とある武術の対抗手段《カウンターメジャー》 第二章 信仰に殉ずる:九 |
フランベルジュの穂先から、真っ赤な舌が伸びる。剣の軌道に合わせて振るわれる炎が、斜面をなめ尽くし、廷兼郎の居た場所をも飲み込む。
燃える舌に包まれる前に、廷兼朗はその場に倒れ込んだ。
重力に逆らわず、余計な力を入れず、体が地面と平行になるまで落とす。落下する力を、そのまま前に出る力へと変換する。
炎と斜面に出来た僅かな隙間を、ゴキブリのように伏せながら突進する。刈り上げた髪の毛が僅かに焦げるも、体が焼かれることはなかった。
敵の魔術師の足元に忍び寄った廷兼郎は、地面に手を付いて水面蹴りを放つ。それは膝の裏を的確に狙撃し、確実に機動力を奪った。
呻きながら崩れ落ちる魔術師の頭を、今度は腰を入れ替えて蹴り上げる。円弧を描く足の甲が頭を跳ね上げ、さらに伸びて反り返る。廷兼郎は蹴りの勢いに逆らわず、くるりと後転して立ち上がった。
斜面に寝そべる仲間を見て、他が警戒を強める。これまで二度に渡って真伝天草式の魔術師を打ち倒してきたことを踏まえ、容易に近づくことが出来ずにいた。
「何やってんだ!! てめーら!!」
最も高い位置にいる菊池が一喝した。
「そうやってお見合いすることが、こいつの魂胆だって分かんねーのか!!」
菊池の言うとおり、これこそ廷兼郎の望んだ展開だった。
気迫で相手を押し返し、身構えさせ、慎重な態度を取らせる。そうして労せず、天草式の逃亡時間を稼げるという寸法だ。
「全員とっとと天草の連中を追いかけろ!!」
菊池の怒声を押されて、蜘蛛の子を散らすように真伝天草式のメンバーが下山を開始する。もう廷兼郎になど目もくれない。
「くそッ!」
通り過ぎる相手を逃さんと、横合いから腕刀を繰り出す。その手を払うように、ブロードソードが振るわれる。単なる払いとはいえ、それは刃である。むやみに腕を叩きつけていい代物ではない。
相手がこちらの攻撃に反応したのを確認し、腕刀を袈裟斬りに降ろす軌道の途中で、廷兼郎はさらに刃に向かって踏み込む。右腕はその流れに逆らわず、力を抜いて折り畳み、代わりに肘を突き出す。
振り下ろす直線的な動きから、ぬるりと滑り込む緩い動きへと変化する。
腕を切り払うはずだったブロードソードを掻い潜り、がら空きの脇腹に硬い肘を叩き込む。八極拳が套路の一つ、外門頂肘である。打撃音を上回る震脚を響かせ、真伝天草式の一人が真横に突き飛ばされる。彼は登山道を外れ、急斜面へと吸い込まれていった。
すぐに通り過ぎた連中へと目を向ける廷兼郎だったが、その背中にぞわりと悪寒が走る。
山の頂近くにも関わらず、廷兼朗の後ろから激しい水音が届いた。
水脈など皆無の土地である。いったい何事かと振り返ったとき、廷兼郎は改めて魔術の恐ろしさを体感することになった。
大質量の波濤が、こちらに向かって押し寄せてくる。途中にあった岩や石を飲み込んで、もはや土石流となっている。呑まれれば麓まで流されるどころか、押し潰しかねない。
流れに身を任せるのは、この場を離れてしまう上に危険なため却下。地面に伏せて張り付いても、恐らくは土砂に潰される。
退くも必死。留まるも必死。となれば活路は一つ。
山津波に向かって、廷兼朗は斜面を駆け上がった。そして波頭を越える形で、彼は土石流の中へと飛び込んだ。
飛び上がりながら、足下に迫るに土石流を観察する。要は、兆しを見つけることが肝要である。
眼下で荒れ狂う波濤とは逆に、平らかな水面の如く己が気を整え、流れる岩を見定める。
何がどう動き、自分はどう動くべきか。それさえ理解していれば、あとは余計な動きをせず流れに身を委ねる。
激流の上に顔を出す岩の上に、廷兼朗は降り立った。
土石流を生み出した真伝天草式の魔術師がせせら笑う。水に押されて転がる岩の上に乗れば、バランスを崩して巻き込まれるだけだ。
だが、彼女の予想に反し、廷兼朗は土石流に巻き込まれることはなかった。
岩から岩へと、まるで飛び石の上を歩くような軽やかさで跳ねまわる。回転を見越して着地し、瞬時に次の足場を見つけて移る。土石流をやり過ごすどころか、徐々に魔術師へと近づきながら。
「はッ!」
廷兼朗は一際大きく飛び立ち、旋転しながら魔術師へ飛び蹴りをかます。必殺の魔術を突破されて動揺した真伝天草式の魔術師だったが、迎撃するために剣尖から水流を放つ。
岩をも動かす水の勢いを廷兼朗はモロに食らい、バランスを崩して前のめりになる。
そのまま水に流されるはずだった体が、前方宙返りを行いながら間合いを詰めてくる。
魔術師が自分の悪手に気づいた時には、回転して威力を増した踵が彼女の脳天に突き刺さっていた。
頭蓋に浸透する衝撃が意識を寸断し、ようやく水流が停止した。
久方ぶりに地面に足をつけた廷兼朗は、自分を落ち着けるべく深呼吸を繰り返す。努めて気を静めている間は大丈夫だったが、切り抜けたところで疲れがどっと押し寄せる。
咄嗟のこととはいえ、山津波を回避できたのは奇跡に近い芸当だ。もう一度やれと言われて出来ることではない。
「これが、魔術か……」
学園都市にいる水流操作能力者でも、これほど大規模な干渉は難しいだろう。魔術とはこれほどなのかと、廷兼郎は素直に感心し、危機を逃れて安心した心を引き締める。
「ウチんとこの女教皇《プリエステス》も常識外れだったが、お前さんも相当だな。倭建命のファンさんよお」
無人の野を行くが如く、悠然と降り来たる。真伝天草式教主である菊池は、鼻面を嬉しそうに擦っている。
「大阪でのあれは効いたぜ。自慢の鼻が潰れちまったよ」
よく見れば、鼻の軟骨がひしゃげ、鼻頭が赤黒く変色していた。
「男前が上がってますよ。羨ましい限りだ」
「それなら、てめーの鼻も潰してやらにゃいかんな」
「そうしていただけると、本当に助かります」
「ふん。いけすかねー野郎だ。大阪での借り、ここで返す!」
左の掌中に凝らせた紫電が、一直線に放たれる。廷兼郎の後ろにあった岩に直撃し、瞬時に爆ぜ割れる。
「同じ手は食わねーってか」
元居た場所から五メートルほど移動した場所に、廷兼朗は立っていた。
「はい。琴弾原《ことびきはら》で倒されてから、あなたのことばかり考えていましたから」
「俺のことを考えると、電撃が避けられるのか?」
「電撃を避けたんじゃない。あなたの殺気を避けたんです」
下らないとでも言いたげに、菊池が大きく鼻を鳴らす。
「そういうのは良く聞くが、信用ならんな」
「魔術なんてものを嗜んでおいて、その言い様は無いでしょう」
「魔術はれっきとした技術さ」
「僕の武術も、れっきとした技術です」
互いに一歩も譲らず睨み合う。元より語らいで相手に理解を促す行為は、この場で無粋なのかもしれない。
「これ以上話しても仕方が無い。ここからは、本身で行かせてもらいます」
「かっこつけやがって。脅しにもならんぞ」
「敬意を表したまでです。では、参ります!」
廷兼郎がゆっくりと前進する。砂を踏む音も、石を転がす音も立てず、蛇のしなやかさをで間合いを詰める。
説明 | ||
東京西部の大部分を占める学園都市では、超能力を開発するための特殊なカリキュラムを実施している。 総人口約230万人。その八割を学生が占める一大教育機構に、一人の男が転入してきた。 男の名は字緒廷兼郎(あざおていけんろう)。彼が学園都市に来た目的は超能力ではなく、武術だった。 続きを隠す科学と魔術と武術が交差するとき、物語は始まる |
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