曲がった剣 |
ルース・マーシィは、今の自分の状況に絶望とも言うべきものを感じ始めていた。
彼は傭兵である。代々続く傭兵の家に生まれた。代々続く……と言っても、職業柄由緒も格式もない。
「何処かの国に仕えないのか」
その様な具合のことを十代のある時に祖父に問うと――形式上家のトップだったし、何よりルースは彼によく懐いていた――、
「昔はどこぞの領主に仕えるよりは、傭兵として武力の欲しいところに武力を提供する方がよかった。そういう時代だったからそれほど恨まれも嫌われもしなかった。ま、花形だった。単なる兵士よりは実入りも地位もよかったのさ。
しかし今は仕えようにも仕えられん。どこも戦争なんてしてないのに、新しい"力"を求めるものなんて居ない」
というようなことを話してくれた。
――つまりは、見事彼の家は時流に乗り遅れた。というわけである。
もちろん、祖父はそんな事を言わなかったし、そもそも立場上言えやしないが、ルースはそう判断し、再度その話題を口にすることは無かった。
そして他にやりようもないので傭兵となり、今に至る。
幼い頃から仕込まれたおかげで技術や体力は問題なかったし、年齢に不似合いとも言えるほどドライな判断を下したように、頭のキレも悪くなかった。
しかし、それゆえに、仕事のやりようを覚え、安定した雇い口を見つけ、何でも屋のようなことをして生計が立ち始めて一息ついた今、改めてわが身の事を鑑みて絶望とも言うべきものを心の奥に見つけてしまったのだった。
このままでいいのか? と。
「傭兵さん、準備が出来ましたよ」
あぁ、はい。と返事をして、いつの間にか周りの光も音も遮断するほど深く沈んだ物思いから現実に帰る。絶望したからと言って、折角掴んだ働き口を蹴るほど彼は愚かではない。
「えっと、いつも通り、ステイシオまでです」
お決まりとなったプランを雇い主が告げた。
ステイシオ――この地域一番の交易都市であり、商業都市であり、大都市である。そこに向かう荷馬車の護衛と言うのが本日の仕事だ。
「じゃあ、いつも通り」返答するルースも、互いに知ったる……と詳しい仕事内容等を話さず繰り返した。
もう待機してますね。と馬車へ向かおうとすると、
「あれ……今日は重装備ですねぇ」と雇い主が指摘する。幅広の刃を持った片手剣を腰に佩き、それを切り詰めたような長さのミドルソードを反対側の腰に二本吊るしている。
おまけに手斧と鍋蓋のような盾――バックラーと言う――を腰の後ろにくくりつけ、それこそステイシオでこんな格好でうろついていれば衛兵にマークされるレベルである。
「ああ、この辺りではないんだけど、最近魔物が増えてるらしいんです。"上"から通達が来たので」
だから用心にね。と、それらをガチャリと鳴らして見せた。
「なにかあるんですかねぇ?」
「いやいや、いつもの定期的なものでしょう」
と言いつつも、"いつもの"という通達は契約を繋ぐための半分ブラフの様なものなため、本当に増加したらしいという今回は少し緊張していた。
「値を吊り上げたりはしないから安心して下さい」
それを隠すように、明るく言い放つ。一月に何度かある定期的な仕事のために、もはや顔見知りとなった雇い主――馬車を手足の様に操る御者の少女に向けて。
さて、その仕事の内容と言う荷馬車の護衛は、この時代スタンダードな傭兵の仕事である。
生活圏を結ぶ街道の途中、モンスターや物取り、大型の獣でさえ商人の者達には脅威となる。
しかし、食い詰めて自分の武力を安売りし始めた傭兵にとっては、存外美味しい仕事だった。よく考えてみれば、去る時は国と国の闘いで主力となった彼らにとって、獣はもとより、貧弱な脳と能しか持たない魔物や野盗など、まともに当たれば物の数ではない。
あるときは雇い主をそれらから守る盾となり、あるときはそれらを排除する剣となる小さな小さな兵団。それこそが彼の任務であった。
「はいはいはいはい! マーシーさん。じゃあ乗りましょうか」
正しくはルースだけでなく、「彼らの」任務である。
「マーシィだって言ってんだろ。そこを伸ばすと間抜けになるんだよ」
陰から出てきた後輩のドラコにルースは釘を刺した。
「へいへい」とそばかす面で不機嫌に返事をするドラコは、御者の少女に思いを寄せているらしい。親しげに話すルースが疎ましく思えるらしい。
「あの子は殆ど妹か身内みたいなモンなんだよ。妬くな。そもそも悲しい想いをするのはお前だぞ?」
ルースは小声でそう忠告すると、
「別にそんなんじゃないっすよ」ドラコは不機嫌に顔を逸らした。
ルースはふうと呆れたため息を吐き、馬車の荷台の中へもぐりこんだ。
――目的地までの半分ほどまでは速度を重視して、護衛の二人も馬車の中で待機すると言う算段である。
「では、出発しますねぇ」
先の二人のやり取りなど知らない少女は、そう言って馬に鞭を入れ、ゆっくりと動き出した馬車は、村の特産品と二人の男、そして一人の少女を乗せていった。
雇い主の少女、ファニ・ライデは少女である。年はドラコと同い年か一つ下ほどで、ルースが始めてこの仕事を請けたときは何かの間違いかと疑ったほどであった。
もちろん、彼女の父親が大元の雇い主であって、彼女は形式上の雇い主というだけである。しかし、道端で遊んでいる子供らに混ざっても可笑しくないほどの幼さで御者に選ばれたのは、村の産物の交易を任されるその父のせいではなかった。
いや、むしろ彼女の父の思いとしては、彼女が村を離れるような仕事をしている方が望まぬことであろう。
村には彼女より速く馬を走らせる者もいるし、曲乗りのようなことを出来る者もいる。しかし、彼女の村で皆に問えば、彼女ほど馬と心を通わし、上手く扱うものはいないと答える。
なぜならば、馬にかける負担を最低限に抑えながらも、決して仕事を遅らせはしないと確信させ、安心して仕事を任せられると皆が納得する乗り手は、彼女しか居ないのだ。
「そろそろ休憩しましょうか」
今日の馬の調子を考慮した上で、その彼女が休憩を取ろうと言ったのは太陽が真南に差し掛かる手前だった。
ルースは久しぶりに出したらしいミドルソードに錆止めの油を塗り、ドラコは弓の弦の張り具合や矢の羽の調子を見ているところにファニが声をかける。
「外で食べましょうよ」というファニの提案で三人は木陰に腰を下ろし、各々の食事に手をつけた。
「いい天気ですねぇ」
ファニが手製のサンドイッチを口に運びながら、枝葉の間から空を見上げて誰に向けるともなくそう呟いた。
柔らかそうな雲が一つ二つ空に浮かび、馬車を引いていた馬は綱から放され、草を食んでいる。
「の、のどかですね」
ぎこちない様子でそう喋るのはドラコである。
何気なく先に腰を下ろした彼の隣に、ファニは座ってきたのだ。
「青いヤツ……」ルースはそう呟き、ドラコの顔は僅かに赤らんでいる。
「空とか凄く綺麗……綺麗……」
それより君がきれいだよとでも言う気か?
どこかひねくれている様なおっさん染みている様な事を心の中で言い、しまいにはルースの方が気恥ずかしくなって、視界から外した。
「あ、あの、そのサンドイッチ、ファニさんが?」
「ええ、そうですよぉ。食べますか?」
詰まり気味に尋ねるドラコの様子を可笑しげに微笑みながらファニは返す。
予想外の出来事に「い、いいんですか……!」とドラコは飛びつかんばかりの勢いでそう言うと、ファニは「どうぞぉ、ちょっと作りすぎましたし」籠ごと差し出してそう言った。
それにしても沢山食べるんですね、あれじゃ足りなさそうでしたもんね。と、ニコニコとファニはドラコを眺める。
「……お、美味しいです!」
眺められている事に気付いた彼はそう言い、「それはよかった」とファニは頷くが、「ドラコさんの方が年上なんですから、そんなにあらたまらないでくださいよぉ」と言っているところからして、なんとなくドラコががちがちな理由はわかっていないようだ。
「見てられん……」
声に引かれて気付かずにまた見ていたことを隠すように、ルースはそう言って身体ごと向きを変えて自分の食事の残りを口に運んだ。
青い空と青い少年と少女。そしてそれに反発する青年が一人。青草を食べる馬は一声いななき、和やかな昼の一風景は過ぎていった。
計画していた通り、昼の休憩の後は護衛の二人は徒歩で行き、それぞれ馬車の前と後ろに付く形となった。
きっちりと計りはしないが、大体半刻程の間隔で二人は交代することとなっている。後ろも含めて回りを警戒するのは予想以上に難しいことなのだ。
「へえ、もうイム語も読めるんですか!」
現在ドラコが前、ルースが後ろという分担である。
「ええ、隣の国の言葉ですし、思ったほど難しくは無いんですよ」
現在の話題は書物に関してのことらしい。簡便な印刷法が数年前旅の商人からもたらされ、同時に沸き立った出版ブームは、彼女の村でも影響を受けたとみえる。
「俺は王国語もいい加減だからなぁ……」
魔物が増加したという通達なども今や口頭ではなく書面で伝えられるため、彼らも恩恵の一部を享受しているのだ。
そうして喋っていると、見かねてルースが注意の声を発した。
「ドラコ、いい加減気を引き締めろ」
いきなりの声にビクリと反応し、ドラコは謝ってきちんと前を向いた。
続けてルースは「ファニさんも、もう危険地帯に入っていることを自覚してください」と御者席のファニにも注意する。ルースはまた後ろに下がり、当のファニは少しシュンとして俯いてしまった。
その様子を見てドラコは「ルースさんはファニさんの事を考えてですから、あまり落ち込まないで下さい」と心配げな様子でフォローする。
「……護衛中なのに、すみませんでした」すまなさそうに少年は続けた。自分が注意されたときは驚きが強かったが、へこんだ少女の様子を見て影響されたらしい。
沈んだ空気が三人の間に漂い、暫くしてポジションを交代する頃合となった。
「ほんと、すみません。ファニさんは許してあげてくれませんか」
「……これからは気を付けろよ。
俺も強く言いすぎてしまったから、気をつける」
出発前のようなやりとりもする二人だが、それぞれ締める所は締めると言う事らしい。
すれ違いながら手短に会話をして、ルースは御者席の少女の前に、そして傭兵の少年は後ろに付いた。
その時である。
待ち伏せていたように……いや、正確に分析すれば傭兵二人が交代したところを狙って、野盗らしきオークの集団が馬車に襲い掛かってきた。
「て、敵襲!」
「んなもん分かっている!」
少し裏返った声で既定の言葉を叫ぶドラコに、ルースは叫び返した。
「そんなぁ」と言うドラコを無視して、ルースは抜刀する。
右手にブロードソード、左手にミドルソードという格好である。攻防一体に左手の剣を扱えるスタイルで、ルースの得意とするところだ。
「ウグォー!」
オークがくぐもった唸り声を上げる。
魔物の中でも特に人と似たシルエットをしていて人と同じ武器や道具を使える彼らだが、粘土を適当にこねたような顔立ちをしているためか、発声器官は筋肉などで圧し潰され、人語とは似ても似つかぬ言語体系をしているのだ。
恐らく、何か意味ある事を叫んでいるのだろう。母音の中には歯を軋らせて出す音もあり、人語に直すと意外に饒舌な種族だという。
「ファニさん、目をつぶれ!」
そんなことは関係なく、ルースは叫んだ。
ルースは魔物と戦った経験は何度もあるが、ファニの護衛で出くわしたことは今まで無かった。有るとすれば馬車道に迷い出てきた獣を追い払う程度で……つまりはそれほど安全な道だった。と言う事である。
勢い込んで躍りかかって来たオークの首を一刀ではね、物言わぬ骸とさせ、次の言葉を吐き出した。
「それから、急げ! 後で合流しよう」
少女には、血肉が弾け飛ぶ闘いのシーンは見せられない。語気荒く紡いだ二つの言葉は、そう考えてのことだ。
「ドラコも車に乗れ。弓なら追ってくる奴らを足止めできる」
間髪を入れず、ドラコにもそう指示した。急いでいる性質上、理由である後半の部分は殆ど聞き取り不能なものである。
「……ルースさんは?」
しかしその言葉を解釈する前にドラコは既に馬車に乗り、一瞬後にそう返した。逃げ腰なわけではなく、ルースを信頼している証であろう。
そのときファニが馬に鞭を入れ、グンとスピードが上がって二人の傭兵の距離は一気に延びた。
「ここで食い止める!」
だから心配するな。なのか、早く行け。なのか。
ドラコにはその言葉に含まれる真意は汲めなかったが、それを問いただせぬままルースの姿は遠く離れていった。
しばらく目を瞑っていたはずだと言うのにファニの路面把握能力は凄まじく、驚くほどの速さで馬車は遠ざかっていった。それまで追走するように小走りしていたルースは足を止め、振り返ってオークの集団に相対する。
「害意在るなら斬るッ!」
一息溜められて放ったその大音声は、額面どおりの意味ではなく、威圧して足を止めさせる事を狙ったものである。彼に構わず馬車を追う者は何人かいたが、正面にいるオーク達は狙い通り、皆怯んで足が止まる。
じりりと扇状にルースを囲むように動いた醜悪な亜人たちは一瞬目配せ――らしきもの――をして、目の前にただ一人で立ち塞がる者に一斉に襲い掛かった。
しかし、残念ながらそれはルースに予測され、計算された動きであった。
勢い付いたオークを蹴りつけ、突進する向きを無理矢理逸らして他のオークに突っ込ませた。仲間を巻き込んで転び、一気に正対するオークは半分になる。
そもそも多勢に無勢であるし、まともに相手をして全員を斬っていては、剣がへし折れてしまう。
かといって、無茶苦茶なやり方だ。
そのまま彼は素早く数歩バックステップし、狙いが外れて一瞬止まったオークらの虚を衝く形でルースの方が爆発的に突進した。
剣を前に突き出して、間合いの掴み辛い突きが一体のオークの喉を突き破る。
ごぼり
その孔から空気とどす黒い血液が一緒に漏れ出し、湿った音がやけに大きく彼の耳に響いた。
既に絶命している仲間を蹴り寄越され、一気にオーク達はペースを乱され、怯む。粗暴で力は強いが、基本的には小心な種族なのだ。
死体を寄越されたオークに向かって再度踏み込み、闘いは乱戦の様相を呈しはじめた。
引き絞り、放つ。
疾走する馬車上から、ドラコは懸命に矢を射ていた。
あまり速く走ったからといって、途中で力尽きれば道は一本なのだから追いつかれてしまう。ルースから離れたときに比べれば、ファニとドラコを乗せた馬車は大分スピードダウンをしていた。
「……っシっ!」
鋭く息を放ち、オークを狙い打つ。が、なかなか致命打には至らず、追手の数は減っていなかった。
少し、引き絞る腕がきつくなってくる。
鍛錬不足か経験不足か、その両方か。
心の中で歯噛みしつつ、次の矢を番え、撃つ。当たれとも念じずに、自分への怒りと悔しさとで無心で射たその矢は、見事に追い縋るオークの頭を打ち抜き、やっと星が一つ点いた。
(やった……!)
無駄な力が抜けて、狙ったものへ狙った通り、素直に当たったのだ。
一度命中したことでコツと自信を掴み、次の射撃も上手く当たった。そのオークは目玉を打ち抜かれ、激痛に足をもつれさせて倒れた。
「ドラコさん! 前に!」
そのとき、連続して得た功を喜ぶ間もなくファニが上ずった声で叫んだ。そのただならぬ様子に少年は驚き、揺れる荷台の上をよろめきつつ急ぐと、彼の目にも前方から襲い掛かるオークが確認できた。
(怖い、怖い、怖い、怖い)
少女は改めて見る醜悪な面構えに怯え、心のうちでそう呟いていた。
「当たれ!」
ドラコは御者席の背に足をかけて体勢を固定すると、すぐさま矢を放った。強く念じ、現実に叫びながら。
先の例からすれば、まったく逆の行動である。しかしそれは、ほんの数分の以前に獲得した自信と、少女を守りたいと想いという意思が混ざり合い、ほとばしった結果であった。
ドラコの指から開放された矢は風の様に飛び、吸い込まれるようにオークの喉を貫く。
脳と身体の通信が一瞬で断ち切られ、走る勢いのままそれは倒れた。
――脅威を一撃のもとに打ち払った彼の姿は、少女にどう写っただろうか。
――少なくとも彼の叫びは少女の恐怖をかき消し、不安を霧散させ、
「追撃してくる奴らを撃退してきます」
もう一体いたオークがドラコの矢の餌食となった事にも気付かず、そう呼びかけられるまでファニはドラコを見つめていた。
「そして……ルースさんを助けに行きましょう!」
「……はい」
ファニは――いや、ファニも――ドラコに特別な気持ちを抱き始めた事を自覚し始めていた。
時間は少し遡り、ルースは乱戦のさなかで一体の放った強力な縦切りを受け止めていた。ミドルソードは直し、両手で一本の剣を支えている。
二十体近い数で馬車に追いすがられれば、きっと守りきれない。分断して倒さなければ、いつか追いつかれて餌食となる。
ルースの読みは正しく、恐らく二人とも馬車で逃げていれば、後ろから追うオークに気を取られている隙に前に伏せられていた二体が馬の足を止め、一気に無力化された後に略奪、或いは暴力が振るわれていた事だろう。
――といっても、その二体はファニに看破されてしまう程度の者だったわけだが。
単純に力比べをしていては埒があかないので、力を逸らしてバランスを崩す。が、そこは敵も学習しており、素早く立て直して次の一手を入れる隙まではなかった。
少しこちらに残しすぎたか。
そう彼は自問するが、ドラコにあれ以上押し付けるのは酷な気もしてその考えを打ち消した。
囲まれてはまずいので再度敵と距離をとり、睨みあう。
……と見せかけて、腰の後ろに提げてあった手斧を素早く振りかぶり、集団に向けて投げた。
ごつりと肩に刃が食い込んだ打撃音が響き、そこを押さえてうずくまる。今の攻撃で戦闘不能にできなかったのは痛いが、贅沢は言っていられない。
ルースは決死の覚悟で集団に躍りこみ、改めて袈裟切りに斬り付けてとどめをさした。そして左手でミドルソードを抜き、鞘走りを利用して違うオークに斬りつける。低いながらも出っ張った鼻を真っ二つにし、逆手にミドルソードが構えられた。
持ち直している暇はない。振り上げたその剣をそのまま振り下ろし、肩の付け根、首の根元に突き刺した。そのまま倒れてのた打ち回ったために、深々と刺さっていたミドルソードはそのまま奪われてしまう。
しかし、こういうことも想定して今日は二本用意しているのだ。好機と振り下ろされた棍棒をひらりと避け、今度はちゃんとした持ち方で剣を構えた。
現在健在な者は六体。正直怖くないわけがない。しかしそうも言っていられないのだ。
突っ込んでくる直線上に置く感じでミドルソードを向け、差し出すような無造作な動きで先頭のオークの胸の真ん中を貫いた。手ごたえに応じて素早く引き抜き、栓を抜かれた傷口から血が吹き出す。
残り五。
その瀕死のオークを陰にして突っ込んでくるものが有った。彼らの持つ武器といえば強奪品で手入れのされていない物が常であるのに、そいつは随分新しい片刃の刀を持っている。
戦場に出ているわけでもないし、早足で馬車についていく必要があるため、ルースもドラコも防具は貧弱だ。恐らくその真新しい刀で斬られればただでは済むまい。
今までまともに攻撃を食らっていないとはいえ、用心はするに越したことはない。こちらもオークの身体の陰に紛らせて足を引きつけ、渾身の力で以って刀を握りこんでいた腕の尺骨の辺を蹴り上げた。中段に構えていた刀を取り落とし、すんでのところで足に落ちかけるが、なんとかルースは当たらずにすむ。相手はあわててそれを拾おうとかがむが、ルースは蹴り足を前に踏み込む勢いを活かして、逆側の膝をいい位置に下がった頭に突き入れた。
ごきりと首の筋でも違えたような音がして、そのまま昏倒する。
残り四。いよいよ最初の半分にまで数が減っていた。
しかしそのとき、ある一体のオークが刺さったままだった手斧を引き抜き、ルースへ投げつけた。
防ごうと慌てて右手の剣を構える。冷静に対処すれば弾けたかもしれないが、結果としてまともに受けてしまった。なんとか当たりはしなかったものの、その代わりに今度はルースが剣を取り落としてしまった。
最大の武器であるブロードソードである。
さすがにまだ残っている者たちと言う事なのか、それをチャンスと一瞬で見極め、一気に距離を詰めてきた。
しかも、上手く武器に近づけさせないような方向に下がらざるを得ない様に。
じりじりとにじり寄られながらもなんとかミドルソードを右手に、そして未だ腰の後ろに吊り下げていた盾を左手に構えたが、リーチが一気に短くなる。あろうことか取り落とした剣をさっき手斧を投げたオークが拾って、憎憎しく、下卑た笑みを浮かべて構えていた。今の装備で四体を相手にするとなると、覚悟しなければなるまい。
そう腹を決めたとき、一筋の矢がオークの眉間に突き刺さった。
「ルースさーん! 迎えに来ましたぁ!」
馬を疾駆させて帰ってきたファニがそう叫び、ドラコも言葉代わりにもう一本矢を放った。
狙ったかどうか分からないが、ルースから剣を奪ったオークの腕に深々と突き刺さり、再度剣は地面に落ちる。
それをもって完全な不利を悟った残りの三体は、一目散に逃げていった。
「大丈夫ですか?」
ルースとドラコが、ファニに心配げに尋ねていた。
大分ステイシオまで近付き、異常事態の緊張が解けた途端に、さっきことを思い出したファニは一気に気分を悪くしてしまったのだ。
「すみません……」
「いや、しようがないですよ」
そういうドラコも、大分辛そうではある。
なんとか馬車を進め、広い草原の辺りで良くなるまで休むことにした。
(このままでいいかもしれない)
いつの間に仲良くなったのか……予想はつくが……木陰で寄り添って休んでいる二人を眺めながら、ルースは考える。
闘いの興奮の中で強く確信したのは、依頼主のために働くことに不満はないということだった。
形あるものとして受け取る報酬は、命を懸けるには安いかもしれないが、自らの力で人を守ることは、それを補って余りあるものに感じられた。
戦いと血に飢えた自分を正当化しているだけだろうか?
そういう淀んだ疑問も、素直に「それでもいい」と今や思えた。
一歩間違えれば、あのオークたちの手合いに彼はなっていたのかもしれないのだ。
暴力しか行使できぬ故に、暴力で禄を食む。
それならば、偽善でも人を守る方に回りたい。
そう考えて、曲がった剣を掲げ、空を見上げた。
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異世界ファンタジー 傭兵である青年は悩んでいた。 |
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感想有難うございます。仰るとおり文体が今ひとつ足りないので要改善ですねぇ。がんばってみますです。(6D) | ||
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