真・恋姫†無双 〜夏氏春秋伝〜 第百九話 |
相も変わらぬ路地裏に、今日も一刀は姿を隠す。
孫策たちの一件を除けば、既に四日、何の手掛かりも無いままに時間だけが過ぎている状態であった。
これだけの日数を路地裏に通い詰め、ジッと息を潜めている合間合間に戯れていれば、そこに住まう野良猫たちは最早一刀を仲間として迎え入れていた。
今日も今日とて猫たちは一刀の周りで各々寛いでいる。
そんな猫たちを無意識の内に撫で繰りながら、一刀は現状の分析を脳内で始めていた。
(周泰がコンタクトを取ろうとしている相手がこの路地にいるのは間違い無い。
ならば、俺に抜けている情報、考えられる可能性は何だ?
例えば……一、既にその人物はこの路地から別へ移っている。
二、周泰は既に用件を済ませている。
三、目的は人物ではなく、場所、あるいは物。
…………どうなんだ?少なくとも、張り込む二日前の時点ではまだ周泰は目的を達成していなかったはずだ。
それを考えれば、これらの三つはあまりにタイミングが良すぎる感がある。
或いは、聞き込んで立てた予測よりも、周泰が尋ねて来る周期は長い?
定期的に見えて、実は不定期である可能性もあるか。
最悪なのは……いや、その可能性は無いか。もしも俺が張り込んでいることがバレたのであれば、既に俺は捕えられているだろう)
可能性を列挙し、任務が進まない要因を特定しようと試みる。
が、いずれも挙げた側から否定するかあるいは可能性レベルで止まってしまうものばかり。
(まさか、周泰が丁度今、任務でここを離れている、なんてことは……)
ふと思い至ったその可能性に、一刀は自身に対して舌打ちする。
どうしてこのような単純な可能性を考え点かなかったのか、と。
(…………仕方ない。この場の監視は前から入っている隊員に任せよう。その為にもすぐに接触を……
もしも周泰が現れたら、という不安はあるが、この際仕方が無い。
俺自身は別角度から任務に取り掛かることにしよう)
時間を無駄にしたくは無い今、いや、それでなくとも、嘆くという行為は行わない。
そのようなものは就寝前のような完全なフリータイムにでも存分に行えばいい。
とにかく今は事を動かせる行為を。そのための行動も即決し、一刀は猫たちに気を付けながら立ち上がると、路地を後にした。
路地の監視任務を隊員に預け、一刀は再び街中へと繰り出す。
他の有力情報が無いかと耳を澄ませて街中を歩き、店を巡った。
呉の将に関して主として耳に届く情報は、やはり毎日のように行われているという激しく厳しいらしい鍛錬のこと。
孫堅、黄蓋、程普という呉の大御所三人が直々に指導の立場に立っているということから、呉の方も近々大きな戦が起こるものと見ているのだろう。
さて、となればやはりその様子を偵察してみたいところ。なのだが。
ではこっそりと見に行こう――とは出来ない。
調練場には通常、一般人は立ち入らない。用事も無いのだから当然のことだ。
だからこそ、万が一バレれば、問答無用で排除対象となってしまう。
更に言えば、厳しいという鍛錬中は誰もが神経を研ぎ澄ませていることだろう。
いくら一刀が自身に出来る最高の隠密を為そうとも、その状態の周泰や甘寧を100%躱しきれるとは思えない。
このようにリスクは多々あるのに対して、いざ成功した時の実入りはと言えば、その多大なるリスクに見合うとは思えないものだ。
確実にあるのは現況の戦力分析と孫堅の鍛錬法を知れるということ。
あるかも知れないのが呉の将たちの型を探れるということ。
だが、正直に言ってどれもそれほど必要では無い。
細かく言えば、一刀のような理論で戦うタイプ、霞や菖蒲のような理論でも戦えるタイプには型情報は有用かも知れない。
それでも、将来的にマッチアップしなければ無意味であるとなれば、リスクに見合うとは考えられない状態であった。
(…………どれだけ役立つかは不明だが、鍛錬後を狙って尾けるか。
疲労困憊だったとしても集団は危ないだろうから……一人乃至二人。これを狙う)
一先ずの行動を決める一刀。
但し、これの実行時間は必然的に鍛錬後、もっと先の時間となる。
それまでは更なる情報を求めて街中を歩く。
あわよくば、より有用な情報が手に入るかも知れないのだから。
一刀は調練場では無く再び店巡りに足を向けた。
「う〜む……正直、参ったな、こりゃ……」
日も大分と傾いた街の片隅で一刀がボソリと漏らす。
あれから街を歩き回って情報を集めた結果、しっかりと情報を得ることが出来た。のだが。
そのほとんどが無意味。そのくせ情報総量だけがやたらと大きい。
それもこれも、呉の将達が民との交流を至る所でよく持っていることが原因となっていた。
必要な時に必要な分だけ店を利用する、そんな程度であれば特に問題は無かっただろう。
ところが、若い世代はともかく、一つ上や最上世代、つまるところ孫策のグループと孫堅のグループの交流の持ち方は異常と言えるほどであった。
特に、孫堅と孫策。この二人に関する情報が多すぎる。
話を聞いて回ったのではなく聞き耳を立てていただけなので、主に入って来るのは直近の話だけだ。
それを分類すれば、孫策の話が非常に多い。
先日、一刀は孫策が酒を抱えて路地を行く現場を発見し、後を追った。
その時こそ、孫策はただサボりたかっただけのように一刀の目には映ったものだった。
ところが、情報が集まれば集まるほど、あれはむしろ味方をすらそう欺くためのポーズにしか思えないのだ。
それが気恥ずかしいからか、それとも他に何か理由があるからかは分からない。
一つ言えることは、孫策はあの時に受けた第一印象通りの道化では無い、ということだ。
孫策の話題が主として出て来るのは飯店だった。
曰く、夕飯時に酒をかっ食らいによく現れては、その場に居合わせた民たちと言葉を交わす。
民たちも酒が入っていれば口もよく滑るもので、街のこと、制度のこと、様々な愚痴が出て来るそうだ。
それを聞きながら孫策も相槌を打ち、時には同意し、共に管を巻き、最終的に出来上がった者たちと肩を組んで歌い出すこともある。
そこで話が終われば、ただのよくいる酔っ払いの上層部だ。しかし、彼女はそうでは無かった。
何をどう吹き込むのか、孫策に民が愚痴ったことは、可能であれば数日の内に対処が始まる。
すぐに取り掛かれるようなものでは無くても、いつの間にか改善されていたりするのだ。
それでも、それを為した功労者の中に孫策の名は連なっていない。
彼女を通して上に洩れていると知られないから、また民たちは気軽に遠慮なく、酒に任せて孫策に愚痴を溢す。
孫策なりの信念か、この循環を保つにはこうするのが良いと判断したからか、傍から見れば面倒くさいこのような方法を彼女は取っていることが、集めた情報から判明していたのだ。
そして、孫堅。彼女の方は、主に年配の民たちの話題に上る。
最近ではめっきり見なくなったみたいだが、少し前まで孫堅はよく街の色々なところに現れては民と交流を持っていた。
その全身から発する抑えきれぬオーラや誰もが目を留める若々しく美しくも威厳を感じるその容姿。
誰もが彼女を自分たちの領主であると間違えることは無い。
当然、民からすれば緊張に震えかねない状況ともなろうが、対して孫堅は一切を気にせず、非常に気さくに話しかけてきたらしい。
親しみやすさを前面に押し出す彼女には、直前とのギャップも相まって瞬く間に民は心を許すことになる。
後はその感覚が薄れる前に畳みかけ、民視点での不平不満に話を振ってこれを吸い上げる。
これを繰り返して集め、城へと持ち帰って程普以下政を担う者たちに投げて対処させる。と、孫堅の場合はそのようだったそうだ。
異なる手法を取っていてもどちらも行動の結果は同じで、身近な問題が小さいものから大きいものまで問わず解決されていくとあって民からの受けはどちらも最上と言えた。
この手法と結果故に、民たちの話題に上る上層部連中の話題は主に孫策と孫堅が掻っ攫っていく結果となっているのである。
しかも、民の声を吸い上げる過程の話ばかりが大きく、その対策に関しては一息に為されるとあって、情報の比率が著しく少ない。
これは呉の軍師達の有能さを示していると言えばそうなのだが、元よりそれは知っている一刀としては具体的な中身の情報が欲しかったのだ。
詰まる所、総括すれば、この日に一刀が街で民の話から集めた情報に有益なものは無かった、ということになる。
多少気落ちはするものの、今までの黒衣隊の成果から考えればこれは十分想定内。
一先ずは気持ちを切り替えて、当初の予定の尾行の準備へと移ることにした。
一刀は調練場から距離を取ってその出入り口を張る。
時間の目測が良かったようで、張り込み始めてから暫くすれば続々と人影が現れてきた。
最初に出てきたのは、孫堅、黄蓋、程普の中枢三人。鍛錬を終えた直後であっても、いずれの顔にもまだ余裕が見て取れる。
続いて現れたのは、先日も目にした孫策、太史慈、周瑜の三人。こちらは疲労困憊といった様子。
これらの二組に関しては未知数たる部分が多すぎることとグループが三人であるために尾行は即座に断念する。
更に張っていると、少々間を置いて三つの人影が現れた。
記憶や情報から、孫権、甘寧、周泰の三人と判断する。
彼女達は更に酷く、むしろ満身創痍とすら言えそうなほど。
特に孫権の消耗が激しいようで、甘寧に肩を預けるようにしているほどであった。
こちらに関しても周泰や甘寧が怖いので尾行は敢行出来ない。
残すところは、と考えていると、その人物たちが姿を現した。
陸遜、呂蒙、そして張勲がよろよろと出て来る。孫権よりはマシ、甘寧や周泰と同程度にボロボロ、といったところ。
ちなみに、この時点で一つ、報告に値する情報が得られている。
正確な情報が不足していたために今までは憶測でしか無かったのだが、今一刀が直接目にしたことで、張勲が呉の軍に組み込まれていることが確定した。
ただ、今までも呉に彼女がいることは前提として話されていた節があるため、あまり意味は無いかもしれないのだが。
何にせよ、この三人を以て呉の将は打ち止めとなる。
しかし、三人のままでは少々、尾行敢行にGo判断を出しづらいところだった。
これは日を改めるべきか、それともグループが常に決まっているのであればこれを狙うべきか。
と、思考の傍らで傾けていた耳が、一刀にとって有利な情報を拾う。
「あ、あの、すみません。私、今日はこの後、ちょっと街の方に用事がありまして……」
「おやおや〜?亞莎ちゃん、もしかして〜……
いつもですけど、随分熱心なのですねぇ。凄いですよ〜」
「い、いえ!私はまだまだ冥琳様にも穏様にも遠く及びませんので!」
「あ〜、あはは。
亞莎さん、これからまだ頑張られるんですね……私はもうぐったりですよ……」
「でもでも〜、七乃ちゃんにも今日はもうひと頑張りしてもらわないとですよ〜」
「うへぇ……」
陸遜の指摘にピンと背筋を伸ばした呂蒙。それを見て乾いた笑いが漏れる張勲。
文官繋がりで関わり合う三人、といったところなのだろう。
いずれもが武将としての能力も高いところが他にはない呉の特徴か。
それはともかく、会話からこの後の方針を即断する。
一人離れることになる呂蒙。彼女を尾ける。
最上の成果は城への侵入経路の手掛かり。出来れば欲しいものは軍事情報。
図らずも文官に網を張れたことは幸運だと言えるのかも知れない。
暫し三人で固まったまま歩いた後、道を分かれた呂蒙を一刀は通行人を装って尾行し始めた。
わざわざ鍛錬の後に集団から離れて、しかもあの陸遜に感心までされるほどの用事とは、一体何なのか。
そこに注目しつつ、一刀は慎重に慎重を重ねて呂蒙を尾行する。
当の呂蒙は一刀の尾行に気付くどころかその類の警戒も無く、自らの目的地へ向けて一直線に街を歩いているようだった。
やがて、その足は一つの店の前で止まる。
「すみませーん。店長さんはいらっしゃいますかー?」
店の中へと呼び掛ける呂蒙に、応える声はすぐに上がった。
「おぉ、呂蒙将軍!既に仕上がっておりますよ!
ささ、こちらへ。後は最後に弦の調整を行うだけとなっておりますので」
店主自らが応対に出てきたようで、そのまま呂蒙を店内へと勧める。
見れば、そこは眼鏡屋。棚にも様々なレンズが並んでいた。
最早見慣れてしまったものだが、やはり時代にそぐわないこの手の店はまだミスマッチな感を否めない。
ともあれ、さすがに一刀は店内にまで入り込むことは出来ないと判断した。
伊達眼鏡の一つでも用意しておけば多少は変わったのであろうが、それも無いとなると、新規の客への応対はやたらと長いものとなるのがこの手の店の常。
店内の会話を聞くために突入し、店員に捕まっている間に呂蒙を見失っては本末転倒もいいところだ。
その最悪の事態だけは避けんと、一刀は店の外で待ち受けることにした。
幸い、この店の場所も商店街と呼べる地帯から外れてはいない。
買い物中の女性を待っている体を装う作戦はここでも利用可能なのであった。
四半刻とせず、呂蒙が店から姿を現す。
見た目に変わったところが無いのはフレーム据え置きでレンズのみを交換したからかも知れない。
このちょっとした待ち時間に、一刀は状況を整理し終えていた。
要するに、呂蒙は眼鏡を新調しにきた訳で。それが陸遜に感心されるのは、まだまだ呂蒙のキャリアが浅いことが理由だろう。
言わば、呂蒙は軍師見習い、魏で言えば音々音のような立ち位置と言える。
必然、学ぶべきことは多く、それは基本的に誰かへの師事あるいは書物から得るもの。
眼鏡の新調――目を悪くした、ということはつまり、呂蒙は夜、寝室でも就寝するその直前まで、くらいの勢いで書物を読み漁っているのだろう。
ただそれだけでは陸遜が『いつも』と付けてまで感心までするとは思えない。
それだけの成果が出ているのだろう。
今まで呉の軍師として警戒すべきは周瑜、陸遜は言わずもがな、程普もまた警戒の対象として考えるべきとされていた。
今後はそこに、新進気鋭の枠として今まで以上に呂蒙を警戒すべし、と追加しておくべきだろう。
報告文書を脳裏でくみ上げながら、一刀は呂蒙の尾行を再開する。
少々残念だったのは、彼女は別段独り言を呟くタイプでは無かったこと。
一人で気を緩めているために重要情報がポロリと零れる、といった類の幸運は期待出来そうになかった。
店を出た彼女は一直線に城へ戻る道を進む。
眼鏡屋以外には一切の寄り道をするつもりは無いようであった。
どうやら今日はこのまま収穫は無しで終わりそうか、と半ば諦める。
それでも念のために、と一刀は尾けられなくなるその瞬間まで尾行を続行した。
が。そう簡単に望んだ情報が得られるものでは無い。
呂蒙がそのまま門兵に労いの言葉を掛けて正門から城へと戻る。
と、そこから少し進んだところでふと右方を見つめて足を止めた。
一体何事か、と思うも、呂蒙のいるそこは既に城の敷地内。そして見つめる先は壁の向こう側。
一刀には確認する術は無く、ただ可能性を信じて耳を澄ますのみ。
しかし、その後呂蒙は何を発することも無く歩みを再開し、そのまま城内へと消えていった。
結局この日はそこで一刀は尾行を断念することとなったのだった。
それから三日間、一刀は鍛錬の終了間際を狙って張り込み、将達の様子を観察し続けた。
初日に見たグループは毎回ほぼ変わらず、普段の関係や仕事の関係で関わりが深いところで固まっていると見て間違いない。
ただそれだけでも一刀としては厄介な上に、基本的に鍛錬後は相当の疲労の為に城へと直帰するのが常らしい。
どこかで単独行動、せめて二人行動をする者が出ないだろうか。
それを待ち続けた張り込み四日目、ようやく二度目のチャンスが訪れる。
その日、調練場から出てきた最初の2グループはいつもと同じ、つまり孫堅の三人組と孫策の三人組であった。
しかし、続いて出てきたのは孫権、周泰、甘寧に加え、側に陸遜も付き従った四人組。
どうやら陸遜の方で抱えている仕事に、孫権の承認の類が必要なものがあり、その相談をしている様子。
となると、残るは呂蒙と張勲の二人。
しかも、出てきた二人の会話に耳をそばだててみれば、今から少し街に繰り出すとのこと。
運が回ってきた。瞬間的に一刀はそう感じていた。
ただ尾行出来る状況が整っただけでは無い。
相手が軍師。しかも初日と違って今回は二人。と言うことは、会話が生まれる。
情報取得の面では前回よりもかなり期待値は高いのだ。
嬉々としながらも冷静に。前回よりも更に慎重に一刀は事を起こし始めた。
「はぁ〜〜……今日も疲れましたぁ……
いくら何でもあれはキツすぎますよ」
呂蒙と張勲、二人の間の会話はそんな張勲の愚痴から始まった。
その話題は彼女達にとって最も新しい話題たる直前の鍛錬について。
「月蓮様を始め、冥琳様、穏様、それに粋怜様も近々大きな戦を予感或いは予測されております。
私たち将がそれに備え、万全を期すためにもやはり必要なことだと思います」
「ん〜……ま、理屈では分かってはいるんですけれどねぇ〜……
あぁ、美羽様にお会いしたい……」
「七乃さんは君主思いの方なのですね。
ちなみに美羽さんなら大丈夫だと思われます。あの月蓮様が付きっきりでお教えになられているんですから」
「それは分かっていますよ〜!
ただ、それでも会いたいという思いはどうしようも無いでしょう?
亞莎さんには分かりませんか?この気持ち」
「いえ、そんなことは――」
「あぁ!一刻も早くお会いしたい!
そしてこのお会い出来ない期間に溜め込んだ怖いお話で美羽様を震え上がらせたい……っ!!」
「…………ぇ〜……」
不意に恍惚とした表情で叫び出す張勲。
見たところ、その表情に偽りは無さそうである。
台詞だけを聞くならば、それはまるで一種の叛意のようにも思える。
が、それでは同時に感じる慈愛の感情の方を説明できない。
呂蒙もドン引きしているということは、張勲のこれは普段からの行動では無いようだ。
ならば、様々な要因から積み重ねられたストレスがつい先ほどにでも爆発してしまったのだろうか。
ともあれ、奇行はいくら事実を繋げて考察しようとも、正解に辿り着ける可能性は低いもの。
だから、一刀は張勲のそれに対する考察をそこで止めた。
一方、張勲の方はそのような2対の視線を向けられているとも知らずに暫し妄想に耽った後、何事も無かったかのようにシレッと戻って来た。
その切り替えの早さと厚顔さにはかなり高い評価が出来る、と思わず考えてしまったほどだった。
「あ、なんだかんだ言っている内に書店まで来てしまいましたね」
「ですね。そう言えば、七乃さんは今日はどうして本屋の方へ?」
「あら?まだ言ってませんでしたっけ?私の目的なんて単純なものですよ。
ちょっと兵法のおさらいをしておきたいので、袁家の書庫にあった書がこちらに無いか確かめに来たんです」
「ほわぁ……やっぱり七乃さんは凄いですね。
私なんて日々の勉強だけで精一杯で……」
張勲が語った理由に、呂蒙は心から感心した声音で返した。
これに張勲は、そんなことは無い、と応じる。
曰く、まだ元からあった知識が活用出来ているから余裕があるように見えるだけ、とのこと。
それを含めての賛辞であったとは思っていないようであった。
「取り敢えず、用事を済ませてしまいましょう。
店内では行動はバラバラでいんですよね?」
「あ、はい。と言っても、私の方はすぐですし、何でしたら手伝いますので」
「わかりました。その時は頼らせてもらいますね、亞莎さん」
「はい」
そんなやり取りの末、二人は本屋へと足を踏み入れていったのだった。
それから二人が再び姿を現すまでの時間は少々掛かってた。
本探しは多少難航したようだが、二人とも目的の本は見つかった様子であった。
どうやら用事とやらはそれぞれの本を購入することだけであったらしい。
「へぇ〜、それで休日にはご自分で胡麻団子を。
まぁ、確かに美味しいですもんね〜、あれ」
「はい!時々明命も呼んでいるのですが、好評ですよ!
七乃さんはよく蜂蜜を取り寄せているみたいですが、お菓子か何かを?」
「いえいえ、違いますよ〜。
私の方は美羽様の好物だからでして。
取り寄せからして私の方で行っておけば、色々と悪戯も捗りますからね〜」
「もしかして、七乃さんの愛情表現って――」
「ええ、歪んでいます!ですが、これでいいんです!」
揃って上機嫌に、会話を弾ませながら二人は一路、城を目指す。
会話が活発なのは良い事なのだが、プライベートすぎる情報はこの際あまり役には立たない。
ひょんなきっかけで文官の仕事の話へと移りはしないだろうか。そんな祈りにも似た思いで二人の尾行を続けていた一刀だが、しかしその願いはまたも裏切られることとなった。
まるっきり世間話が続いたまま、城へと到着してしまったのである。
今回も収穫無しか、仕方が無い、と踵を返しかけたその時、気付く。どうしてか、先日より門兵が少ないのだ。
偶々そういうタイミングだったのかも知れない。実際、呂蒙と張勲は特に気にした様子も無い。
交代要員を呼びに行った可能性もある。その場合、日に何度かは若干手薄になる時間があるということになるが――
考察を重ねていると、呂蒙たちの向こうから門兵らしき人影が現れる。
但し、その腕の中には何かしらの動物が収まっていた。
「お疲れ様です、呂蒙将軍、張勲将軍!」
「お疲れ様です。その猫、もしかして明命が入れたのでしょうか?」
「いえ、恐らく違うかと。
どうにもここ最近、どこからか猫がよく現れるようになりまして」
「う〜ん……明命さんじゃないんだとしたら、ちょ〜っと気になりますね〜。
亞莎さん、一度城壁をぐるっと調べてみるべきかも知れませんよ?」
「そうですね。私も先日、帰城した際に猫を見かけていますし、少々頻度の高さに疑問を抱き始めていましたので。
早急に冥琳様にご相談してみましょう」
一刀が拾えた主となる会話はそこまで。
その後は呂蒙達は城内へ戻り、そして兵は門までやってきた。
そこで放された猫を見た瞬間、一刀は一つの可能性を頭の中に思い描くに至った。
(あの猫はあの路地裏の……ならば……
上手くすれば、一足飛びに任務を進められるかも知れない……!)
それは突如差した一筋の光明となるのであった。
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第百九話の投稿です。 呉潜入編・その弐。 |
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>>nao様 一刀が二人を追って行った先で何を見たのか、建業での活動が幸いにして一つに集約していきます(ムカミ) >>h995様 お猫様は可愛い。可愛いは正義。つまりお猫様ならば例えそうなってしまっても許してあげるのです! By明命(ムカミ) >>本郷 刃様 それを先に思いつきたかった……っ!>お猫様の眼光 こういうとんちを利かせた言い回しをパッと思いつけるようになりたいものです(ムカミ) なかなか情報得るのが厳しいけどお猫様が光明になるのか?W(nao) 一刀に懐いているのを考えると、お猫様はむしろ厄病神になりそうですね。バレちゃいけないのにバレてしまう感じで……(h995) お猫様! 一刀についてきたお猫様ですね、一筋の光明とはお猫様の眼光かw(本郷 刃) |
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