ある吟遊詩人とロイター
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ザナンの強肩だったか?違った気がするが、俺が駆けだしの吟遊詩人の頃にその男によく石を投げられたものだ。

普通の投石なら、かすり傷で済むだろう。

だがな、その男は違った。

石を手に取るその動きは無駄がなく、振り上げるその腕。石を握っていた指まで無駄が無かった。

ゴッ、そんな音が響いて、さっきまで元気だった俺の身体は倒れた。

ただ石ころが腹に当たったと思ったのに、まるで巨人にも殴られたような衝撃が走った。

あまり苦痛に唇から血が溢れた。かすむ視線の中で赤い髪の男の姿が見える。

エメラルドの瞳は、もうこちらを見ていない。

その男にとっては、ただうるさかったから黙らせた。ただそれだけなのだろう。

胸が焼かれるようだった。痛みに、そして悔しさに…

 

俺は音楽にそこまでこだわりがなかった。

ただ平和な村での生活や、旅のお伴に、退屈をまぎらわせて安らぎを与える。

俺が演奏する音楽に誰か喜んだらいいな、とぐらいしか考えてなかった。

その男…ロイターは、厳しかった。少しでもミスすれば投石する。

ヴェルニースの酒場のグランドピアノはいつも血まみれだ。

いつしかヴェルニースの酒場に近づく吟遊詩人はめっきり減った。

俺もまた彼を満足させること諦めた一人だった。

あの日までは、

 

 

激しい雨が降っていた。ゴロゴロと雷の音も響く。その日の風の女神は機嫌が悪かったようだ。

俺はびしょ濡れになりながら、宿屋へ急いでいたけれど、その途中、酒場へ入る吟遊詩人の姿を見かけ、

こんな天気の中にわざわざあの酒場に入るなんて酔狂な奴だ、と興味を覚え。俺も酒場へ入ることにした。

扉を開き、俺の耳が聞こえたのは、ポーン、と響くピアノの鍵盤。

その後は、ゴッ、といういつもどおりの音が聞こえると思っていた…思っていたんだ。

優しく、それでもいてどこか切なくなるようなピアノの音が響く。

いつも賑やかな酒場の人々は静かで、外は相変わらず雨がうるさかったけど、

その演奏を聞き入っていた俺はまったく気にならなかった。

 

パチパチという拍手の音にハッとする。

みんな、その吟遊詩人へ惜しみない拍手をおくっていた。

あのロイターさえも。

いつも眉に中心にあるシワするもなく、緑の瞳を細めて穏やかに微笑んで、拍手していた。

はじめてそんな顔を、姿を見た。

舞台から降り、出口へ向かう吟遊詩人に、まだ扉の前に立ったままだった俺は慌てて避ける。

深く被った羽帽子で顔はよく見えなかった。けれど漂ってくる甘い香りにその吟遊詩人は女性だと思った。

一瞬、帽子の隙間から目が見えた。鮮やかな青、晴れ渡る美しい空色だ。

遠ざかる後ろ姿を俺はしばらくぼーっと見つめていた。

そして、うるさかった雨の音が聞こえないことに気づく。

暗かった外は太陽の光で照らされ、モノクロの世界から色鮮やかな世界へ生き生きとしていた。

まさか、女神の機嫌すらも治したというのか…偶然か、奇跡か。

再びロイターを見ると、いつもどおりに眉間にシワが寄った顔に戻っていた。でも、どこか満足げで機嫌が良さそうだ。

俺にも…いや、いつか……

俺は酒場から出た。もっと腕を上げて…あの吟遊詩人のような演奏をしてみたい。

 

次にここに訪れる時には…そんな夢想をしながらがむしゃらに頑張ったさ。

そして今の俺がいるんだ。

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