とある武術の対抗手段《カウンターメジャー》 第二章 信仰に殉ずる:六
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羽曳野《はびきの》で真伝天草式を取り逃がした天草式と廷兼郎の一行は、ひとまず拘束した真伝天草式の面々を連れて木造船へと戻っていた。

 真伝天草式から情報を引き出そうとしているが、一向に事態が進展する気配は無い。廷兼郎はその様子を、呆れ返った様子で眺めている。

 それも仕方の無いことだろう。てっきり拷問でも掛けるのかと思いきや、天草式が行っているのは、単に協力を頼んでいるだけに過ぎないのだから。

 殆ど泣き落としと変わらない説得方法である。

 

「何で拷問なり何なりして、情報を引き出さないんです?」

 隣に立っている対馬に尋ねると、彼女は苦りきった顔をして、きつい視線を返した。

 自分から喧嘩を吹っかけた後ろめたさからか、彼女は廷兼郎の近くに来て話し相手になってくれた。

「仲間に、そんなことをしたくはないのよ。それに、痛みで強要した自白の信憑性は疑わしいわ」

「とはいえ、事は一刻を争うのでは? 日本全体を巻き込んでの事態に発展する可能性があるのでしょう? 日本国民の僕としては、早々に解決方法を探っていただきたいのですが」

 対馬はそれを聞いて、払うように軽く笑った。

 

「……外野は暢気なものね」

 その言葉には、さしもの廷兼郎も色を失った。何か言い返そうとしたが、彼はその言葉をぐっと飲み込む。代わりに、自分を落ち着けるためか、深く息を吐いて、

「なら、内野に回るとしましょう」

 と言って、険しくなった顔のまま、尋問をしている建宮たちの元へ歩いていった。

「どうする気?」

 対馬の言葉に、廷兼郎はこれ見よがしに失笑してみせた。

「天草式が手を拱《こまね》くなら、天草式じゃない僕がやるしかないでしょ」

 

 

 

 真伝天草式の面々は、建宮たちの説得も空しく、一向に協力する素振りを見せなかった。

 同じ天草式十字凄教徒として、自分たちに協力してくれと再三要求しているが、彼らは黙秘し続けていた。

 このまま事態が膠着すれば、真伝天草式が次の行動を起こしてしまう。白鳥陵というヒントを使い果たした今となっては、次に真伝天草式が向かう場所を特定することは出来ない。

 拘束した真伝天草式の人間に、直接聞くしか方法はない。

 

 建宮の焦りを受け流し、真伝天草式は黙りを決め込む。それはまるで、真伝天草式と天草式の隔たりを体現しているかのようだった。

「建宮さん。尋問、交代してもらえませんか?」

 膠着した場の空気を破るため、廷兼朗は建宮たちの輪の中に入っていった。

「お前さん、尋問なんか出来るのかよ?」

「仲間を慮うあなたたちよりは、上手く出来ると思います」

 

 挑発的な言葉に、諫早《いさはや》が反応する。

「天草式の問題に、口を出すのか?」

「日本が支配されるだのと、煽ったのはあなた方だ。僕はこの事態を憂い、非才の身ながらもお力添えしたいと考える、一日本国民に過ぎません」

 間髪入れず、そして有無を言わさぬ口調で答える。

 厳かな低音が、静かに周りを威嚇する。

 

「それほど酷なやり方はしません。僕は尋問官ではありませんから」

 ふいに力を抜き、廷兼朗が淡く笑って見せた。その柔さのまま、気軽に真伝天草式の男の肩に手を置いた。

「まず、名前を教えていただけますか?」

「……」

 相手が変わったとて、真伝天草式の覚悟に変わりはないようで、言葉を返す代わりに反抗的な目線を向ける。

 

「分かりました。では真伝天草式の方、少し、お付き合いください」

 言って、廷兼郎は男の鼻に中指をするりと突っ込んだ。その鮮やかな手際に、食らった本人も、周りの人間も一拍置いてから事態を把握した。

 小さな鼻の穴に、中指が根元まで飲み込まれていた。首を振って逃げようとする男の頭を、左腕でがっしりと抱え込む。

 

「んんんがああああああああああああ!!」

 捕まってからこっち、一言たりとも漏らさなかった男の口から、木造の船を割らんばかりの絶叫が鳴り響いた。

 

 その声は、およそ人間の発する声ではなかった。獣にも似た咆哮は、人間であることをやめてこそ出せる声だ。

 人の尊厳、勇気、愛情、その他諸々が、頭の芯まで真っ白になるほどの痛みを受けて、自分の体の外に追いやられてしまってこそ、吐き出せる声だ。

 

 かつて、廷兼郎も上げたことがある。この声を上げた人間が立ち直るのは至難を極めることを、彼は経験から知っている。

「五、四、三、二、一、零」

 カウントを終えると同時に、廷兼郎は指を引き抜いた。べっとりと粘性の高い血が、長い中指に纏わり付いている。

「ルールは簡単です」

 男の耳に口を押し当て、耳元で囁く。

「十秒間、猶予を与えます。その間に自白してください。自白の内容は、既に説明されていますね」

 睦み事を営むような優しさで、廷兼郎が男に語りかける。

 

「その間に自白がなされない場合、十秒間、あなたの鼻に指を入れます。たったそれだけの、単純なゲームです」

 左の鼻の穴から、止め処なく血が溢れる。男は腕を縛られているので、それを拭く事も許されない。

「ゲームですので、こちらもルールは守ります。鼻以外の場所には指を入れません。では、再開しましょう」

 そして廷兼朗は、男を掻き抱いたまま、右の鼻に中指を差し入れた。

 

「んぐうううううううう!!」

 肩を顎に押し当て、左腕で押さえているため、今度の悲鳴は音量が低くなっていた。その分、声を上げたくとも上げられない喉が、はちきれんばかりに力んでいた。

 頬が削げるほど筋張り、歯がバキバキと、砕けてしまいそうな頼りない音を発する。

 それで廷兼朗は、何ら姿勢を変えようとしない。

「三、二、一、零」

 血みどろの中指を引き抜き、蛇口を開いたように鼻から血が流れ出す。

 

「十、九、八、七……」

 自白の猶予が刻々と過ぎてゆく。がくがくと揺れる半開きの口が、かろうじて言葉を結ぶ。

「言う、言うから! やめ、やめてくれ!」

 鼻血どころか涎も涙を垂れ流し、男はなりふり構わず懇願した。

 

 最初の悲鳴を聞いたときから、それは廷兼郎の思惑の内だった。

「よくがんばりましたね。あなたの勝ちですよ」

 満面の笑みを返しながら、労うように男の肩を叩き、廷兼朗は先を促した。

説明
東京西部の大部分を占める学園都市では、超能力を開発するための特殊なカリキュラムを実施している。

総人口約230万人。その八割を学生が占める一大教育機構に、一人の男が転入してきた。
男の名は字緒廷兼郎(あざおていけんろう)。彼が学園都市に来た目的は超能力ではなく、武術だった。

科学と魔術と武術が交差するとき、物語は始まる
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