそうです。(華詩)
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