英雄伝説〜焔の軌跡〜 リメイク 改訂版 |
〜グランセル城・客室〜
「………期待している、か。はは………それま全く予想外の言葉だな。私はてっきり、貴方がわざわざ釘を刺しに来たと思ったのだが。」
「まさか………どうしてそのような事を?私と殿下はそもそも同じ立場にあるというのに。」
「なに………」
敵対しているつもりである人物が”同じ立場”である事を口にした事にオリビエは驚いた。
「……殿下。あなたはエレボニアという旧い帝国を憎んでいるはずだ。数多の貴族によって支配され、愚にも付かない因習としがらみにがんじがらめになった旧い体制を。そうではありませんか?」
「……………………………」
オズボーン宰相の問いかけにオリビエは何も答えず、目を細めてオズボーン宰相を睨んでいた。
「”鉄血宰相”などと大仰に呼ばれているようですが………帝国における私の立場はまだまだ決定的ではありません。帝都での支持者は多いとはいえ、いまだ諸侯の影響が強い地方での支持までは集めきれていない。帝国軍への影響力は認めますがそれでも7割程度………残りは諸侯の支配下にあり、それに彼らの私設軍が加わったら立場は完全に逆転するでしょう。…………私もいまだ帝国における主導権を巡って戦いの最中にあるのですよ。」
「だからこそ鉄道網を全土に敷き、帝国全土に風穴を開け………領土を拡張することで新たなる発言権を得るか………」
「フフ、やはり貴方は私の一番の理解者のようだ。改めて――私に協力なさい、殿下。貴方が協力してくれれば私の改革も勢いづくでしょう。腐敗した貴族勢力も互いに結託する暇もないまま崩壊へと導かれる………―――それは貴方がもっとも望んでいる事のはずだ。」
「………………宰相。一つだけ聞かせてもらおう。”結社”とはどのような関係だ?」
オズボーン宰相の誘いに対してオリビエは答えず、直球で普通なら聞き辛い事を訊ねた。
「フフ、何を仰っているのかいささかわかりかねますが………ただ、改革のためならば利用できる要素は全て利用する………それが私の政治理念ですよ。」
「……なるほど。確かに我々は気が合いそうだ。しかしだからこそ………その申し出は断らせてもらおう。」
「ほう………?」
オリビエが自分の誘いを断った事に驚いたオズボーン宰相は目を丸くしてオリビエを見つめて断った理由を聞き始めた。
「確かに私は、腐敗した貴族勢力をあまり好きにはなれない………いや、貴方の言う通り憎んでいると言ってもいいだろう。だが……それ以上に貴方のやり方が恐いのだよ。」
「……………………………」
「貴方のやり方はおそらく、ある種の幻想を作り上げることで国家全体を熱狂に巻き込むことだ。その熱狂の中において確かに旧勢力は打倒されるだろう。だが………一度回り始めた歯車がもはや止まることはありえない。全てを巻き込みながら………際限なく成長を続けていくだろう。……宰相。貴方はそれがわかっているのか?」
「ハハ、もちろんですとも。―――まさにそれこそが私の改革の第一段階なのですから。」
「…………っ………」
エレボニアだけでなく、周辺各国の運命が大きく動かせる可能性が高い事を指摘された事に豪快に笑った後不敵な笑みを浮かべて答えたオズボーン宰相の答えを聞いたオリビエは息を呑んだ。
「その先は殿下………貴方が私に協力する気になったらお教えするといたしましょう。まずは納得のゆくまでご自分の足場を固めるがよろしい。………もっともそのためには貴方が嫌っている貴族勢力すらも手懐ける必要があるでしょうがね。」
「フッ………何もかもお見通しという事か。」
そしてオズボーン宰相の答えを聞いたオリビエが口元に笑みを浮かべたその時、正午を表す鐘の音が聞こえてきた。
「正午の鐘………そろそろ船が到着しますか。」
鐘の音を聞いたオズボーン宰相は立ち上がってオリビエを見つめ
「―――それでは殿下。私めはこれで失礼いたします。二週間後………また帝都でお会いしましょう。」
別れの言葉を告げた後、部屋を退出した。
「……………………」
オズボーン宰相が退出する様子をオリビエは黙って見つめているとミュラー少佐が入室してきて、オリビエに近づいて話しかけた。
「話しは終わったようだな。……どうした?随分と疲れた顔をして。」
「いや、なに………改めて―――自分が喧嘩を売った相手の怪物ぶりを思い知らされただけさ。」
ミュラー少佐の疑問に対しオリビエは疲れた表情で答えた後、苦笑した。
〜同時刻・空中庭園〜
「おっと………そろそろ船が来る頃合いか。それじゃオレはこれで失礼させてもらうぜ。」
一方その頃正午の鐘の音を聞いたレクター書記官はクローゼに別れの言葉を告げた。
「えっ………」
「じゃあな、ジーク。今度は帝国産のサラミでもお土産に持って来てやるよ。」
「ピュイ♪」
「ま、待ってください!また………何も明かさずに居なくなってしまうんですか!?」
何も語らず去ろうとするレクター書記官をクローゼは呼び止めようとしたが
「そうだ、クローゼ。お前、ひょっとして好きな男が出来たんじゃないか?」
「えっ………」
突然話を変えてきレクター書記官の答えに驚いて声を上げた。
「おっと、図星だったか。いや〜、いいねぇ。初恋っていうのは。胸キュンドキドキ、甘酸っぱいって感じだろ?」
「も、もう………ふざけないでください!……………」
レクター書記官にからかわれたクローゼは怒った後、顔を赤らめて考え込み、やがて口を開いた。
「………ええ。好きな男の子が出来ました。この前、ちょうどこの場所でフラれてしまいましたけど。」
「って、マジかよ!?さすがにそんな偶然はオレも予想してなかったぜ!?」
「ふふ、怪しいですね。先輩は本当に……何でもお見通しなんですから。」
「ま、このオレ様も万能じゃないってことさ。だからこそ世の中は面白い。」
そしてレクター書記官はクローゼに近づいて、クローゼの頭を優しく撫でた。
「あ………」
「………よかったな、クローゼ。恋の痛みを知ってこそ女は一人前ってもんだ。また一歩、なりたい自分に近づけたんじゃないのか?」
「……先輩……………………………先輩の方は……どうですか?なりたい自分に……近づこうとしていますか?あの宰相殿の元にいることで……」
「………………別にオレはなりたい自分なんて無いからな。ただ面白そうって理由だけであのオッサンに付いてるだけさ。王立学園に入る前からな。」
「えっ…………」
自分の言葉を聞いて驚いているクローゼをレクター書記官は横切って、クローゼに背を向けたまま語り始めた。
「……皇子も結構やるけどあの化物みたいなオヤジにはまだまだ及ばないね。ま、せいぜい気を付けるように言っときな。踊り疲れた所を、怪物に呑み込まれないようにってな。それと”戦天使”の扱いにはくれぐれも気を付けておけよ。あの嬢ちゃんは、国を守る切り札になる可能性を秘めていると同時に国を滅ぼす爆弾にもなる可能性も秘めているとんでもない存在だ。」
「……レクター先輩………」
手を振りながら自分に忠告して去って行くレクター書記官をクローゼは不安げな表情で見つめていた。
〜1時間後・グランセル国際空港〜
その後、オズボーン宰相はレクター書記官を伴って、アルセイユの傍にいるオリビエ達に会釈をした後、定期船に乗り込み、定期船は飛び立った。
「あ、あれが”鉄血宰相”、ギリアス・オズボーン殿ですか………」
「専用艇くらい持ってるでしょうにわざわざ民間の船を使うなんて………噂には聞いていたけど相当、とんでもない相手みたいね。」
「例え狙われたとしても絶対に自分の身は大丈夫であると確信しているからこそ、あんな事ができるんでしょうね。」
その様子を見守っていたユリア大尉は驚きの表情で呟き、オズボーン宰相の大胆不敵な行動にシェラザードは疲れた表情で溜息を吐き、レンは意味ありげな笑みを浮かべて呟いた。
「フフ……なかなかスリルがある相手だよ。それよりもシェラ君にレン君。わざわざ見送り、済まなかったね。」
「うふふ、ロレントに帰る前のついでだから気にしなくていいわよ。」
「ふふ、ちょうど仕事で王都に用事があったついでよ。……その様子じゃ当分、会えなくなりそうな雰囲気だしね。」
「フッ、ボクの夢はあくまシェラ君みたいな美女と一緒に気ままな日々を送る事なんだがねぇ。」
「はいはい。ま、早くそんな身分になれるようせいぜい頑張りなさいな。そういえば、あの宰相の側にいた若いのは何者なの?妙に隙のない足運びだったけど……」
いつもの調子で語るオリビエに呆れていたシェラザードは気を取り直して、真剣な表情で尋ねた。
「ほう……わかるか、シェラザード。」
「ええ、それはもう。ここしばらく格上の相手ばかりとやり合っていましたから。」
カシウスの言葉にシェラザードは疲れた表情で頷いた後苦笑した。
「……レクター・アランドール。帝国政府から出向していた書記官さ。どうやら今回の宰相の訪問は全て彼が段取りを行ったようだね。何者かは知らないが………相当、優秀な参謀役なのだろう。」
「……オリヴァルト殿下。実はわたくし………あの方のことを知っているのです。」
「え………!?」
「何……?」
「「あら………」」
「それは……本当かい?」
レクター書記官と知り合いであるクローゼをそれぞれが驚きの表情で見つめている中、オリビエは驚きの表情で訊ねた。
「はい…………」
そしてクローゼはレクター書記官が王立学園の前生徒会長を務めていたクローゼの先輩であったこと………そして一昨年の学園祭の後、退学届けを出して学園を去ったことを説明した。
「………なんと………」
「も、もしやそれは………」
「………”鉄血宰相”に連なる者がボクよりも前にリベールを訪れていた。つまりそれは、宰相独自の情報網が既にリベールに構築されていた可能性を示唆している………」
「ふむ………その可能性は高そうですな。情報部のクーデターから今回の”輝く環”の異変まで………その一部始終を把握されていてもおかしくはないでしょう。」
「やれやれ。レーヴェに相談する案件がまた増えてしまったな。」
ミュラー少佐とユリア大尉が驚いている中推測したオリビエとカシウスの推測を聞いたレイスは疲れた表情で溜息を吐いた。
「……………………」
「そんなとんでもない相手を敵に回すなんて、オリビエお兄さんもついていないわねぇ。」
「あ、あんたね……先生の話によるとあんたもそのとんでもない相手に目を付けられているのに何でそんな他人事のように言えるのよ……」
何も語らず黙り込んでいるオリビエに同情しているレンにシェラザードは疲れた表情で指摘した。
「………先ほど、先輩から殿下への伝言を承りました。『踊り疲れた所を、怪物に呑み込まれないように気を付けろ』そして私には『”戦天使”の扱いにくれぐれも気を付けろ。彼女は国を守る切り札になる可能性を秘めていると同時に国を滅ぼす爆弾にもなる可能性も秘めているとんでもない存在だ』、と。」
「失敬ね、その人。レンの事を何だと思っているのよ…………―――そんな失礼な人は潰してあげようかしら♪」
「遊撃士の癖に物騒な事を言ってるんじゃないわよ………というかあんたの財力や多くの企業との繋がりを考えると人一人の人生を簡単に破滅に追いやる事くらいできるでしょうから洒落にならないわよ……」
「…………っ…………」
「やれやれ……痛い所を突いて来るね。フフ、何だか別の快感に目覚めてしまいそうだよ。」
クローゼの口から語られたレクター書記官の伝言に頬を膨らませた後笑顔になって物騒な事を口にしたレンにシェラザードは疲れた表情で指摘し、ミュラー少佐は小さく呻き、オリビエは溜息を吐いた後、酔いしれた表情になったが
「だが………やられっぱなしは正直、あまり趣味じゃないかな。」
静かに目を伏せて口元に笑みを浮かべて呟いた。
「え………」
オリビエの答えにクローゼが驚いたその時オリビエはユリア大尉を見つめてある事を頼んだ。
「―――ユリア大尉。出航したら一つ、お願いがあるんだが………」
〜半刻後・リベール領空〜
「オリヴァルト皇子………フフ、悪くない仕上がりだ。どのように動いてくれてもそれはそれで使いようがある。」
定期船に乗ったオズボーン宰相は甲板でレクター書記官を伴って、不敵な笑みを浮かべていた。
「………アンタにとっては全ての要素は”駒”だからな。あの皇子も、このオレもそして”身喰らう蛇”とやらも。」
「そう、そして私自身もだ。帝国という巨大な盤上を舞台にした魂が震えるような激動の遊戯………お前も、それを見たいがために私に付いて来ているのだろう?」
「ま、否定はしないけどな。……でもこの駒は、いつ裏切るかわからないぜ?」
オズボーン宰相の問いかけに頷いたレクター書記官は不敵な笑みを浮かべた。
「それならそれで構わんよ。私がその可能性を考えていないとでも思ったか?」
「フン、言ってみただけさ。ところで………他の『子供たち』はどうよ?」
「フフ、どの子も順調のようだ。この分では、皇子の頑張りも無駄に終わる可能性もあるだろう。やれやれ……少し手を抜いてあげるとしようか。」
「ケッ………悪趣味なオヤジだな。………!………なあ宰相閣下。あんまり侮らない方がいいかもしれないぜ……?」
不敵な笑みを浮かべているオズボーン宰相の話を聞いたレクター書記官は舌打ちをした後、ある事に気付いてその方向に振り向いて呟いた。
「なに………」
レクター書記官の言葉を聞いたオズボーン宰相は驚いた後、レクター書記官が見つめている方向に視線を向けた。すると甲板にミュラー少佐を伴っているオリビエを乗せた”アルセイユ”がオズボーン宰相達が乗っている定期船に並んだ!
「なっ………!?」
「ふっ………」
予想外の出来事にオズボーン宰相が驚いている中オリビエはバラの花束を出して、オズボーン宰相達の頭上に投げ、そしてそれを銃で撃った!するとバラの花束は花びらとなって、オズボーン宰相達の周りを舞った!
「………これは………」
「バラの花…………みたいだな。」
突然の出来事に二人が呆けていると定期船の放送が聞こえてきた。
―――皆様、右舷に現れましたのはご存じリベール王家の高速巡洋艦、”アルセイユ”。でございます。本日、エレボニア帝国のオリヴァルト皇子殿下を乗せして、これより帝都に向かうそうですが……その皇子殿下から乗客の皆様に向けてメッセージを賜っております。『今日、この日に出会えた幸運を女神(エイドス)に感謝する。あなた方の旅に美しきバラと女神の祝福を。そしてくれぐれも気を付けて故郷にお戻りになって欲しい。』――以上です。――
放送が終わるとオリビエは髪をかきあげ、”アルセイユ”は定期船から離れて行った。
「………………………」
「アホだ……オレよりもアホがいる…………」
「………ククク………ハハハハハハハッ!」
オリビエの行動にレクター書記官が呆けているとオズボーン宰相は突然大きな声で笑い始めた。
「いいだろう、放蕩皇子!この”鉄血宰相”にどこまで喰い下がれるか………せいぜいお手並みを拝見させてもらうとしようぞ!」
自分に対する宣戦布告を受け取ったオズボーン宰相は好戦的な笑みを浮かべて、アルセイユが去った方向を見つめていた―――――
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