とある武術の対抗手段《カウンターメジャー》 第三章 G?1トーナメント:八 |
試合を終えた廷兼朗は、錬公老人と網丘の座っている席へと向かった。先ほどの試合の感想を聞くためだ。
第二試合の最中にある会場は、良い具合に盛り上がっている。
「先生! 網丘さん!」
声を上げる観客と一線を画し、押し黙って観戦している二人に呼びかける。
「初戦突破、おめでとさん」
「はい。ありがとうございます」
錬公老人からの労いの言葉に、素直に頷く。対照的に、網丘は渋い顔だった。
「楽しんでいるようで、何よりね」
「ええ。そりゃあお祭りですから、楽しいですよ」
「でも万が一、負けたらどうなるか、分かっているわね?」
含むような笑みに、廷兼朗は表情を崩さずに応える。
「すぐに荷物まとめて、和歌山に帰りますよ」
網丘と並んで座っていた白井と初春が、「え?」と声を上げる。
「帰るって、どうしてですの?」
「この程度の大会で後れを取るようであれば、対能力者戦闘術への開発協力の資格無しとして、奨学金を切られるから和歌山に強制送還です」
さも当然と言わんばかりの口調で、廷兼朗は説明する。
学園都市は学生の街と呼ばれるほど学生が多く、教育機関が所狭しとひしめいている。そのため、学生への奨学制度はとても充実している。その充実ぶりが、置き去り《チャイルドエラー》という社会問題を引き起こしているという側面もある。
しかし、奨学制度はあくまで学生への投資である。リスクを負うのだから、それ相応のリターンを要求されるのは当然である。多額の補償の見返りに、能力開発に従事する学生は少なくない。むしろその構造は、学園都市全体に当てはまる。
廷兼朗の場合、それが能力開発ではなく、戦闘術の開発だっただけに過ぎない。開発に不適切な人材であるという判断がなされれば、『対抗手段《カウンターメジャー》』計画との提携を前提にしている奨学制度は当然打ち切りとなる。
学園都市にいられないとなれば、生家のある和歌山は根来に帰るしかない。
「そうなったら大錬流の師範代に雇ってやるから、安心しろい」
そう言って、錬公老人は声を上げて笑った。
高等学校卒業という選択肢が抜けてしまうのは甚だ残念だが、そうする以外に身を立てる選択肢が、廷兼朗には今のところ無い。
「大錬流、というのが、このお爺さんの流派ですの?」
「そうですよ。大錬流合気柔術の師範をなさっているんですよ」
そう言われてもピンと来ないのか、白井は「はあ……」とだけ頷いた。
「でも廷兼さん、確かご自身でも流派を持っていると言ってませんでした?」
「天羽根流のことですか? あれはもう断絶したようなものですから。それに多くの師から習うことは、悪いことではありませんよ」
断絶という言葉が気になったが、白井がそれ以上聞く前に、廷兼朗の意識は第二試合へと向いてしまった。
勝った方が自分の次の対戦相手になるので、注意深く観戦する。
一方は火炎放射《ファイアースロアー》能力者なのだろう。かざした手から勢いよく炎が走る。
それをもう一方が避ける。遠距離での攻撃方法が無いのだろう。炎の軌道から逃げ、間合いを詰めていく。その光景は、ボクシングのインファイターとアウトボクサーの試合を見ているようだ。
間合いを詰めていく方には、予め場所が分かっているのか、手をかざした時には既に炎の軌道から外れている。既に一ラウンドが終わり、二ラウンドの半ばだが、炎を一切食らっていない。見事なまでの眼付けである。
廷兼朗は、その挙措を静かに見守る。彼にとって、非常に参考になる試合だ。
無能力者《レベル0》の廷兼朗は遠距離攻撃を仕掛けてくる能力者に対して、遠距離で対抗するのは非常に困難である。必然、攻撃を避けながら自分の間合いまで近づく戦い方となる。そこで必要なのは、相手の攻撃を見切る眼付け、致命的な攻撃を恐れず飛び込む勇気、そして一度間合いに入ったが最後、必ず仕留めるという自信と技術である。
徐々に均衡が崩れ始め、危ういまでに距離が狭まってきている。恐らく、一瞬の挙動で決着する。
火炎放射能力者が、振り払うように横一線を炎で薙いだ。既に二、三メートルまで近づいていた相手には、回避しきれない広さを持つ攻撃だった。彼は頭部を両手で守り、炎の中へ突進した。
横に振るった分、炎の密度が薄れたため、脅威ではないと判断したのだろう。そう考えていたのは、火炎放射能力者も同じだった。
今度は自分から踏み込み、炎の中に向かって思い切り右足を蹴り上げる。炎で煙幕を張り、今まで見せていなかった蹴り技を相手の頭目がけて放つ。
「??終わりだ」
廷兼朗は、ぽつりと呟いた。
炎が晴れると、そこには右上段蹴りの応酬がはっきり見えた。火炎放射能力者の顎に、右足甲がめり込んでいた。
炎で前が見えない状態で、火炎放射能力者の右上段蹴りを最小限の動きで避け、事前に打ち合わせたような見事さでカウンターの蹴りを命中させていた。
火炎放射能力者が後方に倒れ、主審がカウントする。立ち上がる意思は見えるが、如何せん体がついてきていない。絶妙な角度で顎を蹴打され、脳と体の神経が分断されているがありありと分かる。
結局、テンカウント中に立つことは出来ず、火炎放射能力者が項垂れる。主審が一方の選手の腕を上げ、第二試合が終了した。
「あの人が、次の相手か」
口元を緩ませ、廷兼朗が言った。能力による攻撃、そしてフェイントも全て見透かし、的確なカウンターを決める。対能力者戦闘の理想の一つである。廷兼朗は、自分以外にもこれほどの技術を持っている相手に対して戦慄していた。
彼も無能力者なのだろうか。淡い期待を込めてパンフレットを確認してみると、先ほど勝利した選手、久遠険《くどうけん》は、強能力《レベル3》の読心能力者《サイコメトラー》とのことだった。
通常、読心能力者は対象に手で触れることで情報を読み取るが、久遠は手を触れず、離れた状態で読み取ることが出来るのだろう。そうであれば、あの察知能力の高さも納得がいく。
無能力者でないことは少し残念だったが、それでも廷兼朗にとって手強い相手には違いない。
遠距離攻撃は無いものの、心を読まれると言うことは近接戦闘で圧倒される可能性を秘めている。あらゆる挙措と思考を完全に読み取られれば、さしもの廷兼朗も手の出しようはないのかもしれない。
全ては相手次第だ。心を読み切れれば久遠の勝ち。読み切れなければ廷兼朗の勝ちである。
説明 | ||
東京西部の大部分を占める学園都市では、超能力を開発するための特殊なカリキュラムを実施している。 総人口約230万人。その八割を学生が占める一大教育機構に、一人の男が転入してきた。 男の名は字緒廷兼郎(あざおていけんろう)。彼が学園都市に来た目的は超能力ではなく、武術だった。 科学と魔術と武術が交差するとき、物語は始まる。 |
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