38(t)視点のおはなし その3 |
私の名は38(t)戦車。
先の大戦にて遠くソ連の雪原で撃破され、極東の島国日本に連れられレストアを受け、
うら若き乙女達の嗜み、「戦車道」に従事する事となった、不可思議な運命に翻弄される戦車で御座います。
復活した大洗戦車道、その記念すべき初の対外試合の相手は何と、古豪たる聖グロリアーナ女学院。
売れ残りの車輌と、即席の搭乗員で構成された私達とは違い、向こうは学園艦の規模も保有戦車の数も、
何より選手達の練度も経験も、文字通りの桁違い。
学園艦ごと大洗港へと寄港し、上陸用デッキから試合会場となる「陸」の大洗町へと向かう私は、
武者震いと誤魔化すのも叶わぬ程、機関部の震えが止まりません。
「ブルジョワジィめ。こんな横付けするように停泊して、当てつけのつもりか?」
私の砲手を務める河嶋殿が、大洗学園艦を裕に超え、尚も巨大な聖グロリアーナ学園艦を見上げ、苛立ちを露わにします。
「学園艦が寄港できる設備なんて数が知れてるからなぁ〜別に悪気は無いんじゃない?」
形だけの車長に収まる角谷殿は、相変わらず緊張感の無い御様子。
「相手はあの聖グロですけど、本当にあんな作戦で大丈夫でしょうか?」
「柚子まで私の作戦に不満があるのかっ!?」
不安の声を漏らす操縦主の小山殿に、すかさず河嶋殿が反論の口火を切ります。
「強豪校と言っても事前に定めた使用車輌数はこちらと同じ!セオリー通り囲めば恐れるに足りんっ!」
流石は紳士淑女の国、英国に習った校風を伝統に持つ聖グロリアーナ。
こちらの戦車道事情を鑑み、出来る限りフェアな試合が出来る様、持ち出す車輌の数を合わせて下さったとの事。
しかし、それはあくまで「車輌数」だけの話。
試合ルールは一発逆転のフラッグ車撃破も有り得るフラッグ戦では無く、どちらかが全滅するまで終わらない殲滅戦。
セオリー通りの基礎戦術が果して何処まで通用するか。小山殿が不安に感じるのも致し方有りません。
「西住ちゃんにはあんこう踊りのペナルティで発破をかけといたし、多少は本気出してくれるといいけど」
ああ、あの。
あんこう踊りと言えば、大洗女子学園にて伝統として受け継がれている舞踊ですが、
珍妙な振り付けは元より、その際に着用する装束の方も、年頃の乙女には厳しい物で御座います。
体のラインが浮き上がる程ぴっちりとした、あんこうの意匠をあしらったラバースーツは、
乙女の柔肌を包み隠す役割としてはいささか本末転倒で、なるほど罰ゲームとしては秀逸では有ります。
「でも、今更言うのもなんですけど、嫌がる相手をペナルティで脅すって、私たち完全に悪役ですよねぇ」
伝え聞く話を総合する所、W号車長を務め、唯一の戦車道経験者である西住殿は、戦車道に対して乗り気で無いとの事。
優しい小山殿はやはり気が咎める御様子。
「我々には、手段を選んでいる余裕などないんだ…これは、全国大会に向けた試金石なんだ」
戦車道全国高校生大会。戦車道連盟に加入する各学園艦が鎬を削り、高校戦車道日本一を決する晴れ舞台。
何と彼女達は、戦車道復活一年目にして、あの大舞台への参戦を目指していると言うのです。
志が大きい事は感心致しますが、私の知る限りではあの大会、弱小校の参加はあまり好い顔をされないのが
暗黙の了解として定着しておりましたが、私がかつて現役を勤め上げた時代とは、多少事情は変わったのでしょうか。
自らの決意を反芻するかの様な河嶋殿の言葉は、どこか思いつめた声色を窺わせます。
試合会場の舞台である大洗町。その内陸に位置する平原にて、対戦相手と一堂に会した私達大洗戦車道チーム。
相手チームの聖グロリアーナの面子は、車輌も搭乗員も皆一様に自信に満ち溢れた顔付き。
中でも隊長車に位置するチャーチルMk.Zなどは、寄せ集め車輌と新兵の組み合わせである此方側など
歯牙にも掛けぬと言った、鼻持ちならぬ面持ちで私達を見据えております。
選手同士の挨拶を終え、試合開始位置への展開が終わると、いよいよ試合開始の号令が鳴り響きました。
試合運びは案の定、当初の作戦通りとは行きませんでした。
囮役を務めるW号の誘導により、敵車列を岩場に囲まれた細い通路に誘い込むまでは良かった物の。
「撃て撃てぇ!!」
W号と敵車輌を誤認した河嶋殿が砲撃を逸った事で、早々に待ち伏せ作戦が露呈。
落ち着き払った対応で此方の砲撃を巧みにすり抜けた敵陣は、通路に両翼を囲まれた高台と言う
こちらの陣地を逆手に取り、両翼から囲い込む様に展開し、じわじわとその方位を狭めて来たのです。
「落ち着いてください!砲撃止めないで!」
「無理ですぅ!」「もういやぁ〜!」
西住殿からの指揮も虚しく、敵の砲撃で恐慌状態に陥ったM3搭乗員の一年生達が無線越しに悲鳴を上げ。
ああ、危ない!それはいけません!
遂には車輌を放棄して車外へと逃げ出してしまいます。沈痛な面持ちを浮かべた直後、敢え無く撃破されるM3。
なおも続く砲撃がこちらへ向けられ、小山殿が私を後退させますが、直後に側面へと至近弾。
「あれ?あれれ!?」
「あぁ〜外れちゃったね履帯。38(t)は外れやすいからなぁ」
着弾の衝撃で撓んだ履帯がずれ、転輪から外れてしまいます。そのまま窪地へと落ち込み、擱座してしまう私。
もはや作戦は完全に崩壊し、既に聖グロリアーナの独壇場。このままでは全滅も時間の問題で有りましょう。
やはり売れ残りの寄せ集め車輌と、初心者揃いの搭乗員では、この程度が堰の山なので御座いましょうか。
「B・Cチーム、私達の後に付いてきてください、移動します!」
早くも意気消沈していた私を尻目に、W号からの無線指揮が木霊します。
指揮を受けたV突と八九式は未だ士気揚々、W号に追随し陣地を後にし、いったん後退。
擱座した私からは見えなくなる直前、残存戦力を引き連れたW号の姿は、未だ闘志潰えぬ様子。
どうやらW号は、善い乗員に恵まれた様で有ります。
諦めを知らぬ強き乙女達と、巧みな戦術が合わさったならば、もしかしたらこの状況でさえも。
「くそっ私たちもグズグズしてられん!」
「どうするの桃ちゃん!?」
「桃ちゃんと呼ぶなっ!決まっている!履帯を修復して早く追うぞっ!」
善き乗員に恵まれたのは、W号だけでは無い様で御座います。
車外へと乗り出し、修理工具を手に履帯の修復にかかる河嶋殿と小山殿。
彼女たちもまた、決して諦めてはおりませんでした。
「かぁーしまは本当に張り切っちゃってぇ。今から直したって間に合うかどうか」
相も変わらず飄々とした態度を崩さぬ角谷殿、しかしその言葉とは裏腹に。
「でもまっ、やるだけやってみるかっ!」
彼女もまたようやく重い腰を上げ、車外へと乗り出して行きます。
個性も意欲もばらばらな彼女達ですが、その間に結ばれた絆は、私の想像した以上に強い物の様で御座います。
それならば、彼女達がまだ諦めていないのであれば。
それに応えぬなど、不義理の極み。
さぁ、どうか修理をお急ぎください!まだまだ私は戦えます!
そして共に、参りましょう!
聖グロリアーナとの、この一戦!
つづく
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38(t)視点で描くグロリアーナ戦です! 初期の足並み揃わない感じもいいよね… |
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