38(t)視点のおはなし その9(前編) |
朝焼けの中、微かに煙る空の下。
貨物列車に揺られ戦場へと向かうのは、決意を胸に秘めた乙女達と、鋼鉄の軍馬達。
戦場の名は、東富士演習場。
臨む戦いは、戦車道全国高校生大会、その決勝戦。
愛する学び舎を守りたい。大会に優勝して、廃校を撤回させて見せる。
乙女達の願いは大きな誓いの絆となり、絆の糸は望みを手繰り寄せた。
ならば私達は、乙女達の騎馬となり、鎧となり、矛となり、
千の軍勢をも退け、万の砲火も潜り抜け、乙女達を勝利の凱歌の元へと、連れ帰って見せましょう。
私の名は38(t)戦車、改め、駆逐戦車ヘッツァー。
乙女達の希望を未来へと繋げる為、全身全霊を以って決戦へと挑む戦車で御座います。
富士の裾野に広がる、広大な大地。
本来は自衛隊の訓練に使用され、時には戦車道の試合会場としても提供されるこの演習場は、
あらゆる戦闘状況を想定し、一部には都市部環境さえも再現されているとの事。
TV中継もされる全国大会の決勝と言う事も有り、会場には戦車グッズやB級グルメの露店が立ち並び、
老若男女幅広い観客が大勢観戦に訪れ、大層な賑わいを見せておりました。
コンクリート建ての乗降場に整列され、試合前に最後の点検整備を受けていた私達。
「本当に、ここまで来れたんですねぇ…」
「かーしまぁ、ちょっと緊張し過ぎ」
「き、緊張なんかひてまひゅえん!?!」
決勝まで辿り着いた感慨に浸る小山殿、何時もと変わらぬ調子で戯れる角谷殿、
そして緊張を指摘されて思わず声を上擦らせる河嶋殿。
三者三様の心構えを見せる生徒会の皆様は、しかしながら不思議と準決勝の時程の
気負いは感じられず、只和やかに試合開始の時を待っておりました。
車上に佇む三名の視線の先には、西住殿の姿。
かつて対戦した他校の生徒達が次々と訪れ、挨拶に追われる彼女は、
しかしその訪問を心から喜び、笑顔で迎えておりました。
「西住ちゃんってさぁ、不思議な子だよね」
ぽつり、と呟く角谷殿。
「たった一言で、チーム皆が勇気付けられる。たった一度戦っただけで、対戦相手まで魅了される」
そう独白する角谷殿自身も、西住殿に勇気づけられ、諦観の沼から救い上げられた少女の一人。
「普段はあんなにあわあわしてて、可愛いけど、ちょっと頼りないのにね」
少しおどけて見せる角谷殿に、二人もくすり、と小さく笑い。
「…本当に、西住ちゃんのお陰だよ。感謝しても、しきれないや」
その言葉の裏に隠された、僅かな自嘲の想い。
生徒会と言う立場を任されながら、たった一人の生徒に学園の命運を託すしか無かったと言う無力感。
しかし、その言葉に敢えて、私は異を唱えたいのです。
最初は彼女の、思い付きだった。それは只の、最後の思い出作り程度の、戯言だったのかもしれない。
それでも、その言葉を“二人”は信じた。信じたからこそ大洗の地に、戦車道を復活させる事が出来た。
角谷殿が皆を思い、そんな彼女を河嶋殿と小山殿が信じたからこそ、そこに小さな希望が生まれ、
西住殿を、その小さな希望の輪に招き入れる事が出来た。
希望を“芽吹かせた者”と、その芽を“育んだ者”。角谷殿と、西住殿。
そのどちらが欠けても、奇跡は実現しなかったので御座います。
天にまします我らの父よ―我らを試みに遭わせず、悪より救い出したまえ。
かつて遠き北の地にて、共に戦った友が唱えた聖書の一節を、断片的に思い出しておりました。
鋼鉄の機械たる私にも、もしも神がおわすのなら。
かつては人を殺めもした、兵器たる私にも、その御慈悲をお与え下さるなら。
その御慈悲はどうか私では無く、彼女達にお恵み下さい。
苦難の淵に立つ乙女達を、どうか前途ある未来にお導き下さい。
それが叶った後であるならば、再び鉄屑となり、この魂が煉獄に落とされようとも、構いませんから。
そして、祈りを許された暇は終わり、遂に試合開始の招集アナウンスが、会場全域に告げられました。
強豪・黒森峰、まさかこれ程とは!
互いの試合開始地点を結ぶ直線状に広大な森林地帯を挟み、接敵までの時間を鑑みて最初の
作戦決行地点を目指していた私達は、突如始まった予想外の砲撃に晒され、混乱の中に有りました。
地形に依る阻害と、重戦車特有の機動力の不備を圧倒的練度で捩じ伏せた黒森峰は、
森林地帯の木々の隙間を縫い、最短距離で私達への接敵を果たしたので御座います。
後方にて突如、新体操をするアリクイのマーキングを施された、灰緑色の車体が急後退。
その姿は、決勝戦を前に大洗戦車道チームに合流を果たした、三式中戦車。
直後、炸裂音を響かせ被弾したその車体が、錐揉み回転をしながら吹き飛び、白旗が上がります。
その砲撃の源は、森を抜けてすぐにその巨砲をフラッグ車W号へと向けていた、黒森峰のティーガーU。
何と言う事でしょう!敵の砲撃がW号を狙っていた事をいち早く察知していた三式は、
その身を挺して、凶弾から要のフラッグ車を守り抜いたので御座います!
…しかし、被弾の瞬間、(…なんで!?)と叫ぶ声が聞こえた気がしますが、何だったのでしょう?
三式が稼いでくれた僅かな隙を無駄にせず、体勢を立て直した私達。
私は当初の予定通り別動作戦の為に車列から離れると、主力部隊は全車でスモークを展開し、
黒森峰の追撃を引き離します。
その後の作戦の手筈では、再度スモークを展開しつつ、自重と足回りの弱さで登攀力の低い
ポルシェティーガーを三輌掛けで牽引、敵の想定より早期に丘陵陣地を構築する計画。
B1bisは今頃(何で私がこんな事を…)と一人ごちりながら煙幕を展開している頃でしょう。
彼は風紀委員の皆様と同じく、生真面目な性分で御座いますから。
迂回ルートを経由して森に潜んでいた私の役目は、ヘッツァーの本来の領分。
待ち伏せ射撃を敢行、敵車列の足を可能な限り遅らせる、言わば足止め役。
以前の主砲に比べ、火力に限れば比べるべくも無く向上した75o砲の威力、初披露の時で御座います。
にひひ、と不敵な笑みを浮かべる角谷殿の狙いが、照準にヤークトパンターを捉え。
砲撃、着弾。
左側面の転輪を砕き、走行停止。
続くパンターが此方に砲塔を向ける前に、再び砲撃、着弾。履帯破壊。
此方の砲撃に気を取られた黒森峰車列が一旦進撃を停止し、左翼側車輌が此方へ砲を向けてきますが、
引き際は潔く、私は森の奥深くへ姿を隠します。
狙いはあくまで、本隊の陣地構築までの足止め。
「会長、西住から準備完了との通信が」
「思ったより早かったねぇ、そんじゃ次の出番まで待機なー」
籠城戦の準備が完了すれば、もはや深追いする必要は御座いません。
皆様どうか、暫しの御武運を。
そう祈願すると、間も無く遠方の丘陵地から複数の砲撃音。
地形を生かし、射点の高い場所から迎え撃てば、例え重戦車でも上面装甲を狙い十分に撃破を狙える。
丘陵地からの砲撃音は続き、やがて黒森峰の車輌の幾らかかからも黒煙が上ります。
籠城戦の目的は、優位な地形を確保し、迎撃体勢を以って敵の頭数を減らす為。
ここで戦力の有意差を出来るだけ多く減らす事が出来れば良いのですが、そこはやはり黒森峰。
車列が次第に陣形を変え、遠目にも色合いの違うと分かる車輌、重装甲のヤークトティーガーを初め、
重戦車勢を前衛にすると、大洗車輌の砲撃を事も無げに前面装甲で受け流し、陣地へと迫ります。
「こっちがあそこを要塞にすると見越してたようだねー、まぁ当然か」
その様子を、車外へと乗り出し双眼鏡で観測していた角谷殿。
車内へ戻ると無線機を手に取り、本隊の西住殿へ繋げます。
「西住ちゃん、例のアレやるー?」
「はい!おちょくり作戦、始めてください!」
丁度、籠城戦に見切りを付けようとしていた西住殿に応え、敵陣の攪乱を決行。
「おちょくり開始ぃ!」
角谷殿の合図と共に、全速前進。
行き掛けの駄賃で、修復が完了して原隊復帰に向かっていた先程のヤークトパンターの履帯を
再度吹き飛ばすと、そのまま黒森峰の包囲陣に飛び込み、至近距離での挑発行動を開始。
まずはパンターとエレファントの車列の隙間に横付け。
動揺した両車を尻目に、そのまま車列の間を縫って蛇行運転を繰り返し挑発。
黒森峰の車輌も、その搭乗員も慌てている様子で、同士討ちを恐れて此方に狙いを定められません。
車列から少し離れていたラングが此方を狙おうと側面を大洗本隊側に晒した隙を逃さず、
V突が撃破。燻し銀の如く確実な仕事には相変わらず惚れ惚れ致します。
前進を開始した大洗本隊の威嚇射撃に、黒森峰陣営の混乱は更に加速。
もはや隊列も陣形も体を成しておらず、大洗本隊から見て右側、左翼包囲網に綻びが生じます。
その隙を逃さず、一斉に黒森峰左翼へと吶喊を開始する大洗本隊。
その先頭へと名乗りを上げたのはあの、かつては偏屈者だった、ポルシェティーガー。
淡灰色の前面装甲を黒森峰の砲火に晒しながら、物ともせずに斜面を下り降りる重装甲の車体。
彼は今までの人生に於ける正真正銘の初陣にして、仲間全員の命を預かる重要な役割を与えられ、
かつて見せた事の無い程、晴れやかな様相を見せておりました。
後ろに続く仲間達を引き連れ、自らを盾に突進する姿を、これ程頼もしいと感じた事は有りません。
碌に照準も定められない黒森峰車輌群をすり抜け、すれ違い様に三度B1bisが煙幕を展開すると、
大洗本隊は見事丘陵陣地からの脱出に成功したので御座いました。
煙幕に乗じて再度森の中に逃げ込み、大洗本隊と同じく黒森峰包囲網からの離脱に成功した私。
傍から見ればギリギリの綱渡りに等しい状況で死線を切り抜けた筈の私は、
何故か不思議と高揚感に包まれておりました。
ほんの数か月前に戦車道を復活させたばかりの、殆どが戦車道素人の生徒揃いの、無名の学校が。
砲火力も装甲も劣る車輌ばかりで構成され、そもそも車輌数すら満足に揃っていない戦車チームが。
そして何より、かつては重戦車相手に怯えるばかりだった、この私が。
高校戦車道の体現者と呼んでも差し支えの無いあの黒森峰を相手にして、有ろう事か翻弄している!
何と痛快で、なんと気分が良い事で御座いましょうか。
兵器の存在意義とは、与えられた目的を果たし、自軍の勝利に貢献する事。
で、あるならば。今の私は正に、この上無い程の本懐で御座います。
大洗女子学園・戦車道チームの下で戦えたからこそ、そしてカメさんチームの一員として、
小山殿と、河嶋殿と、角谷殿と戦えたからこそ、この喜びを味わう事が出来る。
そして、これ程の歓喜に満ちた大洗での戦車道を、この大会限りで終わりになど、したくは有りません。
戦いはまだまだこれから。市街地区画に戦場を移し、作戦は第二段階へと移行して行きます。
(後編へ続く)
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ヘッツァーに改装されてからはますます活躍シーン満載ですなぁ | ||
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