真・恋姫†無双〜司馬家の鬼才と浅学菲才な御遣いの奇録伝〜5話
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早朝、日光に照らされていた司馬懿の瞳が開く。

 

「……朝、か」

 

寝台から体を下ろし、寝衣から普段着へと着替える司馬懿。

髪はもともと短いためか、細かく調整はせずにせいぜい寝癖を直しておく。

今日が正規軍内での初仕事。

緊張感も感じなければ、ワクワクといった感情もない。

ただ、華琳の言われた通りすれば良いだけの事。

ペスト医師似の仮面は再度春蘭などにとやかく言われる事を回避するために部屋に放置する事にし、部屋の外へ踏み出した司馬懿は厨房まで足を運ぶ。

 

 

 

 

 

 

厨房の中へと入っていった司馬懿の視界に入ったのは自身より少し背が小さく、緑色の短髪をリボンで締めていた少女、流琉であった。

 

「 おはようございます、司馬懿さん!」

 

「典韋か。おはよう」

 

互いに真名はまだ交換していないので、現時点は名で挨拶しあう二人。

 

「もうすぐ司馬懿さん用の朝ごはんができますからね」

 

「うむ」

 

流琉が朝早くから厨房で司馬懿のために朝食の準備をしている理由は前日の夜に遡る。

一刀に部屋まで案内された司馬懿は荷物などの整理を終えた後、華琳の元へ向かい、自身の食事についてこう要望したのだ。

 

『食事は野菜と穀物だけにしてほしい』

 

奇抜な行動を繰り返す司馬懿のこの申し出には華琳は特に不思議に思わず、一応気になったので何故かと問うが、司馬懿曰く『肉や魚はあまり好かない』の事だった。

この要望に関して華琳は特にこれといった欠点が考えられなかったので、その申し出を受け入れた。

そして司馬懿がもう一つ所望したのが、『空いている時で構わないから朝食は典韋に任せたい』の事。

これにもれっきとした理由があり、司馬懿はできる限り信頼できる者の食事を食べたいらしく、流琉は華琳の料理批評家としても信頼されているからこそ、その料理を朝食だけでもいいから是非とも食べてみたいのだ。

この所望に華琳は特に思う事はなく、せいぜいさすがの司馬懿にも食を楽しむという気持ちはあったか、と思うぐらいだったので、今日任せられる仕事を全て終える変わりにこれも受け入れる事にした。

そして今日は運良く流琉が早朝に空いていたので、こうして朝食を作らせてもらう事になったのだ。

 

「はい、できました!」

 

元気よくそう言った流琉は野菜の詰め合わせと焼き豆腐を円卓に配置し、司馬懿も席に着いた後に早速料理を口にする。

 

「味加減はどうですか?」

 

「問題なし」

 

相変わらず感情が込められていない声で返答するが、自分が作ってくれた料理を休まずに食べているあたり、美味しく食べてくれている事は間違いないと感じた流琉は不満に思わず、笑顔を絶やさなかった。

 

「それは良かったです!華琳様から司馬懿さんの朝食を時間が空いている時に作るように言われた時は少し驚きましたけど、本当に野菜類がお好きなんですね 」

 

「単に肉と魚の味が舌に合わぬだけのこと」

 

「へぇ〜、そうなんですか。ちなみに司馬懿さんは好きな食べ物とかありますか?」

 

「野菜焼売」

 

こういった他愛ないやり取りを朝食が完食されるまで続き、食べ終えた司馬懿はすぐに職務に取り掛かるために席を外す。

 

「礼を言う。美味かった 」

 

「ありがとうございます!頑張った甲斐がありました!」

 

流琉にコクッ、と頷くと司馬懿は厨房から出て行った。

 

 

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朝食を済ませた後、華琳から早速書類仕事を引き受けた司馬懿は自室へ戻り、そのまま作業用の机へと腰掛ける。

書類の内容は特に格別なものはなく、一般的な文官達が取り掛かるようなものばかりであった。

あれほど自分を欲しがっていたのに任せられた仕事は他の文官達と同じである理由は少し気がかりだが、曹操はおそらく自分の能力を測るつもりなのだろう、と自分に言い聞かせていた。

司馬懿自身も特に苦労せずに事務仕事を成し遂げていった為、何の不満も覚えていなかった。

こうしている間に時は流れ、気づけば日は青空の真ん中に立っていた。

そろそろ昼時だと考えた司馬懿は多少の路銀を財布に入れ、部屋の外へ出る。

 

 

 

 

 

 

華琳から昼ご飯を済ませる許可をもらい、街の方へと向かう司馬懿。

道を進んで周りを見渡せば、周囲の人々の活気が感じ取れる。

これも全て華琳の政策と彼女に従う有能な将たちのおかげだろう。

歩きながら黙考していた司馬懿は歩いていた道の途中で一刀に出くわした。

 

「あ、司馬懿さん。こんなところで何してるの?」

 

「北郷一刀か。我は昼飯を食いにきた」

 

「そうなんだ。俺もそろそろ昼ご飯をしようと思っていたんだけど、よかったら一緒に食べない?」

 

一刀から食事の誘いを受ける司馬懿。

司馬懿自身は誰かと食事を共にするのは嫌ではなかったが、一刀はおそらく自分の食生活については知らないだろう。

ここで話すべきだと思った司馬懿は一刀にある要求をする。

 

「別に構わんが一つ要望がある」

 

「ん、何?」

 

「できれば野菜料理中心の飲食店にしてもらいたい。我は魚と肉は食わぬ身。この街の店に関しては貴下の方が把握しているはず」

 

この一言が一刀を少し悩ませてしまった。

 

「うーん……司馬懿さんが好きそうな野菜専門の店ならいくつか知っているけど……辛いもの好きな凪はともかく、真桜や沙和が文句言いそうなんだよなぁ……」

 

「それならば李曼成及び于文則が好むような飲食店へと貴下が連れて行くだけの話」

 

「いやいや、そういうわけには……」

 

一刀は人の意思を無視してまで、事を進めるのはあまり好まなかったが、司馬懿とはできれば仲良くやっていきたいので、引き下がろうとしなかった。

 

「では貴下の知っている店まで我を案内するだけで良い。そこで我は昼飯を済まし、再び職務に戻る予定だ」

 

「(相当ドライな人だな……まあ理不尽な暴力や暴言を吐かれるよりはマシか……)」

 

個性的な面子と常に顔合わせになっている一刀は こういう人もいると割り切るしかなく、司馬懿を自分が知っている中で一番オススメな野菜料理専門の飲食店へと案内する事にした。

 

「分かった。じゃあついてきて、案内するから」

 

「うむ」

 

道案内している途中、一刀はふと思い出し、ある事を聞き出す。

 

「以前ここが不便だと感じたら出て行くって言っていたけど、今のところどんな感じかな?」

 

「特に問題はない。 書類仕事の内容が全て一般的な文官に任せられるものばかりなのがほんのわずか気がかりだが、おそらく曹孟徳様は我の実力を測っているはず。我自身もそこまで苦労せずに職務に取り組めるので、不満点は一切ない」

 

「そうなんだ。良かったよ、 苦に思わなくて」

 

そこで一刀ある事を思い出した。

史実では曹操は司馬懿を脅してまで登用したが、最初はそこまで重用する事なく、一般的な文官がやるような事務仕事ばかりさせていたらしく、軍師としての活躍は曹丕が後を継いでからから目立つようになったのだ。

これも史実を基づいた出来事では、と一刀は頭の中で解釈する。

 

「あ、ここがさっき言った料理店だよ」

 

「感謝致す。では、これで」

 

店へたどり着いた司馬懿は案内をしてくれた一刀に謝意を申し上げた後、店内に入っていった。

一刀も自身の昼飯を済ませる為に、急いで部下達の元へ走って行った。

 

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昼飯を終え、自室で書類仕事に励んでいた司馬懿は今日任せられていた残りの案件を10刻ほどで全て片付けた後、華琳の部屋へ行って仕事を終えた事を報告しに行った。

特に驚くこともなく、華琳からは残りの時間は好きにしていいと言われ、その与えられたわずかな休暇を利用する事にした司馬懿は書庫へと足を運ぶ。

 

 

 

 

書庫の中は案の定、数え切れないほどの書物で溢れていた。

もしかしたら、自分の屋敷以上かもしれない。

そんな小さな期待を持ちながら、周りを見渡すと一つの気配に気づく。

すると、そこには司馬懿を睨んでいた桂花がいた。

 

「荀文若か」

 

「あ、あなた……こんなところに何しにきたのよ?」

 

謁見の間での出来後の影響なのか、桂花はあまり司馬懿を一刀や春蘭ほどではないが、あまり快く思っていないようだ。

 

「曹孟徳様から休暇を与えられたので、書物をいくつか借りにきた」

 

「そう」

 

しばらくの間、二人の間に沈黙が流れる。

司馬懿は主に神話や歴史関連の書物を手にし、桂花は司馬懿を時々チラっと

見ながら書庫に新しく追加された書物などを整理する作業に集中していた。

必要な書物を手にした司馬懿は書庫を出ようとするが、桂花に呼び止められる。

 

「一つ聞いていい?」

 

「答えられる範囲であれば」

 

「あなた……ここに来る前、あの変態に何かされなかった?」

 

「あの変態とは誰の事を指している?」

 

桂花が指している人物が誰なのか分からず、司馬懿は首を傾げる。

 

「あの変態と言ったらあの変態よ!名前ですら口にするのもおぞましいのに……」

 

「我は新参者の身である。ここの構成員の通称やあだ名だけでは誰の事を指しているのかなど分かるはずがない」

 

「あーもう、北郷の事よ!北郷一刀!だいたい変態と言えばあいつしかいないでしょうが!」

 

書庫に入った時からやや不機嫌だった桂花は司馬懿の対応にさらに苛立ち、ついに堪忍袋の緒が切れた。

 

「北郷一刀か。彼奴がどうかしたのか?」

 

桂花が激昂しているのが心底どうでも良かったのか、司馬懿はあくまで会話の核心に触れる。

 

「どうもこうもないわよ!あいつがアンタの屋敷に入った時、いやらしい事とか強要されたりしなかったの?」

 

一応桂花が指していた人物は分かったが、今度は本当に不可解な質問を聞き出してきた。

 

「何もされていないが?」

 

不可解と言っても質問を問う理由が理解できないのであって、内容事態は答えられるので、いつもの調子で返答する司馬懿。

 

「本当に?」

 

「何度聞こうが帰ってくる返答は同じである以上、無意味だと理解せよ」

 

桂花がここまで必死になるのが理解できなかったが、司馬懿自身も気になる点があるので、今度は逆に桂花に質問を問う。

 

「第一何故そのような事を貴下が聞く?」

 

この件については司馬懿が知っている範囲では桂花とは無関係なはず。

桂花の行動基準が謎めいているとしか思えなかった。

 

「だってあんなに華琳様のお誘いを断ってきたアンタがあの万年発情男と会っただけであっさりと入るなんて、どう考えてもおかしいじゃない!」

 

「そうか」

 

もうこれ以上のやり取りは無駄だと感じたのか、司馬懿は手にした書物と共に書庫から出ようとする。

 

「ってちょっと!話はまだ終わってないわよ!」

 

「申し訳ないが、貴重な休暇を無駄にしたくはない。失礼させてもらう」

 

そう告げた司馬懿は今度こそ書庫から出てしまう。

 

「(胡散臭い……。すごく胡散臭いわね……あの女)」

 

一人書庫の中で立ち尽くしていた桂花はますます司馬懿に対しての警戒心を強めていった。

 

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その日の夜、灯火に照らされていた司馬懿の自室の机の上で大量の竹簡が広げられ、二つの影が机の前を陣取っていた。

一人は司馬懿、もう一人は寝る直前に司馬懿に呼び出された一刀であった。

一刀は寝台で眠りに入ろうとした時、司馬懿が急に扉を開き(ノックの風習はまだ知らない)、手伝って欲しい事があると言ってきたのだ。

最初は戸惑ったが、司馬懿が手伝いの報酬として払う金額がかなり高かったので、一刀も承諾し、こうして現在に至るわけである。

 

「こんな感じでいいのか?」

 

「それで良し。続きを頼む」

 

手伝いの内容は至って簡単なことだった。

司馬懿の机に広げられていた書物の多くは古代文字で書かれていた文献や、それらに関する資料。

一刀は司馬懿に貸してもらった古代文字の読み方の表で文献の一部の文や段落を漢文へと翻訳し、それを司馬懿に見せるといった感じで手伝いをしていた。

司馬懿も同様の作業をしながら、手から離さなかった『史記』と書かれていた謎の竹簡と翻訳し終えていた文献を見て、空っぽの竹簡にメモを取るという複数作業を行っていた。

これに何の意味があるかはわからなかったが、歴史好きな一刀はこの作業にやり甲斐を覚え、徐々に司馬懿の研究している歴史と伝説に興味を示すようになっていった。

 

「なあ、なんで俺なんかを呼び出したんだ?俺なんかより桂花とかの方がより早く作業を進められると思うけど」

 

「荀文若が我の趣味の手伝いなどすると思うか?」

 

「……しないな」

 

「この状況で貴下が一番役立つと判断しただけの事。そして結果通り、とても役立っている」

 

「……ありがとな。良かったよ、司馬懿さんの役に立つ事ができて」

 

自分を高く評価してくれている事に素直に感謝する一刀。

こうして、二人の歴史研究という奇妙な関係が始まったのであった。

 

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あとがき

 

今作で出てきた『史記』という単語。

古代中国本来の意味とは違う役割を本作では持っていますが、重要な要素の一つとなっています。

なお、今話を読んだ人ならもうお判りかもしれませんが、本作の司馬懿はあるキャラクターがモデルとなっています。

それでは、これからもこの作品をお願いします。

 

説明
司馬懿の拠点イベントです。原作キャラとの交流(?)をどうぞ
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コメント
mokiti1976-2010様、実はこの二人、価値基準が意外と似ているんですよね。両者とも華琳を最優先に据えていますが、桂花が妄信的かつ感情的に優先しているのに対し、司馬懿は合理的判断に基づいての考えですので、同じように見えて違う、といった感じです。(H108)
桂花と司馬懿の価値基準が合う日など永遠に来なさそうな気がする。(mokiti1976-2010)
タグ
北郷一刀 司馬懿 真・恋姫†無双 恋姫†無双 桂花 流琉 

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