真・恋姫†無双 〜夏氏春秋伝〜 第百四話
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「………………………………なんだこれ…………?」

 

呆れ、諦め、驚き、困惑エトセトラエトセトラ――――

 

そんなおよそプラスとは程遠い感情によって染め抜かれた声を漏らしてしまった一刀。

 

何故そんな状態となったのかは、今現在一刀の目前に広がる”惨状”を目にすれば一目瞭然であった。

 

その”惨状”がどんなものかと言うと――――

 

とある机の上にうず高く積み上げられた書類・竹簡の巨大な山。

 

更にその机周辺に、異なる山が崩壊して出来上がったと見える、これまた書類・竹簡の裾野の広い山。

 

そして、その床に出来た山の裾から見える、人の手。

 

助けを求めているのだろう、振り振りクルクル動いているのでその人物の命に関わるほどのことでは無いらしい。

 

状況はそれだけでは無い。

 

床の山を挟んで一刀の向こう側では稟が慌ててその山を取り除こうと悪戦苦闘していて。

 

その隣では風が「おやおや〜」などと言いながらそんな稟を眺めていた。

 

凡そ今まで度々訪れてきた華琳や桂花、零の執務室とは比べものにならないくらいの状況崩壊ぶりに、一刀は扉を開いたままの姿勢でフリーズしてしまっていたのであった。

 

 

 

「おや?おおっ!これはこれは、お兄さんではないですか。

 

 お兄さんが風たちの部屋を訪ねて来るのは珍しいですね〜。どうかしましたか〜?」

 

一刀の漏らした呟きが届いたのだろう、風がその存在に気付き、用件を問うてくる。

 

その言葉が一刀の再始動キーとなった。

 

「え……?あ、ああ、用件……そう、用件だったな。

 

 いや、でもその前に、そこの……誰だ?」

 

「おおっ、これは風としたことが。

 

 そこで生き埋めとなっているのは麗羽さんなのですよ〜」

 

「麗羽、なのか……」

 

「ちょっと、風!そこで見てないで早く手伝ってください!

 

 一刀殿も、手を貸してください!」

 

「ほい来た〜、ですよ、稟ちゃん」

 

「……確かに、何をするにも一先ずは麗羽の救出からだな」

 

切羽詰った様子で叫んだ稟に、風も一刀も応じて三人がかりで崩れた書類・竹簡の山を排除しにかかる。

 

その山から麗羽を掘り当て、救い出すという一連の作業には、たっぷり数分間掛かりっきりとなったのだった。

 

 

 

 

 

「全く!根性の無い竹簡ですわね!

 

 崩れてしまったせいでまぁた分類から始めないといけませんわ!」

 

一刀、稟、風によって竹簡の山の下から助け出された麗羽は、しかし悪びれることも無く竹簡に対して悪態を吐き始めた。

 

これには三人とも絶句してしまう――

 

「おいおい、姉ちゃん、そりゃあ無いぜ。

 

 あんたの仕事が雑だからああなっちまったんだろう?」

 

「これ、宝ャ。そうズバッと言ってはいけませんよ〜」

 

否、風だけが持ち前の腹話術で凝り固まりかけた場の空気を掻き乱した。

 

以前、場の空気のコントロールに長けていると評価した風。

 

そんな彼女はその能力を最大限活かせるだけの胆力も持ち合わせていることがここに証明されていた。

 

「ちょっと、風さん?

 

 それは一体どういう意味なんですの?」

 

「風は何も言ってませんよ〜?

 

 全ては宝ャが勝ってに喋ったことですので〜」

 

「そんな冗談が通じると思いまして?

 

 貴女がその人形に喋らせているだけではありませんか!」

 

「そう言われましても〜

 

 これ、宝ャ。貴方の所為で風が起こられてしまっていますよ〜」

 

のらりくらりと麗羽の追撃をあしらう。

 

そうこうしている内に気の持ち直しと情報の整理を終えた一刀と稟も戦線に復帰した。

 

「取り敢えず、麗羽。何がどうなってああなったのか、詳しく教えてくれ」

 

「どうしてもこうしてもないですわ!

 

 私はただ処理の終わった竹簡をそこに置いただけですのよ!

 

 全く!人が折角やる気になっていると言いますのに!」

 

「…………稟、説明してくれるか?」

 

麗羽の状況説明では何も分からない。詳細が一切合切抜けているからだ。

 

溜め息を堪えつつ、一刀は稟に尋ね直す。

 

稟も気を入れ直すように眼鏡の弦に指を掛けて直しつつ、これに答えた。

 

「分かりました、一刀殿。

 

 麗羽殿の仰ることは半分本当のことです。

 

 話されていない半分は、その処理を終えた竹簡が机上に山となって積まれていたことです。

 

 以前から処理したものは都度整理をしてくださいとは言ってあったのですが……

 

 ただ、麗羽殿の仕事の早さに関しては、我々と比べても悪いものではありません。それが今回、ある意味で裏目に出たと言いますか……

 

 本日の仕事量はいつもよりも多かったこともありまして、大崩落へと至ったということです」

 

「あぁ、なるほど……単純に積み上げ過ぎてバランスを崩しただけなのか……

 

 仕事机を片付けられない人の典型的な一例だったわけか」

 

「ば、薔薇……?」

 

「稟ちゃん、稟ちゃん。『ばらんす』とは釣り合いとか安定とかの類を言う天の言葉だそうですよ〜」

 

「な、なるほど。でしたら、その通りです」

 

風からの手助けを得ながら稟は一刀の纏めを肯定した。

 

思わず”天の言葉”を口にしてしまったことを軽く稟に謝った後、再び一刀は麗羽へと向き直る。

 

「麗羽。君が基本的に事務仕事が出来ることは華琳からも聞いている。

 

 革新的な見解や方法では無いものの、私塾では一番の成績を治めるほど優秀だと。

 

 だから、仕事の処理能力に関しては特に俺から言うことは無い」

 

「あら、よくお分かりで。でしたら――」

 

「だが。進め方、効率面での話となると別だ。

 

 いくら処理が早かろうと、その他の面でこうやって足を引っ張ってしまえば意味の無いものとなってしまう。

 

 いや、場合によってはむしろ全体として見ると遅くなっていることもある。

 

 これじゃあ、とても”仕事が出来る”とは言えないんだよ」

 

「む……た、確かにそうかも知れませんわね」

 

珍しくしゅんとした様子を見せる麗羽。

 

改めて思い返してみると、先ほども”今、やる気を出していた”という旨の発言をしている。

 

かつて一刀が自ら行った偵察、実際に戦で刃を交えて得た感想、斗詩や猪々子と話した内容。

 

そういった諸々から想像される麗羽の印象、つまり常にマイペースな彼女とは随分と今日の印象が異なっていた。

 

そう気づいてしまうと、やはり理由を知りたくなってしまう。

 

特に、麗羽が”やる気を出す”シチュエーションというものが一刀的には非常に気になったのであった。

 

「なあ、麗羽。何かあったのか?

 

 今日はいつもと様子が違うように見えるんだが?」

 

「あら、そうですの?まあ……あったと言えば、あったと言いますか……」

 

どうにも歯切れの悪い麗羽の様子には稟も風も揃って頭上に疑問符を浮かべる。

 

麗羽は尚も数秒逡巡した後、話すことを決めた。

 

「別に、そう大したことではありませんわ。

 

 ただ、その。ちょっと小耳に挟んだことがありましたの」

 

「街の噂話か何かか?でも、そんなに興味深い情報なんて最近あったかな?」

 

「いいえ、違いますわ。斗詩さんのことです」

 

「斗詩の?……あぁ、蒲公英とのあれのことか」

 

麗羽が持ち出したのは、つい先日霞とも話題にした斗詩と蒲公英の一件だとすぐに理解した。

 

一瞬そこに考えが至らなかった理由は、アクションが遅いと感じられたから。

 

ただ、それも考えてみれば十分にあり得ることだった。

 

斗詩と蒲公英は皆の前で華琳からの賛辞を受けたわけでは無い。呼び出された場で個人的に、であった。

 

その為、仕事の場が離れていて且つ諸々の時間が噛みあわなければ、そのこと自体を知るのに日数が掛かっても不自然なことでは無いのであった。

 

「ええ、そうですわ。

 

 斗詩さんが”あの”華琳さんに直接褒めさせるほどの功績を残したのですから、斗詩さんの主君であった私もせめて何かを為さなければ示しがつかないでしょう?

 

 ですが、今の魏で私に出来ることは一体何かと考えましても答えが出ませんでした。

 

 ですからまず、現状の仕事をさっさと終わらせてしまおうと考えたのですわ」

 

一刀も稟も風も、この説明に納得がいった表情をしていた。

 

自らの身近にいた人間が、共に放り込まれた新たな環境で逸早く大きな成果を挙げる。

 

それは実際に経験してみると想像以上に焦燥に駆られるものなのだ。

 

仮にその人間が、己と最も親しい友人であってもそうなのである。親密な関係を築いてきた元部下がその立場となった時、感じる焦燥はいかほどのものか。

 

こういった類の感情を、つまらないプライドだと言う人もいるかも知れない。

 

だが、一刀の考えでは、これも丁重に扱う感情だとしていた。

 

勿論、過ぎれば己が身を蝕む毒となる。だが、適度な焦燥感、言い換えれば対抗意識とも言える分だけを持つことはメリットとなる。

 

人間というのは競争の中で己を磨き、諸々の向上へと繋げる生き物なのだから。

 

例えば、今回の麗羽と斗詩の件にしても、現状この良いパターンに当て嵌まっていると見える。少しドツボの方にも足を突っ込みかけてはいるのだが。

 

だから、一刀は麗羽に対し、少し冷静になることを勧める。

 

「麗羽、そう考えることは何も悪いこととは言わない。

 

 けれど、少しだけ落ち着いてみようか。ただ闇雲に焦ったところで良い結果は中々出て来ないぞ」

 

「確かに、一刀殿の仰る通りですね。

 

 こういう時こそ、自分が出来ること・出来ないことを正確に見極め、無理のない範囲での限界を探ることが重要です。

 

 足下を固めないままでは、そこを掬われるか或は自らそこに躓いてしまう可能性もありますからね」

 

「さすが稟ちゃん、経験者の言葉は違いますね〜。

 

 かく言う風も経験がありますので、稟ちゃんとお兄さんの意見には大賛成ですよ〜。

 

 一つだけ付け加えますと〜、こういった動きの中でお相手の方と一度じっくりとお話してみるのもいいかと思いますよ〜」

 

「…………ふぅ。

 

 確かに、仰る通りかも知れませんわね。私、少々浮足立っていたのかも知れませんわ。

 

 それと、斗詩さんとお話、ですか。確かに、このままでは悶々としてしまうだけですものね。

 

 分かりました。風さん、お礼を言いますわ」

 

知らず溜めていたらしい息を大きく吐き、麗羽は三人の助言を素直に聞き入れる。

 

この麗羽の言葉を聞き、場の空気が確かに弛緩するのが皆にも感じ取れた。

 

三人とも麗羽の頑固さを大なり小なり承知している。だからこそ、素直に頷いてくれたことには安堵する部分があったのだった。

 

「っと、さすがに時間を取り過ぎたな。

 

 風、稟。ちょっと時間貰ってもいいか?」

 

「おや〜?お兄さんの用件は風達にでしたか〜。勿論構いませんよ〜」

 

「私も構いません。どうかされたのですか?」

 

「ありがとう。

 

 実は二人にちょっと尋ねたいことがあったんだ。

 

 以前二人は大陸各地を旅していたんだったよな?

 

 その時に大陸の東側、今の呉の領土辺りで友誼を結んだ、或いは恩を売ることが出来た相手って誰かいたりしないか?

 

 もし居れば、その人物を紹介してもらいたいんだが」

 

一刀の頼み事を聞いて、二人は少しだけ考え込む。

 

だがその時間は短く、すぐに風が口を開いた。

 

「ふ〜むぅ……それは難しいですねぇ〜。

 

 ちょっとお兄さんのご期待には応えられそうにありませんですよ〜」

 

「一刀殿。正直に申し上げますと、我々は揚州ではあまり士官が出来ていませんでした。

 

 それと言いますのも、登用の時機を逸していたことや募集はありましても求めている役職とは離れたものであることばかりだったからです。

 

 ですから、揚州での友誼のほとんどは旅の資金を得るための繋がりばかりでして」

 

「軍属の繋がりは無い、か。ちなみに、その資金関連の繋がりで豪商との線はあったりするかな?」

 

「いえ。申し訳ありません」

 

「いや、いいんだ。ダメ元だったんだから、稟たちが謝ることは何もないよ。

 

 だが、改めて思い知らされる内容だな。呉は将の数こそ少ないけど、身内とそれに準ずる者、そしてそれらが強く信を置く者だけで構成され、外から入り込む余地がまず無い。

 

 しかもその構成故に互いに絆は深く、生半な揺さぶりは意味を為さないだろうし……

 

 つくづく厄介な相手だなぁ」

 

一刀の呉に対する評価を聞き、稟と風が納得したように頷く。

 

と、麗羽がその言葉に何か引っかかるものがあったようで、一刀に問い掛けてきた。

 

「そう言えば、美羽さんは今、呉の国にいらっしゃるのでしたわね。

 

 袁家の繋がりで耳にした限りですと、あちらの老人連中は随分と好き勝手にやっていたそうですわ。

 

 それも、あの孫堅を相手に、という話ですから、何とも命知らずなことですわね。

 

 美羽さんもその一族だと言いますのに、孫堅さんは美羽さんを処罰されていないですわよ?

 

 身内というわけでもありませんでしょうに」

 

「その辺りは何とも言えないな。何せ、呉に関しては情報が少なすぎる。

 

 けれどもあの孫堅のことだ、ブレているわけでは無いんだろう。

 

 実際には違うのかも知れないが、想定する段階では最悪を考えておく必要があるからな、これでいい」

 

麗羽の表情からは、本当にそれで良いのか、と問いたげな様子があからさまに見て取れる。

 

しかし麗羽の反論は、それよりも早く発せられた稟の言葉を聞いたことで、引っ込められることとなった。

 

「悲観的に考え、楽観的に行動せよ、ですね。我々軍師は危機管理も仕事の一。そこは怠れません。

 

 確かに、呉ほどの相手となると、徹底的に悲観的な想定を行っておくべきなのでしょうね」

 

「稟ちゃん、稟ちゃん。風としては蜀も同様と思いますよ〜。

 

 少し前までならばいざ知らず、今現在はあちらも相当危険な存在かと〜」

 

風の言葉には一刀も大きく頷いている。

 

元より一刀は皆に呉と蜀――正確には孫家と劉備だが――が大きな脅威となることを警告していた。

 

初めは漠然とした影のようであったこれも、今では確かな実体を持った危機感として皆が共有している。

 

ここが”外史”であるからか、諸々の流れは随分と早い。

 

それだけに、今の三竦み状態も近く――非常に近い時期に大きく動くかも知れない。

 

早め早めに準備を整えておくこと。今はそれが肝要であると言えるのだった。

 

「予定外に時間を食っちゃったな。時間を取らせてすまなかった。

 

 俺はそろそろ次へ行くことにするよ」

 

「そですか〜。ではでは、お兄さん。またのお越しを〜」

 

「何かありましたらまた訪ねて来てください。私たちに出来る限りですが、協力は惜しみませんので」

 

一刀はもう一度、ありがとうと頭を下げ、部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

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「さて……どうしたもんかね……」

 

稟たちの執務室を後にした一刀は廊下を歩きながら首を捻っていた。

 

ダメ元であったとは言え、あの瞬間に微かな希望の糸の一本が潰えたことには変わりない。

 

そして現状、他の糸は見つかっていない。

 

今まで呉国に対して張ろうとしてきた間諜と言う名の魏の蜘蛛の巣。

 

それらは糸を渡しきる前に全て断ち切られ、今に至るまで呉の中枢深くに食い込むどころか周辺に辿り着くことさえ出来ていない。

 

撤退基準が引き下げられて以降、黒衣隊からは無駄な死者を出してはいないのだが、その分入る情報は表面的なものばかりに留まっていた。

 

現状でこれというのは正直なところ、かなり厳しい。

 

そしてそれは華琳を始め軍師の誰もが感じていることでもあった。

 

そこで一刀は桂花と話し合い、どうにか呉の深いところへ繋がるものを見つけられないかと悩んだ。

 

色々と細い糸を見つけて当たってみて、その都度それを断ち切られて。

 

遂にその糸が見えるところにはなくなってしまったのがついさっきである。

 

これから先の大陸で生き残っていく――否、覇道を突き進み覇国たらんとすれば、呉の情報を得る筋を作り上げるか、最低でも今後暫くの国力を推定出来るだけの情報を集めておきたい。

 

「隊を使って危険を承知で構築を目指すべきか?…………いや、リスクばかりが大きすぎるか。

 

 それに、仮に構築出来たとして、それをいつまでも維持出来るとは限らないし……そもそも、構築にまで辿り着ける技量を持った者が……

 

 …………っぁあ〜〜〜っ、ダメだ!周泰、甘寧って双璧の存在が大きすぎるんだよなぁ」

 

ブツブツと考えを整理しながら歩く。

 

至急対処すべき問題であるにも関わらず、その方策が頑として思い浮かばない。

 

そのことで少なからず焦燥感に駆られていた。

 

だからだろうか、一刀にしては珍しく注意力が散漫となっており。

 

「きゃっ?!」

 

「おっと」

 

廊下の角で誰かとぶつかりそうになってしまったのだった。

 

「驚かせてしまってすまない、注意不足だった」

 

「いえ、こちらこそ――あれ?一刀さん?」

 

「ん?ああ、斗詩だったのか。

 

 っと、そうだ。足を捻ったりはしてないか?」

 

「あ、はい。大丈夫です。ありがとうございます」

 

頭を下げ謝り合う中で互いに気付く。

 

念のために斗詩が飛び退った際に怪我をしなかったかを確認した後、遅ればせながらの挨拶を交わした。

 

と、斗詩の後ろから別の声が飛び出してくる。

 

「あたいもいるぜ〜!オッス、アニキ!」

 

「おっと、ごめんごめん。やあ、猪々子。

 

 いつものことながら元気だな」

 

微笑を浮かべ、一刀はそう言った。

 

別に嫌味のようなものなどではない。

 

猪々子はタイプとしては季衣のようなもので、いつも明るさを振り撒いていることで自然とムードメーカーとして成り立ってくれているのだ。

 

ここ暫くの武官の鍛錬が以前と比べものにならない程厳しくなっていることを考えると、その二人の存在は馬鹿に出来ない。

 

皆のモチベーションの維持に一役買っていると考えているだけに、猪々子の元気さについつい言及してしまったのだった。

 

「ん〜?そういうアニキは何だか元気無い感じ?」

 

当の猪々子はそんな細かいことは気にする素振りも見せず、逆に一刀の様子に疑問を抱いた模様。

 

その指摘に一刀は多少なり驚くこととなった。

 

「そう見えるか?特に何も無いし、いつも通りのつもりなんだが」

 

「い〜や、なんか今日のアニキは変だ。なあ、斗詩。斗詩もそう思うだろ?」

 

「わ、私!?ちょっと、文ちゃん!

 

 あ、でも……確かに、珍しいな、とは思いました。

 

 元気が、というよりも、もしかして何か悩み事でも抱えていらっしゃるのではないですか?」

 

突如話を振られて焦りつつも、猪々子に同調した斗詩。

 

その言葉に一刀は更に驚きを重ねる。

 

「む……ちなみに、どうしてそう思うのか、聞いてもいいか、斗詩?」

 

「えっと、それはその…………わ、私も一刀さんと、その……同じ、だからです」

 

”同じ”という言葉を使うことに躊躇ってか、斗詩は少々言い淀みつつもそう答えた。

 

が、これだけでは一刀にも何を指して”同じ”であるかは判断できない。

 

「同じ、とは?」

 

「それは、私も大きな仕事なんかを抱えて悩み事が多くなってくると、どうしても移動中なんかでもそのことを考えちゃうんです。

 

 それで注意力が散漫になってしまって、誰かとぶつかってしまいそうになったり……」

 

「なるほど、な。いや、確かにちょっと厄介な案件があってな。

 

 現状のままではまずいんだが、かと言って有効な手も打てないし、当てもない。

 

 さっきも微かな可能性を追ってみて、結局ダメだったしな」

 

溜め息を堪え切れない様子でそう話した一刀に、斗詩は目を丸くしていた。

 

「どうかしたか、斗詩?何か変な点でも見つけたら遠慮なく言ってくれ」

 

何か失言でもしてしまったかと不安になり、斗詩に尋ねてみる。

 

ところが、返ってきたのは全く異なるものだった。

 

「あ、すみません。少し意外だったもので。

 

 えっと……文ちゃんはどう?」

 

「ん〜……アタイには難しいことはよく分かんないけどさ。

 

 でも、確かにアニキらしくはないな〜、って思ったかな」

 

「”らしくない”?というと?」

 

尋ね返され、猪々子は考え考え思ったことを言葉にしていく。

 

「いや〜、なんてーの?型破りってゆーかさ。

 

 アニキなら他の皆が全然思いつかないような手を使ってパパーッと片付けちまう印象が強いんだよ。

 

 まだ来てそんなに経ってないアタイらでもそう思うんだから、他の奴らだったらもっとそう思うんじゃん?なあ、斗詩?」

 

「うん、私も文ちゃんと同じ意見だよ。

 

 一刀さん、勝手な印象の押しつけなのかも知れませんが、私たちの意見はこうなんです。

 

 私の新しい武器や型、見たことが無いけれど一目でとても高いと分かる武の技術、それに”あの”恐ろしいまでの兵器……

 

 この短期間でも、一刀さんが私たちに見せて下さったものは、それだけ強い印象を与えるものだったんです」

 

猪々子と斗詩は本心からそう言っている。それはすぐに分かった。

 

そして、一刀は二人の言葉から、かつてとある人物に言われた内容をも思い出していた。

 

「……”らしくない”、そして”型破りが似合う”、か。

 

 前にも俺にそう言って来た奴がいるんだよな。

 

 …………あいつは今も死線で頑張ってるってのに、俺が一歩引いてちゃあ示しが付かない、よな」

 

暫しの沈黙、そして出した答え。

 

それはかつての状況の再現のようなものでもあるように感じられた。

 

「ありがとう、斗詩、猪々子。おかげで吹っ切れて考えることが出来そうだ」

 

「いえ、お役に立てたのでしたら幸いです」

 

「よく分かんねーけど、アニキのやることならきっと大丈夫だぜ!」

 

「はは、そうだな。その信頼には応えられるようにしないとな」

 

猪々子の言葉に笑みを見せる一刀。

 

そこには既に先ほどの悩みを色濃く乗せた皺は一本も見られないのであった。

 

 

 

 

 

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それから二言三言、二人と言葉を交わした後、互いの目的のために別れる。

 

一刀はこの時、既に目的地を変更していた。

 

その行き先は二つ。一つは真桜の研究所。そしてもう一つは桂花のいる情報統括室。

 

まずは軽く済ませられる真桜の下へ。

 

幸いすぐに彼女は見つかり、一刀は真桜に依頼を告げた。

 

「へ〜、なんかおもろそうなもんやん!

 

 形状は問題無いやろし、強度の方も凪の閻王作る技術応用すりゃなんとかなる思うで」

 

「そうか。さすが真桜だな。なら、悪いが一仕事頼む。

 

 仕上がりはどのくらいになりそうだ?」

 

「うちに任せときぃ!せやな〜……ま、十日ありゃあ、諸々の条件含めて作れるやろ。

 

 そんで構へん?」

 

「ああ、十分だ」

 

「おっしゃ!ほんなら早速仕事開始や!腕鳴るわ〜!」

 

快諾の後、トントン拍子で全てが決まる。

 

真桜の背にもう一度、頼んだと声を掛けてから、今度は桂花の下へ。

 

そこで一刀は先ほど決めた策を桂花に伝えた。

 

「……うん、まあそうなるんじゃないかとは思ってたわ。

 

 実力の面から見ても現実的なのはそれくらいでしょうし。けれどね……」

 

一刀の策を聞いても桂花は特に否定を入れなかった。どころか、肯定の意と取れる言葉が出て来る。

 

そんな中、一度言葉を切ってから桂花は視線鋭く一刀に問い掛けてくる。

 

「今、この時期にあんたがこの地を離れることの意味、分かって言ってるんでしょうね?」

 

「問題と見るのは二点。武練の件と御遣いの件。

 

 武練の方は問題ない。鍛錬のやり方は一通り教えたし、仕合は恋がいるからな。

 

 御遣いの件は……悪いが、桂花、どうにか誤魔化してくれ。なんなら隊員を使って構わないから」

 

「はぁ、あんたって奴は…………分かったわよ、呉へでも蜀へでも、好きなように行って来ればいいわ。

 

 ただし!絶対に無茶はするんじゃないわよ?

 

 今、あんたに何かあると、魏がまずいことになりかねないんだから」

 

「ああ、重々承知している」

 

これで桂花の承諾も得れた。

 

既に桂花の言葉からも出ていたが、策の内容は単純なもの。

 

一刀自身が乗り込み、情報を極限まで収集してくる、というものだった。

 

「それで、さすがに一人では行かせられないのは分かってるわよね?

 

 最低あと一人、補佐役を選びなさいよ。

 

 黒衣隊からでも出す?」

 

「それでもいいんだが、呉のことを考えるとな。実力と走力が欲しいところだが……

 

 …………ん?待てよ……そうか、あいつを連れていけば、上手くいけば一石三鳥にも……!」

 

考え込んでいた一刀が不意に顔を上げたことに桂花が反応を示す。

 

「決まったの?で、誰?」

 

「ああ。連れて行こうと決めたのは――――」

 

その後に続いた言葉に、桂花は驚かされることとなったのであった。

 

説明
第百四話の投稿です。


拠点回がようやく終わり、ですね。
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コメント
>>marumo様 すみません、消し忘れですね。修正しておきます。ご指摘ありがとうございます。(ムカミ)
人間というのは競争の中で己を磨き、は諸々の向上へと繋げる生き物なのだから。  は、が余計?誰が御供か気になる終わりかたですね(marumo )
>>nao様 さて、誰なのでしょう。是非、次話をお楽しみにしていてくださいw(ムカミ)
>>本郷 刃様 トップがフラフラしていては組織が安定しませんからね。華琳がいるなら、とも思いますが、大陸において”天”を冠することは想像以上に重かった、ということで(ムカミ)
>>心は永遠の中学二年生様 ほほう。なるほど。そういった類の言葉遊びが出来る能力が欲しいですね……(ムカミ)
>>アストラナガンXD様 一刀が主導で将の強化を図っていること、一刀が神輿としても将としても十二分に認知されたこと、などから簡単にその決断には至れなかった、と解釈して頂けると幸いです。(ムカミ)
呉はやはり一刀がいくしかないよな〜一石三鳥にになる人って誰だ?(nao)
やっぱり一刀が直々に動くことになりましたか、まぁ国という中での重要人物になってからは勝手に動くこともままなりませんからね(本郷 刃)
一石三鳥→一石三『烏』→三羽烏→凪、真桜、沙和と考えて私は悪くないと思いたいな・・・(心は永遠の中学二年生)
“一刀自身が動く”と言う答えにだいぶ遠回りしましたねぇ。お供に誰を連れて行くやら楽しみです。(アストラナガンXD)
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