とある武術の対抗手段《カウンターメジャー》 第二章 信仰に殉ずる:八
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 特殊移動用術式『縮図巡礼』の『渦』に飛び込んだ廷兼郎と天草式の一行は、瞬く間に大阪から熊本は阿蘇山へと移動した。

 白井黒子の空間移動《テレポート》に付き添ったことのある廷兼郎は、殊更に抵抗無く『渦』の中へ入っていった。

 真夜中の阿蘇山は、不気味なほど静まり返っている。『縮図巡礼』で移動してきた場所は、中岳《なかだけ》の火口と思われる。周りには一切の草木は無く、赤茶けた土に黒ずんだ溶岩が転がっている。そして今なお続く火山活動の証として、火口から噴煙が立ち上り、月明かりを受けて夜空に白く浮かび上がる。

 まずはここから下山しなければならない。大層な手間だが、大阪から一瞬で移動してきたことを思えば安い代償である。

「よし。宇佐へ向かう班と菊池へ向かう班に分かれて、捜索を開始するのよな」

 

「おいおい、俺の故郷に何の用だ?」

 

 全員の視線が、山頂に釘付けになった。

 肩掛けに担いだハルバートの刃が、一際大きく紫電を放つ。

「菊池!?」

 建宮が驚きの声を上げる。それも無理かならぬことだ。ここで遭遇するとは思っていなかった、黒い外套を羽織った大柄な男が、長得物を携えて目の前に現れたのだから。

 折れた鼻を固定するためか、顔にはバツの字を描いて包帯が巻かれている。折れた鼻骨が痛むのか、白い布から覗く目は充血気味である。

「こっちから出向いて、手間ぁ減らしてやったぜ。感謝しな!!」

 菊池の声に合わせる形で、残りの真伝天草式のメンバーが現れる。山頂から大きく陣営を広げ、天草式を見下ろすように取り囲んでいる。

 

「どうやって、ここに?」

「こちとらてめーらより少人数だからな。小振りのチャーター機使えば済むんだよ」

 掌で飛行機を模して、子供が遊ぶときのように振るう。その無邪気さが余裕となって、天草式に伝わる。

「んなことよりも、聞きてーことがあんだろ? 建宮《たてみや》、恥ずかしがらずに言ってみ?」

「……金印は見つかったのかよ?」

「それがよお、聞いてくれよ。阿蘇山だと思ってたらはずれでな。影も形も見当たんねーんだわ、これが」

 

 大きく手を広げ、菊池は大仰に嘆いてみせる。舞台俳優のようにメリハリのある動きだ。その仕草がいちいち、こちらの神経を逆撫でる。

「だから、ゆっくりじっくり、金印を探したいんだわ。おめーらにこそこそ後ろから付いてこられっと、気が散るんでね」

 肩に置いてあったハルバートを振り下ろし、手近な岩を打ち砕く。均衡を失った岩の残骸が、下にいる建宮たちに降り注ぐ。

「ここで、てめーらとの因縁を断つ。後顧の憂いなく、俺たちは日本を支配する」

 一歩、菊池が降りてくる。合わせて、真伝天草式が動き出す。

 

 対する天草式も負けてはいない。既に各々の武器を構え、臨戦態勢は整っている。

「その人数で、何が出来るのよ、菊池」

上を取られたからといって、臆する天草式ではない。それに相変わらず、人数は天草式が上回っている。

「ふん。大阪でのこと、もう忘れてるようだな」

 言うに早いか、菊池が真上に掌をかざす。そして大きなボタンで押すかのように、軽く手を伸ばした。

 

 菊池の体から、何かが爆ぜた。得体の知れない不可視の力場が、爆発と形容していい速度で広がり、近くにいた建宮たちを瞬く間に飲み込んだ。

 瞬く間に通り過ぎた違和感を、建宮ら天草式は正確に感じ取った。

「これは!?」

「大阪のと似てるが、規模も威力も段違いだぜ。金印の欠片を三つ足し合わせたんだからな」

 菊池は腰に手を宛がい、結び付けてあるアクセサリーをこれ見よがしに振ってみせた。

 

 紫の帯で括られた小さな金の塊。一部分欠けてはいるが、まさにそれは、教科書などに載っている金印紫綬《きんいんしじゅ》と相違無い代物だった。

「駄目、出来ない。魔術が全然使えない!?」

 突然、対馬が半ばヒステリックな声で叫ぶ。

 真伝天草に油断無く構えている廷兼郎を他所に、天草式は慌てふためきながら、魔術の行使が不可能であることを確認し合っていた。

 一人の例外も無く魔術が行えないことは、間を置かず明らかとなった。

 大阪のときとは違い、一切の魔術が発現せず、身に纏っていた防御術式も解呪《ディスペル》されてしまったという言葉を、廷兼郎は歯を軋ませながら聞いていた。

 

 建宮はかつての仲間を、苦りきった顔で見つめていた。

「これが、金印の力なのか!?」

「そうだ。この日ノ本、金印紫綬を司る者の許可無くして、魔術呪術の類を禁ずる。それこそが、金印紫綬の力だ!!」

 親魏倭王の金印紫綬は、魏国より賜った日本支配の象徴である。剣や槍のような、直接的な武力による支配を意味しているのではない。あくまで象徴であり、建前であり、形であり、偶像である。

 鬼道という呪術で日本を支配していた卑弥呼に渡された時点で、金印紫綬は鬼道による日本の支配を肯定したことになる。卑弥呼以外の魔術呪術の一切を制御し、真の意味での支配をもたらす。能く民衆を惑わすのは、金印紫綬を賜った一人で十分ということだ。

 何も出来ない天草式に対して、真伝天草式の魔術が迸る。雷が、炎が、風が、水が、各々得意とする魔術が所狭しと駆け巡る。

 任意の対象の魔術を禁じるも許すも、今や菊池の胸先三寸に委ねられている。

「まだ一欠片集まってないが、お前らを潰すには十分だ。今やこの阿蘇一帯が、俺の支配下だからな」

 魔術を使える者と、使えない者。その差はあまりに深く、抗い難い。魔術を知る者なら、より実感していることだろう。

 真伝天草式が前進するのに合わせて、天草式が後退る。

 

「喝ッ!!」

 

 夜空をどよもす一声が、阿蘇の山に響き渡った。それは魔術を使えず、魔術も知らぬ者が上げた対抗の勝鬨だった。

 両陣営は思わず歩を止める。

 気炎を挙げて一転、ふわりとした口調で廷兼郎は言った。

 

「呑まれていますよ、皆さん。そんなへっぴり腰では、逃げるも戦うもままならない」

 自分の足腰を見せ付けるように、金剛搗碓《こんごうとうたい》を行う。打ち下ろした震脚が溶岩を踏み割り、ずしんと重い音響を放つ。

 腹の深いところが、力強く揺すられる。

「建宮さん、何か策はありますか?」

 優しく、確固たる声で問いかける。廷兼朗は魔術に関して門外漢であるため、魔術を前提にした戦い方は建宮に仰ぐのが得策だ。

 建宮は何とか自制心を取り戻し、この場で最良の方策を割り出す。

「……まず、この場は退く。このままじゃ、なぶり殺しなのよ。そして遠距離から、魔術で菊池を狙撃する」

 廷兼朗には、それが有効かどうか確かめる術はない。それ以上聞くような無粋はせず、建宮ら天草式を信じ、自分に出来ることに徹する。

「そうですか。では僭越ながら、殿《しんがり》を勤めさせていただきます」

 まずこの場は戦うこと以前に、見せることが大事だ。気迫で負けた状態では、何をしても遅れを取る。窮地にあるときこそ、己のほうから気を放たなくてはならない。

「……頼めるか?」

「御意に」

 

 それだけ言葉を交わすと、建宮率いる天草式の面々は一目散に下山を開始した。それを追おうとする真伝天草式の前に、当然のように廷兼郎が立ちふさがる。

 限界まで吸い込んだ呼気を、相手に浴びせかけるように吐き出した。

 

「これより七生を以って、天草式十字凄教の御方々、ご守護勤めさせていただく!!」

 時代がかった口上を、身を震わせながら叫び立てる。その気迫のみで、天草式を追う動作を止めてみせた。

「殿こそ武人の誉れ!! なれば真伝天草式の皆々様、用があろうと急ぎだろうと、お立ち合い願おうぞ!!」

 

 山肌を舐めるように、廷兼郎は下から高速で間合いを詰めた。ここで取るべき『対抗手段』を、彼は知っている。骨身に沁みて、憶えている。

説明
東京西部の大部分を占める学園都市では、超能力を開発するための特殊なカリキュラムを実施している。

総人口約230万人。その八割を学生が占める一大教育機構に、一人の男が転入してきた。
男の名は字緒廷兼郎(あざおていけんろう)。彼が学園都市に来た目的は超能力ではなく、武術だった。

続きを隠す科学と魔術と武術が交差するとき、物語は始まる
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超能力 魔術 武術 バトル とある科学の超電磁砲 とある魔術の禁書目録 

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