三題噺‐その6‐ |
昔々或るところに、一組の家族が住んでいました。
決して貧しくない暮らしに、一人娘の少女はとても満足していましたが、一つだけ不満があるとするなら、両親の仕事が忙しく、あまり相手にしてくれないことでした。
その日もいつものように、両親が国中をかけめぐっていると、母親が少女に頼みごとをしました。
「お婆さんが病気に罹ってしまったらしいの。本当だったら私も行きたいのだけれど、忙しくて……代わりにあなたが森の奥の小屋に薬を届けて、看病してくれないかしら?」
少女は暇でしたし、久しぶりにお婆さんに会いたいと思っていたので、快く母の頼みを聴きました。
母親は、ありがとう。と言うと、いそいそと薬とお土産を入れた手さげを準備して。
「じゃあ、お願いね。それと道中は危険がいっぱいだから気を付けてね」
と言い残し、仕事へと出かけて行きました。
少女は母親が出ていくのを見届けると、お気に入りの赤い頭巾をかぶり、サイズの合っていない母親のガラスの靴を履いて出かけました。
少女は母親の靴を履き、少し大人になったような気分で歩いていました。しばらく歩いていると森の入り口にたどり着きました。
すると。
「やあやあ、お嬢さん。お出かけですか」
と、小さな小さな妖精が声をかけてきました。
少女は。
「そうよ、森の奥に住んでいるお婆さんにお薬を届けるの」
「そうかいそうかい。でも、この先の森は危険がいっぱいだよ。狼や、怖い吸血鬼、恐ろしいドラゴンなんかがうじゃうじゃいるよ。加護を与えよう」
そういうと妖精は、少女に靴を渡すように言い、両手いっぱいにガラスの靴を抱えました。
「じゃあ、この靴は魔法の代償だよ」
そう言って妖精は空に向かって靴を投げました。
落ちてくるガラスの靴は少女の頭の上で粉々に砕け、破片は光の粒となり、少女に降りそそぎました。
「これで化け物や獣から襲われる心配ないはもうないよ」
「あっ……!」
「それではお嬢さん、良い旅を」
妖精はそう言い残して、何処かへと消えていきました。
「お母さんの大切な靴だったのに……」
そう思いながら少女はとぼとぼ歩いて行きました、
森をしばらく歩いていると。
「やあやあ、お嬢さん。お出かけですか」
と、さっきとは別の小さな小さな妖精が声をかけてきました。
「……そうよ、森の奥に住んでいるお婆さんにお薬を届けるの」
「そうかいそうかい。でも、人間なんかがつくったチンケな薬なんかじゃあ、どんなに飲んだって治らないよ。良い物をあげよう」
すると妖精は、少女に頭巾を渡すように言い、頭巾の端っこを持ってだらんと垂らし。
「じゃあ、この頭巾は魔法の代償だよ」
そう言って妖精は羽根を羽ばたかせ、高く飛び上がりました。
妖精は木の枝をぐるぐると周り、赤い円を描くように飛び、やがて円は球になり、リンゴになりました。 リンゴの実を枝から切り離し、妖精は少女に渡しました。
「これできみのお婆さんはすぐに良くなるよ」
「あっ……!」
「それではお嬢さん、良い旅を」
妖精はそう言い残して、何処かへと消えていきました。
「お気に入りの頭巾だったのに……」
森をまたしばらく歩いていると。
「やあやあ、お嬢さん。お出かけですか」
と、エルフの青年が声をかけてきました。
「……そうよ、森の奥に住んでいるお婆さんにお薬を届けるの」
「……それにしては、なんだか元気が無いね。どうしたんだい?」
「妖精に魔法をかけてもらったのだけれど……」
「もしかして何か『代償』としてとられたのかい?」
「ええ、お母さんのガラスの靴で魔除けをされて、赤い頭巾がお薬にされたわ……」
「うーん……彼らに悪気があってやっている訳ではないのだけれど……でもそれじゃあ、君が気の毒だ。
魔法をかけてあげようか? もちろん、代償はいただくのだけれど」
「……代償って、私は何を支払って、何を得られるの?」
「君は妖精に渡した物が得られるよ。代償は寿命」
「寿命……」
「寿命といっても、もらうのは本当に僅かな時間だけだ」
僅かな寿命だけならと、少女は頷きました。
「じゃあ、目を閉じて」
少女が目を閉じると、エルフの青年が指をパチンッ! と、指を鳴らしました。
「もう、目を開けてもいいよ」
少女が目を開けると足元に、少女の足にぴったりのサイズの、ガラスの靴が置かれており、エルフの手元には、燃えるような赤に、美しい金の刺繍の入った頭巾がありました。
「後ろを向いてよ」
エルフがそう言うと、少女は後ろを向きました。そうするとエルフは、赤い頭巾でシュシュをつくり、少女の髪を結んであげました。
「あの……ありがとうございました!」
「どういたしまして。あと、危険なのは怪物たちだけではないのだから、加護があってもこの先は十分気を付けて」
「はい! わかりました!」
「それではお嬢さん、良い旅を」
エルフの青年はそういうと、少女が歩いて来た方へと去っていきました。
少女は嬉しい気持ちで森を歩いていると、お婆さんの家のすぐ近くの小川まで着きました。
すると。
「やあやあ、お嬢さん、お出かけですか」
と、山賊の大男が声をかけてきました。
大男の手には巨大な斧が握られていました。その斧の刃先には赤黒い液体がべっとりと着いていて、それが柄や服に飛散していました。
そしてその大男の目は焦点が合っておらず、いかにも『危険』そのものでした。
「……!」
少女は恐怖で逃げることも、声をあげることもできなくなり、ただその場にへたれ込んでしまいました。
大男は奇声をあげ、少女に向かって斧を振りおろし、少女の身体を真っ二つにしました。
お題
・妖精 ・リンゴ ・エルフ
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