真・恋姫無双〜魏・外史伝23〜修正版〜
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第十一章〜青き龍は正義の一刃に討たれん・前編〜

 

 

 

  日はとうに沈み・・・、空は闇へと染め、星達が地上を照らす。

 

  その地上にて、赤く染まっている所があった・・・。

 

  その赤は、星達の光をかき消し、その暗く染まる闇夜さえも赤く染め上げる・・・。

 

  俺はその日、母さんのつかいで少し離れた町の方まで出かけていた。

 でもその日は、町に行く時にいつも通る道で雨に降られたせいで途中で雨宿り、町に着いた時は

 昼をとうに過ぎていた。町で母さんに頼まれた物を買い終えた時にはすでに夕刻、空と山は赤く染まっていた。

 村に帰る時にはもう日が沈んで、俺は暗い林道の中を歩く羽目になった・・・。

  「・・・あれ?」

  ふと、村の方角を見る・・・。村の方の空が赤くなっていた。夕焼け空かな・・・と思ったが、方角的に

 それは無かった。じゃあ、何だろう・・・?・・・次第に、不安な気持ちが膨らんでいった。  

  「・・・っ!!」

  不安でたまらなくなった俺は暗い林道を走り出した。その赤い空の下を目指して・・・。

  

  誰かの悲鳴が夜の澄んだ空気を切り・・・。

 

  誰かの泣き声が山々にまで届き、響く・・・。

 

  虚しくも、誰にも届くことなく・・・。

 

  次第に聞こえなくなっていく・・・。

 

  「なぁ・・・・・・っ!?!?」

  手に持っていた荷物を落とす。荷物は地面に落ちると袋から飛び出し、割れたり、土にまみれた。

  急ぎ村に着いた俺の目に映ったのは、村が・・・俺の村が・・・!!

 数刻ほど前は、あんなに平和でのどかだった村が・・・、今家々から火が上がり、火の海と化している現実を

 俺は受け止められずにいた。

  受け入れ難い現実に呆然とする俺・・・。

  「はっ・・・!父さん、母さん・・・静奈!!」

  我に返った俺は、家族が無事かどうかを確かめるために俺は燃え盛るの村の中へと行く。

 その炎の熱さに体から汗が流れ落ち、息をするたびに熱くなった空気が、俺の喉を焼く様な感覚を覚える。

  「父さーん、・・・母さーん」

  必死になって、家族の名前を叫ぶ。叫ぶたびに熱くなった空気が俺の喉を焼く。

  「静な・・・ッ!?」

  俺の目に疑いたくなるような光景が映る。

  「お、おじさん、おじさん・・・!!」

  いつも俺と静奈に良くしてくれる隣家のおじさんが道の真中に倒れていた。

 俺はおじさんの傍に駆け寄り、何度も呼びかけ、背中を揺する。でもおじさんはうんとすんともしない。

 そして背中を揺すった俺の手は血に濡れていた。よく見ると、おじさんの背中には大きな切傷があった。

  「おじさん・・・、そんなおじさん!おじさん!!一体・・・どうしっ・・・!?!?!?」

  俺はようやく気が付いた・・・。おじさんだけじゃなかった。辺りにはおじさんの様に大きな傷を負って

 倒れている村の皆の姿が至る所に見られた・・・男、女、子供関係なく。皆、俺が良く知る人達、いや

 この村で俺が知らない人なんていない!この村が・・・一つの家族を形成していたのだから・・・。

  俺は倒れている一人一人に駆け寄る・・・が、誰一人起きなかった・・・。

  「うぎゃあああっ・・・!!!」

  ドサッ!!!

  家の角から血を流しながら、倒れる人が見えた。

 そしてもう一人、家角から出てくる。

  「ん・・・?おい、こっちにまだ生きている奴がいんぞ!」

  俺の知らない人間だった・・・。この村の人間じゃない奴が血を滴り落ちる剣をその手に握っていた。

  「まだ生きて残っていやがったのか・・・。さっさと殺すぞ!!」

  また一人、この村の人間じゃない奴が出てくる。殺すって・・・、俺を?

 まさか・・・、こいつらが皆を・・・?この熱い中にいながらも、全身に寒気が走る。殺されるという恐怖が

 寒気として体を駆け巡る。

  二人の男が俺に近づいてくる。逃げなきゃ殺される・・・!逃げようと体を動かそうとするが、恐怖あまり

 腰が抜けてしまったせいで立つことができない・・・。

  「あ・・・、あああ・・・。」

  体が震えを上げる。そんな俺に構う事無く、男達が俺の前にまで来た。

  「悪いなぁ、坊主・・・。でも、俺達の顔を見ちまった以上生かしておくわけにはいかないんだよ・・・。」

  そう言って、一人の男がその血に濡れた剣を振り上げる。

 や、やばい・・・殺される。殺される、殺される、殺される、殺される、殺される・・・!!!

  「ぎゃあああっ!!!」

  突然後ろにいたもう一人の男が、悲鳴と共に倒れる。目の前の男も、後ろを振り返る。そこには、別の男が一人立っていた。

 その人は・・・、まるで一匹狼の様な気高さを持った人だった。

  「な、何だてめぇは!?」

  男がその人に尋ねる。

  「・・・外道に名乗る名など・・・、持ち合わせてなどいない。」

  ザシュッ!!!

  「ぶぎゃああっ!!!」

  男の質問に答えると同時にその人は、男を右手に持つ蛮刀で切り捨てた。

 俺は・・・助かったのか・・・?

  「大丈夫か、少年?立てるか・・・?」

  「は、はい・・・。」

 そう言ってその人は俺に手を差し伸べる。

 その人の優しい言葉に、俺を支配していた恐怖が消える。俺は助かったんだと、ようやく確信した。

  俺はその手を取る。

  「君はこの村の人間か・・・?」

  俺を立ちあがらせると、その人は俺に問いただした。俺はその質問に首を縦に振る事で答えた。

  「そうか・・・、実はたまたま近くを通りかかったのだが・・・。」

  その人が何かを話す・・・。その時、俺は忘れていた事を思いだす。

 

  父さん・・・!母さん・・・!静奈・・・!!

  

  俺は皆の元に向かう。

  「お、おい何処に行くのだ?!」

  その人の言葉を聞かず、俺は・・・自分の家に向かう。

  「父さん!!母さん!!静奈ぁ!!」

  皆の名前を叫び続ける・・・。

 でも、誰も答えてくれない・・・。

 俺は自分の家の前に着く。家の戸は乱暴にこじ開けられたいた。

 俺はそこから家の中を見る・・・。その光景に、俺は・・・。

  「なっ・・・あ、あぁ・・・!!」

  家の中が、家具や床、天井・・・あらゆるものが赤く染まっていた。

 床には・・・人であったであろう、亡骸が三つ転がっていた・・・。

 何もかも遅すぎた・・・、父さん達は・・・、無惨にも殺されていた・・・。

 体から力抜ける・・・、俺はその場に座り込む。そのまま三人の亡骸を見つめたまま・・・。

  俺は何を思ったのか・・・、足を引きずるように上半身だけで静奈の・・・、年が少し離れた小さい妹の傍に寄る。

 その手には、この間・・・一緒に山に遊びに行った時に摘んできた・・・一本の綺麗な花を握っていた。が、それも

 血によって赤く染まっていた・・・。

  「・・・・・・っ!!!」

  俺は思わず、静奈を抱きしめる。温もりを確かめようと力一杯に静奈の体を抱きしめた・・・。

 でも、それでも温もりは感じなかった・・・あったのは、人間のものとは思えぬほどに、悲しくなるほどの冷たさだけあった。

  「あ・・・、あぁ・・・、あああああ・・・・・・!!」

  俺の体は再び、震え出す。どうしようもない感情が・・・俺を支配した。そしてその感情が、俺の中から溢れ出した。

  「あああああああ・・・っ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

   ああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああ

   ぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」

  

  そして残るは、絶望・・・。

 

  その絶望は、いつしか憎しみへと変わっていった・・・。

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  「・・・い、姜維・・・、姜維!!」

  「え・・・?」

  昔に思いふけっていたところに突然党員の一人に呼びかけられ、姜維は現実に戻る。

  「え・・・?じゃないだろう。さっきから呼んでいるのに・・・どうしたんだ?」

  「ああ・・・、いえ別に。」

  「そうか?まぁいいか・・・、それよりさっき軍議で樊城の防衛拠点を攻める事になったぞ・・・。」

  「樊城ですか・・・、白帝城から目と鼻の先の?随分思い切りましたね・・・。」

  樊城を突破すれば、その先には白帝城。今、白帝城は蜀軍が本陣として劉備達が滞在している。

  「しかも、今そこには関羽がいるそうだ・・・。」

  そこにもう一人の党員がそう言いながら近づいてくる。

  「関羽って・・・、軍神と謳われる・・・あの関羽ですか?」

  「その関羽だ・・・。」

  「・・・・・・。」

  「なんだよ姜維?びびってんのか?」

  「そ、そんな事は・・!?」

  「だが、確かに・・・関羽を相手にするのは出来れば避けたいなぁ〜。」

  「ですよね・・・。」

  「しかし、彼女を倒したとなれば、蜀軍に大きな損害を与える事が出来る。幸い、向こうの兵数はこちらとさほど

  の差はない・・・。」

  「兵数ではそうだろうが・・・。」

  何分、向こうはあの乱世を生き抜いた精鋭達・・・。数で負けていないにしても戦力的に見れば、向こうの方が

 上である事は火を見るより明らか・・・、真っ正面から戦えば、返り討ちにおうのは必定であると党員は思っていた。

  それを見透かすように、もう一人の党員が話す。

  「その事について、廖化さんに考えがあるそうだ・・・。」

  「考え・・・、ですか?」

  一体何だろう・・・?と姜維は首を傾げた。

  「それは廖化さんから直接聞いた方が早いだろうさ。さ、行こうぜ。皆が待っている。」

  「分かった。じゃあ行くか、姜維。」

  「はい。」

  姜維は立ち上がると、すぐ党員二人の後を追う。

 すると、後から来た方の党員が彼の目の前に何かを差し出す。

  「何ですか・・・これ?」

  見た所、飴玉程の大きさの水晶玉が紐にくくりつけられた感じの装飾品のようだ。

  「来る途中でよ・・・これをお前にって女の子から預かったんだよ。」

  「え・・・、女の子ですか?」

  そう言って、姜維は女の子から預かったという水晶玉を受け取る。

  「ああ、中々可愛かったぜ〜♪何だよ〜、お前も隅に置けないな!」

  顔をにやつかせながら、姜維の肩に手を回す党員の一人。

 その党員の冷やかしに、顔を真っ赤にする姜維であった・・・。

 

  「よしよし・・・、上手いこと無双玉が姜維の手に渡ったか。後はあいつの怒り憎しみが玉に呼応すれば

  ・・・。しかし、樊城か・・・。関羽にとってこれほどの皮肉は無いだろうぜぇ・・・?」

  物陰に隠れていた伏義は、笑みをこぼしながらその喉を鳴らしていた・・・。

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  別の頃、荊州・樊城の防衛拠点にて・・・。

  「関羽将軍、東に放った偵察部隊が戻ってきました。どうやら、正和党に動きがあったようです。」

  「そうか。では、迎撃の準備を整えろ!」

  「はっ!」

  正和党が動き出した事を察知した関羽達は、それに備え、戦闘態勢に入る。拠点内で兵達が慌ただしく動き回る。

 そんな中、一人の若い兵士が愛紗に話しかけた。

  「関羽将軍。」 

  「どうした?」

  「いえ・・・、大したことでは無いのですが、ここ最近の悪天候が続き、河川の水量が増加しているのが

  少し気になりまして・・・。」

  若い兵士に言う通り、ここ最近立て続けに大雨という悪天候が続き、その結果、樊城の後方に位置する

 大きな河川の水量が増していたのであった。もともと、この辺りは洪水の被害が多い事もあり、この若き兵士は

 それを懸念した上での進言であった。

  「ふむ・・・。だが、万が一に備えすでに堤防を作ったのだから、その辺りの心配は必要なかろう。」

  無論、愛紗もそれは承知の上であった。そのため、早い段階で周囲の河川の岸に堤防を張る事で、洪水の被害を

 出さないよう配慮していた。

  「は、はぁ・・・。」

  「そんな事より、お前・・・、こんな所で油を売っている暇があるのならば、他の者達の手伝いなり、何なり

  とやるべきではないのか?」

  愛紗は少し叱りつける感じにその兵士に説教する。これに若い兵士は怖気づいた。

  「は、はっ!失礼しました!!で、では自分はこれで・・・。」

  兵士は愛紗に向かって軽くを会釈すると、慌てて何処かに行ってしまった。

  「全く・・・。」

  この時、自分自身が後でひどく後悔する事をまだ知る由も無かった・・・。

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  ここより後方の、河川の反対側に位置するもう一つの拠点・麦城・・・。

 ここは防衛としてではなく、白帝城と樊城の防衛拠点を繋ぐ連絡拠点として機能していた。

  そのため拠点にいる兵士は、樊城に比べはるかに少なかった。

  ザシュッ!!!ザシュッ!!!ザシュッ!!!

  「うぎゃあああっ!!!」

  「いぎゃあああっ!!!」

  「ヴえぇえええっ!!!」

  武装した三人の蜀軍兵士が一瞬にして、体が四つに分断され、宙に舞う。そこから大量の血が飛び出す。

 今、この拠点は襲撃を受けていた。敵の数は・・・一人、たったの一人であった。

 しかし、その一人に拠点に駐在していた兵士達が次々と殺されていった。

 何故ならば、速すぎるため・・・敵が彼等の目に止まらぬほど速く動くため、彼等がそれに追いつけないのであった。

 その神懸った俊足に誰一人追いつけず、そして一瞬にして体を切り刻まれて・・・逝った。

  「い、いかん・・・!この事を関羽将軍と劉備様に報告を!」

  「は、はっ!!」

  この状況を芳しく無いと判断した拠点隊長は二人の部下に伝令の役を与えた。

 二人の兵は急ぎ馬に乗り、拠点をそれぞれ反対方向に駆けて行った。

  「逃がさねぇよ・・・。」

  ザシュッ!!!ザシュッ!!!ザシュッ!!!ザシュッ!!!

  「ぐぎゃああ!!」

  「ぎゃああっ!!」

  「ぶごほっ!!」

  「があああ!!」

  拠点内に、悲鳴と断末魔がこだまし、手と足、そして首が宙を舞う。地面は流れる血によって赤く染まる。

 敵は地面に転がる腕や足を踏みつけながら、一人残った拠点隊長にゆっくりと歩んでいく。隊長は剣を目の前の敵に向ける。

  「貴様、一体何者だ!正和党の人間か!!」

  敵は突然、歩みを止める。そして拠点隊長を睨みつける。

  ザシュッ!!!

  「ひぎゃああ!!!」

  拠点隊長の胴体が、突然引き裂かれる。引き裂かれた下半身から空に向かって血が噴き出す。そしてその場で膝をおり、

 そしてそのまま前に倒れる。

  「へへ・・・。」

  伏義は小刀にべっとり塗れた血を舌で舐めとった。その表情は、まさに悪魔・・・それ以外に形容できる言葉がない。

  「急げ!急げ!早くこの事を劉備様に伝えなくては!!」

  馬の背中に乗り、その馬を急かす兵士。風が彼の全身を叩きつけられる。

 麦城で起こった事態を、白帝城に桃香に伝えんと、縄を強く握りしめる。

  ブンッ!

  「・・・?」

  ふと、後ろから背中に風が当たる。だが今の彼には大した事では無かった。

 彼は白帝城に向かった。

  「え・・・?」

  突然、目の前の景色が真中で分断される・・・。

 何が起きたのか、兵士には全く理解出来なかった。

 景色がどんどん左右に分断されていく・・・。

 そして、彼の意識も左右に分断された・・・。

  ドサ!!ドサ!!ドサ!!!ドサアァッ!!!

  四つの影が地面を勢いよく転がっていく・・・。

 そしてその勢いが無くなり、地面で静止する。

 それはその兵士と、彼が乗っていた馬であったものであった。彼と馬は体の中央からバッサリと切られ左右に

 分断されていた。転がったせいで、その周辺は血と体の内容物が散らばっていた・・・。

  「・・・これで連絡拠点は完全に死んだな。」

  伏義はゆっくりと立ち上がると、そのまま何処かへと消える。

  「さて・・・、俺がしてやるのはここまでだぜ。後はお前等で頑張んな・・・。」

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  同時刻、樊城の防衛拠点では・・・。

  「正和党の様子はどうだ・・・。」

  「は・・・!現在、ここより約三里ほど先で部隊を展開!数はおよそ四千!さらに後方には攻城兵器が確認できます。」

  「そうか。では、我々も投石機の準備を!連中が近づいてきたら、兵器事石の下敷きにしてやれ!」

  「「「はっ!!!」」」

  「関羽将軍!こちらに誰かが向かって来ております!」

  城壁にて、工作兵達に指示をする愛紗。その指示に従い、工作兵達は投石機の準備に取り掛かる。

 愛紗は前方に布陣する正和党を自分の目で確認する。すると、向こうから三人の人間が馬に乗ってこちらに

 向かって来ている。そしてその三人中にの廖化がいた。

  「・・・舌戦をかわすために突出して来たか・・・。」

  「如何なさいますか?」

  一人の兵が愛紗に話しかける。

  「ここは向こうに合わせよう・・・。我々も舌戦に行くぞ!」

  「はっ!」

  愛紗の他、二、三人が後に付く。

 

  防衛拠点手前にて廖化と付き人の党員二人は馬から降りる。

 馬を落ち着かせると、廖化は数歩前へ進んだ。

 そして城壁の上を見上げると、そこには数人の部下を引き連れた愛紗がいた。

 先に口を開いたのは、廖化であった・・・。

  「久方振りですな、関羽殿!あの時以来ですから約二十日でしょうか?」

  「そうだな・・・!あの時はまさかこのような日が来ようとは思わなかったが・・・。」

  「ええ、全く・・・。このような形で関羽殿と再びお会いになろうとは思いもよりませんでした。」

  「・・・それで、お主がここに参ったのはいかな用があっての事か?」

  「別に大した事ではありません。あなた方の背後におられる・・・、劉備殿にお会いしたがため。

  ・・・他意はありません。」

  そう言って、廖化は軽く笑みをこぼした。そんな彼の態度に動じる事無く、話を続ける。

  「他意がない・・・?桃香様のご意向を拒むだけで無く、あのような宣戦布告状を送りつけ、あまつさえ

  これだけの軍勢を引き連れて・・・他意がないと言うのは、些か苦しいのではないだろうか?」

  「宣戦布告した以上、軍勢を引き連れている事に何らおかしい事は無いでしょう。」

  「あのようなふざけた内容を宣戦布告というか!?お前達がしでかした事を・・・桃香様になすり付けようとは

  、甚だしいのも大概にして頂こうか!!」

  廖化の発言に対して、言葉に怒りを込める愛紗。しかし廖化はそれに動じる事無く、話を続ける。

  「ふざけた・・・?自分達がした事をそのまま我々の咎とし、裁こうとする考えの方がよほどふざけているでしょう。

  甚だしいのは、果たしてどちらの方だか・・・。」

  「何だと・・・。」

  「別にあなた方を責めているわけではありませんよ。ただ、あなた方の中に・・・我々を良く思っておられない

  方々がいる事は・・・、私も承知しておりましたが・・・、今回の事は少しばかり卑怯ではないかと思いまして。」

  「まだ、そんな戯言を・・・!ならば、そうだと言う事を武力では無く、言葉で用いるべきでは無いか?!」

  「武力では無く、言葉・・・?理想のためと・・・武力で相手を屈服させてきたあなた方から、まさかそのような言葉が

  聞けようとは失礼ながら大笑いですな!!」

  「何っ!?」

  虚を突かれたのか、愛紗は目を見開く。

  「そんなあなた方から逆賊の汚名を着せられた我々に、武力以外にどのような手段あるというか!?!?」

  「何・・・だと!?一体何の話だ!」

  「・・・何の話?白々しい事この上ありませんな!関羽殿!!分からないと言うのならば、あなたの劉備殿に聞いて

  みたら如何だろうか!!」

  「くっ・・・!!」

  「・・・まぁ、お互いに罪のなすり付けあうのもひどく見苦しいでしょうから、そろそろ終わりにしましょう・・・。」

  全てを言い終えた廖化は後ろの二人を連れ、そのまま正和党の本陣へと帰って行った・・・。

 一方、愛紗は意味が分からないと言わんばかりの顔をしながら、その姿を黙って見送る・・・。

 その手は血がにじみ出るほど強く握りしめられていた・・・。

  

  「お帰りなさい、廖化さん。」

  本陣に戻って来ると、すぐさま姜維が近寄って来る。

  「ああ、俺らしくもなく・・・少し喋り過ぎたが・・・。」

  そんな彼に顔を向けながら、廖化は照れくさそうに話し出した。

  「で、これから俺達はどうしますか?」

  「ああ、俺達はこのまま連中の目を引き付ける。雨が降りだすまで・・・な。」

  「雨・・ですか。降るんですかね・・・。」

  そう言って、上を見上げる。青い空の所々に、雲が浮かんではいるが雨が降る様子はまるでない。

  「俺を信じろ・・・。」

  「は、はい。そりゃもちろん!」

  そんな彼に廖化は照れくさそうに話し出したの言葉に、頷く姜維であった。

  

  一方、樊城の防衛拠点内の休憩所・・・。

  そこには、水一杯を何度も一気飲みする愛紗がいた。

  「だ、大丈夫ですか・・・関羽様?」

  彼女の側にいた侍女が、苛立つ愛紗を心配そうに話しかける。

  「もう一杯!」

  そんな侍女の心配を余所に、愛紗は空になった茶碗を侍女の前に差し出しさらに水を要求する。

  「は、はい・・・。」

  仕方がないと思いながらも、侍女は茶碗を受け取ると水を注ぐ。

  「どうぞ。」

  侍女が茶碗を愛紗に差し出すと。黙ってまた水を飲み干す。

 しかし、それでも彼女の中のもやもやしたものが消え去る事は無かった・・・。

 廖化の最後に言った言葉が、頭から離れない・・・。

  「一体・・・、桃香様が何をしたというのだ・・・。」

  「関羽将軍!!」

  「!!ど、どうした!」

  突然、大声で呼ばれ愛紗は驚きながらも呼ばれた方を向く。

  「正和党本陣に動きがありました!!おそらく攻城戦を仕掛けてくるかと思われます!!」

  「そうか、分かった。すぐに行く!」

  「はっ!!!」

  兵達に命令を出す愛紗。そんな時、彼女の手に水滴が落ちる。愛紗を上を見上げる。

  「雨か・・・。」

  わずかながらも、小雨が降って来た・・・。

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  「廖化さんの言った通り、雨が降ってきたな・・・。」

  とある山中、そこに数人の党員が隠れるように潜んでいた。

  「よし、そのままゆっくりと堰を降ろせよ・・・!」

  川の上流では樊城付近を流れる中流と比べ、そこにすべり落ちれば助からないほどの水位が上昇していた。

 その上流中腹に、川を挟んで立つ数人の党員達は、ゆっくりと注意を払って何重にも重ねられた堰を降ろしていった。

  「よーし、そこだ!そのままで固定するぞ!」

  指揮をしていた党員の呼び声で降ろされた堰が止まる。そこで川の水量を調節するための仮堰が出来あがった。

 岸ぎりぎりまで上昇していた水位がその堰を境に大分下がっていた。

  「後は本隊の動きに合わせるぞ!本隊が撤退した所を見計らって・・・。」

  指揮していた党員が他の党員達に作戦成功のため、的確な指示を出す・・・。

  

  「良し、弓隊!撃てぇーー!!」

  城壁にて弓を構えた兵士達が、愛紗の号令で引いた矢を放つ。

  「弓隊、ってええーー!!」

  城壁の下で攻城戦を仕掛けていた正和党の一人が弓隊に号令を放った。

 同時に放たれた矢達は交差しながら下へ、城壁へと飛び交う。

  拠点の前方、左右横に展開されつつある正和党の陣を切り崩すべく、愛紗率いる蜀軍は城壁に弓部隊を設置し

 援護射撃を行いつつ、城門前を固めつつ戦闘を展開し、どちらも一歩も引かぬ攻防が繰り返される。

  「投石準備!狙いを定め次第、撃て!!」

  廖化が投石機の工作部隊を指揮をする。投石機に設置された岩は城壁の向こう側へと放たれる。

 その岩によって、拠点内の建物、道が破壊されていく・・・。

  「ひるむな!こちらも投石機で向こうの投石機を破壊するのだ!!」

  愛紗の号令によって城壁に設置された投石機から岩が放たれる。その岩は正和党の投石機に激突する。

 一つの岩が一台の投石機の足の部分を折る。

  「いかん!皆、退避!退避だー!」

  廖化はいち早く党員達に撤退を促す。投石機の周囲にいた者達は急ぎその場を離れる。

 足を折られた投石機は自身の重みに耐えられず、横へと倒れた。

  「よし、いいぞ!そのまま次の投石機も破壊するのだぁ!!」

  「「「応っ!!」」」

  「急げ!こちらも連中の投石機を破壊する!」

  「「「応っ!!」」」

  矢と一緒に、岩も飛び交う・・・。

  いつしか小雨からやや強めの雨に変わっていた・・・。

  「うおおーーー!!」

  ザシュッ!!!

  「ぐわぁっ!!」

  「でやああーーー!!」

  ザシュッ!!!

  「ぎゃあっ!!」

  拠点の前方、左右横では正和党の党員と蜀の兵がぶつかっていた。

  「はああああーーー!!!」

  ザシュッ!!!

  「がはあっ!!」

  姜維が一人の蜀兵を自慢の大剣で薙ぎ倒す。

  「くそ・・・、雨がどんどん強くなっていくな。」

  彼の体を雨が強く打ちつける。先程まで小雨程度だったはずが、今は土砂降り状態にまでひどくなっていた。

 周囲は人が入り乱れ、地面は水を吸って泥状に変わり、それが足を持っていく・・・。

 泥で濁った水たまりがあちらこちらででき、そこに何度も足が入り、水しぶきがあがった。

  「姜維!無事か!!」

  一人の党員が姜維に近づく。

  「はい!何とか・・・。」

  「時間だ・・・。廖化さんから撤退命令が出た。俺達はこのまま隊の殿を務めるぞ!!」

  「はい!分かりました。」

  党員の言葉に縦に頷くと、廖化は党員と一緒に撤退の体勢に入った。

  「関羽将軍!正和党が撤退していきます!!」

  正和党は突如として、撤退する。投石機を放置したまま、党員達はもといた本陣へと向かう。

  「引いて行くか・・・。この雨の中での戦闘は厳しいと判断したのか?」

  「雨の中では、敵味方の分別が難しくなりますからね。如何なさいますか?」

  報告に来た兵はこのまま追撃するか、こちらも体勢を立て直すかを愛紗の指示を仰いだ。

  「ここは下手に追撃するよりも、このまま雨が弱まるまでに体勢を整えよう。各兵にも

  そう伝えてくれないか?」

  「はっ!」

  兵は他の兵達に伝えるべく、愛紗から離れる。

 雨が止む気配は一向に無かった・・・。いつになればこの雨が止むのか、空を見上げながら

 そんな事を考えていたそんな時であった・・・。

  「関羽将軍!」

  「ん?・・・またお前か。今度は何だ?」

  自分の名を呼んだのは、先程の若い兵士であった。愛紗は呆れながら、慌てている彼の話を聞く。

  「はっ!雨が降ってきましたので、念のため河川の様子を見て来たのですが・・・。」

  「何だ・・・、またその話か・・・。先程言ったであろうに・・・万が一に備えすでに堤防を・・・。」

  同じ事を繰り返すのかと、呆れ返る。雨が降って来たせいでまた増水でもしたのだろうと、思っていた。

 だが・・・、彼の話は違っていた・・・。

  「いや・・・、そうでは無くてですね!」

  「では何だ!」

  「河川の水量が・・・逆に減っているんです!」

  「はぁ・・・?」

  一体何を言っているのだ?と言いたそうな顔をする愛紗。それに構わず、兵士は話を続ける。

  「ですから、河川の水量が雨が降る前よりも減っているんですって!雨が降れば、水量が増えるはず

  なのに・・・。逆に降る前よりも極端に下がっているんです!」

  「何だと・・・?!」

  しかし、事態はそれだけに留まらなかった・・・。

  「関羽将軍!敵の騎馬隊が後退していきます!」

  「・・・っ!?何!?」

  兵士に言われ、前方を振り返る。騎馬隊全員が先頭領域から離脱していく。

 ちなみに、彼等が布陣した所はこの拠点よりも高台のところであった・・・。

 この時、愛紗は理解した。彼女の頭に二文字が浮かぶ。だが、全ては遅かった。

  「急ぎ、高台に登るように下にいる者達に伝令するんだ!」

  「は・・・?」

  「いいから、早く行け!!奴等は水攻めを仕掛けて来るはずだ!!急いで高台に移動するんだ!!!」

  「は、はっ・・・!!!」

  若い兵士は慌てて下にいる者達に、高台に登る様進言する。

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  「前線の部隊の撤退を確認しました!」

  山の中から、戦いの様子を窺っていた一人の党員が、大声で他の党員達にその状況を報告する。

 それを聞いた一人の党員が、縦に頷く。

  「よし・・・今だ!!堰を切れぇ!!!」

 そして一人の党員が堰を固定する縄を剣で切った・・・。

  ザシュッ!!!

  

  ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・!!!!!!!

  「な、何だこの音!?」

  拠点内で地響きが鳴る・・・。地震かと誰もが思った。その時であった。

  「お前達、逃げろーーー!!!」

  愛紗の叫びが届いた時には、すでに遅かった・・・。

  ドゴオォォォォォォオオオオオン!!!!!

  突然の出来事であった。

 拠点の、数十人がかりでやっと開く、巨大な扉が独りでに開いた・・・、否、独りでではない。

 扉を開けたそれは、開いた扉の隙間から怒涛の勢いで入り込んできた。水であった・・・。

 扉を開けたのは大量の濁った水であったのだ。大量の水が下にいた者達を飲み込んで行く。

  そして高台である城壁にも水の脅威が襲いかかる。勢い余った水達が城壁の兵士達と

 投石機を連れ去って行く。河川から溢れ出した水によって堤防を決壊し、

 そのまま拠点内、その周囲を浸水していった。

  水の勢いが収まった頃には、水量は拠点の城壁のやや下まできていた。

 水中には逃げ遅れた兵達や侍女などが漂っていた・・・。

  「・・・・・・・・・。」

  あまりにも一瞬の出来事に言葉を失う愛紗。

  「関羽将軍!正和党の軍勢が船団を組んでこちらに向かってきています!!」

  正和党達は数隻の小型船に乗り、この拠点へと進んでくる。布で隠していたのは、兵器では無く

 船だったことに今さら気付く・・・。

  「関羽将軍!ここは急ぎ後方の麦城に撤退すべきです!ここにいては正和党が・・・!!」

  「・・・くぅっ!止むを得ない・・・。皆の者!急ぎ船団を構成し、麦城に撤退する!」

  「「「「応っ!!!」」」」

  正和党が到着する前に、愛紗達はこの拠点にあらかじめ用意されていた船に乗ると、そのまま拠点を離脱した。  

 

  「上手くいきましたね・・・。」

  「そうだな。」

  「正直に言うと、この作戦を聞いた時はどうかなって思っていました。」

  「そうか・・・。実は俺もそう思っていた。」

  「やっぱりそうですよね。」

  「だが、ここからだ。ここから彼女達をどこまで追いつめられるか・・・。」

  「はい、分かっています・・・。」

  姜維と廖化がそんな会話を船の上でしていた。

 

  『いえ・・・、大したことでは無いのですが、ここ最近の悪天候が続き、河川の水量が増加しているのが

  少し気になりまして・・・。』

  ふと、あの時の若い兵士の言葉を思い出す。

 この時に気が付きべきだった・・・。水攻めの可能性を!

 迂闊だった・・・、何故こんな簡単な事に気が付かなかったのか!

 向こうが一枚上手・・・、いや、向こうからして見れば、これほど

 のおいしい状況を利用しない手はない・・・。向こうの立場に立って考えれば、至極当然のことだ!

 となれば、これは・・・私自身が招いたもの・・・。

 奴等を一介の傭兵集団と端から過小評価し、わずかばかりの油断を見せてしまった・・・

 私の自身の愚かさが招いた結果・・・!

  「くそっ・・・!」

  小舟の先端を拳で叩く。悔しさから口から一筋の血が流れる。

 関羽の船軍は急ぎ、河川の向こう麦城へと進める。そこでの惨劇を知るはずもなく・・・。

説明
 こんばんわ、アンドレカンドレです。
試験勉強の真っただ中・・・、覚える事が多過ぎて
本当に涙目です。
 今回投稿したのは、第十一章・前編の修正版です。
何度読み返してみても内容があまりに寒かったので、
勉強の合間を縫って、修正しました。
 最初の方は変わりませんが、「愛紗が舌戦する所」から
「正和党が撤退する所」までを大幅に修正しました。
 では、第十一章 青き龍は正義の一刃に討たれん・前編
〜修正版〜をどうぞ。
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