【2章】
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【砂縛の遺跡】

 

 

もしもあなたが

銃で己を撃てたなら

 

そうすれば

他の全てを救えるのだとしたら

 

迷わず引き金を引けますか?

 

 

■■■■

 

外に出るともわっとした熱気が襲う。そんな熱さに思わず空を見上げれば、これでもかと太陽が輝いていた。

その太陽からの光を受けた大地は、これまた熱い。足元に目を向ければ、不安定な砂が靴を汚した。

砂だらけで草木がほとんど育たぬこの地は、大陸の大半が砂に覆われた砂漠。

右を見ても左を見ても砂、砂、砂。砂以外のものが見えたと思ったら、古く朽ちた建物がちょこんと頭を出している程度。

そんなこの地は世界の西側に位置する大陸。ここは数えきれないほどの長い永い年月の間、魔王に支配されている土地。

砂だらけの場所で、朽ちた遺跡が点在しているだけの何もない場所。唯一綺麗なものは大陸で1番目立つ大きな四角錐。ピラミッドと呼ばれるその場所を、魔王は己のものだと主張し当然のように住み着いていた。

支配と言っても魔王は国を統治をしているわけではない、行っているのは恐怖という名の支配。己に歯向かう者を、面白そうだと思った者を、気の向くままに手当たり次第狩り取って、楽しそうにピラミッドに放り込む。

囚われた住人が詰め込まれているこの建物は、長い長い刻の間、気の遠くなるほどの昔からこの地の争いを見守ってきた。それが今では魔王の玩具箱でしかない。

まだ捕まっていない住人はそんな玩具箱を見上げながら、もしくは俯き足元の砂原を視界に入れながら、もしくは全てから目を逸らしながら。いつまた人狩りが起きるのか、今度は誰が捕まるのか、今度は誰が死ぬのかと毎日怯えながら生きていた。

とはいえ全ての者がそうではない。人々の中には魔王の支配からの脱却を目指し、真っ向から立ち向かう者もいる。

魔王に捕まった大事な人を助けたいと。

帰って来ない家族を取り戻したいと。

もうこれ以上、怯えて暮らしたくはないと。

同じ大陸に生きる仲間を守りたいと。

 

まあ、そういった人々はごく一部。

大抵は「戦うなんて無謀だ」と

「危ないことに巻き込むな」と

「余計なことをするな」と

元いた住居から追い出されてしまったのだけれども。

彼もまた、そのひとり。

 

■■■

 

太陽輝く暴力的な光から隠れるように、少年はペトリと朽ちた遺跡の壁に頬を寄せた。日陰となっているこの壁は、外気と比べるとひんやり冷たい。

「冷やっこい…」とつい音を漏らせば、それは砂漠特有の熱風に運ばれていった。それと同時に砂が巻き上がり少年を襲う。

砂に襲われ目を白黒させながら、少年は己を包んだ砂から逃げ出し、プルプルと涙目で首を振った。勢い余って自慢の帽子がぽてんと砂地に落下する。

少年は慌てて手を伸ばし、帽子に付着した砂を落として被り直す。白い羽飾りの付いた自慢の帽子。この日光の中帽子を無くすわけにはいかないと少年は帽子を被り直し、溜息と共に青々とした空を見上げた。

光から己を守るかのように帽子を目深に被る少年の名を、ダルタと言う。

 

遠くの景色が暑さで揺らめいているのを眺めながら、ダルタは日陰から離れた。早く水を汲んでこなくては。

この地には他大陸には溢れ返っているらしい水がほとんどない。水を得るならば、砂漠を歩き回りオアシスを見つけなくてはならなかった。

魔王が人狩りを始める前まではオアシス近くに住居を構えるのが普通だったが、いつ魔王が襲ってくるかわからない現状、ひと所に定住するのは危険だ。そのため定期的に住処を移動し、見つからないよう隠れ住む。

オアシスの数は限られている。生きるために1番必要な水を得ることは、他大陸と比べると苦労の度合いが違い、この地では1番難しい事柄となっていた。

普段は太陽が沈み多少気温が下がった夜間に汲みに行くのだが、今現在のダルタには貯水がない。夜まで我慢しようかとも思ったが、太陽の機嫌を見るに我慢していると多分死ぬ。

だから仕方なしに水を探しに出たのだが、日陰で休み休み移動していても暑さで死にかけていた。それほどこの地の太陽から降り注ぐ光は強い。

 

「なんで僕らは、ここで生きているのかな」

 

他の大陸はここまで辛い環境ではないだろうにとダルタは、見えないが恐らく他大陸のある方向に目を向けた。この地から逃げる、という選択肢は、残念ながら持ち合わせていない。

ダルタはついと視線を動かし、遠くに小さく見えるピラミッドに視線を送った。あのピラミッドには幾人もの人間が捕まっている。その人たちを助け出すまでは、ダルタはこの地から離れるつもりはなかった。

 

あの時、魔王に住処が襲われた日。

ダルタは運良く魔王の道楽から身を守れたが、ほとんどの者は突然始まった人狩りに対処のしようがなくあっさり捕まってしまった。

捕まった人々はいつもの通りピラミッドに連れて行かれ帰って来ない。屍ですら帰ってこないのだ、まさか骨も残らず喰われているのだろうか、それとも粉微塵になるまで潰されているのだろうか。

捕まった人たちの安否がわからない、しかし時折ピラミッドの中から歓声が漏れ聞こえてくる。それが不気味で恐ろしい。何が行われているのだろうか。

不安さを滲ませながらふうとダルタは息をひとつ吐き、砂漠に小さな足跡を残しながら水を求めて歩き出した。捕まった人たちが心配だ、が、今は己が生きるために水を探さなくては。

確かこの辺りにオアシスがあったはずと、渇き切った喉を鳴らしながら砂原を進む。するとようやく目の前に青々とした草木がふわりと現れた。蜃気楼や幻覚でないことを祈りつつ、ダルタはそのオアシスに足を踏み入れる。

 

「あら、こんにちは」

 

若干意識が朦朧としていたダルタに鈴のような声が掛けられた。ぼんやりした頭で声のした方へ顔を向けるとそこにいたのはひとりの少女。

「あなたもお水を採りにきたの?」と柔らかく笑う彼女はオアシスの精霊かなにかだろうか。少女の綺麗な金の髪と白い肌が砂漠よりもオアシスに相応しい。砂漠に佇むオアシスのようにキラキラしている。

ダルタがぼんやりしながらもゆるゆる頷くと、その様子を見た彼女は慌てたように「大丈夫!?早くお水飲んで!」と水をたっぷり入れたコップを差し出してくれた。やはりオアシスの精霊かな?

差し出された水を一気に飲み干しようやく安堵の息を吐けたダルタは、目の前にいる精霊に礼を伝える。ついでに、ここから少し水を持っていって良いかとお伺いを立てた。

 

「? いいと思うわ、ここは皆のオアシスだもの」

 

少し不思議そうな顔をされたが精霊に許可を貰えたので、ダルタはいそいそと持ってきた皮袋に水を汲んだ。これでしばらくは大丈夫。

「ありがとう、オアシスの精霊さん」とダルタが再度礼を伝えれば、彼女はキョトンとした顔で「精霊…?」と辺りをキョロキョロ見渡し始める。いや君のことだけど。

「精霊がいるの?ここ」と少女が不思議そうな顔で首を傾けたので、ダルタも不思議そうな顔で彼女を指差せば「ええ!?」ととても驚かれた。

 

「違…! 私はこの近くに住んでるだけで…、ジャンヌっていうの」

 

「…そうなの?オアシスみたいに綺麗だから…」

 

ダルタがそう言うとジャンヌは顔を真っ赤にしてオロオロと己の顔を撫でる。慌てたジャンヌの髪が揺れ、光を反射しキラキラと輝いた。きれい。

やはりオアシスの精霊かなとダルタが目を細めるとジャンヌは頬を染めオロオロしながら「本当にただの人なの…」と困ったように呟いた。まあその呟きは、ダルタには届かなかったようだけれど。

水を補充出来たダルタはそろそろ戻らなくてはと、揺らめく砂漠に顔を向ける。暑そう、否、熱そうだなと溜息を吐いた。

しばらくここに居つこうかとも思ったが、先ほどジャンヌが言ったようにオアシスは「皆のもの」である。ダルタがここに住み着けば、オアシスを独占するつもりかと他の人に睨まれる可能性があった。

暗黙の了解で「オアシスは共有の水場、独占も住み着くのも厳禁」とはなっている。とはいえこれは人の善意に依存した儚い取り決めだ、皆が皆守るはずもなくちょくちょくオアシスを巡っての小競り合いは起こっていた。

人同士で争っている場合じゃないだろうに。

再度ダルタが溜息を吐くと、それに気付いたジャンヌは首を傾げ「帰るところ遠いの?」とダルタに声を掛けた。

ダルタが苦笑しながら「熱い中歩くのヤダなあって」と頬を掻く。「あと帰るところはないよ」と精霊、いや違った、ジャンヌに伝える。

ダルタは砂漠を放浪している、定住している住処も、所属している集落もない。まあ、ない、というよりは、なくなった、というべきなのだろうが。いい感じの場所を見つけられたら腰を落ち着かせるつもりではあったが、今のところはまだ見つかっていない。

ダルタの返答と様子を見てジャンヌは「……じゃあ私のところの集落に来る?すぐそこなんだけど…」ともじもじしなから提案してくれた。

 

「あ、でも、私のところは反魔王派で…。レジスタンス活動してる、んだけど、それでもいいなら…」

 

「ぼくもそうだから大丈夫だけど…、いいの?」

 

ダルタは首を傾けた。確かに魔王を苦々しく思っているため派閥としては同じだが、なんせダルタは赤の他人。ただでさえ切羽詰まっている反魔王集落に、無理矢理住み着くつもりはない。

突然見知らぬ子供を呼び込むのはあまり良いことではないだろう。ダルタがそう言うとジャンヌは「人手が足らないから、住んでも大丈夫、というか来てくれると助かると思う…わ」と指をもじもじ弄り始めた。心配なら私が説得するしとちらちらダルタを窺いながら。

ダルタは元々居た集落、魔王に襲われ心が折れて皆が皆「再度魔王に目をつけられないよう大人しく隠れる」派の集落から追い出された身。集落の皆に「諦めず捕まった仲間を助けるため魔王と戦おうよ」と言った瞬間、危険分子として追い出されている。

集落を追い出され、途方に暮れつつひとりで砂漠を放浪するのはそろそろ限界だった。そのため新しい集落、しかも反魔王派の集落に受け入れて貰えるのは嬉しく思う。

けれど。

ダルタは少しばかり探るような目でジャンヌを見つめた。

集落の子が言うなら大丈夫、かな?

また追い出されたり追い返されたりはしない、かな?

ぼくなんかが住み着いても大丈夫かな?

ダルタが見ていることに気付いたジャンヌはまた顔を赤くし「絶対説得するから、大丈夫!」と拳を握る。なら、とダルタは彼女に手を差し出し「じゃあ、お願いしてもいいかな…?」と首を傾けた。

ダルタの言葉にコクコク頷き、ジャンヌはオロオロしながらそっとダルタの手を取る。受け入れ貰えたことが嬉しくて、ダルタがその手をぎゅっと握り返すと、ジャンヌは「ひゃわ!?」と不思議な声と共に真っ赤になって顔を逸らした。

 

「っじゃ、じゃあ!案内するわ!」

 

ジャンヌはダルタに背を向けて、少し足早に歩き出す。手は繋いだままだ、ジャンヌに引っ張られるようにダルタも足を動かした。

道すがら、ジャンヌが集落の人を説得しやすくするためにダルタは己の身の上を話す。それを聞いたジャンヌは「追い出されたの…?酷い…」とダルタに同情してくれた。

でもそれなら大丈夫だと思うとジャンヌは微笑む。どうもジャンヌの集落はダルタと似た経緯を持つ人が多いらしい。というか、そういう人たちが集まって出来た集落であるようだ。

ならきっと追い返されることはないだろうと、ダルタはほっと安堵の息を吐いた。

以前集落から追い出されたときは、爪弾きにされたときは、とても悲しくなったから。

着のみ着のまま熱い砂漠に放り出されて、途方に暮れた身の上だから。

 

■■

 

ジャンヌに案内された集落で、ダルタは歓迎されたとはいえないもののなんとかギリギリ受け入れてもらえた。もちろん「食い扶持が増えるだけだ」と反対する声もあったのだけれど、ジャンヌが必死に説得する。

どうもジャンヌは集落の子供の中でも優等生であったらしい。大人からの信頼が厚かったおかげで「ジャンヌがそこまで言うなら」と反対した人たちが渋々受け入れてくれた形だ。

オアシスにも近く、追い出されもしない場所。ダルタとしてはそれだけでも喜ばしい。

説得してくれたジャンヌと、受け入れてくれた人々に心の底から感謝して、ダルタがぺこりと頭を下げつつ礼を言えば、「礼儀のある子供」と認識されたのか集落の人たちの態度が若干軟化した。

住むところは、いつでも解体可能なテントのようなものを用意してくれると言う。ジャンヌは「私の家でも良いのに」と残念そうな顔をしたが、流石にそこまで世話になるわけにはいかないとダルタは笑った。

住むところを作り終えるまで少し掛かると言われ、ジャンヌもそちらに着いて行った。「ダルタのお家ちゃんと作ってね」と大人たちに訴えているのが聞こえたので、住居の心配してくれたのだろう。

ひとりぽつんと残されて、集落の人たちからは微妙に遠巻きにされている。新参者だから仕方がないが。手持ち無沙汰となったダルタは「じゃあ受け入れてもらえたお礼を兼ねて、何か食べ物でも狩ってこよう」と再度砂漠に舞い戻った。

砂漠に食べ物があるのかと問われたら、一応オアシスに果物や柔らかい葉が生えてはいる。渇きに強い獣もいるし、蠍も食べようと思えば食べれなくはない。

しかし初めて会った人たちだ、ダルタには彼らが何を好むのかわからなかった。

 

「…お肉が嫌いなひとは、あまりいない、かな?」

 

うんとひとり頷いて、ダルタはトコトコ砂漠を彷徨い始める。いっぱい獲れたらいいなあ。

そんなことを考えながらしばらく。陽も傾き少しずつ冷えが砂漠を覆い始めた頃。ダルタは集落に帰還した。

集落に足を1歩踏み入れた瞬間「どこ行ってたの!?」とジャンヌの声がダルタに浴びせられる。

 

「ここが気に入らなくて出て行っちゃったのかと、みんなが、その、ちょっと怖かったし…。どこか行っちゃって、外に行ったって聞いて、心配、し、…」

 

「え、ごめんね。…えーっと、引っ越し祝い?いや、違うな、引っ越しのご挨拶?でみんなにお礼?を…」

 

採りに行っただけだよとダルタは困ったような顔でコテンと首を傾けた。そんなダルタの背後には獣やら蠍やら果物やらが引き摺られている。

目を丸くしているジャンヌを見てダルタは「食べられないものとかあったのかな」と更に困ったような表情となったが、ジャンヌは戸惑ったように「これどうしたの?」となんとか言葉を並べた。

 

「拾った、にしては量が多いし、形も綺麗だし…?」

 

「え?いやぼくが倒して、ちょっと整えただけだよ?」

 

そのままだと持ち運びしにくいし、すぐ悪くなっちゃうからとダルタが続けようと口を開く前にジャンヌは驚いたように「貴方ひとりで倒したの!?」と大きな声を上げる。

その声に驚きダルタは目をパチクリさせた。

そこそこ砂漠を放浪していたダルタは、多少戦えるし食べ物の加工も選別も出来る。というか砂漠でそれが出来ないのは死活問題であるため、故郷を追い出されてすぐ、結構早い段階でそれらのコツを習得していた。

故に「そんなに驚くことだろうか」と首を傾けたのだが、どうやらジャンヌにとっては驚くものだったらしい。ジャンヌの大声は集落中に届いたらしく、何事かとあちこちから人が集まってきた。

その誰もが、ダルタと、ダルタの背後にある物体と、それを褒め称えるジャンヌを見比べ、ジャンヌの「これ!これ、ダルタから、ダルタがみんなのために獲ってきてくれたって!」という言葉に驚いた。

初めてこの集落に訪れた時のダルタは気弱でひ弱そうに見えたため集落に入れたくないと反対した人々も、まあ頼りなさそうだけど子供も放り出すのはなと消極的に受け入れた人々も、反魔王派なら同士だしこれから鍛えれば良いと素直に受け入れた人々も、ダルタとダルタの採ってきた獲物を交互に見比べ「おや?」と考えを改める。

新しく入った男の子は、見た目とは裏腹に、かなり腕の立つ子供だったようだ、と。

 

それからしばらくして、どうやらダルタは無事集落の人々に完全に受け入れられたようだ。最近は「…テントじゃなく家にするか?」と言われるようになった。テントでも問題ないので断ってはいるが。

受け入れられたとはいえ、ダルタが任されているのは雑用のみ。基本的に食料確保の手伝いをしている。まだ自分は弱いから、魔王対抗隊や救出隊の手伝いは無理なのだろうとダルタは考えていた。

実際は子供ながらに集落の生命線である食料調達を任されている時点でダルタはかなり信頼されているし、実力も評価されているのだが。

ただ単に「ダルタは隊に入れても問題無さそうだけど、ジャンヌが無理矢理付いてきそうで危ない」と、主にジャンヌが心配されているだけ。

なんせ「ダルタが獣狩り任されてるなら私も一緒に行く!」と毎回ジャンヌが主張するのだ。ダルタには実績があるから食料調達の仕事を任せているが、ジャンヌはまだ危ないから駄目だというのに。

ダルタが来る前までは聞き分けの良い子だったのに、急に我儘を言い始めたなと不思議に思われているとはつゆ知らず。ジャンヌ自身はただ単に同じくらいの年齢なのに強くて優しいダルタの近くに、ずっと傍にいたいなという想いを抱いただけ。

それがなんという感情なのかは、ジャンヌ自身もまだ知らないのだけれども。

駄目だと言うたびに悲しげな顔をするジャンヌを見て集落の大人たちは「まああれだけ毎日騒ぐなら1回くらい任せてみるか」と困ったように笑った。

もちろん、ダルタから離れないことを条件に。

 

■■■

 

集落の人から「今日はジャンヌと、あともうひとりの子と一緒に行ってくれ」と頼まれたダルタは、集落の入り口でジャンヌたちを待つ。子供だけで行くのは初めてだなあと少し不安に思いながら。

どうやらジャンヌももうひとりの子も、水を汲みに行くことはあるが狩りに出るのは初めてらしい。これは自分の護衛訓練も兼ねているのだろうかとダルタがぼんやりしていると「お待たせ!」と嬉しそうな声が背後から聞こえてきた。

この声にダルタが振り向くと、ピカピカの剣と鎧を身に付けたジャンヌと、割と薄手の衣服に不思議な形の剣を携えた女の子が駆け寄ってくる。

ニコニコしたジャンヌが「今日は頑張ろうね! …あ、こっちはララ。顔見たことはあるよね?」と首を傾けた。まあ確かに顔を見たことはある。ありはするのだが、彼女はだいたい隅っこで蹲っているか、目が合えばダルタを親の仇かのように睨んでくるわで会話をしたことはない。

案の定、不機嫌そうな声色でララは「…違う、ランチュラ。あんたはダメ」とそっぽを向いてしまった。ランチュラの態度にジャンヌはオロオロしているが、つまるところララというのは彼女の友人だけが呼べる愛称なのだろう。

まあ同じ集落で暮らしているとはいえほぼ話したことはないのだし当然かなとダルタは気にせずふたりに笑い掛け、出発を促した。

 

獲物を求めて砂漠を進む3人の空気はやや微妙。ふたりに怪我をさせまいと緊張しつつ張り切るダルタと、始終むすっとしているランチュラ、それに挟まれオロオロするジャンヌ。

ジャンヌとしてはようやく叶ったダルタと一緒の狩りであるのに、友人がダルタが獲物を倒すたび不機嫌になっていくのだから戸惑うしかない。ランチュラも毎日「魔王軍と戦わせろ、救出隊に入れろ」と言っていたのだから、その第一歩である狩りに行かせてもらえたのは僥倖だろうに。

どんどん悪くなる空気のまま、一行は休憩のためオアシスに向かった。

オアシスに着くとすぐ、ダルタは食事の準備を始める。手慣れた様子でテキパキと作業を行うダルタを見て、ジャンヌは何か手伝えることはないかと問い掛けた。

 

「んー、野営でやることを見て覚えてくれればそれでいいけど…。えっとじゃあ油温めて貰えるかな?」

 

「油?」

 

ジャンヌが首を傾けている間にダルタは先ほど狩った蠍とナイフを取り出す。毒を持つ蠍が出てきたことで、ジャンヌもランチュラも目を丸くした。

「ソレ、どーするわけ?」とランチュラが怪訝そうな顔で聞いてきたので、ダルタは「食べるよ?」と事もなげに答える。

 

「毒あるでしょソレ!なにあんた、あたしたちを殺す気!?」

 

「え?いや、蠍の危ないところは尻尾だけだから…」

 

そう言ってダルタは蠍の尻尾を切り落とした。「あと頭も落として、っと。これで油にぶち込めば食べられるんだよ」と笑う。

割とだいたいのものは危ないところ取り除いて油にぶち込めば食べられる、と説明するダルタにランチュラが「食料持ってきてるんだから、そんなもの食べたくない」と噛み付いた。

本気で嫌そうなランチュラとかなり引きつっているジャンヌを見て、ダルタは困ったように頬を掻く。

 

「…もしも用意してた食料が無くなったら、どうする?」

 

その時に備えて、色んなものの食べ方を覚えておいたほうが良いよとダルタは首を傾げた。なんせダルタは今の集落に受け入れてもらえる直前まで、砂漠での食料確保でとても苦労したのだ。

追い出されたが故に食料など無く、見渡す限りの砂原で何が食べられるのかわからず、ダルタは本気で飢えかけた。餓死一歩手前のギリギリのタイミングで、同じような放浪者に出会いコツを教えて貰えたため生き延びることは出来たのだが。

まあ、多少コツを掴んだと慢心し自分で適当に試して死にかけたりもしたのだが。慢心ダメ絶対、適当ダメ絶対。

放浪中はお腹いっぱい食べるなんてこと出来なかったなとダルタは苦笑する。満腹にするよりは、少し残して保存する。今日だけではなく、明日をまだ生きるために。

だからふたりにも、これから狩りに出るらしいジャンヌとランチュラにも「そこらへんにあるものの食べ方」「砂漠で食えるもの」を教えようと思ったのだが。

 

「ああそうか。これから遠出したりしないなら、覚えなくてもいいか。…変なもの食べさせようとしてごめんね」

 

狩りと言っても日帰りならば必要ない知識だ。ふたりにはちゃんと帰る「家」があるんだし、とダルタは調理の手を止めぺこりと頭を下げる。

解体した蠍は…自分が食べれば良いか。ああでも目の前で食べたら嫌がられるかな?じゃあ戻ってからにしよう、そう考えてダルタは持ってきていた食料を出そうとカバンに手を伸ばした。

ら、真横から小さな小さな呟きが、すごくすごーく嫌そうな声色聞こえ、同時にパシンとダルタの手が叩き落とされる。

 

「……たべる」

 

「へ?」

 

「それたべてやるって言ってんの!馬鹿にしないでよね!あたしだってあたしだって、…っ!」

 

死ぬほど泣きそうな顔のランチュラがダルタを睨みつけていた。食べるのは嫌だと怒鳴られ、やっぱ食べると涙を浮かべられ、ダルタは困惑する。無理しなくていいと思うけど。

戸惑うダルタにランチュラは泣き声に近い叫び声を浴びせた。「あたしだってあんたみたいになんでも出来て、なんでも知ってるやつになって、あんたよりもっと強くなって、タックを助けに行くんだから!」と。

その言葉を聞いてダルタは面食らう。なんせ自分は別に万能でもないしそこまで強くもないのだから。しかしどうやら「己の知らない砂漠での生き方」と教えようとしたのが逆鱗に触れたらしく、おそらくきっと、ランチュラがダルタに対してずっと思っていた感情が爆発したようだ。

 

「あたしがあんただったら、今すぐにでもタックのところに行くのに!魔王なんか蹴散らしてやるのに!タックを助けに行けるのに!なんであんたは、あんたは…!」

 

大人の言うことばっか聞いて大人しくぼんやりしてんのよ!とランチュラは怒りながらも涙を落とした。

砂漠で食べ物を得る方法を知っていれば、砂漠を横断しピラミッドまで辿り着ける。獲物を倒せるほどの力があるならば、魔王軍なんか蹴散らせる。ならば囚われた住人を、すぐさま救い出せるのにと。

それはランチュラにはないもので、ダルタは持っているものなのだと。

持っている者がそれをしないのは理不尽だと。

思いの丈を吐き出してわあわあ泣き出したランチュラをジャンヌは宥め、そんなふたりを見ながらダルタは困ったように首を傾けた。

 

「…ぼくはそんなに強くな「うそ!!!!」」

 

ダルタの言葉に被せながらランチュラは怒鳴る。更に困った表情でダルタは己の小さな手を見ながら握りしめ、小さくそれでいて諭すように語った。

強かったら砂漠を放浪してなかったし、ジャンヌに拾われたりしなかったよと。

あの時もぼく死にかけてたよねとジャンヌに問えば、ジャンヌは戸惑いながら「たぶん…?」と返答する。言い切ってほしかったが、どうもジャンヌはダルタと出会った時の記憶がふわふわしてして曖昧らしい。

それでも「うそ」と呻くランチュラにダルタは「本当だよ」と微笑みかけた。

なんせ己はまだ小さい。それはこの手の平からもわかることだ。大人には勝てないし、砂漠を彷徨う竜や大きな蠍にも勝てない。

 

「…そりゃまあ、ピラミッド近くまで行くくらいなら、ギリギリ出来たけど」

 

ついぽつりと漏らせばランチュラは「ほら!」とダルタに指を突き付けた。行っただけだ、死にかけながら。そしてそこで魔王の部下らしきものに見つかり更に死にかけた。小さいくせに空を飛ぶとか卑怯だろ。

まだ、足りない。魔王を倒すには人々を助けるには、まだ全然足りない。

 

「だから、一緒に頑張ろう?…あ、競争にしようか。どっちが先に魔王を倒せるか」

 

そっちのがやる気出るかなとダルタが提案すればランチュラは、まだ少し怒りと涙を滲ませているが、自分が先にやってやると声を紡いだ。

そうだね頑張ろう。じゃあまずはお仕事しようか。食べないと生きていけないのだから。

 

 

その後なんとか、ライバル心マシマシのランチュラが暴走気味ではあったが、食料を確保し帰路につく。ダルタは慣れているからかケロっとしており荷物も全て運んでいるが、なんとかダルタの後ろから付いてはきている女子ふたりはぐったりとして足取り重い。

まあジャンヌはダルタに軽蔑されたくないと平気なフリをし、ランチュラは負けたくないと虚勢を張ってはいたのだが。

道すがらダルタは視界に映った生き物を「あれは危ない」「あれは怖い」「あれは訳がわからない」と軽く語っていった。しっかり教えるのはふたりが万全な時の方がよいだろう。

今はなんとなく知れれば良い。一応それは伝わったのか、ランチュラは怪訝な顔をしながらダルタに声を掛けた。

 

「……そんなに…危ないのいるの」

 

「そこらへんにウヨウヨいるよ。ぼくが生きてるのは運が良かっただけだよ」

 

ジャンヌに拾って貰えたし、と付け足し「そういえばあの時のジャンヌはオアシスの精霊かなんかだと思ったなあ」とダルタは笑う。

キラキラしてたし綺麗だったし優しかったし、と思い出を語れば後ろからジャンヌの「ひぅ…」という鳴き声が聞こえた。ランチュラも話すの辛そうだったし、ジャンヌも疲れて声も出せないのかな。

そうひとり納得したダルタは、辛いなら喋らなくていいよ、無理そうならぼくが運ぶよ、と声を掛けたがふたりからの返答はない。一拍置いてランチュラからは「自分で歩けるし…」と答えがきたがジャンヌからは無い。

心配になったダルタが振り返ろうとするとランチュラが「ジャンヌも大丈夫だから!あんたは前向いてさっさと歩く!」と声が飛んできた。

不思議に思いつつも振り向いたら首掻っ切られそうだなとダルタは言われた通りに、少しだけ速度を落としつつ歩き始めた。帰りは少し遅くなるかも知れないが、こちらの方が良いだろう。

 

そんなダルタの後ろでは真っ赤になりながら「キラキラ…」「きれい…」と呟くだけになったジャンヌと、毎日あいつについて行きたいと騒いだ理由はこれかと納得しているランチュラがいた。

まあ確かにあいつは頼りになるっぽいしわからなくもないけれど、あたしはタックのが好きだなあと夕焼けを見上げながらランチュラは負けじと真っ赤な親友を応援する。

早くタックに会いたいな。

早く強くなりたいな、…、

…ちょっとジャンヌ!そっちじゃ無い!ふらふら歩くな危ないよ!ちゃんと真っ直ぐあいつの後を追いなさい!

 

■■■■■■

■■■

 

「ダルタ、ン!」

 

名前を、少しばかり変えてひと文字増やした新たな名前を呼ばれて、ダルタもといダルタンは声の方向へと身体を向ける。

まあ名前を呼んだ側は未だ慣れていないのか、最後のひと文字は少し遅れていたのだけれど。ガラリと名を変えたわけではないため己はすんなり慣れたのだが、呼ぶ方はそうではないらしい。

こちらに向かって駆けてくる女性を視界に捉え、ダルタンは彼女の名を返した。

 

「ジャンヌ、どうしたの?」

 

ジャンヌと呼ばれた女性はダルタンを軽く見上げで微笑む。少し前までは目線も同じくらいだったのに、いつの間にやら背丈はダルタンの方が高くなっていた。

それに気付いたララ、もといランチュラが何も言わずムスッとしながら髪を高く結い上げていたが、ジャンヌとしても何も言うまい。何故張り合うのか、…張り合えているのかしらこれ。

砂漠には危険な生き物が多いとダルタもといダルタンに言われた、暗に「お前には無理だ正面からじゃ何にも勝てない」と言われた(と思ったらしい)ランチュラは「自分は出来るからって腹立つ!あいついつか後ろからプスっと刺してやる!」と殺意を滲ませていた。が、敵から隠れてこっそり仕留めると言う動きはランチュラに合っていたらしく、日々暗殺術の腕が上がっている。話を聞けば蠍の動きを真似したと言い、見てると割と可愛いね蠍とランチュラは笑っていた。どうやら観察している間に蠍たちと仲良くなったらしい。

ランチュラは「あの時こいつら食べようとしたあいつムカつく」と蠍を抱き抱えながら若干理不尽な怒りも向けていた。ぽつりと蠍たちみたく毒盛るのもいいかもと呟いていたので、いつか本当にダルタン刺すか毒を盛るかするのではないだろうかその時は止めなくては。

どんどん愉快な方向に向かう親友はさておき、ジャンヌはダルタンに「今日は何か予定あるのか」と問いかけた。特に無いなら一緒に、と少しばかり期待して。

しかしながら返答は。

 

「今日?ちょっと行ってみたいとこがあるからそこに」

 

「あ…、そう…」

 

ジャンヌはすごくすごく残念そうな表情を浮かべた。一緒に行けるかと期待はしたが、その期待もすぐさま砕かれる。

ダルタン曰くちょっと面倒な場所、ちょっとややこしい調査、無駄足になるかも知れないこと、だそうで。そんな場所ならばダルタンの性格上ひとりで行くだろう。一応場所は聞き出したが。

駄々を捏ねる年齢は卒業した、だからジャンヌはぐっと堪えて「いってらっしゃい」と送り出す。気をつけてね、早く帰って来てねと付け足しながら。

ジャンヌからの見送りを受けてダルタンは「ありがとう、いってきます。…なんかあれだね、家族みたいだね」と笑い、心配してくれるジャンヌは優しいなあと集落から外に出た。まあ小さい頃受け入れてもらった時から、この集落の人たちはみんな家族のようなものだけど。

意気揚々と出かけるダルタンの背中をぼんやりと見送るジャンヌに「ああ、いたいた」と声が掛けられる。振り向けばそこには蠍を連れたランチュラが手を振っていた。

 

「そろそろ魔王に対抗できるかあたしのウデを、試させて頂戴…、…なんかあった?」

 

まあジャンヌがこんな感じになる時は決まっあの男が関わっているから聞くのも野暮だとは思うのだが。あまりにもぽややんと赤い顔で惚けているものだからつい口に出てしまった。

ランチュラの言葉にジャンヌはぼんやり「ララ」と親友の名を呼び、ハッと我に返り、元気に、そう異様に見えるほどの元気な声で頷いた。

 

「わかったわ!」

 

いや本当にわかってる?大丈夫?別の日にしようか?

え?なんか思い切り暴れたい気分?やめてよ怖い。ちょっと、…ちょっとジャンヌ落ち着いて!あの男また余計なことを言ったなあのクソボケ野郎!

■■■

 

集落から砂漠を通り抜け、ダルタンはゴツゴツした岩場を進んでいた。ここは大陸にある山、まあ山と言っても草木は微塵も生息しておらず岩がゴロゴロしているだけの岩山ではあったが。

遮蔽物のない砂漠故にこの山はピラミッドと同じようにどこからでも視認は出来るのだが、訪れたことのある者はほとんどいない。なんせ岩竜の住処であり危険なだけで得られるものがほぼないとくれば、わざわざ体力を消費してまで登る意味など皆無だからだ。

 

「よっと」

 

整備されていないただの岩場を登るのは苦難でしかない。この地が平和であるならば娯楽として挑戦する者も出てくるだろうが、今のところ娯楽に時間と体力と気力を割ける者は魔王軍以外いないと思う。

そんな場所を何とか登り何とか進み、比較的平らな場所を見つけたダルタンは一息つこうとその場に座り込んだ。眺めは良い、眺めだけは。

眼下に広がる見慣れた砂漠とデカデカ佇むピラミッドを眺めながらダルタンは深い息を吐き出した。疲れた、しかし目的地はまだ遠い。

目的地、それはふらりと出会った旅人から得た情報で「行き詰まっているなら行ってみるといい」と言われた場所。彼は空を見上げて呟いた。

「あそこは昔天使がいた場所だから」と。

天使ねぇ…、とダルタンは山の上の方に目を向ける。"いた"と過去形で言うならば、今はいないのだろうか。確かにこの砂漠で天使など見かけたことはないけれど。

他の大陸には天使というものがいるとは聞いていた、件の旅人も天使に聞いたらしい。昔、ではあるがこの大陸にも天使がいたのか、ならば何故今は姿を見ないのだろう。

ジャンヌあたりは見たことあるのだろうか。帰ったら聞いてみようかとダルタンは休憩を切り上げ少しばかり、落ちないように注意しながら、身体を伸ばす。

さて、噂に聞いた場所まで、あとちょっと。

 

しばらく登りたまに落下しかけ、聞いた話は嘘だったのではと疑い始めた頃、ようやく建物が見えてきた。完全に朽ちて見た目はボロボロな、おそらく神殿。まあ天使がいたなら神殿か祭壇がそれに近しいものだろうと予想はしていたが、思った以上に崩れている。

恐らく昔はかなり絢爛豪華な神殿だったであろうそこは、今ではもうほぼほぼ廃墟。朽ちた神殿はただただ不気味な雰囲気を醸し出し「ここにいたのは天使や神などなく悪魔だったのではないだろうか」と感じるほどだ。

壁には亀裂が入り、祭壇は突き崩れ、柱は焼け焦げ、床には大きな穴が空いている。

まるで、ここで戦いがありました、と物語るような崩壊っぷりに若干引きつつもダルタンは中に入ろうと足を伸ばした。

すると、

 

「…危ないから、入るのはやめておきなさい」

 

そんな不思議な音がダルタンの耳に届く。言葉ではあったが音が人間の声ではなく、機械を通したような変な音。

生き物、かどうかはわからないが、意思を持った言葉を放つ存在に慌て、ダルタンはそちらへと顔を向けた。ダルタンの目線の先には大きな帽子を目深に被った少し小柄な人、いや姿形はヒト型の何かがひとり。

人だろうかそれともそういう形のロボットだとろうかとダルタンが首を傾げれば、その人物の影から小さな筒型のロボットが出てきて忙しなくヒト型の何かの周りをクルクルと回り始める。これはロボだ明らかに。

ではこちらのヒト型の何か、誰か、は?とダルタンが目をパチクリさせていると、帽子を被った、声からして恐らく男性、が少しばかり優しい目を向けてきた。

 

「……。ふむ?」

 

ダルタンを見て少し動きを止めた男性は、合点のいったようにゆっくりとダルタンに近付く。よくわからない誰かに堂々と接近され、驚いたダルタンは警戒するかのように己の剣に手を掛けた。そんなダルタンの行動を見て彼は「敵意はない」と言葉と身振り手振りで示し、先ほどと同じく機械のような声色でこう言った。

 

「…久しぶりに、少し話をしないかね?」と。

 

初対面のはずだ、己と彼とは。それなのに「久しぶり」とまるで旧知の友に語りかけるかのような言葉に、ダルタンは怪訝な表情を浮かべた。

戸惑うダルタンを無視して、男性は近場の岩、いや恐らく岩ではなく崩れた神殿の瓦礫、に腰を下ろす。そのまま彼はダルタンを待つように、じっと視線を向けた。

お前も座れということだろうかと多少悩んだものの、待たれているならとダルタンは彼と向かい合うように瓦礫に座る。罠だったらヤバいけどこの距離ならまだ対処できるだろうし。

正面に座る彼、大きな帽子に顔には眼鏡、この暑いのにコートのような上着で全身を包み込んでいた。この地で服をきっちり着込むその姿は異様に見える。気温を感じないのだろうか、やはり彼もロボなのだろうか。

彼からしてみればジロジロと観察されているのはわかるだろう。しかし、目の前にいる男性は相も変わらず穏やかな目付きでダルタンを眺めていた。

 

「あの、あなたは。…どこかでお会いしましたっけ?」

 

意を決してダルタンがそう問えば、男性は少し驚いたような反応をし、しばらく考えたのち慌てて帽子で己の顔を隠した。まるで「ああそうか」と己の間違いに気付き恥じるかのように。

名を問うのか失礼だったのだろうか、それとも己が覚えていないだけで知り合いだったのだろうか、とダルタンが彼の不思議な挙動に首を傾げる。そんなダルタンを見て彼は少し悩みながら、そして少し微笑みながらぽつりと呟いた。

 

「ワシは…そうだな。『ドクトル』とでも言っておくか」

 

ドクトルというものが彼の名前なのだろう、なんかニュアンスが変な気がするけども。名乗ったということは名を聞くことがタブーなわけではなく、聞き覚えもないから顔見知りでもない。

不思議な挙動ばかりするドクトルに不審さを感じ、ダルタンはさらに警戒を強めた。が、ドクトルはゆっくりと説明するかのように「少し身体を弄ってあるだけだ」と機械の身体を見せる。ドクトルの身体の大半は機械であるらしい。一応まだ生身の部分もありはするようだが。

目を丸くするダルタンに「そうか、ようやく」と楽しそうに笑いかけ、一丁の銃を懐から取り出した。不思議な言葉を漏らしながら。

 

「『今を変えるために』だったかな?それとも『皆を守るために』だったかな?」

 

懐かしそうに微笑むドクトルは、手に持っていた銃をダルタンに放り投げた。危ないと反射的にそれを受け取ったダルタンは、ゆっくりとドクトルの言葉を反芻した。

今を変えるために。

皆を守るために。

それは昔から、住んでいた場所が魔王に襲われた時からの想い。そしてジャンヌに拾われて集落に受け入れてもらえた時から尚更強くなった想い。

それが叶うのだろうか、この銃を使えば。

 

「お前さんは無幻のチカラなどと言っていたな」

 

「無幻のチカラ…?とは、いったい」

 

そもそもお前さんって誰だろう。ここにはドクトルとダルタンのふたりしかいないけれど。

「?」「?」と互いに不思議そうな表情を浮かべ、小さな筒型のロボだけがふたりの間を行ったり来たりする。あまりにウロチョロするため、ドクトルは小さな筒型ロボを「プロト」と咎めるように呼び、ドクトルは大人しくなったプロトをちょこんと膝の上に乗せる。

 

「……。お前さんは、チカラを正しく使えるのか?」

 

どういう意味だろうか、素直に受け取れば銃の名前が「無幻」でそれを正しく扱えるかという意味と取れるが。ダルタンは受け取った銃をじっと見つめた。

正しく。…何が正しいのだろうか。銃の使い方など人に撃つか威嚇として撃つか、後は。…あとは。

正しいかなんてそんなもの、やってみなくては、使ってみなくてはわからない。

ダルタンはコツンと己の頭に銃口を向けた。正しくなければ己の頭は簡単に吹き飛ぶ、でももしこれが「正し」かったら?

うっすら笑いながらダルタンはカチリと引き金を引いた。

 

「……向こうのワシによろしくな、ダルタン」

 

ダルタンはドクトルに名前を名乗った記憶はない。ドクトルも露骨に偽名とわかる名を名を名乗ったのだ。そんな不審な人物に自分の名前を教える気などなかった。

それなのに彼はダルタンの名前を正確に呼んだのだ。

ああ、不思議な人だ。……

 

 

残されたのは廃墟と化した神殿と、再度帽子を深く被り直したドクトル。それとドクトルの膝の上でつまらなそうにパタパタ動くプロトだけ。小さく息を吐いたドクトルの前に、息を切らした女性がひとり立ち塞がる。

 

「彼は…、ダルタンはどこなの!?」

 

テンション上がりすぎて抑えきれなかった、心配だから追いかけた、だって家族なんだから。彼がそう言ってくれたのだから。

しかしながら辿り着いた場所に居たのは胡散臭いモノただひとり。目的の人物は影も形も見当たらす、彼の痕跡は何ひとつない。

今日は来客が多いなとドクトルは色々察して顔を伏せた。

あやつめ、そんな話は今も昔も全くしなかったというのに。いるではないか、お前さんを心配する子が。

戦友の知らなかった面を今更知って、ドクトルは深く深く息を吐く。彼女に言えることはたたひとつ、彼が向かったのはもう手の届かない場所だということのみ。

 

「無幻の世界…。やめときなされ」

 

■■■■■■

■■■

 

カチリと音がしたところまでは、ドクトルが己の名を呼んだことまでは覚えている。

銃弾が当たった感覚はない。しかし死んだ、というのは少し違うか、まるで己の存在が消えたかのような浮遊感は覚えていた。

それなのに。

己の足は地面を感じている。己の肌は澱んだ空気を感じている。己の目は見知らぬ景色を映している。

先ほどまでは岩山地帯にあるボロボロになった神殿の前に居た。

空にはウンザリするほどカラッと晴れた暑い太陽が輝いていた。

見下ろせば眼下には砂原が広がっていた。

 

今目の前にピカピカの綺麗な神殿がある。

眼下にはおかしな色をした沼地が広がっている。

空はどんよりとした雲に覆われている。

 

別の大陸に飛ばされたのかと思った。しかし見覚えのない沼地の真ん中には、見慣れたピラミッドが鎮座している。あんなものが2個も3個もあってたまるか。

混乱するダルタンの目の前を、何かがふわりと横切った。それは顔を兜で隠した赤い輪と赤い翼と赤い髪を持った、恐らく天使と呼ばれる生き物で。

 

「っだー!つかれたー!」

 

赤い天使はそうボヤきながら、神殿の入り口でぐっと腕と翼を伸ばす。下界の見回りも疲れるけど神殿内も肩凝るんだよなあと、少しばかり頬を膨らませていた。

天使がいるということはここはやはり砂漠では、世界の西にあるダルタンの住み慣れた大陸では、ないのだろうか。そう考えながらダルタンが初めて見る天使をマジマジと観察していると、その視線に気付いたのか赤い天使は不可解そうな表情で辺りを見渡した。

 

「…んん?」

 

ばっちり目が合い互いに一瞬固まったが、赤い天使の方はすぐさま呆れたような表情に変わりふよんと近寄ってくる。「ヒトがこんなトコまで来ちゃダメだろー」と少し不機嫌そうに言葉を発しながら。

状況を把握出来ていないダルタンが混乱していると、赤い天使は軽くため息をついてぐいとダルタンの腕を掴んだ。力強いな!?

「迷子か?街まで連れてってやるからもう来んなよ」と赤い天使は掴んだ腕を引っ張って、ダルタンをふわりと持ち上る。ちょ、まっ、足、足が浮いた。

吊るされたまま運ばれるというのは不安感が半端ない。青ざめながら大人しくしていると、赤い天使はへらりと笑った。

 

「ん?大丈夫ダイジョーブ。あちこちにいるアンデッドとか毒まみれの大地とかそこらへんはオレらがちゃんと浄化しとくからさ!」

 

だからわざわざ山登りしてまで直談判なんてすんなと、赤い天使はダルタンに言い聞かせるかのように語る。これ以上面倒ごと増やすなと言いたげに。

よく喋る天使だなとダルタンは意外に思った。翼を持つ天使は堅苦しい者が多いと聞いていたが。

あまりの気やすさにダルタンはつい「…アンデッド?毒?」と呟いた。アンデッドは確か南の大陸に居たはずだ。しかしあまり表には出てこないと聞く。

しかしこの赤い天使の口ぶりだとそこら中にアンデッドがいるかのように感じる。さらに大地が毒まみれだと言う。そんな話はどこの大陸の噂話でも聞いたことがない。

自分の知識との差異に戸惑うダルタンだったが、その呟きが耳入った赤い天使は不可解そうな表情を浮かべた。吊り下げている青年を見詰めながら思考する。

 

この地に居る人間がアンデッドに驚くはずもなく、大地が毒まみれなことを知らないはずがない。この地はそれらに襲われ瀕死なのだ、だから俺らがここに来た。

なんでそれを疑問に思う?それにそうだ、なんでこの人間の服は 全く汚れていないんだ?

ここはヒトならば沼地を通らないと来れない場所。また神殿までの道は整備されておらず、というか道などない。飛べる俺らには関係ないけれど。

それなのに己の掴んでいるヒトは、ひとつの汚れも苦労して登った形跡も疲労の跡すら見当たらない。ただ不思議なことに、カラカラに乾いた砂が衣類に付着していた。この沼地に、乾いた砂などないというのに。

おかしい、と気付いた赤い天使は宙で止まる。吊るしたヒトに冷たい目線を落とし、先程までの明るい声とは全く別の底冷えする低い声で赤い天使は問う。

 

「…オマエは、何だ?」

 

その声にダルタンが思わず赤い天使を見上げると、兜の隙間から見えた彼の目は警戒の色を敵意を含んでいて。驚いたダルタンは声にならない悲鳴を上げつつ、反射的に掴まれている手を振りほどいていた。

空を飛んでいる状態で、掴まれた腕を外したならば、支えをなくした身体は地面に向かって落ちるしかない。

 

「っうわ!?」と声だけ残してダルタンは赤い天使の目の前からいなくなった。自ら落下を選んだことに驚いたものの、赤い天使は彼を救い上げることをせず宙に浮いたまま頭を掻く。

気配はヒトだったのだが、どうにも様子がおかしかった。得体のしれないものを救う気は全くない。

とはいえ、と少し考え赤い天使はぽんと澄んだ水を生み出して、そのままぽたりと地上に落とした。こんくらいならセーフだよな?と誰ともなく言い訳しながら。

うんとひとり納得して赤い天使は踵を返す。早く帰らないと上司に怒られる。どこかで寄り道でもしていたのかと、余計なことをしていたのかと。

してない多分あれはセーフ、神殿前にいたやつを追い払っただけだし。水を落としてやったのだって、先輩の真似しただけだし。先輩だったら多分あれにも救いの手を差し伸べる多分。だって先輩は優しいから、厳しい堅物の上司と違って。

先輩に会いたいな早く帰りたいなと空の上に目を向けつつ、赤い天使は長い髪をふわふわと揺らしてその場から離れていった。帰ったすぐ先輩に会いに行こう、そしてすごく頑張ったと報告しよう、きっと褒めてくれるはず。

 

■■■

 

高いところから落下するダルタンの脳裏には今までの事が高速で浮かんでは消えていった。魔王に襲われたこと、追い出されたこと、ジャンヌに拾われたこと、集落に受け入れてもらえたこと、様々な事が思い出される。

あ、これ走馬灯ってやつ?と諦めかけた最後にドクトルと名乗った男の姿と言葉が浮かび上がった。そうだまだだ、駄目だぼくはまだ、

同時に視界がガツンと白く瞬いた後、黒だか紫だか見慣れぬ色に包まれる。つい口を開けば甘いんだか苦いんだか、ともかく不味いどろっとした何かに襲われた。呼吸が出来ない。

目を白黒させながらダルタンが、慌てて身を包むドロドロした何かを掻き分け出口を探す。空気を求めてぷはと顔を出し辺りを見渡せば、そこは恐らく沼と呼ばれる場所だった。上を見上げれば先程までいた空が見える。

あの高さから落ちてよく無事だったなと冷や汗を垂らした。どうやら泥だか藻だかがクッションとなって衝撃を緩和してくれたらしい。

なんとか沼から這い出たダルタンはプルプルと頭を振って顔についた泥を弾いた。服に付いたものは…無理だなこれは。ため息を吐きつつ立ち上がろうと足腰に力を込める、が、視界がぐらりと歪んだ。バランスを崩し今度は硬い地面に倒れ込む。

目が回る。

吐き気がする。

手足が上手く動かせない。

ガンガンする頭に混乱しながら、ダルタンはさっきの天使の言葉を思い出した。『毒まみれの大地』と。つまりは、もしかしなくともこの沼が毒。

そりゃそんなものを全身に浴びれば一気に猛毒に侵される。突然の体調不良の理由はわかったが、わかったところでどうしようもない。素直に地面に落下して死ぬのと、毒で死ぬのと、どちらがマシだっただろうかと上手く回らない頭で考えた。

どっちも嫌だ。

ごほ、と咳き込んだ。己の身体はもはや一刻の猶予もないらしい。なんとか、どうにか、だれか、

 

「冷たっ!?」

 

どうにかしようともがいていたダルタンの頭に冷たい何がが落ちてきた。反射的に悲鳴を上げ身体を起こす。

何事かと顔を空へと動かすが何もない、左右を見ても後ろを見ても何もない。何だ今のはとダルタンは頬を伝う謎の液体に指を滑らす。…これは、水、だろうか。

雨が降った、にしては局地的すぎると戸惑うダルタンはふと気付いた。先程までは身じろぎするのも辛かったのに、今や普通に身体が動く。呼吸すらままならないあの苦しさが綺麗さっぱり消えている。

もしかしてぼく死んだ?と己の頬に触れた。首を傾げつつダルタンは立ち上がり、次は近くにあった弱り切った木に触れてみた。両方ともきちんと感触がある。

ヒトやモノに触れるということは、死んで幽霊になったわけでもはないらしい。もしやたくさんいるらしいアンデッドになったとか?いや一応己の体温は感じるからそれはない。

なんなんだろうと濡れた頭を掻きつつ、己を落下させた天使が落とした救いの水に助けられたとはつゆにも思わず、ダルタンは灯りの見える方向へと足を向けた。おそらくそこに人の住んでいる所があるだろうと予測して。

 

 

■■■■■

 

毒沼に囲まれた場所であるため治安にやや不安があったが、それは杞憂だったようだ。賑やかな人の声や楽しげな音楽があちこちで響き、人々の顔もそこまで暗くはない。

この短期間で2度ほど死にかけた身だ、ダルタンは人々の暖かな雰囲気に安堵しほっと息を吐いた。するとそんなダルタンに気付いた住人が「旅人ですか?ならば聖堂に案内します」と声を掛けてくる。

ダルタンが「聖堂?」と首を傾げると、その人は沼地を通ってきたのだから浄化したほうが良いとダルタンの返事も聞かず歩き出した。慌ててダルタンも後を追う。

まあ確かにここまで汚れているならば町に入るのは嫌がられるかとダルタンが謝罪すると、その人はキョトンとした顔で「え?いえ、泥で汚れるのはよくあることなので誰も気にしないと思いますが」と首を傾けた。

 

「…あれ?辛くないですか?」

 

毒、とその人は不思議そうに問いかける。この町に来る旅人は、大抵が沼の毒に侵され大なり小なり痛みや苦しさを訴えた。だからダルタンもそうだと思い、早急に浄化しようと動いてくれたらしい。

特にはとダルタンが答えれば、なら良かったとその人は安心したように破顔した。とはいえ泥だらけでは辛いだろうと、聖堂で代わりの服を用意してくれるらしい。

多分その泥は落ちないとダルタンの服を見てその人は困った顔を見せる。割と気に入ってたんだけどなこの服、帽子の白い羽とか。

残念だけど仕方がないとダルタンが素直に諦めた頃、ようやく件の聖堂に到着した。聖堂というからには山の神殿のような豪奢な場所かと思いきや割と質素。

ここは対アンデッドの司令部も兼ねてますから、街の中の聖堂はもう少し綺麗ですよと案内してくれた彼は笑う。私はここの騎士長やってますので遠慮なくどうぞと扉を開いた。

 

「服どこでしたっけ」

 

「あっち。浄化は?」

 

案内人、もとい騎士長は中にいた僧侶らしき人に端的に言葉を伝え、僧侶は僧侶で端的に返答する。慣れてる感溢れる会話に少しばかり面食らった。

浄化は大丈夫そうですよと言いながら騎士長は僧侶が示した部屋にスタスタと行ってしまう。あの自分はどうしたら。

ダルタンがオロオロしていると「騎士長が戻ってくるまでお休みください」と僧侶が桶いっぱいの湯と布を差し出しながら微笑んだ。すごく手慣れている。

本当に泥まみれでここに来る人多いんだろうなと、ダルタンは貰った湯で肌についた泥を落とし始めた。周囲はほとんど沼地だ、水は貴重なものだろうに。

感謝の言葉と共にそう問うと、僧侶はこの近辺に恐らく加護が付いているのではないかと笑った。「見ませんでしたか?天使」と僧侶は、多分彼が土地そのものに軽く加護を付けたのだろうと語る。

なんか偉い天使?が居るそうで、狭い範囲ではあるがその場所では水も汚染されず綺麗なまま使えるのだと言う。おかげで生きていけるし、町の人々の表情も明るい。

なるほどとダルタンは己を落とした天使とは別の天使かなと頬を掻いた。そうこうしているうちに、身体についた泥は大体全て綺麗に出来たようだ。長椅子に座ってひと息つく。

汚れているからと一瞬躊躇したのだが「気にしなくていいですよ」と僧侶が笑うものだからお言葉に甘えることにした。なんかこの知らない世界に迷い込んでから初めてゆっくり休めている気がする。

ダルタンがぐったりと背もたれに身を預けていると、騎士長が「色が違うけれど似た感じの服ありましたよ」と布の山を抱えて戻ってきた。

 

「マントだけ見当たらなかったのですが」

 

と申し訳無さそうにする騎士長だったが、ダルタンは差し出された服を見て目を見開く。色こそ違うがこんな似てる服があるのかと。

ここにある旅人に渡される服はだいたいが町の人の寄付らしいが、ごく稀に遺品も混ざるという。こちらも使いますか?と騎士長は小さな箱を取り出した。

 

「銀の弾丸です」

 

ダルタンが腰に付けた銃を見ながら騎士長は言う。今は銃を扱う者が居らず、倉庫で眠らせるよりはと譲ってくれるらしい。

箱の中の弾丸を確認すれば、ダルタンの持つ銃と口径は合う、…ん?いつもの銃じゃない、これはドクトルから渡された方の。

あれ?とダルタンが固まっていると「マントの代わりはこれとかどう?」と僧侶が騎士長に全身を覆うサイズの外套を手渡していた。沼地を歩くならこれくらいの方が良いかもと騎士長も頷きダルタンに差し出す。

いや右も左もわからない場所で色々貰えるのはとても助かるけれど、ここまで良くされると逆に怖い。

その旨を伝えるとふたりは顔を見合わせ、まあ要約すると「別に義務でもないし強制もしないが、気が向いた時に町の周りにいるアンデッドを倒しといてくれたらいいなという下心込み」だと語った。

人手が足りなくて町を守ることに専念する人材がいないらしい。騎士長は元より、この僧侶も遠征に出ることが多いのだと言う。

大元を叩けば落ち着くのでは無いかと主力が親玉探しに遠征しがち、町を守るために町の守りを手薄にしなくてはならない矛盾。それを解消するために、沼地を抜けこの町に辿り着くレベルの旅人に手伝いをしてもらっているらしい。

そのための初期投資、まあそのままどこかへ旅立たれることもあるようだが。旅立った人が「あの町は旅人に親切」と広めてくれれば、結局この町に人は訪れ誰かは戦力になってくれると少しばかり恥じるように僧侶は笑い、騎士長は真面目な顔でこう続けた。

 

「まあそういった面もありますが。そもそも普通に、困っている人がいたならば助けるものでしょう?」

 

そりゃそうだ。

今日はもう遅いし貴方もお疲れのようです、部屋を用意しますから今晩はお泊りくださいと僧侶も微笑む。疲れているのはそちらもだろうに。

どこの世界も良い人が苦労するのだなとダルタンは思い、勧められるままに用意された小部屋に転がり込んだ。ゴロンとベッドに倒れ込み、気付けば意識は途切れていた。

思った以上に疲弊していたらしい。

 

■■■

 

窓からのうっすらとした光で目が覚めた。砂漠とは全く違う、ジメッとした空気に違和感を感じる。ぼんやりと身体を起こし「ああよくわからない場所に来ちゃったんだっけ」と徐々に頭を覚醒させた。

前日に譲って貰った外套と衣服、あとは銀の弾丸を装備して部屋から出る。と、ばったり薄汚れた格好の僧侶と出くわした。「ああ良かった、似合ってますよ」と衣服を褒められたが、そんなことよりどうしてそんなにボロボロなんだ。

驚きながらダルタンが話を聞くと、あの後アンデッドが近場に出現したため対応していたのだという。起こしてくれても良かったのにと、ダルタンは申し訳なさそうな表情を浮かべた。

長旅で疲れているであろう人にそんなことしませんよと笑い眠たそうな表情で僧侶は「西側はアンデッドが活発に動き始めたから、あまり近寄らないほうがいいです」とダルタンに忠告する。わかったありがとう休んで?

ふらふら歩く僧侶を「大丈夫かな…」と見送るダルタンは悩むように帽子に手を掛けた。銀の弾とこの銃の様子を見るため沼地の探索でもしようかと思っていたが、わざわざ忠告してくれたのだ。

ならば素直に従おうとダルタンは街中へと向かう。今日は街中で情報収集をしよう、ここがどこでここは何なのかを知るために。

 

ふらりと歩く街中はアンデッド騒ぎがあり周囲が毒に汚染されているにも関わらず、賑やかで意外なほどに活気があった。祭りのような華やかさに驚きつつ、ダルタンは旅人を装って町の人たちにこの大陸のことを聞いて回る。

誰も彼もまず最初に「よく無事にここに辿り着いたな!」とダルタンを労い、色々と話をしてくれた。この時ほど自分の見目が比較的整っていることに感謝したことはない。

話を聞いてわかったことは5つ。

ここはダルタンの知識と同じく、世界の西側に位置する大陸であること。

砂漠など無く、この地はほぼ全て沼地であること。

遠目に見える岩山から天使が飛び立つのを見た人がいること。

今ピラミッドに君臨しているのは魔王ではなく魔帝であること。

この地を支配しているのはその魔帝と、どこにいるかはわからないアンデッドの王である魔皇であること。

貰った魔帝の絵姿を取り出し眺める。なんかピラミッドの周辺でばら撒かれていたらしい。思ったよりファンキーな帝だ。

この絵姿が正しいのならば、魔帝はダルタンの知っている魔王と容姿が似ている。デカくて金ピカ。まあまるきり同じというわけではないのだが、親子ほどには似通っていた。

…親子?とダルタンはふと考える。

 

砂漠では廃墟だった場所が今はピカピカの綺麗な神殿。

魔王そっくりの貫禄ある魔帝。

遺跡などなくあるのはしっかりとした聖堂や建物。

大地の水は、汚染されてはいるが枯れてはいない。

 

廃墟になる前、魔王が存在する前、遺跡になる前、水が枯れる前。

ダルタンがいた世界より「前」の、過去の世界かのようだ。そういえば昨日は気付かなかったが、この町もダルタンのいた砂漠ではオアシスがあった場所と重なる。

魔王がまだこの世に存在しておらず、町が廃れて建物が遺跡となり、沼地が枯れて砂漠になる期間。それは恐らく途方もないくらいの昔。

まさかな、という気持ちと、そうかも、という気持ちがふたつある。割合としては2:8、なんせ過去だと仮定すると土地の変化に説明がつくのだ。

この世界が過去だとするならば魔帝をここで倒してたら、もしも魔帝と魔王が親子であったのならば、魔王の存在はどうなるのだろう。産まれる前に親が倒されたならば、それは。

賑やかな町の広場に腰掛けて、ダルタンは町の喧騒に目を向けた。顔見知りどころか面影のある人すらいない。土地勘はあるけど土地勘がない。知っているけど知らない場所。

途方にくれつつも人々の威勢の良い声を聞く。ここの人たちは自分たちの先祖にあたるのだろうか、それとも。

ぼんやりと人々を眺めるダルタンの耳に、近くで井戸端会議していた住人たちの声が聞こえた。「先生」が何かを成功させたらしい、と。

その「先生」自体は人里には姿を見せないらしいが、ごく稀に「筒のような形の小さな機械」がメモを持って町に現れるらしい。大きさの割に力持ちで、メモに書かれた品物を渡せばひょいと担ぎ上げて去っていく。

1度その小さな機械が品物を落としたまま帰ってしまったので、住人が慌てて追いかけたところ件の「先生」と遭遇したそうだ。その家は見慣れない機械で溢れかえっており音も臭いも異様で。

「先生」は感謝の言葉を放ちはしたがほぼほぼ無言で、すぐさまパタンと扉を閉めた。届けた住人もまああれなら町中では暮らせないか、だからあの小さな機械に買い出しを任せているのだろうとあまり気にはしなかったそうだが。

昨日その小さな機械が普段より元気良く歩いていたものだから「元気だな」と問えば、言葉を話せはしないのだが、ウキウキと嬉しそうに飛び跳ねたらしい。だからまあ、良いことがあったのだろうと。

使役している機械が嬉しそうだから「先生」に何か良いことがあったのだろうと。あの子みたいな機械がたくさん作れるようになったとかならいいなと住人は笑う。可愛らしいから自分の家にも欲しいらしい。

「筒形の小さな動く機械」はつい先ほど、と言っても仮定が正しいとするなら果てしない未来ではあるが、見た覚えがある。ドクトルと名乗った男が連れていた、小さなロボ。

この地に来てから初めて知っているもののことを聞いたダルタンは、慌ててその人らに声を掛けた。

「先生」はそう名乗ったわけではなく、恐らく学者か研究者だろうから住人が暫定的に呼んでいるらしい。名は誰も知らないそうだ。

「先生」、言い換えればドクターかドクトル。あの時、筒形のプロトと呼ばれたロボを連れていたあの人は「ドクトル」と名乗った。あの時、「向こうのワシによろしく」とも。

先生の住居を知ると言う住人から場所を教えて貰い、ダルタンは弾けるように駆け出した。

 

聞いた場所に到着したダルタンの目の前には確かに可笑しな家があった。家の外にはゴミやら鉄屑やらがごちゃっと放置され、時折妙な音が響く怪しい家。

切らした呼吸を整えてからダルタンは扉を叩く、が返事はない。明かりは漏れているのだから確かに中にいるはずなのに。

辛抱たまらず必死の表情でダルタンは勝手に扉を開く。やはりいた。筒型の小さなロボと戯れているその人は、大きな帽子を目深に被ってコートに身を包んだ眼鏡を掛けた人で。

 

「…ドクトル…」

 

その人の風貌は、自分がここに来るきっかけとなった銃を投げ渡してきた人そっくりだった。ここは元の時代から見れば大昔だ。本人が生きているはずもない、が、雰囲気が似すぎている。同一人物といっても過言ではない。

突然開いたた扉のせいで驚いた表情をしていたドクトルに良く似たその人はダルタンの存在に気付き、「…何用かな」と冷えた声を紡いだ。普通の人の声だ、機械のような音ではない。

別人かもとダルタンが一応もう一度「…ドクトル?」と問えば、その人はキョトンとした後首を振り否定すると己の名を名乗った。

 

「わしはカイス。しがない研究者だ…。お前さんは、」

 

「ダルタンといいます…」

 

ダルタンが名乗り返せばカイスは「そうか」と呟き、ダルタンの次の言葉を待つように首を傾げる。傍にいる小さな筒型ロボも「なにか用?」と言いたげな動きでくりんと体を傾けた。このタイプのロボは、表情が無いくせにどいつもこいつも感情豊かだ。

そんな小さなロボの動きに少し絆され、ダルタンはつい「プロト」と名前を呼ぶ。名を呼ばれたプロトは「なぁに?」とダルタンに近付き、カイスとダルタンの真ん中あたりで気付いたようにぴたりと動きを止めた。プロトの不思議な動きに首を傾げたダルタンは、しばらく考えたのち慌てて帽子で己の顔を隠した。まるで「ああそうか」と己の間違いに気付き恥じるかのように。

 

「…お前さんは、プロトの名前を知っとるのか」

 

そうだよな、そこ引っかかるよな初対面なのに。まあ不審者として警戒はされていないようだとダルタンはしどろもどろになりつつも一部始終をカイスに語る。

話を聞いたカイスはふむと考え込むように己の顎を撫でた。まあ信じろというほうが難しい話だ。自分でも話していて意味不明だなと目が泳いだのだから。

ダルタンの話を聞き熟考していたカイスはダルタンをじっと見て「なるほど」と頷く。虚を突かれたダルタンは「へ?」と間の抜けた音を漏らし目を瞬かせた。

 

「お前さんの会った『ドクトル』はわしだ。今少しずつ己を改造しているから」

 

プロトと共にカイスは満足そうに柔らかく笑う。

どうしてそんなにあっさり受け入れてくれるのかとダルタンが口を開く前に扉がガチャリと開き機械音が室内に響いた。扉の前に立っていたのはプロトよりも大きな数体のロボ。

ロボたちを見たカイスは「おや」と呟き穏やかな声で言う。

 

「…おかえり。わしの大事な家族たち」

 

カイスの出迎えにロボたちは嬉しそうに体を動かし口を揃えて「ハカセ」と音を鳴らした。

どうやらカイスはロボたちに「ハカセ」と呼ばれているらしい。

そのままロボたちはダルタンをスルーして奥の部屋に引っ込んで行く。スルーされたダルタンに説明するかのように、カイスは「あの子たちは裏の土地できちんと動けるか調整していたのだ」と教えてくれた。

病気などしない、とても丈夫な子供たち。エネルギーさえ得ていれば死ぬことはない。

そんな子供たちを最後まで見守るために、同じように生きるために、カイスは己を機械に置き換えているのだろう。だからあっさり信じたのだろうか、ダルタンの話を信じることはカイスが未来まで生きられることの証明となるから。

 

「ああそうじゃな…無幻のチカラ、だったか。少々調べたい」

 

一応理屈として納得したダルタンにカイスが不思議なことを言い出した。あれ?そのこと話したっけ、銃の力としか言っていないはずだけど。

キョトンとするダルタンに対しカイスは頭を掻いて「すぐ返す」と手を差し出してくる。渋慌てて手渡すと、カイスはそれを持って研究室へと消えてしまった。

少々調べたいと言うからには見るだけかと思っていたがガッツリ調べるらしい。少々とは…とダルタンは言葉の不明瞭さに疑問を抱きつつ、ぽつんと待つ羽目になった。置いてけぼりをくらったプロトと共に。

しばらく、といっても空腹を訴えたくなるくらいの時間が経った頃、ようやく研究室の扉が開きカイスがのそりと姿を見せる。手には2丁の銃を携えていた。

本物をダルタンに返し、もう1丁の銃、試作だというその銃をカイスはコトンと机に乗せる。

これもその銃も普通に扱えばただの銃だが、かなりの技術を詰め込んで作られているやはり妙な銃だ、とカイスは試作の銃を示しながら話し出した。おかしな気配はあるが、残念ながら普通の銃と同じようにしか動かないとカイスは頭を掻く。

正しい使い方があるのやもしれんとカイスはダルタンに目を向ける。お前さんなら知っているだろうと言いたげに。

ああそれは多分、とダルタンは躊躇なく己の頭に銃口を向けた。カイスとプロトがギョっとした表情を浮かべるのを尻目にダルタンは当然のように引き金を引く。

カチリ、と音がした気がした。

 

■■■

■■■■■■

 

「…おかえり」

 

存在が消えたかのような、魂が削れたかのような感覚が薄れ、ふわりと意識が戻ってくる。そんなダルタンの目の前に広がっていたのは、薄暗くゴチャゴチャした部屋。いや先程よりもかなり古惚けたか。

そして少し驚いた表情の、今さっき、いや大昔、と雰囲気自体は変わらないひとりの男と小さな筒形のロボ。目の前の男に向けてダルタンは問う。

 

「……カイス?ドクトル?それともハカセ?」

 

「…どれでもワシだな、先日名乗ったのはドクトルだったか」

 

機械音混じりの彼の答えを聞くや否や、ダルタンはバタンと扉を開き外を確認する。星空が見えるほど雲のないカラッとした空気。砂だらけの大地。ボロボロの小屋にボロボロの遺跡。

どうやらダルタンは、砂漠に帰ってきたらしい。

 

まあ確かに記録にはあるとドクトルは頷いた。その銃を撃った瞬間お前さんは消えた、と。

「一応な、ワシの作った試作の銃でも試そうとはしたんだが」とドクトルは言葉を濁した。どうも試そうとすると子供たちが「!?!?!?」とパニックになりそれどころでは無くなったらしい。まあそりゃ親が突然拳銃自殺しようとしたら子供は泣く。

それでも一応改良自体はしたらしい。改良が成功したのかお前さん自体に何かあるのかはわからんが、とドクトルは笑った。

 

「この前廃墟の前で渡したその銃は、昔お前さんの持っていた銃をコピーした試作の銃だ」

 

その言葉に驚いてダルタンは己の持つ銃を見つめる。試作、しかし本物。だってこれをコピーして作ったのが…、…あれ?どちらが先の「本物」だ?

どちらでもいいんじゃないか使えるならとドクトルは、使うものならば真贋に意味はないとあっさり言い放つ。代わりのものであっても、それは本物になり得るからと。

名前も同じだとドクトルは言う。町で呼ばれていた「先生」が定着してしまい、今や己の本当の名を知るのはお前さんだけだと笑いながら。

 

さて、とドクトルが口を開いた。お前さんがいなくなってから砂縛の情勢を調べてみたのだがね、と走り書きのようなメモを数枚取り出す。

昨日の今日なのに仕事が早いなとダルタンが感心していると、ドクトルは「いや?正確な日数は知らないがかなりの時間が経っとるぞ?」と首を傾けた。

その言葉にダルタンが目を見開く。ダルタンの感覚としては、昨日ドクトルと出会い、恐らく過去に移動して、今日カイスと出会い、また砂漠に帰ってきたのだが。

時間移動時に色々と狂うのだろうなとドクトルは難しい顔を作った。時間感覚だけならば良いがとダルタンを見やり、不調はないかと問いかける。

不調自体は今のところないが、まあ確かに己が消えるような、魂が削れるかのような感覚はあった。それをなんとなく呟けば、ドクトルは便利なチカラではあるがやはり代償が大きい、あまり頻繁に使わない方が良い、と忠告をする。

まあ忠告されてもダルタンは「やらなくてはいけない」と使用を止めることはないだろう。目の前で自害され、そこから砂塊が壊れるかのように人がパラパラ崩れる様を見るのは何千年経っても慣れないのだが。

ドクトルはため息ひとつ落とし、諦めて1枚の紙を読み上げる。「古代のランプ」というものが突然表に出てきたというその内容は、砂漠で暮らしていたダルタンが初めて聞くものだった。

封印が解かれる際は大いなる災いが訪れるだの命が取られるだの、ランプじゃないツボだの様々な噂が突然広がった。ランプには魔人が封印されており、封印を解いたものの願いを叶える、とか。

夢のような話だ。しかし己の持つ銃の存在を知っていると手放しでは喜べない。多分なんかヤバめな代償がある。

確保しておきたいが所持しておくのは怖い。だからといって放置したら誰かの手に渡るだろう、それはもっと怖い。ならば誰の手にも渡らないように、今のうちに壊してしまえば。

それには不思議な力には代償があることを知るドクトルも同意のようで、気にかけておくと頷いた。まあほとんど攻撃手段を持たないドクトルに、破壊することは不可能だろう。

自分が壊せばいいかと考えるダルタンは気付かなかった。「ランプを壊す」その行為が、ランプに閉じ込められた魔神を解放することと同意だと。

彼の願いは恐らく「皆を守る」。故に今も代償があるだろうと忠告された銃を使おうとしている。しかし彼は忘れていた、いや抜け落ちていた、いや元からそう考えなかった。「皆」の中に己を含むことに。

さて、彼の願いは叶ってしまって良いのだろうか。そんな問いかけは彼らに届かない。

 

「しかし、確かに今までそんなランプの話は聞いたことなかった。どうして突然…」

 

ダルタンが不思議そうな表情で首を傾げるとドクトルは「お前さんが過去で何かしたのではないか?」と疑いの目を向けてくる。そんなまさか別段何かおかしなことをした記憶などない。

何がどう影響するかなどわからんよとドクトルは笑い、よくわからん魔人、魔神?なるものも見かけたと言うものもいたらしいしなと首を傾げた。何それ。

ピラミッドの中なら何かしら資料でもあるだろうが、今のところはわからないとドクトルは首を振った。現代ではピラミッド内部への侵入するのは難しいが、過去ならなんとか入り込めそうだ。なんせ姿絵がばら撒かれてたくらいは雰囲気が緩い。

そういえば行方不明の男がひとりいるらしいが、とドクトルが口を開けばダルタンは「ここで突然行方不明になることは珍しくない」と話を遮った。どうせピラミッドにいるだろうしと別の情報を求めるダルタンに、ドクトルは何か言いたそうな気配を見せたが諦めて話題を変える。

「…そのピラミッドだが、少し騒ぎが起きたらしい」とドクトルは良いことか悪いことかは調査中だと言葉を濁す。1番気になる情報なのに何故、とダルタンが前のめりに問いただすとドクトルは少し遠くでうちの子の声が聞こえて、と小さく呟いた。

どうにもそちらが気になったらしい、うちの子というのはあの時いたロボたちのどれかだろうか。それならば仕方ないとダルタンは笑った。気になるなら共に探しに行こう、ひとりじゃ大変だろうし。

他にはとドクトルは色々と今の世界を教えてくれた。ああ、あっちもこっちも気になることが、やらねばならぬことが沢山だ。

まあとりあえずまずは、とダルタンは手慣れた様子で銃口を己に突き付ける。「ちょっと行ってくる。調べてくれてありがとう」とゆっくり引き金を引いた。

何度見ても心臓に悪いなと呆れながらドクトルは「使いすぎるな」と忠告を寄越した。言っても無駄だろうとため息を吐きつつ。

仕方ないだろやるべきことが多いんだ。まずはあちらの調査と、あとは、…

 

過去に行ったダルタンは、真っ先に友人を探しに行った。小屋の中には誰もおらず、沼地をあちこち探し回る羽目になったけれど。たまたま外で素材を探していたらしい彼を見付けるとダルタンは駆け出し彼の名を呼んだ。

誰にも教えていなかった己の名を呼ばれ、彼は驚きの表情を浮かべる。筒型の小さなロボと、大きな帽子を目深に被りコートに身を包んだ眼鏡を掛けた人は首を傾げてダルタンに問い掛けた。ドクトルと出会った時の、ダルタンと同じように。

 

「おや、お前さん。…はて?どこかで会ったかね?」

 

聞き慣れた声と見慣れた仕草、それに思わず顔が綻んだ。向こうはまだダルタンを知らないのだろう、やはり時間はぐちゃぐちゃになる。

ふうと小さく息を吐き、ダルタンはその人に向けて優しい声でこう言った。

 

「ああ、俺達は遠い未来で会ったことがある。探したよ、ハカセ」

 

彼の名前ではなく愛称を名を呼び、ダルタンは笑顔を向ける。

これからずっと、果てしない未来までずっと、

今後ともよろしく。

 

 

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説明
2章。続きもののようななにか。独自解釈、独自世界観。捏造耐性ある人向け。【シリーズ完結】【改稿済み】
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