とある武術の対抗手段《カウンターメジャー》 第二章 信仰に殉ずる:十二 |
「字緒!! おーい、無事なのよな!!」
大振りなフランベルジュを担ぎ、建宮が手を振りながら上ってくる。その動作は元気そうだが、服には焦げ痕や切られた傷が見え、血のにじむ箇所もある。後ろに連なる天草式のメンバーの姿もそう変わらない。
彼らは彼らで、壮絶な逃亡劇を繰り広げたのだろう。
「一人で解決しちまいやがって、おいしいところを独り占めされたのよ。全く大したもんだ!」
一人で解決したというのは、とんでもない誤解だ。真伝天草式を上手く分断させた作戦。自分との一騎打ちを望んだ菊池の気性。一般人を見下す魔術師の性癖。それらに助けられて、ようやく掴み取った勝利である。
そう言おうかと思った廷兼朗だったが、うれしそうに自分に絡んでくれる建宮や諫早を見ていると、そんなことで水を差すのが申し訳ない気持ちになってしまった。
「建宮さん。早く菊池さんに、回復魔術とやらを掛けてあげてください」
再会を喜ぶのもそこそこに、廷兼朗は建宮たちを菊池のほうへ案内した。
廷兼朗に打撃された鼻骨は粉砕し、赤く腫れ上がっている。同じく右の頬骨が砕けており、眼球が下に落ちかけていた。
そして左の脇腹はどす黒く変色し、腹部が少し盛り上がっていた。恐らくは内臓からの出血で、腹腔内に血が溜まってきているのだろう。
これでも廷兼朗は血抜きや止血を施していたのだが、そんな応急処置では焼け石に水だった。
建宮ら天草式は、手分けして菊池の治療に当たった。脇腹を切開して腹腔から血を抜く様子は外科医さながらだが、顔面骨折に関しては数人で掌を当てているだけだった。
それで治るのか? と訝しむ廷兼朗だったが、魔術というのはそういうものなのだろう、と無理矢理に自分を納得させる。どのみち、応急処置ぐらいしか出来ない廷兼朗が口出しできる状況ではない。
「建、宮……」
意識が回復するまでになった菊池が、傍らで治療している建宮に呼びかける。
「こっぴどくやられたな、菊池。待ってろ、ちゃんと治してやるのよ」
「……やめ、ろ。余計なこと、すんじゃねーよ!!」
治療魔術を施していた建宮に対して、菊池は電撃を放った。呻く建宮から離れるように、菊池が頂上へ向かう。
大きな事件の終了を迎え、穏やかな雰囲気だった天草式に緊張が走る。
斜面を登る菊池の足取りは、健常者のそれではない。満身創痍と言った顔で、今にも崩れ落ちそうである。
「早く、治療を!」
海軍式船上槍《フリウリスピア》を持った少女は、堪らず菊池に向かって走り寄っていた。
「来るな、五和!!」
怪我人のものとは思えない、画然とした声が五和の足を止めた。
「菊池、さん……」
「俺は真伝天草式の教主だ。お前らとは袂を分かったんだ。今更、慈悲は受けられねーよ」
菊池は振り返り、ゆっくりと首を振って天草式の全員を眺めた。
「お前らは女教皇《プリエステス》を信じ、俺は信じなかった。これは、その信仰の結果だ」
子供に言い含めるように、優しげな口調で語る。脇腹を痛め、顔の骨を砕かれながらこの振る舞いを可能としているのは、彼自身の魔術か、それとも精神の為せる業か。
「建宮。俺の下に居たのは、屈強な信徒ではなかった。小さくて未熟な、迷える子羊だ。俺が彼らを、無理矢理に巻き込んだ。今更頼める義理は無い。だが、奴らだけでも拾ってやってくれ」
「元よりそのつもりなのよ。菊池、お前も……」
力なく、菊池は首を振った。
「俺にそんな価値は無い。信じぬ者は、救われないんだ。宗教で身を立てる者が、それを体現しないでどうする?」
その言葉に不穏な気配を感じ取ったのか、建宮の顔が一層険しくなる。
「……駄目だ。菊池、早まるな!!」
言い縋る建宮を見て、今度は力強く首を横に振るった。そんな願いを聞けない。菊池自身の信仰がそれを許さない。信じるべき女教皇を信じなかった結果は、既に出てしまっている。
信じないという信仰を遵守することこそ、菊池に残された宗教家としての矜恃だった。
「建宮齋字!! 俺のように、短気を起こすな。起こさせるな。女教皇の帰りを待たない不信心者の末路を、しかと目に焼き付けておけ!!」
「菊池、やめろ!!」
建宮の叫びも空しく、裁きは下される。
「これが、異端の死に様だ!!」
中岳の頂上を、目を潰さんばかりの輝きが包んだ。一瞬の明滅に過ぎない光が収まると、頂上はこれまで通りの静けさに戻っていた。
天草式を見下ろす形で立っていたはずの菊池は、僅かな匂いを残して、その場から消え失せていた。
鼻孔をツンと刺激する、それは人脂の焼けた匂いだった。
彼は自らが放った電撃で、自分の体を跡形も無く蒸発させた。灰すらも残らない、死に様だった。
「うあああああああああああああああ!!」
呆気に取られている天草式の中から、男が一人飛び出す。久那と呼ばれていた男だ。
「菊池さん、嘘だろ? こんな、こんなのって……」
菊池が居た場所に平伏し、探すように土を掻き分ける。その滑稽な様を笑える者は、ここにはいない。
やがてそれも無駄なことだと悟ると、放心しながら立ち上がり、背中に担いでいたポールアームを引っ掴む。
「……お前さえ、お前さえいなければッ!!」
ポールアームを掲げ、廷兼朗に向かって一直線に駆け下りる。建宮たちの心配を振り切り、申し合わせたように廷兼朗も歩み出る。
降りかかる斧刃へ向かって、自ら首を差し出すように踏み込んでゆく。そして何気ない動作で右手をふわりと挙げる。
まるで力感の伴わない右手ごと頭をかち割るはずだったポールアームが、見事に空転する。
疑似空気投げ。攻勢に出た相手を瞬時に制圧する妙技である。
会心の突きを放ったはずが、いつの間にか地面に寝そべっていることに、久那の思考は追いついていかなかった。自分を見下ろしている人間が、一切の挙措を許さないということだけ、彼は理解していた。
「まるで、茶番ですね」
朗らかに笑いながら、廷兼朗は言った。
「日本中を巻き込んで、陵墓を荒らして、国宝級の遺物を盗み、暴れるだけ暴れて、負けたら後事を敵に託して自殺。その上、逆恨みのおまけつきかよ」
「……お前に、菊池さんの何が分かる!!」
気炎を吐いて怒る久那を、廷兼朗は髪を掴んで引き上げる。
「分かるとか、分からないとかいう問題じゃないだろう。あんたは、人が死を覚悟して吐いた言葉を、踏みにじっているんだぞ」
あくまで静かな声音だったが、そのよく通る低音は、久那の腹の底まで響き渡った。
「『鳥の将《まさ》に死なんとするや、其の鳴くや哀し。人の将に死なんとするや、其の言うや喜《よ》し』。菊池さんが何故、このような騒ぎを起こしたのか、僕は知りません。知ろうとも思いません。ただ、死を覚悟した人の言葉は尊い。それくらいは、僕にも分かります」
髪から手を離し、久那を地面に降ろす。座り込む彼と同じ目線まで、廷兼朗はしゃがみ込む。
「その遺志を受け入れることが、手向けに相応しいでしょう。違いますか、久那さんとやら」
久那は声を押し殺し、静かに呻く。もう彼に敵意は無い。事態の終結を確信した廷兼朗は彼に肩を貸し、斜面を下りる。
建宮のところまで近づくと、廷兼朗は彼に金印紫綬を差し出した。
「元の場所に、戻しておいていただけますか?」
「あ、ああ。もちろんなのよ」
「頼みます」
大勢の天草式を伴って、廷兼朗は早々に下山した。
噴煙が風に揺れる。まるでそれは、彼らを見送る大きな手のようだった。
説明 | ||
東京西部の大部分を占める学園都市では、超能力を開発するための特殊なカリキュラムを実施している。 総人口約230万人。その八割を学生が占める一大教育機構に、一人の男が転入してきた。 男の名は字緒廷兼郎(あざおていけんろう)。彼が学園都市に来た目的は超能力ではなく、武術だった。 科学と魔術と武術が交差するとき、物語は始まる |
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