MISSING MEMORYS クウガ ガメラ ティガ
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 それは人類が誕生すらしていない遥かな太古。

 人ならざる手によって、海上に巨大な都市が建設されていた。

 その都市をある者はアトランティスと呼び、ある者はルルイエ神殿と呼び、神が守る理想郷としていた。

 遥かなる時の中、神々は大地を去り、何処かへと去った。

 残された旧き民族は、旧き神によって残された霊石・ゲブロンによって盛衰を繰り返した。。

 腐葉土から毒々しいキノコが生えるように、腐敗の中からある天才が生まれた。天災の名はギャオス。

 ギャオスはゲブロンを用いてギジェラという新たな地球植物を作り出した。

 ギジェラは、花粉を吸い込んだ者を幸福な夢に縛り、現実から解き放つ魔性を持っていた。

 

 

 「ギャオス!」

 「…これはこれはユザレ様…あばら家へようこそ」

 ルルイエの片隅、ギャオスの研究室を白髪の女性が現れた。

 彼女は老婆のように賢く、王のように気高いこの文明の指導者、ユザレだった。

 「なぜギジェラを撒いたのですか? あれでは人々は…」

 グッグと喉を鳴らすようにギャオスが嗤った。

 「我々はマナを浪費して文明を築いてきましたが、もう限界でしょう。我々は滅びるしかない…ならば、夢の中で死んでいった方が楽でしょう。マナも…倹約できる」

 三日月のように目を細めるギャオスに、ユザレは軽蔑を露わにする。

 「ヌークたちは地球を去って新たな土地を目指しました。ティガたちももう戻ることはないでしょう」

 「ちょうどいいでは有りませんか。ガタノゾーア達を封印した今、巨人たちはこの星には不要だ。それに…今の人間たちに光の巨人が守るほどの価値などありませんよ」

 「あなたも人間ですよ」

 「ええ、そうですよ。だからこそ。人は人の手で滅ぶべきなのですよ。この大地に帰れる内に、ね」

 ギャオスの嘲るような冷笑に、金切り声が重なった。

 「ギジェラはこの魔鳥を作るための試作だったのですよ。きっと気に入りますよ…」

 魔鳥が鳴いた。まるで親を呼ぶ小鳥のように、制作者であるギャオスの名を呼ぶように叫ぶ。

 

 “ギャオォオオースッッ!”

 

 黒い軍勢にガクマやシルバゴンといった地球育ちの怪獣たちが迎え撃つも、圧倒的な数の前に駆逐され、少数が異次元や地中に逃げ延びただけだった。

 また、地球怪獣との戦闘によって殺傷されたギャオスも多数に存在したが、血液中に存在するゲブロンが大気中に散布されることとなる。

 ゲブロンは大気中に残留し、永い時間の中、後のクリッター大量発生の大因となった。

 

 魔鳥の悪逆の様は、鳥葬にも似ていた。

 鳥葬とは亡骸を鳥に啄ませることで、死者を空へと返す鎮魂。

 ギジェラによって夢に溺れる人々を次々に食い散らかす魔鳥たち。その死に、魂に、安らぎはあるのだろうか。

 そんな中、人類を見捨てず、ギジェラを打倒すべく立ち上がった戦士、その名は旧神イーヴィルティガ。

 群生するギジェラの群れへ、果敢に飛び込んでいく。エネルギーが残り少ない、マナの薄い地上ではイーヴィルの消耗は激しかった。

 「やめろ!」

 「俺達からギジェラを奪わないでくれ!」

 「悪魔(イーヴィル)め!」

 人々からの罵声を浴びながらも、怪獣ガーディーをパートナーに据え、イーヴィルはギジェラの掃討を成し遂げたが、その頃には既に彼の力と心は光に戻り、肉体だけが地球に石像として残された。

 

 多くの人々は地球を捨ててもなお、地球は人類を見捨てなかった。

 ギジェラに寄り掛からず、地球と共に在ろうとした多くない人々は祈り、そして魔鳥を殲滅すべく開発した生物兵器の中で、ただひとつだけが産声を上げた。

 人々を護るべき“盾”として、その瞳には魔鳥に対する怒りを生まれながらに宿して。その名は希望の箱舟・ガメラ。

 「なるほど…! 地球は未だ人類を見捨てられないようだね…! ならば…ならば、そうならば…!」

 ガメラと魔鳥たちの戦闘は熾烈を極めた。

 崩落する海上都市。その中に巻き込まれ、人類の終焉を見ることなく、ギャオスは事切れた。

 その時から、“ギャオス”という名前は製作者の名前ではなく、魔鳥たちの正式な名称として譲渡されることとなったが、戦いは続いていた。

 

 ――ガメラッ!――

 

 勾玉型のアマダムを通し、少女の思いがガメラを押す。

 少女はユザレ遠縁の娘であり、ガメラと体と心を共鳴させる。ガメラの痛みは少女の痛み、ガメラの迷いは少女の迷い。

 共鳴によって戦闘力に大きな影響はないが、共鳴は不可欠な物だった。少女がガメラを信じるために、ガメラが少女や人間を信じるために。

 

 親である科学者ギャオスが死亡し、地球怪獣やイーヴィルとの戦いも有り、ギャオスの数は多くなかった。

 傷つきながらも、ガメラは最後のギャオスへと火球を放ち、それを駆逐することに成功したが、それはガメラと少女の別れを意味した。

 

 ――どうしても眠るの?――

 

 ガメラの心が肯定する。ギャオスの種子は世界中に散らばっており、既に掃討は不可能だった。

 必ず、未来のどこかで人類はまた愚かな過ちを繰り返してしまうだろう。そのときに再び自分が戦う必要があるのだ。

 

 ――別れたくない、ガメラと一緒に居たい――

 

 謝罪するようにガメラが吼えた。

 ナザレたちの手によって、ガメラの心というべき“マナの光”と器である肉体が分離する。

 それはちょうどティガの巨人たちが石像として眠るときと同じ方法だった。ガメラの休眠に合わせるように沈んでいく海上都市。

 ユザレは未来へのメッセージカプセル完成と共に事切れ、少女はただひとり、ある島国に辿り着いた。少女はその地で自らにゲブロンを取り付け、魔力によって自らを封印した。

 ガメラと同じく永遠の強さと美しさを得るために。その力は彼女の肉体をギジェラの亜種…薔薇に似た花によって眠りについた。

 

 その地は後に長野県、九朗ヶ岳と呼ばれる地であり、少女の名はバルバ。

 目覚めたとき、彼女は少女ではなくなっていた。

 

 

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 イーヴィルによって焼き尽くされたギジェラの破片は、第三宇宙速度にまで到達していた。

 真空の宇宙空間においては空気抵抗による減速がなく、天体の重力にさえ掴まらなければ初速のまま宇宙まで飛び続け、その破片はある細胞に出会った。

 後に地球人類によってエボリュウ細胞と呼称される生命体を怪獣化する細胞であり、元から怪獣的性質を持つギジェラがエボリュウ細胞によ出会ったことで更なる進化を遂げた。

 その進化ギジェラは、遥かな時を経て地球へと帰還することとなる。そのときの人類の付けた名前は――レギオン。

 レギオンは宇宙各地に広がっていき、ゲブロンを宇宙全土に広げて行った。

 

 その内のひとつは、ムザン星人たちに回収された。彼らはゲブロンに汚染されるように繁栄し、人間狩りをゲームと称してゲームフィールドを全宇宙へと広げた。

 ムザン星人による地球でのゲーム中、ある獲物は狩る側だったはずのムザン星人を返り討ちにした。男の名前はガミオ。現地にいたグロンギ族の青年、ダグバと協力してムザンたちを倒した。

 ダグバはガミオを助けようとしたわけではなかった。強い敵との戦いを求めていたのだ。

 「つまらないな、もっと遊ぼうよ、ねえ?」

 既に事切れたムザン星人たちに笑顔を向ける。返り血で汚れてなお、その笑顔は澄み切っていた。

 ガミオの方はといえば、死んだムザン星人たちの体からゲブロンを引きずり出し、自分の体に組み込んでいた。

 「退屈だな…生命というのは…早く眠りたい…」

 「そういうガミオが一番つまらないよ。お前とは遊ぶ気がしない」

 「…ダグバ、あれはなんだ?」

 ゲブロンを取り込んだことで、ガミオは人の目には見えない光のピラミッドを発見し、興味本位でふたりは散策し、その中で眠れる薔薇の美女を発見した。

 ダグバは暇潰しとばかりに封印を破ってみせた。目覚めたバルバはゲブロンの汚染によって記憶喪失になっていた。

 「…誰だ、お前たちは」

 「君こそ誰?」

 「私は…バルバだ」

 純粋なまでの狂暴性を笑顔として表すダグバ。

 ゲブロンの使い方を聞くために、ダグバはバルバをグロンギの集落へと連れて来た。

 この時代、日本には熊や狼といった肉食獣が多く存在しており、最初は集団で狩りをしていたが、ダグバがひとりで熊を倒したことで、グロンギたちはゲゲルとして動物狩りを進めていた。

 しかし全員が熊を狩れるわけでもなく、熊を狩るための“実験”と称し、もっと小さな動物、つまり人間を“狩猟”していた。

 そんな彼らを見てバルバは人類に失望していた。

 自分や“甲羅の友人”は、なんのために戦っていたのか。

 どうだっていい。人間が人間を滅ぼすと云うのなら、それも良いだろう。

 「ならば、この霊石を使うが良い。おまえたちグロンギを…ゲゲルのプレイヤーに変える」

 グロンギたちは圧倒的な戦闘力を得た。

 下位のプレイヤーであるはずの“ズ”ですら、容易く熊を捻り殺せるほどに。

 標的を失えば彼らのゲゲルの対象はおのずと決まる。すなわち熊より狩るのが難しい知恵ある動物――リントへと。

 自然と彼らはゴ・メ・ズ・ベの四階級、ゲゲルを取り仕切るラ集団、そしてゲゲルの進行のための武器などを製作するヌへと別れて行った。

 ヌへの最初の制作依頼をしたのは、誰であろう、ダグバであり、ピラミッドに有った三つの聖なる塊をダグバが見つけたことに端を発する。

 「これは?」

 バルバは薄れた記憶から回答を引き出した。

 「南・西・東の守護獣たちの卵だ」

 「…? 北はないのか?」

 よく思い出せない様子のバルバ。北の守護獣は居たはず。共に戦ったはずの存在。

 長い時間は彼女の記憶を奪い、ゲブロンはその記憶の破片をエネルギーに換えてしまった。

 結果として、彼女は高い能力を持つ怪人となり、その姿はこの世界には存在しない甲羅に覆われた陸海に対応する“玄武”という生き物。

 余談ではあるが、その話を聞いたガメゴという男はあえてその姿を模した怪人形態を選び、屈指の強豪プレイヤーとなった。

 

 「…これがあれば、お前のように永遠に眠ることもできるのか?」

 後にガミオは西の白虎とされる守護獣の卵をエネルギー源として取り込み、眠りにつくことになる。決して起こされることのないように時空を捻じ曲げてまで。

 「…ねえ、僕もこれ、貰っても良い?」

 ダグバは東の青龍に相当する卵を持ち、サンショウウオの姿を模したグロンギに手渡した。自分向けに改造するようにと。

 その男がヌ集団、ヌ・ザジオ・レであり、彼は“四つ角の青龍”を制作していく。

 

 

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 かつては“古き神々”の居城だった海底のルルイエ。

 彼らの代わりとばかりに住み着いていた存在こそがキリエル人だった。

 キリエルとグロンギは破壊を欲するという点で近く、そしてリントの支配を目論むかという点で遠い種族だった。

 彼らは言語的に交流を可能としていたが、互いに対等な関係を望まず、グロンギはキリエルの殲滅、キリエルはグロンギたちの支配を求めた。

 その結果、彼らの唯一交わすべき手段、それはゲゲルを措いて他になかった。

 

 蜘蛛の糸で編み上げたようなすり鉢状の闘技場に、血の雨が降る。

 湧き上がるグロンギたちに反比例するようにキリエルの人々は怯えていた。

 自分たちが送り出した九体目の戦士が破壊のカリスマ…“ザバギンバシグラ”に首を捩じ切られるのを見ていた。

 「これでメ・ガドル・バは…ゴ・ガドル・バ、だな」

 フクロウのグロンギは、キリエル最強の戦士たちを蹴散らすガドルを見ながら抑揚もなく話した。

 続けざまに鮫と猛牛、獅子のグロンギがキリエルを蹴散らし、ゴへの昇格を決めている。

 「君たちは…我々を支配したいのか?」

 キリエル人の問いに、腹立たしいとばかりにグロンギたちは眉をしかめる。そんな中、いつもの笑顔でダグバが口を開いた。

 「…ねえ、もっと僕を笑顔にしてよ」

 交渉の余地もなく、キリエルは地球を捨てていった。

 戦う敵を失い、グロンギたちは再びリントを刈り取ることを思い出した。

 この頃、ダグバは“ゴ”を名乗る面々に次のゲゲルの相手を求めだしはじめていたが、未だに自分と釣り合うプレイヤーは現れていなかった。

 ダグバを除く一番のプレイヤーを決めるゲゲルの標的は、自然と平和に暮らすリントたちだった。

 グロンギたちにとっては自然なタイミングで、リンチたちにとってはなんの前触れもなく、“ゲゲル”は始まった。

 「なんだ、あんたたちは?」

 「ゲゲル、開始だね」

 歪んだグロンギの心のように、その姿が歪む。

 あるものは昆虫のような、あるものは獣のような、その姿は少なくとも人ではなかった。笑顔を踏みにじる悪魔が現れていた。

 集落が炎に燃え上がり、飛び散った鮮血で赤く染まった。

 笑いあっていた家族同然の村人たちの無残な死体が広がるのを、青年の空の瞳はしっかりととらえていた。

 彼の瞳は空そのものだった。仲間たちを愛し、平和を望む彼の空のように広い瞳。今、その瞳は悲しみと怒りの涙に溢れ、ダグバやゴ集団を見据えていた。

 「どうして、どうしてこんなことをするんだ!」

 青年の悲痛な叫び。ダグバは何を質問されたか分からないという様子で、ヤマアラシ怪人が代わって答えた。

 「楽しいから…。キミたちが苦しむ姿が…楽しいから」

 グロンギたちが殺した死体をギャオスたちに食わせていく。

 燃え上がる怒り、殴り掛かる青年。

 ギャオスが嗤うように口角を釣り上げる。超音波攻撃の体勢を取ったが、発射する寸前にそのギャオスが燃え上がった。

 「ゲゲルに反する。ギャオスたちが殺しては…数えられん」

 コンドル怪人が抑揚も無くしゃべる。ダグバが焼き尽くしたらしい。

 「キミは殺さないよ。今日は…もうゲゲルは終わりだからね。また遊ぼうよ」

 グロンギたちはギャオスに乗って何処かへと飛び去った。青年はその姿をただひとり、歯をかみしめながら見送るしかなかった。

 

 

 

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 “痛い…痛い…痛い!”

 グロンギの魔の手からひとりだけ生き延びてしまった青年はひとり、山中をさまよっていた。

 彼は心の痛みを止めるすべを知らず、苦しみ、歩き続ける。自らの命を消せば痛みも消えると気が付いた。

 ただ食べるのを辞めれば良い、水を飲むのを辞めれば良い、息をするのを辞めれば良いが、青年にはできなかった。

 「君は…なぜ生きる?」

 “誰だ? お前は?”

 現れたのは白い外套を纏った男。これほどの白さは空の雲か、死体の骨か、光そのものかしか青年は観たことが無い。

 「私が誰かはどうでもいい。ただお前がなぜ、そうまで苦しみながら生きているのかを聞きたい」

 “生きることに、理由が必要なのか?”

 「では、良きる糧は必要ないのか? お前から全てを奪ったグロンギたちに復讐しようとは思わないのか」

 “フク…シュウ?”

 「…リントには復讐という言葉すらないのか。ナザレが求めた民族とは…いや…やられたことをやり返そうとは思わないのか?」

 “やり返したあとはどうする? 無意味だ”

 「…言葉は知らなくとも、復讐の意味は…理解しているな」

 互いに質問し続けるだけの終わりのない螺旋のような会話にひとつの結論が付いた。そのときだった。雷鳴と聞き間違うような爆音が響いたのは。

 「向こうはリントの村だな。グロンギがまたゲゲルを始めたらしいな」

 “あいつら、また誰かを襲っているのか!?”

 答える代わりに白い外套の男は、静かに石の塊を取り出した。

 その石の名前はアークル、数少ない善なる霊石アマダムを取り込んだ戦士の証。

 「復讐の意味を知っているお前にだからこそ、これを託す。本来ならばスパークレンスを使うべきだろうが…やむをえん」

 外套の男がかざしたアークルが青年の腹部に溶け込むように融合していく。

 “これは…”「なんだ!?」

 「三つの姿をもつ我らが神をティガと呼ぶ。四つの精霊と空なる戦士という意味で…クウガ、クウガだ」

 「俺は…クウガッ!」

 青年は自分の生まれ育った集落が全滅したとき、名前と言葉を失った。

 呼んでくれる人間が居ないならば名前はその機能を果たさないから。呼ぶ相手が居ないなら言葉なんて無意味だから。

 クウガとは、他者の名前を奪わないための戦士の称号。誰かが誰かを愛し、その名前を呼ぶ。その幸せを守るための刻印。

 もう誰の涙も流させない。皆に笑顔でいて欲しい。その誓いと信念の化身。

 先ほどの爆発により、集落の出入口のいくつかがふさがっていた。

 逃げ場を奪い、ひとりずつ殺害する。それがこのゲゲルのルールだった。絶望が人々の間に広がる。逃げ惑う者、我が身を盾にして何かを守ろうとする者、勇気を振り絞る者。

 だが、それらは全てグロンギのゲゲルを盛り上げる余興に過ぎなかった。空の戦士が現れるまでは。緑の力は人々の悲鳴を聞き逃さず、紫の力は閉ざされた道を突破し、青の力は素早く戦士を戦場へと導く。

 グロンギが放った一撃を、両腕を交差させて防ぐ。生身の人間ならば確実に致命傷となる一撃だった。

 「…バンザ・ビガラ?」

 「クウガ…ゴセビ・クウガ!!」

 戦士は名乗ると同時にその姿を赤へと変えた瞬間、伝説が生まれた。

 後に新たなる伝説として五代雄介に塗り替えられるまで続く、最初の伝説の始まりだった。

 

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 数年後、あるリントの集落へと続く獣道。

 密集した木々の中を二頭の馬が走り抜ける。

 前を走る馬には殺気が立ち込め、蹄鉄には血液と肉片がこびり付き、人間を踏みつぶしたばかりだとわかる。その馬をバッタの意匠の有る能面のような顔をした怪人が駆っていた。

 

 追いかける馬は、鋼の鎧=ゴウラムを纏う戦馬と、それを操る戦士・クウガ。

 二頭の間は広がらず詰まらず。追走の中、開けた広場に出たのを合図に、ゴウラムの背中を蹴ってクウガが跳んだ。

 

 「うおりゃああぁあああ!」

 

 迫りくる気配に振り向いた飛蝗怪人の胸板をクウガの飛び蹴りが捉え、怪人は転がるように地面に叩きつけられた。

 その胸板にはクウガの刻印が根を張るように広がっていくが、怪人の嗚咽がその進行を食い止める。

 この怪人は既にゲゲルを成功させ、“ゴ”へ昇格した強豪怪人であり、黒や金の力を持たないクウガの赤の力だけでは存在を滅ぼしきれない。

 

 「ジョパギ…バッ!」

 

 封印力を抑えきれることを確信して怪人が嗤うが、背後から迫りくるクウガの戦馬の気配には戦慄いた。もう遅い。

 馬に融合していたゴウラムが活性化し、その全身に封印力を滾らせ、怪人を空中へとかちあげた。

 

 「受け取れ!」

 

 声に続いて木々の中から一張の弓が投げ渡された。

 その弓はクウガの手の中で片手で扱える弓矢へと姿を変える。

 赤から緑へと変わったその瞳は風の流れさえ見逃さず、その耳は既にグロンギの心音を捉えている。

 その弓から放たれる一撃から逃れるのは天馬の翼をもってでなお不可能。一筋の光弾が空中で身動きを取れない怪人を貫き、封印のエネルギーは怪人を大地へと封印した。

 後のクウガとは異なり、黒の力も、金の力も、なにひとつ持たず、戦い抜く戦士クウガ。

 戦い方も異なる彼らだが、みんな笑顔を守るという信念は、疑うべくもなく五代雄介と同じものであった。

 

 戦いは長期化していた。

 無数のグロンギたちはゲゲルの規則を整備しつつ、日本各地でゲゲルを敢行。

 クウガは噂を頼りにその動きを聞きつけ、ゴウラムで急行して対抗していたが、グロンギたちはその動きを嘲笑いながらゲゲルを成立させていた。

 中には、今回のバッタ怪人のように挑戦的にクウガに挑む者も居たが、そういった者は全てこの地に封印されていた。

 協力しているのはこの地に住むリントの若者、ナガノ青年。彼はクウガが力を発揮するために用いる弓、棒や剣を調達・整備する役目を買って出ていた。

 戦いとは拳を振るうことだけではないと、クウガは思う。

 安息と休息は似て非なること。ナガノは休息のつもりで、クウガは安息のつもりで終わりの見えない戦いの中、久しぶりに集落へと戻って来ていた。

 戦いの中で不安が絶えることはないが、そんな中でも生活の中で観られる笑顔に、クウガは心の傷を癒していた。

 

 「どうした? クウガ」

 

 ナガノは微笑むクウガに不思議そうに尋ねる。

 故郷と名前を失い、戦うことでしか存在を証明できなくなった自分が、誰かの笑顔の中にいること。それこそが戦う自分への最大の報酬であることをクウガは語らない。

 

 「変わった奴だよな、お前も」

 

 俺と一緒に戦おうというお前もどうかしている。そういってクウガは笑った。

 そうやって笑える自分に云いようのない感動を覚えた晩、クウガは穏やかな気持ちで眠り付き、夢を見た。

 夢の中では揺らめく戦火に泣き叫ぶ人々。一体の白い怪人が暴れている。その怪人の黒い瞳が向けば人々が燃え上がる。

 絶叫と共に、夢の中のクウガは殴り掛かるが、白い怪人は応えた様子もない。クウガは紫に、緑に、青に、次々と入れ替え、ゴウラムとの連携を試すが、どれも通じない。

 刻一刻と炎は人々を焼いていく。連なり延焼する死体の中に、ナガノとその家族を見つけたとき、クウガが叫び、叫びと共にクウガの血管にどす黒い憎悪が流れていく。

 憎悪の量は血液より多く、血液と混じり合って苦痛と解放感を伴いながら皮膚を突き破って噴出し、全身を黒く染めていく。

 その黒は破壊と怒りを呼び、クウガの究極の力を引き出すと同時に、容易く白い怪人の胸板を一発の突きで粉砕した。

 千切れて散らばった怪人の装甲は砕け、砕けた兜から覗く死相は笑顔だった。笑顔のまま死んでいるのは…クウガそのものだった。

 死んでいるのは自分で、殺したのは自分で、人々の笑顔を守っているのは自分で、笑顔を奪ったのは自分で。

 

 

 ――俺は―――俺は、俺は、誰だ!?――

 聖なる泉、枯れ果てし時、凄まじき戦士、雷の如く出で…太陽は闇に葬られん。

 

 

 

 

 うなされながらクウガが目を覚ますと、そこには外套の男が居た。

 名前を失った男にアークルを手渡し、クウガとしての生き方を示した男だ。

 「夢を見たな?」

 「…あれは、あんたが見せたのか?」

 「違う。あれはお前が…いや、お前のアークルが…進化しようとしている」

 「進化?」

 「人は光になれる。同じように人はいつでも闇に沈む。闇は光以外の全ての力を飲み込める最強の力だ」

 クウガは愕然としていた。“メ”の相手に弾かれたり、“ゴ”との戦いにおいて封印できない敵が増えてきた。

 もっと大きな力が欲しいと思い、その自らの気持ちに危うさも感じていた。他者を傷つけるための力を望んでいるのだから。

 「俺が…グロンギを殺すことに躊躇わなくなれば、良いんだな?」

 「それを決めるのは俺ではない。人だ。自分で決めるんだ」

 男はフードを脱いだ。そこには人懐っこそうな青年が居た。

 クウガは本能的に察した。先ほど夢の中に居た白い怪人の青年。まだ自分は夢の中に居る。ここは現実ではない。

 「ねえ、究極の力を手にしてよ。僕と…遊ぼうよ」

 これは現実ではないが現実だ。黒くならないと勝てない白い男は存在している。“ゴ”よりも強大な敵だ。

 「…俺は光であり続ける」

 「そう? じゃあ…こっちで遊ぶことにするよ」

 不敵な笑顔を最後に、クウガは目を覚ました。今度こそ現実。小さな家から飛び出し、周囲を見渡した。何か変化が無いか。

 山、森、川、空、畑、山…変わりはないと思ったのはほんの一瞬だけ。山が二つある。

 

 「嘘だろ…!」

 

 空は空、川は川、だがひとつの山は山ではなかった。

 ルルイエでは北の玄武をガメラと呼び、南の朱雀はのちにイリスと呼ばれる。その山に擬態していた巨躯の魔王は青龍。四本角の魔竜・ダグバがそこに居た。

 「さあ、君と僕の…ザギバスゲゲルだよぉ!」

 魔竜・ダグバが吼えた。

 吼えただけである。ただそれだけで音の波は衝撃となり、衝撃は風となり、風は破壊力となってリントの集落を襲った。

 リントたちは目を覚まして叫び惑い、阿鼻叫喚。

 そんな人々の間をすり抜けるようにして、ひとりの男が歩いてきた。ラ・ドルド・グ。

 

 「ゲゲルのルールを伝える。クウガ、お前は…これを使って戦え」

 

 石で出来た卵の様な物体。後にイリスと呼称される朱雀の封じられたタマゴ。

 クウガはそれを視認したとき、意味も同時に悟った。これは闇の力に匹敵する黒い力、ダグバの魔竜に対抗できる力ではあるが、人間が使ってはいけない力。

 

 「お前は黒のクウガとなってダグバと戦うことを拒否した。ゲゲルはこの朱雀を用いて行われる」

 「使わない、俺は…こんなものは…!」

 「では、この世界は…闇へと沈む。ダグバの手によって」

 

 魔竜ダグバの周りをギャオスが王を称える従者のように飛び回る。

 滅びと破壊とが合わさり、混沌とした現実としてそこにたたずんでいた。

 それと同刻、白い外套の男はとある海岸に居た。

 魔竜ダグバの覚醒を感じ取り、懐から取り出した何かの取っ手のような物体=スパークレンスを見つめる。

 スパークレンスは白く煌めいていたが、今、彼には器が無い。石像として封印されている肉体がないのだ。

 

 「久しぶりだな、私を覚えているか?」

 「…神出鬼没、とはお前のことだな。バルバ」

 

 海岸に現れたのは、簡素な素材で作られた貫頭衣を纏いながらも高貴な雰囲気をたたずませる美女。

 グロンギ、ラ・バルバ・デ。白い外套の男とは旧知の仲である。

 

 「ダグバはもう止まらない。この世界が闇に沈むまで…いや、闇に沈んだとしても、止まりはしないだろう」

 「それがお前の目的なのか? あいつとの…戦いは何のために有ったというのだ?」

 

 アイツ、という言葉にバルバが怪訝な表情をした。

 このとき、外套の男は、バルバが魔石ゲブロンに侵食され、記憶を失っていることに思い当たった。

 

 「ギジェラにも負けなかったお前が…っく…」

 「何を云っているか分からないが…このゲゲル、お前の出番はない。肉体を失った光の巨人なんぞ…アマダムをリントに渡す程度のことしかできはしない」

 「違う! 私たち光の巨人も…リントも…光であることを忘れはしない! 闇に堕ちることがあろうとも、必ず日は登る!」

 

 外套を脱ぎ去ったその姿は人間ではなかった。

 硬質で隆起した眼球、彫像のような銀の皮膚、胸には光を失った宝玉を携えている。その姿は後に発見されるティガの巨人と全く同じだった。

 いや、胸の宝玉は光を失っていない。奥底から吹き上がるように輝き、全身を光に包み…いや、光そのものに変えていった。

 

 「なにをするつもりだ…?」

 「この下の海は墓場だ。光の器となりえなかった不完全な玄武たちの…今、私自身を光にする。そうすれば…一時的に蘇らせることはできるはずだ」

 「リントたちを救うために、その身を光にして消えようというのか。お前も変わった男だな」

 「光は消えない。放たれた光は宇宙(そら)の果てで神話となり、新たな光になる」

 

 海底からひとつの岩塊が浮かび上がる。

 楕円形の島のような物体は、男に呼応するように、何かを取り戻そうように、全体に力が漲る。その岩塊が向かうリントの集落ではそうとは知らないクウガが既に戦闘準備を整えようとしていた。

 

 「行くぞ! ゴウラム!」

 

 クウガはゴウラムに掴まり、空中へと飛び出した。

 

 「うおりゃああああああ!」

 

 裂帛の気合いと共に、炎の飛び蹴りを放つクウガ。

 目標はもちろん魔竜ダグバだが、覆うように飛び回るギャオスに遮られた。

 衝撃はギャオスの全身を駆け巡り、ギャオスを地上へと落とし、クウガを反転して空中へと戻した。

 巨大化しきっていないギャオスならば、十二分に赤の封印力でも対応できる。

 そのとき、仲間が封印されたことに驚いたのか、ギャオスたちが鳴いた。

 その鳴き声は超音波となってクウガに降り注いだ。躱しきれない、そうクウガが判断した時、ゴウラムがその射線に割って入ってきた。

 

 「ゴウラム!」

 

 笛のような音を断末魔に残し、ゴウラムは切断され、石の塊として地面に叩きつけられる。

 気に留める時間は無いが、仮にクウガの攻撃がダグバに当たっていたとしても、それが果たして痛手となりえるのか?

 なったとしても倒すために一体何回の攻撃を必要とするのか? それほどの封印力を放って自分の体は持つのか?

 その間に必ずダグバの反撃が来るだろうがそれは防げるものなのか? 

 戦っているその間にこのリントの集落は破壊しつくされてしまうのではないか?

 

 

 無数の不安がよぎる。闇の力に頼りたくなる。

 闇の力や朱雀を使えば魔竜を打ち滅ぼせるのではないかと思う自分が居る。

 しかし、仮に倒せたとしても闇に堕ちたクウガはリントたちを虐げるだろう。ならば選ぶ道は決まっている。

 何回邪魔されても、何回受け止められても、何回でも自分は炎の飛び蹴りに渾身の力を込め、この魔竜を打ち砕く。心だけは折らせはしない。

 刹那にクウガが覚悟を決めたとき、海からの光が飛来した。

 海から正に光の速さで現れた不完全な玄武の器。

 

 【クウガ、決戦のときだ。この玄武を…ガメラを頼む】

 「…ガメラ?」

 【この器は、地球そのものの生命・マナで動くことが出来るが、ガメラを何体も動かすほどの力が地球にはない。お前のアマダムは勾玉を兼ねている。お前の光が…ガメラの光となる!】

 

 器の放つ言葉は、あの白い外套の男の声と全く同じものだった。

 そのとき、クウガは確かに聞いた。遥か遠くからのような、とても近くからの様な、奇妙な獣の咆哮を。

 笑顔を守りたいと。全ての命のために戦うことが、自分が眠り続けた意味であるとクウガの心に響いた。

 

 【行くぞ、クウガ!】

 

 「身体を借りるぞガメラ!」

 

 “ギャッ・リャァーアッ アアアッ アアアアッッ!!”

 

 

 クウガは湖に沈むように光に飲み込まれていく。

 最後に残った岩塊は手足と頭を伸ばした。

 甲羅の中央に宝玉を煌めかせ、二本の角を備えた大いなる獣、立つ。リントの小さな村にふたつの山が対峙した。

 

 ひとつは大きな甲羅を背負った怪獣。

 頭部にクウガを思わせる二本の角、胴体にはティガを思わせる宝玉。

 二〇世紀に覚醒するガメラとは別個体であり、予期されていなかった目覚めだが全身に力が溢れている。

 云うなれば、アーリーガメラ。

 その肉体を駆動する瞳には、優しさと力強さを携えられている。それはティガのものであり、クウガのものでもあり、ガメラそのものでも有った。

 

 ひとつは大きな四本角を携えた黒い大蛇。

 腕の様な前足は発達した筋肉に覆われ、全身は鋭利な鱗が装甲のように連なる。

 その姿はなにひとつの生産性もなく、死だけを撒き散らすことを目的とした容貌だった。

 

 ――これは見物だな――。

 

 遥か彼方の海岸に居たはずのラ・バルバ・デすら合流し、全てのグロンギたちが一堂に会し、戦いを見守っていた。

 この決着次第では、再びゲゲルの資格者になる可能性もあるのだから、当然である。

 魔鳥の歌が決戦の火蓋を切った。ギャオスたちの大合唱。収束された超音波がガメラへと降り注ぐ。

 絶叫一発、アーリーガメラの全身が淡い紫色の光に包まれ、甲羅が拡張するように腕や頭部を覆う。紫の大地の巨人たる力。クウガの能力であり、能力値を変動させて防御力を偏重させた形態。

 自身の能力を使えるということに最も驚いていたのはクウガ本人だった。アーリーガメラは後に目覚めるガメラとは異なり、魂は有っても自我を持たない。

 足りない自我をスパークレンスの力でクウガ本人を融合させることで代用している危うい存在。

 この大地の防御形態はいうなれば副次的な作用であり、融合させた白い外套の男ですら予想していなかった機能だった。

 

 【…へえ、凄いな。僕と同じことができるんだね】

 

 アーリーガメラの内部に響いた声は、あのダグバという青年の声そのものだった。

 その意味を考えるより早く、魔竜ダグバの全身が青く光った。瞬間、魔竜がアーリーガメラの視界から消えた。

 咄嗟にクウガは倒れるように前方に跳んだ。

 一秒前にガメラが居た空間に、ダグバが土砂を巻き上げて着地していた。

 

 【良いね、避けるんだ】

 

 嬉しそうなダグバの声に、クウガは戦慄していた。

 避けられたのは戦士としての経験値にすぎない。

 直前の言葉からクウガの青龍の力…すなわち、跳躍に優れる形態であると推測し、ガメラのほぼ全周の視界から消えたとなれば、上からの攻撃であるとするのは自然な流れと云えた。

 しかし、着地と同時に放たれた一撃の重さは、青龍のそれではない。強すぎる。

 

 【こいつは…膂力を落とさず、速度だけを増すことが出来るのか…!?】

 

 現在の紫のアーリーガメラは、防御力を上げるために機動性を大幅に犠牲にしている。

 クウガの力は決して万能ではない。

 青の力で速度が増せば打撃力が、緑の力で感覚が増せば身体能力が、紫の力で装甲が増せば速度が、それぞれ基本形態である赤に比べて減退する。

 ダグバの使っているのは、その四色とは異なる無色の力とでも言うべきもの。

 

 【これは…辛い…か!?】

 

 今もなお、ギャオスの超音波の刃が降り注ぎ続けているものの、大地の力を用いれば防御はできている。

 しかし防御していても消耗はゼロにならず、アーリーガメラ自身の速度が遅くてダグバの動きに対応できなくなり、さらに口から火球を吐くという能力が使用できないことに気が付いた。

 攻撃力を甲羅に回している分なのか、大地の属性で火を扱えないのかは分からないが、とにかくその事実に震撼していた。

 そうこうしている間に、ダグバの身体が紫に光った。大地の力だ。魔竜ダグバは青龍の速度のまま、装甲を纏って超音波の雨へと飛び込んだ。

 もちろん魔竜ダグバも超音波の刃に晒されているが、アーリーガメラと同じく紫の力で致命傷にはならない。

 アーリーガメラは、格闘技で云う亀の体勢になっていた。腹を内部に巻き込み、うつ伏せに丸まる。

 甲羅の中にとじ込もってはいけない。閉じこもる瞬間、無防備になった甲羅の隙間を狙われる。

 響く哄笑。

 魔竜ダグバは紫の装甲と青の速度で、二本の腕を叩きつけるようにしてアーリーガメラの甲羅を破壊に掛かっている。

 生命を削る魔鳥の笛、魂を砕く魔神の拳。ガメラが、クウガが、希望が、砕けようとしていた。心が屈しようとしていた。

 

 【すまないな、ガメラさんよ、俺じゃお前の力を引き出してやれない…!】

 

 そんなとき、ガメラの目の前に何かが落ちてきた。悶えるそれはギャオスだった。全身に何十本もの矢を刺され、落ちてきた。

 矢の方向へと意識を向ければ、手に弓矢を携えたリントの村人たち。男たちがほとんどだが、中には女や老人、子供の姿も散見された。

 なぜかということも考える脳は無いが、射られる矢を鬱陶しいとでも思ったのか、一匹のギャオスがリントへと襲い掛かる。

 ただの弓矢ではよっぽど当たり方が悪くなければギャオスにはダメージにならないというのにリントたちは下がらない。矢を射ていく。

 その内、リントの武器が光り輝いた。天馬の矢銃。クウガのそれとほとんど変わらない銃へと変貌していた。

 何発かの光の矢がギャオスを貫くが、それでもなお、リントへと襲い掛かる。

 【逃げろ、逃げてくれ!】 クウガが心の中で絶叫する、その絶叫を掻き消すような雄叫びと共に、剣が一閃する。

 それはクウガに武器提供を買って出た青年ナガノであり、その手に有る刀はクウガの紫の剣とほぼ同じもの、表情には決意と闘志で溢れていた。

 しかしなぜ今? リントたちは今まではグロンギに戦いを挑もうとすらしていなかったのに、今になってその何倍もの大きさを持つギャオスに戦いを挑んでいる。

 

 【絆だ】

 【絆?】

 【人は、自らの力で道を選ぶことができる。今、リントの民は…かつてギジェラによって安息の死を受け入れた民とは違う! 苦しみの中でも君と共に戦う道を選んだ!】

 

 クウガと融合している光が…白い外套の男は興奮していた。

 彼がかつてルルイエやアトランティスで望んでいた人の戦う意思だった。しかし、クウガの抱いた感想は真逆だった。

 

 【リントに戦いを教えたのは俺だ。俺が剣でグロンギを刺し殺すのを見ていた。弓矢で撃ち殺すのを見ていた。殴っている姿を見て、争うということを覚えた】

 

 民の命を守るためとはいえ、クウガは“英雄”にならざるを得なかった。

 英雄を称える中、リントの中にも英雄的性質が発生していた。それこそが“争う気持ち”であり、戦ってでも愛する者や自らを守るという方法論だった。

 

 【英雄は…俺一人で良い…傷付くのも、傷付けることを知るのも…】

 【へえ…リントも武器を使うんだ…楽しそうだね】

 

 静かで狂暴な声が聞こえた。ダグバはアーリーガメラを突破すれば、次は確実にリントたちを襲う。

 守る。そう決めた。その意志は揺るがない、揺るがしてはいけない。

 ギャオスの超音波攻撃が減り、ダグバの注意が薄れた瞬間、アーリーガメラは紫から青へと姿を変えた。超変身だ。

 装甲が一気に薄くなり、身軽になったアーリーガメラは魔竜ダグバの下方から飛び出すように抜けた。

 それはクウガの姿を変える能力であり、物質を原子レベルで分解して再構成する能力であり、甲羅の傷も修繕される。

 しかし、失われた体力、流した血、裂けた肉は戻らず、赤・青・緑・紫をひとつずつしか使えないということは変わらない。

 

 「クウガーーッ! 俺達も戦う! 戦えるから! ひとりになんかさせないっ!」

 

 ナガノ青年が叫ぶ。

 自分が戦いに巻き込んだ。自分がリントたちに戦うという言葉を教えてしまった。

 そんな自責の念とは別に去来する思いがある。寂しさを拭うような温かさ。誰だって誰かが必要で、ひとりではないという思い。

 矛盾している。分かっている。それでもこの温かさは確かに感じている物だから。戦うことを選び、苦悩の中で生きていくことが“光”なのか?

 戦うことなく温厚に、穏やかに死を受け入れることが“光”なのか?

 そんなことは誰にもわからないのかもしれない。その答えは永遠に出ないのかもしれない。だが、生きなければ。少なくとも今この場で死んでしまえば、その答えは分からないままだ。

 答えを知るためにも、クウガは、ガメラは、光は、ここで潰えるわけにはいかない。

 

 【行くぞっ! みんなッ!】

 

 アーリーガメラが光り輝く。

 リントたちが持っていた銃や剣にも同じ光が有り、その光が流れとなってアーリーガメラに降り注ぐ。

 いや、光の流れはそれだけではない。日本各地から光の柱が立ち昇り、それぞれがアーリーガメラへと降り注がれていく。

 その光が何かを気が付いたのは、グロンギたちだった。

 

 「俺がゲゲルを成立させた村から?」

 「あちらはネズマとザインが封印された地…だな」

 

 それぞれクウガが出向き、グロンギたちと戦った地。

 守り切れなかった命、それでも戦おうとしたクウガの背中。

 止められなかった涙、それでも生きようと決めたリントたちの意志。

 後世、真のガメラによって宇宙植物に向かって放たれることとなる究極の一撃とは似て非なる現象。

 その光をマナと呼ぶ人々も居る。心の光と呼ぶ人々も居る。光輝なる聖獣・グリッターガメラ。

 

 【へえ、そんなこともできるんだ】

 

 グリッターガメラの咆哮が木々を揺らした。

 今、グリッターガメラはクウガであってクウガではない。見守るリントの民でも有り、そうでもない。

 日本列島の全ての人々の涙を甲羅に背負い、グリッターガメラは黄金に輝く。

 その輝きは後のクウガの金の力にも似ていた。封印力が全身から吹き上がっているようでもある。

 魔竜ダグバも迎え撃つべく白の力を発動させる。赤青緑紫とは比較にならない力。

 今までは全力ではなかった。遊んでいた。究極の闇に匹敵し得る究極の光、魔竜ダグバがグリッターガメラを強敵として認識した。

 

 大地を揺らし、大気を裂き、二体の巨獣が跳んだ。

 互いの爪牙が甲羅を割り、鱗を撒き散らし、鮮血が池を作る。歓声を送る者もいる、祈る者もいる。奇妙な時間だった。

 リントもグロンギも、互いに対する全ての感情が麻痺し、殺人者と被害者たちが、虎と兎が、ただ同じ運命を眺めていた。

 

 ただ、時間が流れた。グリッターガメラの輝きで昼夜も分からない。

 戦いがほんの数秒のことだったのか、何日も続いたのか、誰にも認識できていなかった。

 だが、決着のときが来た。

 

 グリッターガメラの肘打ちが魔竜ダグバの胸部の皮膚を裂いた。致命傷ではないが、そこに融合しているン・ダグバ・ゼバの人間態が露出した。

 もう一撃叩き込めば潰せる! グリッターガメラが思うのと同時に、ダグバの口が笑みに歪んだ。

 

 「ごめんね、油断したよね」

 

 魔竜ダグバの両腕が祈るように合掌する。合わさった一〇本の爪はひとつの剣となり、グリッターガメラの顔面を貫いた。

 傷と云うには大きすぎる穴から炎が上がり、ガメラの全身から力が抜けた。

 グリッターガメラの光が消え、魔竜ダグバが腕を引き抜くと、アーリーガメラが力なく膝を突いた。

 一瞬の逡巡、紙一重の攻防。絶望が人々の心に広がる、そのときだった。倒れゆくアーリーガメラから一つの光が飛び出した。

 

 「うおりゃぁアああああッッ!」

 

 飛び出した赤い流星は一番の笑みを浮かべるダグバの腹部を打った。

 もちろん、赤のクウガの炎の跳び蹴りだ。

 

 「油断、したな?」

 「――なるほど、ね。僕の霊石が狙いだったんだ」

 

 一度倒れかけたアーリーガメラの両腕に力が漲る。

 両腕を広げて魔竜ダグバへぶちかましを掛け、そのまま投げ飛ばすように体を捻り、地面へと倒れ込む。

 その先にはグロンギたち。巨体な倒れ込みに対し、彼らは戦いに目を奪われたことから、完全に初動が遅れていた。

 

 『がぁあああああああああああ!?』

 

 倒れ込んだとき、アーリーガメラと魔竜の身体が一瞬輝いた。

 二体の巨体が超変身のときの力で分解され、全体に封印力が広がっていく。

 

 「すごいね、みんなを巻き込んで封印するんだ」

 「お前は逃がさん…! 俺が何万年でも付き合ってやる…!」

 「それは…退屈し無さそうだ」

 

 戦いが終わった後には、山が一つ増えていただけだった。

 この山は、後にクウガの眠る山、九郎ヶ岳と呼ばれた。

 全てが終わり、リントの青年・ナガノはクウガの馬に乗り、残ったもう一体の邪神・柳星張を封印する地を探し、そこで子を成した。

 封印を解いて殺すことはできたかもしれない、しかしリントには無抵抗の命を奪うという概念が存在していなかった。

 この一族は後に分化していき、ある者はその場に留まり、ナガノが紫の剣として用いた剣を十束の剣として奉る一族となった。

 別の一族は世界が闇に包まれるとき、邪神を目覚めさせ融合する一族となった。

 さらなる一族は自分たちのことを忘れ、ただの人間として生きることとなる。自分自身が光となれることを忘れたまま…。

説明
遥かなる太古から引き継がれた、という設定の世紀の変わり目に現れた三つのヒーローのクロスオーバー作品。
ブログ連載の完全版としての掲載です。
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ウルトラマン ティガ ガメラ 仮面ライダー クウガ 

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