紫姫
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 いつからそこにあったのか、それを知る者は誰もいません。人類がその土地を開拓したとき、既にその城はそこにありました。

紫一色の広大なラベンダー畑に囲まれた観光地として有名なその城。そこで暮らしているのは一人のお姫様とその執事。

 その姫の名は紫(むらさき)姫(ひめ)といいました。

 

 今日も一人で朝食をとる紫姫。広々とした大食堂には城の主である紫姫しかおりません。いつものように大食堂は朝の静寂に包まれています。しかしその静寂も長くは続きませんでした。

「じじい! おいどこにいるじじい!!」

 紫姫は黄金のナイフでテーブルを叩きながら執事を呼びました。大食堂は音を遮るものが一切無く、紫姫の怒声が木霊します。居住者が紫姫と執事二人だけの閑散とした城内では物音が悲しいほどに響き渡るのです。

「どこへ行ったんだじじい!」

「紫姫様、ワタクシはここにございます」

 その声に紫姫が振り向くと執事はまるで影のように紫姫の背後に現れました。執事はいつだって神出鬼没です。

「じじい、私はもうキャベツは食べたくない!! もっと言えば見たくも無い。この世のキャベツを消し去りたいくらいだ」

 テーブルに並べられた陶器の皿の上にはいかにも新鮮なキャベツが丸々と大胆にそのまま置かれています。ありのまま着飾らない立派なキャベツが二つ。紫姫は胃にムカつきと吐き気を覚えました。

「それはワタクシが城の菜園で丹精こめて育てた紫キャベツと、先日改良に改良を重ねやっとのことで開発に成功いたしました、紫レタスにございます」

「気持ち悪いわ!!」

確かによく見ると、二つの野菜のうち一つはフレッシュなレタスでした。新鮮さを物語るように葉についた水滴がよりいっそう紫姫を苛立たせます。

「おや、お気に召しませんでしたか。それでは今朝完成させたばかりの紫白菜を」

「いい加減にしろじじい! しかもなんだかややこしいぞ!」

「やれやれ」

「ぶっ殺すぞ!!!」

 紫姫はパンクな言葉を執事に吐き付けると罪のないキャベツにナイフを突き立てました。本来キャベツはナイフを使用して食べるものではありません。

「いけませんお嬢様!! お嬢様は紫であるからこその紫姫様なのです。そのように紫キャベツを粗末に扱ってはお嬢様のアイデンティティーが失われてしまいます」

「別に私はそこに自己証明を求めていない!」 

紫姫は紫の瞳に紫の長髪、そして執事の用意した紫のドレスによって全身をこれでもかと紫一色で染めあげています。

髪と瞳は自前のものなので誰にも文句は言えませんが、執事による紫尽くしの毎日に紫姫は不満を抑えることができません。

 

「何故私はこうも毎日毎日紫色のものばかり食べなければならないんだ!! 肉だ、肉が食いたい。牛の首を絞めてこい」

「牛はもう既に出荷済みでございます」

「ならば豚だ」

「今頃ハムにでもなっている頃かと」

「なんなんだお前は!! ほんとに執事か!?」

「今のご時勢、収入無くしては明日を生き抜く事はできません。お嬢様を立派に育てあげるためならば、ワタクシどんな苦労でも厭(いと)いませんとも」

 そう言われるとさすがの紫姫も執事に罵声を浴びせ続けることに対して胸に一抹の痛みを感じざるをえませんでした。

 

 紫姫がこうして姫を名乗っていられるのは執事の働きによるものだということは誰の目にも明らかです。

執事の話では紫姫の両親は「黄金王」と「黄金姫」という大層な名前で呼ばれており、両親揃って毎日ビールばかり飲んでいたために肝臓を壊し、悔やまれながらもその命を落としたということでした。馬鹿なんじゃないかと紫姫は素直に思いました。

その馬鹿な両親の子である紫姫の生活ぶりといえば、両親の遺品から発見したゲームボーイ(限定版ゴールドカラー)で遊んでばかり。金色はなんて悪趣味な色なのだろうとしみじみと思いながらもすっかりゲームボーイの虜です。

実際問題、もしも紫姫が紫を失ってしまえば紫姫はただの姫です。いえ、姫と呼ぶことすらおこがましいただの小娘同然です。

日がな一日を無為に暮らしていけるのも全ては執事と紫というインディビジュアリティーのおかげだと言っても過言ではありません。

しかし、小娘同然の紫姫にだって不満が溜まるのも仕方はありません。人間だもの。

 

「しかしもう紫は飽き飽きなんだ! このドレスを見るだけで胸焼けを起しそうだ」

「それは焼き芋の食べすぎかと」

「こんなドレス破り捨ててくれる!」

「いけませんお嬢様」

「それに何故なんだじじい! 衣装は徹底して紫で統一しているのに、なぜ下着だけは白なんだ! 逆にそわそわして気持ちが落ち着かないぞ、説明しろじじい!」

「そこだけは譲れませんお嬢様! 紫の下着なぞなんて破廉恥(はれんち)な。そのような低俗なものはお嬢様には相応しくありません」

 紫姫は自分の下着が執事の趣味で選ばれていたことにどん引きです。これも後日抗議することを胸に決めました。

「とにかく私は紫色以外のものが食べたいんだ!」

「それではデザートに用意した紫芋のタルトもいらないということですね?」

「……今日はそれで我慢してやる」

「御意(ぎょい)。すぐにお持ちいたしますお嬢様」

 紫姫ぐらいの年頃の小娘はスイーツの前では平伏すことをやり手の執事は心得ているのです。

こうして紫姫は幸せなお姫様生活を送り続けるのでした。

 

おしまい

 

 

説明
短編です。
わがままな姫様とお目付け役の執事を描いた超短編です。
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タグ
ショートストーリー 執事  わがまま 

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