とある武術の対抗手段《カウンターメジャー》 第二章 信仰に殉ずる:十一 |
油断無くハルバートを構えながら、菊池はそっと脇腹に手を添える。治療用術式を組み上げ、骨折箇所に施す。
それを見咎めたかのように、廷兼朗が踏み込んでくる。すぐさま治療を中断し、穂先から前方に向かって放電する。
廷兼朗のいた場所を電撃が空しく弾く。既に彼の姿は無い。
菊池は僅かな直感を頼りに、体を左に向ける。廷兼朗は電撃を避ける間に、菊池の左横へと移動していた。
彼の頭目がけて、廷兼朗は左足を振り上げている。それを見て湧き上がるのは驚きではなく、呆れに近い感情だった。
先ほどは前方から攻撃されたが、今度は側面から踏み込んできた。ここに至って、僅かだが移動距離が伸びている。
少しでも気を抜けば、背後に回り込まれるかもしれない。廷兼朗の攻勢は、一切の余裕を与えようとしない。魔術師という、常識の埒外に身を置く輩の精神を、廷兼郎の体捌きが徐々に蝕んでいく。
菊池は上体を仰け反り、上段蹴りをやり過ごす。
「けやッ!」
菊池の回避を見越して、廷兼朗は軸足を蹴って踏み込み、腰をさらに深く捻る。
蹴りを放つ動作の途中でさらに踏み込み、退く相手を追いかける蹴りは、ムエタイの高等テクニックである。
赤黒く変色した鼻頭に足先をねじ込まれ、またも菊池の鼻梁が粉砕された。その一瞬、菊池の頭は痛みに囚われた。
菊池の意識が痛みで真っ白に覆われる。眼前に敵が迫っている状況で、それは致命的な隙となる。勿論、それを見越しての鼻狙いである。
左足が地面に下ろされ、蹴り足がそのまま踏み込み足となる。強く響く震脚とともに、今度は右半身が加速する。掌が、湾曲する肋骨に対して垂直に突き刺さる。
右掌底掬い打ち、右肘打、右膝蹴り、そして間合いは離れたところで左後ろ回し蹴り。それら全ての着弾箇所は、菊池の骨折した左脇腹である。
砕けた肋骨をさらに粉砕し、破片を内蔵にめり込ませて余りある四連撃である。そこで終わらず、さらに駄目押しの右鉤突きを大きく踏み込んで放つ。
ガシッ! 廷兼郎の右腕に強い衝撃が走る。右前腕を、ハルバートの柄が押えている。
廷兼朗の背を、怖気が走り抜ける。
脇腹から昇る痛みに耐える菊池が、歯を剥きながら笑っていた。
ハルバートの帯びた紫電が、接触している廷兼朗の体まで伝達する。琴弾原で食らったものと変わらず、それは体の奥の奥まで貫き通る。
筋肉が麻痺し、動けなくなった廷兼朗を差し置いて、菊池をすぐさま術式を整える。足裏に集約させた風の流れに乗って、菊池の体が舞い上がる。大気操作術式で強力な気流を瞬時に発生させ、離脱を図る。
一派の教主を務めるだけあって、菊池の使える魔術は雷撃に限られない。
大気操作術式によって逃げたように見える菊池だったが、それは見た目ほど消極的な策ではなかった。菊池は一気に十メートル近く上昇して体を入れ替え、天地を逆にしながら廷兼朗にハルバートを向けた。
上空ならば、今までのように間合いを潰すことは出来ない。近づけさえしなければ、圧倒的に菊池が有利である。体術で如何に勝ろうとも、何の足場もない状態で十メートルも飛び上がることなど出来はしない。それを叶えるのは、魔術只一つである。
人体の死角である頭上を取り、なおかつ相手を痺れさせたまま離れた菊池だったが、次の瞬間には顔を引きつらせていた。
電撃を食らって動けないはずの廷兼朗は、既に菊池の着地地点に向かって走り出していた。
すぐに動けるような電撃ではない。それでも廷兼郎の走りは、力強いものだった。
電撃から素早く立ち直ったのは驚きだが、間合いは離れてしまっている。廷兼朗の拳は菊池に届かない。
絶対的に有利な条件を並べ立て、己を叱咤する。恐れることはない。躊躇うこともない。ただ目の前の、魔術師でもない格闘マニア一匹に雷を落とせばいいだけだ。間違える方が難しい。一端の魔術師である自分が、それを行えないはずはない。
「終わりだ、素人ッ!!」
今度こそ到来した必勝の機に、菊池の精神が高ぶる。
既に術式は完成している。電撃が空気を爆裂させながら、山肌へと降り注ぐ。
対する廷兼朗は、登山道の途中にある石を走りながら菊池に向かって蹴り上げる。
空から降り注ぐ雷が、廷兼朗の頭頂から足先まで貫いた。そして菊池の顔面に、一抱えもある石が衝突していた。
首までもげるかと思うほどの衝撃を顔面に、それもよりにもよって潰された鼻面で受け止め、菊池の意識が寸断される。
雷に打たれる刹那、咄嗟に放たれた最後っ屁に過ぎない。倒れるのはあいつのほうだ。自分は勝ったんだ。
激痛で混濁した頭の中には、勝利を確信する情報が火花のように爆ぜて回る。菊池は朦朧とした思考の中で、自分は勝ったと思い込んでしまう。
そう思いたいから、そう思っているに過ぎない。裏付けるものなど、何もないのに。
石が弾かれて視界が開けたとき、目の前には廷兼朗がいた。
これから地面に落ちようという僅かな間、時が止まったように二人は見つめ合う。菊池はゆるゆるとハルバートを顔面までかざす。その合間を縫うように、廷兼朗の拳が菊池の顔を捉える。
着弾の音は聞こえない。そんなものよりも、頭蓋の歪む音の方が力強く鼓膜を揺さぶる。
顔面の中心、鼻梁に拳面を潜り込ませるように、手首が返るまで執拗に衝撃を捻じ込む。
致命的な威力で顔面を殴打されて吹き飛ぶ菊池は、既に意識を手放していた。
五メートルほど斜面を駆け上り、菊池の体が無造作に横たわる。その脱力の様は、立ち上がる力すら残っていないことを意味していた。
菊池が動かないのを確認してから残心を解き、拳を戻して廷兼朗は片膝をついた。今更になって、体の奥底から震えがこみ上げてきた。
非常に危険な、紙一重の勝利だった。彼らの勝負を分けたのは、攻撃を食らう覚悟だけだった。
電撃を食らいながらも前進した廷兼朗と、石を食らって意識が飛んでしまった菊池。攻撃を覚悟していた者と、覚悟していなかった者の差が如実に表れた。
菊池と立ち合うことになった時点で、廷兼朗は電撃を食らう覚悟をとうに決めていた。菊池はここに至ってまで廷兼朗を侮り、勝利することに酔ってしまった。故に自分が何らかの攻撃を食らうことなど想定していない状態で、抗いがたい苦痛を被った。
拠り所を無くした状態で、人間が痛みに耐えられる道理はない。
そして意識が断たれた僅かな秒間に、致命的な距離まで廷兼朗の接近を許した。
急ぎ呼吸を整え、廷兼朗が立ち上がる。震える脚で何とか菊池の傍らまで寄り、彼の腰に巻かれている紫の紐をぞんざいにむしり取った。
親魏倭王の金印紫綬。全ての発端となった呪具を菊池から取り上げると、今まで満ちていた圧力のようなものがふいに和らいだ。無くなって初めて気がつくほどの、淡い気配だった。
驚いたことに、菊池はまだ生きていた。廷兼朗は確かに、殺すつもりで拳を放っていたわけではない。だがそれは、単に殺害することに頓着していなかっただけに過ぎない。無論力の限り、精魂の限りを収斂させた、網丘に見せられないのが惜しいほどの一撃である。
魔術師という人種の底知れなさに、改めて廷兼朗は身を震わせた。念のためハルバートを崖から投げ落とし、両手両足を破いた服で縛っておく。
菊池が起きても対応できるよう、彼の頭の近くに座り込む。建宮たちが気がついて戻ってくるまでの間、廷兼朗は阿蘇の夜風で体を冷やすことにした。
説明 | ||
東京西部の大部分を占める学園都市では、超能力を開発するための特殊なカリキュラムを実施している。 総人口約230万人。その八割を学生が占める一大教育機構に、一人の男が転入してきた。 男の名は字緒廷兼郎(あざおていけんろう)。彼が学園都市に来た目的は超能力ではなく、武術だった。 科学と魔術と武術が交差するとき、物語は始まる |
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