恋姫外史医伝・華陀と一刀 五斗米道の光と影 第20話 |
一刀は華琳の部屋へとやってきていた。
「来たわね」
「ああ。話というのは?」
「貴方の過去について聞きたいの。五斗米道を破門された、その理由について」
「・・・・・・調べたのか?」
「桂花が無許可でね。意地でも貴方を追い出す口実を見つけたかったんでしょうね」
「なるほどな。で?聞いたら俺を追い出すのか?」
「まさか。貴方を追い出して私にどれほどの得があるというの?ただ気になったから聞きたいだけよ」
「・・・・・・秘密にしてくれるか」
「口の堅さには自信があるわ」
「・・・・・・信じよう。さて、どこから話したものか・・・・・・」
話は一刀がこの外史にやってきた時に遡る。
この外史にやってきた直後、華陀に助けられたはいいものの、行くあても頼るものも無くほとほと困り果てていた一刀は、華陀が修行を行っていた五斗米道の本拠地で、生活させてもらうかわりに雑用などを手伝う事となった。
そうして生活しているうちに五斗米道の不思議な医術に魅せられていった一刀は、ある日、自分もここで修行させて欲しいと頼み込む。
最初は断わられたものの、一刀は諦めずに頼み込み続け、何かと気にかけてくれていた華陀の口添えもあり、何とか修行させてもらえる事となった。
修行は生半可なものではなく、耐えられなかった先輩の医師候補が次々と去って行く中、友であり追い抜きたい人間でもある華陀の存在もあって一刀はふんばった。
そして絶え間ない努力の結果、気を使った治療の技術こそ華陀に劣るものの、外科医術においては華陀をしのぐ技量を持つほどになり、華陀と共に若手の期待の星と呼ばれるようになっていた。
その後も一刀は華陀と共に修行を続け、あと二ヶ月ほどで五斗米道継承者への最終試験が行われる事となっていた矢先、五斗米道本部に初老の男が運び込まれてきた。
主な症状は高熱と、全身への激痛。
患者の血液を採取して調べた結果、新種の細菌が原因だという事が分かった。
新種の細菌には今使っているどの薬も効果を為さず、事態を重く見た五斗米道の上層部は気を使った治療で病原菌を死滅、あるいは弱体化させようと試みた。
・・・・・・だが、その病魔には気の治療すら通じる事は無かった。
逆に送り込んだ気を糧として活性化し、症状を悪化させてしまう世にも恐ろしい病魔だったのだ。
もはや医師たちに今の時点で打つ手は無く、ただただ細菌を研究し、治療法を探し当てるしかなかった。
不幸中の幸いと言うべきか、細菌は厄介極まりなかったが、弱点として感染力自体は弱いという事だけは判明しており、他に感染者が出る事は無かった。
しかし短期間で判明したのはそれだけ。
患者は日を負うごとに衰弱していき、ある日意識を失う。
それから患者が意識を取り戻す事は無く、完全に植物人間と化していた。
医師たちの誰もがもう患者が意識を取り戻す事は無いだろうと分かっていただろう。
患者が口を利くことができれば死を望んだかもしれない。
だが、五斗米道にはいかなる理由があろうとも患者を故意に死なせる事は許されないという掟があったのだ。
更に患者にとって不幸だったのは、侵された病魔が現在治療法の見つかっていない新種だったこと。
それゆえに、五斗米道の幹部の一部から患者が生きているうちに、体内から菌を死滅させる可能性のある試験的な治療法を試していこうと言うものが現れた。
その方法の中には激しい副作用が予想されるものも含まれており、当然人道的見地から見て、患者の了承を得ずそのような治療を行う事など許されないと批判の声はあがった。
だが、また同じ病魔に侵された患者が現れた時、同じようになるまで黙って見ているのかと意見を出した幹部は言った。
その言葉に幹部一同は口を閉ざす。
結局論議の末その意見は通り、みな胸を痛めながらも意識の無い患者に対し様々な治療法を試していく。
そして、患者の扱いは延命をしつつ、難病の研究をする為のモルモットのような扱いへと変わっていった・・・・・・
深夜、常に一人の医師が常駐している患者の部屋に一刀がやってきた。
「北郷?何か用か?」
椅子に座って患者についていた医師は立ち上がり、一刀に歩み寄る。
「夜食を持ってきました」
一刀の左手には中華粥の入った器が握られていた。
「おお、すまんな」
「いえ。では私はこれで失礼します」
扉越しに粥を手渡し、去って行く一刀。
医師は席に戻ると、粥を口に運び始めた。
・・・・・・しばらくして、再び一刀は患者の部屋を訪れていた。
「ZZZ・・・・・・」
常駐していた医師は腕組みしながら寝息をたてている。
近くの机には空になった粥の容器が。
一刀は粥に遅効性の眠り薬を仕込んでいたのである。
「・・・・・・」
一刀は無言で患者のそばまでやってきた。
衰弱しきった患者を悲しげな瞳で見つめる一刀。
「・・・・・・すまない。治してやれなくて」
そう言うと、一刀は鍼を取り出し、患者の身体に突き立てた。
患者の呼吸は次第にゆっくりとなっていき、そして止まった。
それを見届けた一刀は、患者の遺体に手を合わせ、静かにその場を立ち去ったのだった・・・・・・
その後、一刀は華陀の部屋へとやってきた。
「・・・・・・華陀」
「ん・・・・・・一刀か?どうした?」
目を擦り、起き上がる華陀。
「お前にだけは、ちゃんと話しておこうと思ってな」
「・・・・・・聞こうか」
一刀のただならぬ様子を察し、華陀は頬を叩いて目を覚まし、姿勢を正す。
「俺は・・・・・・ここを出て行く」
「なっ!どういうことだ!?」
「声がでかい」
「あ、ああ・・・・・・しかし何故だ?あと少しで正式な医師になれるというのに。そのためにここまで頑張ってきたんじゃあないのか?」
「そうだな。だが、俺にはもうその資格が無いんだ」
「何?」
「さっき、俺は例の植物人間状態の患者を安楽死させてきた」
「!?」
驚愕の表情を浮かべる華陀。
「俺には耐えられなかった。意識を取り戻すことすら叶わず、ただただ病の研究のために生かされ続けるあの人を見ていることが。せめて、楽にしてやりたかった」
「・・・・・・」
「俺が許せないか?掟を破って患者を手にかけたこの俺が」
「・・・・・・」
華陀は答えない。
今、彼の中では様々な思いが錯綜しているのだろう。
「このままここにいたら、俺はおそらく破門されて、懲罰としてこの両手を封じられる事になるかもしれない。俺はそうなる前に旅に出ようと思う。俺は医術で人を救っていきたい。それに見つけたいんだ。自分のこの行為が正しかったのか?自分なりの答えをな」
「・・・・・・」
「許してくれとは言わないが、お前だけには全部言っておきたかったんだ」
華陀に背を向け、部屋を出ようとする一刀。
「一刀」
その背に華陀の声が掛けられた。
「俺はおまえを責められない。お前が悩み苦しんだ末の行為だと分かっているから。そして、おまえの問いに対する答えを持っていないのだからな」
「・・・・・・」
「一刀。俺もいつか旅に出るよ。俺も、お前の言う答えを探したい」
「・・・・・・そうか」
「ああ」
口元に僅かに笑みを浮かべる一刀。
「それじゃあ・・・・・・」
「またどこかで会おう」
こうして一刀は五斗米道本部から姿を消し、当てのない旅へと出たのだった・・・・・・
「これが、俺が破門された真相だ」
一刀は包み隠さず華琳に話した。
「・・・・・・そう」
華琳は一刀の目を見つめながら問いかけた。
「それで、答えは見つかったのかしら?」
「・・・・・・いいや。アンタは答えられるか?」
「答えて欲しい?」
「・・・・・・欲しくない。この答えは人に言われて納得出来るものじゃあないからな」
「そうでしょうね。さて、聞きたい事は聞いたし、もう行っていいわよ」
「ああ。それじゃあ」
華琳の部屋を出て行く一刀。
それを見届けた華琳は椅子にもたれかかり、呟いた。
「私なら是とするわ。尊厳を失ってまで生きたいとは思わないもの・・・・・・」
どうも、アキナスです。
断っておきますが、私は別に安楽死を推奨している訳ではありません。
ただ、万人に絶対が存在しないというか、本人にとっての幸福とは何なのかを考える材料として提出した話題というか・・・・・・
ああ、考えすぎて頭痛くなってきた。
次回に続きます・・・・・・
説明 | ||
一刀の過去・・・・・・ | ||
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コメント | ||
ミヅキさん:生きているという実感の問題ではないかとも思いますね(アキナス) アストラナガンXDさん:この事について一刀は最終的にどのような結論を出すのでしょうか・・・・・・(アキナス) marumoさん:それも一つの答えですね(アキナス) mokiti1976-2010さん:本当に難しいです(アキナス) 劉邦柾棟さん:患者の側から見ればそうでしょうね(アキナス) 未奈兎さん:状況次第でいくらでも答えが変わる問題ですからね・・・・・・(アキナス) 私自身は介護されるよりは安楽死の方が良いとも思いますが、管だらけになっても死にたくないとか言う人もいますね。(ミヅキ) 一刀の行いも五斗米道の医者達の行いも決して“間違った選択”ではないでしょう。 寧ろ“正しい選択”なんてものは現実には無いと私は考えています。(アストラナガンXD) 安楽死、自分は良いと思う側ですね (marumo ) 医術の進歩は多くの人間の犠牲の上に成り立っているとはいえ、現実にその場に直面している医者にとっては葛藤も多いのでしょうね。心臓が止まるまで生かし続けるのが良いのかひと思いに楽にしてやるのが良いのか…難しい問題です。(mokiti1976-2010) 「患者」を『患者』として見れなくなった時点で、医療や医者は色んな意味で終わってるよ。(劉邦柾棟) 終わりなき苦しみを耐えながらながらも生きるか、そのまま楽になるか・・・多分これからどれだけ医術が発達しても永劫人間に突き出される課題だなぁ(未奈兎) |
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