ノーライフキングの日常 3話 開けて、朝
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3.

 

朝。

 

吾輩は起きることにした。

 

やや頬が腫れぼったい気もするが、吾輩の再生力の前では些細なことである。

 

棺の蓋をずらし、上体を起こすと既にリアナが控えていた。

 

「おはようございます。アルバルト様」

 

「うむ」

 

「本日は別館で鍛冶ギルド長と面会を予定しております。」

 

「そうであったな」

 

リアナは本日の予定を淡々と述べながら、寝室のカーテンを開いていった。

 

途端に、日の光が部屋の隅々を一気に侵食した。

 

吾輩にも容赦のない日の光が浴びせられる。

 

「ええい、まぶしい!一言断って開けろ」

 

「平気なのでは?」

 

「平気でも嫌なものは嫌なのだ!」

 

吾輩に日の光は問題ない。

 

ただ、目が途轍もなく眩しく感じて仕方ないのだ。

 

 

 

ここで、吾輩たち吸血鬼の弱点について少し語っておく。

 

弱点を語るのは愚かしいだと?

 

周知の内容だ。大したことではない。

 

文献によれば吸血鬼の弱点は次の通りとなる。

 

陽光・十字架・聖水に始まる流れ水・大蒜・銀、そして白木の杭。

 

以外に弱点の多かった一世代前の吸血鬼。だが現世代の吸血鬼である吾輩には一つを除き、他は当てはまらない。

 

もしそれらの弱点があれば、水が怖ければ風呂にも入れず、十字架が怖ければ窓枠一つにおびえ、大蒜が怖ければ好物のステーキやカリーが味気なくなってしまっていただろう。

 

白木の杭は当たり所が悪ければ、吸血鬼でも動けんわ。

 

では残りの一つ。

 

銀。

 

触れた個所は焼きただれ再生もしづらい。治癒にとてつもない時間がかかる。

 

よって一族はこの金属を忌避している。そういった意味では吸血鬼族は皆、重度の金属アレルギーであるといえよう。

 

弱点の多かった一世代前の吸血鬼。

 

その中でも特に陽光の克服の意義は非常に大きい。

 

なにしろ、文献によると灰にされてしまうというのだから恐ろしい。

 

そこで少々、我ら吸血鬼の歴史に触れたい。

 

過去歴、そう。

 

吸血鬼族の王の中の王、偉大なる神祖様がチ・キューと呼ばれる異世界より、その世界の東方の島国のヒト種の女性、ミナ様と連れ立ってこの世界アーヴルに移住されたのはおよそ2700年前のことであったそうな。

 

この世界にも吸血鬼に近しい種はいたが、神祖様は彼らと区別するべく自ら<貴族>を名乗り、この世界に土台を築くべく勢力を広げていった。

 

それから神祖様はミナ様との間にお子を儲け親族を少しずつ増やされた。

 

我らの偉大なる母、慈愛篤く、侵されざる聖女ミナ様。

 

文献にある弱点を克服した現在の吸血鬼族は、ミナ様のお力によるところが大きい・・・。

 

系譜に連なる我々は、その偉大なるミナ様の因子を受け継いでいるということになる。

 

因子の力の発現は一族一律ではなかったが、同様にこちらのアーブル産の吸血鬼達の致命的な弱点である、陽光をある程度克服していたのも版図の拡大の一因になったのは間違いない。

 

吾輩が朝の日の光がおおよそ問題ないのはそういった理由による。

 

おおよそ、というのは古来よりもつ陽光に対する弱点の完全な払拭はできなかったためだ。

 

灰になって滅びるとまではいかないが、少々身体のバイオリズムは低下する。

 

だが、一族はミナ様に対して感謝の念はかかさない。

 

まこと尊崇の念を抱かずにはいられない。

 

残念ながら、ミナ様は長命の吸血鬼化にはならず、ヒト種のまま、短い生を終えられた。

 

よって吾輩の寝室の棺は、ミナ様が眠られている地に足が向かぬよう配置しておる。

 

 

食堂にきた。

 

朝食のメニューは好物のハンバーグである。

 

サラダに始まり、スープからメインデッシュを片づける。

 

吾輩は、ナイフとフォークを置くと、口をぬぐった。

 

我が城のカトラリーは白金製である。

 

あとはデザートと茶を迎えるのみとなる。

 

配膳されるまでの間を利用して、リアナに確認した。

 

「して、今宵の晩餐に同意した者は」

 

「申し訳ございません」

 

こういう時のリアナの謝罪は誠意があった。

 

血族の命脈に関わることについて、彼女は実に真摯な姿勢を示す。

 

「そうか、同意者いない場合は無理強いをするな」

 

「早晩改めて、ご用意できるよう努めます。」

 

吾輩は憮然とする。

 

正面に座ったプリンをむさぼる幼女がいた。

 

昨晩のやり取りを思い出しつつ、茶を喫した。

 

 

 

娘の名は、ミィナといった。

 

その時の吾輩は心も体もすっかり血の晩餐に備えていたので、強烈な吸血衝動を抑えるのにずいぶん苦労した。

 

流石の吾輩も心穏やかではいられなかった。

 

片頬がややひきつるのは見逃してほしい。

 

すました顔で控えるメイドに事情を説明させる。

 

「リアナ」

 

「はい、旦那様」

 

「説明してもらおう」

 

「と、申しますと?」

 

「同意者が幼い娘である件について、だ」

 

「ご不満ですか?」

 

「当たり前だ!」

 

前述でも宣べたが、これはただの栄養摂取ではない。

 

欲望の発散でもあるのだ。

 

血の晩餐は、同じ食事を楽しみ、雑談を楽しむ。

 

部屋の照度を落としたところで、ゆっくりと獲物を狩る嗜虐的な愉悦に身を浸す過程を楽しむものなのだ。

 

男は吾輩の瞳に。

 

女は吾輩の容貌に。

 

吸血鬼族は総じて美しいものが多い。

 

これは獲物を吸い寄せるための種族的生態であり、吾輩のナルシスズム発言ではないことを断っておきたい。

 

要は食虫植物と同じである。

 

ふむ、どこやらイケメン爆発しろなどという戯言が聞こえてきたな・・・。

 

それを幼女とは・・・。

 

吾輩にお稚児趣味はないわ。

 

「畏れながら」

 

「なんだ」

 

「旦那様は幼い娘が好みだと、領内の民は噂しております。もちろん城内のものも」

 

「なんだと?!」

 

「先日も領内のご視察の際、菓子を賜れたとか」

 

「・・・あれは気まぐれだ」

 

頭が痛い。

 

先般、農作業に精をだしている母と同じく、幼い手で種植をしている姉妹にほっこりして、懐に忍ばせた家宰手製の牛乳飴をくれてやっただけだ。

 

母親は畏れ多いなどと言って、土下座をせんばかりであったが、あの姉妹は動じていなかったな。

 

そのことか。

 

「で?それをお前は鵜呑みにしたのか?」

 

「まさか」

 

「ほう」

 

「わたくしは旦那様が以前からロリコ・・・いえ民にお優しい方だと存じております」

 

「おいキサマ、いまなんと言いかけた?」

 

「今回の晩餐出席は本人の希望でございます」

 

リアナ曰く、どうも娘にはなにやら事情があるらしい。

 

面会の時間外に娘と面談するか・・・。

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