機動戦士ガンダム MSV-R 「Fire Sign」
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◇◇◇プロローグ◇◇◇

 

 

 

 初めて降りた地球の印象は、もやもやとじめじめだった。

 じめじめしているだけではなくて、空気自体が塩辛くて、それがとても嫌だった。

 今にして思えば、イギリス島の海辺の町に残っている親戚を訪ねるというのは、冴えない官吏であった父には大英断であり大冒険だったに違いない。

 大人になった今なら、娘に地球を見せてやりたい、その想いで頑張ってくれたのだろうし無理をしてくれたのだろうと想像できるし、感謝もする。

 しかし当時八歳だった私にとっては、まず衛星軌道上への長い船旅は退屈だったし、大気圏突入は恐ろしくて最悪だった。そんな嫌な思いをさせられながら辿り着いた先がもやもやでじめじめで塩辛ければ気に入るはずもなく、着いた時から早く帰りたいと連呼し、父親はがっかりさせた。

 でも、嫌なことばかりだったわけでもない。

 特に海を見るのは好きだった。

 どこまでも広く続く圧倒的な空間、いつまでも絶えず打ち寄せる波、そこに生きる様々な生き物、それらの圧倒的なスケールに驚き、畏れた。

 宇宙にも海洋コロニーという海を模した環境があり、そのビデオを見るのは好きだったが、それが目の前にあるものとは全然違うものであることは子供ながらにも分かった。

 大嫌いなもやもややじめじめや塩辛いのの原因が海だと知ってからも、海を見に行くのを止めることはなかった。

 潮風を浴びながら海を眺め続けた。

 海はそれほどまでに偉大だった。

 親戚の家にはウェインという私より三歳年上の金髪で丸顔の男の子がいた。私にいたずらばかりしてくるその子のことは嫌いだったが、海に一人で行くことは禁じられていたため、その日もウェインの誘いにのって海へ出かけた。

 海岸に到着すると大きな石がごろごろと転がっている砂浜に横たわっている大きな白い流木に腰を下ろす。

 そういえば、その町にいる間はひらひらがいっぱいついた古い民族衣装風のワンピースを着せられており、かわいいと良く褒められた。特に薄い赤色のワンピースは、赤毛とマッチしていて自分でも気に入っていた。

 長いスカートの裾を折りたたんで座ることはこの時に覚えた。

 ウェインは水を触ろうだとか、珍しい石を探そうだとか、あまつさえ砂でお城を作ろうなどと言ってきたが、そんな子供っぽいことに興味はなかった。

 ただ、恐らくこの先の人生で味わうことができないであろう海というものを体感していたかった。

「キャロル」

 打ち返す波を眺めてぼうっとしていると突然名前を呼ばれた。顔を上げると先ほどまで波打ち際で水切りをしていたはずのウェインが隣に立っていた。

 にやにやした顔を見ると、海と一体となっていた素敵な時間をぶち壊された気がした。

「なに?」

 どうせろくでもないことに違いない、顔をしかめながら訊いた。

 やっぱりろくでもなかった。

 後で「ふなむし」という名前だと知った。

 細長い楕円のアーモンドような形。表面は甲冑を着ている感じでまだましだが、問題は裏面だ。無数の足が生えており、それらがわしゃわしゃと動いているのだ。大人になった今でも気持ち悪い。

 ウェインは帽子いっぱいに捕まえたそれらを、私にふりかけた。

 後の証言によれば、ウェインは見せただけであり、その中の一匹がたまたまこぼれ落ちただけだったらしいのだが、私にとってみればふりかけられたも同然だった。

 かわいい悲鳴をあげて逃げ出した。

 わんわん泣きながら走った。

 どこをどう走ったのかは覚えていない。いつの間にかひっくり返ったボートの下に入って泣いていた。

 悔しくて悲しくて情けなくて気持ち悪くて、地球に降りてきてからの嫌だったことが次から次へと思い出されて、色んな感情がごちゃまぜになって泣きまくった。

 やがて、泣き疲れて眠ってしまった。

 

 目を覚ますと、辺りは一面の闇だった。

 暗がりの中、なんとかボートの下から這い出たが闇は続いていた。濃い雲が月の光を冴えぎっていた。靄が出ているようで街の灯りも届いてこなかった。

「パパー。ママー」

 両親を呼ぶが返事はない。ただ、波が打ち寄せる音だけが聞こえてくる。

 スペースコロニーに完全な闇はない。

 曇りに設定されている日でも、コロニーの反対側の地面の明かりが空の中に見える。先が見えないほどのもやが発生されることもない。避難訓練で入ったシェルターでは照度が落とされていたが、それでも小さな明かりは灯されていて闇にはならない。

 コロニーの外に目を向ければ、宇宙は煌く星に覆いつくされている。

 しかし今目の前にあるのは、目を開けているはずなのに黒以外何も映らないこの状況は、私が初めて体験する本当の闇だった。

 心臓を鷲掴みされた気がした。

 寒気が体中を駆け巡り、がたがたと震えた。

 その恐怖は「ふなむし」の比ではない。

 とてもその場に立っていられなくて、真っ暗な中に飛び込んで走り出した。

 助けを呼びたいのに、言葉を発することができず、口からは気味の悪い嗚咽だけが出てくる。

 流木か何かに躓いて激しく転ぶ。顔面から砂浜に突っ込んで、口の中が砂だらけになる。吐き出しながらまた走り出す。顔は砂まみれなままだ。

 もう何がなんだか分からない。

 どこまで走っても闇が続くばかりだ。

 このまま自分は一緒、闇の中を彷徨うのではないだろうか。

 そんな恐怖に襲われた時、視界を一筋の光が横切った。淡い淡い、微かなものだったが、確かに光だった。

 無我夢中で光が見えた方向に走る。もやの中、すぐに光が浮かび上がってくる。

「助かった」そう思った瞬間、足元の感触が変わっていることに気が付いた。

 抵抗があり、冷たい。

 海の中に踏み入っていた。布製の靴は水を吸って一気に冷たくなり、重くなる。

 波を受けて小さな身体が揺れる。

 進むべきか、引くべきか。

 小さな頭で一生懸命考える。

 進むしかなかった。ただ、光の方へ。

 海はどんどんと深くなり、ワンピースは水を吸ってどんどん重くなる。身動きが取れなくなってきたが、それでも前へと進む。

 ゆっくりと回る光の方へ。

 

ピーピーピーピー ピピピ ピピピ ピピピ ピピピ

 

 どこからか警報音が聞こえてくる。

 私は体勢を崩し、激しい水飛沫を上げながら倒れた。

 口の中、鼻の穴に塩水が流れ込んでくる。

 必死で腕を動かし、水をかきながら、私は光を見つめ続けた。

 

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◇◇◇1話 フェイス◇◇◇

 

 

 

 

ピーピーピーピー ピピピ ピピピ ピピピ ピピピ

ピーピーピーピー ピピピ ピピピ ピピピ ピピピ

 

 どこからか警報音が聞こえてくる。

 

ピーピーピーピー ピピピ ピピピ ピピピ ピピピ

ピーピーピーピー ピピピ ピピ

 

 警報が鳴り響いていた。

 ばちっと目を覚ましたキャロライン・マップレトン中尉は自分が宙に浮かんでいるのに気が付いた。周囲には脱ぐ捨てられた衣服や、毛布が一緒に漂っている。

 瞬時に状況を把握する。

「さっさと起きろ」

 ちょうど足元に浮いていたダニー・デイル曹長を踏み台にしてコールサインを鳴らしまくっている艦内電話に跳んだ。これだけやかましくコールサインが鳴っている中で寝続けられる図太さに呆れる。図太いのではなく鈍感なのか?電話に辿りつくまでに、途中で漂っていたパンツを掴み取った。

「どうした?」

「味方からの救助信号をキャッチしました。モビルスーツ隊は至急出撃して下さい。って、なんで裸なんですか?」

 モニターに現れた若い男のオペレーターは、途中で気がついて顔を赤らめながら抗議してくる。

 キャロラインは舌打ちをしながらカメラのスイッチを切って怒鳴る。

「寝てたからでしょうが!なんでこんなところに味方がいるんの?」

「知りませんよ」

 何も映っていないモニターの向こうから管制官が怒鳴り返してくる。

「起きろって言ってるだろ」

 電話を切ったキャロラインはダニーに向かってこれまた宙に浮いていたブーツを投げつける。ブーツの下についている磁石を床につければ、無重力空間でもとりあえず立つことができる。立てなければ服を着ることもままならない。ようやく目を覚ましたダニーはもぞもぞとブーツを履く。朴訥な感じを受ける童顔の青年はまだ眠そうに目をしばしばとさせている。

「先に行くよ」

 着替え終わったキャロラインは言い捨てて、通路に出る。制服のボタンを閉めながら、反対側の手で壁に備え付けられたグリップを掴むと身体が前に運ばれる。

 サラミス級巡洋艦エイヴォンの艦内では、警報音は消されたが、通路のあちらこちらで第一次戦闘配置に入っていることを示す赤色灯が転倒しており、大勢のクルーが忙しそうに飛び回っている。

 女子更衣室に入るところで、隣にある男子更衣室から出てきたグエン・ズアン少尉、ベント・ストラン少尉とすれ違った。グエンは東南アジア系で、小柄だが引き締まった褐色の身体を持っており、ベントはひょろっと背の高い軽薄な白人だ。

「隊長、いかしますね」

 ベントはぐっと両手の親指を立ててきたので、キャロラインはようやく自分がタイツをはいていないことに気がついた。

 見られたこと自体は気にならなかったが、ベントにからかわれたのは腹が立った。その横でグエンが興味なさそうな目をしていたことにもむかついた。

 更衣室に入ると先に着替えていたティキ・メコネン軍曹が怪訝な顔をして訊いてくる。

「何で生脚なんです?」

「どうせすぐに着替えるんだからいいでしょ!」

 そう言って上着を豪快に脱いでロッカーにぶち込む。

 どいつもこいつも腹が立つ!

 ノーマルスーツに着替えてから、ヘルメットを右手に持って更衣室を出ると、隣接するパイロットルームにはグエンのノーマルスーツが浮かんでいた。

「緊急出撃よ。コクピットで読みなさい」

 グエンは手に持ったペーパーブックから目を離し、キャロラインをちらりと見る。

「それでも良いんでしょう?」

 少し優しく言い直す。

 グエンは初めての出撃の時、なんとなく買ったペーパーブックを読んでいた。その出撃でグエンは自分の機体を失ったが、奇跡的に生還することができた。それ以来、グエンは出撃のたびに同じペーパーブックを同じ箇所まで読み、栞を挟んでいる。

 キャロラインはゲン担ぎを信じてはいなかったが、部下にそれを止めさせようとも思っていなかった。それで落ち着いて、自信を持って任務についてくれるのなら問題ない。

「了解です」

 その時になってようやくダニーが現れた。制服をきっちり着込んで髪まで綺麗にセットしている。

 キャロラインは癖の強い赤毛を振り乱しながら怒鳴った。

「さっさとしなさい!」

 むしゃくしゃした気分になりながら格納庫に向う。

 格納庫は喧噪に満ちていた。動き回っているメカニックマン達の怒鳴り声、加速したことにより船体が軋む音、クレーンが動く音、各種金属音、警告音。そして、モビルスーツが起動する音。

 狭い格納庫の中では三機のモビルスーツ「ジム」が出撃を待っている。エイヴォンはジムの他に四機の戦闘用ポッド「ボール」も積載しているが、格納庫に置くスペースはないため、外の甲板上に固定されている。

 機械油の臭いを嗅ぎながら、キャロラインは床を蹴って跳んだ。無重力空間の中、自分のジムへ一直線に向かう。頭部のモニターを保護する緑色のカバーが輝いているのを見てご機嫌になる。これが鈍い光だと、出撃するテンションが下がってしまう。

 胸部のコックピットハッチの前ではチーフメカニックマンのマール・フィッシャーとメカニックマンが話をしている。

「装備はどうします?」

 キャロラインに気が付いたマールが訊いてくる。毛髪が薄い四十代前半の掴みどころのない男だが、メカニックマンとしての腕は確かだ。

「いつも通り。シールド二にバズーカ二、予備でマシンガン」

 それを聞いたメカニックマンが装備ラックの方へ跳んで行く。

「無駄弾撃たないで下さいよ」

 マールは飄々とした口調で言ってくる。

「私がいつ無駄弾撃ったっての!」

「そうか、撃たせてる方ですね」

 マールは指で銃の形を作り、撃つふりをする。

「下衆なこと言ってるんじゃないよ!」

 キャロラインはマールのお尻を思い切り蹴り飛ばす。

「私が気分良くなってるんだから無駄じゃない」

 格納庫内をくるくると漂うマールに言い捨てて、キャロラインはコクピットに入った。素早く計器チャックを行う。オールグリーン。

「さすがだね」

と先ほど蹴り飛ばした相手を褒める。

 メカニックマンの指示に従って後部腰部ラックにマシンガン、両腕にシールドを装備する。

 機体をエレベーターに載せると上昇が始まる。キャロラインはその間に赤毛を強引にまとめてマスクの中に押し込むと、ヘルメットをかぶった。

 小さな振動と共にエレベーターが止まる。先ほどまでの騒音が嘘のような静寂の世界。そして前方にも頭上にも満天の星空が広がっている。

 しかし当然、キャロラインにはそんなものに目を奪われている余裕はない。

「カタパルトを使うよ」

 ブリッジに告げる。

 一般的なサラミス級巡洋艦は純粋な戦艦の為、艦載機を積載する能力も無ければ、発艦させる設備もない。従って急激に大量生産されたモビルスーツを格納することはできず、甲板上の空いているスペースに立たせて運搬するという急ごしらえな運用になっていた。

 しかしエイヴォンは航空巡洋艦として設計されている船だった。砲塔の数を減らしている代わりに戦闘機を積載、発艦させる能力を持っている。就航当時はトリアエーズやセイバーフィッシュなどの戦闘機を運用していたが、今はモビルスーツやボールを艦内に収容するよう改修されていた。しかしカタパルトなどの発艦設備においては、モビルスーツ用への改修が進んでいない状況だった。戦闘機用カタパルトにモビルスーツが足を乗せる下駄を括り付けたものを整備士達が試作したりはしていたが、実際の運用に耐えられるようなものではなく、これまでの実戦では使用されたことはなかった。

「使えるの?」

 モニターに映った、作戦参謀であり副艦長でもあるエリカ・バスカヴィル大尉が眉を顰めながら確認してくる。艶やかなストレートロングの黒髪をばっちりと固めた美人だ。優秀だが杓子定規なところがある。

「間に合う可能性が上がる」

 使えなくても、自分があらぬ方向に打ち出されて、今は使っていないカタパルトが壊れるだけだ。

 エリカは優秀なので長々と悩んだりはしない。

「分かった、許可します。マップレトン中尉以外の機体は準備ができ次第順次発艦せよ」

「そうこなくっちゃ」

 キャロラインは舌なめずりをして喜ぶが、エリカから冷や水をかけられる。

「ただし、中尉の発艦が失敗した際には、中尉が追いつくまで戦闘空域の手前で待機すること」

「プレッシャーかけてくれちゃって。あんなこと言われてるんだ、ちゃんと打ち出してよ」

「俺らも勧めてはいませんよ。準備にもう少し時間がかかります。使うなら使うで事前に言ってくれないとね」

 やる気になっているというのに、管制室に入ったマールはがっかりするような言葉を返してくる。

 そんなやり取りをしている間に、グエンとベントのジムがエレベーターで甲板に上がってきた。

「グエン、読み終わった?」

「お蔭様で」

 にっと白い歯を見せる」

「じゃあ、出撃して」

「行きます」

 グエンのジムがスラスターを噴かして発艦していく。

「私にはなにか言葉をかけてもらえないんですかねー」

 ベントが絡んでくる。

「お前も無事に帰って来るんだよ」

「了解です。帰ってきたら隊長の生脚をしゃぶらせて頂きます!ご馳走様です!」

 キャロラインが何か言い返す前に、ベントはスラスターを盛大に噴かして発艦していった。

「馬鹿が」

 毒づくキャロラインの耳に、多少聞き心地の良い声が届く。

「中尉、お先に行きます」

 ダニーが乗ったボールが、他の三機のボールと一緒に発艦する。

「ちゃんと飛びなよ。すぐに追いつくから、私にお釜を掘られるんじゃないよ」

「待ってます」

 ダニーのボールは機体上部の百八十ミリ低反動砲だけではなく、マニピュレーターにミサイルポッドをくくりつけている。その為にバランスが安定せず、ふらついた飛行になっている。

「お尻ふっちゃって、かわいーわねー」

「あなたはいつになったら出るのかしら?」

 にやついているとエリカから冷たい指摘が入る。

「準備ができたらすぐに行くよ!マール」

「いつでも行って下さい」

 おちょくってるような返事がくるがそんなのには乗らない。

「だったら、さっさとカウント出して」

 キャロラインの怒鳴り声がスイッチだったかのように、カタパルト横の信号が赤く点灯する。続けて下に二回赤のシグナルが点灯する。

「中尉を射出後減速する、用意」

 カレンの指示が聞こえてくる中、最後に緑のシグナルが点る。

 その瞬間、凄まじいGがかかる。強烈な力で体がシートに押し付けられる。歯を食いしばって意識が飛んでいきそうになるのを食い止める。

 距離が短いカタパルトから広大な宇宙空間に放り出される。

「はっはー、見たか!」

 進路を確認したキャロラインは、Gで顔を歪めながらも得意気にヘルメット内部のレシーバーに叫ぶ。

「まっすぐ飛んだよ」

「整備が良いんです」

 マールは気のない返事を返すが、モニターの中では親指を立てていた。

 先に出た仲間にはすぐに追いつき、追い越した。

「先行する。戦闘空域に入っても合流しなければグエン少尉が指揮を取れ。相手の規模は不明だ。無理はするな」

「了解」

 感情のこもらないグエンの返事が返ってくる。

 キャロラインはスラスターを噴かして更に加速する。

「接敵まで後五分か」

 モニターに映し出された接敵予想時間を確認した後、ブリッジを呼び出した。ミノフスキー粒子濃度は濃くなってきているが、まだ無線は使えるはずだ。

「エリカ、状況は?」

 モニターに落ち着いた表情のエリカが映る。

 歳が近い女性士官同士ということでキャロラインはしばしばエリカを呼び捨てにする。上官を呼び捨てにするのはルール違反であり、エリカはそのたびに咎めるのであるが、今は時間が無いためかスルーされた。

「十五分前に味方からの救援信号をキャッチしたわ」

「こんなところで?」

 キャロラインは機体チェックをしながら眉を顰める。

「ええ、こんな航路から離れたところで活動している部隊がいるなんて話は聞いてないわ」

 エリカは頷く。

 

 

 宇宙は広大であるが、そこを行き交う艦艇や船舶は自由に移動しているわけではなく、定められた航路に従って航行するのが一般的である。古代の大航海時代とは異なり、観測技術や航行技術の向上により道に迷うことはない。しかし万が一、故障や事故等の発生によって航行不能となった場合、航路から外れていれば発見される可能性は皆無であるし、通信で助けを呼んでも、救援が到着するのに時間がかかる。それは軍艦と言えども同様であり、通常は航路を航行する。

 しかし、逃亡者となると話は変わってくる。

 航路外への逃亡は、逃げきれる可能性が高くなる。

 ジオン共和国の宇宙要塞ソロモンは連邦軍の艦隊によって攻略された。ソロモンの指揮官であり、ザビ家の三男であるドズル・ザビ中将も戦死した。多数の艦船がジオン本国、月のグラナダ、そして宇宙要塞ア・バオア・クー方面に逃れたが、連邦軍はそれらの追撃にそれほど熱心ではなかった。足場を固めるためにソロモンの接収が優先されたし、レビル将軍の第一艦隊による大反抗戦も迫っていた。戦力を分散して追撃戦を行うよりも、大戦力で一気に叩いた方が損害が少なく効果的だと判断されたのだ。

 しかしジオンの一部の艦船はこれらの拠点を目指さず、航路外に逃れていった。これらは目的も、その目的地も不明であった。すぐ方向転換をしてにジオンの拠点を目指すのであれば良いが、潜伏されると後々に禍根を残すことになるし、海賊化して民間の船舶やコロニーを襲う可能性も高い。

 それらの懸念を払拭するために幾つかの部隊がその追撃を命じられた。エイヴォンもそのうちの一隻である。

 

 故に、こんな航路から離れた場所で地球連邦軍の船に遭遇することは本来ありえないのだ。

 

「罠かしら?」

という疑念は当然生まれる。

「意味が無いわ」

 言い捨てるエリカももっともである。逃げている側がわざわざ仕掛けてくる必要はない。

「物資が無くなったのかもしれない。船を襲うためにモビルスーツを誘き出したとか。グエンを戻す?」

 画面には映っていない艦長と短く相談したエリカが命令を伝えてくる。

「いえ、その必要はないわ。但し本艦は七時の方向に三百移動します」

 それは後退するという意味だ。

「はいはい、了解しました」

と応えつつも「腰抜けが!」と口の中で艦長に毒づく。「女には手が出せる癖に、敵には出せないなんて!」

 

 

 そもそもエイヴォンがこんな航路外に逃げ込んだ敵を追うという貧乏くじを引かされているのは、艦長の手癖の悪さが原因であった。

 ソロモンに入った提督の一人は部下の女性士官を愛人として囲っていた。艦長はその愛人に手を出したのだ。

 出す方も出す方だが、出される方も出される方だとキャロラインとエリカは口汚く罵った。艦長は魅力ある外見からは程遠く、出世の遅れたくたびれた中年管理職といった体である。明瞭な指示も出せないあの男がどのような手管で口説いたのかも謎であるが、提督に囲われていながら冴えない一艦長の誘いにのった女の考えも謎だった。

 謎はともかく浮気は発覚し、女性士官にどのような罰が与えられたのかは不明だが、艦長には休暇返上での追撃任務が与えられた。ただでさえ普段から無能な艦長に苦労させられているエイヴォンの乗組員からしてみたら、とんだとばっちりである。

 

 

「あなたも無理をしないで。こんなところで死んでもなにもならないわ」

 濃くなってきたミノフスキー濃度の影響で音声に雑音が混じり、モニター内の映像が揺れる。

「了解」

 応えたキャロラインは別モニターに映る画像解析結果にまた眉を顰める。そこには連邦軍の艦艇が二隻映っていた。サラミス級と、輸送艦であるコロンブス級だ。

「何を運んでいるの?」

 巡洋艦がいるだけでも不自然なのに輸送艦がいるとなると更に不自然だ。巡洋艦は輸送艦の護衛なのか。となると、よほど大事な何かの輸送任務中だと考えられる。

 考えている間に画面が白い光で満たされた。サラミス級が爆発したのだ。

「ちいいい」

 キャロラインはジムにバズーカを構えさせる。

「ドムが二機にザクが一機…」

 モニターが追加情報を知らせてくる。味方はジムとボールが一機ずつ残っていたが、サラミス級の爆発の余波で態勢を崩したところを相次いで撃墜された。

 しかしキャロラインには味方が撃墜されたことよりも気になることがあった。

「なんだこいつは?」

 画面にはアンノウンの表記があった。モビルスーツよりも大型で人型ではないそのピンク色の機体は他のモビルスーツに比べて動きが少ない。

「モビルアーマーって奴か?」

 ジオン軍がモビルスーツとは異なる大型の特殊兵器を使用していることはレクチャーを受けていたが戦場で出会ったことはない。ソロモン攻略戦ではビグ・ザムという巨大モビルアーマーに多数の味方が撃破されたが、キャロラインは幸いにも別の戦域にいたため遭遇しなかった。

 敵の狙いはコロンブス級の撃破ではなく捕獲らしく、その動きが弱まってきていた。

 こちらの動きはまだ気づかれていない。

「だったら!」

 キャロラインは両腕のバズーカを相次いで撃った。打ち終わると同時に背中を進行方向に向け逆噴射をかける。脚を振らせて微妙に進路をずらす。

 弾は一直線にピンク色の大きな機体に吸い込まれていく。命中を確信して次のターゲットを探す。ザクにロックオンする。

 その時、目標が信じられない動きをした。突然機体を回転させたのだ。一発は近接信管が働いて爆発したが、もう一発は横を通り過ぎて行った。

「避けただって?」

 叫びながらトリガーを引く。

 爆発に驚いて動きを止めたザクに命中し爆散する。

「当たるじゃないか」

 では先ほどの不自然な動きは偶然だったのか?考えている間に、ジムは高速でモビルアーマーの横を通り過ぎる。

「なんだこいつは…」

 それは見たこともない異形だった。

 まず顔があった。頭部はなく、胴体全てが顔だった。横に細長い目を持ち、大きな口を開けている、昆虫のようとも両生類のようとも言える顔だ。そして顔の横には腕がついており、その腕の先には大きな鎌がついていた。

 どのような設計思想でこのようなものが作られたのかは分からないが、こんなものに突然襲われたら悲鳴を上げるだろうなと思う。

 しかし今は悲鳴を上げている場合ではない。

 異形のモビルアーマーは顔の後ろに二基ついている巨大なスラスターを噴かして急速に加速した。鈍重そうな外見とは裏腹にその動きは早い。

 二機のドムもこちらに近づいてきている。キャロラインはドムに向かってバズーカを連射する。そのことごとくは避けられ、ドムの後方で爆発する。

「動きが良い」

 呟きながらドムからの反撃を避けるべく機体を操作する。

 キャロラインは気が付いていなかったが、ドムは通常のリックドムではなく、その発展改良型であるリックドムツヴァイであった。

「さてどうする?」

 明らかに多勢に無勢だった。しかも向こうには得体のしれないモビルアーマーまでいる。コロンブス級からの応援は期待できないようだ。このまま戦っても勝敗の行方は明らかだ。

 キャロラインが再び放ったバズーカはドムに避けられる。しかし今回の目的は命中させることではない。

 ドムの一機が爆発した。

「マップレトン中尉」

 雑音交じりの声が聞こえる。

 味方が追いついてきたのだ。

 残ったドムに集中砲火が浴びせられるが、先読みされていたかのように避けられる。

 キャロラインは手を広げて深追いしないように支持する。

「ボールはそれ以上接近せず、遠距離からの支援射撃に留めろ。ジムは私に合流しろ。なお、モビルアーマーは今後≪フェイス≫と呼称する」

 少し間を空けて付け加える。

「この敵は手ごわいぞ」

 唇を舐めると少し乾いていた。潤すのはこの戦いが終わった後だ。

 

 

 数は逆転したが、敵はそれだけの理由で容易には引いてくれなかった。少し距離を取ってこちらの様子を伺っている。

 ≪フェイス≫は巨大な見かけによらず速度は速い。しかし小回りは利かないようなのであの巨大な鎌で斬られる可能性は低いだろう。となると機体の上部と下部に見えるビーム砲が主な武装と考えられるが、巨体の中に何かを隠し持っている可能性も高い。特にあの大きく空いた口の中には何かがあるに違いない。

 その大きな口がこちらに向けられた。

「来るよ」

 合流したグエンとベントに声をかける。

 高速で一直線に向かって来る≪フェイス≫からミサイルが放たれた。キャロラインはバズーカから散弾を発射する。両者の中間で次々に大輪の花が開いた。

 三機のジムは爆発の左側を回り込む。先ほどまでいた場所を二筋のビーム砲が通り過ぎて行った。

 続いて爆発の中から≪フェイス≫が姿を現す。こちらの動きを予測していたかのように急旋回してくる。凶悪に開かれた大きな口から大量の光が放たれる。

 しかしその時にはキャロライン達はすでに散開しており、太いビーム砲は三機の間の空間を通り抜けていった。そして≪フェイス≫もその空間を通り抜けていく。

 追撃しようとした時、キャロラインは視界の端にそれを捕えた。

 ドムがヒートサーベルを抜いて無防備なベントのジムの背後に襲いかかっていた。≪フェイス≫の巨体に隠れて接近していたのだ。

「ベント!」

 キャロラインは叫びながらジムを突進させる。ミノフスキー粒子が濃く、無線は通じない。ベントが気が付いた時には完全に手遅れだった。

 ドムのヒートサーベルがジムのシールドに食い込み、勢いのまま左腕の上腕を切り飛ばした。

「やったな!」

 ギリギリで自機をベント機とドムの間に滑り込ませたキャロラインは左腕を失いながらも反転してドムに足蹴りを見舞った。大きな振動と金属音が伝わってくる。更に宙に浮かんだ自らの左腕をドムの方に蹴り飛ばすと頭部のバルカン砲を発射した。左腕が持ったままのバズーカ砲の弾倉に着弾して爆発を起こし、ドムが態勢を崩した。

「隊長!」

 ようやくベント機から焦った声が届く。

「良いから奴を追って」

 ドムはまだ態勢を崩したままだったが、キャロラインも左腕を失った処置を急いで行わなければならない。

「了解です」

 飛び出して行ったベント機の頭部が吹き飛んだ。

「なっ」

 二撃目はバックパックに命中した。キャロラインは慌てて残った右腕のシールドで防御する。目の前で爆発が起こる。

 キャロラインのジムは爆風に巻き込まれる。シールドにベント機の破片が当たる金属音がガンガン響いてくる。

 補助カメラがどんどん死んでいき、モニターに映る画像も荒れてきており、迂闊な動きができない。そんな中今度は背後から衝撃が伝わってきた。しかし荒々しいものではない。

「隊長、大丈夫ですか?」

 グエン機が受け止めてくれたのだ。

「大丈夫よ。それよりベントを殺った奴を見た?」

「分かりません」

 戸惑った声が帰ってくる。

 

 

 この宙域に残っている敵は二機。≪フェイス≫とドムだ。ドムは態勢を崩している状態だったしビーム兵器は持ってはいなかった。グエンに追撃されていた≪フェイス≫はこちらを中心とした旋回軌道を取っており、こちらに砲門を向ける余裕はなかったはずだ。

 なにより、キャロラインの観察した範囲では、あの時ビームが飛んできた方向には何もいなかった。

「他にも敵がいるっていうこと?しかも見えない奴が」

「見えないって、そんなことが」

 ミノフスキー粒子の影響でレーダーは使用できないが光学観測は可能だ。ビームを撃てるような物がいるならば感知できるはずだ。

 得体のしれない物を相手にしていることを知って、キャロラインの背中がざわざわと震える。

「動け!」

 キャロラインはグエン機から離れてジグザクの戦闘軌道を取る。それに続こうとしたグエン機の右脚が被弾する。続けてシールドが焼かれる。

「グエン!」

「大丈夫です」

 意外と落ち着いた声が帰ってくる。言葉通り、右脚を根元からパージし、シールドを捨ててキャロラインの後を追って来る。

 キャロラインは安堵しながらビームの飛んできた方も睨む。またしてもそこには何もいない。少し離れた場所で≪フェイス≫が相変わらず旋回軌道を描いているのが見えるだけだ。

 キャロラインはジグザグの軌道を取りながら≪フェイス≫を追うが、速度に差があるため追いつけない。しかし向こうも逃げるわけではなく、一定の距離を保って旋回している。

 じっと≪フェイス≫を凝視していたキャロラインはふと違和感を感じた。

「なんだ?」

 確認しようと凝視した時、≪フェイス≫の周りで爆発が起こった。≪フェイス≫は二機のジムに意識を取られすぎて単純な軌道を取りすぎていた。そこをボール隊が狙ったのだ。

 しかしその不意打ちはまたしても直撃には至らなかった。そしてキャロラインは着弾する直前に≪フェイス≫が回避運動をするのを見た。キャロラインの先制攻撃の時と同様に、不意の遠距離攻撃を避けたのだ。

「なんなんだこいつは?」

 異形なのは形だけではない、その存在そのものが異形なのだ。

 その異形のモビルアーマーは旋回軌道から唐突に進路を変更した。進路の先にはボール隊がいる。不意打ちの仕返しに行くのだ!

「逃げろ!」

 キャロラインからの無線は届いていないはずであるが、ボール隊は離脱行動に入っていた。≪フェイス≫の正面に入らないような軌道を描きながら、まとまって動き、牽制の砲撃を放つ。それらは当然のように避けられるが、そのことによってグエンの射程範囲に追い込まれることになった。

 ≪フェイス≫の下面に迫るグエンのジムがビームスプレーガンの照準が合わせられる。

 その時になってキャロラインは先ほど抱いた違和感に気が付いた。≪フェイス≫の上下に付いていたはずのビーム砲が無いのだ。先ほどのボール隊の攻撃で破壊されたのか?

 そんなはずはない!

 キャロラインの直感はそう告げていた。しかしグエンにそれを伝えるには遅かった。

 ジムはあらぬ方向から放たれた二筋のビームに貫かれた。再び爆発が起こる。

 キャロラインはその爆発から逃れるために減速を余儀なくされた。

 爆発が収まった後、モニター内に映った≪フェイス≫の上下にはビーム砲が付いていた。

「飛ばせるっていうことか?」

 どんな原理を使っているのかは分からないが、ビーム砲を切り離し、それ単独で攻撃することができるのだ。そんな小さなものが攻撃をしてくるとは思っていなかったので、光学観測で感知することができなかったのだ。

 ≪フェイス≫は逃げるボール隊にどんどん近づいていくが、キャロラインはすでに追いつける距離にいない。

 

 ≪フェイス≫は口から巨大なビームを放った。ボールはそれを散開して避ける。そのまま集合することなく、自分たちが作る円の中に≪フェイス≫を囲みこむ動きを取る。こうすれば一機のボールが追われている時に残りの三機のボールで攻撃を行うことができる。この戦法であればモビルスーツに比べて攻撃も防御も機動性も劣るボールでもある程度戦うことができる。

 キャロラインが部下達に鬼と陰で言われながらも叩き込んだ隊形だ。

 しかし目の前にいる敵はただのモビルスーツではなく、異形の化け物だった。

 両腕に取り付けられた巨大な鎌が宙を舞った。左右から追撃態勢に入っていた二機のボールはろくな回避行動を取る間もなく相次いで真っ二つにされた。

 血と機械油を吸った鎌が≪フェイス≫の元に戻ってくる。

 今度はそれを飛ばすことはしなかった。鎌を振り上げ、正面のボールに迫る。

 パイロットにはどれほどの恐怖があっただろうか。

 巨大な刃は易々と金属製の球体を切り裂いた。

 しかし血に飢えた化け物はそれで満足したりはしない。反転すると残る一機、ダニーのボールに迫る。キャロラインはまだ届く距離にいない。

 自分は部下達が蹂躙される様を見ている事しかできないのか。そしてその次は自分も……

「否(いな)っ!」

 キャロラインは目を見開く。からくりは分からないが手の内は見えた。ならばむざむざとやられはしない。

 なんとかダニーが逃れることを祈りながらスロットルを開く。

 ≪フェイス≫は自らの手で切り裂くことに取りつかれたようだった。鎌を飛ばすことはなく、ダニー機に肉薄していく。ダニーはむちゃくちゃな動きで鎌を何度か避けていた。

 しかしその幸運は続かなかった。浮遊していたボールの残骸に激突し、回避行動が止まった。

 すかさず≪フェイス≫が接近する。ようやく射程内に入ったキャロラインがバズーカを放つが避けられる。大きな鎌が振り上げられる。

「避けて!」

 異変が起こったのは≪フェイス≫にだった。突然態勢を崩し、煙を吐き出す。

 これまでキャロラインやボール隊が放ってきた弾はことごとく避けられたが、近接爆発は少なからずのダメージを与えていたのだ。それがここにきてようやく顕在化した。

 未練がましく振り下ろされた鎌はボールの百八ミリ砲を半ばから切り落としたのみだった。

 キャロラインが撃ったバズーカはまたも避けられたが、近接爆発が巨体を大きく震わせる。

 これ以上の攻撃は無理と判断したのか、≪フェイス≫は離脱の行動を取る。打ち取れなかった無念さより安堵感が先に出てほっと息をついたキャロラインだったが、離脱していく方向の先にあるものに気が付いて目を見張った。

 そこにはコロンブス級がいた。

「待て!」

 無駄と知りつつスロットルを握るがすぐに断念することになった。燃料切れだった。

「くそ!」

 コンソールを殴る。

 モニターの中では白刃が煌めき、コロンブス級が切り刻まれた。しばらくして、これまでよりも一際大きな爆発が起こる。

 キャロラインはその光景を呆然と見ている事しかできなかった。

 爆発はすぐに収まり、≪フェイス≫は姿を消した。

 コロンブル級がいた方向から、何かがくるくると回転しながら飛んできたのでキャロラインはそれを片手で受け止めた。

 それはモビルスーツの頭部であった。二本の角、そしてジムとは大きく異なるツインアイ。実際に見たことはなかったが資料で見て知っていた。

 ジオン軍に「連邦の白い悪魔」と恐れられているという、先日のソロモン戦でもジオン軍の悪鬼のようなモビルアーマー、ビグ・ザムを撃破したというモビルスーツ。

 航路外で秘密部隊に届けられた運搬物。

「ガンダム」

 キャロラインはそっとその名を呼んだ。

-3ページ-

◇◇◇第2話 オーフィリア◇◇◇

 

 

 その光を見た時、戦乙女(ヴァルキリー)が迎えに来てくれたのだと思った、とグエン少尉は言った。

 助かったという喜びで柄にもなく手を大きく振って喜んだと少し照れながら話した。

 その話を聞いたエリカ・バスカヴィル大尉は「ヴァルキリーは、兵士の士気を煽って戦場へと導く女神よ。命を助けに来たりはしないわ」と冷静に指摘し、一時の喜びに沸いていた場を白けさせることになった。

「でも、キャロラインならヴァルキリーにぴったりよね」

 場の空気を読んですかさずフォローしたのはさすがの参謀殿であるが、慌てたためかその内容は何のフォローにもなっておらず、気まずい雰囲気を加速させるだけとなった。

 

 

 一度の戦闘で五人の部下を失うというのは、戦闘隊長としては屈辱以外の何物でもない。

 謎のモビルアーマーとはいえ、たった一機にやられてしまい、しかも取り逃がした。

 泣き喚くか、暴れ狂うか。キャロライン・マップレトン中尉にとって幸いだったのは、そのどちらも選択せずに済んだことだ。

 ジオン軍の謎のモビルアーマー仮称≪フェイス≫によって撃破されたコロンブス級輸送艦は、大量の輸送品を宇宙にばらまいた。サラミス級巡洋艦エイヴァンの艦長はそれらの回収をクルーに命じた。本隊復帰のための得点稼ぎであることは容易に予想されたが、同朋の回収を行うことにはクルーにも異論はなく、速やかに作業は開始された。

 回収作業には、左腕を失ったとはいえ唯一残ったモビルスーツ、ジムは大きな戦力であるし、となれば激戦を終えたばかりとはいえパイロットであるキャロラインも作業に加わらなければならない。

 しかし今のキャロラインにとっては身体を動かしている方が楽だった。

 黙々と身体を動かしていれば、悔しさを、亡くした部下達の顔を思い浮かべずに済む。

 何が入っているのか分からない巨大なコンテナを回収するのは容易な作業ではなく、しかもジムは腕を一本無くしている。しかしキャロラインは卓越した操縦技術で、オペレーターの指示に従って着実に回収を続けていった。

 近くに漂うめぼしい浮遊品の回収が終わった頃、少し離れた位置に一つのコンテナが浮遊していた。

「燃料は大丈夫ですか?」

 オペレーターが心配してくれた通り、残りの燃料は僅かだった。辿り着くことはできるだろうが、内容物の重量によっては運べないかもしれない。しかし、届きそうな範囲にある大物はもうそのコンテナだけだった。

「いざとなったら迎えに来てくれるんでしょ」

「もちろんです」

「じゃあ行ってくるわ」

 できるだけ燃料を使わないように気を使いながらスラスターを噴かす。

 コンテナをモニターの真ん中に映し、距離を計測する。到着までは約三分。自動操縦にセットし、ヘルメットのバイザーを上げる。すっと冷たい空気が入ってくる。

 パウチで水分を補給する。すっと喉を通過していく感触に生きていることを実感する。それと共に、今まで忘れようとしていた喪(うしな)った者達のことが思い起こされる。

「くそ!」

 コンソールを殴った。

 

 

宇宙要塞ソロモンの攻防戦に敗れたジオン軍の一部は航路外に逃げ込んだ。地球連邦軍より追撃部隊として送られたサラミス級巡洋艦エイヴォンは味方からの救援信号を受け取った。

 航路外にいる謎の味方部隊。しかしその謎は解き明かされることのないまま、キャロラインの目の前で撃破されることになった。

 両腕の巨大な鎌と大きな口、そして正体不明の遠隔ビーム攻撃。更には驚異的な回避能力。それらを併せ持った謎のモビルアーマー≪フェイス≫は更にキャロラインの五人の部下の命を奪った。

 油断があったとは思わない。しかし未知数の敵に対して不用意ではあった。その不用意さを招いたのは艦長の命令だが現場の責任者は自分だ。自分にもう少し用心深さがあればこのような惨状は避けることができたかもしれない。そうすれば五人の命を失わずに済んだかもしれない。

 キャロラインの脳裏に五人の顔が鮮やかによみがえる。

 熱くなった目頭を押さえる役目を果たしてくれたのは、モニター上の点滅するカーソルだった。目標のコンテナに接近したのだ。

 声が上ずらないように気を付けながらオペレーターに連絡する。

「目標確認。損傷は軽微。これより回収作業に入る」

「了解」

 気合いで涙を抑え込み、しっかりと前方のコンテナを見据え、コントロールレバーを握る。スラスターを小刻みに吹かして相対速度を合わせていく。

 その時、コンテナの上で何かが点滅した。

 二度、三度。光が点滅する。

 モニター画面を拡大すると、カンテラを振っている黄色のノーマルスーツが見えた。

 生存者がいたのか!

 湧き上がる高揚感を抑えながら、慎重にジムを操作する。撃沈されたサラミス級巡洋艦とコロンブス級輸送艦の乗組員を救助したとの報告は受けていない。これで、彼等がなぜ航路から外れた場所に居たのかが分かるかもしれない。

 しかし、コンテナに触れた途端に聞こえてきた声は、良い意味で予想を裏切った。

「隊長!」

 それは目の前で撃墜されたはずのグエン・ズアン少尉だった。

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 ≪フェイス≫に撃墜されたグエンは乗機のジムが爆発する前に脱出することができた。しかし飛んできた破片にぶつかり気を失った。気を失っていた時間は長くなかったが、気が付くと戦闘はすでに終わっており、周囲に味方も敵もその姿はなかった。更に破片にぶつかった衝撃でバックパックのスラスターは壊れていた。生き残りはしたものの宇宙の漂流者となってしまったのだ。広大な宇宙空間で漂流者となることは容易に死と直結する。

 酸素の残り時間も短い。

 無線に呼びかけたが応える者はいない。

 背筋を冷たいものが駆け抜けた。

 身震いしながら、半ばパニック状態に陥りながら何か役に立つものを持っていないかと探していると、ポケットから出てきたのはいつも読んでいる文庫本だった。

 この状況では何の役にも立たない紙の本。

「お前のご利益もついに終わりだな」

 そう思うとなんだかおかしくなってきた。

 宇宙(そら)に漂いながらページをめくる。

 ジンクスのため、いつも同じページで読むのを止めていた。そのため、その先の話を知らない。しかしジンクスはもう関係ないとその先にページをめくるが、急に暗くなり文字が読めなくなった。

 顔を上げるとコンテナが接近してきており、その陰に入ったことが分かった。

はっと気が付いた時には文庫本を手放してしまっていた。すぐ近くに浮遊している。地上であれば一跳びの距離であるが、無重力空間ではそれだけの距離も自由に移動することはできない。まごまごしていたらコンテナがまた遠ざかってしまう。

グエンは文庫本を諦め、コンテナに向けてワイヤーガンを撃った。先端のマグネットアンカーがコンテナを掴んだ。トリガーを引くとワイヤーが巻き上げられてコンテナに近づく。移動する際に、なんとか文庫本を引っかけられないかと足を延ばしてみたが虚しく空を切った。

 コンテナに接触するとすぐに表面を一回りしてみたが、役に立ちそうなものは何もなかった。中身が気になったが、電子ロックされているため、開けることはできなかった。

「無駄足かよ、期待させやがって」

 足裏でコンテナを蹴るが応える音は無い。

 貴重な文庫本を失ってまで手に入れたのは、何が入っているか分からない、何も入っていないかもしれない金属製の巨大な箱だ。

 結局、ご利益は本当に無くなっていたのかもしれない。だから、手からこぼれ落ちていってしまったのだ。

 運すら失ってしまったのに、今更自分になにができるというのか?

 すっかりやる気をなくしたグエンはコンテナに身体を固定する。こうすれば、いつかは誰かに遺体を回収してもらえるかもしれない。それがジオン軍や海賊ならどんなことをされるか分からないが、連邦軍や民間船なら家族の元に送り届けてもらえるだろう。

 諦めの境地に陥ったグエンであったが、実際にはそれからすぐに、輸送品の回収に戻ってきたエイヴォンに帰還することになった。

 

 それは運がまだ残っていたからなのか?それとも、新たな不運の始まりなのか?

 今のグエンに判断できることではなかったが、迎えに来てくれたキャロラインのことは昔読んだ神話の中のヴァルキリーに思えたし、ゆっくりと近づいてきたジムのライトの光は一生忘れないだろうと思えた。

 それは生きていたからこそなのだ。

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◇◇◇ ◇◇◇

 

 キャロラインは二時間の仮眠から目覚めると、シャワーを浴びたい欲求を抑えつつ部屋を出て、重力が切られている艦内をまっすぐ格納庫に向かった。パイロット用ブリーフィングルームに入ると、なぜかエリカがキーボードを叩いていた。

 ラックから栄養剤チューブと水のチューブを取り出し、身体に流し込む。

「キャロル」

 声がした方に目を向けると、タブレット端末がふわっと飛んできた。

「とりあえずの戦闘報告書を作成しておいたわ。確認して?」

「……なんでよ?」

 キャロラインはタブレットを一瞥した後、眉根に皺を寄せながらエリカを見た。ジムには戦闘記録画像や通信記録が残されている。それを見れば誰でも戦闘報告書を作成することはできる。しかし作成する義務があるのは戦闘隊長であるキャロラインであるし、参謀とはいえエリカが作成するのは越権行為だ。

「その方が良いと思ったからよ」

 自分の行いに疑いを持っていない顔に、キャロラインは黙ってタブレットにサインを走らせる。

「ちょっと。確認はしてよ」

「信じてるよ」

 笑いながら承認ボタンを押そうとした手が、直前で止まった。

 ふっと違和感を思い出す。

≪フェイス≫は長距離射撃を何度も避けた。普通の避け方ではなかった。発砲を確認してから避けたのではなく、まるで発砲されることを事前に察知していたかのような避け方。

 あれは一体なんだったのか?

 さっと報告書に目を通すが、単純に避けられたという事実しか書かれていない。あの違和感は記録映像を見ただけでは分からない。現実にあの場所に居なければ感じられないものだ。あの違和感を報告する必要はないのか?

 しかしいざそれを文章としようとした時、キャロラインには適切な表現をすぐには思いつけなかった。

「中尉、起きたなら来て下さい」

 突然ブリーフィングルームに声が響いた。窓の外を見ると、格納庫内に浮かんでいるグエンが手招いていた。

「ごめん。後でちゃんと見るよ」

 サインを取り消すと、タブレットを返す。エリカは黙って頷き、受け取った。

 二人が格納庫に出ると、グエンもワイヤーガンでタラップに来た。

「お前はちゃんと休んだのか?」

「大丈夫ですよ。それより見て下さい。俺のベッドの中身です」

 格納庫内にモビルスーツが屹立していた。

 ジムに似ているが、武骨で少したくましい印象を受ける。

「新型か?」

「ジムコマンドね」

「ああ」

 エリカの補足に頷く。資料で見た覚えがあった。ジムコマンドの奥には、ボロボロのジムに多数のメカニックマンが取りついているのが見えた。そちらに流れながらグエンに問う。

「使えるのか?」

「まだ簡単なチェックしかしていませんけど、大丈夫なようです」

「そうか」

 キャロラインに気が付いたチーフメカニックマンのマール・フィッシャーが近づいてくる。

「左腕がついてるじゃない」

 ジムには、ドムに切り飛ばされた左腕が付けられていた。

「最後の一本です。大事に使ってください。後少しでとりあえずは動かすことができます」

「とりあえずは?」

「ジェネレーターにガタが来てます」

 マールは肩を竦める。

「ばらせばなんとかなるかもしれませんが、応急処置じゃこれ以上はどうしようもないです」

 ≪フェイス≫を追うためにかなりの無理をさせた。ガタついているのは仕方がないし、マールが無理だというのであれば、無理なのだろうと理解した。

 キャロラインはぐるりと格納庫を見回してから、ジムコマンドを指差しながら訊いた。

「こいつだけなの?」

「モビルスーツですか?そうです」

「ガンダムは?」

 キャロラインはそのすでに伝説になりつつあるモビルスーツの頭部を回収していた。艦長が輸送品の回収を命じたのも、それの影響が大きい。

「ああ、あれは頭だけです」

 マールは言いながら格納庫の隅をペンで示した。乗り手がいない二機の宇宙戦闘機トリアーエズの横に、ツインアイとツインアンテナを持つ独特の頭部が所在無く鎮座している。

「胴体はありませんでした」

「そうか……」

 がっくりと肩を落とすキャロラインにマールが気の抜けた声で気楽な感じで訊ねる。

「付け替えますか?」

「頭を?いらないわ」

「そんなにがっかりしないで下さい。ガンダムはありませんでしたが、代わりに面白いものが残っていました。こっちです」

 マールがタラップを蹴って跳んだので、三人もその後を追った。一つのコンテナの前に降り立つ。

「おーい、出してー」

 マールの指示でメカニックマンがコンテナに供えられたコンソールを操作すると、コンソールの中からゆっくりとハンガーユニットがせり出してきた。幾つかのパーツがセットされているようだが、大きすぎて全容は分からない。キャロラインは宙に浮き、見下ろした。それは一見して人型がバラバラにされて並べられているように見えた。

「モビルスーツのパーツ……ですか?」

 横に浮かんできたグエンが呟く。

「少し違います。こいつは着脱可能な追加装甲です。全身を装甲で覆い、追加武装として腕部に二連ビーム砲と、バックパックにもロケット砲を装備した最強のモビルスーツ、フルアーマーガンダム」

「その最強の鎧を着る前にやられたってことね」

「そういうことです」

 キャロラインはハンガーユニットの上に降り、胸部に取り付けられると見える装甲を軽く拳でコンコンと叩いた。

「おまけで高出力のジェネレーターが付いてました」

「そう……」

 キャロラインは拳を口元に当てて考えた後、すぐに決断した。

「マール、この装甲とジェネレーターを私のジムに付けて。ズアン少尉、あなたは新型を使いなさい。身体が大丈夫なら今すぐに一度飛んできて」

「そんな無茶苦茶な」

「了解です」

 マールは抗議し、グエンは意気揚々と飛び上がる。

「ジムはガンダムに似ているけど、同じじゃありません。そんな簡単に流用できるもんじゃない。高出力のジェネレーターなんかつけたら、ジムの構造体がもちません」

「どっちにしろジェネレーターはダメだったんでしょ。装甲はパージできなくても良い、くっつけるだけならなんとかなるでしょ」

「ダメよ」

 キャロラインの無理難題を止めたのはエリカだった。

「回収した輸送品について統合本部に報告していたのだけど、今、指示が来たわ。全て爆破廃棄せよとのことよ」

「どうしてよ?」

「それだけ隠密の作戦だったってことでしょ」

 エリカが諦めの表情を見せれば、キャロラインもそれ以上は突っ込めない。

「艦長はなんて言っているの?」

「あの人が統合本部に逆らうわけないでしょ。私に後を任せて、自分の部屋に引っ込んだわ」

 艦長はこの回収作業を土産に本隊への復帰を目論んでいた。その当てが外れて落ち込んでいるのだろう。

「なら問題ないわ。作業を続けて」

「マップレトン中尉」

 マールに指示をするキャロラインをエリカが咎める。

「爆破廃棄はするわ。でもそれは、どんな形でも、本隊に復帰するまでに行えばいいんでしょう。爆破の方法は私に任せてもらえるかしら」

 にやりと笑うキャロラインにエリカは真面目な顔で頷きながら訊ねる。

「さっきの敵はまた来るのね」

「ええ」自信を持って肯定する。それと同時に、背中を舌が這うような気持ちの悪い感覚が蘇る。

 格納庫内に警告音が鳴り響き、ジムコマンドが動き始めた。グエンが訓練飛行に出るのだ。

「隊長!」

 ブリーフィングルームに戻ろうとしていると、後ろから声をかけられた。ノーマルスーツを来たダニー・デイル曹長が手を振りながら近づいてくる。

「ボールの整備、終わりました。いつでも出られます」

「ご苦労様。それでは一緒に休憩にしよう」

 笑顔で応えるキャロラインに、エリカが隣から釘を刺す。

「羽目を外しすぎないでよ」

「気分転換よ。新米兵には息抜きを作ってやるのが大事でしょ」

「そうだけれど、情が入ると面倒よ」

「経験談?今度聞かせてよ」

「そんなのじゃないわ」

「大丈夫だよ。あいつには故郷に婚約者がいる。その待っている婚約者の元にあいつを帰してやるのに必要なことをやってるだけよ」

「……パイロットのことは任せるけど、戦闘に支障がないようにね」

 もう一度釘を刺してエリカは去っていき、キャロラインは速度調整を誤ったダニーを抱きしめながら受け止めた。

-6ページ-

◇◇◇ ◇◇◇

 

 サラミス級巡洋艦エイヴァンは、コロニーやモビルスーツの残骸が浮かぶ暗礁地帯へと進んでいた。≪フェイス≫の高速移動にジムではついていくことができないため、速度を出すことが難しい暗礁地帯に誘い込む作戦だ。

もちろん乗ってこない可能性もあるが、キャロラインは必ずくると考えていた。

「このモビルアーマーはザクレロというらしい」

 作戦指揮室には作戦参謀のエリカ、パイロットのキャロラインとグエン、ダニー、そしてチーフメカニックマンのマールがいた。

画面には巨大な目と、口、両腕には鎌を備えた黄色のモビルアーマーが映し出されていた。顔だけ見れば恐ろしいが、その顔が大半を占める全体像を見れば、滑稽にも感じる。

「悪趣味なデザインですね。なんでこんなモビルアーマーを作ったんでしょうか?」

 ダニーが挙手して訊ねる。

「ジオンのポンチキ連中が考えることなんて分からなけど、一撃離脱に特化した設計でしょうね」

「ポンチキってなんですか?」ダニーはクスクスと笑い、キャロラインはそれを微笑ましく見る。

「でも、≪フェイス≫は見えないところから攻撃してきましたが、あれはなんだったんです?」

 グエンが質問する。

「それよ」

 本当はダニーにその質問をして欲しかったと思いながら、キャロラインは画面を切り替えると不可思議な機体が映し出された。

「モビルアーマーブラウ・ブロ。ニュータイプ専用機だそうよ」

「ニュータイプってなんです?」

「人の革新だそうよ」

 ダニーの質問にキャロラインは肩を竦めながら答える。それ以上聞かれても何も分かりませんとポーズで示す。

「ジオン・ズム・ダイクンが唱えていた理論よ。人は宇宙に出たことによって今まで使っていなかった感覚領域を使用するようになる。宇宙生活に適応した人類ということだったと思うわ」

 エリカが引き継いで説明をするが、一同は顔に疑問符を浮かべたままだった。

「宇宙生活に適応した人類って、具体的にどうなるんです?」

「感覚領域が広がることによって、他人の考えていることが分かるようになる、って書いてあったと思うわ」

「他人の考えることが分かるって、それはテレパシーって奴でしょ。超能力者だ!」

「私は産まれも育ちも宇宙ですけど、人の気持ちなんてちっとも分かりませんけどねぇ」

 グエンとマールの言葉に、エリカは渋い顔をする。

「私だって信じているわけじゃないわ」

「同じく私も信じていないけど、考えが読めるとすれば、長距離射撃を何度も避けられたことの説明はつくわ」

「偶然じゃないんですか?それとも勘が鋭い奴だったとか」

「じゃあ、勘ってなに?」

 問われてグエンは口ごもる。

「感覚領域が発達した人を昔から、勘が鋭いとかテレパシストとか呼んできたのかもしれないわね。今度はそこにニュータイプが加わった」

 エリカが説明を補足した。

「人の考えが読めるとして、あの攻撃とどう関係するんです」

「ニュータイプ専用機にはサイコミュという兵器が搭載されている。ここにビーム砲があるけど、こいつを機体から分離し、離れたところから攻撃することができるらしいわ。その操作を、手で行うのではなくて、人の思考で行うんですって」

 キャロラインは説明しているうちにバカらしくなり、最後は投げやり気味になる。

「人の思考で兵器を操るって考えは昔からありますよ。それがとうとう実現されたってことですね」

 マールは技術的な興味があるのか、いつもよりは弾んだ声を出す。

「残念ながら実現したのはジオン軍だけどね。ここまでの情報から、≪フェイス≫はニュータイプ専用ザクレロだと考えられるわ。こいつはビーム砲だけではなく、鎌も分離して攻撃することができる」

「鎌が飛んでくるとか、悪夢ですね」

「れっきとした現実よ。でも、鎌にしろビーム砲にしろ、ネタが割れていれば対処はできる」

「問題は、どこまで考えを読まれるかね」

「ええ」エリカの指摘にキャロラインは頷く。「こちらの考えが全部読まれてしまうなら対処のしようがないわ」

「それはないでしょうね」

「なぜ?」

「相手の考えを全て読める者がいたとして、そんな人物をパイロットにしておくわけがないわ」

「なるほど、確かにそうですね」

 マールが同意する。

「モビルスーツ……、強力なモビルアーマーに乗ったところで倒せる敵の数は限られます。無限に動けるわけではありませんから、結局は目の前にいる敵しか倒せない。それよりも、相手の考えが読める人物が一番力を発揮できるのは交渉の場です。政治家はそろそろ終戦協定も考えているでしょうけど、考えを読むことで交渉を有利に進められれば、この戦争全体をひっくり返すことだってできます」

「そんな貴重な人材を、死ぬリスクが高まる戦場に出すわけがないってことね」

「じゃあ、何が読めるんです?」

「それが分からないって話をしているの。希望的観測も含めて言えば、殺気を感じるんじゃないかしら」

「ああ、それは俺もなんとなく感じる気がします。あれの、凄く強力な奴ってことですか」

「そうね。敵のいる方向と、トリガーを引くタイミングが正確に分かる…、そしてこちらの軌道を読むことができる」

「そんなのかないっこないじゃないですか」

「そうでもないわ」

 ダニーの悲鳴にエリカの冷静な声がかぶる。

「一対一ならそうでしょうけど、三方向から同時に狙われたとすればどうかしら?相手の能力がはっきりと分からないから断言はできないけど、三方向からの殺気への対処は達人でも難しいと思うわ」

「こいつもある」

 キャロラインは床を蹴る。

「そうね。四方向からの同時射撃。エイヴァンの場合はどうなるのかしら?指示を出す私の意思を読むのか、砲手の意思を読むのか」

「いっそ艦内のクルー全員で念じるってのはどうですかね。大勢の人の意思をぶつけられたら混乱するんじゃないですか?」

「混乱させるんだったら、バラバラのことを考えた方が良いんじゃない?何が食べたいとか、バイクが欲しいとか、休暇を増やせとか、艦長が嫌いだとか」

 キャロラインの提案に全員が笑う。

「そうだ!」ダニーが得意気な声を上げる。

「皆ですっごいエッチなことを考えるのはどうですか?戦闘どころじゃなくなるぐらいすっごいエッチな奴をぶつけるんです」

「おっ立たせて、操縦どころじゃなくさせるのね。いいじゃない」

 キャロラインは上機嫌に賛同した。

「パイロットが男だとは限らないでしょ」

 顔を顰めながら指摘するエリカに、キャロラインはニヤリと笑う。

「いいえ。あの嫌な感じは絶対に男よ」

「なんで分かるんです?」

 グエンの問いに笑ったまま答えた。

「女の勘よ」

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◇◇◇ ◇◇◇

 

 キャロラインが自信を持って再来を予言した≪フェイス(正式名称 ブラレロ)≫であったが、なかなか姿を現さなかった。

 来るかどうかが定かでない者を待つことはクルーに焦燥感を与える。明確な目的のある作戦ではないために、暗礁地帯に閉じこもっていることは大きな問題ではない。≪フェイス≫の問題はなくても、ジオン軍の残党を探して彷徨うよりは安全と言える。しかし、クルー達は目に見えない敵に対する恐怖を真綿でじわじわと締め付けられるように感じており、不満も出てきていた。

 キャロラインとエリカが格納庫からパイロット待機室に入ると、グエンは手持ち無沙汰そうにウロウロとしていた。ダニーはヘッドホンをして目を閉じぷっかりと浮いている。

「なにしてるの?」

「本をなくしてしまったから、暇なんです」

「ああ」

 キャロラインは冷蔵庫から取り出した水パックをエリカに流してやる。

「ありがとう。何て本だったの?」

「リア王です」

「リア王?」キャロラインが難しい顔をしながら訊き返す。

「シェイクスピアね。三大悲劇の一つと言われている作品よね」

「出撃前に悲劇なんて読んでたの?縁起が悪いわね。だから撃墜されるんじゃないの」

「ちゃんと生きて帰ってるじゃないですか」

「ははは、面白いの?」

「実は最後まで読んだことがないんです」

 意外な告白にキャロラインとエリカは目を丸くする。

「初めての出撃の時、ひどく落ち着かなかったんです。周りの連中は酒を飲んだりして気を晴らしてましたけど俺は酒が飲めないから、ブラブラと街をうろついていた時に、骨董屋であの本を見つけたんです。買って帰って読んでいる時に、予定より早く、急に出撃することになったんです。なんとか帰還することはできましたが、機体はボロボロで、そのままスクラップ送りでした。でも運が良かったんです。その時、初出撃だった俺以外の連中は皆戦死しましたから。それで、この本が幸運のお守りなんじゃないかって思ったんです。それでそれからは出撃前には必ずあの本を読んで、でも読み進めてしまうと効果が無くなるかもしれないと思って、いつも同じところまで読むようにしているんです。だから、その先がどうなるかは知りません」

「ということは、いつも同じ個所を何回も読んでいたの?よく飽きないわね」

「飽きてますよ、でも、お守りですから」

 呆れるキャロラインに、グエンは軽く笑って見せる。

「それで、途中まででいいけど、どんな話なの?」

「リア王っていうのはブリテンの王様です」

「昔、イギリス島にあった国ね」

 エリカが補足するとキャロラインが少し嫌な顔をする。

「イギリス島には悪い思い出があるのよ」

「リア王には三人の娘がいたんですけど、引退しようと考えた時、財産をどのように分けるかを悩んで、娘達に自分をどれぐらい愛しているか語らせたんです。それによって、自分への愛を確認しようとしたんです。長女と次女は思ってもいない美辞麗句を並び立てて、財産を得ることができましたが、三女は父王への愛は言葉で語ることはできませんって答えたんです」

「嫌な娘ね」

「娘とはいえ、女の言葉を素直に聞く王も、管理者としての資質を疑うわ」

 キャロラインとエリカは冷たく王を切って捨てる。

「混ぜっ返さないで下さい。でも大尉のお考え通り、二人の姉はリア王に冷たく接するようになり、やがて殺してしまおうと考えるようになります。そこを勘当されてフランス王家に嫁いでいた末の娘が助けに来るんです」

「それで財産を全部一人で持って行くのね。やっぱり嫌な娘ね」

「末っ子に恨みでもあるんですか?要領は悪いけど、父親思いのこの作品の中では良い娘なんですよ。それと残念ながら、助けに来たところで、出撃になったのでその先は知りません」

「クライマックスじゃない。その先を知りたいとは思わないの?」

 キャロラインは信じられないと頭を抱える。

「知りたいですけど、ゲン担ぎとして始めてしまったから読めないんですよ。戦争が終わったらゆっくり読みます」

「それ、交通事故で死ぬパターンじゃない?」

「縁起の悪いこと言わないで下さい」

「エリカは知ってる?」

 キャロラインは物知りの参謀殿に話を振る。

「読んだことはないわ。でも、三大悲劇って言われているぐらいだから、良い結末ではないのでしょうね」

 当たり前のことのように答えるエリカに、二人はげんなりとする。

「なんでそういうこと言っちゃうかな」

「一気に読む気無くしました」

「ど、どうしてよ!悲劇なんだから、そういうことでしょ!」

「それはそうだけど、でも、もう少し言い方があるんじゃないかな」

「どうするのよ」

「俺、知ってますよ」

 少しヒステリックになり始めたエリカを、その声はさえぎった。一同が声の方向を見ると、ダニーがぷっかりと浮かんだままヘッドホンを耳から外し、得意気にこちらを見ていた。

「知ってるの?あなたが?」

 キャロラインは目を丸くする。

「そんなに意外ですか?これでも昔は読書好きだったんです。最後どうなるか知りたいですか?」

 キャロラインとエリカはグエンを見る。

「ちょっと待ってくれ。本は無くしてしまったからゲン担ぎの効力はなくなったかもしれないけど、結末を知らないことがゲン担ぎになっているのかもしれない」

「なに穴の小さいこと言ってるのよ」

「生死がかかってるんだから当たり前じゃないですか」

 その時、グエンの悩みを打ち消すように警報が鳴り、続いて艦内放送が続いた。

『敵機を捕捉しました。モビルアーマーが一機、暗礁地帯の外からこちらに向かってきています。総員、戦闘態勢を取れ。繰り返す、総員戦闘態勢を取れ』

 

 

「結局ぶっつけ本番になったわね」

「自業自得でしょ」

「信頼しているからよ」

「そりゃどーも」

 マールとの短い通信を終えるとキャロラインはジムを加速させる。重いGがかかってくるが、その分加速は申し分ない。換装したジェネレーターは、追加された装甲重量に負けない出力を発揮している。機体バランスにばらつきは見られるが、試験飛行を行っていないので当然だ。むしろ、ジムに装備することを想定していないジェネレーターと追加パーツを取り付けて、よくここまで調整したと言える。

「さすが、やってくれるわね」

 独り言のようにメカニックチームを褒めながらエイヴァンの周りをジムに一周させる。

 ジムの胸、腰、腕、脚にはフルアーマーガンダムの装甲が取り付けられている。パーツがはまらなかった部分は、溶接やボルトで無理やりにくっつけている。右腕には二連装ビームライフルを装備し、右手にはビームスプレーガンを持たせている。背面装甲に取り付けられていたロケット砲はダニーのボールに移し、その代わりにバズーカを引っかけている。

「その姿、本当にヴァルキリーみたいです」

 グエンから通信が入る。帰還してからグエンはよくしゃべるようになった。戦死したベント・ストラン少尉が憑依したかのようだ。

「それって良いことじゃないんでしょ」

「中尉の導きで勝てますよ」

「ありがとう」

 応えてからきっと顔に力を入れる。

 レーダーに映る≪フェイス≫は罠に入りつつあった。

 暗礁地帯の中では行動が制限される。特に≪フェイス≫のような大型で、高速移動を特徴とするモビルアーマーは制限度が大きい。それを利用してエイヴァンへ向かうルートを絞る。

 そして≪フェイス≫がある地点に入った時、隠れて配置したジムとボール、そしてエイヴァンという三方向からの攻撃を行う。こちらの考えが読めるとは言っても、三方向からの一斉攻撃を読むのは困難なはずだ。更に、浮遊している岩石に取り付けたミサイルポッドからも攻撃を行う。命中はさせなくても、近接爆発でダメージを与えられるのは実証済みだ。

 それらを潜り抜けられたとしても最後にはキャロラインのジムが突っ込んで仕留める、これが作戦だった。

 これだけの多段階攻撃を避けられたら、もうどうしようもない。一応他にも隠し玉は用意しているが、これらを突破された後では出番がないだろう。

「中尉、頼んだわよ」

 エリカから雑音交じりの通信が入る。

「艦長は?」

「脱出ポッドの点検に行ったわ」

「ご立派なこと」

 キャロラインは笑い飛ばす。脱出できたとしても、こんな航路から外れたところでは回収される可能性は低い。あの男はいまだにそんな認識すらできていないのだ。

「来るわ」

≪フェイス≫が想定していたラインに乗った。キャロラインはぺろりと上唇を舐める。攻撃ポイントにはすぐに、十五秒で到達……

 

 爆発が起こった。

「ジムコマンドがいる地点です」

 すぐにオペレーターからの連絡が入る。

 キャロラインは機体を急発進させながら、爆発があった地点を拡大表示する。リックドムツヴァイに追われるジムコマンドが表示された。

「何を見ていたんだ」

 ドムの存在を忘れていたわけではない。二度確認させたが、ドムの接近は検知できていなかった。

 完全に不意を打たれたのであろうジムコマンドはすでに右の手足を失っていた。必死に逃げてはいるが、撃墜されるのは時間の問題だろう。

「グエン、持たせなさいよ」

 キャロラインは叫びながら別の場所に照準を合わせる。≪フェイス≫が攻撃ポイントに入ってきていた。

「死ね」

 ストレートな感情と共にトリガーを引く。

 素直にぶつけすぎたのか?≪フェイス≫は三方向からの攻撃の直撃を避けてみせた。二斉射目も交わされる。しかしそこには無数もミサイルが殺到してきていた。

 火球が上がる。

 グエンのジムコマンドが爆発した。

「こいつう」

 射程圏内に入っていたキャロラインは肩に取り付けたバズーカを連射した。無数の小鉄球に襲われたドムの動きが止まる。

 ビームサーベルで切り裂こうと接近すると、ドムは突然動き始め、手を伸ばしてきた。

「往生際があ」

 キャロラインはドムの攻撃を避けると、そのまま袈裟懸けにした。

 ドムは爆発するが、ジムの機内でもエラー音が鳴っている。ドムが最後に伸ばした手に、バックパックに取り付けたバズーカをもぎ取られていた。

「最悪」

 キャロラインは赤毛を掻き毟りたい衝動に襲われながら、≪フェイス≫を探す。

 ピンク色のお化けは無傷ではなかったが健在で、ダニーのボールを追いかけていた。

 キャロラインは信号弾を放つと、ジムを加速させた。

 

 

「マップレトン中尉からの信号弾です」

 報告が入ると、エリカはすぐに命令を発した。

「トリアーエズ射出!」

「射出します」

 ブリッジからもカタパルトから射出される青い宇宙戦闘機が見えた。そして、射出された後、カタパルトで小規模な爆発が起こったのも見えた。確認を命じる前にマールから連絡が入った。

「すいませんカタパルトが壊れました。二機目の射出は無理です」

 切羽詰まった状況だというのに、いつもと同じのんびりとした口調だ。

 この艦には二機の宇宙戦闘機トリアーエズが搭載されていたがパイロットがいなかった。そのために考えられたのが自動操縦で飛ばすという方法だった。トリアエーズにピンク色の機体を追いかけて攻撃するプログラムをセットした。使い物になるかどうかは分からなかったが、保持している戦力を全て投入するという最終決戦的な考えと、相手の考えを読むニュータイプであるならば無人機からの攻撃は逆に有効ではないかという考えもあった。

 カタパルトが壊れたのはキャロラインが無理にモビルスーツに使わせていたからだろうとは考えられたので、整備士を責めるのは酷だが、作戦参謀としては残りの一機も使いたい。

「人力でなんとかして。いつでも射出できるように待機」

「初速は出ませんよ」

「分かってるわ」

「了解です。すぐに準備します」

 マロールが通信を切るとすぐに、オペレーターは射出したトリアーエズが戦闘区域に入ったことを伝えてきた。

「頼んだわよキャロル」

 エリカは小さく呟きながら、じっと前方を見据えた。

 

 

 これまでの攻撃で壊れたのか、それとも遊んでいるのか、≪フェイス≫は鎌を遠隔操作することなく振り回しながらボールを追いかけ回している。ボールは速度は遅いし、旋回性能も良くない。ダニーはむちゃくちゃな操縦でなんとか止めを逃れていたが、すでに上部に取り付けたロケット砲も日本の作業用アームも失っており、本当にボール状態だった。幸いなのは≪フェイス≫にはそれを蹴り飛ばす足がなかったことだろう。

 ロックオンすると同時にキャロラインは二連装ビームライフルを放つが、寸前でやはり避けられてしまう。

「なに?」

 視線を感じ、ぞくっと背中を振るわせた。

 虚空から光が迫ってきた。

 目をつぶる間もなく強い衝撃が襲ってきたが、機体は無事だった。

「やるじゃない」

 マールの話では、フルアーマーガンダムの装甲には耐ビームコーティングがなされているとのことだった。何度の攻撃に耐えられるのかは分からないとのことだったが、とりあえず一度は耐えた。

 顔にびっしりと汗をかいているのを感じながら、キャロラインは吼えた。

「行くよ」

 再び右腕のビームライフルを放ち、左手に持ったビームスプレーガンを連射する。

 先程の攻撃で撃破したと過信していたのか、≪フェイス≫は攻撃を避けるのが遅れ、始めて直撃を食らわせることができた。ジムも二度のビーム攻撃を受けたが、どちらも弾くことができた。想定外であろう事態に≪フェイス≫はボールを追うのを止めて距離を取った。

「ダニー、大丈夫?」

 キャロラインはジムをボールに触れさせて通信回線を開いた。

「なんとか大丈夫です。おかげで生き残りました。ありがとうございます」

 ほっとした声が聞こえてくる。

「よくここまで持ちこたえてくれたわ。後は任せてエイヴァンに戻りなさい」

「でも、中尉一機では!このボールでも囮ぐらいにはなれます」

「ダメよ、戻りなさい」

 気負って言うダニーの申し出を、きつい口調で断る。

「私はもう部下を失いたくはないの。それに囮なら来てくれたわ」

 エイヴァンから射出されたトリアーエズが確認できた。

「分かりました。でも、中尉も絶対に死なないで下さい」

「了解」

 キャロラインはボールを柔らかく押すと、それを見送りたい気持ちを振り払ってジムを急発進させた。

 光学カメラでピンク色の機体を捕えたトリアーエズに続く。

 ミノフスキー粒子が散布された空間では無線もレーダーも使用できない。遠隔操縦ができないために、トリアーエズにはピンク色の機体を攻撃するという指示以外に、幾つかの攻撃パターンがプログラミングされているが、どれが選択されるかキャロラインには分からない。

 プログラムにはなんとか隙を作ってもらい、そこを叩くしかない。という思考を読まれてはならないのだと思いだし、その困難さに苦笑する。

「ニュータイプってのは、面倒なもんね」

 声に出して気合いを入れながら、ビームライフルを一発放つ。すぐに少し進路をずらすと、先ほどまでいた空間をビームの光が通り過ぎて行った。ビームが飛んできた、何も見えない空間を撃ってみるとすぐに小さな火球が生じた。移動砲台の一つに命中したのだ。

「私もニュータイプみたいじゃない!」

 興に乗ったところで別方向からのビーム攻撃に襲われる。とうとうコーティングが耐えられなくなったようで、胸部と右肩の装甲が爆発した。

「フルアーマーだからあ」

 照準を絞らずに、フェイスがいる辺りをめちゃくちゃに撃ちながらジグザグに接近する。

 ≪フェイス≫は溜まらずミサイルを放ってきた。キャロラインはそれらを暗礁地帯に誘い込み、誤爆させた。誤爆できなかったものはビームサーベルで切り裂く。その隙に≪フェイス≫はジムに接近してきていたが、隙ができているのは≪フェイス≫も同様であった。

 敵を倒すという意思を盛大に振りまきながら闘うキャロラインの反対側から、意思を持たない自動操縦の戦闘機が近づいていることにニュータイプ専用モビルアーマーのパイロットは直前まで気が付かなかった。

 トリアーエズは≪フェイス≫の横っ腹に突っ込んで爆発した。

 囮としてトリアーエズを使うつもりだったが、自分が囮になることに変えたキャロラインの作戦が成功したのだ。

「やった、やったよ。見てるかグエン!」

 歓喜を上げたキャロラインだったが、すぐにその言葉を飲み込むことになった。爆発の中から≪フェイス≫が現れたのだ。右半身が焼きただれてどろどろになり、巨大な鎌も失われていたが、撃破には至っていなかった。

「しつこい男は嫌いよ」

 一度距離を取ろうとしたジムをビームが襲う。虚空ではなく、≪フェイス≫の上部からの攻撃だった。

 攻撃は左腕の装甲で防いだが、一瞬動きを止めてしまった。すると先ほどまでは固定されていた≪フェイス≫の左側の鎌が飛んできた。真空で無ければ凄まじい唸りを上げたであろう勢いで振り払われる。

 ジムの右脚が根元から切り落とされた。

「くそ」

 慌てて態勢を立て直そうとするが、機体が思うように動かない。ただでさえ無理やり装甲を取り付けていたところに、右脚という巨大な部位を失い、姿勢制御システムの補正が追いつかなくなったのだ。

 そんな隙を見逃してくれるほど甘い敵ではない。一気に間合いを詰めてきた≪フェイス≫は器用に鎌をジムの腰に回すとすぐに切断することは無く、ぐっと自分の方に引き寄せる。そして、巨大な口と鎌でジムの身体を挟み込む形となった。

「取りつかせてもらえたらこっちが有利でしょ」

 キャロラインは捕まえられた状態のまま攻撃しようとするが、両手の武器が次々に破壊された。≪フェイス≫の後部から延びるビーム砲が鎌首をもたげたようにジムを見下ろしている。巨大な顔の向こうに鎌首が見える光景は、宇宙戦闘には似つかわしくなく、どんな魑魅魍魎の世界に迷い込んだのかと思わせた。

 今度は頭を吹き飛ばそうかというように、ビーム砲が近づいてくる。

「まだあるのよ」

 ジムの頭部に装備された六十ミリバルカン砲が火を噴くと、たまらずビーム砲は爆発する。しかし両側合わせて百発の弾はあっという間に撃ち尽くした。

 怒ったのか、腰に回された鎌に力が入れられると、ジェネレーターからの動力パイプがやられたのか、ジムは一気にパワーダウンしてしまった。

「ここまで来てっ」

 毒づきながらレバーを操作するがジムは反応しない。

 目の前にある巨大な口が発光を始める。このままビーム砲で仕留めるつもりなのだろう。

 キャロラインはなおもレバーを動かしながらも優しい顔で呟いた。

「ダニー、あなたは生きなさいよ」

 撃墜はできなかったが≪フェイス≫も慢心創痍だ。単機でエイヴァンを攻撃することはないだろう。搭載したモビルスーツをすべて失ったのであれば、統合本部もエイヴァンの帰還を許すであろう。

「中尉!」

 ヘルメット内にありえない声が響いた。

 ジムを締め付けていた力が緩み、するりと拘束から抜け落ちた。そしてぽっかりと空いた≪フェイス≫の口の中にトリアーエズが突っ込んだ。

 凄まじい爆発が起こった。

 間近にいたジムも巻き込まれ、コクピットに座るキャロラインも大きく揺さぶられる。

 強い衝撃に気を失う寸前、ダニーの声を聴いた気がした。

『中尉、あいつにすっごいエロい奴をぶちかましてやりましたよ』

「……本当に馬鹿なんだから……」

-8ページ-

◇◇◇ ◇◇◇

 

 暗く冷たい海の中で私は溺れていた。

 次から次へと流れ込んでくる生臭い海水が口の中を満たし、助けを呼ぶこともできない。

 必死で手を伸ばし、短い腕で水をかくが全く浮上しない。逆に水を吸った服の重みに引きずられてどんどんと深みに引きずり込まれていく。引いては返す波に翻弄されて身体がぐるぐると回る。

 大きく見開いた目にゆらゆらと揺れる光が見える。

 今でもたまに夢で見る、子供の時、イギリスの、地球の海で溺れた記憶。

 夢に見るということは、そのまま溺れ死んだりはしなかったということだ。

 あの時は深みに入り込んでしまったと思い込んでいたが、実際には幼い少女でも足が付く遠浅の浜辺でもがいていただけで、帰りが遅いのを心配して探しに来てくれた親戚にあっさりと助け起こしてもらった。その後はギャンギャンと泣き喚いたが、結局はそれだけの話だ。次の日からは懲りずにまた海を見に出かけた。

 ダニーは私と一緒に遊ぶことを禁止された。良い気味だと思ったが、少し寂しくも感じた。

 水面を叩く音が聞こえる。

 もがいている腕はいつの間にか子供の腕から大人の腕に変わっていた。

 長く、筋肉のついた引き締まった腕で水をかくが、水面には浮上できない。念のために確認してみたが今回は遠浅ではなく、足もつかない。

 腕を動かす。しかしそこに必死さはない。

 溺れた時に必至でもがいたのは、生きたいだとか死にたくないだとかいう感情ではなく、なにか分からない恐ろしいものに飲み込まれていく恐怖感だった。恐ろしいものから逃れるために必死でもがいた。

 大人になって、ある程度恐怖心を抑え込むことができるようになった。

 死が常に隣にいる戦場も経験してきた。

 腕の動きが止まる。

 小さな泡たちが静かに昇って行く。

 水面に出て……、生き残ってどうするというのだ。

 結局部下を全て失ってしまった。最後は自分を救うために特攻までさせてしまった。

 おバカなダニー。なんで私なんかの為にそんなことをしたのか。故郷で待っているあなたの婚約者にどうやって報告すれば良いのか。

 生き残ったって、待っているのは結局戦場と、辛い日々ではないか。

 力を抜き、水の流れに身体を委ねる。ゆっくりと深みへと落ちていくのを感じるが、もうそれに抗う気はなかった。

 少し離れた場所に、ぼんやりと水面が見える。

 ゆらゆらと揺れる暗い空間に無数の白い点が浮かんでいる。

 それらをぼんやりと見ていると、すっと白い光の帯が横に走った。

 光の帯は瞬く間に消えてしまったが、その中に非常に大きな温かみを感じた。いくつもの温かみが重なり合った大きな温かみ。すっかり冷たくなっていた私の胸に、その温かさが伝わってくる。

 その温かみの正体を知りたくて、私は手を伸ばす。しかし光の帯はすでに消え失せ、ゆらゆらと揺れる暗い水面が見えるだけだった。

 いや違う。赤い光が見えた。瞬いている赤い光。

 最初は一つだけだったが、やがて二つ見え、三つ見え、赤い光以外に白い光なども見えてくる。

 私は大きくなりながら迫ってくるそれらの光を手の中に握りしめながら、夢の中で夢に落ちた。

-9ページ-

◇◇◇ ◇◇◇

 

 四肢を失い傷だらけで漂流していたジムは、サラミス級巡洋艦エイヴァンに収納された。

 キャロラインがうっすらと目を開くと、世界は白い光で満たされていた。

 ぼんやりとした視界の中に見えたのは、心配そうに覗き込んでくるグエンの浅黒い顔だった。

「なんで出迎えがあなたなのよ」

 か細い声で悪態をつく。

 出迎えてもらえるならばダニーが良かった。もしくは憧れだった教官。

 天国に来てまでこんな仕打ちなのか。いや……

「そうか……。ここは地獄ってことか」

「何言ってるんですか。ここはエイヴァンの中、医務室です。ま、艦の行先は地獄かもしれませんがね」

 騒々しいグエンの声のおかげで、キャロラインはようやく周囲を認識し始めた。

 医務室のベッドの上に横たえられており、口には酸素マスクが当てられている。定期的に刻まれる電子音、そしてグエン以外にも何人かの人間が周囲にいるのが分かる。

「気分はどうです?」

 訊いてくれたのは見覚えのある医師だ。ようやく、自分は生き残ったのだと実感するが、頭の中はいまだぼんやりしたままだ。

「よく分からない……。どうなったの?」

「中尉のおかげで敵は撃退されました」

「私の身体よ」

「外傷は特にありません。もう少しで酸素欠乏症になるところでしたがギリギリで間に合いました。何本に見えます?」

 医師は指を立てて見せる。

「三本」

 瞳孔に光を当てて反応をチェックする。

「後遺症は出ないと思います。疲労が溜まっていますけど、少し休めばすぐに元気になれますよ」

「そう。ありがとう」

 生き残っても、酸素欠乏症になるのはごめんだと思った。

 医師達が去ると、またすぐにグエンが顔を見せる。

「それで、お前はどうやって生き残ったの?」

 キャロラインはグエンの乗ったジムコマンドが爆発するのを目の前で見た。

「爆発する前に脱出したんです」

 グエンはどや顔で答える。

「今度はバックパックをちゃんと持って脱出しましたし、艦の位置もはっきりしていましたから、帰還するのはそんなに難しくありませんでした。とは言っても、無事に脱出できたのは中尉のおかげですけど。中尉が助けに来てくれたから、ドムのパイロットがそれに気が付いて攻撃が一瞬遅れたんです。おかげで逃げることができました。本当に中尉のおかげです。本にジンクスなんかなかったんです。中尉こそが俺のヴァルキリーだったんです」

「ズアン少尉。医務室では静かにしなさい」

 テンションが上がってまくし立てるグエンを、いつの間にか医務室に入ってきたエリカが注意する。

「全くよ。ゆっくり寝られやしないわ。前は無口で本ばかり読んでいたのに、なんで急にそんなおしゃべりになったのよ」

「だって本は無くしてしまいましたから。その代わりにヴァルキリーを得たんです。饒舌にもなるってもんでしょ」

「饒舌になるのは構わないけど、今の中尉には休息が必要よ。退室しなさい」

 エリカが反論を許さないきつい口調でぴしゃりと言い切ると、グエンはばつが悪そうに、しかし全く懲りていない表情で引き下がった。

「それじゃまた来ます」

 エリカは眉間にしわを寄せながらドアが閉まるのを確認した後、キャロラインの方に向き直った。

「気分はどう?」

「最悪よ」

「そうでしょうね」

 エリカは感情のこもらない声で応え、手元のタブレット端末を操作する。

「彼のヴァルキリーになるの?」

「ならないわよ。部下を全員失った、……一人生き残ってたけど、無能な戦闘隊長をからかいに来たの?」

「私は手持ちのモビルスーツと戦闘機を全て失った無能な作戦参謀よ。そんな資格があると思う?」

「……じゃあ、そんな無能な戦闘隊長と作戦参謀に任せた艦長が一番悪いわね」

「それは間違いが無いわ」

 二人はお互いに力なく笑い合った。

「でもあなたは生き残ったわ。ズアン少尉もね。今はそれを喜びなさい」

「それにしては浮かない顔をしているわね」

「意識ははっきりとしているようね」

 エリカは少し微笑んだ後、タブレットに目を戻し、厳しい声で言った。

「本艦に帰還命令が出たわ」

「それはそうでしょうね」

 艦自体は無事だが、搭載機を全て失ってしまった状態では、航路外に逃亡しているジオン艦を追撃するという任務を遂行することはできない。しかしエリカはそんな理由では無いと首を振る。

「先ほど、第一艦隊が殲滅された。ソーラー兵器が使われたらしいわ」

「なんですって!」

 キャロラインは思わず身体を起こした。

「レビル将軍は?」

「確認はできていないけど、おそらく……」

 キャロラインは絶句した。地球連邦軍第一宇宙艦隊はジオン軍の最後の砦、宇宙要塞ア・バオア・クーに向けて進軍中のはずだった。圧倒的な物量で攻め落とすはずが、そのパワーバランスが崩れてしまったのだ。しかも英雄、レビル将軍を失った。

「それでも統合本部はア・バオア・クーへの進軍を決定したわ。残っている現有戦力がかき集められていて、我々にも声がかかったということ。艦長は本隊に復帰できるって早速はりきっているわ」

「モビルスーツもパイロットも失ったのよ」

「補給に関する連絡はまだ来ていないわ。私としてはソロモン、コンペイトウの防衛任務でお留守番を希望するけどね。あなたも、このまま寝ていても良いのよ」

「そんなことできるわけないでしょ」

 押し殺した声で答える。

「敵が憎いから?」

「違うわ」

 憎しみなどの激しい感情は判断を鈍らせる。戦場では禁物だ。目の前で味方がやられれば怒りもするが、闘う理由にしたりはしない。キャロラインはそんなセオリーを話したりはしなかったし、エリカも訊ねなかった。

「だったら今は休みなさい。……と、そうだった。今からあなたのジムを爆破するけど見に行く?」

 統合本部の指示に反してジムにフルアーマー装備を施した。その証拠を消すためにはジムを爆破するのが一番早い。幸いではないが、キャロラインのジムは修復不可能な程にボロボロであった。

 エリカの軽い口調の問いかけにキャロラインはしばらく考えた後に「止めておく」と答え、身体を横たえた。

 きっと感情的になるし、感傷的になる。そんな姿は誰にも見られたくなかった。

「ああ、そうだ」

 エリカはなかなか出ていかない。まだ用があるのかと、キャロラインは扉の方向を少し睨む。

「『リア王』の最後、どうなるか調べたんだけど知りたい?」

 ダニーが話し始めた『リア王』の結末は、結局教えてもらうことはできなかった。

「どうなったの?」

 キャロラインは少し眠りに引きずられながら訊ねた。正直、興味はあまりないが、今聞いておかなければ一生知る機会が無いように思えたからだ。

「長女と次女がリア王を裏切り、殺そうとしていたところで三女が助けに来たところまでは聞いたわよね。三女、オーフィリアが連れてきたフランス軍のおかげで長女、次女の一派は一掃された。でも話はそれで終わらずに、オーフィリアは暗殺者に殺され、リア王はその亡骸を抱きながら、絶望の中でこと切れるの」

「……そんな話の何が面白いの?名作じゃないの?」

「最後に、王の従者の言葉で幕が引かれるわ『この悲しい時代の苦しみはたえてゆくほかありません。型通りの悔やみにならぬ、心のままを話し合おう。一番年長の方々が一番苦労なされた。まだ若いわれわれだが、これほどの難儀に合あわず、これほどの長生きもせずにすみましょう。』」

「……なによそれ。そんなの……悲劇じゃなくて、喜劇じゃない……」

 『リア王』が書かれてから数百年が経っているが、人類はまだ戦争を続けているし、書かれる前も戦争が繰り返されていた。その間に数億、数十億の人間が亡くなった。

 王と娘達も、ダニーやベント、そして≪フェイス≫のパイロット同様、その中の一人でしかない。キャロラインももう少しでその仲間入りをするところだった。

 そんな戦争の最中で「難儀にあわず、長生きせずにすむ」と聞かされても、悲しいというより「何をバカなことを!」と笑い飛ばしたい気分になる。しかし今のキャロラインには笑い飛ばすほどの気力もなかった。

「今はゆっくり休んで」

 エリカは静かに言って出て行った。

 一人医務室に残されたキャロラインはゆっくりとまどろみへ落ちていく。

 しばらくして微かな振動を感じた後、完全に眠りに落ちた。

 

 

 

 

-10ページ-

◇◇◇エピローグ◇◇◇

 

 

「爆破しました」

 オペレーターから連絡が入る。

 ブリッジの窓からも、遠くで火球が生じたのが見えた。

 キャロラインのジムと、ダニーのボールが爆発した光は、すぐに消えていった。

「作業班は船体への影響を確認した後、撤収」

 エリカの命令をオペレーターがマール達、作業班に伝える。

 ブリッジに艦長はいない。統合本部の命令に背いて、フルアーマーガンダムの装備を流用したジムとボールの証拠隠滅作業を行う際に、すかさず姿を消すとは、あいかわらず危機察知能力の高さは見上げたものだ。

 どうせなら、自分の間男行為がばれないことにその力を発揮して欲しかった。

「作業班が戻ったら、当直以外は休みを取って」

 ブリッジ内に少し和やかな空気が流れる。

 宇宙要塞コンペイトウへは二日程かかる。その間に敵に遭遇する可能性は低いと考えられる。≪フェイス≫との激闘を終えたクルーには良い休暇になるだろう。

「部屋にいるわ。作業班が戻ったら連絡を頂戴」

 とはいえ作戦参謀のエリカには報告書作成という仕事が山のように残っている。

 タブレットを手に、エレベーターに乗り込んだエリカは、ふと首を傾げた。

「……何か、忘れているような気がするわ?」

 それが何かを思い出す前に、エレベーターのドアが閉じられた。

 

 一方、搭載機が全て失われ、爆破作業のために人が出払っている格納庫はガランとしていた。

 照明も落とされ薄暗い空間の片隅では、ガンダムヘッドが所在なく佇んでいた。

説明
一年戦争の最中、
ジオン軍の宇宙要塞ソロモンを陥落させた地球連邦軍は、敗残兵を追うために幾つかの部隊を派遣していた。
その中の一つ、サラミス級巡洋艦「エイヴォン」は航路から外れた宙域で味方からの救難信号をキャッチした。
出撃したキャロライン中尉の率いるモビルスーツ部隊は、異形のモビルアーマーと対峙することになった。
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コメント
>Tomycustomさん 書き間違いです。ご指摘ありがとうございます。(靖之)
ソロモン級巡洋艦というのは聞いたことがないのですが、サラミス級巡洋艦の間違いではないでしょうか。特に1年戦争時の連邦の艦船ですと、マゼラン級戦艦、サラミス級巡洋艦、コロンブス級補給艦、ペガサス級揚力艦だと思うのですが。(Tomycustom)
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