38(t)視点のおはなし その4 |
私の名は38(t)戦車。
先の大戦でソ連の雪原に倒れ、所変わり極東の島国で「戦車道」に従事する車輌として
生まれ変わる事となった、奇妙な運命を辿る戦車で御座います。
聖グロリアーナとの練習試合に挑んだ筈の私は、一転して今や馴染みの戦車倉庫に戻っておりました。
岩場での待ち伏せ作戦に失敗した私達大洗戦車隊は、戦場を市街地へと移し、
遭遇戦での各個撃破に望みを託し善戦した物の、練度に勝る聖グロリアーナにより再び圧倒され、
最後まで残ったW号の健闘も虚しく、隊長車チャーチルの分厚い装甲に砲撃を阻まれ全滅を喫します。
岩場に取り残されていた私も、履帯を修復を受けW号の危機に駆けつけ敵車列を阻む形で肉薄するも、
ここでも河嶋殿のある意味奇跡的な砲撃手腕が発揮される事で、敵を一輌も仕留められぬまま
返す刀で集中砲火を喰らい、撃破されてしまったので御座います。
共に帰還していた車輌の皆に伝え聞く所によると、約束通りW号チームはペナルティの
あんこう踊りを執行されたそうですが、そこには連帯責任を買って出た生徒会の皆様も御一緒したとの事。
やはり、さしたる戦果も上げられぬまま一方的に責任を負わせるような所業には、気が咎めた御様子。
倉庫最奥では、直撃弾によって砲身が炸裂する程の損傷を受けたW号が、自動車部達による
集中的な修復を受けており、作業機械の駆動音がこちらにまで響き渡ります。
ふと鉄門の方を見やると、こちらへと歩みを進める河嶋殿の姿。その表情は沈み、いつも以上に思いつめた御様子。
私の目の前にまで進み行った河嶋殿は、唇をへの字に結び、拳をわなわなと震わせ暫し無言のまま。
瞳は悔しさが滲み出しているかの様に潤み、俯き加減で此方を見つめております。
ふと、握った拳により一層力が入り、ぐい、と視線を上げると、響き渡る鉄を叩く衝撃音。
河嶋殿は私の前面装甲目掛け、その脚を振り下ろしていたので有ります。
「くそっ!クソっ!糞っ!なんであの距離で外すんだっ!!照準器がどうかしてるんじゃないのかっ!?」
悔しさの余り堪え切れず漏れ出す怨嗟の言葉と共に、二度、三度。繰り返しその御御足を振り下ろし続けます。
「大体っ!こんなポンコツ戦車でっ!一体どうしろっていうんだっ!くそっ!クソッ!!」
ポンコツ戦車。そう断ぜられてしまうと、反論のし様も御座いません。
鋼鉄の装甲に振り下ろされる河嶋殿の蹴りよりも、その言葉の方こそ私を痛打致します。
四度その御御足が振り下ろされる直前。
「河嶋、その辺にしておけ」
河嶋殿の背後より発せられる声。その声の主は、いつの間にか参られていた、角谷殿。
「奥にまだ自動車部が居るんだ。聞かれたらどうする。」
おそらくは鳴り響く作業音に阻まれ、河嶋殿の凶行は自動車部に気付かれては居ないでしょう。
しかし、悔しさの余り車輌に八つ当たりをすると言った事は、戦車道ではさほど珍しくの無い事。
かつて私を駆った乙女達の中にも、そうした感情を露わにする娘はおりましたが、さしてやましい事で有りましょうか。
「…すいません」
「いーから。続きはこいつの中で話そう」
こつん、と角谷殿が私の装甲を小突くと、河嶋殿は無言で頷き。
角谷殿が河嶋殿を踏み台にして先に私に乗り込むと、河嶋殿も続いて車内へ。
「かぁーしまはさぁ、何かと力み過ぎなんだよ。もうちょっと肩の力抜けぇ?砲撃の事だけじゃないぞ」
「…そう言うのなら、会長ももう少し本気を出して下さればいいじゃないですか。」
「勉学も運動神経も…会長の方が優秀なんですから」
狭い車内で河嶋殿と向かい合い、ご助言をする角谷殿に対し、当の河嶋殿は珍しく不満げに反論を返します。
「あのなぁ、私が普段学園でなんて呼ばれてるか、知ってるか?」
「それは…強権生徒会長とか、芋食い昼行燈とか…」
それはまた、痛烈な呼び名で。
「そんな昼行燈様がいきなり意欲十分、必死感丸出しで全力出したら、みんなして怪しむだろぉ?」
「…それは、そうですが」
怪しむ?怪しまれて困るような何かを、彼女達は抱えているので有りましょうか。
「…廃校の告示期限までは、まだ猶予がある。やれるだけのことはやってみて、それでも駄目なら」
「そん時は、そん時言い訳を考えるさ」
…廃校?何かの聞き間違いで有りましょうか。
「ですがそれではっ!事前に対策を取れなかったのかと会長に批判がっ!」
必死に食い下がる河嶋殿。その表情は悲痛そのもので…冗談では、無いですか?
「だからそれが狙いなんだって」
「“校風に特色や実績が無いから廃校します”なんて言われたら、自分の事みたく気に病む生徒も出てくるかも、だろ?」
自らの思惑を露わにする角谷殿。
そんな敗戦処理染みた予防線を用意せねばならない程、避け様の無い決定事項なのですか?
「私は墓まで持っていくつもりだけど、“戦車道大会優勝で廃校撤回”の話だって、どこかから漏れないとも限らない」
「その時“私が怠けてたせいで負けた”って理由を用意しとけば、他の皆が責任に感じなくても済むしねぇ」
私達を率いて戦車道を復活させたのは、その様な難題を約束に設けての事だったのですか?
角谷殿は、この学園の小さな君主は、年の頃にしては小柄なその身に、
全ての責任と批判を背負い込むつもりなので有りましょうか?
それ程迄にこの学園を愛する乙女に対し、運命は斯様に過酷な運命をお与えになるので御座いますか?
敬愛する御人の悲壮なる決意を前に、返す言葉も無く押し黙った河嶋殿を慰めつつ引き連れ、
共に車外へ連れ出し倉庫を後にする角谷殿。
全くもって予期せぬ告白を図らずも盗み聞いてしまった私は、人目には変わる筈も無い黄金色の装甲の肌色が
確かに青ざめるのを感じておりました。
私のすぐ隣に位置するM3。初陣に怖気付き乗機を放棄し逃げ出してしまった彼の乗員達は、
しかしその後のW号の奮戦に感銘を受け心を入れ替え、実質作戦を主導した西住殿の元へ謝罪に向かったらしく。
彼は私とは打って変わり、撃破時の落胆とは裏腹に今やにこやかな様子。
幸いな事に、異変をきたした私の心境には気づいてない模様。
…皆に告げるべきなのでしょうか?この衝撃的な事実を。しかし、告げた処でどうなる?
肉の躰と魂とが密接に繋がり、心の力が時に肉体の力にも成り得る人の御身とは違い。
鋼鉄の躰と魂とに繋がりの薄い、道具たる私達は、人がその力をお貸し下さらなければ、何一つ成し遂げられない存在。
彼女達は、角谷殿と河嶋殿は、そんな私に対して、図らずとは言え全てを打ち明けて下さった。
だとすれば…私もまた、その決意に準ずるべきなのでは?
「皆も知っての通り、記念すべき復活・大洗戦車道チーム初の全国大会参加…」
「その初戦の相手は…サンダース付属大チームだ!」
定例通りの戦車道授業、その練習前挨拶にて、河嶋殿が皆に対し大会一回戦の相手を再確認しております。
結局私は、生徒会の皆様に倣い、打ち明けられた事実を自らの胸に仕舞っておく事を決めたので御座います。
事の次第を何一つ知らぬ生徒達は、練習試合をきっかけに前にも増して意欲十分といった模様。
遊び半分とも取れる搭乗車へのデコレーションも改め、皆一様に実戦向きなカラーリングへと戻されております。
私もまた元の濃灰色へと差し戻され、欺瞞効果の欠片も無い眩い輝きは鳴りを潜めた次第で御座います。
乙女達に大会への気負いは見受けられず、一様に意気揚々と言った表情の輝きを見せております。
その意識の改革を促したのは、偏に練習試合で健闘の限りを尽くしたW号車長、西住殿のおかげでしょう。
改めて隊長に任命された彼女もまた、決して乗り気では無かった戦車道に対し、
それでも真摯に向かい合おうとしている御様子。
しかし、一方で私だけは知っております。
この大会の裏で学園に対して降りかかろうとしている未曽有の危機。
その全てを背負い込み、生徒皆の身を案じ挺身の限りを尽くそうとしている乙女達を。
あの日、自らの悔しさに歯噛みし、ただ涙を流した河嶋殿。
全ての責任をその身に背負い込み、運命と相対する角谷殿。
その二人を慈愛で包み、影に日向に支える小山殿。
非力な火砲と貧弱な装甲しか持たぬ、同輩達の恐竜的進化に取り残されたこの凡骨が、彼女達の力になれるのか。
それでも、運命を共にすると決めた以上、出来る限りの手を尽くすだけ。
一回戦のサンダースは資金力と部隊運用に定評のある、強豪校の一角ですが。
それでも、この戦い決して、負ける訳には行きません。
つづく
説明 | ||
グロリアーナ戦の続きかと思ったか? 残念幕間劇だよ! |
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